ツーリング日和10(第35話)陽だまりツーリング

 もう師走だ。紅葉の季節も過ぎ、木々にはしがみつくような枯れ葉が残るのみ。それでも永遠の旅人を宿命付けられた者に休息はない。今日も愛車と当てもなく走る。

「あそこにすると言うたんはユッキーやろが」

 漂泊の旅人がひと時の安らぎを得るところ。

「神戸から一時間ちゃっとやから我慢せい。今日はそないに寒ないで」

 まあね。覚悟して完全防備で出て来たけど小春日和。暖かすぎて拍子抜けしたかな。

「余裕で陽だまりツーリーングで気持ちエエやんか」

 今日も六甲山トンネルを越えたけど、有野で下りて西へ、西へ、

「そこまで言うほど遠ないで」

 気分じゃないの。丹生山系の北側は丘陵地帯で日本でも屈指のゴルフ場の密集地帯。そのゴルフ場を縫うように走るコースはなかなか気持ち良いのよ。そりゃ、北海道の大平原を突っ走るのと比べると可哀想だけど、隠れたツーリングロードだよ。

「いかにもって日本の風景や。こんなとこまでって感じで田んぼがあるもんな」

 どうしても田んぼに出来ない丘の上にゴルフ場がある感じだもの。まあゴルフ場へのアクセスのために道路が整備されたのはありそうに思うよ。適度なワインディングとアップダウンを繰り返しながら田舎道を快走。鄙びた駅前に着いたから、

「あそこやな」
「らじゃ」

 駅の横手から鉄橋を潜って加古川を渡る。ここも絵に描いたような田園地帯。見えて来た、見えて来た、あの森のところだよ。ここは日銀第六代総裁松尾臣善の別荘だったところなんだ。松尾臣善と言っても誰も覚えていないような人だけど、

「そやな日露戦争の時の日銀総裁で、戦費の調達に尽力したぐらいや」

 日露戦争の戦費調達と言えば高橋是清が有名だけど、松尾臣善は国内で頑張っていたぐらいかな。まあ国内にいたって海外からの戦費が調達されるわけじゃないから、名前は誰も知らないぐらいマイナーなのは仕方ないか。

 松尾臣善は後に男爵になっているから功績もあったんだろうけど、その松尾臣善が別荘として建てたのがこのお屋敷。姫路の郷士の出身らしいけど、どうしてここに別荘を建てたのかな。

「松尾臣善に聞いてくれ」

 あんまり風光明媚とは言いにくいところなのよね。加古川を臨むとぐらいとは言えるけど、どこにでもありそうな風景じゃない。それでも堂々たる明治の建築だよ。別荘と言うより隠居所だったかもしれないけど、今は、

「いらっしゃいませ。皆様、お待ちしています」

 料理旅館になってるんだ。今日はここにお泊り。それにしても壮観と言うか、面白味があるというか。

「これだけバイクが停まっているのは、この店が始まって以来ちゃうか」

 リッター・スーパースポーツに、それさえ小さく見えるロケットにハーレー。250CCが小さく見えますの世界だものね。ただでも小さいわたしとコトリのバイクが隠れてしまいそうなぐらい。こんな料理旅館にわざわざ泊りがけで来る理由は、

「鴨や」

 わたしもだけど、コトリはとくに鴨は好きなんだ。だからフランス出張の時はトゥール・ダルジャンで釣れるぐらい。トゥール・ダルジャンの鴨料理も絶品だけど、

「こっちの方が上や。トゥール・ダルジャンに鍋料理はあらへんからな」

 あったら笑うけど、日本人にはこっちの方が良いかもね。

「ネギがあってこその鴨や」

 神戸も美味しい料理屋さんは多いけど、ほとんどが合鴨。というか鴨料理を売りにしている店が少ないのよね。やはり神戸となれば、神戸ビーフとか瀬戸内海の海鮮が中心になるものね。

 ここも誤解して欲しくないけど合鴨だって美味しいのよ。聞かされずに食べてわかる人なんて殆どいないんじゃないかな。

「合鴨の方がはるかに扱いやすいし、野鴨より美味い場合はなんぼでもある。合鴨にハズレは少ないからな」

 野鴨はジビエだから当たりハズレがあるのよね。言うまでもないけど合鴨の方が格段に安いんだよ。コスパ的には合鴨は優れてるのは間違いない。だけど当たりの野鴨は、

「合鴨を遥かに凌ぐわ」

 コトリとあちこち探し回った末に見つけたのがこのお店。年に一度か二度ぐらい来るかな。もうちょっと来たいのだけど、距離が近い割に交通が便利とは言いにくい。飲むから電車と言いたいのだけど、

「一時間に一本しかあらへんし、一時間半ぐらいかかるもんな」

 バイクやクルマより時間がかかるぐらいだし、こんなところだから夜にタクシーも呼びにくいのよね。

「だから料亭やのうて料理旅館にしとるんやろ」

 そんな気がする。そりゃ、来ようと思えば電車なりバスでも来れるけど、けっこうな高級店じゃない。ゴルフ帰りとかも多いみたいなのよ。この辺にゴルフに来るとなればクルマだものね。

「夜に酒無しで鴨鍋は辛いで」

 夕食に鴨鍋を堪能して翌朝に帰るパターンだよ。今日はクルマじゃなくバイクだけど、同じパターンになってるぐらい。これで温泉でもあれば言うこと無いけど、ボーリングしてまで掘ってくれないだろうな。

「旅館はついでやしな」

 この店はもちろん野鴨だけど、良いのを仕入れてるのよね。鴨の仕入れ先は近くに鴨池って呼ばれるところがあって、そこの鴨の時も多いみたいだけど、無ければ他のところからの良い仕入れルートも持ってるみたい。

「今までにハズレなしやもんな」

 わたしもそう思う。通されたのは大広間だけど、みんな来てるな。

「コトリさん、ユッキーさん遅いですよ」
「目の前に御馳走並べられてお預けは辛いです」
「腹減って目が回りそうや」

 今日はちょっと早いけど旅の仲間の忘年会だよ。とにもかくにも、

「カンパ~イ」

 良く集まってくれたものだよ。宴は盛り上がってくれて嬉しいな。

「今日は経費で落ちるし」

 そういうこと。これはミサキちゃんでもすんなり認めてくれた。いわゆる接待費。その接待相手の杉田さんと六花がビールのお酌に来てくれたから鈴鹿の話になったよ。あの暑かった鈴鹿の話だ。

ツーリング日和10(第34話)勝者は・・・

 これがレースが動くって意味か。レースに転倒やコースアウトは付き物だけど、その時間帯を上手く活用できるかどうかも駆け引きのうちなんだ。その後もバタバタとライダー交代があり、しばらくすると、

「六花は八位に上がっとるで」

 周回遅れも増えてきて、誰が何位かよくわからないよ。さっき転倒事故もあったけど、コースアウトしてストローバリヤに突っ込んだり、マシントラブルなのかピットに入ったまま動かなくなるマシンも出て来てる。まさにサバイバル戦だ。そういえば先頭集団と六花の差は、

「五秒言うとこかな」

 開かなくなったな。

「前半のツケが出始めたんかもしれん」

 先頭集団の四台は速いけど、そこはSTクラスだから圧倒的に速いわけじゃない。第二集団に較べて相対的に少し速い程度だと思う。

「先頭集団二台が抜け出したみたいや」

 でも六花との差が変らないと言うことは、

「二台は先頭争いから脱落したみたいや」

 なにかトラブルがあったのかも。間もなく脱落した二台が第二集団に吸収されたけど、第二集団からも脱落が相次いで今は五台だ、

「こんな展開も珍しいな。もうこの時点やったら、だいぶ勝負が見えてるはずなんやが・・・」

 一周ぐらい先頭と差が付いている展開も多いらしい。そうなっていないのは、

「荒れとるな」

 あれからもイエローフラッグが出たし、救急車も来てたものね。イエローフラッグが出るとペースは落ちるから、誰かがぶっちぎりの展開になれないのかもしれない。そうだね、まるでマラソンみたいな展開だ。そんな時に六花がピット入り、杉田さんが出てきてまたもや第二集団を形成だけど。

「また一つ落ちたな。これで六位や」

 六花もそうだけど杉田さんも第二集団の中にキッチリいるのよね。先頭の二台はまたピッチが上がったんじゃない。

「頭取った方に優勝が見えるから・・・」

 先頭争いをする二台と第二集団との差がまた開いてきた。あれっ、わかりにくいけど、

「第二集団も三台になってもた」

 これで杉田さんは五位だけど、おそらくピッチが上がった先頭の二台を追いかけたからじゃないかな。

「こういう展開になるとホンマの消耗戦や。どれだけ余力を残し取るかが勝負の分かれ目になりそうや」

 おそらく最初に先頭集団を形成していた四台は先行逃げ切りを狙っていたはず。そのために序盤から飛ばしていたんだろうけど、三度のイエローフラッグで減速を余儀なくされたから、思ったような逃げ切り体制に入れなかったんだ。

 第二集団は入れ替わりや脱落も多かったけど、六花や杉田さんは無理に先頭集団を追おうとせず、集団の中でスリップストリームを存分に利用し、ペースメイクもしてもらって力を温存してたのかもしれない。

「その作戦もリスクが高いけど、今日は結果的に当たってるな」

 耐久レースとは言え離され過ぎると挽回は難しくなる。あのまま先頭集団の誰かが突っ走っていたら周回遅れにされててもおかしくないものね。でもレース展開でこうなってしまうと、

「先頭の二台のタイヤはもうヤバいんちゃうか」

 コトリだってレーサーやった事ないから聞いた話と推測だけど、先行逃げ切り作戦の狙いはタイヤの状態が良いうちにリードを広げる点にあるで良さそう。後続のマシンはいくら力を温存すると言ってもレースやってるだけで消耗するのがポイントみたい。

「ペース上げて追いかける言うても、その時にタイヤも消耗するやんか。差が開きすぎると追いつけへんあきらめも出るぐらいちゃうか」

 そもそも四時間をワンセットのタイヤで走り切るだけで目いっぱいみたいなところがあるのが四耐。終盤戦になると多かれ少なかれダマし、ダマしの走りになるから、その状態になるまでに大きな差を持っておこうぐらいの作戦で良いはずよね。

「競馬みたいに追い込み馬がポピュラーなわけやない。むしろ逆や」

 追い込み型のレースをするにも、先頭との差をある程度までにしておかないと、さぁと言ってもタイヤが既に許されなくなってるぐらいで良さそう。

「もちろん先行逃げ切りもリスクがある。前半にタイヤを使い過ぎると、完走さえ出来んようになる」

 タイヤマネージメントが勝負を大きく左右するのがわかるよね。強豪チームは常套戦術として先行逃げ切りを採ることが多いそうだけど、その他のマシンとの差の兼ね合いを常に計算しておかないとならないみたい。

 残り三十分を切ったところで六花だ。六花のペースが上がってる。第二集団を抜け出して先頭の二台を追いかけてるよ。

「いや先頭は集団やない。一つ遅れてもた」

 ホントだ。後は六花が追いつくかどうか。先頭はホンダのチームだよね。

「ああ、カルカッタ・ホンダや」

 六花が追いかけてるのは二位になった、

「ジャカルタ・スズキや。もう三周ぐらいで追いつきそうや」

 そんな感じがする。こうなると時間との勝負になりそう。六花のラップタイムはカルカッタ・ホンダより速いから、

「そやな、残り三周ぐらいで追いつくかもしれん」

 ついにジャカルタ・スズキの後ろに迫って来てる。この周回が帰ってくる頃には・・・行けぇ、六花ぶっちぎれ!

「抜いたでこれで二位や」

 六花は確実にカルカッタ・ホンダに迫ってるけど、時間は、時間は、

「残り五分やから三周やな」

 四耐は先頭が周回中に四時間を走り、そこからゴールするまでになる。たとえば残り一分でゴールラインを通過すれば、その周回が終わってゴールラインを越えた時が優勝になるんだよ。

 残り五分あれば二周は回れるから三周目がファイナルラップになるはず。この差だったっら勝負はファイナル・ラップになるかも。六花、ここまで来たんだ、カルカッタ・ホンダを抜いちまえ。行けぇ、行けぇ、死ぬ気でぶっ飛ばせ。

「あぁ・・・」

ツーリング日和10(第33話)決勝スタート

 マシンがセットされてコースの反対側に第一ラーダーが並んだよ。いわゆるル・マン式のスタートだね。杉田さんところは六花が先に走るのか。そうなるとゴールを切るのは杉田さんか、

「そうはならん。順当に行ったら六花や」

 えっ、だいたい一時間ごとの給油でライダー交代でしょ。そしたら最後は杉田さんになるじゃない。

「だからならんと言うとるやろうが。ライダーが一度に走行できる時間は六十分未満までやねん」

 そうなるとライダー交代は三回じゃ無理で四回になり、

「六花が最終ライダーになる公算が高いんや」

 この辺もチーム戦術が出るそう。二人のライダーがペアを組むけど、どうしたって速い遅いが出る。速い方はエースライダーと言い換えても良いけど、エースの走行時間を少しでも多く取りたいよね。

「この辺は走らせれば良いってもんやない。この時間帯でも半端な暑さやないから、体力の消耗との兼ね合いも出てくる」

 後はレース展開もあるか。追い上げが必要と判断すればエースライダーの走行時間を長くしたりもあるだろうし、逆にトップを独走していたら、エースを休ませる選択もあるかも。それ以前にレース当日の好不調もからんで来るかも。


 シグナルがレッドからグリーンに変わってライダーがマシンに走って行ってスタートだ。1コーナーに雪崩れ込んで行った。今日の出走台数は六十台。昨日の予選で杉田さんのチームは二十位だった。健闘したのか、力を出し切れていないのか微妙だな。

「初参加やから優秀なんちゃう。耐久レースは予選順位はあんまり重うないから無理せんかったんかもしれん」

 六百台が参加していた頃の予選はコンマ一秒を争うガチガチの戦いだったろうけど、今の予選は決勝のスターティング・グリッドの位置決めだけみたいなもの。そりゃ、少しでも前の方が有利だろうけど、

「下手に頑張ってマシン壊したら終わりやからな」

 杉田さんはTカーまで準備していたけど、あれだって車両検査で登録が終われば使えなくなる。それとやっぱり耐久レースなのもある。少々スタートが不利でも四耐でも百周ぐらい走るのよね。距離にして六百キロぐらい先がゴールだから、

「スタート位置の差はスプリント・レースよりずっと小さいと思うで」

 マシンが一周回って帰って来たけど、これが今から百回ぐらい見ないとレースが終わらないものね。最初は団子になってスタートしたレースだけど、五周も走る頃にはだいぶバラけてる。先頭集団、第二集団、さらに第三集団以下って感じだ。六花はどこだ。

「第三集団に喰らいついとる」

 いたいた、黄色と緑のあのマシンだ。でも同じぐらいのマシンのはずなのに差が開くね。

「同じぐらいやけど同じやないのがレースマシンや。ほんのちょっとした差が積み重ねになって差となるねん」

 バイクレースって派手そうだけど、やってることは地味かもしれない。何回も何回も巡って来るコーナーを、自分が見つけ出したベストラインで駆け抜け、コンマ一秒でも縮めるのを競い合ってるようなものだもの。

 鈴鹿ならニ十個あるコーナーと格闘した結果がラップタイムで、ラップタイムの積み重ねが順位となって現れるのよね。

「素人がイメージする、直線でスロットル全開でぶっちぎりにならんからな」

 それでもメインや西ストレートはポイントになるそうだけど、

「スリップストリームをいかに使うか。それよりなにより、コーナーの飛び出し速度が最高速を左右してタイムが変わる」

 だから集団の中で走るのも一つの戦術だそう。シンプルにはスリップストリームを利用しやすいのもあるけど、

「ペースメーカーがおる方が走りやすい」

 体力の温存の意味もあるのかな。だけど先頭集団ならともかく、第二集団以下でそんな事をやっていても、永遠に追いつけないんじゃ。

「だから耐久レースやって。そのうちレースが動き出す」

 六花は予選二十位から十五位に順位を上げて杉田さんにチェンジ。ライダー交代で集団がバラけたけど、あれれれ、いつの間にか第三集団が二つになって、上位は第二集団に合流してるじゃない。杉田さんは、

「第二集団のケツで十二位や」

 でも先頭集団との差は開いたよな。先頭集団は四台だけど早くも優勝は絞られたとか。

「今からやて。耐久レースはスプリント・レースとちゃう」

 そこからまた淡々と周回をこなす展開になってる。じりじりと先頭集団が第二集団を引き離す展開だ。レースは中盤戦だよね。暑くなってきたな。もう九時半だもの。十勝と違って鈴鹿はメインスタンドにいてもコースの一部しか見えないんだよね。

 でっかいスクリーンの中継はあるけど、当たり前だけど映し出されるのは先頭集団ばっかり。たまに第二集団にもカメラが向けられるけど、杉田さんばっかり映してくれるはずもない。だからメインストレートで見るしかないけど、それこそ一瞬で通り過ぎちゃうんだもの。

 それにしても先頭集団と第二集団の差が随分開いたな。あの四台は四大ワークスのバックアップを受けてるそうだけどさすがに速いよ。あれ、第二集団が争ってピットに入ってる。

「130Rでなにかあったようや」

 130Rは西ストレートの終りにあるコーナーだけど、西ストレートはメインストレートより長くて最高速が記録されやすい所なんだよ。その速度で突っ込むからトラブルも起こりやすい鈴鹿の難所の一つ。

「その後のシケインも含めて事故が起こりやすいとこや」

 下位集団がもつれあって転倒事故を起こしたようだけど、

「イエローフラッグが出たんやろ」

 イエローフラッグはコースに障害が出た時に出されるんだけど、出ている区間は減速して追い抜き禁止になるのだよ。だから、

「上手いことしたな。インカムで連絡しとるんやけど、先頭集団はピットに間に合わへんかってんや」

 昔のレースと変わっているのはインカムが標準装備されてる点だって。つまりはドライバーとピットがいつでも連絡を取れるってこと。インカムがない時代はボードを出すぐらいしかドライバーに情報を伝える方法はなかったもの。

「それだけやない。ピットクルーもインカム使うてる。この爆音やんか、会話も満足に出来んことが多いらしいで」

 イエローフラッグ出ている間はラップタイムが落ちるから、その時間を利用して急遽ライダー交代をしたのか。先頭集団はタイミング的にピット入りは難しかったで良さそう。そうなると先頭集団は嫌でもイエローフラッグの区間を走らないといけないから。

「差はこれで詰まるで」

ツーリング日和10(第32話)いよいよ四耐

 今日は四耐の決勝。コトリと初めて鈴鹿に来たよ。ミサキちゃんの奮闘でライディング・スーツもスタッフのユニフォーム完成。なかなかオシャレじゃない。

「ウインド・ミルがロゴマークやねんて」

 そういうブランド戦略か。

「スタジャンやパーカーもあるで。着るか?」

 このクソ暑いのに誰が着るか。わざわざ持ってくるな。Tシャツで十分でしょうが。それでもスタッフ用のキャップは嬉しいな。へぇ、タオルまで作ったんだ。

「うちわと電動ハンドファンもあるで」

 助かるけど、こんなものまで必要なのかな。数が出て売れるわけじゃないから普通に買って来れば良さそうな気がする。

「トータル・コーディネイトや」

 まあイイか。そうそう八耐もそうだけど、四耐も歴史ありなんだ。最初から八耐は国際ライダーのレースだったけど、一方の四耐は国内ライセンス者のためと位置付けられたレースで、若手の登竜門とされてたんだよ。

「バイク甲子園みたいなもんや」

 今よりレギュレーションが緩い時代なのもあって、ドンドン参加台数が増え、当時のバイクブームの影響もあって最盛期は六百十九台もエントリーがあったんだよ。

「そこから二耐と六耐が生まれたもんな」

 四耐決勝の出場台数は六十台だったから予選はそれこその真剣勝負になったそう。だって十台に一台しか走れないものね。それを緩和するために産み出されたのが、

「二耐や」

 四耐予選で六十一位から百二十位の六十台で二時間耐久レースをやり、上位三位までは四耐決勝への出場を認める敗者復活戦のようなもの。それでも二耐まで含めても出場できるのは五台に一台ぐらいだから、

「四耐決勝を走れたら一目置かれたし、二耐出場だけでも箔が付いたらしいで」

 だろうね。四百台ぐらいは予選敗退だものね。だからだと思うけど、

「それでも出場できんからジュニア・クラス用に出来たのが六耐や」

 今となっては信じられないかもしれないけど、八耐、四耐、二耐、六耐の四つの耐久レースをやってた時代もあったんだよ。様々な変遷の末に八耐と四耐だけに戻り、今の四耐はST600になってるの。

 この規格はMFJ公認の市販車で、なおかつ改造範囲が限られるバイクでのレースになってるんだ。今は六百台がエントリーされていた時代がウソのようになり、参加資格さえ満たせば誰でも決勝まで走れる時代になってるよ。

「そうやねんよな。一応七十台が上限になっとるけど、これさえ満たさんからな」

 この辺はST600になっている影響もあるとはされてる。改造範囲こそ狭いけど、MFJ公認車を買うだけで新車なら二百万円ぐらいは余裕でするもの。

「昔は普段乗っとるバイクの保安部品取っ払って参加しとったんも多かったんちゃうか」

 さらにだけど600CCだから大型免許が必要。大型免許だって限定解除時代の運転試験場の一発勝負で合格率三%とは様変わりしてるけど、いきなり大型に乗るのはやはり無理があるよ。原付からとまで言わないけど、せめて中型からステップアップじゃないと厳しいと思う。

「グンとヒデヨシで四耐制覇したイチノセ・スペシャルもGSXーRの400CCやんか」

 そうかつては今の普通二輪、かつての中型免許で乗れる400CCどころか250CCの2stまで混走してたもの。そういう点でST600は参戦するのに敷居が高くなっている部分はあるともされている。でもそんな免許やマシンの問題じゃなくてバイクに乗る若者が減ったのが最大の原因だけどね。

「それでも熱気はあるで」

 そうなのよ優勝や上位を目指すチームのライダーにとっては、八耐とかへの登竜門と今でもされてるもの。

「その一方でプライベーターどころか個人参加もあるぐらい門戸も広い」

 手弁当で参加も可能ってこと。参加最低人数はライダー二人にピットクルー一人だけど、最小の三人体制で参戦しているチームもあるぐらい。そこまでは極端だけど、バイク仲間が五人ぐらいでチームを組んでるところも少なくないらしい。

「バイク代抜きやったら百万円ぐらいで参加できるかもな」

 八耐の一千万円以上に較べると安いよね。杉田さんのチームだって初めは手弁当組の規模だったもの。その杉田さんのチームだけど注目度は高いのよね。さすがはカリスマだよ。

「八耐イベントのモトブロガー座談会のスペシャルゲストやもんな」

 そりゃそうなるだろう。他のモトブロガーが引っ切り無しに逆取材に来てるって話だもの。

「六花も注目されてるよな」

 四耐にも女性ライダーは参戦してるけど格段に目を引くものね。レースクイーンでさえ霞みそうな美貌とスタイルだもの。それだけじゃない実力だって、

「バリバリの国内A級やからな」

 バイクのレースのライセンスも複雑なんだけど、

 国際A級 ← 国際B級 ←国内A級 ← 国内B級 ← フレッシュマン・・・

 この後も続くのだけど省略。というのも分類が細かくてモトクロス用だとか、ロードレース用とか、トライアル用とか別れてるんだよ。他にもコースライセンスとかもあって、レースによって必要なライセンスが異なるぐらい。ただライセンス取得自体は、

「下の方のライセンスは講習会だけでくれるぐらいや」

 もちろんだけど上に行くほど難しくなり、レースの実績を踏まえて認定される仕組みと思えば良いかな。四耐は基本的に新人の登竜門的な性格が強いから必要なライセンスは緩いけど、逆に高すぎるライセンスの規制はあって、

「最高で国際+国内や」

 これも知らなかったのだけど杉田さんは国際B級だったのに驚いた。道理で十勝であれだけ速かったわけだ。バリバリの国内A級の六花と互角だったもの。モトブロガーやりながら大したものじゃない。

「だ か ら、ファクトリーにも声かけられてるし、八耐も走ってるやないか」

 二人の組み合わせだけなら最速かも、

「そうもいかん」

 八耐は世界選手権の最終戦で、四耐は地方大会に位置づけられるそうだけど、日本だけでなくアジアのレーサーの登竜門にもなってるんだって。そう言えば日本の四大メーカーの生産拠点も国内分は少ないものね。

「国によって温度差はあるけど、一九八〇年代の熱気がある国も少なくないからな。あいつらのハングリー精神は怖いで。ここ五年ぐらい日本のチームは勝っとらへんはずや」

 なるほどベトナムとか、タイとか、インドが強いのか。あれっ、中国は、

「あの国はバイクの規制が強すぎてアカンらしいわ」

 指導者にバイク嫌いが伝統的に多いとか、なんとか。中国はさておき、そういう国のハングリー精神が強いのはわかる気がする。それこそスラムから這い上がってきたような連中もいるはずだもの。

「あっちの国流のヤンキーの暴走族上がりもな」

 ギリギリの土壇場で勝負を分けるのは、どうしたって勝つんだの精神力は大きいものね。そういうモチベーションで最強なのが底辺からの脱出とか、一発逆転の成り上がりのチャンスをつかんだ時だもの。

「日本に選ばれて来るぐらいやから、あっちの国ではトップライダー・クラスと見ても良いかもしれん」

 たぶんだけど、あっちの国からすれば鈴鹿四耐は夢のステージになっていても不思議無いよね。そのステージに立つだけでなく。名誉とカネさえ手に入るチャンスとなれば目の色が変わっているのは当然だし、そういうライダーしか選ばれないはず。

 この四耐だけど八耐に較べるとまだ涼しいのよ。八耐は午前十一時半にスタートだから、それこそ一日で一番暑い時間帯を走り抜き、夕闇迫る十九時半を回ってからゴールなのよね。

「八耐の予選の関係やろ」

 そうなのよ、今日は四耐もやるけど、八耐の予選もやるのよね。だから、笑ったらいけないけど午前八時にスタートして、

「ゴールしたら真昼の祝勝会や」

 だからだと思うけど、スタートになっても関係者の家族ぐらいしかいない感じ。八耐予選を見に来る人もいると思うけど、その前座みたいな四耐のスタートまで付き合わないよね。それでもレースの終盤になればもう少し増えるのじゃないかな。

ツーリング日和10(第31話)真夏の祭典

 なに怒ってるの。ウンコならしてきて良いよ。

「ウンコ我慢するのになんで怒らんとあかんねん。今朝もすっきり快便や」

 じゃあ、オシッコなの?

「なんでそれしか考えへんのや。コトリが怒ってるのは、なんであんなホンダ優遇があるってこっちゃ」

 四耐のスケジュールは木曜の公式練習からなんだけど、その前日の水曜日にも練習枠があるのよね。これはホンダマシンで出場しているチームに限って使えるんだって。

「鈴鹿はホンダのホームグラウンドやから、ホームタウン有利がちょっとぐらいあってもかまへんけど、これはやり過ぎやろ」

 たしかにね。コースのレイアウトは何年か毎に時代に合わせて修正はされるし、その年の路面がどうなのかは、実際に走ってみないとわからない。これは常連組もそうだし、初出場や出場経験の少ないところはなおさらになるはずだもの。

「それにやで有料枠ってなんやねん」

 水曜のホンダユーザー枠が有料なのはまだしも木曜の公式練習だって、

 ・公式練習・・・二十五分
 ・特別スポーツ走行・・・二十五分×二

 公式練習は無料だけど特別スポーツ走行は有料なんだよ。殆どのチームは少しでも経験を積むために料金を払うだろうけど、

「高校野球の甲子園練習が有料で別にあったらおかしいと思わんか」

 高校野球は高校野球で平等主義が行き過ぎの部分はあるけど、四耐予選前に一周でも多く誰でも走りたいはず。

「それで商売しようとする根性が許せん」

 レースでコースを知るのは基本の『き』なのよね。鈴鹿の近くに住んでいるライダーなら、普段のスポーツ走行も利用できるけど、遠方のチームになると、そうは利用は難しくなる。下手すりゃ、ぶっつけ本番で挑むチームもあるはずなんだ。

「カネがなかったら、公式練習二十五分だけで予選やんか」

 それもまたレースと言えばそれまでだけど、なんだかね。だからこそ出場経験を重ね、経験を蓄積させるのも重要になって来るのも四耐。そりゃ、本番を完走すれば四時間走れるし、他のチームの実力を肌で知れるものね。建前はともかく今年の杉田さんのチームへの期待は?

「今年はまず完走で、二十位以内ぐらいに入ってくれたら御の字や」

 現実的にはね。ところでどうして見に行くことになったの。

「これは杉田さんに説き伏せられた」

 レースの様相をガラッと変えるのは天候。八耐は真夏の祭典で、カンカン照りの猛暑の中を走るイメージがあるけど、

「雨どころか台風が来た年もあったからな」

 四耐のタイヤは1セットだけど、雨の時にはレインタイヤへの変更が出来るのよ。

「スリックで走ったら死ぬで」

 ワンメイクのタイヤにもわずかに溝があるけど、あんなものじゃハイドロプレーニングで飛んでいくし、タイヤ温度も下がってしまうものね。だけどレインタイヤになったらなったで、今度はセッテイングも含めて走りが変ってしまうのよね。

 それだけじゃない。スタートからゴールまでウエットだったら、それはそれでまだ良いのだけど、天候によっては途中からレインタイヤになったり、逆にスリックに戻したりが必要なケースも出てくる。

 不安定な天候に対して、どこでタイヤ交換をするのかもベンチワークになるのだけど、バイクのタイヤ交換はクルマに較べて遥かに厄介なのよね。八耐組なら給油の度にタイヤ交換するから練習も積んでると思うけど杉田さんは、

「タイヤ交換は避けたいみたいやねん」

 自分のチームのタイヤ交換に不安があるのかもしれない。ドライならいらないもの。だけど相手は天候だから。

「コトリらの事をよう知ってはるわ」

 そう、コトリと行けばいつもツーリング日和だものね。もっとも今回は、

「当分雨なんか降りそうにあらへんけど」

 やっぱり見に行きたいのもあるものね。

「それぐらいは本業やから協力したらなあかんやろ。ネックは三重に空港あらへんこっちゃ」

 セントレアからヘリになるかな。そうそう四耐は見るのも暑そうだけど、

「ライダーかってクルーかって暑い。熱中症との戦いみたいなもんや。その辺は杉田さんも経験あるから考えてるやろ」

 なにしたって暑いのは変わらないだろうけど、

「暑いからこそ青春の汗がほとばしる真夏の祭典や」

 良く言えばね。それでも、よくもまあ、こんな暑い時期に耐久レースをやろうなんて考えたものだよ。

「夏の甲子園もそうやろ」

 まあそうだけど、あれは高校生の長期休暇を利用した大会だからじゃない。もっとも夏の甲子園も物凄く暑いだろうから、ドーム球場に場所を変えろって意見も最近は出てるよね。

「わかってへんわ。高校球児はいくら暑くても夏の甲子園に出たいんやし、鈴鹿の四耐は暑うても夏にやるのに参戦者は価値を見出してるねん」

 そういう伝統って成立したら憧れになっちゃうところはある。暑いからって涼しい十勝で八耐やろうなんて誰も言わないもの。外から見る人には不合理にしか見えないだろうけど、中でやっている連中にとっては違うはず。

「高校球児に聞いてみい。涼しい京セラドームと、クソ暑い甲子園のどっちで試合がしたいってや。それが聖地やし、聖地になってるとこは、それだけの価値があるってことや」

 それでも鈴鹿の真夏の祭典は本音のところでは辛いだろうけど、これが真冬の祭典だったら、そっちはそっちで辛いだろうな。たとえば十勝で真冬に八耐とか。

「誰が走るか! スリックなんか冷えるどころか凍ってまうで」

 ピットガレージも開放なんかしていたら、

「八時間も吹き曝しにさせられたら凍傷どころか凍死者出るわ」

 観客もそうなるか。

「内地からの観客には無理や。あの寒さは想像を絶するやろうから。ほいでも北海道の人は平気やろ。ジャンプとかスケートを見に来るもんな」

 本場の防寒対策はレベルが違いそう。