渋茶のアカネ:あとがき

 写真家の世界を描いてはいますが、あれは完全なフィクションです。そりゃ、見たことも聞いたこともないからです。唯一の手がかりは旧友が写真でメシを食ってて、

    「写真はシャッター押すだけで撮れるから競争が激しくて」
 この言葉を想像力だけで広げた代物です。ステレオ・タイプの誇張もありますが、その辺はフィクションということで。

 アカネがとりあえずのヒロインですが、作品の後半になるまで容姿に関しては決まっていませんでした。問題の焦点は実は可愛いのか、そうでないかです。書きながら揺れ動いたのですか、女神がその能力を発揮するシーンの小道具に使ったので、ああいう感じになっています。

 そうそうシオリのキャラも姉御肌で決め打ちです。これまでの作品との一貫性の問題はありましたが、これまでは内面からのシオリ像でしたから、外面からはこう見えるでさほど矛盾していないはずです。

渋茶のアカネ:大団円

 及川氏は結局間に合わなかった。日本に帰ったら葬式済んでたんだ。

    「ツバサ先生、ルシエンの夢は結局叶わなかったですね」
    「いや叶った。小次郎はきっと見に来てたよ」
    「えっ」
    「わたしが脱いだ瞬間ぐらいが死亡時刻になる」

 言われてみれば、そんなものかも。

    「写真より生が見たかったんじゃない。ついでにアカネもオマケに付けといたから喜んだだろう」

 やだ見られたかも。

    「及川氏は神だからまた出会うかもしれませんね」
    「出会うかもしれないが、わたしのことを覚えてない」
    「えっ」

 ユッキーさんの話らしいけど及川氏は神であっても記憶は継承しないだろうって。

    「そういうタイプが生き残ってるのは希少例だそうだ。神の存在自体が希少だが、その中でもさらにってところだ」
    「いつ及川氏は神になったのですか」
    「ユッキーが言うには胎児からだそうだ。それと使徒の祓魔師程度なら、なにかキッカケがないと神は眠ったままのことも多いらしい」

 キッカケは父親の急死による急遽の社長就任か。

    「だからツバサ先生はルシエンの夢を」
    「そうだ、神は甦っても小次郎とは二度と会えないからな」

 そうだそうだ、

    「今日はこれからサトル先生とですか」
    「ああ、ドレス合わせ」

 ついにサトル先生は勇気を振り絞ってツバサ先生にプロポーズしたんだよ。ツバサ先生もそれを受け入れたから結婚式の準備中。

    「式はやはり聖ルチア教会ですか」
    「わたしも女だからね」
    「じゃあ、輝く天使のウェディング」
    「そっちにしたかったけど、サトルが微笑む天使がイイってさ」

 どっちでも似合うだろうな。この際だから冷やかしてやろうっと。

    「やった御感想は」
    「あは、まだだよ。アイツは堅物だから、ファースト・キッスは指輪の交換が終わってから、燃えるのは初夜からだってさ」
    「それもロマンチックでイイじゃありませんか」
    「まあな。結婚すれば公認でやり放題だけど」

 ちょっとツバサ先生、あまりにもモロすぎる。

    「ツバサ先生バージン説なんてありましたが」
    「あん、その方が男も喜ぶだろ。この体では初めてだよ」
    「えっ」

 やはり、ツバサ先生をサトル先生はずっと待ってたんだ。

    「でもサトルにわかるかな」
    「わかりますよ。きっと感動してくれるはずです」

 ツバサ先生はニヤッと笑って、

    「女神は技能を受け継ぐのは知ってるね。それだけじゃなく、アレの感度も受け継ぐんだ」
    「じゃあ、加納先生の時からの・・・」
    「技能や感度は記憶の継承がなくとも蓄積され受け継ぐんだとよ。わたしの記憶はまだ百年足らずだけど、アレは一万年だってさ」
    「一万年・・・」
    「ははは、とにかく楽しみにしてる。久しぶりだし」
 ツバサ先生には勝てないな。こりゃ、初夜から燃えまくりになりそう。どう燃えるかはやった事がないからわかんないけどね。早くアカネも男が欲しい、もとい恋人とか彼氏欲しい。

 それにしても、この一年はいろいろあり過ぎた。念願のプロとして専属契約を結べたのにもビックリしたけど、この体もなんなんだ。親にアカネだと認めてもらうのも大変だったんだから。でも、結果オーライかな。来年はどんなことが待ってるんだろう。とにかく犬にだけはなりたくない。

渋茶のアカネ:ルシエンの見る夢

 流木を拾い集めて焚火にしながら夕食。今夜はレトルトのカレー。食べ終わってから、

    「やはり及川氏と」
    「まあな、あの時もここでテント張ったんだ」

 及川氏と付き合って三ヶ月ぐらいの事だそうで、旅行に誘われたんだって。どこに行くのかと思ってたらツバルで、さらにナヌメア環礁に渡ったそうなのよ。今日みたいに荷物を背負い込んでテクテク歩き、海を渡ってここまで来たそうなの。同じようにテントを張って、あははは、一日目はレトルトのカレーだったって。

    「その夜に結ばれたよ」

 それが及川氏とは初めてだったみたい。ロマンチックと言えない事もないけど、かなりディープな趣味だな。さてだけど、ここは景色こそ壮大だけど、なんにも無いところじゃない。こんなところで愛し合う男と女が二人っきりでやる事といえば、生々しすぎるけど、

    「ひたすらやってた」

 それも最初はテントの中だったらしいけど、誰も見てるわけじゃないから、外でやるようになり、声だってあげ放題みたいな感じって、どんだけ。

    「服もいらないって、なってさ」
    「えっ、二人とも素っ裸」
    「そうだよ、やったら砂まみれになるから、海で洗ってさ」

 すげえな。

    「三日目ぐらいになるとさ、変な気恥しもなくなっちゃってさ。裸でいるのが当然みたいになって、頭の中には食欲と性欲しかないって感じだったよ。あれだけやりまくったのはカズ君の時以来かな」

 まだ初体験を済ませていないアカネには少々キツイ話だけど、

    「これがルシエンの夢ですか」
    「そうでもあるが、そうでもない」

 はぁ?

    「小次郎が悔しがってね」
    「なにをですか?」
    「カメラが無かったことをね」

 これも持っては来てたそうだけど、島に渡る時に濡らしてパーにしてしまったって。

    「だからもう一度来ようって」
    「うんうん」
    「その時にね、小次郎が作ったカメラを持ってくるって約束させたんだ」

 そうだったんだ。

    「カメラの名前をなんにしようか話してたんだけど」
    「それがルシエン」
    「当時指輪物語に、はまってたから」

 これで全部つながった気がする。そして翌日。

    「さてと撮影開始だよ」

 そういうや否やツバサ先生は服を全部脱ぎ捨て、

    「アカネもボヤボヤしないで」

 カメラを構えようとしたら、

    「ちゃんと支度をして」

 支度たって、写真を撮るだけじゃない。

    「ここでルシエンの夢を撮るんだよ、アカネも脱ぐんだ」
    「え~」
    「ここはそういう場所、そうならないと本当のルシエンは撮れない」

 待ってよって思ったけど、エエイ仕方がない。でも誰も見てないと思っても勇気いるな。ブラ外す時もドキドキしたけど、パンティ脱ぐ時には震えてた。

    「それでイイ、すぐ慣れる。いや、それが自然になる。行くよ」
    「はい」
 ひたすら撮りまくった。ファインダーの中のツバサ先生はひたすら美しい。撮ってるうちにアカネも自分が素っ裸であるのが気にならなくなってった。それにしても、大胆なポーズだな。あれ見て奮い立たない男なんていないんじゃない。女のアカネでさえゾクゾクするもの。

 きっとあのポーズを及川氏の時にもしてたんだ。そうやって挑発して燃えてたんだ。何度も何度も数え切れないぐらい。そのポーズを写真にするのがルシエン計画だったんだ。翌日は夜明け前から撮影が始まり、朝日をバックに神々しいぐらいのツバサ先生が撮れた。

    「さてわたしも撮るかな」
    「撮るってなにを」
    「アカネしかいないじゃないか」

 ウソって思ったけど、気が付いたらカメラを渡してポーズ取ってた。なんかそうする場所って感じがしたんだ。明日はキャンプを引き払う最後の夜の事だけど。

    「ツバサ先生、サトル先生のことをどう思ってるのですか」
    「あん、社長だ」
    「それだけですか」
    「元弟子、現師匠だ」
    「だから、男としてどう見てますか」
    「三十八歳だろ」

 そうじゃなくて、

    「恋愛対象としてどうなんですか」

 ツバサ先生は、

    「欲しけりゃ取りに来いだ」
    「はぁ」
    「それが男だろ。待ってたって何にも起んないよ」
    「じゃあ」
 翌日には港に戻り、さらにフェリーでフナフティに。驚いたことにエレギオンのビジネス・ジェットはずっと待っててくれたようで、そのまま日本に。なんか物凄い経験をした旅行だった。

渋茶のアカネ:天国に一番近い島

 数日後に、

    「アカネ、海外取材だ」
    「関空ですか、成田経由ですか」
    「いや、神戸から飛ぶ」

 神戸からも国際便は出てるけど、香港ぐらいのチャーター便しかなかったはず。

    「それと二人で行く」
    「二人だけですか」
    「そうだ、オーストラリア・ドルに変えとけ」
    「クレジット・カードがありますから」
    「使えん」

 おいおい、どんな国に行こうっていうんだろ、

    「天国に一番近い島だ」

 なるほど、天国ではクレジット・カードは使えないのか。でもオーストラリア・ドルが使えるってのも変なところだ。

    「で、どこなんですか」
    「アカネに地名を言っても無駄だ」

 ギャフン。方向音痴じゃないけど、地理も苦手。つうか得意科目ってのが、そもそもないんだよね。ホント、カメラの才能があって良かった。バタバタと旅行の準備をして神戸空港に。そこにいたのは、

    「アカネさん、慣れた?」

 ユッキーさんこと小山社長。

    「悪いなユッキー」
    「これぐらい、気にしない。うちの仕事でもあるし。手配は済ませといた」
    「サンキュー」

 そうやって連れていかれると、小型のジェット機が。

    「ユッキーのところのプライベート・ジェットだ」

 ひぇぇぇ、さすがはエレギオンHD。ビジネス・ジェットも持ってるんだ。こんなの一生縁がないと思ってた。へぇ、キャビン・アテンダントまでいるじゃない。

    「ち<ょっと時間がかかるから、ユッキーがサービスで付けてくれた」

 中はさすがに広くないけど、ツバサ先生とアカネ、CAさんとパイロットの四人しか乗ってないからゆったり。ちなみに六人乗りみたい。パイロットも制服着こんで格好イイ。シートベルトを付けてあっさり離陸。

    「ところでどこ行くのですか」
    「ツバルだ」
    「ハマチの小さいやつ」
    「それはツバスだ」

 ツバルはポリネシアにあるらしいんだけど、ポリネシアと言われてもわかんないし、

    「オーストラリアの東、ニュージーランドの北の方って言っても。アカネにはわからんだろうな」

 うん、わかんない。

    「ハワイの近くとか」
    「かなり違う、南半球だ。フィジーとか、トンガとか、サモアに近い」
    「じゃあ、ラグビーが強いとか」
    「強くない」

 まずグァムまで飛んで給油、さらにフィジーまで飛んで給油。こりゃ、遠いわ。どこ飛んでるかアカネにはさっぱりわからないけど、ひたすら機中の人。給油中に空港で手足が伸ばせるのが嬉しい。

    「ツバルって島の名前ですか」
    「いや国の名前だ」
    「大きな国ですか」
    「いや、小さい」

 妙にツバサ先生は詳しいんだけど、総面積が二十五・九平方キロだって。これがどれぐらいだけど、ポートアイランドの三倍チョットぐらいみたい。淡路島どころか小豆島の四分の一ぐらいで家島諸島の一・五倍ぐらいって言われても、行ったことがないからよくわかんない。人口だって一万人ぐらいだって言うから、これは小さい。

    「それって本当に国なんですか」
    「ああ、国連加盟国だ」

 島国もイイところで、九つの島に人が住んでるみたいだけど、どれもがいわゆるサンゴ礁で出来た島で良さそう。

    「首都はフナフティ」
    「スナフキンですか」
    「違うフナフィティだ。そこに国際空港もある」
    「国際空港もあるんだ」
    「週二便だから、普段は子どもが遊んでる」

 週二便で普段は子どもの遊び場って、なんてのどかな。

    「ところでユッキーさんからの仕事って」
    「広報事業の宣伝」

 なんとものどかそうな国なんだけど、一番高いところが標高五メートルしかなくて、地球温暖化たらの影響で島ごと沈んでしまう可能性もあるらしい。その防止事業にエレギオン・グループも協力しているみたい。

    「慈善事業みたいなものだけど、そういう事業に参加しているというのが広報の狙いだよ」

 企業のイメージアップって奴かな。

    「でもユッキーがやってるのは、かなり本格的なものだよ。他から土砂運んできてフナフティの中心部のかさ上げやってるからな」
 なんでもオーストラリアから土砂積み込んで船で運んでるみたい。とにかく国とするにはささやかすぎるところで、政府収入だって八十億円もないみたいで、主要産業は農業と漁業。これだって輸出云々と言うより、自給自足みたいな感じで良さそう。

 後は海外出稼ぎからの送金とか、漁業権収入とか、切手売ったりとか、そうそうツバルの国としてのドメインが『TV』だからこれをレンタルしての収入とからしい。後は海外からの援助かな。

    「観光は」
    「週二回の定期便だからね」

 飛行機でも使わないといけないところだけど、とにかく遠い上に交通は不便。よくまあ、こんなところにエレギオン・グループがって思わないでもない。そんな話をしてるうちについにツラギが見えてきた。

    「ツバサ先生、あれがスナフキン」
    「だからフナフティだって。エエ加減覚えろ」

 なんか漫画の吹き出しの線だけみたいな島が見て、比較的太めの角っこのところに空港はあった。よくまあ、こんなところに無理やり作ったみたいな空港。下りたって誰が迎えに来てくれるわけじゃなく、テクテク歩いてファミレスみたいな建物に。そこが空港ビルらしい。空港ビルを出ると街にはなってるけど、

    「ここが首都ですか」
    「そうだ全人口の半分ぐらいが集中してる」

 半分っても五千人か。空港ビルからテクテクって程でもなく、百メートルちょっとぐらい歩くと白い二階建ての建物が見えて来て、

    「あれが宿だ」

 なんて言うかな、ペンションの出来そこないみたいなところ。アカネはその程度でも全然気にならないんだけど、

    「アカネ、今回はちょっとリッチさせてもらってる」
    「なにがリッチなんですか」
    「ここはツラギでも三ツ星ホテルなんだ」
    「じゃあ、神戸で言えばホテル・オークラみたいな感じですか」
    「日本で言えば帝国ホテルだよ」

 さすがの長旅だったので、この日はメシ食って寝た。翌日はエレギオン・グループの事業の撮影。と言ってもさほどのものがあるわけでなく、半日ほどで終了。だって狭いんだもの、お隣さんを次々に撮って行ったらオシマイみたいな感じ。昼からはツバサ先生とビールを飲みながら、

    「これでエレギオンの仕事はオシマイだ」
    「あれだけですか」
    「そうだよ、あれで全部だからもう撮るものはないし」
    「ところであの荷物なんですか」

 撮影から帰るとなにやら大層な荷物が、

    「あれか? キャンプ用具一式だよ。ユッキーに手配してもらった」
    「キャンプですか」
    「アカネは嫌いか」

 嫌いじゃないけど、それにしても荷物が多すぎる気が、

    「まあな、一週間は最低覚悟してる」
    「い、一週間!」
 ツバサ先生はフナフティではなく他の島でキャンプするつもりみたいなんだけど、渡るのが大変。国営のフェリーがあるというか、国営のフェリーしかないんだけど、これが二隻しかないんだって。

 航路は北部・中部・南部と三つあるんだけど、どれもフナフティに帰ってくるのに三日ぐらいかかるそう。目指すのはナヌメア環礁だそうだけど、これはツバルでも一番北側にあって、順調に行っても次のフェリーが来るのは一週間後になるみたい。

    「ナヌメアにはホテルがないからキャンプしないといけないし、食糧だって持って行った方が無難だろ」
    「そりゃ、そうだけど、どうしてナヌメアに」
    「ルシエンの夢のためだよ」

 翌日にはフナフティを出港。大丈夫かいなって船だけど、とにかく乗り込んだ。フェリーは一日かけてまずヌイタオに、そこで泊って、翌日には目的地のナヌメアに。

    「アカネ喜べ、これだけ街があれば食い物の補給は不可能じゃない」

 それぐらい調べとけって思った。ナヌメアも環礁になっていて真ん中が海。この環礁は長細い感じで、南側が比較的島が広くて人も住んでるけど、北側は無人みたい。ツバサ先生は、

    「さて、歩くぞ」

 道路もあるんだけど、ツバサ先生は礁湖に沿ってまず南側に。すぐに市街は終り、ひたすらテクテク。グルッと礁湖を回る感じでやがて北の方に。とにかく荷物が重いから少々、いやかなり辛い。

    「カメラマンだろ、これぐらいの荷物で苦にするな」
    「どれぐらい歩くのですか」
    「三キロぐらいかな」

 まあそうなんだけど辛いのは辛い。やがて道がなくなるとツバサ先生は浜に降りて、

    「うん、計算通りでちょうど引き潮だ。ここを渡るぞ」

 海の中に、下半身ずぶ濡れになってやっと対岸に。そこからはひたすら浜に沿って歩いていくとかなり広い砂浜。どうも島の北の端みたい。

    「着いたぞアカネ、テントを張ろう」

 テントの設営やら、なんやらキャンプの準備が整って見回すと風景は壮大。礁湖の外側に面してるから、目の前にドカンと太平洋。風景に見とれていたら、ちょっと出かけると言っていたツバサ先生がポリタンに水をくんで来てくれて、

    「ここは水があるのがイイんだよ」
    「どうしてそれを」
    「前に来たことあるからさ」
 そんな感じがしてたけど、やっぱり相手は・・・

渋茶のアカネ:変身騒動

 トンデモないクレイエール・ビル三十階での一夜だったけど、朝、洗面所に寝ぼけ眼で顔洗ってたら、

    「誰ぇぇぇぇ」
 心臓止まりそうになった。そりゃ、アカネに似てるといえば似てるけど、なんかビックリするような美女がボサボサの髪で歯を磨いてるんだもの。それに胸だってツバサ先生ばりにボヨヨヨ~ん状態だから、誰かわかんなかった。

 自慢じゃないけどアカネはAカップ。それも、ブラはアカネが女であることの目印とまで言われたぐらいのペッタンコ。乳首しか存在しないとまで言ったのまでいた。どうにもも肉が付きにくい体質みたいで骨格標本アカネとも呼ばれてたんだ。つまりはガリガリ。

 とりあえず着替えようとしたら大問題が発覚。ブラが入らない。パンティだってヒモパン状態に。Tシャッツはパツンパツン状態でジーンズだって絶対無理。そう、服が全部ダメになっちゃってるのよ。

 買い直さないといけないんだけど、買い直すために着ていく服がない。服がないと部屋から出られないじゃないの。今日は休みもらってるけど、明日は仕事があるし、どうしよう、どうしようと、焦っていたら。

    『ピンポ~ン』

 まずい、こんな時に来客とは。出られないじゃないの。仕方がない居留守を使おう。

    『ピンポ~ン』

 だから居留守でいないって言ってるのに。そしたら、

    『ドンドンドン、アカネ、居るんだろ』

 あの声はツバサ先生。慌てて迎え入れたんだけど、

    「服困ってるんだろ、とりあえずわたしのを使え」

 紙袋をドン。これは助かったと思ったけど。なんじゃ、このドデカイ・ブラは。

    「小さいより、大きい方がなんとかなるだろ」

 たしかに。なんかフィットしないダボダボの服を着込んだら

    「買い物に付き合ってやるよ」

 あれやこれやといっぱい買ったんだけど、

    「これはアカネが払います」
    「イインだ。練習代だ」

 帰りにお茶しながら、

    「ヒドイじゃありませんか」
    「でも綺麗になったじゃないか」
    「そうかもしれませんが、これじゃアカネってわかってもらうのが大変です」
    「あん、すぐ慣れるよ」

 それだけ言って帰っちゃいました。翌朝になってオフィス加納に出勤して、

    「おはよう」

 やっぱり、なんか変な顔をされた。とりあえず自分の部屋に入ろうとしたら、

    「失礼ですが、泉先生にご用事ですか」
    「私はアカネよ、見てわかんない」
    「泉先生のお友だちですか」

 ヤバイ、

    「アカネ先生の部屋に勝手に入ろうとするのがいるぞ」
    「でも美人らしいぞ」
    「美人どころじゃないらしいぞ」
    「ならイイんじゃない」
    「そういう問題じゃないだろ」
    「じゃあ、どういう問題だ」

 物見高いのもオフィス加納。ワッと集まって来て、

    「私はアカネよ、信じてお願い」

 この絶叫も虚しく、

    「名前はアカネさんというらしい」
    「アカネ先生と同じか」
    「でもエライ違いだ」
    「どうせだったら、こっちの方がイイ」
    「でもアカネ先生となんとなく似てないか」
    「お前、眼医者に行った方がイイぞ」

 だから言ったじゃない。その時にツバサ先生の姿が。地獄にキリスト、違う、地獄に阿弥陀さん、なんか違う。難しい言葉は苦手だ、えっと、えっと、シンプルに行こう、捨てる神あれば祟る神ありだ。それじゃ救いようがないじゃないの。

    「ツバサ先生」
    「誰だ、こいつは」

 やると思ったけど、今日はギャグやってる余裕がアカネにはないのよ。こうなりゃ奥の手、

    「これじゃ、今日は仕事が出来ません」

 ツバサ先生の眉毛がピクッと動いて、

    「よく見たらアカネじゃないか」
    「でしょ、でしょ、でしょ」
    「お~い、こいつはアカネだ。ちょっとイメチェンしたから間違うなよ」

 これがちょっとか、

    「な~んだ、そうだったのか」
 それで納得するな! 納得してくれないと困るんだけど、どうもアカネとツバサ先生が仕組んだイタズラと思ったで良さそう。でもだよ、こんだけ顔変わって、スタイルもバリバリ変わってるのに、ここの連中は不思議と思わない・・・だろうな。


 まあ、それでもなんとかアカネと認識してくれて、仕事にも行ったんだけど、どうにも違和感が。とにかく胸が邪魔。とにかく重くて、振り向いても俯いても、体ごと持ってかれる感じ。腹這いになったらもっと邪魔で変な感じ。お尻もそうで、座っても今までの骨にダイレクトに当たる感じが無くて変。

 胸は仕事中だけではなく、何してても邪魔。ご飯食べる時だって下が見難いし、御手洗行ってもそう。帰りには生れてはじめて肩が凝った感じさえある。生まれて初めてと言えば、男の視線がアカネの胸ばっかりに集まってる気がして仕方がない。いや尻にも集まってる。

 一週間とにかく頑張ったけど妙に疲れた。仕事もなんとなくギクシャク。とにかく帰って寝ようと思ったけど、ツバサ先生が、

    「メシに付き合え」

 行ったのは串カツ屋。ビールの飲みながら、

    「どうだアカネ、ちょっとは慣れたか」
    「とにかく胸が大きくて、重たくて大変です」
    「そっか、それぐらいで止めておいて良かったかもしれないな」
    「はぁ?」
    「わたし並にしてやろうと思ったんだけど」

 そういや、ツバサ先生のブラはさらにデカかった。

    「どうしてアカネをこうしてしまったのですか」
    「あん、不満か」

 なんか微妙。そりゃ綺麗になりたかったし、オッパイだってもう少し欲しかったけど。

    「そのうち慣れるよ。あっても悪いものじゃない」
    「とにかく重いですがメリットは」
    「そうだな痴漢に狙われる」

 やだな、これは未体験だ、

    「油断すると襲われる」

 あるかもしれない。これも要注意だな。

    「女たらしにすぐ目を付けられる」

 男を見る目が必要になるんだな。

    「どこ行っても胸と尻をじろじろ見られる」

 これは経験した。ちょっと待った、ちょっと待った、ツバサ先生が並べてるのはデメリットばっかりでロクなことないやんか。

    「アカネは可愛い弟子だ。今までたくさんの弟子を育ててきたが、モノになったのは、ほんの一握り。その中でも最高だったのがサトルだ」

 だろうな。サトル先生の写真は凄いもの。

    「でもアカネはそれ以上だと思う。わたしが追い抜かされるんじゃないかと感じた初めての弟子だ」

 そこまで買ってくれてたんだ。

    「あの時にユッキーが止めたのは、アカネを女神にしようとしたからだよ」
    「アカネをですが」
    「この才能がアカネ一代で終るのが惜し過ぎると思ったからだよ」

 もしかしたら、あの時に不死の神になっていたかも。

    「後でユッキーに説教されたよ。永遠の記憶の放浪者を無暗に増やしたらいけないって」
    「記憶の放浪者って?」
    「不死は定命の人間にとって憧れだが、なってしまうと苦しいことの方が多いんだ。とにかく周囲の人間はみんな死んじゃうからね。わたしだって加納志織時代の知り合いで生き残っているのはごくわずかだ。これは寂しい物だってよくわかった」

 そうかもしれないけど、

    「小次郎の夢を叶えてあげようと決めたよ」
    「ルシエンの見る夢ですね」
    「そうだよ。冥土の土産に持っ行ってもらう。撮るのはアカネだ。今回のはその依頼料と思ってくれ」
    「いつですか」
    「くたばりそうだから、急がないとな。手配はしておく」