続バイクも恋も若葉マーク(第22話)キリギリス

 ミルは南村先輩との関係に決着をつけに行ったんだ。それなりの修羅場を覚悟してたみたいだけど。

「拍子抜けした」

 ミルが別れ話を切り出したら南村先輩は、

『ミルがそれやったら、それでエエわ』

 執着されるよりあっさり切れた方が良いとは言え、さすがに二人で過ごした時間はなんだったんだと思ったそうだ。

「ミノルもハズレ男だって経験したのが収穫かな」

 南村先輩はイケメンだし、デートも楽しかったし、ベッドも良かったんだってさ。こっちがネンネなのを割り引いても、女の扱いは上手だったぐらい。だからミルも夢中にはなったけど、

「どっちかと言わなくても遊び人だろ」

 学生にとって遊びも重要だと思うけど、そっちに傾き過ぎた人ぐらいで良さそうだ。

「ヒモ男の適性も余裕であったんじゃないかな」

 女が男に求めるものは色々あるし、年齢によっても変わって来ると思う。中高ぐらいまでならとにかく見た目と力強さだ。だからあれだけスポーツマンに人気が集まるし、

「どこか不良っぽい空気がある男も熱狂的なファンがいたものね」

 学生になっても見た目重視は続くけど、強さの評価が変わってくる気がする。

「能力評価というか、生活力ってやつかな」

 将来性も濃くなると思う。先輩たちを見てるとそう思うし、カノンたちだって意識し始めてる。

「ぶっちゃけで言うと、女を養える力だろ」

 本音ではそこになるかな。もっと言えば結婚も現実的な話として意識してくるぐらいだろ。夫婦になれば一家を誰が養うかの現実問題だ。共働きは当然としても、

「男を養いたい女はレアだよ」

 少なくとも対等じゃないと困るぐらいかな。大学って何をするところの話もやりだせばキリがないかもしれないけど、

「社会人になるための最終準備の場所であるのは間違いないよね」

 卒業したらそれしかないものね。学生の遊びも社会勉強だし、人生の経験だし、青春の思い出として大事だけど、

「ミノルはキリギリスだった」

 ミルも辛らつだけど当たってるかも。大学時代にそれなりに遊ぶのは誰だってやるよ。カノンがツーリングに熱中してるのもそうだ。だけど何にだって程度がある。遊ぶのは学業を疎かにしない程度が鉄則だ。

 どの程度疎かにしないかもピンキリがあるにせよ、成績が可山優三にも届かないのは遊びも度が過ぎてるよ。彼氏として遊ぶ分には楽しいだろうけど、就活とか卒業が出て来ると化けの皮が剥がれてしまうぐらいかも。

「要領が良いのはホントみたいだけど、あれって苦労を避けてるだけだもの」

 無駄な苦労をやる必要はないと思うけど、とにかく遊びたいから逃げ回った印象しかないな。遊び過ぎた結果が就活を直撃してるけど、

「これからツケを払うんじゃないかな。だって次を逃げたら、ミノルは終わりだろ」

 今の状態だったら、ブラックでも危ないかもだ。下手すれば就職浪人だ。そうなっても大学入試じゃないから、今年より就活条件が悪くなるだけだ。新卒で就活に失敗した人なんて問題児の烙印しか増えないものね。

「キリギリスもわかっただろ」

 現実の厳しさってやつか。わかったから、

「キリギリスの本領発揮だ」

 ミルを捨てて元カノのニンジンに食らいついたってことか。これで元カノとの結婚は決まりだね。良い方に考えれば三星物産に就職できるし、役員である義父の引き立ても期待できるコースだけど、

「キリギリス人間が変わるとは思えないな」

 コネ入社であっても、評価は個人の能力と残した実績になるはず。コネで昇進したって、どこかでメッキが剥がれるはずだものね。

「ツケの支払時期は必ず来るはずだ」

 それとさ、打算の愛じゃない。

「贅沢女もコレクションぐらいに思ってる気もする」

 見た目は良いものね。そりゃ、結婚するならイケメンの夫が欲しいもの。その点では南村先輩は申し分がないけど、

「そのうち両方とも嫌になりそう」

 贅沢女からしたら飽きて来るのはありそうだし、

「そんな贅沢女に頭が上がらない関係だものね」

 他人の事だから、こんな陰口は良くないとは思うけど、ミルを捨てやがった男だから、これぐらいは良いだろ。でもさ、男を選ぶって難しいと思ったよ。カノンだってミルと南村先輩はお似合いだと思ったし、上手くいくと思ってたものね。それぐらい憧れの先輩だったもの。

「ミルもそう思ったから付き合ったけど、良く見えてた部分がメッキの虚飾だったなんてわかんなかった。まだまだネンネだったな」

 しょうがないよ。お互い、田舎出のポッと出だもの。都会の風の厳しさを覚えたぐらいとしか言いようが無いじゃない。それでも出来なくて良かったよ。

「そこなんだけど・・・」

 げげっ、どうして、

「そのうちカノンも経験するよ。どうしたって女は受け身になるじゃない。それにさ、ドッキングしてる時の心理状態って普通じゃなくなるんだよ。そこで求められたら断れるものじゃないし、それよりぶっ放されたらどうしようもないじゃないの」

 ゴムは、

「これも知っておいた方が良いよ。男ってとにかく生が大好きなんだ」

 ゴムを付けるか付けないかも男次第になってしまうのか。避妊は、

「怪しすぎるオギノ式」

 一番アテにならないやつじゃないの。それもギリギリまで生を求められたって危なすぎるよそれ。

「マジでやばかったのは何発もあったもの」

 不幸中の幸いにはなるのだけど・・・えっとえっと、南村先輩ってすっごく激しかったはずだよね、

「だからミルも検査に行ったんだ」

 それって南村先輩はもしかして。

「それも最後の割り切りに入れてたよ。今はいらないけど、やっぱり欲しいじゃない」

 ミルは問題なしだったみたいだけど、南村先輩はどうなんだろ。それより出来てたら、

「堕ろすことになったかな」

 子どもと女をなんて思ってるんだになるのはなるけど、産めば産んだらで話はひたすらややこしくなるのも現実だものね。そうなったらミルが大学を続けるのは難しくなるだろうし、たとえ結婚したって南村先輩はキリギリスだ。

「産むって頑張っても捨てられてたかもね」

 シングルマザーに一直線か。だからこそ避妊に励むものだろうが。

「そこもキリギリスだったってこと」

 ドッキング中にどんな心理状態になるかはやった事がないからわかんないけど、それでもの話じゃない。

「不良債権を横からしゃしゃり出て引き取ってくれたと感謝してるぐらい」

 なんて強い女なんだよ。

「強くないよ。なんかさ、醒めて来ると現実的になっちゃって」

 それを強いって言うんだって。普通は泣き寝入りするはずだもの。

「もう泣くだけ泣いたって」

 ミルに相応しい次の男が待ってるよ。

「それよりカノンの玉の輿はどうなのよ」

 玉の輿じゃなくてまだ幼馴染だって。

続バイクも恋も若葉マーク(第21話)あの日の記憶

 シュンは幼稚園の時にカノンの故郷に引っ越して来てるんだけど、あそこって田舎も良いところなんだよね。田舎ってとにかく血縁と地縁が重視されるとこなんだよ。そういう意味でシュンの立場は微妙だった気がする。

 幼稚園児ですら他所者意識があったものね。じゃあ、シュンが完全に他所者かと言えばそうとも言い切れないぐらい。だってお父さんは故郷の人間だもの。故郷の人間の子どもだって地縁はあるのはある。

 その辺がひたすら煩いのが田舎なんだけど、それより何より生まれ育ったところから、見知らぬ土地にいきなりみたいに放り込まれたシュンが困惑してた気がする。だって誰も知らないものね。

 だからじゃないけど、なんとなく仲間外れにされたのを思い出した。カノンは家がご近所さんだったし、なんかそんなシュンをなんとかしたいって思ったぐらい。たいした事はやってないけど、カノンの友だちグループに入れてあげたぐらいだったはず。

 その辺から仲良くなって、幼稚園が終ってからも日が暮れるまで遊びまくってたっけ。シュンの家にも泊まりに行った事もあるし、カノンの家にシュンが泊まりに来ることもあったもの。女とか男なんて意識する事もなかったから一緒にお風呂も入ったな。

「ホンマに忘れたんかいな。あれは春の遠足の時やった」

 まだシュンが馴染めてない頃だよね。あの時も班分けしたんだけど、シュンはなかなかどこの班にも誘ってもらえず、先生も困ってたのを何故か覚えてる。そこからはあんまり記憶に残ってないけど、

「あん時は町民公園に行ったやん」

 幼稚園の近くの公園だね。あんなところに行ったっけ。あの頃はあそこでも遠足だったんだ。

「あそこでもオレはハブられたままで、一人でおってんよ。子ども心にも辛かったんは今でも覚えてるわ。誰も遊んでくれへんねん」

 ん、ん、ん。なんかそんな事があったような。一人で俯いて座ってたシュンをなんとかく覚えてる。でもあの遠足では何もなかったような。

「遠足の間はな。そこから家に帰るやんか。もう幼稚園なんか二度と行きたくないって泣いとってん」

 その時にカノンの記憶が呼び覚まされた。そんなってるシュンを見たんだよ。なんかすっごく可哀そうになって、声をかけて一緒に帰ったはず。

「やっと思い出してくれたか。あの時にカノンは、これからはカノンが一緒だから泣かないでって言ってくれたやん」

 そうだっけ。とにかく泣きじゃくってたから、あれこれ慰めの言葉をかけたと思うけど、

「そうやオレはひたすら泣いとった。それぐらい悲しかってん。そやけど、最後に最後に、カノンがお嫁さんになるから泣かないでって言うたやんか」

 えっ、あっ、そっか、そっか。あのちょっと前に親戚の叔母さんの結婚式があったんだよ。結婚式ってなんだろの世界だったけど、花嫁姿の叔母さんがすっごく綺麗に見えたんだ。どうしたらカノンもああなれるのってお母さんに聞いたら、

『カノンもああなれる日が必ず来るのよ。そしたらね、みんな幸せになるんだよ』

 お母さんの説明も雑だってけど、幼稚園児相手だからあんなものかな。だからそんな事を言ったとしてもシュンは根本的に誤解してる気がする。あれはシュンと結婚するために花嫁になるのじゃくて、花嫁姿になったらシュンも含めてみんなが幸せになるって意味ぐらいだったはず。

「あの日からカノンは仲間に入れてくれたし、ずっと一緒に遊んでくれたやん」

 それは事実だけど、

「あれから七年の付き合いを積み重ねたやんか」

 そこは待っただ。もしかしてだけど、あんだけ、なんだかんだとカノンを引っ張り込んだのって、

「オレの花嫁さんやんか」

 このマセガキが! あんなものが愛の告白で、あれで恋人同士になったでも言うつもりか。

「さすがにあれを愛の告白と受け取るには幼なすぎたわ。そやけど高学年になったらかなり意識しとってん。オレは絶対にカノンと結婚するんやって」

 どんだけマセてるんだよ。それもこれもシュンが引っ越したから終わった話じゃないの。

「あれはショックやったわ。毎日のように会うとったカノンに会えんようになったからな。しばらくは泣いて暮らしとった」

 ホンマかいな。今のカノンでもこんなものだけど、あの頃のカノンはもっともっと田舎のイモの子だったんだぞ。聖稜にだって可愛い子はいくらでもいただろう。

「それは否定せん。付き合った子もおるわ」

 ほら見ろ。ちゃんと青春を謳歌してるじゃない。シュンは聖稜でも文武両道のアイドルみたいなものだから、いくらでも選り取り見取り出来たはずだ。

「まあそうやった。そやけどな、高三の大怪我で彼女にも捨てられた」

 そうだったのか。たぶんサッカーのスターのシュンに惚れてたんだろうな。あの頃なら学業よりスポーツが出来る方がモテてたものね。プロサッカー選手の嫁の夢でも見てたのかな。

「そんな感じやったわ。それから落ち込んで勉強もせんかってんけど、そん時になぜかカノンを思い出したんや」

 ほら見ろ、完全に忘れてるじゃないの。

「オレにはカノンがいたんやってな。そこからなんとか踏ん張れて港都大に滑り込めたぐらいや」

 なんか作り話の気がするけど、

「ほいでも大学に行ってもカノンはおらへんやん」

 いる方がおかしいだろ。港都大なんか逆立ちしても入れるもんか。

「そこから物凄い後悔してん。カノンという花嫁がいるのに浮気した大馬鹿野郎だって。あの怪我だって天罰だってな」

 祟り神みたいに言うな。カノンは何にもしてないぞ。

「神はオレを見放さんかった。それがあの合コンや。どや、完全無欠のカップルや」

 あのね。恋愛ドラマの主人公になってる気かもしれないけど、この話って小学校卒業の時点で完全に切れて終わってるじゃないの。どう考えたって幼稚園からの七年間はノーカンだ。ホントに想い続けてるのなら他の女と付き合うはずないだろ。

「そうや、あんなことしたからオレは報いを受けた」

 勝手に悲劇のヒーローになるな。シュンの怪我には同情するけど、カノンは断じて関係ない。念のために聞くけど、もし怪我がなかったらシュンはどうしたかったの。

「仮定の質問にはお答えできません」

 仮定は仮定だけど、かなりの確率で起こる可能性があったことだし、怪我する前には決めてたはずだ。とっとと白状しろ。

「そんなもんサッカーや」

 やっぱり。ヴィッセルだったの?

「いやFC大阪から誘われとってん」

 あそこってJ3だよね。

「サッカーは移籍が緩いさかい、FC大阪から成績次第でナンボでも上に行ける」

 もしそうなっていたら、その元カノと。

「その気やった」

 目噛んで鼻噛んで死ね。怪我さえ無かったら、今ごろはその元カノとラブラブで、カノンなんて思い出しもしてないよ。なにが七年の積み重ねよ。記憶の彼方の単なる幼馴染じゃないの。

「そうなったかもしれんかったけど、運命の糸車はカノンや。あの怪我も、港都大に入ったんも、あの合コンで再会したんもすべてそうやんか」

 あのね、世界はシュンを中心に回ってないんだって。シュンから見たらそうかもしれないけど、カノンはシュンの衛星じゃないんだから。

「それが運命や」

 勝手に巻き込むな。でもまあ、シュンの屁理屈も少しは理があるな。高三の時の大怪我が無かったらそもそも再会してないんだよね。それこそ高校の時の元カノと宜しくやっていたはずだ。

 そうなっていても嫉妬の対象にすらならないよ。こっちだってシュンは完全に過去の人だから、そうだな、スポーツニュースでシュンの活躍を知れば、そんな幼馴染がいたっけと思い出す程度だろ。結婚記事があっても同上だ。

 だけど再会してしまったのも事実だ。まだ三回目だけど、シュンはカノンに好意を持っている、カノンだってそうだ。これもまた運命ぐらいに言えるかもだ。そうなると問題点は、モブ男からイケメンに変身してしまったシュンになってしまう。

 これってシュンが聖稜時代に戻ったと言えるんだよ。小学校時代もそうだったけど、こうなったシュンにはライバルがとにかく多すぎる。今の時点だけならカノンが優位だけど、コンチクショウ、幼馴染の彼女のカノンが見違えるように美しくなってないのよね。

「で返事は?」

 またツーリングに行っても良いよ。

続バイクも恋も若葉マーク(第20話)黒滝

 遊歩道を歩くと言うほどもなく、あれか。これって滝って言うのかな。黒滝の黒の由来は岩が黒いからで良さそうだけど、

「この滝は横に長いのが特徴やそうや」

 遊歩道から滝の方に下りる石段が整備されてるから下りて行ったんだけど、たしかに横幅はあるな。案内板によると幅が三十メートルもあるんだって。落差だってあれで四メートルもあるのか。

「小さなナイアガラの滝ってとこやろ」

 ナイアガラって・・・あれも横長か。日本では珍しいんだって。見ただけで絶句するクラスじゃないけど、珍しいものをお手軽に見れるのは嬉しいな。だけどインスタ映えとしてはイマイチかも。岩が黒いのもそうだけど、なんか滝壺の水が濁ってるよ。

「滝は清流ってイメージがあるもんな」

 ここのところ雨は無かったはずだけどどうしてだろう。それでも、こういうところを見に来るのがバイク乗りだし、ツーリングだ。来れて良かったな。さて腹減った。

「道の駅に行こか」

 そうだね。ここは温泉も温水プールもあるのか。レストランはこっちだな。あちゃ、行列が出来てるぞ。なんとしろ。

「話相手やったらしたるで」

 なんかこんな感じで滝を見に行ったことがあったよね。

「自然学校の時やろ」

 あれも楽しかったけど大変だった。あの時もシュンと一緒だったし、校外学習の時もそうだ。修学旅行も無理やりみたいに班に引きずり込まれたもの。そう考えると、カノンの小学校の思い出はずっとシュンとセットにされてた気がする。

「セットにされたってなんやねん。ずっと一緒だったぐらいにせんかいな」

 あのね、自然にそうなったんじゃなくて、シュンが強引にセットにしたんだろうが。そんなことを話してるうちに順番が来た。まだ肌寒かったから、きつねうどんにするか。あれっ、シュンは何に怒ってるの。

「怒ってへんわい。ここは黒滝の駐車場でもあるやんか」

 黒滝への案内看板もあったものね。歩いて十五分はちょっと微妙な距離だよね。

「そやのになんできつね蕎麦やねん」

 蕎麦に油揚げならたぬき蕎麦だって言いたいのか。うどんに油揚げは全国どこでもきつねうどんだと思うけど、たぬき蕎麦はバリエーションがあるみたいだよ。関西では蕎麦に油揚げが一般的だけど、東京ぐらいなら蕎麦に天かすだって聞いたことがあるもの。

「ここは関西やんか。そやったらたぬき蕎麦やんか」

 そっちの方が関西では一般的だけど、要はどんな蕎麦がわかれば十分じゃない。

「そうやねんけど、ここではたぬき蕎麦にせんとおかしいやんか」

 妙なこだわりだな。それってもしかして、案内板に書いてあった民話のこと。

「そうに決まってるやん」

 この民話だけど黒滝に万八狸が住んでいて、市野瀬にお万狐が住んでいて、この二匹が化け比べをする話が始まりになる。これがこの辺の田んぼに大きな被害をもたらしたから、お百姓さんが怒って懲らしめる展開になるんだよ。

 その懲らしめ方にオチがありそうなものだけど、この民話は変わっていて狸も狐もすっごく反省して、それからは村の人々の役に立つように頑張り続け、亡くなった時に村人たちは万福大明神って祠を建てたぐらいの話になってる。

「そうなってるんやが、黒滝を訪れたカップルは幸せになれるってなっとるねん」

 狸と狐で夫婦になったのかな。

「民話では仲良く暮らしましたとなっとるけど、どう考えても狸の名前の万八は男やんか」

 狐のお万は女だよね。だから黒滝を訪れたカップルは幸せになれるになってるはず。

「ここは無理やりにでもカノンにきつねうどんを食べてもらうつもりやってん。ラッキーなことにきつねうどんにしてくれたやんか。そやのになんでたぬき蕎麦があらへんねん」

 何に怒ってるのかと思えばそんな事なのかよ。別にたぬき蕎麦を食べなくても、二人で黒滝に行ったから、それで幸せになれる・・・・待った、待った、ちょっと待った。幸せになるカップルってカノンとシュンって事なの。

「他に誰がおるねん」

 黒滝には他に誰もいなかったな。

「カノンに再会したんは合コンやんか。合コンは彼氏彼女を求める場やろが。そこでマッチングしたやんか」

 結果的にはそうは見れるけど、

「連絡先交換してデートに応じてくれたやんか」

 そりゃ、幼馴染だから連絡先ぐらい交換するし、日を改めて話ぐらいするだろ。

「さらに二度目のツーリングデートも来てくれてるやんか。これでカップルやなかったらなんやねん」

 ツーリングに応じたのは、シュンがモンキーでマスツーしたいって言ったからじゃないの。あのね、女と男の関係の段取りをどんだけすっ飛ばしてるんだよ。こういうものは積み重ねがあって、

「段取りも積み重ねも七年あるやんか」

 はぁ、それってシュンと過ごした幼稚園から小学校の七年間だよね。あれがそうなら、あの頃の同級生の女の子は全部そうなるじゃないの。

「ならへんわ。忘れたとは言わせへんぞ」

 あのね、シュンとは仲が良かったのは認めるよ。だけどそれはあくまでも同い年の友だちとしてだ。あの頃はまだ小学生だし、幼な恋のカケラさえなかったじゃないの。ましてや七年となったら幼稚園児だぞ。好きだの惚れただなんか出る訳ないだろうが。

「カノン、ホンマに忘れたんか」

 おいおい、そんなマジな顔で言うなよな。なんか、あったっけ。

続バイクも恋も若葉マーク(第19話)シュンとのツーリング

 コンビニ駐車場で待ち合わせだ。あのモンキーだな、

「おお来たか」

 固まった。モブ男じゃなくなってる。

「久しぶりに散髪したんや」

 シュンの顔ってこうなってたんだ。小学生の頃の面影はあるけど、ぐっと精悍になってる気がする。この顔で合コンに来ていたらシュンだと確信できてたか、これはこれで自信がないよ。こんなシュンだったら合コンの一番人気で奪い合いになってたはずだ。

 だって精悍な美形で、背が高くて、体が引き締まっていて、港都大の学生だ。カノンなんて弾き飛ばされたに決まってるじゃないの。

「カノンのインカム出してや」

 調整してくれたけど、相変わらず手際が良いな。シュンは手先も器用で、図工も得意だったものね。木工でタワーを作る課題の授業があったんだけど、シュンが作ったポートタワーはあまりにも見事で学校の玄関のところに飾られてたもの。

「あれって今でもあるんやろか」

 さすがに無くなってる気がするな。だってあの小学校自体がもう統合されちゃったからね。

「そうやったんか」

 出発になったけど、やっぱり新神戸トンネルか。箕谷から、げげっ、岩谷峠に回りやがった。この峠もキツイのよね。

「そう言うたら、前にネズミ捕りしとったで」

 こんな道でって思ったけど、ここって、そこそこ交通量はあるし、峠が好きなバイク乗りも集まって来るのよね。シュンは捕まらなかったの?

「フルパワーで登っとったから冷や汗かいたけど、モンキーで良かったわ」

 ぎゃふん。モンキーだって捕まえられるぐらいのスピードは出せるはずだけど、捕まったのはシュンが懸命になって追いかけてた前のクルマだったみたい。岩谷峠って北側の方が険しい感じがする。

「そやな。あのヘアピンはモンキーの腕を試されるとこや」

 峠道のヘアピンって、あるだけで急勾配の証みたいなものだけど、あそこってヘアピン部分の勾配もエグイし、曲がった後もキツイなんてものじゃない。今日は下りだけど、

「ガードレールとファーストキスはシャレにならへんで」

 あのね、どうしてカノンのファーストキスがまだだって決めつけるのよ。合ってるのがコンチクショウだけど。峠を下ると淡河だ。ガソリンスタンドとか、道の駅とか、コンビニとか、饅頭屋さんが集まってるところだ。

「淡河本陣もあるさかい、江戸時代から淡河の中心地やってんやろな」

 ほほう、淡河本陣を知ってるとは、港都大なのもダテじゃないな。もっとも、カノンは淡河本陣に行った事あるから勝ったな。

「なんの勝った、負けたやねん」

 ここからしばらくは丘越えのカントリーロードなんだ。カノンも知ってる道だからリラックスして走れるな。なんかさ、こんな感じでシュンと走ったことがあったよね。

「あったな」

 自転車を買ってもらったんだ。あれって小学生なら急に世界が広がる乗り物だった。それまでは歩いて行ける範囲しか知らなかったけど、自転車があればもっと遠くに行けるんだもの。

「学年が上がったんもあるけどな」

 あれって三年生の時だよね。シュンに無理やりみたいに誘われてサイクリングに出かけたのよ。

「オレを諸悪の根源みたいに言うな。カノンかって大乗り気やったやんか」

 てへへへ、そうだった。案を持ち出したのはシュンだけど、後押ししたのはカノンだったもの。目指したのは町はずれにあった道の駅だ。まだ出来たばかりで、その頃の目玉スポットみたいなとこだったぐらい。

「あれは残っとるよな」

 今でもあるよ。クルマで行けばたいした距離じゃないはずだけど、小学三年の自転車だったら遠かった。十キロぐらいあったんじゃないかな。途中に峠道みたいなものもあって、

「押して上がったな」

 あれだって今ならちょっとした丘越えぐらいだけど、なんとかたどり着いたって感じだった。でもなんにも考えてなかったね。

「道の駅がどんなもんかもよう知らんかったもんな」

 お昼ぐらいに着いたのだけど、食事のことをなんにも考えてなかったんだよ。

「お小遣いは持って行っとったで」

 あれも笑っちゃうけど、二百円ぐらいだったはず。なんか道の駅さえ到着すれば、なんとかなると無邪気に思ってたんだよ。

「なんも買えるもんがあらへんかった」

 自販機のジュースぐらい買えたはずだけど、もったいなから水飲んでたものね。レストランなんて論外だもの。仕方がないから戻ったんだけど、

「あの峠でヘバッてもた」

 お腹は空くし、しんどいわで座り込んじゃったもの。でもあの時さ、シュンが励ましてくれたんだ。それでなんとか帰れたぐらい。

「大冒険やったな」

 あの時も前を走るシュンの背中をこうやって見てた気がする。

「前やったから当たり前や」

 そうなんだけど、なんかシュンに付いて行けばなんとかなるって思ってた。ところで黒滝ってどの辺になるの?

「道の駅よかわのもちょっと東側やそうやねん」

 あの辺か。

「そやけど、案内看板が出てへんらしいねん」

 どんな秘境に行くつもりなんだよ。案内表示がないのは正確じゃないみたいで、美嚢川を渡る橋のところに小さなものがあるのはあるそうだけど、

「バイクでも停めにくいみたいやねん」

 だからバイクで近づくには、もう少し先のところを右に入れば良いらしいけど、こっちには案内表示がないみたいなんだ。こういう時こそナビだろ。

「カノンが載せろ」

 そのまま熨斗を付けて返してやる。案内する方が載せるのが平安時代から決ってるのを知らないのか。

「平安時代にナビもスマホもあらへんで」

 屁理屈を捏ねるなこの野郎。とりあえず道の駅で休憩して作戦タイム。ナビを確認すると、二つ目の橋を越えてすぐみたいだ。

「JAのライスセンターが見えたら行き過ぎやな」

 二つ目の橋のところにある小さな案内表示は見つけられたけど、どこだ、どこだと思ってるうちに、

「あれはライスセンターや。その辺でターンするで」

 どこだったんだろ。今度こそって注意してたんだけど

「橋に来てもた」

 またまた作戦会議だ。橋から河原に下りられて、遊歩道も見えるから、目指す黒滝はその辺なんだろうけど、ここにいくらバイクでも停めておくのはマナーが悪すぎる。

「橋の次の道を曲がってみるで」

 それってあそこなの。

「距離からしたらそんなもんのはずや。もし違うとったら次の道や」

 虱潰し作戦かよ。ここまで来てるのに行けないのは悔しいものね。いざ三度目のトライだ。

「これ入るで」

 見るからに怪しそうだぞ。舗装こそしてあるけど、これって農道だ。川に向かって続いてそうだけど、

「あったで、これや」

 なんか無理やり作ったみたいな広場と言うか、グランドみたいなものがあるけど、その入口の所に黒滝の駐車場案内が出てるぞ。なになに、山田錦の郷って道の駅よかわの事だよね。あそこに停めて歩いて来いってなってるじゃない。

「みたいやな。そやけどオレらはモンキーや。こんだけあったら余裕で停めれるわ」

 そっか、そっか。道の駅よかわから歩いて来る前提だから、橋の上にだけ案内表示があったのか。それも歩いてくる人用だからあれぐらいで十分って事だろうな。こっちに何の案内表示も無いのは、

「こっちから来られたら迷惑ってことでエエみたいや」

 この辺は来て見てやっとわかる事だな。さて行くぞ。

続バイクも恋も若葉マーク(第18話)そんな事って・・・

 とりあえず南村先輩は全敗状態なのか。山学ブランドで可山優三未満じゃやっぱり厳しそう。とは言え就職浪人なんてなれば、もっと不利になるって聞いたことがあるよ。こういう時だけど裏技があるのを聞いたことがあるけど、

「あえて休学ぐらいして就活をやり直すだろ。けどさ、そんな事したって可山優三未満の内申は良くならないよ」

 言われてみたらそうか。単位って取り直しなんて出来ないはず。今から休学したって、上げられるのは四回生の分だけだ。それだって、

「そういうこと。就活の内申には無関係」

 就活の内申って、実質三回生までの評価になっちゃうんだな。まさか退学して一回生からやり直すってのも無理があり過ぎる。

「内申ってさ、そこまで重視されないのよ。使われるのは余ほどのハズレ学生のチェックかな」

 あちゃ、南村先輩はモロじゃない。これを埋め合わせるには入社試験とか、小論文とか、面接しかないはずだけど、

「入社試験と言っても大学入試と使われ方が違うのよね。もちろん会社によって違うだろうけど、そうだな、学歴と基礎学力が懸け離れていないかとか、社会常識にあまりに欠けた人間ではないかとかの区別のとこが多いらしい」

 ブランド大の学歴のなかのハズレ排除のためか。小論文は、

「あれは社会人としてちゃんとした文章が書けるかどうかを見るためだって」

 会社員になったら書類仕事は多そうと言うか、これがまともに書けないとお荷物にしかならないのか。ならば面接だ。面接なら南村先輩なら得意そうじゃない。

「あのね、面接まで進めるのは、学歴、内申、入社試験、小論文をクリアできた者だけだって。ミノルなら入口の学歴と内申で撥ねられるだろ」

 冷たいぞ。彼氏じゃないか。南村先輩なら掘り出し物のベンチャー企業を探し当てるはず。

「とりあえず東京の方にも手を広げてるみたいだけど・・・」

 関西だけでは危なそうだから東京も狙うぐらいか。やっぱり東京の方が懐は広そうだけど、

「ああそうだよ。競争相手もゴッソリいるけどね」

 ミルはどうするの。

「どうするもこうするも、恋人でも就活で出来る事は邪魔しないぐらいしか出来ないじゃない。だけど嫌な話を聞いちゃって・・・」

 それってホントなの。就活は企業にエントリーするのが王道だけど、裏口もあるのよね。いわゆるコネ入社ってやつ。親戚とかが多いけど、まさか元カノとヨリを戻したって言うんじゃ。

「どうにもそうで良さそうだ」

 南村先輩には元カノがいるのだけど、これがエレベーター組でさらにお嬢様だ。

「あれはお嬢様じゃないだろ」

 お嬢様の定義が清楚であればね。学内でも有名な派手な贅沢女だ。いわゆる歩くブランドタイプってやつ。これは裏返せば、それだけのブランドを買えるだけの実家があるからになるけど、

「三星産業の役員のお嬢様なのよね」

 南村先輩もあまりにカネがかかり過ぎるから別れたって話だったけど、元のカノの方はかなり執着してたってとこまでは聞いてる。それって、就活に困った挙句に、

「どうにもそんな気がして来てる。だってさ、ヨリを戻せば三星産業じゃない」

 筋書的には成立するか。元であっても恋人関係にあったし、別れても元カレに執着してたみたいだし、トドメは就活大苦戦だ。そこにコネ入社のニンジンをぶら下げられて復縁を迫られたら・・・

「それで良いはず。だって下宿に来るのをあれだけ嫌がってるんだもの」

 それって同棲話が出た時の。

「たぶんね。あの頃から関係が復活して通い妻状態の気がするのよ。もう半同棲になっていてもおかしくないかも」

 でも噂を信じるのは良くないよ。

「噂の裏付けだってあるよ」

 ミルの友だちが偶然出くわして撮ったそうだけど、これって元カノと南村先輩が腕を組んで歩いてるじゃない。ミルの顔が・・・

「短かい夢だったよ。ミノルは贅沢女の元カノの反動でミルを選んだと思うのよ。田舎出のポッと出だから癒しの意味だったんだろうな。だけど就活の現実の前に裏切ったんだよ」

 ミル・・・

「あははは、ミルの中では割り切ってるよ。ミノルはここで就職できなければ終りみたいなものじゃない。山学を劣等生で卒業して、就職浪人なんてやらかしたら結婚なんて夢のまた夢じゃない」

 就職浪人までいかなくても、たいしたところに就職できないだろうな。でもさぁ、元カノのコネ入社が決まってたなら就活なんて必要なかったはずだけど、

「あれが最後のミルへの想いだったかもだ。自力でそこそこの就職が出来ればミルを選びたかったんだろ。けどさぁ、そんなもの許せるものか。だってだぞ、既に保険をかけてるじゃない。二股男はゴメンだよ」

 そうなってる。ミルが恋人としていて、そこから奪い返しに来てる元カノと攻防戦をやってる状況じゃないものね。それもその頃からだとしたら、

「完全に浮気だ。それを飲み下せるほどミルの心は広くない」

 カノンだってそうだし、そんなもの認めたり許せる女の方が少ないだろ。

「仮に奪い返すにしても、三星物産の壁は分厚すぎる」

 泣きじゃくるミルを朝まで慰めるしかなかった。