アカネ奮戦記:恋心

 仕事場以外のアカネ先生は明るくて、楽しくて、お茶目で、優しくて。なにより驚かされるのは、あの若さ。

 ボクより十歳上のはずですが、どこをどう見ても年下、それじゃ足りない、二十歳過ぎにしか見えません。化粧で誤魔化してるわけじゃなく、仕事の時はほぼスッピンです。それでいて、皺一つ、シミ一つありません。

 これもオフィス加納の七不思議の一つですが、アカネ先生だけではなく、ツバサ先生も、マドカ先生も異常に若く見えます。マドカ先生で四十歳、ツバサ先生は四十三歳になられるはずで、お子様だっておられるのに、アカネ先生と並んでも若さは殆ど変わりません。

    「ああそれ、加納先生もそうだったらしいよ」

 故加納志織先生は『世界の巨匠』とまで呼ばれ、このオフィスを作られた偉大な写真家ですが、八十歳を越えても二十代半ばにしか見えなかったとされます。いくらなんでもと思いますが、加納先生の最後の弟子であるサトル先生が、

    「間違いなくそうだった」

 こう言うのですから、そうかもしれません。ボクがアカネ先生を師匠に選んだのは、その卓越した作品を見てです。女としてはどうかですが、年上趣味はなかったですし、十歳も上ですから意識はしていませんでした。初めて顔合わせしたのは面接の時ですが、アカネ先生は少し遅れて入って来られまして、

    「アカネ遅いぞ」
    「すみません」
 その時に釘付けになってしまいました。ツバサ先生も美しいのにドギモを抜かれていましたが、ツバサ先生を女神とすればアカネ先生は天女に見えたのです。顔は綺麗なだけでなく人を惹きつける魅力があります。

 スタイルは、スリムなのにダイナマイトとしか言いようのない素晴らしいものです。この世にこれほど素敵な女性がいるとは信じられない思いです。さらにその仕草の一つ一つが可愛らしいこと。声だってウットリさせられます。


 アカネ先生の指導は甘くありません。出来ない事は徹底的に教え込まれます。それも完璧に出来るまでです。ボクもプロの自負がありましたが、アカネ先生が求められているものは、そんな自信を粉々に打ち砕くほどのものでした。

 他の弟子たちにも脅かされまくったアシスタント業務ですが、ボクも逃げ出したい気持ちがありましたが、あれを耐え抜けたのは師匠がアカネ先生であったからです。状況は悲惨そのものでしたが、必ずマン・ツー・マンの指導時間があります。

 その時間がボクを踏みとどまらせてくれたと思っています。そうなんです。ボクはアカネ先生に恋しています。あれ以上の女性がこの世に存在するとは思えません。

 アカネ先生に近づくためには、アシスタント如きで脱落する訳には行かないのです。ここで逃げ出すような男にアカネ先生を恋する資格なんて、そもそもあるはずないじゃありませんか。

 とにかく弟子なので、仕事が始まればアカネ先生に金魚のフンのように付いて回ることになりますが、こんな楽しい時間は他にありません。そして見れば見るほど、話せば話すほどアカネ先生に惚れこみ、溺れこんでいる自分がいます。それぐらいアカネ先生は魅力的なのです。


 一緒にいるのでわかるのですが、アカネ先生は独身、さらに恋人はいないようです。それどころか、

    「アカネ、男はまだか」
    「まだですよ~だ」
 とにかく入門してから二年ほどでプロとして認められ、渋茶のアカネとして大ブレーク。ブレークはデビューしてから留まるどころか、日本を越えて世界中から仕事のオファーが舞い込みます。

 さらに仕事熱心です。それこそ、ちぎっては投げ、ちぎっては投げで、猛烈な速度で仕事をこなしていかれます。では粗いかといえば、そうではなく、大げさに言えば仕事を重ねた分だけ、次々に新たな世界を広げていく感じです。

 ただあれだけ忙しいと、恋愛に費やす時間はないのかもしれません。だってですよ、あれだけ素敵な女性が未だに結婚もされていないと信じられますか。もちろん結婚に興味がなかったかもしれませんが、ロクロク恋人の一人も出来た事さえなさそうなんです。

 さらにですが、まだ未経験の可能性すらあるのです。とにかく仕事場以外はあけすけのオフィスだもので、ツバサ先生はモロに、

    「アカネ、イイ加減に経験しろ」
    「一万年もやりまくりのツバサ先生に言われたないわ」

 一万年の意味はわかりませんでしたが、可能性は十分あります。なんとかしたい。なんとかして、アカネ先生をボクの手で幸せにしてやりたいのです。でも、

    「アカネ、タケシぐらいで手を打ったらどうだ」
    「あのね、タケシは弟子なんですよ。弟子にイチイチ手を出してたら体がもちません」
    「う~む、体はもつが」
    「だから百二十人も取っ換え、引っ替えするほどアカネは好き者じゃありません」
 ここもツバサ先生へのアカネ先生の皮肉の意味は不明ですが、今のところ、ボクを男として意識してくれる気配はゼロです。ただ意識しているボクの方は大変です。だって、撮影現場ではTシャツ一枚で、暑い時には汗だくになって撮影されます。

 アカネ先生は白系のTシャツが好きみたいで、そこに下着がくっきり見えてしまうのです。さらに夏になると短パンも愛用されますから、綺麗すぎる素足が見えてしまい、目のやり場に困ります。

 とにかく今は弟子ですし、その力量差は歴然です。これを詰めないとアカネ先生との距離を縮めることさえままなりません。当面の目標は個展です。オフィスではプロとして認める最終試験に個展があるのです。

 これを開くには、個展を開くのに相応しい力量を身に付けなければなりません。これを一刻も早く見に付け、個展を開き、プロとして認められたその時に、ボクはアカネ先生に挑戦するつもりです。ですが現状は、

    「だから、ありきたりはダメだって。こんなものは誰でも思いつくし、誰でも撮ってるよ。やり直し」
    「師匠の技術を盗むのは弟子の仕事みたいなものだけど、コピーは絶対にダメ。自分の血と肉にして使いこなすのよ。これじゃ、ただの猿真似。やり直し」
    「だから、説明は要らないの。写真は一目でわからせるもの。あれこれ能書き聞いて納得するものじゃない。やり直し」

 これもオフィスに入ってわかったのですが、一人前と認められる水準は、他の写真家の追随を許さない、自分の世界を切り開くことのようです。

    「それがツバサ先生のよく仰られるプロの壁ですか」
    「そうだよ。サトル先生も大変な思いをして乗り越えたみたいだし、マドカさんの時は大騒動だったんだから」
    「アカネ先生は?」
    「アカネは通り過ぎた」

 さすがです。

    「ツバサ先生は?」
    「壁の先からスタートしてる」

 どういうこと。

    「ここのオフィスには不思議なことが、いっぱいあると思うけど、あんまり深入りしない方がイイよ。アカネも手を出して大変な目に遭ったんだから」
 とにかく今は目指せ個展で、その先にアカネ先生がきっといると信じて頑張ります

アカネ奮戦記:思い出話

 今日のアカネはツバサ先生と一緒に商店街の串カツ屋さんに。オフィス加納というか、ツバサ先生の方針で弟子の数は師匠に付き一人か二人にしてる。師匠はサトル先生とマドカさんがいるから合計四人だから、弟子の数は最大で八人になる事になる。もっとも最大なんていたことなくて、だいたい五~六人ぐらいかな。どうしてこの数にしてるかだけど、

    「数抱えた時もあったが、本気で育てるならこの方式が良い」

 ツバサ先生のこの言葉は裏も表もないんだ。機材の準備もそう。これも独立した時に一人で出来るようにするためのもので、その日の撮影予定から必要な機材を考え準備させるんだ。撮影機材は重いのが多いから、持って行きすぎると荷物になるけど、足りなければ、

    『それが無いのだったら撮影中止、帰るぞ』

 ここまでやられることもある。アカネも一度ぐらいは撮影中止事件を起こしてる。

    「ウソつけ、片手を余裕で越えてるぞ。だいたいだぞ、室内撮影に化け物みたいな望遠だけ抱えてきたりとか、魚眼レンズだけってのもあったぞ・・・」
 カメラバッグごと忘れた時には、ロケ先でさすがのツバサ先生も怒るのを通り越して唖然としてたもんね。よくあれで破門にならなかったか今でも不思議なぐらい。


 撮影現場ではアシスタントから始まるけど、この段階が一番つらい。誰がどう見ても自分が現場の足を引っ張っているのは丸わかりだし、そのために撮影スケジュールが遅れるだけじゃなく、

    『今日はここまで。明日もこの続きをやる』

 こう言われたら申し訳なさと、絶望感しか出て来ないんだ。アカネも何日か撮影を遅らせたことがある。

    「アカネ、見栄張るな。アカネの時は休日が全部潰れても追いつかず、納気が遅れるクライアントへの釈明でスタッフが総出で走り回ってたぞ」

 ギャフン。でもその通り。仕事が遅れに遅れて、一年近くオフィス加納が無休状態になり、今でも、

    『アカネの時に較べれば・・・』

 これが弟子への慰めの定番として使われてる。もっともアカネほど程度の低い弟子が取られることは珍しく、

    「あんなものが二度と起こるか!」

 ツッコミがウルサイぞ、合ってるのが悔しいけど。オフィス加納最大のミステリーとさえ呼ばれるアカネの採用がウルトラ例外で、通常の弟子のレベルは高い。そりゃ、基本技量として求められるのは西川流の師範クラスだもんね。だから焦点を笑点と勘違いするようなレベルの者はいないんだ。

    「いる方が今でも信じられん。F値をフォーミュラ・レースのカテゴリーとか、パン・フォーカスが食パンを撮るためのピント合わせ法とか、絞りを一番搾りと思い込むとか・・・」
 うん。散々やらかした。それでもツバサ先生がエライのは、そんな弟子でも付いてくる限りは絶対に見放さないこと。怒鳴りながらも弟子の水準に合わせ、わかるように何度でも教えてくれるんだ。どれだけツバサ先生が弟子の育成に情熱を傾けてるかよくわかるし、アカネも感謝してる。

 写真への指導もそう。とにかく撮って持って行けば、根こそぎガンガン指導してくれる。一枚一枚にこれでもかの指摘の山を積み上げるから時間がかかるのだけど、必ず最後まで見てくれる、アカネは師匠なら誰でもそうだと思い込んでたけど、マドカさんに聞くとそこまでやるのは異常らしい。


 そんなアカネにも弟子がいる。アカネの弟子育成法もツバサ先生直伝のつもりだけど、やって見ると確かに難しい。弟子入りがあんなに難しいのに三ヶ月ぐらいで逃げちゃうのが多いんだ。

    「それはアカネのせいじゃない」
 珍しくツバサ先生が弁護してくれたけど、アカネだけでなく優しそうなサトル先生や、あの上品の権化みたいなマドカさんの弟子も同じぐらい逃げてるものね。もちろんツバサ先生もそう。

 アカネの時はサキ先輩、カツオ先輩、アカネ、そしてマドカさんまで逃げる素振りも見せなかったから、必ず残るものと思ってたけど、

    「あの頃の弟子は根性あったよ」

 さらにあの頃はアカネとマドカさんがプロになり、サキ先輩は動画にその才能を見出されとポンポンと一人前になってたから、これからドンドン量産されるのかと思ってたんだけど、そこから十年以上して個展まで漕ぎ着けたのは、片手もいないんだ。それも誰一人合格できず、オフィス加納を去ってるんだ。

    「あの頃が異常だったのだよ。マドカですら並に見えるぐらいだっただろ」

 今から思えばそうだったかもしれない。マドカさんの入門時の写真を見ても、全然上手いと思わなかったもの。あれぐらいだったらアカネの方が上だったし、サキ先輩や、カツオ先輩は段違いだったし。

    「タケシはどうだ」
    「そろそろペンギンを撮らせようかと」
    「まだ早いのじゃないか」

 アカネの経験とマドカさんの時の事を合わせて考えると、動くものを撮る段階は重要な気がしてる。本来のステップは動物なりが済んだら、次は人物とか、アート系の風景写真なんだけど、実はその段階に進んでプロになった者はアカネの知っている限りサトル先生だけ。

    「サトルの場合か。あれは変則だったのだよ。わたしも歳が歳だったから焦ってね。そりゃ、いつお迎えが来るかわかったものじゃなかったし」

 加納先生が最後の弟子にサトル先生を取ったのは八十歳の時。うん、いつ死んでもおかしくないものね。実際にもサトル先生が個展を成功させて三か月後に亡くなってるし。

    「だからサトルが得意とする風景写真に特化させてプロの壁を強引に越えさせたのだ。サトルのテクニックに一番合ってたからな」

 日本の風景を渋く撮らせたら、サトル先生に勝てる者はいないと思う。あればっかりは、アカネでも難しいもの。

    「その代り、人物写真を大の苦手にしやがって、逃げちまいやがったのだ。お蔭でオフィスは倒産寸前まで追い込まれた」

 これも聞いてる。オフィスの危機を知ったツバサ先生が大学を中退してまで駆けつけ、なんとか盛り返して今に至るって感じかな。

    「だからサトルにはもう一度、壁を越えさせる手間がかかったよ。結局だけど、サトルはまだ壁を完全には越えてなかったのだと思う」

 動物を撮れるのが、なにかのカギになってるのは間違いないと思うんだ。もうちょっと格好良く言えば、予想できない動きの中でベスト・ショットを拾えるテクニックかな。マドカさんだって、これを会得することで壁を越えたんだと思う。

    「アカネやマドカの場合は、どっちかというと例外だが、プロの壁を越えられる者自体がそもそも例外だからな。越えられる奴は越えられるし、越えられないものはどんなに努力を重ねても弾き返される」
 これも弟子を持ってみてよくわかった。アカネは通り抜けたから実感なかったんだけど、確実にプロの壁はある。そもそもだけど、壁にたどり着くだけでも大変で、そこまで行く者もホントに少ない。

 そこから越えなきゃならないけど、これを越えられる者は才能としか言いようがないのよね。オフィス加納で最後に越えたのはマドカさんだけど、あのマドカさんでも悪戦苦闘の果てだったし。

    「タケシはどうだろう」
    「ここからが正念場です」

 ツバサ先生もタケシには期待している。もちろんアカネも期待している。でも壁からは導くことは出来ても教えられるものじゃない。本人の努力と天分がどれだけあるかに尽きるんだよな。アカネも一人ぐらいプロを育て上げてみたいもんだ。

    「マドカ以来だものな」
    「なかなか出ないものですね」
 ここからは手探りの世界になる。

アカネ奮戦記:プロの凄味

 アカネ先生から次に任されたのがオフィス加納の仕事。まだ弟子ですから、近所の商店街のスーパーのチラシの写真です。こんなものまで引き受けてるのに驚きましたが、

    「これは近所づきあいもあるけど、弟子の育成用のものだよ。でもね、これも仕事だよ。オフィスの看板背負ってるのを忘れないように」

 弟子の育成用と言われても、ボクの腕がそこまで低く見られているのにガッカリした気分になったのは確かです。この手の仕事はやった事があるので、サッサと済ませて持って行ったら、

    「おもしろくない。やり直し」

 おもしろくないと言われても牛乳パックとか、ペットボトルですから、工夫のしようもないのですが、撮り直して持って行っても、

    「ありきたり。却下」

 何度何度も却下された挙句、驚いたことに、

    「納期もあるから、見といてね」

 なんと、なんとアカネ先生が撮られたのです。これがビックリ仰天もので、ボクも見ただけでその商品に飛びついて買いたくなる写真がそこにあります。

    「タケシ、どうしてわざわざオフィスに仕事を頼んでるか考えたことがある? タケシの写真ぐらいなら誰でも撮れるのよ。それ以上のものをクライアントが要求しているのをキモに銘じといてね」

 しかし凄い写真で、実際に撮られるところを見ていましたが、後からどんなに真似ようとしても、似た写真さえ撮れません。あれこれ格闘しているところに、ツバサ先生が通りがかり、

    「あれはそう簡単には撮れないよ。無造作に撮ったように見えるかもしれないけど、今のタケシじゃ無理。あれがアカネの商売繁盛伝説の写真だからね」

 これも聞いた事だけはあります。まだ弟子時代のアカネ先生が商品広告を撮ると、どの商品も飛ぶような売れ行きになったとか。そのためにまだ弟子であるにもかかわらず、指名依頼が山のように押し寄せてきたそうです。

    「タケシ、一つ教えておいてやるが、アカネは才能の化物みたいな奴だが、才能だけで撮ってるのじゃないよ。どんな仕事だってアイデアと工夫をテンコモリ詰め込んで、惜しみなく努力するのだ。こんな仕事だって手抜きなしどころか、ここまでテクを上げてしまったのだよ」

 そのテクニックには驚かされましたが、こんな物をいきなり要求されても、

    「タケシ、ちょっと来い」

 ツバサ先生の部屋で見せられてものは、

    「これがアカネの初仕事だ。これはモデルまで使って足が出たが、それだけの価値がある仕事だと評価している。当時のアカネのテクニックは低かったが、それでもアカネは持てるだけの力を振り絞り、アイデアにアイデアを凝らしてこの写真を生み出した」

 柴田屋の極渋茶の広告写真ですが、普通に撮れば茶筒とか、茶葉とか、淹れたお茶を撮るぐらいしか思いつきませんが、撮られていたのは極渋茶を飲んで、思いっきり渋い顔をしてる顔です。

    「これを極限にまで高めたテクニックが商売繁盛伝説の写真だ」
 オフィス加納ではテクニックの用語の使い方が他と少し違うところがあります。通常の使い方はボケとか、流し撮りとか、逆光撮影とか、構図の工夫とかの撮影法ぐらいに使われます。

 そういう使い方もオフィスでもしますが、もっと包括的というか、トータルなものとしても使われます。たとえばアカネ先生の商売繁盛伝説も一つのテクニックで撮られた物でなく、シチュエーションに応じて様々なテクニックが駆使されているとして良いはずです。

 なかなかうまく表現できないのですが、通常で考えるテクニック、たとえばボクから見たら驚異としか思えないツバサ先生の光の写真や麻吹アングルでさえ、

    「あんなものは基礎技術だ。それを盗むのが弟子の仕事だ」
    「盗まれても良いのですか」

 ツバサ先生は大笑いされて、

    「たかが基礎技術を盗まれたぐらいで、アカネの写真に簡単には追いつけないよ。あの写真こそが真のテクニックだ。あれを盗めたらたいしたものだ」

 まだボクも不消化の部分がありますが、いかに高度なテクニックも写真を撮る基礎技術の一つに過ぎず、それらのテクニックを自由自在に駆使するだけでなく、それでもって如何に質の高い写真を撮ることこそが、オフィスではテクニックと呼んでいると見て良いはずです。

    「あったりまえだろ。どんなに絵が上手くたってプロになれないよ。プロの絵描きは上手な絵を描くことじゃなくて、売れる絵を描くことだ」
 これはボクにもわかります。写真は偶然の一枚を拾い上げることもありますが、アカネ先生はまず撮るべき理想のイメージを抱き、それに近づけるために、どんな努力も惜しまれません。さらに言えば、そのイメージが途轍もなく高いところになります。

 撮影後にロー画像の編集をしているところを見たことがありますが、殆ど手を加えることがありません。ロー画像段階で九分九厘完成しているのです。それも、撮った写真のほぼすべてがです。その写真でさえ、

    「これはイマイチ」
    「切れがもう一つ」
    「アングルが甘すぎた」

 ほとんど気に入らないようです。それらの写真はボクの最高傑作さえ鼻息で吹き飛ばしそうな作品ですが、アカネ先生にとっては失敗作の位置づけであるのはよくわかりました。そして最後に、

    「これなら合格点かな」

 選び抜いた一枚は、目の覚めるようなものです。あのレベルこそが、ツバサ先生とトップを争う巨匠の仕事だと見せつけられた思いです。あの写真を撮れる事こそをテクニックと呼び、区々たる撮影技術は光の写真や麻吹アングルでさえ基礎技術と言い切ってしまっているぐらいです。それからは心を入れ替えて商店街の仕事に取り組んでいますが、

    「タケシ、工夫がないと思えば終わっちゃうんだ。なんの変哲もないものでも、工夫の余地はいくらでもあるんだよ。それをいつでも絞り出せてこそプロなんだ」

 今日もボクが撮って来たすべての写真をチェックし、そのすべてに指摘の山を築いた後に、

    「タケシには可能性があるよ」
    「ホントですか」
    「ツバサ先生も期待してる。頑張ってね」
 本当にボクに可能性があるのでしょうか。アカネ先生との途轍もない差に茫然とするばかりです。

アカネ奮戦記:新弟子修業

 先輩たちの話通りに最初の仕事は機材の手入れです。これはボクがどれぐらい出来ているかのテストも兼ねていると思いますが、求められる水準の高いこと、高いこと。レンズ磨きぐらいは楽勝と思っていましたが、

    「やり直し」

 これも意地悪でなく、アカネ先生がお手本を見せてくれるのですが、ボクが目を疑うほど綺麗に磨かれているのです。そう、レンズ磨きの合格点はアカネ先生と同じ技量に達する事なのです。

    「レンズが濁っていたら写真は始まらないよ」

 そうなんですが、他も全部その調子で求められるのです。アシスタントもすぐに入ったのですが、とにかく撮影のスピードが桁外れ。とくに撮影になるとアカネ先生は鬼になります。自分の求めてるイメージを撮るためなら、どんな手間も惜しまれません。そのためのアシスタントのはずですが、

    「もたもたしない」
    「そこ邪魔」
    「止まるな、動け」

 アシスタントじゃなく邪魔してるだけの存在になり、トドメは、

    「今日は時間切れ。しかたがないから明日に続きをやる」
 絶望宣言を喰らいます。これガチの本業ですから、アカネ先生の仕事を直撃します。アカネ先生は数年先まで撮影予定が詰まっているとされ、一日延びただけで、最悪で休日返上になります。もちろん他のスタッフもです。モデルを使っていたりしたら追加料金も発生します。

 厳しいとは聞いていましたが、こういうレベルの厳しさとはまさに針の筵状態。最初のうちは、いくら頑張っても撮影の邪魔にしかならず、

    「今日は時間切れ。しかたがないから明日に続きをやる」

 撮影終了後のアカネ先生や、他のスタッフの目が怖くて頭も上げられない日々が続きます。これがアシスタントを満足にこなせるようになるまで延々と連日続きます。なるほど、弟子が逃げ出すのがよくわかりました。ボクも今夜こそ逃げると思い続けたものです。アカネ先生に、

    「これでは御迷惑ばかりで・・・」

 アシスタントから下してもらうように頼んだ事もありましたが、

    「迷惑? そう思ってんなら、そうしないように努力するんだ。タケシは男だろ、根性見せんかい!」

 仕事場以外はニコニコとお茶目で楽しいアカネ先生に怒鳴り倒されました。ただですが、それだけ怒られても、その後にはビッチリ指導が入ります。

    「あの時だけど、アカネはこういう狙いで動いてるんだ。だからタケシのポジションはこう。これを撮れば、次はこう動くんだ・・・」

 ボクの失敗した原因と、実際にはどう動くべきかを叩きこまれるのです。これも最初のうちは聞いてもわからない部分が多かったのですが、先輩に言わせると、

    「それがわかるようにさせるのが、アシスタント段階の修業のキモだよ。タケシ、わからないかな。あれはアカネ先生の写真が何を狙っているのか教えてくれてるんだよ。それも手取り、足取りだぞ。こんなもの、いくらカネを積んでも教えてくれるものではないぞ。これがどれだけ貴重な経験だか、そのうちわかるよ」

 そう言われて、やっと気づいたのですが、ボクがアシスタントを満足にこなせないのは、その撮影スピードもありますが、アカネ先生の動きがまったく読めていないからです。ボクの経験では、こっち側に動くはずだと予想していても、

    「そこ邪魔」

 そうなのです。こんなアングルを狙うなんて想像もつかないところに動かれるのです。それも被写体が変われば、動きも変わります。どう言えば良いでしょうか、アカネ先生はアングルの可能性を常に追求しているとすれば良いのでしょうか。

    「それはアカネ先生だけじゃないよ。ツバサ先生も他の先生も同じだよ。オフィス加納にベスト・アングルというか、
    『これはこう撮るもの』
    この発想はゼロってこと。それを覚えるのがアシスタントと思えば良いかもな」

 これはボクが今まで積み上げて来た写真技術を否定するようなものですが、

    「ここは写真学校じゃなくてオフィス加納。本物のプロのフォトグラファーを育てるところってこと。基礎と言っても、そこから始まるぐらいと考えたらイイと思うぞ」

 とは言うものの、ひたすら辛いのですが、アカネ先生は、

    「ここの指導はとにかく実戦で覚えてもらうからね。それが一番早く実力が付く」

 そりゃ、そうなんですが、聖地の厳しさを骨の髄まで経験させてもらいました。悪戦苦闘なんて生易しい言葉で言い表せない苦労の果てに、アシスタントがなんとかこなせるようになった時に、

    「タケシ、よく頑張った。アシスタント段階をクリアしたのは三年ぶりだよ」
 アカネ先生にこの言葉を頂いた時に思わず涙がこぼれました。こここそが写真の目指す者の聖地、日本一のオフィス加納なのです。

アカネ奮戦記:タケシ

 ボクは青島健。オフィスでは『タケシ』と呼ばれてます。関東芸術大学時代から幾つものコンクールに入賞して名も売れてましたし、フォト・ワールド誌に、

    『これからの活躍が期待される若手十人』
 こうやって取り上げられたこともあります。大学卒業後は独立してプロの世界に入りましたが、入ってみるとそりゃ厳しい世界なのがヒシヒシとわかったのです。仕事の依頼もありましたし、なんとか食べられましたけど、それだけ。

 芸術系のプロはまさに弱肉強食。良い仕事や、大きな仕事は有名プロに集まり、ボクのような駆け出しの新人に回って来るのは、そのおこぼればかりです。そりゃ、なんでも最初はそうですけど、フォトグラファーの世界では化物と怪物が君臨しています。化物と怪物とはオフィス加納の四人で、

    『光の魔術師』麻吹つばさ
    『渋茶のアカネ』泉茜
    『白鳥の貴婦人』新田まどか
    『和の美の探求者』星野サトル
 有名なだけではなく写真の質が途轍もなく高いのです。とにかくプロであるボクでさえ、どうやったら、ああ撮れるのかさえわからないぐらいの差があります。新田先生や、星野先生の独特の美も驚かされますが、もっと凄いのは麻吹先生と泉先生。

 この二人には独特の美さえないのです。無いと言うのは変な表現ですが、どう言えば良いのでしょうか、独特の美なんて世界を超越したところで羽ばたいてるとすれば良いかもしれません。あんな怪物や化物が君臨する世界では、いつまで経ってもボクは燻るしかないと痛感させられました。


 ところでプロになる方法ですが、別に資格試験とかなく、あくまでも自称だけで、ボクも名乗ってました。ただ資格試験こそありませんが、業界的にそこで頭角を現せば一流のプロとして認められるところはあります。

 一つは西川流のトップエリートが集まる東京のシンエー・スタジオで、もう一つは写真を目指す者の聖地とまで呼ばれる神戸のオフィス加納です。どちらも入るのさえ難しいところですが、シンエー・スタジオに入るには、西川流の総本山とまで呼ばれる赤坂迎賓館スタジオをクリアする必要があります。一方でオフィス加納は入門志願書を送るだけです。

 こう書けばオフィス加納の方が入りやすそうですが、滅多なことでは採用されないのもまた有名です。さらに入門出来たらオーライかといえば、全然そうではありません。オフィス加納に入門できても、多くの弟子が逃げ出してしまいます。知り合いに元弟子がいたので聞いてみたのですが、

    『あの辛さは・・・』
 そこで絶句したぐらいです。もうちょっと聞くと、よくある無意味な内弟子修業的な辛さとか、新入りイジメみたいな世界は皆無で、写真の修業で求められるレベルの高さに悲鳴を上げるぐらいで良さそうです。

 そのためか、新田先生を最後にオフィス加納で認められたプロが出ていません。オフィス加納でプロとして認められるのに比べたら、司法試験や国家上級公務員試験なんて簡単すぎるように見えるぐらいです。

 でもボクは決心しました。オフィス加納の門を叩こうと。それぐらいのレベルを越えないと一流のプロにはなれないからです。入門志願書を送って一年ぐらいしてから、ついに待望の面接通知が舞い込み勇躍神戸のオフィス加納に。無事採用され、泉先生の弟子になれました。


 入ってみたオフィス加納はまさに別世界。とりあえず人間関係は和気藹藹。始終、なにか悪戯を仕掛け合ったりするところで、もうアカネ先生と呼ばせて頂いてますが、

    「ここは写真スタジオで、武術とかコントの道場じゃないんだよ。どうしてドア一つ開けるのにこれだけ緊張しなきゃいけないんだよ」

 と言って開けて部屋に入った途端に、

    『ガッシャン』

 金盥がアカネ先生を直撃。お茶も先生自ら淹れてくれる時もありますが、

    「ぐぇぇぇ」
 これがあの『渋茶のアカネ』の呼び名の由来の極渋茶だったのです。こりゃ、強烈だわ。もちろん師匠には敬意は払いますが、体育会系的な上下関係と言うより、そうですね、学校の先生と生徒ぐらいの関係と言えば良いのでしょうか。

 先生を呼ぶ時もアカネ先生だけではなく、麻吹先生はツバサ先生ですし、新田先生はマドカ先生、社長である星野先生ですらサトル先生なんです。ボクは新入りですから他のお弟子さんはすべて兄弟子になりますが、

    『聖地へようこそ』

 こんな感じで歓迎会をしてくれました。ここも先輩、後輩と言うより写真を学ぶものの同志って感じでしょうか。そこであれこれアドバイスももらったのですが、

    「最初は辛いぞ」
    「いや、その先も辛いよ」

 どうも弟子になると雑用から始まるようですが、

    「タダの雑用係じゃないよ。すぐにわかるだろうけど、ここには無意味な仕事は皆無だ。雑用だって命を削られるぞ」
    「本当に命を削るのはアシスタントだけどな」

 アシスタントぐらいならと思ったのですが、

    「こればっかりは口で説明出来ないからな。まあ、嫌でもすぐわかるさ」
    「そういうことや。ここで生き残るには、燃えるような向上心や」
    「そんなもんじゃ足りないよ。魂をカンカンに燃え上がらせてイイぐらいかな」

 四人の先生の指導ぶりも聞きましたが、

    「どの先生も手抜きなしや。それも半端やないぐらいと思ったらエエ。タケシが付いて行く限りは見放さへんけど、これでもかってぐらいに容赦無しと思といたらエエ」
    「とくにアカネ先生やろ。あの先生の指導は・・・」
    「それはタケシがこれから思い知らされるし」

 オフィス加納には西川流のような段級制度は無く、フォトグラファーになれるか、なれないかのところであるのは、よくわかりました。

    「とりあえず、次の新弟子歓迎会にタケシが居る事を祈っとくわ」
 どんな修業が待ってるんだろう。なにか薄ら寒い予感が背筋を走っています。