ツーリング日和18(第27話)大げさすぎた作戦

 この後はテンヤワンヤの大騒ぎになったんだ。そりゃ、ユリア侯爵が特命全権大使の肩書で日本政府に厳重な抗議を申し込んだからね。こういう問題はデリケートな話になるんだよ。まず日本国は設置された大使館の安寧を守る義務がある。

 その大使館に悪意ある不法入国者が侵入したら、それを許した日本政府の失態になる理屈なんだって。それも大使自ら剣を揮って撃退した格好になるから、不法入国だけじゃなく大使であり侯爵であるユリさんに危険が迫ったことにされてしまっている。

 ユリさんはエッセンドルフ公国で現代のジャンヌ・ダルクとされるほど尊敬され人気もあるから、国民は抗議デモを行い、これを受けたエッセンドルフ公国議会は非難決議を行っただけでなく犯人の速やかなる引き渡しまで要求してる。これを受けて元首であるハインリッヒ公爵も公式の抗議声明まで出してるんだもの。

 あの勢いは引き渡しなんてしようものなら、市中引き回しのうえ磔獄門にされそうだ。いやこれは冗談じゃなく首ぐらいは間違いなく刎ねられる。良くて銃殺とか縛り首だ。ちなみにギロチンはないそうだ。

 そこまでになってしまうは、あの場所がエッデンドルフ公国領であることに尽きる。あの時にユリさんはユリア侯爵としてエッセンドルフ国内で侮辱を受けた事になる。そこでユリさんはユリア侯爵としてその侮辱を晴らし名誉を守るためにクソ親を成敗すると宣告してることになっちゃうんだよ。

 これもあの国の法になるのだけど、最上位貴族には江戸時代みたいに切り捨て御免が出来るんだ。もしその場を逃げてもその宣告は公国として果たすべき使命となるんだよ。あのクソ親どもは切り捨て御免宣告を受けながら海外逃亡をしてるようなものと考えたら良いと思う。

 さすがにこれはエッセンドルフ公国内しか適用されないから、ハインリッヒ公爵は犯人の引き渡しを要求してるけど、引き渡されたら確実にあのクソ親どもの首と胴体は泣き別れにされてしまうはず。


 どんだけ古臭い国かみたいな話だけど、そういう法と権威がエッセンドルフ公国の最上位貴族にあるのはウソじゃないし、今だって通用はする。だけど今ではそう書いてあるだけの状態でユリア侯爵によると、

『百年どころか三百年ぐらい前が最後って聞いてるよ』

 小国だけど現代国家だものね。それと不法入国だってしょっちゅうあるんだよ。だって上の階や下の階の子どもが鬼ごっことかで入って来るもの。それだけじゃなく、遊んでいる子どもにユリさんがお菓子をあげたり、一緒に遊んだりもするんだもの。

 そうなんだよ。あのフロアだって普段はマンションの住民なら誰でも入れるし、ユリさんだって上の階や下の階の住民とも親しくて、ご近所付き合いみたいなこともやってるぐらい。この辺はユリさんも子ども好きで、アリスもそんな子どものお誕生日会を開くからって呼ばれたものね。


 そこにトコトン角を立てたのが今回の作戦。あそこまで角が立つとまさに国際問題だ。外務省が事態の収拾に走り回ってるみたいだけど、大使館だけでなく本国まで巻き込んじゃってるから一筋縄で解決にならないよね。

 クソ親どもがやった行為自体はマンションの出入りのルールを破って入り込んだこと。これだけでも不法侵入に該当するそうだけど、これだけで逮捕されたり罪に問われることは少ないそう。この辺は侵入したのが健一の親だって事情も当然にように斟酌されるぐらいで良いと思う。

 ついでに言えば初犯だから、せいぜい警察で注意されるぐらいで終わっても不思議じゃないと思うんだ。別に窃盗目的とかで侵入した訳じゃないし、侵入したと言っても部屋のじゃなくフロアまでだもの。

 その程度なのに死刑なんて日本政府だってさせたくないじゃない。だけど既にゴメンナサイで済む問題じゃなくなってる。国際問題、外交問題になってるから、国の面子を立てながらの落としどころが求められるってやつ。

 だからだと思うけどクソ親どもは逮捕されちゃっただけじゃなく起訴されちゃったのよ。もっともエッセンドルフ公国への不法入国じゃなくて、単なる住居への不法侵入だけどね。ここもなんだけど国際慣行みたいなものみたいで、こういう場合は日本の国内法が適用されるらしい。今回で言えば告訴したのはユリア侯爵になる。

 これだって逮捕起訴はやりすぎで、もっと悪質なものでも当事者同士の示談で終わるのが普通らしいけど、とにかく相手が悪かったとしか言いようがない。実際に示談をもちかけれたのだけどユリア侯爵は、

『事は国の威信と名誉にかかわる事であり、公国議会の非難決議の撤回と、抗議声明を出された元首であるハインリッヒ公爵の了承を得られるのなら考えます』

 クソ親の弁護士も頭抱えていたみたい。エッセンドルフ公国なんかどこにあるからレベルだものね。だから示談も出来ずに起訴されたってこと。日本の司法は行政とは独立してるのだけど、やっぱり何か圧力みたいなものはあったと思う。判決は、

『罰金三千円』

 はぁってな判決だ。不法侵入は最大でも三年以下の懲役又は十万円以下の罰金なんだよね。懲役は論外だから罰金になったのはわかるとしても三千円ってなんだと思ったもの。これだったら無罪にしてやれよ思ったぐらい。

 でもね、でもね、これが本当の狙いだったんだ。たとえ三千円でも実刑になったのは前科も付くからクソ親どもには大きいのだけど、あの不法入国が不法侵入として認められた点がもっと大きいってこと。

 どういう事かって。これでユリア侯爵にクソ親どもが危害を加えようとしてた証拠に一つになってしまうってこと。これを盾にユリア侯爵はクソ親どもの接近禁止命令を訴え出たんだ。これはいわゆるストーカー規制法になるのだけど、

『半径百キロにしておいた』

 そんなムチャクチャな要求が認められるものかと思ったけど、これもまた外務省どころか政府だって動いた気がする。そりゃ、これでゴタツキまくった国際問題、外交問題を手打ちに出来るからね。だから認めれちゃったんだよ。ユリア侯爵は悪戯っぽく笑いながら、

『神戸、所払いって感じかな』

 ここまで大がかりな作戦はいくら健一でも出来ない。そもそもユリア侯爵があそこまで全面協力なんてするはずもない。出来た理由はただ一つ、

「なかなかオモロかったやろ」
「ユリが剣を抜いた姿が見たかったよ」

 あのエレギオンの女神が協力してくれたから。これだって最初はもっと穏便で小さな作戦だったんだ。それをあの二人に相談したばっかりに、

『それやったら・・・』
『どうせだったら・・・』

 あれよあれよと言う間に。幹が天まで伸び葉が生い茂り大地を覆いつくすような大芝居になってしまったってこと。裁判で政府とかの圧力も考えたけど、最大の圧力はコイツらだった気がする。

「接近禁止命令の延長ぐらいナンボでも出来るで」
「あれも百キロなんてケチらずに千キロにすれば良かったのに」
「そこまで広げたら日本におられへんやろが」

 とにかくこいつらに任せといたら、どこまで好き放題するかわかったもんじゃない。それでも感謝してるんだよ。それにしてもどうしてここまで助けてくれたの?

「そやな一言にしたら女神のプライドや」
「アリスのところが、ああなったって聞いてビックリしたし、慌てたもの」

 こいつらでも慌てるなんてあるのか。

「なんぼでもあるわい」
「わたしたちを何だと思ってるのよ」

 そんなもの稀代の策士と氷の女帝でしょうが。

「ホンマ腹立つやっちゃな。それでもこれでばっちりアフターケアしといたたから死ぬまでベタベタのラブラブ夫婦や」
「あれだってドンドン良くなるよ。とにかく旦那が徳永君でしょ」
「馬並みどころか、馬十頭分ぐらいの馬力があるさかい期待しとき」

 あのね、馬十頭とやったら体がぶっ壊れるだけでしょうが。

「何言うてるねん。北白川先生から聞いたやろ。女はナンボでも相手できるし、ナンボでも感じれるし、ナンボでもイケるんや。馬の十頭や二十頭ぐらい余裕や」
「そうよそうよ。ところで徳永君のモノも馬並みなの」
「馬よりデカいやろ」

 健一をどんな化け物だと思ってるのよ。そりゃ、体に比例するぐらい大きいのは認めるけど、馬って五十センチとか七十センチぐらいあるんだよ。そんなものを入れられたら背中まで突き抜けちゃうじゃない。

「でもおったで」
「昔の見世物小屋の定番の一つだよ」

 そ、それは読んだことがある。でも先っぽの方だけとか、なにかトリックがあるはず。まともに入れられて壊れないはずがあるものか。

「で、どれぐらいなのよ」
「ポニー並みの三十センチぐらいか」

 あれは・・・そんなもの教えられるはずがないじゃない。健一のが立派なのは認めるし、その立派なのに感じて、初めてイクまで達したのも認める。もっと言えば初めて見た時にあんなものが入るのかとビビったのも認める。

 だけどね、あれはアリスのものなの。アリスだけが喜ばされ、アリスだけがイクことを許されてるものなの。もっと言えばアリスにだけ反応して、アリスだけがあの雄々しい姿を見れるのよ。言うまでも無いけどアリスの中だけしかイクことは許されない。

 健一を経験してアリスは変わった。干物女が瑞々しい女に変れたんだ。アリスがそうなれたのは健一の、

「熱いミルクしかないやろ」
「どれだけ出るの。コップに一杯ぐらい」

 そんなに出るわけないでしょうが。もっとも、中に出てるから正確な量はわからないけど、コップ一杯なんてあり得るか。それこそ馬ですら、

「そやな。コップ半分ぐらいやもんな」
「そんなもんなんだ」

 あのね、そんなに出てるわけないでしょうが。そんなに出されたらイカれるたびにアリスのとこがビシャビシャになるし、シーツだって、ベッドだって大変なことになっちゃうよ。

「そやな。そんなんが馬十頭分だけ出されるんやもんな」
「馬十頭分は1リットルだものね」

 健一は人だ、馬じゃない。

ツーリング日和18(第26話)ユリア侯爵の剣

 あれからだけど健一の弟の伸二も家を出ちゃったんだ。

「頑張ってるようだ」

 就職すると言ってもロクな経歴を持っていないけど、そこは健一の口利き。それにしてもどこなの。

「伸二の希望もあったから北海道のクローバーファームだ」

 それって農家とか。ここも聞くと農家じゃなくて酪農家みたいだけど、

「あいつは小さなころから動物好きだったからな」

 聞くと好きなんてレベルじゃなかったみたい。だから最初の将来の夢は動物園の飼育係で、そこから獣医さんも真剣に考えていたとか。そういう夢も悪くないと思うけどクソ親どもは叩き潰していたのか。

「ぐるっと回って牛さんのお世話係さ」

 それも良いかもしれない。これからの頑張りに期待だな。自分の人生はね、最後は自分で切り開くしかないのよね。健一も兄として出来るのはここまでだもの。伸二のことは、そういう形であっても落ち着いたんだけど、クソ親問題はそうは行かない。

 あの時の絶縁作戦は上手く行った。あんなに上手く行くとは思わなかったぐらい、でも世の中そこまで甘くない。これは健一が仕掛けた置き土産の甘い罠の効果もあるんだけどね。しっかし、ここまで思い通りに人って動くものなのかなぁ。

 健一の生活援助はクソ親どもの浪費癖を助長させた。でもその生活援助は健一の絶縁宣言とともに打ち切られている。クソ親どもも収入はあるんだから、その範囲の生活レベルに戻せば良いようなものだけど、一度覚えた贅沢の味は忘れられないみたいだ。

 この辺は元から夫婦そろっての浪費癖があり、健一の生活援助で辛うじてあった自制が吹っ飛んでしまったぐらいかもしれない。健一もそれを狙っていたんだけどね。健一も口にこそ出さないけど自分にされてきた仕打ち、さらには伸二への仕打ちも知り、さらにそこまでのクソ親に一瞬でも気に入ってもらおうとした自分が許せないぐらいで良さそうだ。

「こういう時には最後までちゃんとしておかないと、必ず後で後悔する」

 あの絶縁作戦は効果的ではあったけど、しょせんは口先の話に過ぎないのよね。上手く行ったと言ってもペテンにかけたようなもの。どんなに強い言葉を使おうが、クソ親でも親であり、この親子関係は絶対に切れないとして良い。

 だから出来るのは実質的な関係の途絶だ。そうするには、こちらからの絶縁宣言ではまだ不十分なんだよ、あのクソ親が二度と近付けないようにしなくちゃならない。言うのは簡単だけどそんな簡単な事じゃない。

 あのクソ親の将来設計は子にもたれかかるのがすべてだ。あのクソ親にとっては子とはATMであり、カネを手に入れるための道具だ。普通の親ならあれだけ強烈な絶縁宣言を子から喰らえば、それをされたことを恥じて二度と顔を見せなくなっても不思議じゃないと思っている。

 だけどあのクソ親どもにとっては子とは自分たちの将来を保証する必要不可欠な道具だ、あれぐらいの事で手放すもんか。必ず肉親の情をふりかざしてすり寄ってくる。その時には、さも反省して心を入れ替えたぐらいの臭いセリフを恥ずかしげもなく撒き散らすだろうけど、あの歳になって人の本性なんて変わるわけないだろうが。

 あいつらの狙いはやはり健一だ。健一は肉親の情に一度は揺らいだのを知ってるからな。そこに付け込めば再び道具として使えるはずだと考えてるはずだ。実はその点にアリスも不安はある。最後の最後に健一が転ばないかって。

「信用無いんだな。そうアリスが思ってしまうのも無理はないけど」

 どうしてもね。最初にクソ親に挨拶に行った時のトラウマはどうしたって残るもの。それにしてもホントにそこまでやるの。いくらクソ親と言っても自分の親だよ。

「やるよ。やると決めたんだ。ボクにとって世界のすべてはアリスだからな」

 アリスにとっての健一もそうだよ。本音で言えばこのままフェードアウトして疎遠になって欲しいのだけど、あの連中はそうは行かないだろうな。そしたらやっぱり来やがった。そろそろ貯金も食いつぶして切羽詰まって来たのだろう。借金にも手を出していたって不思議ない頃だものね。

 それにしても舐めてるな。このマンションのセキュリティは固いのよ。そりゃ、ユリア侯爵が選んで住んでるぐらいなんだよ。いくら玄関まで押しかけたって入れるものか。それでもこれで終わってくれないよな。

 マンションのセキュリティは固いけど、あくまでも民間マンションなんだよな。そりゃ、正面からの来訪なら保安室が追い返してくれる。あそこで粘り過ぎるとすぐに警察が呼ばれるよ。

 マンションの出入りの管理は民間にしたらしっかりしてるけど、それでも限界がある。マンションには住民もいるし、郵便局や宅配業者とかも入ってくる。それを言えばガスや電気の業者もそうだ。門前払いで追い払ってくれるのはNHKぐらいかな。

 ごく単純にはマンション住民と一緒に入ればフリーパスみたいなところは確実にある。親戚やら友人知人を部屋に招待するのは誰だってするものね。だからその気になれば、マンションに入ろうとする住民に引き続くように入り込むことだって可能ってこと。

「ついに来たか」

 部屋のピンポンがせわしくなく押されてる。

「健一いるんでしょ、開けとくれ」
「落ち着いて話をしようじゃないか」

 なにが落ち着いてだ。落ち着いて話したい人間が、

『ドンドンドン』

 ドアをガンガン叩いたりするものか。健一、本当にこれで良いの。

「迷惑をかけると思っている」

 なるようにしかならないって事だよね。玄関前でのクソ親どもはさらにヒートアップしたんだけど、そこに現れたのは、

「これは何事ぞ、お静かになさい」

 頭ごなしに叱りつけられたクソ親どもだけど、

「誰だお前は」
「他人の家のことに首を突っ込まないでくれる」

 やっぱりそうなるか。そう簡単に引き下がらないよね、

「ここをどこだと思っている。速やかに退出しないのなら、それ相応の覚悟をしてもらう」

 最終警告だ。これが最後のチャンスだぞ。

「なにが覚悟だ」
「ベルばらみたいなコスプレの頭がおかしい白人女は引っ込んどれ」

 もう知らない。

「ここは日本国より公式の承認を得たエッセンドルフ公国大使館だ。すなわちエッセンドルフ公国の聖なる地でもある。ここに立ち入ることが出来るのはエッセンドルフ公国臣民かパスポートを所持するもの、または特命全権大使であるこのユリア・エッセンドルフの許可を得た者だけだ」

 ポカンとしているみたいだ。いきなりそんな事を言われても面食らうだろうな。どう見たって普通のマンションのフロアだもの。

「この地に無断で立ち入る者は不法入国者である。既に警告は行った。それに逆らったからには、悪意を持つ不法入国者だと断定する」

 ユリア侯爵も気合入ってるな。クソ親どもがベルばらを持ち出したのは間違いじゃない。あんな服持ってたんだと思ったもの。それとあの言い方は良くなんだよな。ユリさんは白人に寄り過ぎたハーフだけど、そのことへのコンプレックスも大きいんだ。あれは逆鱗に触れたとしても良いはず。

「悪意ある不法入国者であるだけでも許しがたい存在であるのに、侯爵であるわたくしを侮辱するとは言語道断。わたくしへの侮辱は母なるエッセンドルフ公国への侮辱。この侮辱を晴らし名誉を守るのはエッセンドルフ貴族の務め」

 そうなるんだよね。ここは日本じゃなくエッセンドルフ公国になり、ここでは日本の法律じゃなくエッセンドルフの法律が適用されちゃんだ。もっとも基本的なところで大差はないんだけど、エッセンドルフでは貴族の力が未だに大きいぐらいの理解で良いと思う。

 そうなっているのはあれこれ歴史的な理由が積み重なってるのだけど、そうだな、これまで国を守る戦争で常に先頭になって戦い続けた功績は大きそうぐらいに考えても良さそうだ。だから貴族への法と庶民への方は別物になってるらしい。

 そんな貴族が一番大事としているのが名誉と誇りで、貴族を縛るのもそうで良いみたい。名誉を守るためには、なんとだよ、これは正式に認められているそうなんだけど、

「我が刃の錆にして名誉を守らねばならぬ。そこに直れ、遺言ぐらいは聞いてやるぞ」

 あれも見せてもらったけど、エッセンドルフ侯爵家に代々伝わる名剣だってさ。ユリさんは侯爵になった時に侯爵としてエッセンドルフ公国に尽くす誓いを公爵に立ててるんだけど、その時の儀式に必要だからってもらったとか言ってた。

 銃刀管理法的に日本に持ち込むのに問題はあったそうだけど、そこは侯爵への特例待遇みたいなもので、大使館内で使うことを条件に許可されたとかなんとか。とにかくよく切れるそうだけど、

『包丁にしようと思ったけど長すぎて使いにくいからあきらめた』

 大根でも切ろうとしたのかよ。それはともかく、剣をふりかざすユリア侯爵に怖れをなしてクソ親どもは逃げて帰った。そりゃ、白昼にあんな格好をした白人女が剣を抜いたら狂人にしか見えないだろう。

ツーリング日和18(第25話)再訪

 二度と来たくなかった健一の家だ。いるのはあのクソ親どもだ。あははは。今日は最初っから喧嘩腰だな。もう遠慮も会釈すらありゃしない。

「敷居を跨がせるのも不快なんだが」
「健一のお相手はもう決めたから、片親の不良娘のあなたは邪魔なのよ」

 でも今日の健一は違う。親がなんと言おうとアリスなんだ。どれだけアリスをクソ親どもが貶そうが健一はアリスとの結婚を1ミリたりとも譲らない気迫が隣からヒシヒシと伝わってくる。

 こうなった健一を説得するなんて誰であれ不可能だと思うよ。少なくとも暴力は通じない。半グレどもをけしかけたって無意味だし、裏社会の本職だってあのざまだ。それにクソ親どもには弱みがある。

 ホントに健一は義理堅いと思うのだけど、あそこまでされてるクソ親どもに生活援助をずっと続けてるんだ。それも最近金額まで大幅アップしてる。気づいたアリスが理由を聞いたのだけど、

「甘い罠さ」

 はぁ? てなところだけど、クソ親どもには浪費癖もあるみたいだ。あると言ってもカードローン地獄や、消費者金融、ましてや闇金に手を出すレベルじゃないみたいだけど、昔から貯金は苦手で、あればあるほど使ってしまう傾向はあるそう。

 そんなクソ親への生活援助を増やせば、増やした分だけ浪費するのは日を見よりも明らかなんだって。どうしてそんなに甘やかすんだと聞いたら、

「人はね、一度甘い蜜の味を知ると忘れられないものさ」

 長い説明になっちゃったけど、今やクソ親どもは健一の生活援助でウハウハ生活なんだ。もちろんもっと増やせの要求はあるけど、それだけ頼り切ってる部分もあるから、健一の機嫌を損ねすぎるのも良くないぐらいは理解できるみたいだ。

 だからだと思うけど、ゴリゴリにアリスとの結婚の承認を要求する健一を退けきれないのよね。クソ親どもの計算は持参金を手にした上で健一のATM機能の一生保障だもの。だけどここまで健一が強硬だからクソ親なりに妥協を考えざるを得なくなったぐらいで良いと思う。

 アリスと結婚すれば持参金はパーになるけど、健一の態度の強硬さを考えると親の承認なんて関係なしに結婚するぐらいはわかったはずだ。そういう状態になれば健一のATMが止められてしまう恐れを感じないはずがない。

 理想は持参金とATMのダブルゲットだけど持参金をあきらめる代わりにATMの増額でペイするぐらいの損得勘定を必死にやってるぐらいだ。そうだなボーナスをあきらめる代わりに給料を増やそうぐらいかな。

 誰を相手にどんな損得勘定をやってるって話かと思うと笑うしかないよ。こんな損得勘定に熱中して判断しようなんてアホだし、そんな事を思い付けるのが毒親のクソ親だ。親が本当に心配する点はそこじゃないだろうが。

 健一の強硬さはクソ親どもでもアリスとの結婚を認め持参金はあきらめざるを得ないとの結論に達したようだ。それでもアリスを嫁として迎え入れるのは不満タラタラなのは変わらない。

 あれだろうな、結婚は認めてもどうやって離婚させ家から叩き出すかに目的は変わるぐらいになってるで良いと思う。結婚は重いけど離婚も出来るのが結婚だし、離婚させれば元のシナリオの持参金ゲット路線に戻れるものね。その流れになると、

「健一がそこまで言うなら仕方がないが」
「徳永家の嫁になるなら我が家の家風をしっかり守ってもらうわよ」

 なんだよ徳永家の家風って。タダのサラリーマンの家じゃない、健一にも聞いたけど、どれだけ先祖を遡っても、

『由緒正しい水呑百姓だよ』

 つまりは地主の下で働く小作人だってこと。だからと言って貶すつもりはないけど、ふんぞり返って家風なんてものを誇られたってカエルの面にションベン物だってこと。これも健一が調べ出してくれたのだけど、

『あははは、大地主の四葉家の小作人だった』

 アリスの家が第二次大戦前まで裕福だったのは聞いた事があるのよね。没落したのはGHQがやらかしやがった農地解放だ。戦後の混乱期のインフレもあってスッカラカンになったってお話。

 言うまでも無いけど大昔も良いとこの話で、今のアリスにはまったく関係ない話だ。それでも家風なんて持ちだすなら相手を選べよな。そんなことなんて知る由もないクソ親どもは、

「嫁の最大の使命は跡継ぎを産むこと。だから孫の顔を早く見せること。女じゃ認めない。必ず男を産め」
「それも一年以内だ。三年子無しであれば家から出て行ってもらう」

 アホか。アリスだって健一の子どもは欲しい気持ちだけはあるけど、子どもを産む産まないは親が決めるものじゃなく、夫婦が決めるんだ。何が三年子無しは去れだ。てめえらはいつの時代の人間なんだよ。

「両親を敬い最低でも週に四日は家に来て家事をすること」
「料理もインスタント食品、化学調味料は一切用いないこと。冷凍食品も作り置きも許さないからね」
「最低でも五品は並べろ。言うまでも無いが費用は嫁が出すこと」

 おいおい、嫁は家政婦かよ、いや家政婦だってちゃんと給料をもらえるぞ、無給でコキ使ってカネまで払えって家事奴隷かよ、冗談も休み休みに言いやがれ、

「言うまでも無いけど健一の親である私たちは主人も同然、その言葉に絶対に従うこと」
「介護が必要になれば全身全霊で尽くすのだ」

 家事奴隷決定宣言だ。ここまで出ればそろそろのはずだ。

「嫁は三界に家はなく、この家のみを実家とすること」
「嫁になったからには産みの親ともアカの他人だ。親は夫の親のみで他にはこの世に存在しない。言うまでも無いが冠婚葬祭にも出席は論外だ。アカの他人に過ぎないからな」

 ホントに単純な連中だ。ここからも、よくもまぁ、それだけ思いつくと呆れるぐらい家風とやらを並べ立てやがった。

「これぐらいは守れて当然だ」
「徳永の嫁になる常識だからね」

 誰がこんな家風をふりかざす家の嫁になるって言うんだ。そんな女がいたら顔を拝んでやりたいよ。健一はクソ親どもの言いたい放題を黙って聞いただけでなく、それを箇条書きにした書面も作り上げた。さらにご丁寧な事に、

『徳永家家訓』

 こうまで書き添えた。

「これは徳永の人間であれば嫁に限らず誰でも適用されるで良いか」
「もちろんだ。嫁用に言ってやったが、徳永の人間であれば誰でもそうだ」

 健一はさらに書面にクソ親どもの署名までさせた。そこから立ち上がりクソ親どもを見下ろしながら、

「ボクも徳永の人間だからこれを守らなければならない」
「ああ、お前だって例外じゃない」
「しっかり守ってもらうよ」

 もう勝ったと思ってやがるのが丸わかりだ。

「ボクはアリスの家の婿養子になった。だから徳永の家の人間ではなく四葉の家の人間だ」

 クソ親どもは何を言われてるのわからないって顔になった。

「四葉の家の人間になったからには、ボクの親は四葉の親しかこの世に存在しない」
「なに言ってるのよ。健一はわたしたちの息子だよ」
「健一の親はオレたちに決まっているだろう」

 健一は大きく息を吸い込んでから、

「お前らは誰だ。四葉の家の人間になったからには、産みの親であろうとアカの他人だ。そうするのが徳永の人間であり、これがその証拠だ」

 さっきの書面をクソ親どもに突き付け、

「お前らが宣告して署名したものだ」

 そりゃもうってぐらいの物凄い気迫で睨みつけてた。ああなった健一に逆らうどころか声も挙げられないよ。これも気迫だけじゃない、あのゴツ過ぎる体にドスの兆次に刻まれた傷跡がどれだけあるか。裏の本職でもここまであるのは珍しい気がする。それでもクソ親どもは最後の気力を絞り出すように、

「生活援助はどうなるの」

 この期に及んで出て来たのはカネの心配かよ。

「アカの他人に恵んでやるカネなどない。アリス帰るぞ、もうこんな家に二度と来ることはないからな」

 帰りのクルマの中であれで本当に良かったのか聞いたのだけど、

「もちろんだ、すべてボクが決めたことだ」

 東京での入院生活が終わる頃に健一から改めてプロポーズを受けたんだ。アリスだって健一の嫁になる以外は考えてなかったけど、それでも頭が痛いのはあのクソ親問題だ。どう頑張っても親戚になっちゃうもの。

 そしたら健一から意外な提案を受けたんだよ。それがアリスの婿養子になることだった。それもだよ、すぐにも籍を入れて結婚してしまうだった。一度決めた時の健一の行動力はさすがで、あれよあれよ言う間に結婚式まで突っ走っちゃったのよね。結婚式はささやかだったよ。アリスは籍を入れるだけで十分と言ったのだけど、

『誰に見せたい結婚式なのか胸に手を当てて考えてみろ』

 アリスはウェディングドレスに身を包み、親父に手を取られてヴァージンロードを歩いた。そして永遠の愛を約束し誓いのキスをした。出席者は氷室社長と麻吹先生、新田先生、泉先生のそれぞれの夫妻と。

「エエ式や。コトリにブーケ投げてや」
「わたしが取るんだって」

 そうあの二人だった。

ツーリング日和18(第24話)あのクソ親ども

 毎日のように健一の病室に通ってるのだけどアリスの懸念がやって来ないんだ。来たら来たで厄介なんだけど、あれだって親だろうが。実の息子がこれだけの大怪我で入院していると言うのに不自然じゃない。

 そりゃ、神戸から東京は遠いけど、新幹線だってあるし、飛行機だってある。少なくとも大三島から夜の八時に東京を目指すより簡単だ。健一の病状は命に関わるようなものじゃないから、泊まり込みで看病する必要はないにしろ、一度ぐらいは様子を見に来るものだろうが。

 アリスだってもし来やがったら、どんな対応をしてやろうかあれこれ考えてたし、とにかくいつ来るかわからないからピリピリもしてた。どう考えたって嫌味の応酬の修羅場になるのは間違いないもんね。そんな日々を送っていたら、

「うちの親なら来ないよ」

 どういうこと。重傷で入院している息子のお見舞いだよ、

「命に別状はないって言ったら、それで終わりだった」

 それでも親かよ。そう言われたってお見舞いに来るのが親だろうが。

「今ごろはハワイのはずだよ」

 どうも健一のクソ親どもはハワイ旅行を計画していたようなんだ。それ自体は問題ないのだけど、健一が負傷させられたのが出発の前日だったんだ。もうちょっと言うと健一は救急車で病院に担ぎ込まれたのだけど、入院となると家族との連絡が必要になるんだって。

 これは入院費用の保証とかの意味もあるそうだけど、急変時に家族に連絡が取れないと困るからも大きいそう。他にも手術の同意書とかが必要な時も家族の同席が求められるとか。この辺はイメージとしてアリスにもわかる。

 だって、家族の同意が不十分だとかで裁判になっているマスコミ記事ぐらい読んだことあるもの。だから緊急入院であっても病院がなんとか家族に連絡を取ろうとしたんだろうな。この辺は家族の大怪我だから知らせてやらない方がむしろ不自然だろ。

 健一の傷の手当は時間もかかったから、連絡を取ったのは病院の人だったみたいだけど、健一の言う通り、命の別状がないと聞いた瞬間に。

『よろしくお願いします』

 これで電話を切られたのは本当だ。これはその日に電話をした看護師に直接聞いた。こういうことは医療情報にあたるだろうから、ホントは他人に話してはいけないのだろうけど、アリスは健一の婚約者となってるから口が滑ったんだと思う。いや、あれは口が滑ったというより憤慨してたものな。

 その看護師は相手が神戸に住んでるのを知って電話してるから、病院に東京駅なりからどうやって来るかの情報もバッチリ用意してたそう。東京ってとにかく広いものね。知らずに来たら迷子になっても不思議無いよ。

 だけどだよ、病院側から病院名こそ名乗ったけど、住所どころか電話番号も聞かずにガチャ切り状態だったんだって。そんな対応をされたら頭に来ると思うよ。もちろん健一のスマホにも連絡など無しだ。

 それにしてもだよ、ハワイ旅行に行ってしまったにしても、もう一週間だ。とっくに帰って来てるはずだから連絡の一つぐらいするものだろうが。

「まだ帰ってないよ。旅行は二週間の予定だ」

 なんてリッチな旅行だ。よくそんなおカネがあったもんだ。そうしたら健一は寂しそうな顔をしながら、ポツリポツリと話してくれたのだけど、

「アリスもある程度聞いてるけど、ボクの家は複雑でね・・・」

 複雑と言うより毒親家庭だろうが。出来の良さそうに見える弟を偏愛して、出来の悪そうな健一を冷遇しまくったクソ親だ。

「毎日のようにオタクは人生の敗北者だとか、無駄飯食いとかね」

 でも兄弟の人生は変転してしまう。弟は高校までは優等生の地位をなんとか保っていたものの大学受験で挫折を味わい、社会人になっても鳴かず飛ばずでニート化してしまう。一方の健一はイラストで挫折を味わったけど神戸アート工房で見事な成功をしている。

 そうなると弟の成功に将来の安泰を夢見て来たクソ親どもの人生設計に狂いが出る。つうかさ、子どもに将来を託そうとする親もどうかと思うけど、それはとりあえず置いといて成功した健一に目を向けたんだ。

 ここだって健一はそんなクソ親と縁を切ってしまう選択はあったはずなんだ。縁を切ると言っても法的になんとか出来るものじゃないけど、たとえ頼られても冷たく突き放すってやつだ。

「情けなかったと思ってる」

 健一はあれだけ冷遇されながらも親からの愛に飢えてたんだよな。この辺になると、よそ様の家庭事情とか、健一の性格とかあるけど、

「歳の差が三つあるだろ」

 そこか。クソ親は弟を偏愛したけど、それは弟が生まれてから、それもある程度成長してからになる。その間は健一も親の愛を受けていたはずだものね。

「笑って良いよ。いつの日にかってずっと思ってたんだ」

 ある種の承認欲求ぐらいかな。だからか。

「ついにと思ってしまったんだよ」

 長年、弟にのみ向けられていた親の目が自分に向けられて喜んでしまったのか。この辺の心理はアリスにはわかんないよ。だからあのクソ親どもへの挨拶の日も、

「あれは本当に悪かった。いくら謝っても許してくれないよな」

 健一はアリスをクソ親に認めて欲しかったんだろう。でもクソ親はどう見ても、どう聞いてもアリスを気に入る様子はなかった。それどころか論外の却下で良いだろう。それでも健一はなんとか認めてもらおうと頑張ってたのか。

「アリスの耳には届かなかったみたいだな。ああなれば、そうなるって誰よりわかっていたはずなのに」

 でもそれって、最後の最後に無理があるんじゃ。

「アリスの言う通りだ。あの時のボクはアリスにもボクの親にも良い顔をしようとした愚か者だ」

 それぐらいクソ親どもの態度はあからさまだったってこと。そうじゃなきゃ、親父の事をあそこまでボロクソに貶すもんか。えっ、あの時のクソ親どもの態度は他にも理由があったのか。

「あれはアリスだけが認められないのじゃなく、誰を連れて行っても同じ結果だと思う」

 なんてこった。クソ親どもは健一の結婚相手まで決めていたってか。その女と見合いさせ、結婚させるつもりだから他の女は単なる邪魔者で排除の対象としか思ってなかったのか。ちなみにその女って、

「有名な資産家の娘さ」

 その家なら名前だけは聞いた事がある。よくまあ、そんなところのお嬢様との縁談なんて作れたものだ。

「人を知りもせずに貶すのは良くないが、縁談が出来た理由だけはわかる」

 健一よりも十二歳も上で、大学こそ卒業しているものずっと実家でニート暮らしって。

「体重はボクより重いそうだ」

 なんだって! まともに歩けるのかよ。これって、嫁ぎ遅れて始末に困った娘の在庫処分のような縁談じゃない。

「在庫処分か。そこまでは言いたくないけど、かなりの持参金が約束されてるよ」

 そういうことか。健一は新興とは言え業界有名企業の専務だ。それも会社の将来が有望ぐらいは調べればすぐわかる。ああいう家は在庫処分であってもバランスは重視するから、最低限の釣り合いは取れるぐらいに健一を評価したんだろう。

 でもさすがに女の方が一回りも年上となると引け目を感じるはず。それを補うのが持参金って計算か。なんか釣り合いが取れてるような取れてないような話だけど、どう考えたって無理がテンコモリだ。

 そうだよ、本人の意思がどこにもないじゃないか。一回り年上だろうが、健一より体重が重たかろうが二人が愛し合っていれば結婚したってかまわない。そういう組み合わせだってあるのが男と女だ。

 でもこの話って、持参金目当てに健一を売ってるのと同じだ。こんな縁談が成立するはずなんてあり得るか。

「うちの親はその気だよ。その気どころか決まったものとしてる。だから沖縄旅行さ」

 なんだって、なんだって、なんだって。近いうちに手に入るはずの持参金をアテにして豪遊をしてるって言うのかよ。それが親のすることか。

「実は伸二とも話をしたんだ」

 伸二って高慢な弟じゃない。しかも挫折してニート化して廃人同様になってるんじゃ、

「伸二も変わったよ。余程辛い経験だったようだが、伸二はそれを受け止めて成長した」

 廃人じゃないのか。

「伸二も信じなりの辛さがあったで良いと思う」

 伸二は高校時代に優等生のプライドが保てなくなってしまっている。簡単に言えば成績は低迷してるんだよね。それでも親からは伸二なら東大や京大ぐらいは当たり前だと決めつけられ、他の大学の受験さえ許してもらえなかったのか。

「それだけじゃない。やりたい事だって殆どが禁じられているようなものだ」

 伸二は健一が羨ましかったのか。健一は親から殆ど期待されていなかったから、自分で選んだイラストレーターの夢を目指して専門学校に進んでいる。残念ながらその夢は叶わなかったけど、今では立派な専務さんだ。

 これ較べると伸二は完全な籠の鳥状態で、進めるのも親が敷いたレールから一歩どころか、半歩も外す事を許されない生活を送っていたことになる。高校時代までは親の尻馬に乗って健一をバカにしていたけど、

「泣いて謝ってたよ。なんにもわかってなかったってね」

 もしかしたら、伸二にも結婚話が押し付けられようとしていたとか。

「あったよ。伸二が最終的に引きこもりニートになったキッカケだ」

 意に染まない縁談から逃げるために引きこもったのか。それにしてなんちゅうクソ親だ。親が子ども将来を思いレールを敷こうとするところまでは認めるよ。それぐらいどこの親だって多かれ少なかれするものだ。

 でもね、レールから絶対外れないように徹底監視はやりすぎだ。親ってね、子どもが期待していたレールから外れたって見守るものだと思ってる。見守って。それでも困り果てたら助けてやるのが親だろうが。

 ここももっとシンプルに言えば、親が願うのは子の幸せであり、子がどんな道に進もうとも最後の助けになる存在じゃないのか。これじゃ、わかりにくいか。親ってね、子のために存在するとアリスは思ってるよ。

 その辺の関係は百組あれば百組の親子関係があるとは思うけど、親のために子がある関係は絶対に異常だ。親だって歳を取るし、取れば弱って来る。これは人だから逃れられない宿命だ。

 その時に子が親を助けるのはもちろんアリだけど、それを当たり前だと思ったらいけないと思ってる。それは期待であって義務じゃない。親はね、子にそういう迷惑をなるべくかけないようにする義務があるとさえ思ってる。

 アリスだって親父が本当に困ってたら助けるぐらいはするつもりはあるよ。でもね、最初っからアリスが助けるのを当然とされても困るって話だ。そこら辺は親子の阿吽の呼吸もあるだろうけど、

「アリスも手厳しいな」

 アリスの考えが正しいかどうかはわからないけど、それこそ生まれた時から子に頼って暮らそうと考えている親なんか認めるものか。子はね、親の所有物でも、ましてや道具なんかじゃない。健一のクソ親どもは子をなんだと思ってやがる。

 あれは異常な子育てだ。自分の都合の良い型にガチガチにはめ込もうとしたなれの果てじゃないか。たぶん、最初は健一にもやろうとしたはず。だけど子どもの頃の健一は嵌めようにも嵌められないハズレだと判断されたはずなんだ。

 だから弟の伸二に熱中したはず。その時点で健一は欠陥品として扱われ続けたはずだ。でも伸二にも限界が来てしまった。その結果が引きこもりのニートだ。だから知らないうちに成功していた健一に目を付けた。

 目を付けたと言っても完全に道具扱いだ。健一と言う道具を使った金儲けの道具だよ。持参金だってね、親へのものじゃないんだよ。あれは結婚のはなむけであり、嫁ぐ娘の結婚のスタートが少しでもスムーズに行って欲しい親心なんだ。

「アリス、今さら言っても遅いかもしれないけど、やっと目が覚めた」

 ここまでされたらね。で、どうしたいの。

「もう縁は切らせてもらう。可能な限りの縁は切る」

 口で言うのは簡単だけど、そう簡単に切れるものじゃないよ。ああいうクソ親は執念深く粘着するに決まってるもの。だって健一は道具でもあるけど、道具機能の中で最大限に期待されているのがATMだ。

 終身保障のATMをちょっとやそっとの事で手放すものか。カネヅルそのものだから、死ぬまで食らいつこうとするよ。健一だってわかってるはず。

「ボクにも考えがある」

ツーリング日和18(第23話)正当防衛

 マナさんが東京に出てきてくれて健一も安心したみたい。だってだよ医者の診立ては全治三か月なんだよ。ここで養生しないでいつするの。強がってる健一だって腹の傷口をあんなに痛そうにしてるじゃないの。

 一通り挨拶みたいなお見舞いは済んだのだけど、次にあったのは警察の事情聴取だった。そんなもの済んでるって思ったけど、あの時は健一も負傷直後だったし、処置とかもあって聞き足りないところがあったぐらいかな。

 どうも問題になっているのはドスの兆次の状態らしい。いまだにICUで生死の境をさまよってるとか。アリスに言わせれば健一の渾身の一撃を喰らって生きてる方が不思議なぐらいだけど、これが過剰防衛になるかどうかの話らしい。

 ここの刑法の大原則として、いかなる理由であれ他人を傷つけたら罪に問われるってのがあるみたいなんだ。そうなれば喧嘩に巻き込まれてもやられっぱなしなるしかないのが正しいになってしまう。

 だから身を護るための反撃は正当防衛だとして免責されるぐらいの関係の理解で良さそうだ。だけどね、正当防衛の適用はアリスが思っているのよりかなり狭そうなのよ。今回で言えばドスの兆次のあれだけの重傷が正当防衛の範囲に収まるかどうかの問題になってるぐらいみたいだ。刑法では、

『急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない』

 こうなってるんだけど実運用上は、

 ・不正の侵害であるかどうか
 ・急迫性があるかどうか
 ・防衛行為の必要性があるかどうか
 ・防衛行為の相当性があるかどうか
 ・防衛の意思があったかどうか

 この五つの条件を満たすかどうかなんだって。砂を噛むような法律の文章だけど、不正の侵害とは生命、身体、財産などに対する加害行為になるそうだけど、健一の場合はドスの兆次に問答無用で斬りかかれるから問題などあり得るはずがない。

 急迫性は不正の侵害が現在進行形で進んでいることになるのだけど、あれだけドスで切り捲られ、最後は腹まで刺されてるのだから、これ以上の現在進行形なんてあるものか。どれだけの傷を負わされたかなんて見ればわかるだろう。

 ここからがややこしいのだけど、残りの三つが正当防衛の成立ではいつも問題になるで良さそうだ、ここで難解なのが防衛の意思だ。ドスを持った狂人に襲われたら誰だって防衛するのは当たり前だと思うけど、ここでの防衛の意味が少し違うみたい。

 正当防衛での防衛って、そうだな自衛隊みたいな感じの気がする。相手が攻撃してきても必要最小限の反撃しか認められないの意味合いで間違っていないと思う。たとえば、争っているうちに形勢が有利になってかさにかかって反撃したりすれば、それはもう防衛じゃなくって攻撃とされるぐらい。

 じゃあ、そういう場合はどうすれば良いかだけど、態勢が有利になってるのだから逃げるのが正解なんだって。そんなこと言われたって、こういう時は頭に血が昇ってるはずだから、そんな冷静な判断なんて出来るはずがないと思うけど、それが法律みたいだ。

 健一でとくに問題になっているのは防衛行為の相当性で良さそうだ。ここの解釈の原則として、受けた攻撃を上回る防衛、つまり反撃を行えば過剰防衛に相当するらしいんだよ。結果だけ言えばドスの兆次は半死半生状態で、健一は傷を負ったとは言えあれぐらいだ。

 アリスも説明されてなんとか理解した程度だけど、ごく単純にはドスの兆次に負わされた傷より、健一の一撃の方が大きすぎるから過剰防衛の疑いが残るぐらいで良さそうだ。でもさぁ、でもさぁだよ、

 そんなもの究極の結果論みたいなものじゃない。兆次は健一を切り裂いただけでなく、腹を刺してるんだよ。あれがあの程度で済んだのは健一の鋼鉄の筋肉のお陰じゃない、あんなもの常人どころか、筋肉お化けとか、筋肉達磨と言われる人でも出来るものじゃない。普通ならあれで健一は死んでたんだ。

 それでも法律は結果論が重いみたいだ。刺されてもあれぐらいで終わってるから、反撃するにしてももっと手加減を考えるべきとかみたいになるみたい。そこだって、相手はドスをもって殺しに来てるんじゃない。それに健一は素手だ。ここまでハンデがあるのにそこまであの状態で配慮しろって言うのかよ。

 こっちだって氷室社長が派遣してくれた弁護士が頑張ってくれたけど、あそこまでされても、ここまで揉めるのには驚いた。もっとも警察だって健一に罪を被せたいわけじゃなさそうな気はする。

 そりゃ、相手は裏社会、つまりは反社の人間であり、警察でも常にマークしていた要注意人物だ。そんな人間が会社員である健一をドスで突然襲いかかっているものね。それでも筋は通しておくのが警察の仕事だって弁護士の先生も言ってた。

 それでどうなるかだけど、送検はされるって聞かされてアリスはビックリした。それってゴリゴリの容疑者扱いじゃない。このままなら、裁判されて、刑務所に健一は放り込まれてしまうじゃないの。

 この時のアリスの剣幕は凄かったみたいだけど、弁護士さんは順を追って説明してくれた。まず説明されたのが警察が捜査に従事する意味だった。そんなもの悪いことをした人がいるから警察が捜査するだけじゃないのかって言ったんだけど、

『警察が公式に捜査すれば、それはすべて検察に送られます』

 ここを理解するのが大変だったのだけど、警察は捜査をするけど、罪の有無の判断はしないそう。それをするのが検察で分業制になってるで良いみたい。ここも警察が正式の捜査に当たるのは犯罪の可能性が高いからだけど、

『ですが本当に犯罪があったのか、容疑者が犯人であるかの判断は警察ではなく検察の担当になります』

 健一のケースならまず傷害罪は成立してるのか。そりゃ、そうだよ全治三か月の重傷だぞ。

『加害者がドスの兆次であり、被害者が徳永様であるのも疑いの余地はないでしょう』

 当たり前だ。平和で善良な一般人がドスを持った狂人に突然襲われたんだぞ。でもそうなるとドスの兆次は生きて退院できたとしても、

『おそらく余罪も多いでしょうから収監は免れ得ないかと』

 やったぁ、これこそ因果応報だ。死ぬまで臭い飯を食ってやがれ。問題は健一の反撃も傷害罪に該当するのが法律なんだよね。だから送検になるのはなんとか理解したけど、

『徳永様の傷害罪を免責に出来るのが正当防衛になり、そうであるかどうかの判断は検察に委ねられます』

 ここも本当は検察だって罪の可能性の有無を判断できるだけで、罪の有無を決めるのは裁判所になる。だけど日本の検察は有罪になるものだけを厳選して起訴するみたいで、実質的に裁判でひっくり返すのは難しいそうだ。問題は健一がどうなるかだけど、

『検察もこの条件での起訴の可能性はまずないと見ております。どう見ても公判の維持は容易ではありません』

 そうなれ健一は無罪放免だ。

『嫌疑不十分が落としどころじゃないでしょうか』

 検察が不起訴にする理由は三つだそうで、

 ・嫌疑なし
 ・嫌疑不十分
 ・起訴猶予

 どれであっても裁判にならず前科にもならないのだけど、最後の起訴猶予なんてお情けとしか思えないよ。字面を見ただけで本当は犯人だの臭いがぷんぷんするじゃないか。嫌疑不十分だって字面だけでもすっきりしないな。

『正当防衛の判断はかなり難しいもので明確なシロクロを付けにくい事案でございます。ですから徳永様でも嫌疑なしにするのは躊躇われると予想しております』

 わかったようなわからないような説明だったけど、健一が逮捕されて刑務所に叩き込まれる可能性は無いと見て良さそうだ。それにしてもこんな簡単そうな話でもこれだけ手間がかけられるのに驚いた。

『それが法治国家です』

 そうだと昔学校で習った気がするけど、こうやって実際に関わると鬱陶しい存在だな。こんなもの素人が少々頑張ってもどうにもならないよ。

『だからこそ、それを手助けさせて頂く我々が存在します』

 実はって程じゃないけど、健一の事件についてかなり弁護士の先生に食い下がって聞いたんだ。健一のことがとにかく心配だったのが一番の理由だけど、法廷物とか、弁護士物のドラマって周期的に作られるじゃない。

 だからチャンスと思って聞いたんだ。なかなかの収穫だった。ついでじゃないけど、医療物もそうだから主治医の先生とか、その下にいた若そうな、なんて言ってたっけ、そうだ、そうだ研修医にもあれこれ聞きまくったよ。まずまずの収穫に満足してる。