ツーリング日和22(第23話)入れられる話

 飲みに行った夜にボクが抱いていたモヤモヤはすべて晴れたとして良いと思う。ボクも覚悟は決めた。これだけ素晴らしい相手が出来てくれたんだ。それに応えなければ男と言えないだろ。

 ところでだけど、これはモヤモヤとかじゃなくて、前から思っていた疑問だけど、女が男に入れられるってどんな感覚なんだろ。こればっかりは男である限りわかりたくても経験できないものだからね。

「女は入れる感覚を経験しようがありませんが、剛紀は惜しいことに入れられる経験を逃しています」

 はて、そんな経験をする機会なんてあったかな。

「男は入れられる経験も可能です」

 高校の時か。あれは経験するチャンスを逃したのじゃなく、あんなところを経験する危機を回避できたんだ。

「それを食わず嫌いと言います」

 違うだろ。あれはあくまでも異常な環境に置かれたために起こった、気の迷いみたいなものだ。今考えてもゾッとする。

「そうは言いますが、男ならすんなり入って、最初から真実の愛を見つけられて溺れ込めるじゃないですか」

 どこ情報なんだよそれ。

「BLです」

 あの世界ではな。本当に入れられた奴の経験談を横で聞いてたことはあるけど、その感じからすると、そうだな、女がロストヴァージンするぐらいの辛さで良いと思うぞ。どう考えたってあんなところに入れられたらそうなると思う。

 でも聞きながら奇妙だったのは、そんな辛いはずの経験を語っているのに、どこか自慢気と言うか、誇らしげに聞こえるんだよな。あんなもの一度入れられたら懲りるとしか思えないのだけど、

「そうなるはずですよ。それは女でもわかります。とくに最初なんかはこれでもかの覚悟を決めて臨みますからね」

 そうじゃなきゃ、受け入れるのは無理だと思うけど、

「わかりませんかね。すべて愛なんですよ。心から愛する人に望まれたら、それを叶え、満足させるのが喜びであり、最高の愛の形なのです」

 わかったような、わからないような。

「男を愛せば、愛した男がどんな愛の行為を望んでいるか知っているじゃないですか。愛を受け入れると言うのは、愛の行為も受け入れるのと同じ意味になります」

 言い切ればそうなるか。レイプじゃないのだから、愛の行為が嫌ならばそもそも付き合わなければ済む話だ。付き合ったからには即OKじゃないにしろ、愛が深まれば求められるのは了解事項になっていると言えない事もない。

 愛とは色んな言い方、考え方があるにしろ、愛する相手を喜ばせるのは基本だ。そして相手が男なら望まれるのは愛の行為だ。これを受け入れることが男を一番喜ばせるのを誰もが知ってるんだよな。

「とくに最初の時はどれだけ辛いかも知っています」

女はそうだけど男はどうだろ。

「剛紀だってもし逃れようのない立場になってしまったら、痛くて辛いものだと覚悟するでしょう」

 逃れようのない立場ってレイプかよ。なんちゅう状況設定だよ。どうしようもない姿勢に完全に抑え込まれ、もう入れられるのは逃れようがないとわかれば、まず思い浮かぶのは絶望感だろうけどそれだけじゃないはずだ。

 男だって知ってるよ。どんなに入れられまいと最後の抵抗をしても、激しい痛みで引き裂かれ、力づくで強引に捻じ込まれてしまう。もちろんそれで済むわけがない。満足してくれるまで延々と続く辛すぎる時間が訪れる。最後なんて・・・これは言いたくない。とにかく耐え忍ぶしか頭にないはず。

「愛のために覚悟を決めても痛みはあります」

 レイプされるより何百倍も何千倍もマシだとは思うけど、だからと言って最初は辛いものだとわかってるつもりだ。これでも処女相手の経験者だからな。そこまで辛い思いで愛の行為を受け止めるのは良いとして、次も望まれたら受け入れる心理ってどうなんだ。

「愛の行為を叶えさせた満足感は、それはそれは大きなものなのです」

 俗にいう女になったって感覚かも。

「愛の試練を潜り抜けるのは成功体験につながります。つまりはあの試練に耐え抜き男が望む愛の行為を叶えさせることが出来る自信になります」

 これは受け入れる経験がないとわからない部分が多すぎるけど、

「愛の試練に耐えるのは苦痛ではなく喜びなのです。わかりませんか。男が望む愛の行為をその身で叶えることは最高の愛の形なのです。成功体験を得れば、次も叶えるのに躊躇などあろうはずもありません」

 処女であっても次を迎え入れるのは経験で知ってはいるけど、それっていつか良くなるのを知っているからでは、

「少し違うと思います。真実の愛が見たいがために愛の試練に挑むのでありません。最高の愛の形を高めた到達点として、真実の愛を見ることが出来るようになると考えております」

 愛の試練に挑むのは真実の愛を見たいがためのものじゃないのは、なんとなくだけどわかるような気だけする。そういうのもいるかもしれないけど、愛の試練に挑みたくなるほどの大きな愛があってこそだよな。

 もちろん全員がそうじゃないだろうし、経験を重ねれば変わるのもいるだろうけどな。ところでだけど、美玖は愛の行為の到達点である真実の愛を見たことがあるのかな。

「こればっかりはこれから剛紀の一穴にして頂けるのに申し訳ないのですが、トンずら野郎に見せられてしまっています。最初の愛の試練はまだしも、真実の愛まで見せられてしまったのは悔しくてなりません」

 この辺の感覚もわかりにくいと言うか、個人差はあるのだろうな。どうも美玖はまだ無垢だった体を許してしまったことより、真実の愛を見せられてしまった方に後悔は大きいようだ。

「女が真実の愛を見たいのは本当に愛する男のみです。それを選りもよってあんなトンずら野郎の偽りの愛を信じ、あまつさえ見せられてしまったのです。それも何度も、何度も。これがどれだけ口惜しいかはわかりますよね」

 ゴメン、最後のところは男のボクではわからん。むりやり例えれば憎い男にレイプされて感じてしまったようなものだろうか。ここでなんだけど、ボクが心配しているのは美玖に真実の愛を果たして見せることが出来るかなんだ。

 と言うのも、ボクはこれまで相手に真実の愛を見せたことが無いのだよ。学生の時の彼女も、逃げられた由衣にもだ。それだけ下手なんだろうけど、トラウマというかコンプレックスなんだよな。

「剛紀はカラスの行水なのですか」

 どちらかと言うとゆったり入りたい方だが、

「そうじゃなくて、三擦り半だとか」

 ああ、早漏かってことか。いや、そうじゃないはずだ。どれぐらい時間が必要かまで良く知らないけど、それなりには、

「五分ぐらいですか」

 いやいや、正確に測ったことはないけど十五分以上は・・・たぶんだけど。

「極端に小粒だとか」

 男子校だからわかるけど、どちらかと言うと大きい方のはず。

「それなら必ず真実の愛を見せてくれるはずです」

 でもテクニックが、

「技巧の効果は否定しませんが、あれはあくまでもプラスアルファです。基本はある程度以上の大きさと時間です。とくに時間は大切です」

 そんなものなのかな。

「男と違って女は真実の愛を見た事を伏せようとするものです。今までの女だって見ていたはずです」

 わからなかったけど、ホントにあったのかな。

「真実の愛にも大小はあります。小さいものなら気づくのも難しいでしょうし、かなり大きなものでもわからない時はわからないものです」

 そんなに女は巧妙に隠すのか。

「あれは見たいものではありますが、見た事を知られるのは、それはそれは恥ずかしいものなのです」

 そんなものなのか。そう言えば、エロビデオなんかでも本当に見たのかを女に確認するシーンはあったし、SMとかになると見たことを口にするのを強制させるシーンがあったはずだ。それぐらい隠したい恥ずかしいものなのだろうな。

「それと女が真実の愛を見るために必要不可欠な絶対条件があります」

 なんだそれ、

「どうしても相手の男に真実の愛を見せてもらいたい強い愛です。美玖の剛紀への愛は世界中の誰にも負けるつもりはありません」

 本当に良い女だ。これで準備は整った。後はなるようになるだけだ。

「剛紀の一穴になり、必ず真実の愛を見させてもらいます」

 だから一穴と言うな!

ツーリング日和22(第22話)初恋談義

 ロングツーリング、それもお泊り付きだから美玖と相談してモンキーをカスタムすることにした。バイクの欠点の一つに荷物がとにかく乗らない点はある。日帰りツーリングなら荷物なんていらないようなものだけど、さすがに泊りとなると着替えとかが必要になるし、女の美玖ならなおさらのはずだ。リュックに担ぐ手もあるけど、

「肩が凝ります」

 あれも担ぎ慣れないとそうなるんだよな。とはいえモンキーにはリアキャリアもないし、タンデムじゃないからシートも短いから、シートの後ろに荷物を縛り付ける手も使いにくい。というかロープを引っかけるフックもない。

「縛っただけではバイクを離れる時に心配です」

 ナイフ一本あれば盗み放題みたいなものだからな。財布とかは持って歩いてもバッグの中身を荒らされてしまう。

「下着泥は嫌です」

 当たり前だ。ボクのじゃなく美玖の下着だぞ。もし見つけたら半殺しにしてやる。半殺しじゃ気が済まない、市中引き回しの上で磔獄門だ。磔獄門じゃ手緩いよな、八つ裂きにして火炙りにしてやる。だって、もしそうなったら着替えの時に美玖が困るじゃないか。

「あのぉ、それどこか鉾先がずれてますけど」

 照れ隠しだ。美玖の下着問題もあるから、

「だからずれてれます」

 うるさい。だからリアボックスを付けることにしたんだ。具体的にはキャリアを付けてボックスを載せるスタイルだ、格好は少々悪くはなるのと乗り降りが少しやりにくくなるけど。

「絶対便利ですし、格好だって悪くありませんし、乗り降りだってすぐ慣れます」

 良く言うよ。不格好になるからって、どれだけ渋りまくったんだよ。乗り降りだってどれだけブー垂れてたことか。その気持ちはわかるけど使ってみたら、

「これならもっと早くに付けておけば良かったです」

 実用性はすこぶる高いのがリアボックスで、あえてクルマにたとえたらトランクが出来たようなものだ。ボックスだからお手軽に入れられるし、蓋もあるから落ちないし、雨にも濡れない。かなり大きめのものにしたから積載能力もかなりある。


 そうそうあの夜だけどバーで帰ったよ。あの勢いのままもありかもしれなかったけど、あの状況の流れで結ばれてしまうのはチョットってぐらいで良いと思う。美玖だって旅行で望んでいたし、

「だいぶ遅くなりましたが初夜の気分で臨ませて下さい」

 気持ちは同志愛でわかるんだよな。二人とも結婚式が終われば迎えるのは初夜だったはずなんだ。初夜と言っても童貞と処女が初めて結ばれるわけじゃないけど、

「世の中にそんなのいるのですか」

 ゼロじゃないぐらいだろ。と言うか、ゼロで結婚なんかする気になれるかの疑問は素朴にある。両方ともゼロはレア過ぎるけど、片方、とくに女がゼロはまだあるのじゃないかな。

「どこのお姫様なのですか。皇室のやんごとなきお姫様だってやってますよ」

 そうなんだよな。現実的にまだありそうなのは、

「二人ともその相手しか知らない」

 処女と童貞で結ばれて結婚するケースだ。そうだな、幼馴染ラブならあるはずだ。

「幼馴染もありそうですが、高校生ラブでそのまま結婚なら多いのじゃないですか」

 高校生ラブが実っての結婚なら多いはずだよな。話が脱線したけど、初夜と言っても婚前交渉、さらに恋人時代に経験は積んではいるけど結婚式当日の初夜は別格のはずだ。

「そう言いながら、結婚式から披露宴でくたびれてやらないのも案外多いそうです」

 新郎が披露宴で酔いつぶれてもあるらしい。だがボクは初夜に期待してた、

「それは剛紀が三か月もお預けにされていたからでは?」

 別に初夜のために禁欲していたわけじゃないけど、それだけ禁欲すれば期待したって良いだろうが。美玖だって一か月お預けだっただろうが。

「初夜に期待していたのは否定しませんが、今どきの初夜って単に婚前か婚後の違いぐらいしか意味が無いのかもしれません」

 そりゃ、またドライな。この辺はなんだかんだと言っても二人とも夫婦生活を知らないんだよな。初夜って男が童貞を捨てたり、女が処女を卒業するのに比べても、メモリアルの重みはどうなんだろう。

「本当の意味での夫婦の初夜は別の日の気がします」

 それはあるかも。

「名越由衣なら結婚式前夜に持ち逃げ野郎と真実の愛を見た時」

 なんちゅう喩えを持ち出して来るんだ。でも実感としてはそうかもしれない。その相手と結婚すると決めた夜が夫婦のホントの初夜かもしれない。そうだな、交際してから深い仲になり、どこかの時点でその相手と結婚しようと決断した夜かな。由衣なら結婚式前夜になるのがコンチクショウだ。

「美玖はもうちょっとロマンチックにするのが夢です。だってベッドでやってる最中に決めるって生々し過ぎませんか?」

 ドッキング中に結婚を決意するのは現実してあるかもしれないけど、生々しいのは同意だ。だったら美玖はどうしたい。

「その相手との結婚を決意した上で結ばれたいです」

 なるほど、なるほど。とは言うものの、その前にやってるよな。

「それじゃ、前回のベッドは単にやっただけで、今夜のベッドがそうなだけじゃないですか。美玖の夢は結婚を決心した相手と初めて肌を合わせる夜を初夜にしたいのです」

 なにが普通かはさておき、恋人になりドッキングを重ねて結婚へのボルテージを高めて行くのが多いはず。美玖はそうじゃなくて結婚の決心をしてから肌を合わせたいのか。そういう想いで結ばれるのは確かにロマンチックだ。

 心がそうなった上で体が結ばれるのは新鮮な体験だろうし、それこそ身も心も一つなれた感動もあるだろうから本当の初夜になると思う。とは言えだよ、そうするのはなかなか難しい・・・うん、うん、うん、そのシチュエーションって、

「あくまでも美玖の夢ですよ。いくら一穴主義の剛紀でも、それだけで決められるのは重過ぎるでしょうし、嫌なのぐらいわかってます」

 そういう事だったのか。これはロマンティストというより、いじらしさ、いやボクへの精いっぱいの愛そのものだ。美玖は初めて肌を合わせるの意味を、経験者が次の男とドッキングする時としているはずだ。

 美玖は一人しか男を知らない。経験者として次の男と肌を合わせた経験はまだない。美玖は初肌合わせをせめてボクに捧げたいで良いはず。そんなものにどれほどの価値があるかと言うのもいるかもしれないが、価値の評価はボクの勝手だ。これほど貴重なものがこの世にあるものか。

 それに美玖の夢を載せたいのが希望だろ。好きなだけ載せてくれ。残らず全部受け取って叶えてやる。言うまでもないが初めて肌を合わせる夜を二人の夫婦としての初夜にすると約束する。こんないじらしい願いを叶えなきゃ男じゃない。


 どうしたって美玖からトンずらしやがった野郎に憎悪の炎が燃え上がる。美玖はトンずら野郎が初めてだ。きっと夢と希望を胸に抱いて初体験に臨んだはずだ。そうだよ、単なる初体験じゃない、美玖にとっては本当の意味での初夜だったんだ。

 そこまでの美玖の想いを踏みにじりやがって、そんな野郎は吊るし首でも飽き足らない。一寸刻み、五分刻みで、苦しみと絶望の果てに放り込んで殺してやりたい。どうして美玖じゃダメだったんだよ。どうしてトンずらしやがったんだよ。

「あれはあれで良かったと思っています。美玖もハズレ野郎と籍を汚さずに済みましたから」

 それはそうなんだけど、その報いも受けずにのうのうと暮らしてやがると思うと猛烈に腹が立つ。

「思い出に残る夜にして下さい」

 当然だ。なんか緊張してきたな。

「緊張し過ぎて萎えないで下さい」

 それが言葉の選び方に難があるって言うのだ。どうして、

『わたしも緊張してます』

 これぐらいで無難にやり過ごせないんだよ。

ツーリング日和22(第21話)二つの因幡街道

 そこからツーリング先の話になったのだけど、

「バイク乗りって街道が好きじゃないですか」

 そうかもな。走り屋系なら街道レーサーになるよな。もっとも最近では街道レーサーの定義とか使い方も変わってきて、

「痛車で走る人となっています」

 らしい。あんなカスタムをしたいとか?

「そうじゃなくてツーリングの話ですよ。昔の街道って今でも国道とか、県道になっているところは多いじゃないですか・・・」

 そっちか。東海道みたいな大街道もそうだけど、けっこうマイナーな街道もそうの時が多いはず。さらに言えばバイパス整備が進んでいるところなら、旧国道になっていて、

「生野街道もそうでした。ああいう道をバイク乗りは好みます」

 バイパスが出来るとクルマの数も減り、とくにトラックが減るのはありがたいんだよ。それにそういうところって、歴史のある建物とか残っていたりもあって、ちょっとした見どころになっている事もあるんだ。

「昭和チックな店があるだけでも楽しい時があります」

 初鹿野君も今回は街道巡りみたいなツーリングを考えていたようだけど、興味を持ったのは因幡街道か。あれって、佐用から北上するはずだけど、

「ですから龍野ぐらいまで回って因幡街道を北上するのを最初に考えていました」

 龍野まで行くとそこは因幡街道じゃなく出雲街道じゃないのか。

「部長らしくもない。街道の呼び名もあれこれ歴史的変遷もありますが・・・」

 そうだった、そうだった。もともとは姫路から津山を結ぶ美作道が最初だったはず。これが津山から松江まで伸びたのが出雲街道で、佐用から鳥取まで北に伸びたのが因幡街道だ。だから共通区間になる佐用から姫路まではどっちとも呼んでたはず。

「ですが調べてみると因幡街道はもう一本あるのです」

 そう言えばあった気もするけど。

「揖保川を北上し山崎を通るルートです」

 新いなば街道とか呼んでいるのもいたけど、

「どっちが新といえば佐用からの因幡街道が新のはずです」

 ちょっと待った。佐用経由の因幡街道は鳥取藩の参勤交代ルートになって本陣とかも整備され、物流でも栄えてたはずだぞ。

「ええそうです。平福宿とか、大原宿とか、智頭宿は有名です」

 そうのはず。平福宿には行ったことはあるけど、宿場町の面影が残されていて、かつての繁栄を偲べたぞ。

「そうなのですが明治政府が重視したのは山崎経由の因幡街道です」

 なんだって! 明治十八年に出された国道表てのがあるそうだけど、その時に指定されたのが全国で四十三本になり、これが現在の国道の始まりみたいなもので良さそうだ。そのたった四十三本の中に、

「山崎を経由する因幡街道が国道二十二号として指定されています。今の国道二十九号です」

 国道は一般的に号数が若いほど整備されている事が多いけど、今だって二桁国道の上位三分の一だからかなり重視されていた事になる。

「佐用経由の因幡街道は国道三七三号です」

 四百番台国道には酷道と揶揄されるのが多いとされるけど、三百番台も多いんだよな。

「あくまでもちなみにですが、明治に国道二十二号が決められた時に佐用以北も含まれるとはなってはいますが、国道三七三号が国道に指定されたのは一九七五年です」

 明治以降は佐用経由の因幡街道より山崎経由の因幡街道が重視されてきたとしか思えないじゃないか。でもどうしてそうなったんだ。普通に考えれば、江戸時代からの続きで佐用からの因幡街道に重点が置かれるはずだろう。

「わたしもそう思いましたし、因幡街道を調べても佐用経由の因幡街道ばかり出てきて、山崎経由の因幡街道はついでにぐらいにしか書かれていません」

 ボクもそんな感じで因幡街道を理解してた。どうして明治からの逆転現象が起こったのだろ。

「それを知りたいとは思いませんか?」

 そりゃ、知りたいよ。でもどうやって、

「街道を知るには実際に感じることが一番です。ですからツーリングで鳥取を目指します」

 山崎経由の因幡街道を走ってムックする企画ってことか。それは良いアイデアだ。走ったから必ずしもわかるとは限らないけど、走らなければわかるはずもないものな。そうなると鳥取まで走ることになるけど、

「宿はここにしようかと」

 聞いた事の無い温泉だけど、

「さすがに羽合温泉とか東郷温泉、三朝温泉は遠いかと」

 たしかにな。ここは初鹿野君が選んだ温泉と宿を信じよう。

「それと今回のツーリングにあたり、是非ともご了承頂きたい事がございます」

 なんか怖いけど。

「わたしには美玖と言う名前がございます。これからはこちらでお呼びください」

 そろそろ名前呼びにしようか。ならボクは、

「剛紀と呼ばせて頂きます」

 なんか照れ臭いが、

「美玖のお願いです」

 どうせ抵抗しても無駄か。もうそこまでの関係になってるはず。ボクも心を決めよう。わかったこれからは美玖と呼ぶ。ところで鳥取で良いのか。

「もちろんです。因幡には白兎伝説がありますもの」

 それって大国主命が出て来るやつ。

「大国主命がワニに皮を剥がれた白ウサギを助ける話は有名ですが、剛紀ならそれだけの話ではないのはご存じのはず」

 そういうことか。考えようによってはロマンチックと言えない事もないけど。美玖が白ウサギの設定か。

「ご冗談を。剛紀はウサギに欲情するのですか?」

 しねえよ。そっちも合わせてムックするって事だな。今夜美玖と逢えてよかった。ボクは、

「美玖を生涯の一穴にする決心がつきましたか?」

 だから一穴と言うな!

ツーリング日和22(第20話)同志愛

 それでも初鹿野君がボクに惚れた理由がわかってきた。過去の栄光ってやつでよいだろ。初鹿野君には悪いが剛腕藤崎はヴァージンロードちょっと待った事件で死んだよ。だから成仏して仏になったのは間違いとは言えないかも。

 それにしても良く知ってるな。剛腕藤崎の名前ぐらいは磯辺商事でも知ることは出来たかもしれないけど、あの事件の詳細をそこまで知ってるって事は、もしかして同じ会社に勤めていたとか。

 大きな会社だったから知らない女性社員がいてもおかしくはないけど、営業の人間なら覚えていないはずないんだけどなぁ、

「同じではありませんが、七洋物産でしたから」

 あそこにいたのか。待てよ、七洋物産にも切れ者の女性営業部員がいたはずだ。会った事こそないが、名前は確か、えっと、えっと、

「諸角でしょ」

 そうだそうだ諸角君だ。敵に回したくないものだと思ってたからね。とにかく辣腕で夜叉の諸角なんて呼んでるのもいたぐらいだ。夜叉は辣腕の意味もあったけど、空恐ろしいほどの美人って噂されていた。

「そこまで美人ではありません」

 そうなのか。一度ぐらい会ってみたかったな。その諸角君だけど、元気にしているのかな。

「なんとか元気です。ただ今は諸角じゃありません」

 結婚して姓が変わったのか。

「いえ今は母方の姓を名乗って初鹿野です」

 そっか今は初鹿野・・・待て、待て、それって、

「どうですか七洋の夜叉に会われたご感想は」

 道理で優秀なわけだ。七洋の夜叉ならこれぐらい朝飯前ぐらいだろ。それはやっとわかったけど、どうして七洋物産を辞めたんだ。これほどの人材をそうは簡単に手放すとは思えないのだが、

「部長と同じですよ。七洋の夜叉だって女だから恋をするのです」

 まさか捨てられたのか。

「部長よりマシで、ヴァージンロードを歩いてる最中に、祭壇から新郎が逃げ出したりはありませんでした」

 さすがにそれはないだろう。あるとしたら、女が突然乱入してきて祭壇の前の新郎をかっ攫うぐらいにはなるけど、

「マンガや小説ですらないかと思います。わたしの場合は式場で待ちぼうけを喰らわされただけです」

 あちゃ、そこまで行ってたのか。ボクより直接のショックは少ないかもしれないけど、ダメージは同じぐらいだろう。理由は、

「こんなものどこで起こっても、誰が相手でも同じです」

 他にないものな。後も似たようなものか。興味本位の陰口、悪口に耐え切れなくなって自主退職に追い込まれてしまったのか。

「そんなところです。夜叉相手に結婚式前日までよく耐えられたぐらいはいくらでも」

 未練は?

「そりゃ、ありましたが。部長と同じ結論に達しています。あんなハズレ男と結婚しなくて良かったかと」

 サラッと言ってるが辛いなんてものじゃなかったはず。苗字まで母方の姓を名乗っているもそうだろ。どれだけ辛辣な陰口、悪口を言われたか考えただけでも寒気がするぐらいだ。

「どうしても女同士の方が陰湿で陰険です」

 らしい。惚れた理由に同志愛もあったのか。

「無いとは言いません。だって悔しいと言うよりアホらしいじゃないですか。トンずらしやがった野郎は真実の愛を経験するのに勤しんでいるのに、トンずらされて取り残された方はひたすら世間の片隅で肩身を狭くして生きて行くのって」

 そこなんだよな。加害者である由衣なんて、ウェディングドレスのままで真昼間から初夜をやらかしているはずだもの。そう考えただけでも腹が立つ。そしたら初鹿野君は怖いほどの真顔になり、

「剛腕藤崎に憧れていたのも、同志愛としてシンパシーを感じていたのも否定はしません。ですが好きになったのはあくまでも今の部長です」

 あの人生の長期休暇で見た目がマシになったからか。

「それもあるのも否定はしません。ですが、惚れたのは仏の部長です」

 仏って結婚できるのだっけ。それ以前に女はタブーなんじゃ。

「わたしのすべてを見た出張の夜を覚えてますよね」

 それをネタに脅迫されてるのもよく覚えているぞ。

「あの時ですけど、部長は不自然に感じませんでしたか?」

 はて、あれはアクシデントだったろ。

「ええ、アクシデントです。三つぐらいありましたけどね」

 三つもあったかな。先方が無理難題を出しやがったのを含めると・・・

「まず出張の手配をしたのはわたしです」

 そうだったけど・・・それこそちょっと待っただ。まさか、まさか、

「いくらハイシーズンでもビジホのシングル二つぐらい取れるに決まってるじゃないですか。人気観光地じゃあるまいに」

 ならばあの時も、

「チャンスだと思いシャワーを使い、ベッドに潜り込む予定でした。ところがあんなタイミングで目を覚まされてしまったものだから困ったのです」

 あの時は、

「部長も疲れて頭が回ってなかったのでしょうが、わたしが立っていたのはベッドとベッドの間で、ちょうど部長を見下ろす位置です。あそこで最後の覚悟を決めてバスタオルを解きかけていたのです」

 ボクはまず初鹿野君と目が合ってしまっていてそこまで観察出来てなかったけど、あれはボクと目が合ってしまった動揺でバスタオルが落ちたのじゃなく、解きかけていたバスタオルが落ちただけだったのか。

「そうじゃなきゃ、おかしいでしょ。あんな時にバスタオルが落ちたりしたら、かがむに決まってるじゃないですか」

 そ、そうするはず。それも悲鳴の一つもあげながらだ。それどころか、初鹿野君は素っ裸のまま見下ろしてたものな。だから、初鹿野君のすべてがここまで脳裏に焼き付いてしまったもの。

「最後の誤算は。あの出張がシビア過ぎたことです」

 そうだった。笑ったらいけないが剛腕と夜叉がコンビを組んでもあれだけ苦労させられたぐらいだ。初鹿野君のすべてをあんな近距離で拝ませてもらったのに、それより明日をどうするかで頭が一杯で、

「ホントに部長って据膳に手を出さないものだと感心しました」

 それは褒めてるかどうか微妙だぞ。あの時の舞台裏はやっとわかったけど、その時からにしたら、えらい時間がかかっているけど、

「これも白状しておきます。結婚式まで行った女ですが一人しか知りません。あんな状況になってしまい怖くなってしまったのです。仕切り直しをするにもなかなかチャンスがなくて・・・」

 なるほど。プライベートの接触は基本的にシャットダウンしているようなものだから、なかなか近づけるチャンスがなかったのは同意だ。

「平荘湖での出会いは千載一遇のチャンスと直感しました。これを逃せば次はありません。なんとかマスツー仲間に持ち込むことに成功して部長のあれこれを知ることが出来ました」

 そこで本気で惚れたのか。なるほど、決して一目惚れじゃなく、初鹿野君なりにステップを踏んで愛してくれるようになったのはよくわかった。そうなると気になるのは初鹿野君があそこで事実上の告白とOK宣言出した決定打はなんだったんだ。

「部長の人柄に惚れてぐらいでお茶を濁しても良いのですが、剛腕の前にそれは通用しないでしょう」

 だから今は成仏して仏だって。

「いいえ仏の顔だけした剛腕です。残業無しをニンジンにして、どれだけ部下をこき使っている事か」

 バレてたか。それはともかく、

「部長もそうですがわたしも土壇場で逃げられた女です。だから部長が一穴主義とわかって、この人しかいないと思い、なにがあっても自分のものにしたかったのです」

 やっぱり七洋の夜叉だな。そこまで見抜いていたか。

「どうですか。夜叉を部長の一穴にしてくれませんか」

 初鹿野君の優秀さはボクを凌ぐところは多々ある。まともにやり合ったら勝敗はそれこそ時の運だろう。ただ完全無欠な人間ではない。これは逃げ出すような新郎を選んでしまったのもあるけど、その点ではボクも互角だ。

 それより肝心なところでの言葉の選択に難がある。これも肝心なところに持って行く話の運びは完璧に近いのだけど最後の決め台詞に、

『一穴』

 これはないだろうが。こんな決め台詞を了承したくても出来ないじゃないか。じゃあ、男がプロポーズのセリフに、

『どうかオレの一穴になってくれ』

 こんなもの聞かされたらOKなんかするか?

「論外に却下です」

 だったら一穴を口にするな!

ツーリング日和22(第19話)バーにて

 ワインバーでの食事が終わると次に向かったのはバーだ。初鹿野君もそうなのか。こういう時に次にハシゴするとなると若い時ならカラオケもあるだろうけど、この歳になればスナックは多いはず。

「スナックは好きじゃありません」

 ボクもそうだ。そうそうこれもまた不思議と言えば不思議な状態でもあるんだよな。バーに行くのが不思議じゃなくて、こうやって並んで歩いてることだ。それ以外にどうやって二人で歩くのだと言われそうだけど、告白こそ受け入れてるけどまだキスどころか手も繋いだことがないんだよ。

 告白をされ受け入れてるだけでなく、ドッキング宣言まで了承させられているんだから、手はもちろんだけど、腕ぐらい組むのはありそうじゃないか。そうして欲しい・・・されたら理性がどこまで保たれるかわからないからラッキーだけど。

 今夜だって週末の雨続きがなければ既に関係が結ばれた状態であったかもしれないんだぞ。男と女の交際のやり方にマナーはあってもルールはないとはいえ、いくらなんでもの状態と思わないでもない。こういう交際法が初鹿野君は好きなのだろうか。


 バーでロングカクテルを楽しんでいるのだけど、もう聞いても良いはずだ。これを聞かずに二人の関係を進めるのは良くない。そもそも、どうして初鹿野君はボクを気に入ったんだ。初鹿野君は悪戯っぽく笑いながら、

「まさか部長がいるとは思いませんでした。これも最初は本当に部長かどうかわかりませんでした」

 なんか謎々みたいだけど、それってボクを知ってたって事なのか、

「話にだけです。わたしの知ってる部長は営業二課長でした」

 なんだって! それは社長しか知らないはずだぞ。

「まさか仏の部長が営業二課長だったとわかるまでは時間がかかりました」

 知ってる方がビックリだ。どうやって確認を、

「わかりますって。この業界だって広いようで狭いものです。新人教育を誰がされたと思ってるのですか」

 う~ん、わかる人にはわかるのか。

「イメージのギャップを埋めるのは大変でした。だってあの営業二課長なのです」

 あの頃のボクは、

「わたしのことをアンゴルモアの恐怖の大王と呼ばれてることぐらい知っています。ですが当時の部長になると地獄の獄卒、剛腕藤崎じゃないですか」

 耳が痛い。そこまで知っていたのか。剛腕はボクの名前の剛紀からもあるけど、

「どんな難題でも正面からゴリゴリとブチ砕く剛腕です」

 あの頃はな。なら、まさかだけど、あの話も知っているのか。

「知ってないはずないじゃないですか。それに名越由衣はわたしの後輩でもあります」

 由衣も港都大だったけど学生時代を知っているのか。年齢的には知っている先輩後輩にはなると思うけど、学部は一緒だったっけ。

「わたしは経済学部ですが名越由衣は違います」

 由衣は英文だったはず。じゃあ、サークルで一緒だったとか。

「個人的な交流はまったくありませんでしたが、学内ナンバーワンの美人とされる有名人でした」

 そうだった。由衣はミス港都大だった。

「ですが名越由衣はすべてをぶち壊しました」

 それも知っているのか。由衣の父親は名越本部長だったのだけど、あの頃は次期社長の椅子のレースが始まっていた。社長レースだけど長崎常務が先行してた。長崎常務は堅実の評価はあったけど、一方で古臭いの評判もあったんだ。

 社長として会社のかじ取りをするのを不安視する声も出かけていたから、名越本部長を推す声がだんだんと大きくなっていたぐらいの状況で良いと思う。ボクは名越本部長の子飼いみたいなところもあったから、縁談の話が出た時にホイホイと乗ったのはある。

 ボクも長崎常務の手腕に不安を覚えていたし、次期社長は名越本部長の方が相応しいと思っていた。それ以前に子飼いだし、他に選択肢はないようなものじゃないか。それにお見合いで引き合わされた由衣はミス港都大の美人だ。

 だが結果はあのザマだ。ボクはあれで廃人寸前にまで追い込まれたけど、あれは由衣が逃げやがっただけじゃない。由衣があれだけの不祥事を起こしやがったものだから、長崎常務派の激しい攻撃があったんだよ。

 攻撃を受けた名越本部長だけど、娘の不祥事にすっかり憔悴して気力も覇気も無くしていた。愛娘だったからショックだったんだろうな。そのためで良いと思うのだけど、名越本部長は左遷されてしまったんだよ。

 名越本部長が左遷されるといわゆる名越派は壊滅状態になっただけでなく、長崎派の残党狩りに追われる状況になってしまった。ボクなんか格好のターゲットだから四面楚歌の袋叩き状態にされたってこと。

 嫌な事を思い出させるな。そうだよ、ボクはヴァージンロードまで歩いて来てた花嫁に逃げられた情けない男だってことだ。そんな男を・・・ふと見ると初鹿野君の目が怖くなってるぞ。

「同棲はしていましたか」

 お見合いなのもあり、直属の上司の愛娘でもあっただろ。それより由衣が気乗りしてなさそうだからしてないよ。

「処女でしたか」

 そうじゃないはず。自慢出来るほどの女性経験はないが処女は知ってるから明らかに反応が違った。あれは男を知っているで間違いない。

「婚前交渉はいつまでありましたか?」

 えらい事を聞くな。ちょうど大きなプロジェクト抱えていて、海外出張も多かったから、たしか結婚式の三か月前ぐらいが最後だったはず。おいおい初鹿野君の目が細くなってるじゃないか。あの目をした時が最高に怖いのだが、

「式の前夜はどう過ごされましたか?」

 ボクは実家で家族水いらずだったけど、由衣は友人たちと独身最後の夜を過ごすとか言ってたはずだ。

「アホな女だ」

 そこで一人で結論を出すな! でもそれで良い気がする。でもそれって最初からそうだったのだろうか。それならそれで、

「そこまでじゃないでしょう。一度は切ったはずです。お見合いとはいえエリートコースを約束された部長との結婚に同意したはずです」

 そのはずなんだ。たしかに最初は迷ってるところはあったとは思う。だけど途中で手応えを感じてた。そもそもあの見合いは名越本部長も押しつけではなかったはず。名越本部長にとっても愛娘だし、あくまでもボクを見込んでの結婚話のニュアンスは何度も強調はしていた。

 さらに言えば名越本部長も娘の男関係までは知らなかったはずだ。ああいうものは、そうは簡単に親には話さないだろ。そうなると由衣はボクとあの男をお見合い初期は天秤にかけボクを選んだはずだ。

「底なしのアホ女です」

 あのプロジェクトは名越本部長の肝煎りだった。ココロは大きな手柄を挙げさせ、さらにその手柄をテコして昇進させて結婚祝いにするぐらいで良かったはず。それぐらいは由衣も聞かされていたはずだ。

「聞かされていない方があり得ないでしょう」

 それでも由衣はボクを捨てた。理由は定番の『寂しかったから』ぐらいだろ。でもそうなった理由は自分の父親が花婿に贈ろうとしたものだし、そういうものだと知っての上だって話になる。ボクにすれば、なんだよそれ状態だった。

 あの男とのヨリを戻したキッカケが『寂しかったから』なら最後に逃げ出したのはマリッジブルーか。おそらく最後の決断を下したのは式前夜だろ。そうじゃなければ、結婚式の前に婚約解消の話が出ていたはずだ。こんなもの想像するだけでウンザリしか出ないが、

「ベッドで真実の愛を見つけやがったアホ女です」

 そうなるものな。悔しいがよっぽどあれの相性が良かったんだろ。卓上打算機はボクを答えにしていたのだろうけど、それより体が求める真実の愛を最後に選んだのだろうな。そこを言えば、ボクでは真実の愛に達しなかったんだよ。

 経験一人じゃ限界があったんだろ。それに比べてあの男は由衣を真実の愛に溺れさせたに違いない。悔しいがボクよりイケメンだったし、逞しくもあった。ボクは呆然として立ち尽くしていたけど、たとえ取り戻しに駆けつけてもぶっ飛ばされてた気がする。

「そんなに惜しがる価値などありません。反吐が出そうな二股女じゃないですか」

 そうなる。婚約までしてるのに他の男と真実の愛をベッドで探しまくってた女だもの。そこまで冷静に見れるようになるまで、ここまで時間はかかったけどね。たとえ、あのまま結婚していたとしても、その手の女はどこかで真実の愛に走ると思うよ。そんな女に逃げられたのは良かったよ。

 由衣との事はそれぐらいで良いとは思うけど、それでもどうしてボクなんだ。間男に真実の愛をベッドで争い完敗した男だぞ。それだけじゃない、そんなアホ女に捨てられたことで鬱病になった情けない男でもあるんだぞ。

「部長は自分の価値がわかっていません。剛腕藤崎の名は轟いていました。相手にすれば手強いなんてものじゃありませんが、その活躍に憧れていた女はわたしだけじゃありません」

 そうだったのか。気づかなかったけど、

「そんな剛腕藤崎が仏になって現れたのですよ」

 あのなぁ、もうちょっと表現を考えてくれ。それじゃあ、まるでボクが成仏しているみたいじゃないか。