次回作の紹介

 紹介文としては、

 カノンは初合コンに臨んだのですがあてがわれたのは陰キャのモブ男。今日はハズレと割り切っていたのですが、よくよく話してみると小学校の幼馴染のシュンでした。シュンもバイク乗りとわかりツーリングデートに進んで行きます。一方で初彼氏をゲットしていたミルに暗い影が。親友であるミルの心配と、シュンとの恋の進行に悩むカノンの青春です。

 ヒロインのカノンに恋人を作らせたいの勝手な義務感に燃えて書いた続編です。若者っていつの時代もレッテルを勝手に貼られてしまう年代ですが、あれってたいていはマイナスイメージです。歳がモロバレですが、わたしの頃は新人類と呼ばれていたはずです。あんなものは古代エジプトからあるとされる、

    今時の若い者は・・・
 老人と言うか年長者の愚痴みたいなものに過ぎません。とはいえ、この歳で若い人と同じ価値感をもつ難しさも日々痛感しています。つうか、この歳で恋愛ものを書く難しさです。ですが書きたいと言うか、書いていると楽しいのも白状しておきます。

 舞台設定も毎度無理があるのですが、平凡そうな大学生活がわかりません。これでも大学時代はあったのですが、実質的なカレッジ状態で、それも特殊な理系でしたから文系学部なんて想像するのも大変過ぎるぐらいです。

 ああいうものは世代が変わっても同じものと、既に過去の遺物となったものが混在してるはずですが、そこはフィクションですからわからないところはボカして誤魔化しています。リサーチするにも限界があるってところです。それでも、それなりに仕上がったのでお楽しみください。

敗軍の将

 淮陰公列伝から。漢の名将韓信は趙に勝った後に燕や斉の攻略を考えます。この時に趙の軍師であった広武君に相談します。ここで広武君が答えたのが、

広武君、辞謝して曰く、臣聞く、敗軍の将は以って勇を言う可からず。亡国の大夫は以って存するを図る可からず。

 広武君も名将ではありましたが、趙は漢に敗れ、広武君も降伏して捕虜となっています。そんな敗軍の将が意見など出せないぐらいです。ここから『敗軍の将、兵を語らず』が出ているぐらいです。

 この言葉は日本にも入り定着していますが、この言葉が有名になったのはそれぐらい兵を語りたがる敗軍の将が多かったからじゃないかと思ったりしています。まあ、気持ちぐらいはわかりますが、敗軍の将の負け惜しみや、強がりを聞かされるのは楽しいものではありません。

 他国は知りませんが、日本では敗者に美学が求められます。たいした話ではありませんが、潔く負けを認め、勝者を称える事です。それ以上は話さないのが最高でしょうが、せめてそれを行った上で反省点を話すぐらいです。

 反省点も自責はまだ良いとして、ひたすら他責に走る人は軽蔑されます。それこそ負け犬が何を言うかの感情です。そんなものは勝ってから言いやがれです。敗軍の将とはそういう目で見られる人ぐらいです。

 淮陰公列伝は軍事の話で、敗北は取り返しの付かない事が多々あります。ですがスポーツとか、政治はそうではありません。負けても次がある方が多いものです。個人としては競技生命や政治生命の限界はあるでしょうが、組織としては次があるぐらいです。

 惨敗を糧にして捲土重来を期すのが敗軍の将の在り方じゃないでしょうか。悔し過ぎる負けをぐっと堪え、雌伏の時を耐え抜き、ついにリベンジを果たす浪花節が日本人の琴線に響くと個人的に思っています。

 ま、どんな振舞をされようが、その人の勝手ですけどね。

選挙の結果が出ました

 総選挙は結果が出ました。こういう結果が出た時の最近のトレンドは、

    投票した有権者が愚かだ
 さらに正しい判断が出来るまで投票権を与えるなとか、それが出来るようになる政治教育が必要とかです。今回の選挙結果は衝撃的だったでしょうから個人的な予想ですが、
    立候補者の審査が必要♪
 こんなのも出て来そうな気がしています。この手の主張で誰もが気になるのは、有権者の資格なり、立候補資格を審査するのは誰だってことです。まあ、そういう事をされているモデル国家が近くにいますし、その手の人々は心の底から大好きなのも周知の事実です。

 あくまでも個人的な感想ですが、そういう方向性が好きでない方々が多かったのが選挙結果として出た側面もありそうです。私も某近くの国の歴史とか文化は好きなところがありますが、現時点の国家としてはメンドクサイしか感じません。


 今回の選挙結果を受けてあちこちに影響は出るでしょうが、またぞろ政界再編を唱えての合従連衡が起こりそうな気がします。外野から見ていても、野党第1党に踏みとどまったところだって、あのまま来年の参議院選挙に向けて邁進されるかは疑問符がテンコモリ付きます。

 もっとも衆議院では数が減り過ぎて、どうするかは見当も付きませんが、このまま固定とか、今回の経験を糧にして参議院でも同様になるかは・・・そのうち見れるでしょ。

 他なら政治大好きのオールドメディアにも出そうです。だって『前』とか『元』の有名人が量産されました。今ごろコメンテーターの争奪戦が水面下で始まってるのではないでしょうか。

 とにかく数が多いですから、現在のレギュラーの方々は失業の恐怖に怯えてらっしゃるのではないでしょうか。オールドメディアにしても『大物」とか『著名』な人を起用した方が数字が取れると考えるはずです。

 あの手の出演者数は暗黙の定員があり、1人入れば、1人弾き出されます。これも個人的な予想ですが、かなりの規模の入れ替えが起こりそうな気がします。こっちの方は、それこそ知らんけどです。

衆議院比例議員

 ちょっと気になったので。

 比例議員は政党への投票数によって与えられる議席ですから、ある程度の制限があるのは知っています。シンプルには当選後に既成政党への移籍は出来ないぐらいです。この辺を中改連(中革連とすると侮辱だとする議員もおられ、法的措置の対象にされたら困りますからこうします)をモデルに考えてみます。

 中改連は前回選挙後に新たに出来た政党なので、立民、公明を離党し移籍しても問題ありません。明日には新たな中改連比例議員が当選しますが、仮に中改連で内紛があり、旧立民なり、旧公明議員が離脱し立民、公明を復活させようとしたらどうなるかです。

 私が調べた限りでは可能に読めます。既成政党の定義は選挙時の名簿届出政党で良さそうで、今回の選挙では立民も公明も選挙名簿を出していないはずです。扱いとしては選挙時に存在してなかった新党になるはずです。

 私が気になったのは参議院に立民も公明も実在していますから、そっちの関係はどうかだったのですが、衆議院と参議院は完全に別建てとして見るで良さそうです。怪しいところは多分に残りますが、

  1. 選挙名簿を出していないから総選挙前に立民、公明は完全消滅
  2. 中改連がもし内紛で分裂しても、既成政党でなくなっているので新たに立民、公明を建てられる
 総選挙前まで野党第1党だったり、長い間連立与党の一角だった政党が新党とされるのはどこか違和感が残りますが、そういう事が可能のようです。


 ではでは後腐れなく別れられるかというと、政治とカネの問題は残りそうです。そうなった時の政党助成金の扱いですが総務省HPより、

  政党助成金の算出基準日は今回なら総選挙後になりますから、基準日に中改連が存在していれば、来年の1月1日まで中改連に対して支給されます。党の分裂パターンとして、
    分割・・・中改連が解散して立民、公明が出来る
    分派・・・中改連は存続し、そこから立なり公明が離脱する
 分派なら離脱した新党には助成金は与えられないとなっています。つまり中改連が、
    離党するのは勝手だが解散しない
 こういう姿勢を示せば離党した議員が新党を立ち上げても助成金は来年になるまで手に入らない事になります。あくまでも仮定ですが、残った中改連の党名はいつでも自由に変えられるはずです。

 ここも話し合いで円満解散になれば良いのですが、こういうカネの問題は政治でなくても揉めやすく、もし喧嘩別れになれば一揉めありそうです。

 そうそう、これはあくまでも仮定の話であって、総選挙後に中改連が空中分解するとしているのではありませんから、決して誤解なきようにお願いします。

モンキー2万km

 二年半ぐらい乗って感じた最大の短所は、

    非力
 小型バイクを選んで乗っておきながら、何をいまさらなんですが、小型バイクのデメリットとして高速どころか自動車専用道路も走れないのがあります。ですが非力すぎて、
    そりゃ、そうだろ
 こう納得してしまうぐらいで、あのパワーでは流れについて行くのは大変過ぎるぐらいです。この辺は歳を取ったのも確実にあります。若ければ非力への不満が嵩じてサイズアアップを考えるでしょうが、
    こんなもんでエエわ♪
 こうなってしまってる次第です。非力と言っても下道の平坦地はちゃんと走ってくれます。峠道では非力さが露呈してしまうのは致し方ありませんが、エッコラエッコラですが登れなかった峠は今のところありません。

 たしかに非力でスピードは出ませんが、わたしとしては飛ばすと怖いバイクです。不安定さが露呈する感じはありませんが、走っていて楽しくない。なんか無理して走らせてる気がしてシンドイぐらいです。

 個人的には法定速度上限ぐらいが一番楽しく感じます。年齢による若気の衰えにマッチしていると言えば良いでしょうか。衰えと言えば体力も確実に落ちていますから、取り回しの良さはまさに、

    軽さは正義
 通勤にも使ってますから日々の足として非力さを上回るメリットがあります。結論としては気に入っています。この手の乗り物は自己満足がすべてですから、終のバイクになるかもしれません。


 ヘタレですから冬はツーリングをしませんが、春シーズンには日帰りの限界に挑戦しようと企んでいます。一つは滋賀県に轍を刻んでみようです。小浜までは二度行きましたが、そこから熊川宿まで足を伸ばし、さらに寒風トンネルの近くまで行けば滋賀になるはずです。

 滋賀と言ってもつま先を踏み出す程度ですが、その辺が限界でしょう。そこから琵琶湖が見えるところまではちょっとです。まあ、そこまで行ってみて余裕があれば、その次にチャレンジ出来たらぐらいです。

 もう一つは但馬の日本海を見てみようです。出石までは皿そばを食べに行っているのですが、そこから日本海までです。こっちの方が心理的に遠いかな。それと但馬の海岸線と言えば但馬漁火ラインですが、唸るほど遠く感じています。

 その前段階として豊岡市街までのステップを踏んでも良いかもぐらいです。市街地走行は好きじゃありませんが、豊岡は思い出の地で、幼稚園と小1の二年間を過ごしたところなのです。

 心の故郷の一つぐらいですが、神戸からならクルマでも遠いので前に行ったのは、えっとえっと、嫌だなぁ、40年ぐらい前になります。その時でも幼い頃とは様変わりしていましたから、今ならなおさらでしょう。

 というか40年前の記憶さえおぼろげです。なんちゅうか、そういうところに行ってみたいと思うのが歳なんでしょうね。バイクもいつまで乗れるかは不確定要素がドンドン増えていますから、この春に行けたら良いなぐらいにさせて頂きます。