ツーリング日和4(第22話)美山

 小浜から宿まではさすがにきつかった。事故せずに良かったと思うもの。コトリさんが入って行くから今日の宿はここか。昨日もそうだったけど、今日も古民家民宿か。嫌いじゃないよ、むしろ好き、と言うより憧れかな。

 なかなか学生じゃ、こういうところに泊まれないものね。理由は単純だけど高いのよ。だってここだって、ネットでちょっとググったら下手したら二万円越えるんだもの。二万円はスペシャルとしても一万五千円ぐらいはする。学生には贅沢だよ。

 だからユリがツーリング・サークルで利用するのは、本当の意味の民宿とかベッドハウスが中心。一泊二食で五千円以下を目指すぐらいかな。さすがにこれで探すと無理があるから、素泊まり三千円でファミレスやラーメンで夕食パターンもよくある。だから今回のコトリさんたちとのツーリングはリッチなのに驚いてるもの。

 リッチなのはあれだけ無造作に追加料理をオーダーするのもそうだし、土産物を買う時もそう。とにかくゴッソリ買って宅配でバンバンなんだもの。

『それか、次の休みをもらうための賄賂みたいなもんや』
『そうなのよ。なかなか休ませてくれないブラック企業だってこと』

 でも金持ちぶるところはない。というか、カネなんて眼中に無い感じすらする。これは無駄遣いをするって意味じゃないよ。必要な時にはなんの惜しみもなく使う感じと言えば良いかな。


 さてこの宿も雰囲気良いな。広々してるし掃除もよく行き届いていて清潔って感じがするもの。これも断っとくけど、サークルで使う安宿にも良いところはある。でもね、いくら安いからって、その値段でも酷すぎるだろうはあるものね。

「風呂行くで」

 今日のお風呂は温泉じゃないけど気持ちがイイ。あんだけ走ったらそうなるよ。

「そやろ。なんかこの瞬間のために走ってる感じがするぐらいや」

 それわかる。安宿には風呂もないところもある。それは仕方がないと思うけど、シャワー室もウンザリさせられたところもあったものね。湯が出ない論外のところもあったし、床や壁がカビだらけで入っただけで逃げ出したくなったもの。

「バイク乗りは全体としてカネあらへんから、そういうとこを良く使う傾向はあるものな」
「そうね、クルマの旅行とは発想が少し違うよね」

 その空気は感じるし、それが一概に悪いとは思わないけど、せっかくの旅行だよ。安っぽいのは我慢できるけど、最低限の清潔さは欲しいもの。発展途上国でバックパッカーやってるわけじゃなく日本国内じゃない。

「そうやな」
「女の子には辛いよね」

 さて、お風呂をあがると待望の食事だ。

「懐石もあったけど、今日は京地鶏のすき焼きや」

 またすき焼きと一瞬思ったけど、長浜の時は近江牛で今日は京地鶏だから趣はかわってるのが面白い。これはこれで美味しいじゃない。

「夏やったら天然アユもあったみたいやけど、さすがに季節外れや」

 この二人と食事の時は、遠慮は無用なのは学習したから腹いっぱい食うぞ。野菜も美味しい。いくらでも食べられそう。

「やっぱ地鶏は違うな」
「野菜も地物だね。甘みと旨味が感じられる」

 それにしてもどうして美山に泊まったのかな。とくにユッキーさんはかなり温泉宿にこだわる人だと聞いたけど。

「そりゃ、コチコチの温泉小娘やからな。そやけど・・・」

 もちろん明日、神戸に余裕を持って帰るために選んだのもあるそうだけど、前に小浜から神戸に帰る時もこのコースを走り、

「もうちょっと行ったら美山かやぶき由良里街道があるんやけど・・・」

 茅葺風の民家はあったそうだけど、昔は茅葺きだったはずが今はトタンで覆ったり、瓦葺になってしまっているものしか見えなかったそう。ついトタンって言っちゃうけど、今はトタンじゃなくガルバリウム鋼板らしいから鋼板葺きかな。

「時代の流れでそうなったぐらいに思うとってんけど、ようよう調べたらちゃんと保存されてる地区もあったんや。それが見たいばっかりに美山に泊まることにしたんよ」

 そこにも民宿はあったそうだけど、

「風情もあってんけど、ちょっと風呂がな」
「ツーリングの後は気持ちの良い風呂じゃないとね」

 それは賛成。

「でもそれだけじゃないでしょ」
「協力してくれた礼もせんとあかん」

 誰かと思えばコウさんのこと。そう言えばあの後にコウさんはどうなったんだろう。

「どうもあらへんで。あれで演奏は終りで、ギャラもらって次のツーリングに行ってるわ」
「巻き添えなんて喰らってないから安心して」

 それは良かった。でもどれだけ親しいんだ。

「まあね」
「エエ男やで。ユリ、どうや」

 えっ、突然振られても。そりゃ、イケメンだし、ピアノは上手いなんてものじゃないし、趣味はツーリングだけは共通してるのわかってるし、はっきり言わなくても好みだし。でもだよ、でもだよ、まだ一度話しただけ。

「似合ってるんちゃうか」
「コウに彼女はいたっけ」

 そりゃ、いるでしょ。あれだけイイ男の上に、天才ピアニストで超有名ユーチューバーじゃない。これで、いない方が不思議過ぎる。

「わからへんで。コウは始終バイクでほっつき歩いてるような奴やから、彼女は出来にくいんちゃうか」
「紹介してあげようか」

 それだったらユリに振らなくても自分でゲットしたらイイじゃない。

「エエ男やけど今さらや」
「そりゃ、コトリは今さらも良いところだものね」
「うるさいわ」

 彼氏になってくれるかどうかは別にしてまた会ってお話したいな。そう、まずはお友だちから始められるのならそうしたい。

「北白川先生とカールの娘やったっら、会ったその夜にベッドインかと思た」
「そのまま朝まで絶叫の嵐とか」

 ヤリチンにヤリマンみたいなあの連中と一緒にせんといて。ユリは違うんだ。そしたらコトリさんは真面目くさって、

「ユッキー、遺伝学的にはどうなんや」
「隔世遺伝とか、突然変異の可能性も残るけど、そうだね、一度経験すると本能が目覚めるに一票」

 小難しい専門用語を使う話題じゃないでしょうが。

「ところでさ、ユリは迫られたことはないの。その身長と、その凛々しすぎる顔ならあったはずだけど」

 ギクッ、やっぱりそう見えるか。ユリは男にもそれなりにモテるけど、実は女にはもっとモテる。身長もあるからタカラヅカの男役みたいな人気がありすぎる。この辺は、ユリがスカートよりパンツが好きなのも悪いところはある。断っとくけどその気はないし、ユリが好きなのは男だからね。

「イイじゃない。一度ぐらい経験しても。減るもんじゃないよ」
「コトリは反対や。その気があるなら別やが、そうやなかったら素直に男にするべきや」

 あれ、珍しい。この二人って見た目も口振りも違うのだけど、不思議なぐらい呼吸が合ってて、それこそ阿吽の呼吸で必要な役割を果たすって感じ。だから意見が異なるのは珍しいな。そうなのよ、あまりに合うし、女二人のツーリングだからもしかしてって思ったぐらい。

「あらへん。コトリは男専門や」
「わたしも男がイイよ」

 そしたらユッキーさんが悪戯っぽく笑って、

「ユリ、明日でツーリングも終わりだから、これはちょっとしたプレゼントよ」

 ユッキーさんが言い終わるや否や体になにか流れ込んだ感じが、

「どう、コトリ」
「さすがやな。ちょうどエエぐらいや」

 なんのこと?

「ユリが幸せになるおまじないだよ」
「ユッキーのおまじないはご利益が保証付きや」

 それはそうとユリの大問題は解消していない。とりあえずウィーニスは帰国したみたいだけど、ユリの公爵問題は保留のままなんだよね。エッセンドルフの貴族会議とやらに出席して辞退表明をすれば終わるらしいけど。

「その辺も確認中や。そやけど無暗に行かん方がエエと思う。小さい言うても国の主権を誰に委ねるかの大問題や。そういうところには権謀術数が渦巻くし、平気で拉致とか暗殺をやらかす輩が出てくる」
「人はね、色んなものに酔うけど、権力にも酔いやすいのよ。それこそ中毒になるぐらい。ひょこっと行って、ゴメンナサイで済むと思ったら大間違い」

 それはユリにもわかる気がする。大学とかでも教授選とか、学長選になると色んな噂が出るって聞いたことがある。これが小さくとも国ならなおさらだろうね。ユリがエッセンドルフ国内に足を踏み入れただけでも騒動が起こっても不思議無い。

 ウィーニスだって日本だからあの程度で引き下がったけど、エッセンドルフではあんなものじゃ済まないだろうし。

「物事は無理してでも動かなあかん時と、どんなに焦る気持ちがあっても、じっと待つ時がある。今は待つ時や」
「心配しなくてもウィーニスも当分は動きようはないよ。日本はとにかく遠いからね。だいじょうぶだよ、きっと吉報が来るはず」

 この二人が言うから信じよう。さあ、寝よう。今日も疲れたよ。