ツーリング日和22(第15話)危ない話

 バイクのツーリングとは道があればどこでも走れるようなものだけど、それでもツーリングとして楽しめるところは限られてくるところはある。この辺は小型バイクだからなおさらの部分は出て来る。

「日帰りの限界はどうしてもあります」

 呆れるような距離を一日で走り抜けてしまう動画もあるけど、

「あれは編集があるからですよ」

 苦しいとか、シンドイ部分はカットするよな。それでも、

『後は帰ります』

 これぐらいで終わりにはしてるけど、

「もう宵闇迫るとか、すっかり日が暮れてもありますから、あそから帰るのはさぞかしと思います」

 同感だ。ツーリング動画を上げるような連中はアクセスを増やしたいからムチャもするだろうけど、現実的には一日に三百キロも走れないと思うよ。個人的には二百キロぐらいにしたいかな。

「そういうツーリング動画を期待されているプレッシャーもある気がします」

 あると思うよ。見る時にはタイトルに釣られるのはどうしてもあるから、そこにインパクトとして、そんなところまで走っているのかはあると思っても不思議ない。

「東海道をスーパーカブで走るとか」

 あるよな。とはいえ、あんまり遠方への日帰りツーリングはバイク乗りとして辛いところはわかってしまうところはある。いくらバイクで走るのが楽しいとは言っても、距離と時間は疲れを蓄積させる。

 それにあたり前だが、行けば帰らなくてはいけない。行きの目的地を目指す高揚感に比べると、帰り道は辛いところがある。それが夜道になったりすれば、

「夕暮れになるだけで寂しいものです」

 夕暮れって不思議な時間で、とにかく早く終わらせたいと言うか、帰りたい気分がひたすら強くなる気がする。この辺は仕事をしていれば、早く帰って疲れを癒して、翌日に備えたいのもあるのはあるけど、

「子どもの時からの刷り込みじゃないでしょうか。夕暮れは遊びの時間の終わりの合図みたいなものです」

 上手いこと言うな。どんなに楽しい時間であっても終わりが来るし、子どもならそれは夕食時刻になるだろ。現実にも空腹も出て来るから、そこで終わりにするぐらいかな。遅くなれば怒られるのもセットだし。

 あの夕暮れが終了時刻の感覚は、どうだろ、高校生ぐらいまで延々と刷り込まれるのじゃないのかな。この辺は部活があったりするから一概には言えないとは思うけど、

「部活があっても夕暮れの感覚は消えないと思います。だからこそ、夜に遊びに出るのは特別の時間の感覚があると思います」

 夜と言っても夜遊びじゃなく、そうだな、お祭りに出かけるぐらいのものだ。本来なら家で過ごす時間のはずなのに、外に遊びに行けるのは特別感が確かにあったもの。さすがに学生から社会人になれば夜だからの特別感は薄れたけど、

「やっぱりあります。それこそ三つ子の魂百までです。夜の街に遊びに行くのは、いくつになっても背徳感が残ると思います」

 背徳感ってほど悪い事をボクはしてないが、昼間とは違う刺激をどこかで求めているのは否定できないな。

「これにアルコールも加わります」

 そうなる。アルコールの魔力は大人の特権だろ。あんなものが許される理由は一つだけで、規制したくても生活に入り込み過ぎていてどうしようもないぐらいしか言いようが無い。

「イスラム教はその点では偉大かもしれません。キリスト教世界はアメリカの禁酒法で大失敗しています」

 日本なんか考えもしないだろ。酒は楽しい気分にもしてくれるが、同時に普段の抑圧も取り除いてしまう力もある。抑圧って言うのも変か。社会で生きるためのマナーとかだ。

「だからアルハラがあります」

 その通り。ああなるのならセーブすれば良いのに、そうなるように酔おうとするから始末が悪いよ。

「女と男のマナーも取り去ったりもあります」

 あるよな。シラフで男と女が関係を結ぶのにまず突然は滅多にないと思う。それこそ恋愛のステップを地道に積み上げた末のものが殆どのはずだ。

「旅先のアバンチュールとかは?」

 あれだってシラフでベッドインはないだろ。その前段で飲むはあるはずだ。あそこも見ようとか、考えようだけど、二人きりで一緒に飲むのを了解した時点で、

「無いとは言えないでしょう。飲んで、酔って、そういう流れになるのを知らないとは言わせません」

 ちょっとずれるが芸能人のセクハラ騒動も、

「どんな部屋に入って、誰を相手にしてると思ってるのやらです」

 ここは関係ないからこれぐらいにして、もちろん一緒に飲んだからってOKじゃない。あくまでも流れによってはあるかもしれないぐらいの意味だ。

「と言うか、そういう危険な雰囲気を刺激として楽しみたいぐらいでしょう。これこそ大人の遊びのはずです」

 遊びか。そうかもだ。シラフの場合に遊びの要素は少ない気がする。何が真剣かの話は長くなるから置いとくとしても、シラフでその場の遊びとして男と女の関係を弾みで結んでしまうのは少ないと思うな。

 それに対して夜遊びのアルコールの入った状態は遊び感覚が多分に混じるのは否定できないよ。遊びに熱狂し過ぎて、翌朝に目を覚ますと大変なことをしてしまったと後悔する話はいくらでも転がってるじゃないか。

「そうなっても男はやり捨て感覚が強いかと」

 耳が痛いな。そういう男が少なくないのは否定できないよ。それだって理由はある。多いのは別に彼女がいるとか、それこそ既婚者だったりもある。ならやらなきゃ良いようなものだけど、それでも過ちを犯してしまうのがアルコールの魔力だろ。

「女だっています」

 男と女が関係を結んでしまうのは基本的に重いとは考えてる。もちろんケースバイケースはテンコモリあるにせよ、一夜のアバンチュールで、お互いにやり捨てで終われるケースの方が少ないのじゃないのかな。どちらかが重い意味と受け取れば話はひたすら複雑になる。

「次があるのも珍しくないですし、こじれて責任問題にもなります」

 ああそうなってしまう。既婚者であれば不倫から離婚騒動に発展することだってある。未婚者だって不本意ながら結婚に至ってしまうのもレアケースとは言い難いだろ。

「それでも女と男が出会えば、最終目標は関係を結ぶじゃないですか」

 それは言い過ぎだろ。この辺は同性の間の友情が異性相手でも成り立つかの命題になってくる。友情が成り立っている間は欲情しないだろうから関係を結ぼうとはしないはず。

「女と男の間でも友情は成り立つと思ってはいますが、友情が愛情に変わるのは誰にも止められません」

 うぅぅぅ、まあそうだ。それでも異性間に友情が成り立たないなら共学校は阿鼻叫喚状態と言うか、パラダイスと言うか、

「部長の知らない世界になります」

 バカにするな。大学は共学だ。初鹿野君はニコニコ笑いながら、

「部長の恋愛観がわかって嬉しいです」

 そんなに歪んでるか? それなりに真っ当のはずだけど、

「間違いとは言いませんが、そこまで先のことを考えていない人もいます」

 そ、それはそうかも。いくら酔っていても、関係を結んでしまう事がもたらす重大さを知っていれば、あれだけホイホイとやらないだろうからな。

「ゴキブリホイホイじゃありません。そこが女と男の最後の歯止めみたいなものですし、そこを踏み込まない人の方が多いはずです」

 だとは思う。それでも一度ぐらいはあるのは多そうな気がするし、関係までいかなくてもニアミスぐらいは、

「お堅い部長にもあるぐらいです。あそこまで据え膳状態なのによく踏み止まれたものだと感心しました」

 それは褒めてるか、バカにしてるか。あの時はあれが正解だったんだよ。もしあの時に関係など結んでいたら、

「離婚騒動の修羅場に巻き込まれ、その時のママさんが奥さんになられてる」

 ママさんもマスターに激怒してたとは思うけど、単に愚痴とか怒りをぶちまけるだけだったら女友だちを呼び出すはずだ。それを男であるボクを呼び出したのはリベンジ浮気の気持ちはあったとは思う。

 だけど選んだのがボクであったのにママさんの心の迷いはあったはずなんだ。そりゃ、流れ一つでベッドに突入はあったとは思うけど、そこまでしてしまえば、それこそ夫婦としてのルビコン川を越えてしまうぐらいの気持ちの揺れだ。

 ボクが積極的にならなかったことでママさんの気持ちはマスターを許せないものの、再構築に戻ってくれたんじゃないかと思ってる。もっともそこまで考えたのはだいぶ後だったけどな。

 あれは自分が傷つかずに貴重な人生経験を積めたのかもしれない。それでも、どこかであの据え膳を食べてみたかったと思うのが良くないのだろうけど、

「食べるのも経験だったかもしれません」

 食べていたらボクが童貞を捨てたのはママさんになっただろうけど、その後に起こるかもしれない修羅場の現実を知ってしまったから、もう良いよ。ボクに一夜のアバンチュールは似合わない。

「部長ってやっぱりそういう人です」

 なんかバカにされてる気がするぞ。そんな事より話をツーリングに戻そう。ちっとも話が進まないじゃないか。