アカネ奮戦記:プロの凄味

 アカネ先生から次に任されたのがオフィス加納の仕事。まだ弟子ですから、近所の商店街のスーパーのチラシの写真です。こんなものまで引き受けてるのに驚きましたが、

    「これは近所づきあいもあるけど、弟子の育成用のものだよ。でもね、これも仕事だよ。オフィスの看板背負ってるのを忘れないように」

 弟子の育成用と言われても、ボクの腕がそこまで低く見られているのにガッカリした気分になったのは確かです。この手の仕事はやった事があるので、サッサと済ませて持って行ったら、

    「おもしろくない。やり直し」

 おもしろくないと言われても牛乳パックとか、ペットボトルですから、工夫のしようもないのですが、撮り直して持って行っても、

    「ありきたり。却下」

 何度何度も却下された挙句、驚いたことに、

    「納期もあるから、見といてね」

 なんと、なんとアカネ先生が撮られたのです。これがビックリ仰天もので、ボクも見ただけでその商品に飛びついて買いたくなる写真がそこにあります。

    「タケシ、どうしてわざわざオフィスに仕事を頼んでるか考えたことがある? タケシの写真ぐらいなら誰でも撮れるのよ。それ以上のものをクライアントが要求しているのをキモに銘じといてね」

 しかし凄い写真で、実際に撮られるところを見ていましたが、後からどんなに真似ようとしても、似た写真さえ撮れません。あれこれ格闘しているところに、ツバサ先生が通りがかり、

    「あれはそう簡単には撮れないよ。無造作に撮ったように見えるかもしれないけど、今のタケシじゃ無理。あれがアカネの商売繁盛伝説の写真だからね」

 これも聞いた事だけはあります。まだ弟子時代のアカネ先生が商品広告を撮ると、どの商品も飛ぶような売れ行きになったとか。そのためにまだ弟子であるにもかかわらず、指名依頼が山のように押し寄せてきたそうです。

    「タケシ、一つ教えておいてやるが、アカネは才能の化物みたいな奴だが、才能だけで撮ってるのじゃないよ。どんな仕事だってアイデアと工夫をテンコモリ詰め込んで、惜しみなく努力するのだ。こんな仕事だって手抜きなしどころか、ここまでテクを上げてしまったのだよ」

 そのテクニックには驚かされましたが、こんな物をいきなり要求されても、

    「タケシ、ちょっと来い」

 ツバサ先生の部屋で見せられてものは、

    「これがアカネの初仕事だ。これはモデルまで使って足が出たが、それだけの価値がある仕事だと評価している。当時のアカネのテクニックは低かったが、それでもアカネは持てるだけの力を振り絞り、アイデアにアイデアを凝らしてこの写真を生み出した」

 柴田屋の極渋茶の広告写真ですが、普通に撮れば茶筒とか、茶葉とか、淹れたお茶を撮るぐらいしか思いつきませんが、撮られていたのは極渋茶を飲んで、思いっきり渋い顔をしてる顔です。

    「これを極限にまで高めたテクニックが商売繁盛伝説の写真だ」
 オフィス加納ではテクニックの用語の使い方が他と少し違うところがあります。通常の使い方はボケとか、流し撮りとか、逆光撮影とか、構図の工夫とかの撮影法ぐらいに使われます。

 そういう使い方もオフィスでもしますが、もっと包括的というか、トータルなものとしても使われます。たとえばアカネ先生の商売繁盛伝説も一つのテクニックで撮られた物でなく、シチュエーションに応じて様々なテクニックが駆使されているとして良いはずです。

 なかなかうまく表現できないのですが、通常で考えるテクニック、たとえばボクから見たら驚異としか思えないツバサ先生の光の写真や麻吹アングルでさえ、

    「あんなものは基礎技術だ。それを盗むのが弟子の仕事だ」
    「盗まれても良いのですか」

 ツバサ先生は大笑いされて、

    「たかが基礎技術を盗まれたぐらいで、アカネの写真に簡単には追いつけないよ。あの写真こそが真のテクニックだ。あれを盗めたらたいしたものだ」

 まだボクも不消化の部分がありますが、いかに高度なテクニックも写真を撮る基礎技術の一つに過ぎず、それらのテクニックを自由自在に駆使するだけでなく、それでもって如何に質の高い写真を撮ることこそが、オフィスではテクニックと呼んでいると見て良いはずです。

    「あったりまえだろ。どんなに絵が上手くたってプロになれないよ。プロの絵描きは上手な絵を描くことじゃなくて、売れる絵を描くことだ」
 これはボクにもわかります。写真は偶然の一枚を拾い上げることもありますが、アカネ先生はまず撮るべき理想のイメージを抱き、それに近づけるために、どんな努力も惜しまれません。さらに言えば、そのイメージが途轍もなく高いところになります。

 撮影後にロー画像の編集をしているところを見たことがありますが、殆ど手を加えることがありません。ロー画像段階で九分九厘完成しているのです。それも、撮った写真のほぼすべてがです。その写真でさえ、

    「これはイマイチ」
    「切れがもう一つ」
    「アングルが甘すぎた」

 ほとんど気に入らないようです。それらの写真はボクの最高傑作さえ鼻息で吹き飛ばしそうな作品ですが、アカネ先生にとっては失敗作の位置づけであるのはよくわかりました。そして最後に、

    「これなら合格点かな」

 選び抜いた一枚は、目の覚めるようなものです。あのレベルこそが、ツバサ先生とトップを争う巨匠の仕事だと見せつけられた思いです。あの写真を撮れる事こそをテクニックと呼び、区々たる撮影技術は光の写真や麻吹アングルでさえ基礎技術と言い切ってしまっているぐらいです。それからは心を入れ替えて商店街の仕事に取り組んでいますが、

    「タケシ、工夫がないと思えば終わっちゃうんだ。なんの変哲もないものでも、工夫の余地はいくらでもあるんだよ。それをいつでも絞り出せてこそプロなんだ」

 今日もボクが撮って来たすべての写真をチェックし、そのすべてに指摘の山を築いた後に、

    「タケシには可能性があるよ」
    「ホントですか」
    「ツバサ先生も期待してる。頑張ってね」
 本当にボクに可能性があるのでしょうか。アカネ先生との途轍もない差に茫然とするばかりです。

アカネ奮戦記:新弟子修業

 先輩たちの話通りに最初の仕事は機材の手入れです。これはボクがどれぐらい出来ているかのテストも兼ねていると思いますが、求められる水準の高いこと、高いこと。レンズ磨きぐらいは楽勝と思っていましたが、

    「やり直し」

 これも意地悪でなく、アカネ先生がお手本を見せてくれるのですが、ボクが目を疑うほど綺麗に磨かれているのです。そう、レンズ磨きの合格点はアカネ先生と同じ技量に達する事なのです。

    「レンズが濁っていたら写真は始まらないよ」

 そうなんですが、他も全部その調子で求められるのです。アシスタントもすぐに入ったのですが、とにかく撮影のスピードが桁外れ。とくに撮影になるとアカネ先生は鬼になります。自分の求めてるイメージを撮るためなら、どんな手間も惜しまれません。そのためのアシスタントのはずですが、

    「もたもたしない」
    「そこ邪魔」
    「止まるな、動け」

 アシスタントじゃなく邪魔してるだけの存在になり、トドメは、

    「今日は時間切れ。しかたがないから明日に続きをやる」
 絶望宣言を喰らいます。これガチの本業ですから、アカネ先生の仕事を直撃します。アカネ先生は数年先まで撮影予定が詰まっているとされ、一日延びただけで、最悪で休日返上になります。もちろん他のスタッフもです。モデルを使っていたりしたら追加料金も発生します。

 厳しいとは聞いていましたが、こういうレベルの厳しさとはまさに針の筵状態。最初のうちは、いくら頑張っても撮影の邪魔にしかならず、

    「今日は時間切れ。しかたがないから明日に続きをやる」

 撮影終了後のアカネ先生や、他のスタッフの目が怖くて頭も上げられない日々が続きます。これがアシスタントを満足にこなせるようになるまで延々と連日続きます。なるほど、弟子が逃げ出すのがよくわかりました。ボクも今夜こそ逃げると思い続けたものです。アカネ先生に、

    「これでは御迷惑ばかりで・・・」

 アシスタントから下してもらうように頼んだ事もありましたが、

    「迷惑? そう思ってんなら、そうしないように努力するんだ。タケシは男だろ、根性見せんかい!」

 仕事場以外はニコニコとお茶目で楽しいアカネ先生に怒鳴り倒されました。ただですが、それだけ怒られても、その後にはビッチリ指導が入ります。

    「あの時だけど、アカネはこういう狙いで動いてるんだ。だからタケシのポジションはこう。これを撮れば、次はこう動くんだ・・・」

 ボクの失敗した原因と、実際にはどう動くべきかを叩きこまれるのです。これも最初のうちは聞いてもわからない部分が多かったのですが、先輩に言わせると、

    「それがわかるようにさせるのが、アシスタント段階の修業のキモだよ。タケシ、わからないかな。あれはアカネ先生の写真が何を狙っているのか教えてくれてるんだよ。それも手取り、足取りだぞ。こんなもの、いくらカネを積んでも教えてくれるものではないぞ。これがどれだけ貴重な経験だか、そのうちわかるよ」

 そう言われて、やっと気づいたのですが、ボクがアシスタントを満足にこなせないのは、その撮影スピードもありますが、アカネ先生の動きがまったく読めていないからです。ボクの経験では、こっち側に動くはずだと予想していても、

    「そこ邪魔」

 そうなのです。こんなアングルを狙うなんて想像もつかないところに動かれるのです。それも被写体が変われば、動きも変わります。どう言えば良いでしょうか、アカネ先生はアングルの可能性を常に追求しているとすれば良いのでしょうか。

    「それはアカネ先生だけじゃないよ。ツバサ先生も他の先生も同じだよ。オフィス加納にベスト・アングルというか、
    『これはこう撮るもの』
    この発想はゼロってこと。それを覚えるのがアシスタントと思えば良いかもな」

 これはボクが今まで積み上げて来た写真技術を否定するようなものですが、

    「ここは写真学校じゃなくてオフィス加納。本物のプロのフォトグラファーを育てるところってこと。基礎と言っても、そこから始まるぐらいと考えたらイイと思うぞ」

 とは言うものの、ひたすら辛いのですが、アカネ先生は、

    「ここの指導はとにかく実戦で覚えてもらうからね。それが一番早く実力が付く」

 そりゃ、そうなんですが、聖地の厳しさを骨の髄まで経験させてもらいました。悪戦苦闘なんて生易しい言葉で言い表せない苦労の果てに、アシスタントがなんとかこなせるようになった時に、

    「タケシ、よく頑張った。アシスタント段階をクリアしたのは三年ぶりだよ」
 アカネ先生にこの言葉を頂いた時に思わず涙がこぼれました。こここそが写真の目指す者の聖地、日本一のオフィス加納なのです。

アカネ奮戦記:タケシ

 ボクは青島健。オフィスでは『タケシ』と呼ばれてます。関東芸術大学時代から幾つものコンクールに入賞して名も売れてましたし、フォト・ワールド誌に、

    『これからの活躍が期待される若手十人』
 こうやって取り上げられたこともあります。大学卒業後は独立してプロの世界に入りましたが、入ってみるとそりゃ厳しい世界なのがヒシヒシとわかったのです。仕事の依頼もありましたし、なんとか食べられましたけど、それだけ。

 芸術系のプロはまさに弱肉強食。良い仕事や、大きな仕事は有名プロに集まり、ボクのような駆け出しの新人に回って来るのは、そのおこぼればかりです。そりゃ、なんでも最初はそうですけど、フォトグラファーの世界では化物と怪物が君臨しています。化物と怪物とはオフィス加納の四人で、

    『光の魔術師』麻吹つばさ
    『渋茶のアカネ』泉茜
    『白鳥の貴婦人』新田まどか
    『和の美の探求者』星野サトル
 有名なだけではなく写真の質が途轍もなく高いのです。とにかくプロであるボクでさえ、どうやったら、ああ撮れるのかさえわからないぐらいの差があります。新田先生や、星野先生の独特の美も驚かされますが、もっと凄いのは麻吹先生と泉先生。

 この二人には独特の美さえないのです。無いと言うのは変な表現ですが、どう言えば良いのでしょうか、独特の美なんて世界を超越したところで羽ばたいてるとすれば良いかもしれません。あんな怪物や化物が君臨する世界では、いつまで経ってもボクは燻るしかないと痛感させられました。


 ところでプロになる方法ですが、別に資格試験とかなく、あくまでも自称だけで、ボクも名乗ってました。ただ資格試験こそありませんが、業界的にそこで頭角を現せば一流のプロとして認められるところはあります。

 一つは西川流のトップエリートが集まる東京のシンエー・スタジオで、もう一つは写真を目指す者の聖地とまで呼ばれる神戸のオフィス加納です。どちらも入るのさえ難しいところですが、シンエー・スタジオに入るには、西川流の総本山とまで呼ばれる赤坂迎賓館スタジオをクリアする必要があります。一方でオフィス加納は入門志願書を送るだけです。

 こう書けばオフィス加納の方が入りやすそうですが、滅多なことでは採用されないのもまた有名です。さらに入門出来たらオーライかといえば、全然そうではありません。オフィス加納に入門できても、多くの弟子が逃げ出してしまいます。知り合いに元弟子がいたので聞いてみたのですが、

    『あの辛さは・・・』
 そこで絶句したぐらいです。もうちょっと聞くと、よくある無意味な内弟子修業的な辛さとか、新入りイジメみたいな世界は皆無で、写真の修業で求められるレベルの高さに悲鳴を上げるぐらいで良さそうです。

 そのためか、新田先生を最後にオフィス加納で認められたプロが出ていません。オフィス加納でプロとして認められるのに比べたら、司法試験や国家上級公務員試験なんて簡単すぎるように見えるぐらいです。

 でもボクは決心しました。オフィス加納の門を叩こうと。それぐらいのレベルを越えないと一流のプロにはなれないからです。入門志願書を送って一年ぐらいしてから、ついに待望の面接通知が舞い込み勇躍神戸のオフィス加納に。無事採用され、泉先生の弟子になれました。


 入ってみたオフィス加納はまさに別世界。とりあえず人間関係は和気藹藹。始終、なにか悪戯を仕掛け合ったりするところで、もうアカネ先生と呼ばせて頂いてますが、

    「ここは写真スタジオで、武術とかコントの道場じゃないんだよ。どうしてドア一つ開けるのにこれだけ緊張しなきゃいけないんだよ」

 と言って開けて部屋に入った途端に、

    『ガッシャン』

 金盥がアカネ先生を直撃。お茶も先生自ら淹れてくれる時もありますが、

    「ぐぇぇぇ」
 これがあの『渋茶のアカネ』の呼び名の由来の極渋茶だったのです。こりゃ、強烈だわ。もちろん師匠には敬意は払いますが、体育会系的な上下関係と言うより、そうですね、学校の先生と生徒ぐらいの関係と言えば良いのでしょうか。

 先生を呼ぶ時もアカネ先生だけではなく、麻吹先生はツバサ先生ですし、新田先生はマドカ先生、社長である星野先生ですらサトル先生なんです。ボクは新入りですから他のお弟子さんはすべて兄弟子になりますが、

    『聖地へようこそ』

 こんな感じで歓迎会をしてくれました。ここも先輩、後輩と言うより写真を学ぶものの同志って感じでしょうか。そこであれこれアドバイスももらったのですが、

    「最初は辛いぞ」
    「いや、その先も辛いよ」

 どうも弟子になると雑用から始まるようですが、

    「タダの雑用係じゃないよ。すぐにわかるだろうけど、ここには無意味な仕事は皆無だ。雑用だって命を削られるぞ」
    「本当に命を削るのはアシスタントだけどな」

 アシスタントぐらいならと思ったのですが、

    「こればっかりは口で説明出来ないからな。まあ、嫌でもすぐわかるさ」
    「そういうことや。ここで生き残るには、燃えるような向上心や」
    「そんなもんじゃ足りないよ。魂をカンカンに燃え上がらせてイイぐらいかな」

 四人の先生の指導ぶりも聞きましたが、

    「どの先生も手抜きなしや。それも半端やないぐらいと思ったらエエ。タケシが付いて行く限りは見放さへんけど、これでもかってぐらいに容赦無しと思といたらエエ」
    「とくにアカネ先生やろ。あの先生の指導は・・・」
    「それはタケシがこれから思い知らされるし」

 オフィス加納には西川流のような段級制度は無く、フォトグラファーになれるか、なれないかのところであるのは、よくわかりました。

    「とりあえず、次の新弟子歓迎会にタケシが居る事を祈っとくわ」
 どんな修業が待ってるんだろう。なにか薄ら寒い予感が背筋を走っています。

アカネ奮戦記:天女伝説

 二回目のマルチーズの刑の後だけど、一回目の経験のあるアカネさえ驚いた。首座の女神がやると、ここまで出来るんだと腰抜かした。ツバサ先生の一回目が人基準の美人なら、ユッキーさんがやると、まさに

    『天女』

 自分の体と顔なのに信じられないぐらいの変わりようだった。コトリさんに言わすと、

    「ユッキーの趣味的にはこうなるな」
 言われてみればユッキーさんにもそんな雰囲気はある。考えてみりゃそうだよな。女神は自分の好みの容姿になってるんだけど、他人を変える時も自分の趣味が出るだろうし。


 そんなわけで天女にさせられたアカネにコトリさんが天女伝説を教えてくれた。コトリさんは歴女だから、この手の話にも詳しいんだ。

 天女伝説っていうと一般的には羽衣伝説で、天女が羽衣を脱いで水浴びしてるところを通りがかった男が羽衣を隠してしまって・・・この後はバリエーションがあるそうだけど、始まりはそこからだけど、

    「これはちょっと変わってる」

 天女が泉に舞い降りるところまでは同じだし、そこである貧しい男が天女を見つけるところまで同じだけど、他のところと違うのは羽衣を隠したりはしないんだ。目の眩むほど惚れまくった男は、どうやって天女と結ばれるかだけを考えるんだよね。男が目指したのは、

    『天女に認められる男になること』

 そこから死に物狂いで働くんだ。がんばって、がんばって、その地方で一番の長者になるんだけど、天女が男の前に現れる気配すらなかったんだ。がっくりした男は家屋敷も売り払って旅に出ちゃうんだ。あちこちを旅した男は仙人に出会うんだよ。仙人に天女と結ばれたい願望を相談すると、

    『天女と結ばれるのはとても難しい。天女と結ばれるには長者になるだけでは無理で、心優しくならねばならない』
 こんなものアドバイスにならないと思うけど、再び男は働いて、働いてまた長者になるんだ。それだけじゃない、精進して、精進して心優しい長者になるんだ。そこまでの男となれば、あちこちから縁談が申し込まれるんだけど男は全部断っちゃうんだ。

 そんな頃に男の評判を聞いたお城のお殿様は、この男をお姫様の婿にしようと考えるんだ。お殿様はお姫様の婿にするのだから、断れるはずがないと考えて、男の屋敷にいきなり正式の使者を送っちゃうんだよね。

 使者が来る前に男の周囲の人々は、この縁談を受けるように勧めたんだ。もし断ったりしたら大変なことになるかもしれないって。ところが男は、

    『お断りします』

 断っちゃったんだ。心配する周囲の人々に、

    『これしきの事で挫けるようなら我が願いが叶うことなどありえませぬ』

 面子を潰されたお殿様は怒っちゃったんだ。怒って、怒って、男に無理やり罪を被せて牢屋に放り込んじゃったんだ。それだけでは腹の虫がおさまらないお殿様は、この男を死刑にしてしまうんだよ。刑場に引き出され、磔台に立った男は最後に、

    『今世での願いは叶わず。来世にてこれを叶えん』

 こう叫んで槍で刺される瞬間に天から声がしたんだって。

    『その願い聞き届けたり』

 あっと思うと空から天女が舞い降り男を抱きかかえて天高く昇って行ったそうなんだ。男の心を確認した天女は、ついに自分に相応しい男と認め、天上界でいつまでも幸せに暮らしたんだったとさ。

    「アカネさんも天女になったんだから、こんな男がきっと現れるで」

 だ か ら、アカネは女神でも天女でもなく人だって。そこはとりあえず置いとくけど、二回目にやられてからも十三年だよ。そんな男がこの世のどこかにいて、アカネの愛を得るために日々精進してるとは思えないよ。

    「まあ、天女でもアカンかったら、次はコトリの出番やな」
    「けっこうです」

 ツバサ先生まで、

    「アカネのキャラ的には前の方が」
    「だめよシオリ、今のアカネさんはわたしのお気に入りなんだから」
    「そやけどやで、未だに男が出来へんやんか。ここはコトリが・・・」

 あのなぁ。さらにツバサ先生の追い討ちが、

    「これだけ外見いじくっても男が出来ないと言うことは、究極の性格ブス決定やな」

 ウルサイわい。こんなの心優しいアカネが性格ブスのわけないだろうが。でもさすがに心配になってミサキさんに聞いてみた。ミサキさんは女神の中で別格に人に近い感覚を持っている常識家なんだ。

    「アカネさんは性格ブスではありません」

 ほらみろ、アカネはミサキさんなら信じる。他の女神どもは置いとく。

    「ただアカネさんに合う人が限られるだけです」
 こらぁ! でも合ってる気がしないでもない。だから今年こそ、今年こそだよ。

アカネ奮戦記:初詣

    『パンパン』

 えっと、神社にお参りする時って二泊二日弾丸ツアーだっけ、なんか違う気がするけど、とにかく頭を下げて、

    「今年こそ運命の男に出会えますように」
 泉茜三十五歳、これは初詣だから今年で三十六歳。職業はフォトグラファー、オフィス加納所属。あれから、もう十六年になるんだ。

 どうしてもフォトグラファーになりたくて、大学中退してツバサ先生の弟子になったのが二十歳の時。そこからツバサ先生にビシバシに鍛え上げられてプロとして専属契約を結んだのが二十二歳の時。

 そこからプロのフォトグラファーとしては順調だったでイイと思う。しかしアカネには厄介な知り合いがいる。そう女神ども。それも五人もいるんだよ。そんな連中と知り合ってしまったのは、アカネにとって良いことか悪いことかは微妙過ぎる。

 だってさぁ、ツバサ先生まで女神だったんだよね。ツバサ先生がいなかったらアカネがプロになれる可能性なんてゼロだったから、女神には感謝しないといけないところはある。だけどだよ、女神は突拍子もない悪戯をするんだ。


 もともとのアカネは骨格標本のペッタンコ。体だけでなく顔もペッタンコで、髪はチリチリの天然パーマ。それでもだよ、生れてから二十二年も付きあってきたから愛着はあったんだ。そりゃ、もうちょっと胸だって欲しかったし、目をつぶらにして、鼻だってもう少し高く・・・

 そしたらツバサ先生は突然トンデモない事を言いだしたんだ。その頃のツバサ先生は女神の自覚を取り戻した頃で、色々と力を試したかったぐらいでイイと思う。

    『そうだユッキー、イイ機会だから練習しときたいけど』

 女神は人の容姿を変えられるって言うんだよ。道理でどの女神も人とは思えない、いやあいつら人じゃなくて女神だけど、神々しいぐらい綺麗なんだ。その力は人にも使えるっていうんだけど、怖くなってどこまで変えられるか聞いたんだ。

    『シオリの力ならなんにでも変えられるけど、たとえば・・・』
    『たとえば』
    『犬にするのだって可能よ』

 ツバサ先生だって初めてやるわけじゃない。失敗したら犬になるって言われた上に、

    『シオリ、そうっとよ。わたしでも犬まで行ったらホントに戻す自信ないし』
    『わかった、わかった。さあ、アカネ観念せい。犬になってもユッキーが飼ってくれる』

 ユッキーさんは犬になってもマルチーズにして飼ってくれるって慰めの言葉・・・そんなもの慰めになるか! そしてなす術もなくやられた。幸いなことにマルチーズにはならなかった。それどころか、

    「これは誰ぇぇぇぇ」

 骨格標本のペッタンコはツバサ先生ばりのポヨヨ~んになり、目鼻パッチリのサラサラ黒髪。そのうえ女神同様に歳を取らない体にされちゃったんだ。羨ましいと思うかもしれないけど、とにかく完全に別人みたいなものだから、

    「どなたですか」
    「あんた誰?」
    「アカネだって。冗談じゃない、こんな娘を産んだ覚えはありません」

 本人だって誰だかわからないぐらいだから、親兄弟までアカネと認めてもらうまで、そりゃ大変だった。とにかく靴のサイズまで変わるんだよね。それがだよ、二回目まであったんだ。今度は首座の女神のユッキーさん。またもや、

    「これは誰ぇぇぇぇ」

 ツバサ先生にやられた時はグラマー系の美女だったけど、今度は清楚というか気品のある面立ちで、スタイルだってスリム系でダイナマイトという代物。再び、

    「どなたですか」
    「あんた誰?」
    「アカネだって。冗談じゃない、こんな娘を産んだ覚えはありません」
 幸い三回目は今のところない。三回目がないように極力三十階は避けるようにしてる。美人にしてくれたのは感謝しないといけないかもしれないけど、この調子でやられ続けると、そのうちミスってマルチーズにされかねないもの。


 それでもマルチーズの試練に耐えて綺麗にはなった。なったけど今年で三十六歳なんだ。アカネは独身主義者じゃない。もちろんレズでもない。結婚願望だって強いし、子どもだって欲しい。

 どうしてだよ、どうして結婚どころか恋人の一人も出来ないんだよ。そりゃ、ツバサ先生が先に結婚したのは年上だから認める、マドカさんも同上。ショックだったのはミサキさん。ミサキさんは三座の女神にして、先代が香坂岬、今が霜鳥梢だけど、アカネより霜鳥梢は六つも年下なんだよ。そしたらコトリさんが、

    「そろそろ売れ残りの会に入る?」

 誰が入るもんか。でも真剣にヤバイと思い始めてる。キスさえまだなんだよ。当然だけど体もまっサラのまま。そりゃ、むやみに経験を焦るのは良くないだろうけど、無しで一生終えるのは絶対イヤだ。そしたら今度はツバサ先生が、

    「要するに写真以外に取り柄が何もないってことだ」
 いくらツバサ先生でも失礼だろ。そりゃ、四字熟語や諺や格言は苦手だし、方向音痴じゃないつもりだけど地理も苦手でよく迷子になる。とくに東京は苦手。日本語も怪しいと言われることもあるけど英語は論外。だから海外オファーは極力避けてる。

 料理もホントは何を作りたかったか意味不明の物がしばしば出来上がるし、整理整頓も大の苦手で、掃除洗濯も好きじゃない。字は自分で書いたはずなのに読めなくなる時があるし、絵も下手っぴ。

 人の話を聞いてないし、聞いてもしょっちゅう勘違いと早とちりする。教えられた通りにする事はまずないし、自分流儀はテコでも譲らない。とにかくお手本通りにするのが一番苦手。だから礼儀作法とか、マナーは天敵で・・・たしかにフォトグラファーになってなかったら、ロクなもんになってなかった気がしないでもない。

    「でも写真だけは、呆れかえるぐらいの才能がある。フォトグラファーはアカネの天職だ。それだけで十分だろう」

 この商売は合ってると思うけど、だからと言って男への縁も無いのはおかしいだろ。

    「心配するな、必ず現れる。焦って変なのに遊ばれるな」

 間違いじゃないけど三十六歳だぞ。でもさぁ、ここまで残っちゃったんだから、やっぱりロールプレイング・ゲームじゃなかった、ロシアン・ルーレット、これも違うぞ、なんだっけ。ええい、難しい言葉を使おうとするからややこしくなる。とにかく、

    「イイ男が欲しい」

 自分で言ってゾッとした。これって女神どもの口ぐせじゃないか。とにかく今年こそは恋人作って、根こそぎ経験して、ヴァージン・ロードを歩いてやるんだ。

    「アカネ、歩くだけなら結婚式場の仕事に行ったら出来るぞ」
 ウルサイわい。