ツーリング日和18(第6話)ツーリングプラン

 扉を開けたら目に飛び込んで来たのは豪華なシャンデリアと立派なグランドピアノ。オープンキッチンになっているようにも見えるけど、あれはキッチンなんて規模じゃなく本格厨房だよ。

「やっと起きて来たか」
「飲み過ぎだよ」

 これまた品の良い応接セットに座って出迎えてくれたのはコトリさんとユッキーさん。テーブルに広げられているのは地図だよね。アリスも座って話に参加したのだけど、

「問題は秋吉台の後ね」
「広島市内は回避せんとな」

 大きな地図にあれこれ書き込みしてると言うことは、

「そんなもん次のツーリングの計画や」
「この季節に走らないとバイク乗りのプライドが許さない」

 秋吉台って話が出ていたから山口県にツーリングに行くのかな。

「秋吉台はバイク乗りなら行っとこなアカンとこや」
「日本三大カルストの一つじゃない」

 秋吉台って秋芳洞の近くのはずだけど行ったことないな。

「観光となると秋芳洞がメインになってまうとこがあるからな」
「秋芳洞も立派やけどバイクで走るなら秋吉台や」

 でもさぁ、秋吉台は山口県にあるけど、どうやって行く気なのよ。アリスだってダックスだけど、この二人だって小型バイクなんだ。中型以上なら山陽自動車道とか中国道で行けば良いだろうけど下道専科ツーリングじゃないの。

「神戸から瀬戸内海沿いに西に走ったツーリングは尾道で懲りた」
「あれは今でもトラウマみたいなもの」

 だったらどうやって、

「東から西に走るツーリングやのうて、西から東に走るツーリングにするねん」

 はぁ? そんなものどうやって、

「アリスも一緒に行ったやんか。六甲アイランドから阪九フェリーで新門司や」
「福岡県から山口県に上陸よ」

 その手があったか。でも関門海峡をどうするの。

「そんなもん国道トンネルに決まってるやんか」

 さすがだ。

「アリスも連れて行くんでしょ」
「そやから角島大橋は外せんやろ」
「そう周るのなら秋吉台は北から南だね」
「そっちの方がツーリングやったらエエとなっとったわ」

 秋吉台がここだから、北の大正洞の方から南の秋芳洞の方へ走り抜ける感じよね。そこからになると山口市ぐらいで泊まりにするとか。あそこには湯田温泉もあるし、

「湯田温泉も悪うあらへんねんけど」
「もうちょっと西に進んじゃいたいのよ」

 広島市ぐらいまでとか、

「そやから市街地走行はパスやって」

 どこ目指してるの。

「アリスもおるからな」
「しまなみ海道は走りたくない?」

 しまなみ海道だって! あそこは高速を走り抜けるだけでも余裕で絶景だそうだけど、サイクリストの聖地ともなっていて橋を自転車でも渡っていけるんだ。

「しまなみ海道の真価は島巡りだよ」
「自転車と同じルートを原付なら走れるさかいな」

 そうなると目指すのは尾道か。秋吉台から広島市を回避して尾道を目指すとなれば、

「そやから検討してるんやんか」

 で、で、さっきからアリスが一緒に行く前提になってるけどいつから行くつもり、

「善は急げで明日からや」

 明日って今日の明日じゃないの。アリスだって準備が、

「アリスのダックスと旅行荷物は今日中に運ばせとく」
「だから二日酔いは今日中に治しといてね」

 健一が家にいるから、

「なに言うとるんや。今朝から東京出張やろうが」

 そ、そうだった。だったらどうやって、

「アリスの家の大家はユリでしょ」

 だからカギをもらって・・・それって無理あるでしょ。いくら大家でも警察とかの立ち合いがないと拙いはず。

「あのね、あそこは日本じゃないのよ。だから警察なんて入れないし、入ったところでタダの一般人になっちゃうところなの」
「ピストルなんて持って入ったらテロリスト扱いで逮捕されるで」

 そう言えばそうだった。エッセンドルフの法律だってと言いたいけど、どうなってるかわかるはずもないか。

「あそこの法律は今でも『礼は庶人に下らず、刑は大夫に上らず』なのよ」

 なんだそれ。この言葉自体は中国のものだそうだけど、煩雑な礼儀作法は庶民には適用されず、刑法は太夫すなわち貴族には適用されないぐらいの意味になるそう。

「貴族かって刑を下されるねんけど、庶民の刑とは別やったぐらいでエエと思うわ」

 最後のところはよくわかんないけど、大家が勝手に入るぐらいは問題にならないみたい。知ってるつもりだったけど、実際にこんな事が起こると変なところだ。そう言えばユリさんは生粋の日本人だと言ってたけど国籍はどうなってるのだろう。

「国籍は間違いなく日本だけど」
「あれはあれでややこしい」

 日本では二重国籍は認められないしユリさんはエッセンドルフ国籍になる気なんてまったくないそう。だから日本国籍のままなのは間違いない。でもさぁ。国王に次ぐ最高位貴族が外国籍って良くないような。

「まずやけどユリはエッセンドルフの一般戸籍には入ってへん。そやけど貴族籍に入っとる」
「日本だって皇族は住民戸籍に入ってなくて皇統譜に入ってるでしょ」

 皇族がそうらしいのは聞いたことがある。でも皇族だって日本人のはず。

「これは日本とヨーロッパ王室の違いになるんやが、日本の皇室は外国人と結婚するのはまずあらへんやろ」

 禁止にはなっているかどうかまで知らないけど、考えられないのはその通り。

「そやけどヨーロッパの王室とか貴族は国籍を超えて結婚したりはポピュラーやねん」
「マリー・アントワネットもオーストリアから嫁入りしてるでしょ」

 その結果としてヨーロッパの王室は親戚関係になってるところが多いとか。

「だからエッセンドルフも貴族籍に入るのに広義の元の国籍は無関係なの」

 へぇ、そうなのか。でもでも、貴族籍であるにしても法の及ぶ範囲とかはあるじゃない。

「ユリのエッセンドルフの扱いは、そうだね、アメリカで永住資格書であるグリーンカードを取得したのに近いかな」
「あれはグリーンいうよりプラチナやろ。エッセンドルフ貴族としての権利を全部持っとるさかいな。ユリが望んだら公爵かってありや」

 公爵って国家元首じゃないの。これも冗談とは言えないらしくて、エッセンドルフ国内でユリさんの人気は絶大。一方で現元首であるハインリッヒ公爵はイマイチどころじゃないそう。

「ハインリッヒ公爵の不評の最大の理由はゲイやからやねん。ゲイかって地位は認められるけど、貴族最大の使命であり義務である跡継ぎが作れへんからな」

 ハインリッヒ公爵が世継ぎを作れないとなると弟のヨハンが跡継ぎだそうだけど、これが享楽主義者で、それこそ手当たり次第に女に手を出して孕ませまくってるってクソみたいな野郎で、ハインリッヒ公爵よりさらに評判が悪いのか。

「ユリのナンバーツーのマルク・グラーフの地位は重いのよ。ハインリッヒの後継者だってユリが認めない限り公爵になれないのがあそこの決まりになってるからね。だからユリにその気はなくてもユリの子が後継者になるのは余裕でありなのよ」

 ひぇぇぇ、そこまで重要人物なのか。

「日本のユリの地位かって特殊過ぎるで」
「誰も手を出せない無敵の人みたいなものだもの」

 ユリさんは正式の特命全権大使だから外交特権があるものね。他の国の外交官。とくに大使に危害なんか加えようものなら外交問題、国際問題になるもの。もっとも普段のユリさんを見ているとそんなVIPには見えないけどね。

「嫌がっとるものな」
「余計なお荷物だって不平タラタラ」

 そう言えば余計な肩書が多すぎて就活に失敗したってボヤいてたもの。

「あんなクソややこしい人物を誰が雇うもんか」
「だいたいだよ、特命全権大使をやりながら副業で就職したいと言われても困るじゃないの」

 そ、そうなるか。さらにナンバーツーの最高位貴族だし。そうだユリさんのお給料って多いのだろうな。

「とりあえず特命全権大使はボランティアや」
「ノブレス・オブリージュってやつ」

 じゃあ無給なの。

「あれもややこしいやが、爵位給はもうとる」
「あれって現物支給なのよね」

 なんだそれ、

「爵位に応じてクレジットカードが与えられるんやが、ユリのはロイヤルブラックや。これで必要なものがあれば買えってことになっとるわ」

 ブラックカードがクレジットカードの最高らしいのは聞いたことあるけど、

「ロイヤルブラックはその上や。エッセンドルフでもハインリッヒ公爵とユリしか持ってへん」
「なんでもそれで買えるよ」

 なんでもって?

「コンビニでもファミレスでもスーパーでもOKや。JCBと提携しとるらしいからな」
「マンションのフロアもそのカードで買ってるよ。青天井のカードだからね」

 ひょぇぇぇ、やっぱり貴族だ。