英語の授業ってたしか、現在形から始まって、過去形、未来形って覚えて行ったと思うんだ。それぐらいしか教えようがないとは思うけど、
「そこにラスボス現在完了形が乱入してくる」
そんな感じ、そんな感じ。あれってどんな感じで教えられた?
「えっとえっと、たしか『~したところ』ぐらいだっけ」
カノンもそんな感じ。おぼろげに理解したのは、現在形でも過去形でもない謎の代物だ。その謎の正体もわからないうちに、
「過去完了とか、未来完了とか湧いてきて、やがて成長しまくってテストの魔王として君臨する」
だったよね。教師だってひたすら時制の一致がポイントだって言うだけで、こっちが悪戦苦闘の末に覚えたのは、
「テスト的にはこうするものだのパターン暗記だったよ」
ミルもそうだったのか。謎の暗号解読みたいな状態になってたものね。あれってさ、英語と言う言語の基本骨格の一つらしいのよ。日本語だってそういう部分もあるし、日本語にも完了形の表現はあるけど、母国語だから意識もせずに使ってるぐらいかな。
「はぁ、日本語にも完了形があるって言うの!」
この辺を理解しようと思ったら、英語での時制とはなんだかを知らないといけないけど、教師もエエ加減だった気がする。この辺は教わる方だって完了形アレルギーがバリバリだったのもあると思うけどね。
英語ってね、どの時間体系で話しているかを、はっきりさせる言語だと考えるのが良いみたいなんだ。英語の時制も現在、過去、未来なんだけど、この三つの時制はまったく別物だと考えると良いぐらいかな。
「わからんぞ」
そんな簡単にストンと理解出来たら、あんなに苦労するもんか。三つの時制は、そうだな、英語では完全に独立した時間空間と考えれば良いかも。
「そしてミルは時空の旅人になった」
カノンもそうだって。話を現在形にしようか。現在時空で話をしてるのだけど、現在時空の話でも過去が存在するぐらい。
「過去は過去じゃない」
そうなんだけど、たとえば大学でミルに会って話をしてるとするじゃない。その時って現在時制の時空で話をしてるだろ、
「危なくなって来たけど、とりあえず先に進もう」
そこで朝ご飯は何を食べたって聞くとするじゃない。それがパンだったら、『パンだった』って答えるだろうけど、パンを食べたのは大学で会う時より前の話になるじゃない。
「当たり前だ。朝食を食べたのは大学に来る前だもの」
だから大学でミルと会話してる現在より前の出来事になるけど、英語の時制では過去じゃないのよ。現在時制の時空の中に含まれる過去になるぐらい。
「この話をやめようか」
気持ちはわかる。カノンも解説動画を見てもなかなかピンと来なかったもの。現在、過去、未来の三つの時制だけど、過去とか、未来は時間の幅があるのはわかるでしょ。
「それぐらいはわかるよ」
過去がわかりやすいけど、高校時代の話だけでも三年分ぐらいあるものね。これが現在時制でもあるのが英語なんだよ。ミルも現在と繋がってる過去って説明を聞いたことがないかな。
「訳ワカメだった」
カノンもそうだった。言いたいのは現在時制の時空も、過去に広がってるのが英語なんだ。
「えっと、えっと、現在って時間軸の一点じゃないの?」
あれも教え方が悪いと言うか、ああなってしまうのだろうけど、時制を教える時にこんな感じで一本の時間軸を使うことが多い気がする。あれって何本も使ったら教わる方がかえって混乱するからかもしれないな。
一本の時間軸で英語の時制を説明するんだったら、時間軸にこんな感じで丸を書いたら少しはわかりやすくなるかも。この丸で囲った範囲が、現在時制の時空になるぐらい。この丸で囲った範囲は現時点からどれだけ過去であろうが、すべて現在時制の時空になるのが英語だ。
朝食にパンを食べたのは現時点より過去だけど、時制空間としては現在なんだよ。だけど現時点からみれば既に終わってる出来事じゃない。だけどあくまでも、現在時制の範囲に含まれる出来事になるのが英語だ。
「うんと、うんと・・・」
じゃあ、野球の喩えにしよう。打者が打ったボールを野手が捕るプレイだ。この時だけど、野手がボールを捕ったのが現時点だ。そこから見ると打者のバッテイングは既に終わってることになる。
捕球時の現時点より前だから過去にはなるけど、これを過去形とするのはおかしいぐらいの感覚だと言えば良いかな。それこそ今打ったところのボールを野手が捕った事になる。これに投手を加えてもそうだろ。
「まさに『~したところ』の連続動作だものね。そっか、現在形にも過去に幅があるってそういうことか。一連のプレイは現在時空の話だけど、その中でも順番と言うか前後関係があるものね」
現時点から見たら打つは前の動作だけど、これを過去形にしてしまうと、この打者はかつて打ったことがあるになってしまうぐらいのはず。だから現在時空の中で先に完了している動作って意味で使ってるはずなんだ。
「じゃあ、打者が前の打席でホームランを打ったは?」
それも完了形のはず。ここで過去形を使うと、その試合じゃなく、かつてホームランを打ったことがあるになるはずだ。野球のたとえの現在時空は、少なくともその試合ぐらいは含んでるはずなんだ。
その延長線の話が朝食の喩えになるぐらい。大学で会った時より一時間ぐらい前の話だけど、話してる時空はあくまでも現在なんだよ。ただね、ミルも苦労したと思うけど、日本語には英語みたいな明瞭な完了形はないのよね。
日本語では投げた、打ったは過去形じゃない。だけど英語教育的には一緒したらダメのはず。過去形の投げた、打ったで良いとしたら、教わる方は過去形だと思い込んじゃて、区別がつかなくなるでしょ。だから英文和訳として別の表現を求められたぐらいだと思うんだ。
「言われてみればそうだ。けどさぁ、野球の喩えなら『~したところ』は使えても、朝食のパンの喩えで『~したところは』は無理があり過ぎる」
日本語感覚として、一時間前に食べた朝食を『~したところ』は無理があり過ぎるものね。日本語では文脈で過去形か完了形かを区別してるぐらいじゃないかな。
「過去完了を大過去とも習ったけど、大過去っていつの時代だと思ったもの。ミルなんかティラノサウルスがウロウロしてるのが思い浮かんだぐらい」
カノンもそうだった。古代文明の時代じゃないかと思ったもの。そんな程度の理解で、完了形を過去形表現じゃない和訳にしろってのは無理難題も良いところだったよね。
「カノンの説明で日本語にも完了形みたいな表現はあるのはなんとなくわかったけど、英語の完了形を現在形でも、過去形でもないものとして日本語にしろとか、理解せよは無理難題も良いところだよ」
カノンもそう思った。中学生でこんな代物を突然みたいに教えられても、ひたすら謎の怪物になり、苦しめまくられた。とは言えだ、
「そうなのよね。中学生の時点でカノンの説明を聞いてもサッパリわからないよ」
カノンもそう思う。なんとか怪しげでも完了形の解説が理解できたのは、ここまで散々苦労させられて、おぼろげでも問題点がわかっていたからだもの。