ツーリング日和6(第11話)下風呂温泉郷

 下北半島広いわ。今日なんか、脇野浜から上陸して、大間崎まわって恐山行っただけやのにタイムアウトやもんな。ほいでもって下北の宿やけど、下北も秘湯の宝庫みたいなとこやねん。

「でも下北もディープよね」

 ユッキーがディープちゅうのは秘湯はあっても宿が不十分ぐらいの意味や。恐山ぐらいで三日目の観光は目いっぱいぐらいは見とってんけど、なかなかこれってとこがあらへんかってん。理想的には尻屋崎に近いとこやねんけど、温泉どころか宿さえあらへん。

「薬研温泉も悩んだんだけど」

 ユッキーの好みとして宿もちゃんとしたものにしたいはあるねん。ちゃんと言うても豪華ホテルとか、豪華旅館の意味やのうて、食事とかがしっかりしてるとこぐらいやねん。宿がチープなのは許容度がかなり広いからな。

「下北だから海鮮食べたいじゃない」

 昼に大間で出来へんかったんもある。山の幸も悪うないけど、こんだけ海岸線走ったら気分は海鮮なのはわかる。二人で迷った末に選んだのが下風呂温泉郷や。恐山に走って来た道を引き返さなあかんのがネックやけど、どっかに妥協は必要なのがツーリングやからな。

 恐山から四十分も走ったら下風呂温泉郷の看板が見えてきた。あそこを左に入ったらエエはずや。さすが温泉郷と言うだけあって、結構な数のホテルと旅館があるな。さて通りの左側にあるはずやねんけど。

「ちょっとストップ」
「通りを出ちゃうよ」

 おかしいな。宿の名前はつる屋さつき荘や。そやけどそんな看板あらへんかったぞ。ユッキーとナビを見ながら鳩首協議。

「通り過ぎてるよね」
「あったか?」

 ユッキーも首を捻りながら、

「ホテルニュー下風呂はあった。それとかねもり酒店って、コンビニみたいな店じゃない」

 あそこか。そう言えばドランカーってスナックもあったはずや。その間にあるはずなのにどうして見つからへんのや。引き返してみたけど、

「ストップ。ファミリー・ショップかねもりがあるから行き過ぎや」

 うん、あの黄色の看板がスナック雅やろ。どうも実際の家の配置とナビが微妙にずれとるな。それはままある事やけど、少なくともドランカーと雅の間にあるはずやから、それらしいのは、

「コトリ、ここって居酒屋じゃない。赤ちょうちん出てるし」

 そう思うてコトリも通り過ぎてんけど、位置的に該当しそうなのはここしかあらへんねん。

「旅館が看板出してないなんてありえないよ」

 そやけどここ以外にそれらしいとこあらへんやんか。まあ聞いてみよ。違うとったら宿の場所聞いたら解決や。

「ここに看板がある」

 こんなもんわかるか。この宿の一階の左半分が広いスペースが取ってあって、そのスペースの左に七本、右に三本の木の格子があるねん。左側の木の格子の外側に赤提灯があるんやけど、右側の格子の内側に小さな雪洞型の看板があるねん。ちなみに正面奥が居酒屋で右側が旅館や。

「民芸調でオシャレだけど、初めて来た人にはわからないよ」

 ホンマやで。玄関入ったら呼び鈴があったから鳴らしたら女将さんが出て来てくれた。見るからに駐車場はあらへんかってんけど、

「めんこいバイクですね。居酒屋の前で良ければ停めておいてけさまい」

 一階が帳場で二階が客室みたいや。内装は板張りが綺麗やな。

「ヒバかな」

 青森やからな。部屋は広いな。二間続きの十二畳とは豪儀や。宿帳を部屋で記入するのは珍しいな。そしたら女将さんが甘酒もってきてくれた。お茶菓子はようあるけど、甘酒なんか初めてや。

「和風ウェルカムドリンクだね」

 さてまず風呂や。二階の廊下の突き当りに湯の暖簾かかってるところへ行くんやな。そやそや、こここのとこで、

『入浴中』

 この木札にしとけって言うとった。アルミサッシの扉を開けたら右に行くんやけど、

「薪の山が凄いね」

 一階にもあったけど冬は厳しいやんろな。また格子戸があって、上に行く階段を上がると脱衣場か。さて次の格子戸を開けたら、

「コトリ、当たりよ」

 床も板張りの浴室はユッキーのお気に入りやし、床から段差鳴く掘り下げた湯船もそうや。白濁してるし匂いからして硫黄泉やな。窓まで木製で押し上げ窓って凝ってるな。

「屋根がアクリル板だから明るいのね」

 窓まで木造やからそうしたんやろ。あぁ、気持ちがエエ。今日もよう走ったわ。さて夕食は部屋食なんか。まあ一日三組ぐらいしか取らへんそうやからお食事処のスペースが惜しいんかもしれん。

 一気に御膳で出て来たけど、これはホヤの水ものか、ワタリガニと青つぶ貝もなかなかや、青森にもワタリガニはおるんやな。

「どんこ汁って青森でも出るんだね」

 あれは宮城だけかと思うとった。女将さんおすすめの日本酒は関の井の寒立馬か。純米吟醸で飲みやすい酒や。

「お造りはイナダのたたきと松川カレイだね。どれも美味しいけど、これって」
「ユッキーもそう思うたか。一階の居酒屋メニューで、酒飲み用の晩御飯や」

 ソイのシャブシャブのエエやんか。ご飯の代わりに握りずしで、

「鯛と平目にサヨリにホタテね」

 酒が進んで止まらんわ。

「寒立馬、瓶ごと頼むわ」

 他にも日本酒あってんけど、

「関の井って本州最北端の酒蔵で下北半島以外では飲めないんだって」

 これ飲むしかあらへんやろ。でもよう考えて作ってあるわ。この宿も人気があるけど値段は民宿並やねん。つまりは格安。そやからやと思うけど、ドカンと大間のマグロが鎮座するなんてあらへんのよ。

「その代わりに地の魚の美味しいのを厳選してるのだと思うよ」

 今回のツーリングの宿は今のところ正解やな。

「あくまでも好みだけど、南の味より北の味の方が合う気がする」

 これはそれだけやないかもしれん。下北半島になると微妙になることもあるけど、日本海沿岸は北前船の影響が結構残ってるとも言われてんねん。上方の物品を買うだけやなく、文化も取り入れたぐらいかな。

「江戸は遠すぎるものね」

 東廻り航路も江戸時代に開かれたけど、あれは東北の米を江戸に運ばせるのが主目的や。それに対して西廻り航路は大坂に米だけやなくあらゆる物品を運び込み、そこから再拡散する動きも担うとったとしてエエ。

 物が動けば文化も動き、食文化も動くや。そやから下北で食べても関西人が違和感が少ないんかもしれん。

「食に関しては江戸前料理は滅んだも同然よ」

 過激な意見やが一理はある。江戸前料理で有名なんは、鮨、天ぷら、鰻があるけど、あれは庶民の料理で高級料理は別物や。江戸前の高級料理の特徴はとにかく凝りまくってることやねん。

「究極の接待料理だよね」

 江戸時代には諸国の大名にお手伝い言うて、タダ働きを幕府から命令されるねん。

「浅野内匠頭の勅使饗応役もその一つに入るよね」

 こんなん喰らったら大赤字やんか。

「薩摩藩も死にそうになったし」

 そやから江戸留守居役の重要な仕事にお手伝いを回避するのもあってんや。つまりは留守居役同士で情報交換したり、幕府の役人から情報を得たりとかや。

「接待料理だからいかに凝ってるか、いかに高いかを競い合った末に滅んだよ」

 巨大化しすぎて滅んだ恐竜みたいなもんやろな。