浦島夜想曲:二日目(2)

 そこからユッキーとコトリちゃんが街を歩いてくると言いだし、香坂さんが付いて行ってしまったのでシノブちゃんとおしゃべり。

    「ユッキーやコトリちゃんって、仕事している時もあんな感じなの」
    「コトリ先輩は近いところもありますが、社長は違います」

 シノブちゃんは含み笑いをしながら、

    「氷の女帝です。あんな楽しそうな笑顔を見たら社員なら気絶すると思います」
    「そんなに怖いの」
    「目の前に立っているのも大変なぐらい」 「加納さんは知っておられるのですね」
    「そりゃね、クラスも一緒だったし」

 シノブちゃんは、仕事でユッキーのことをあれこれ調べた事があるみたいで、

    「聞いてもイイですか」
    「なに」
    「そもそも社長と山本先生の出会いってなんなのですか。高校時代に漫才コンビをやってたのはわかったのですが・・・」

 実はわたしも知らないし、カズ君でさえ知らないって言ってた。あのスタンツの漫才からユッキー様になったのはみんな知ってるけど、それ以前はわかんないのよね。

    「漫才コンビで愛を育んだとか」
    「それが、そうじゃないのよ」
 カズ君が高校時代に熱中して付き合っていたのは、みいちゃん。みいちゃんも、カズ君も、わたしも幼稚園から高校までずっと一緒。そう言えばカズ君はわたしを初恋の人ってしてたけど、中学ぐらいで棚上げしてあきらめたって言ってたよね。

 たぶんだけど、わたしを諦めた後にターゲットにしたのが、みいちゃんで良いはず。そうなると中学時代か、高校に入ってすぐぐらいのはず。そうだ、そうだ思い出した。みいちゃんは一年の時は一組、そうカズ君と同じだったはずよ。遅くともそれぐらいからでイイはずよ。

 カズ君とみいちゃんが付き合いだしたのは二年の時、それも体育祭が終わってからだった。この交際は長くて、みいちゃんの大学卒業まで続いてるんだよ。

    「では、社長の一方的な片思いとか」
    「そうとしか考えられないのだけど」

 シノブちゃんにはわかりにくいと思うけど、高校時代のユッキーはカチカチの優等生の上に氷姫。さらにだよ、

    『色恋に無縁の笑わん姫君』

 ここまで言われてたんだ。あれだけユッキー・カズ坊の席替え漫才やって、あれだけ一緒にいても恋愛関係になるなんて誰も想像すら出来なかったぐらい。

    「山本先生は、もてたのですか」
    「カズ君が? もてないよ。お調子者扱いだったもの」
    「でも社長も、コトリ先輩も、加納さんも」
    「人生はだからおもしろいと思うよ」

 カズ君の魅力か。あんなイイ男は他にはいないと思ってる。人は見た目じゃないのよ。そりゃ、見た目も良い方がイイに決まってるけど、最後はハートよ。そのハートが見えるかどうかで人生は変わると思ってる。

    「最初にカズ君が見えたのはユッキーでイイはずよ。よく高校時代に見えたものだと思ってるよ」
    「ではコトリ先輩は?」

 これも実ははっきりしないのよね。カズ君とはユッキーとのロマンスは何度か話をしてくれたけど、コトリちゃんとのは話したがらなかったのよ。でもコトリちゃんにも想いを残していたのは誘拐事件の時によくわかったもの。そんなことを話している最中に三人組が御帰還。

    「お店屋さん開いてなかったね」
    「でも夜の温泉街の雰囲気良かったで」

 そこからビールで酒盛り、

    「えっ、コトリとカズ君との馴れ初めってか。シオリちゃんは聞いてなかったの」
    「そうなのよ、いっつも誤魔化されてた。せいぜいあのバーで突然出会ったぐらい」
    「ユッキーは聞いてる?」
    「わたしも聞いてない。とにかく時間が短かったし」

 コトリちゃんはしんみりと話しだしました。

    「カズ君がユッキーにもシオリちゃんにも話してないのやったら、話さん方がエエかもしれへんけど、コトリも宿主代わりしたし、カズ君も天国に行ってもたから時効やからエエかな」
    「そんなに凄い話なの」
    「うんにゃ、たいした話やないわ。ユッキーもシオリちゃんも二年の時に日本史の班研究あったん覚えてる?」

 えっと、えっと、あれは二学期、体育祭の後だったはず。そしたらユッキーが、

    「そうだった。あの時にカズ坊とコトリは同じ班だったじゃない」
    「そうやねんよ」
    「そこでロマンスが」
    「芽生えなかったのはみんな知ってるやんか」

 コトリちゃんは陸上部のハイ・ジャンパー。結構な成績で秋の県大会にも出場していたぐらい。

    「そやねん、大会があるから班研究より部活優先やってん」
    「とにかく平常点なんて付かない学校だからサボってるの多かったよね」
    「まあ、そうやねんけど・・・」

 やっと思い出した。コトリちゃんは班長だった。だって発表したのはコトリちゃんだもの。

    「でもあの発表、なんとなく覚えてるけど、先生にもかなり受けてたんじゃない。カズ君は筋金入りの歴史オタクだったけど、あの頃からだったのよねぇ」
    「まあそうやってんけど。あの時のコトリは班長のくせに部活ばっかりやってサボってて、発表しただけやってん」
    「じゃあ、その時の恩返し気分がロマンスに」
    「だ か ら、そうならへんかったんは、みんな知ってるやんか」

 そうだった、そうだった。明文館では、あの明文館タイムスのお蔭で男女の交際情報は全校に筒抜け状態だったものね。そもそもあの頃からカズ君とみいちゃんの交際は始まってるし。コトリちゃんの話は意外なところに、

    「あの時の班研究でロマンスは生まれへんかってんけど、カズ君の研究読んで歴史ってこんなにおもしろいって思たんよ」
    「なるほど、そこから二人は急接近・・・なんてなかったよね」
    「そういうこと」

 結果的にいうとあの班研究をキッカケに二人のロマンスは芽生えもしなかったんだけど、コトリちゃんは歴女として目覚めたでイイみたい。もっとも専門で研究する程じゃないけど、歴史ファンぐらいになったで良さそう。

    「クレイエールで歴女の会を作ったのもコトリだったけど、その頃はミーハー歴女だったかな」

 そんなコトリちゃんだったんだけど、歴史を好きになればなるほど、そのキッカケになった班研究が手抜きもイイところだったのに後悔し始めたらしいの。

    「歴史をある程度知ると、あの時のカズ君の研究が、おもしろい視点なのがわかってきたんよ」

 いつしかコトリちゃんはカズ君ともう一度班研究をしたい夢を抱くようになったで良さそう。

    「こんなもの普通は夢で終わりそうなものやってんけど・・・」
    「そうなりそうなものだよね」
    「あのバーで出会ってしまったのよ」
    「そこでロマンスの火が着いた」
    「うんにゃ、すぐには着かへんかった」

 そうだった、そうだった。あの頃のコトリちゃんは坂元と付き合っていたはず。

    「どうだったの、やっぱり歴史研究やったの?」
    「やった、やった、ガチやった。だってやで、いきなり本格的なフィールド・ワークやったし、それこそ基礎からみっちりやった」
    「おもしろかった?」
    「おもしろいなんてものやなかった。付いてくのは大変やったけど、もう夢中って感じ。コトリはこれがしたかったんだってわかったのよ」

 わたしはそこまで歴史好きじゃなかったから、カズ君の歴史談義は適当にお茶を濁したことが多かったけど、それでもおもしろかったものね。歴史好きならなおさらなのはわかるわ。ここでユッキーが、

    「なにを研究したの?」
    「一の谷」
    「やっぱり延慶本」
    「もち、それと玉葉が中心だった」

 ユッキーに聞くと玉葉は漢文で、延慶本とは平家物語の一番古いとされるバージョンで、

    「あれ読むのは大変よ。かなまじり宣明体って言って、旧かな遣いのひらがなの洪水を読むようなものだよ」

 そりゃ本格的だわ。

    「で、どこでロマンスになったのよ」
    「それがね・・・」

 とにかく朝から晩まで一の谷を考えるぐらいにしないとカズ君の話に付いて行けなかったようなのよ。それはカズ君の歴史レベルならなんとなくわかるけど、そうなっちゃうと恋人である坂元との会話さえ味気なくなっちゃったみたいなの。

    「ある時にコトリは気づいたの。カズ君との歴史ムックはおもしろいし、こんな歴史ムックをやるのが夢だったけど、本当の夢はカズ君と歴史ムックをして、カズ君に認めてもらうことだって」

 それにしても、まあ時間のかかる恋だこと。高校二年の歴史班研究がスタートとして十二年じゃない。

    「あははは、そうやねん。それだけかかって、やっとカズ君が見えるようになったってこと。シオリちゃんはもっと短かったものね」

 コトリちゃんのことは笑えないかもしれない。たしかに再会してすぐに同棲を始めたけど、あれは正確に言うと同棲じゃなく同居。二年近く一緒に住んで、同棲になったのはカズ君の国試が終わって、その発表までの間だけ。ここでコトリちゃんと声を合わせて、

    「ほんじゃ、ユッキーとカズ君の馴れ初めは?」

 ユッキーは意外そうに、

    「あらシオリも聞いてないの?」
    「カズ君も知らないって言ってたもの」

 ユッキーはかなり憤然として、

    「カズ坊の野郎、死ぬまで思い出さへんかったんや。今度会ったら八つ裂きにして釜茹でにしてやる」

 うわぁ、懐かしい。ユッキー様じゃないの。まだ出来るんだ。それからユッキーは懐かしむように、

    「入学式の日に、よそ見しててカズ君にぶつかって転んだのよ」
    「それで、それで」
    「そしたら手を差し伸べてくれたのよ」
    「それで、それで」
    「で、手を握ったのよ」 「それで、それで」
    「それから、ずっと」

 わたしとコトリちゃんはまたもや声をそろえて、

    「それだけ!」

 ユッキーはポッと顔を赤らめて、

    「そうよ、それだけ」
    「それだけで何年よ、他の男は」
    「見向きもしなかった」
    「だから・・・」
    「当然よ、ファースト・キッスでバージンだったよ。取っといて良かったと思ったもの」

 六十五年ぶりに明かされる衝撃の真実ってやつかな。そりゃ、ユッキーには敵わないな。カズ君が交通事故で入院中にユッキーの前で引き下がってしまったのは、これを感じたのかもしれない。そんなことを考えてたら、ユッキーとコトリちゃんから同時にツッコミが、

    「でも、最後にさらっていったのはシオリだからね」
 まだ時効にしてくれないか。記憶を受け継ぐってこういうことかもしれない。それにしてもカズ君をコトリちゃんと争ったのは四十五年前の話よ。これをこれだけ熱く話せるって感覚が嬉しい。わたしの心は確実に若返ってる気がする。

浦島夜想曲:二日目(1)

 起きたらまず朝風呂。温泉旅行はこれがあるからイイんだよね。昨日は露天風呂だったけど、今日は大浴場。これが槇風呂で気持ちイイのよ。泉質も滑らかでお肌もツルツルする感じ、湯の花もプカプカと。龍神温泉は美人の湯として有名だけど、看板に偽りなしだわ。

 お風呂の窓も大きくて開放的。一泊で終わらせるにはもったいないぐらい。ノンビリつかっていたらユッキーとコトリちゃんがなにやらポーズを。

    「シオリちゃん、撮って、撮って」
    「シオリなら許す。ミサキちゃんも、シノブちゃんもどう?」

 そしたらシノブちゃんと香坂さんは口をそろえて、

    「結構です。一緒にしないでください」

 悪いけど防水カメラは持って来てないよ。部屋に帰ると朝食、ここは朝食も部屋食なんだ。食事が終わると出発準備なんだけど、みんな支度が早いわ。言っちゃなんだけど、みんな肌が若くて綺麗なものだからほんの薄化粧。

    「コトリ、化粧は?」
    「メンドクサイ」
    「あら、イイの。だったらイイ男が出てきたら、わたしのものね」
    「やっぱり化粧しとく。シオリちゃんもおるし」

 おいおい、そりゃ未亡人だから参加資格はあるだろうけど、八十のババアだよ。でもね、どこかで枯れ木が勢いを盛り返してる気がしてるの。もっともカズ君を裏切る気なんて毛頭ないけどね。

    「コトリちゃん、旅の栞には今日は天誅倉に行ってから熊野古道ってなってるけど」
    「そうや、世界遺産やで」
    「どうやって行くの?」
    「それは行ってのお楽しみ」

 またもや歩き。荷物を抱えて三十分はちょっときつかったけど到着。こんなところからどうするかと思ってたら、

    「じゃ~ン、貸し切りバスよ」
    「コトリ社長、貸し切りバスにされるんでしたら、わざわざ荷物抱えて、これだけ歩かなくとも」
    「ミサキちゃん、歩いてこその発見があるのが旅行やで」
    「それなら荷物は置いといてバスで引き返したら良かったじゃないですか」

 香坂さんの言う通りだわ。そしたらコトリちゃんは、

    『♪人生、楽ありゃ苦もあるさ
    涙の後には虹も出る』

 これって水戸黄門じゃん。

    『歩いてゆくんだ、しっかりと
    自分の道を踏みしめて』

 そしたらユッキーが、

    「御老公様、いざ参りましょうか」
    「御老公って、誰よ!」
    「天下のフォトグラファー、加納志織公である。皆の者、頭が高い」

 そしたら残りの三人が、

    「へ、へい」

 即興でそこまでやるか。なんとなく誤魔化されてバスへ。二十五人乗りのサイズだけど、とにかく乗客が五人なもので、まさに広々。さらにガイド付き。

    「みんないる」

 五人しかいないから見ればわかるはずだけど、

    「よっしゃ、出発」

 なかなかおもしろいガイドさんでしたが、なにか不思議そう。途中で、

    「こんなにお若いグループと思いませんでした」

 でしょうね。たった五人でバスを貸切にして移動する人なんて少ないでしょうし、そのうえ見た目の若さ。

    「同窓会ですよね」 「そやで、見てみて」

 例の染め抜きの旗です。

    「高校のクラス会ですね。良かったら今のお仕事を教えて頂ければ」
    「この四人が会社員やねん」

 会社員・・・間違いじゃないけど、

    「こっちがフォトグラファーやってはる」

 そしたら、わたしの顔をマジマジと見て、

    「あの、その、間違っていたらゴメンナサイ。ひょっとして、加納志織さん。とっても似てられるもので。でも違いますよね」

 ここはどうしようと思っていたら、コトリちゃんのノリは軽すぎる。

    「そやで、世界一のフォトグラファーの加納志織や。よう知ってはるな」
    「私も写真が好きで、大ファンですから。でも、ちょっと待ってください、加納さんは異常に若く見えるので有名ですが、いくらなんでも・・・御引退されてから五年ぐらいは経つはず」
    「そやで。正確には六年や」
    「で、皆さまは同級生って・・・」

 どうするのかと思っていたら、

    「信じるも信じないも自由やけど、信じたらサインぐらいもらえるかもよ」

 そうやって笑い飛ばしながら二時間近いバスの旅。途中から大カラオケ大会になりました。熊野古道のスタートの発心門王子に着いた時にガイドさんは悩みながらも、

    「良かったらサイン頂けますか」

 色紙持ってたんだ。ここはノリで書かないといけないだろうなぁ。ま、サインぐらいイっか。

    「ありがとうございます」

 荷物はどうするのかと思ってたんだけど、なんとそのまま宿まで運ぶようです。さらに、

    「はい」

 渡されたのがリュック。

    「水筒とお弁当が入ってるから。そやそや帽子も入ってるよ」

 なんと手回しの良いこと、

    「ところでコトリ、どこまで歩くの?」
    「そりゃ熊野本宮まで」
    「どれぐらいかかるの」
    「七キロぐらやから四時間ぐらい」
    「案外近いのね」

 近くないって思ったけど、熊野古道の雰囲気を味合うのだったら、それぐらいは必要かも。でもさぁ、コトリちゃんも敬老精神がないよなぁ。八十のババアにそれだけ歩かせるか。朝も歩いてるし、昨日もかなり歩いてるし。

    「だいじょうぶ、だいじょうぶ。歳はそうかもしれんけど、体は見た目通りに若いで」

 それはわかる。カズ君もこれにはビックリしてた。こう言われたっけ、

    『シオは見た目だけやなくて、どっこも歳とらへんから腰抜かすわ。この調子やったら死なへんのんちゃう』

 マジでそう思った時期もあったぐらい。うちのスタッフにも、

    『先生は超人なんてレベルじゃないですね』

 カメラマンは体力勝負のところもあって、カメラだけではなくて重い機材も抱えての長時間の徒歩移動なんてザラなのよね。

    「シオリちゃん、カメラ持っててだいじょうぶ」
    「わたしはプロよ。これぐらいのカメラ一つぐらいじゃ荷物のうちに入らないわよ」

 実はこの道も撮影に来たことがあるんだ。なんか懐かしいな。トビキリのモデルが四人もいるから撮りがいがあるし、楽しい。

    「シノブちゃん、ちょっと右上の方を見る感じで、そうそう、少しだけ視線を下げて。ちょっと物憂い感じをしてくれる。そうよ、そうよ・・・」
    「ユッキー、気持ちうつむき加減で。そこまでうつむいたらうつむきすぎ。そうそう、そこから左側に軽く視線を流して。そうそう・・・」
    「だからコトリちゃん、棒立ちじゃなくて・・・ちがうよシナ作るんじゃなくて、もっと自然な感じで。右手はもうちょっと上ぐらい・・・だから、そこでゲラ笑いをしたらダメだって・・・」
    「香坂さん、その業務用の笑顔はダメだって。もっと心からの、そうねぇ、旦那さんにプロポーズしてもらった時の笑顔。そんなもの無理ってか、じゃあ、お誕生日のプレゼントをもらった感じ。はいはい、良くなって来たよ・・・」

 気が付いたら仕事してた。途中でお弁当になったんだけど、

    「これは立派ね」
    「そらそうや、宿の人に頼んどいたから。龍神温泉にホカ弁なかったし」

 おいおい、ホカ弁あったらそっちかよ。四時間タップリかかって熊野本宮に。お参りして写真撮って。

    「ところでコトリちゃん、リュックにバスタオルも入ってるけど」
    「それは今からのお楽しみ」

 また歩きかと思ってたら路線バス。

    「わかった、今日の宿は書いてなかったけど、サプライズで川湯温泉で温泉掘りやるとか」
    「そっちも悩んでんけど」

 バスは川湯温泉を通り過ぎ湯の峰温泉に。ここは来たことがなかった。

    「うわぁ、これぞ温泉って感じ」
    「そやろ、そやろ。川湯じゃホテルみたいで愛想なくて」

 バスを降りたわたしたちが連れて来られたのは公衆浴場。というか狭い川原にある掘立小屋のようなもの。

    「ラッキー、次には入れるで」
    「ここに入るの」
    「そや、つぼ湯いうて、なんと世界遺産やで」

 つぼ湯の上にある屋根付きベンチで待ってました。前の人があがってきたので河原の方に降りると、脱衣場があったのですか、

    「狭いね」
    「二人用ぐらいやから、ちょっと我慢して」

 なんか岩をくりぬいたような浴槽があるのですが、二人も入ると満員。ジャンケンで勝ったわたしが香坂さんと入ったのですが、これが結構深くて、

    「熱い」

 どうも浴槽の底から湯が湧き出ているようですが、水を足して行かないと、

    「熱い」

 でも気持ちイイ。これこそ温泉って感じ、

    「出たら着替えて上で待っといて」

 一組三十分らしくて、ホントにつかるだけだったけど大満足。そこから土産物屋で生卵を買って、

    「やっぱり」
    「温泉に来てこれをやらないと」
    「来た意味がない」

 これも河原にある湯筒で温泉卵。お塩かけて美味しかった。

    「ここが今日の宿のあずまやさんよ」

 ほぅ、純和風というか、湯治宿の雰囲気を残してるというか、

    「コトリちゃん、センス良いね」
    「そらそうや、ちゃんとやらんとミサキちゃん怖いし」
    「ミサキは怖くありません」

 部屋に案内されたのですが、

    「この部屋も立派だね、八畳六畳の二間続きじゃない」
    「これって高野槇よね」
    「その前に風呂よ、風呂」

 さっきのつぼ湯はつかっただけですから大浴場に、

    「ここも全部高野槇みたい」
    「リッチだねぇ」

 今日は良く歩いたからゆっくりつかる風呂が気持ちイイわ。

    「こっちに蒸し風呂もあるよ」
    「サウナじゃないの」
    「う~ん、釜風呂やけど和風サウナってところかな」
    「この後は露天風呂で〆」

 風呂上がりの休憩所で一服してから部屋に戻ってしばらくすると夕食。懐石ですが、

    「わぁ、シャブシャブもあるじゃないの」
    「美熊野牛っていうて、この辺でしか食べられへんもんらしいで。それに普通のシャブシャブないねん」
    「どこが違うの」
    「温泉シャブシャブやねん」

 とにかくこの五人組は食べる食べる。やると思っていたら、

    「シャブシャブ追加五人前」
    「コトリ副社長、五人前でイイのですか」
    「そうよ、そうよ、ここでしか食べられないのよ」
    「ほんじゃ十人前」

 お酒の方も今日は日本酒をメインにしたいみたいで、仲居さんに、

    「太平洋ってのある」
    「はい、ございます」
    「大吟醸?」
    「はい、そうです」
    「一升瓶ごと冷えてる?」
    「はい」
    「それごと持って来て」

 仲居さんは目をシロクロさせていましたが、一升って言っても一人二合ですから、

    「すみません、瓶ごとお代わり」
 じゃかすか飲んで、食べて、しみじみ感じています。生きてるってイイなって。

浦島夜想曲:お成りの間

 風呂から部屋に戻ったんだけど、

    「立派な部屋ねぇ」

 なんでもこの部屋に紀州の殿さまが泊っていたからお成りの間っていうらしいし、置いてある調度も当時の物があるんだって。四人とも大はしゃぎで、

    「シオリ、撮って、撮って」

 床の間をバックに殿様気分てところのようです。これはわかるから、いっぱい撮ってあげた。

    「コトリで悪いけど」

 えへへへ、撮ってもらった。やっぱり一枚欲しいじゃない。お成りの間は二間続きで、上段の間と下段の間に別れるみたいだけど、

    「やぱりシオリは主女神だから上段の間よね」
    「そうね、わたしたちは下段の間にしましょうか」
    「やだぁ、ここまで来て仲間外れはないでしょ」

 そして待望の食事。

    「すき焼きコースもあったけど、やっぱり懐石にしといた」

 料理写真はあんまり撮ったことなかったけど、これもパチリ、パチリ。ただ飲むわ、飲むわ。だって、

    「お飲み物はどういたしましょうか」
    「とりあえずビールで」
    「何本お持ちしましょうか」
    「そやな、とりあえず一ダース持って来てくれる」

 飲んで食べてで盛り上がってきたら、

    「コトリ、いくよ」
    「ほいきた」

 げげ、ウインクじゃない。これは懐かしい。

    「ミサキちゃんも入って」
    「ユッキー社長、ここでもやるのですか」
    「もちろんよ」

 これはパフューム。よく踊れるものね。

    「ほらシノブちゃんもよ」

 女四人組ってあったっけと思ってたら、

    『♪果てしない
    この空の向こうに』

 スピードだぁ。みんな芸達者だなぁ。

    「ほらシオリも」

 えっ、えっ、えっ、なんにも出来ないよって思ってたら、

    『♪ド、ド、ドリフの大爆笑』

 なるほど五人組だ。そのまま続けて、

    『♪ババンガ、バン、バン、バン
    ババンガ、バン、バン、バン
    いい湯だな』

 まさかエレギオンHDの心臓部でこんな練習やってるとか。いや、やってるに違いない。やってなきゃ出来ないもの。食べて、飲んで、歌って、踊った後は一階の囲炉裏がある部屋に、

    「イイね、イイね、この感じ」
    「懐かしいって感じがするものね」

 五人でキャッキャッと話し込んでた。囲炉裏部屋に行ったのは、行きたかったのもあったけど、食器を下げてお布団を敷いてもらうためでもあるのよね。しばらく談笑した後に、

    「そろそろ戻ろうか」

 部屋に戻れば再びビール。ユッキーが、

    「聞きたいこと色々あるでしょ」

 いっぱいあるんだけど、何から聞いたら良いものなのか。とりあえず、

    「神って結局なんなの?」
 ウィーンの時にも聞いたけど奇々怪々な世界。だってさ、オーストラリアに落下した彗星が実は宇宙船で、その乗組員が生き残っていて当時のクレイエールに勤めていたってなんなのさ。そのうえだよ、そのエラン人はエランの独裁者で一万年も宿主を移動しながら生き延びていたって言うのよ。

 アラって名前らしいけど佃煮みたい。佃煮は置いとくとして、アラは自力では意識を移動することが出来ずに十一年前に亡くなったらしい。そんなアラからの情報が主体みたいだけど、神の発生はエランで行われた意識分離技術で、神の能力が高まったのは分離された意識が無重力状態に置かれたからってお話。


 これを信じろと言われても無理があるのだけど、ユッキーは宇宙船騒ぎの時に地球側の全権代表になってるのよ。これは誰もが知ってること。知ってるけど、実はどうして会社の社長に過ぎないユッキーが首相をさしおいて全権代表になったかは謎だった。

    「あれ? エランの自動翻訳機の精度が低すぎて会話にならなかったからなの」
    「でも相手は宇宙人じゃない。ユッキーが何ヶ国語も話せるのは聞いたけど、エラン語まで話せたと言うの?」
    「なんとかね」

 一万五千年前と言われたって想像もつかないけど、エランからの植民団が地球に来ていたって言うのよ。その植民団の末裔が作り上げたのがエラム文明で、その影響を強く受けたのがシュメール文明ってか。

    「エランには統一政府があって、統一言語になってるの。その統一言語の元になったのがエラム語で良さそうよ。まあ、奈良時代の人間と現代人が話すより差があったけど、話しているうちにだいたい覚えた」
    「ちょっと待ってよ、それじゃあ、ユッキーはエラム語とやらを知ってたの?」
    「そりゃ、知ってるよ。わたしが生まれたのはエラムのアラッタだよ。最初に覚えた言葉じゃない。バリバリのネイティブよ」

 そんなアホなと言いたいけど、まず知ってなきゃ話せない。さらにエラム語を知っていても現代エラン語とは違いが余りにも大きいから、単に話せるレベルじゃ無理なのもわかる。だって、だって、ユッキーが地球側全権代表としてエラン人と交渉したのは事実だもの。

    「じゃあ、その一万五千年前のエランからの植民団の末裔が神なの」
    「違うよ」

 時空トンネルって言われてもSF小説の世界としか思えないけど、かつてはエランと地球は二年ぐらいで来れたそうなの。それぐらい近かったから植民団が送られたというのは納得しないといけないし、そのエランからあの宇宙船団が地球に来て大騒ぎになったのも記憶に新しいところだもの。

    「あの宇宙船団は二年で来たの」
    「そうだよ。エラン代表もそう言ってた。でもね・・・」

 その時空トンネルの位置が時々変わるらしくって、地球に植民団を送ってしばらくしてから、長い間片道五十年になってたっていうのよ。それがまた近くなったから前の騒ぎの時は二年で来たはずだって。

    「おそらく、植民団は意識分離せずに地球に来ていたはずよ。だからエラム文明を築いたのはエラン人だけど神ではない」
    「じゃあ神は?」

 これがなんと一万年前の流刑囚だというのよ。分離された意識をカプセルに詰め込まれて五十年かけて地球に星流しにされたって。五十年も分離された意識が無重力下に置かれたから、今の地球の神がそこで発生した・・・完全にSFよ。それも出来の悪い。

    「じゃあ、ユッキーもコトリちゃんもエラン人なの」
    「わたしはエラン人でイイと思う。とりあえず植民団の末裔のエラムのアラッタ出身だから。でもコトリは違う、コトリはシュメール人の末裔よ」

 聞きたいのはそこでなくて、神としての意識の始まり、

    「それなら違う」

 神は分離するって言うのよ。アラッタの主女神ってのが、わたしに宿ってる主女神らしいのだけど、ここから五千年前に分離されてユッキーとコトリちゃんが神になったって。

    「じゃあ、シノブちゃんや香坂さんも」
    「違う」

 シノブちゃんと香坂さんは、四千年前にコトリちゃんから分離した神だって。もう頭の中はグシャグシャ。

    「シオリ、今夜はこれぐらいにしておきましょ。一度に理解するのは無理があるわ」
    「最後にもう一つだけイイ」
    「イイよ」
    「高校の時のユッキーやコトリちゃんはどうだったの?」

 これまた奇怪な話で、四百年前にシチリアで魔女として火炙りにされそうになったから、日本に逃げて来たっていうのよ。日本に来た時に長すぎる記憶に倦みつかれて記憶の継承を封印しちゃったって。

    「だから高校の時のわたしもコトリも、木村由紀恵、小島知江として育った記憶しかなかったわ」

 これは信じられる。あれが全部お芝居だったとは思えないもの。そうよ、神の起源も知りたいけど、今のわたしに取って大事なのはユッキーとコトリちゃんにとってわたしがどうなのかよ。

    「ユッキーの記憶構造はどうなってるの。その中でわたしはどうなってるの」

 ユッキーは少し考えてから、

    「記憶はすべてつながってる。封印していた時代の記憶もすべて甦ってる。でもね、封印していた四百年はどう言えば良いのかな、ちょっとリセット状態の感じがあるの」
    「リセットって?」
    「記憶は全部つながってるけど、シオリと過ごした時代から新たに始まってる感じと言えば良いかな」
    「だからユッキーなの」

 ここでニコッと笑って、

    「コトリもだけど気に入ってるのよ」
    「じゃあ、わたしは単なる通りすがりじゃないの?」
    「通りすがり? いつかはそうなると思う。でも今は違う」
    「ありがと」
 ユッキーの言う通り、こんな話を一遍に理解するのは到底無理よ。でも理解するのは無理だけど、感性は受け入れている。それより大事なことは、もう疑う余地なくユッキーはユッキーであり、コトリちゃんはコトリちゃんだということ。姿かたちは変わろうとも、同級生の大事な大事なお友だち。いや、向こうがどう思おうと親友よ。

 これさえわかれば今夜のわたしは満足。今日は疲れた。それも体も心も心地よい疲れ方なのよ。グッスリ眠れました。明日は何が待ってるんだろう。

浦島夜想曲:龍神温泉

 さすがに一時間半の路線バスの旅は長かった。

    「とりあえず宿に荷物を預けて観光します」

 宿はバス停からほど近い上御殿。なんでも紀州藩の開祖である徳川頼宣が龍神温泉を訪れた時に建てられた御殿が始まりらしく、当時の建物も残ってるらしい。

    「シックでエエやろ」

 とりあえずフロントで荷物を預かってもらい観光に出発。宿の周囲の探索程度かと思ってたら、ずんずん歩いて行くのよね。それもウキウキしながら、みんなタフねぇ。どこまで行くのかと思ったら、皆瀬神社までいって参拝し、龍の里橋を渡り曼荼羅美術館、さらに道の駅龍神によって皆瀬弾正の墓も見て一時間半。やっと帰って来たと思ったら、

    「ついでに温泉寺も見ておこう」

 ようやく宿に帰り着くと、

    「よっしゃ、時刻もバッチリ。風呂だ、風呂だ」
 露天風呂を貸切予約にしていたようで、その時刻に合わせるようにコトリちゃんは案内していたみたい。この露天風呂が日高川を見下ろす位置にあって最高。ゆったりつかりながら四人を見てたんだけど、こりゃ綺麗やわ、まさに女神の美の競演。これだけの光景はそうそう見れるもんじゃないよ。

 プロとしてアイドルや女優、モデルの写真を数えきれないぐらい撮って来たけど、これほど綺麗で魅力的なヌードは滅多にないと思うよ。強いて特徴をあげるとユッキーはスリムで華奢。でも鶏ガラみたいな素っ気ない華奢じゃなくて、しっとりした色気と優しさに溢れるボディかな。なんか食べちゃいたい気持ちになっちゃう。

 コトリちゃんはスリムでキュート。小島知江とも似てるけど、ただのスリムじゃなくて若鹿のような張りがあるのよね。ムチのようなしなやかさと、強さを持ってるとしてもイイわ。

 シノブちゃんは可愛い。どこまでもやわらかくて、ほんわかした感じ。でも間違ってもデブじゃない。しっかりと出るところは出てるし、くびれるところはくびれてる。たるみなんて、どこを探してもないもの。こういうタイプは撮りがいがあるのよね。

 香坂さんはどっちかというとグラマー・タイプ。着やせするみたいで、普段のスーツ姿からあのナイス・ボディを想像するのは難しいかもしれない。それとグラマー・タイプと言いながら無駄な肉はどこにもないのよね。キリッと引き締まってシャープな感じって言えばイイかも。

 こんな四人のヌード写真を出したら売れるだろうな。そりゃ、もう腕の揮いがいがあるもの。これだけの素材で売れる写真集が作れなかったらプロとは言えないよ。でもね、でもね、どこかおかしいのよね。

 この中で一番若いコトリちゃんで五十歳、ユッキーは一つ上の五十一歳。香坂さんになると還暦越えて六十五歳だし、シノブちゃんなんて古希の七十歳だよ。歳だけでいえば老人会の旅行みたいなものじゃない。そんな事をボンヤリ考えていたら、四人が突然ポーズを取り始めて、

    「どうシオリ、プロの目から見て誰が一番」

 おいおい、そこまでやるかと思ったけど、ここは乗らないとね。わたしも負けずにポーズを取って、

    「そんなもの。八十歳のババアが一番に決まってるじゃない」

 五人で大笑いになっちゃいました。体を洗ったりしてたんだけど、

    「シオリちゃん、ちょっと頼みがあるねんけど」
    「なに」
    「言いにくいんやけど」
    「なによ」
    「アカン、ユッキー代わりに言うてくれへん」

 あれ、なんだろう。

    「コトリ、わたしだって言いにくいよ。ミサキちゃん、お願い」
    「社長、堪忍して下さいよ。ここはシノブ専務に・・・」
    「どうして私なんですか!」

 おいおい、なんの話だこれ。四人でさんざん押し付け合いの末に香坂さんが、

    「もう、結局こんな役割ばっかり。副社長が仰るには、五女神が一緒に旅行するなんて久しぶりだから、記念写真を撮っておきたいとの事なのです。そこで大変申し訳ないと思うのですが、加納さんにカメラ係をやっていただけないかと」
    「な~んだ、そんなこと」
    「シオリちゃん、そこでものは相談やけど。撮影料は友達価格にして欲しいんよ。まともに依頼したらエレギオンが倒産しかねへんし」

 するか! 月で餅つきするためにスペースX社を買収しようとするエレギオンが、たかがわたしの依頼料で倒産するわけないでしょ。

    「もう引退してるし、プライベートの旅行だから料金なんていらないよ」
 写真か。最後に撮ったのはいつだったっけ。カズ君の癌がわかった時にプロは引退しちゃったけど、写真は続けるつもりだった。いや、これからは自由に好きなものを撮るつもりだったのよ。

 有名になって、売れっ子になるほど仕事は増えるんだけど、どうしても仕事になっちゃうのよね。なんていうか、料金こそ上がって儲かるけど、それが撮りたいものと違ってきちゃうのよ。そりゃ、プロだから、それなりに仕上げるけど、どうにも、

    『こなしてる』
 この感覚が年とともに強くなってたんだ。だから引退したら、自分の撮りたいものを撮るつもりでマンマンだったのよ。それこそ商売抜きの芸術家としてね。実際に撮ってたんだけど、カズ君の再発がわかってからは撮れなくなってた。

 カズ君が亡くなった後はカメラを触るのもイヤになってた。カメラはわたしの生きがいで、それで成功したのはハッピーだったけど、カメラはカズ君を幸せにしたかと思うと、そうは思えなかったの。わたしにカメラがあったばっかりにって。

 もちろん、それだけじゃないけど、撮ろうとする気力が根こそぎなくなってた。もう死ぬまでカメラなんか触らないとさえ思ってた。でもね、この旅行に来てからムクムクと撮りたい気分が溢れて来てるのよね。

 だってあの四人はどう撮っても絵になるし、こんな景色の良いところじゃない。どうしても撮りたいって気持ちが止め様がなくなってる。えへへへ、たぶんそうなるんじゃないかとさえ思ってた。実は持って来てるんだ。

 あんな楽しそうな四人組なら頼んでも撮らせて欲しいぐらい。さすがにヌードは無理だろうけど。

    「ありがたい、経費が増えるとミサキちゃんが怖いんよ」
    「そうなのよ、どれだけ怖いか」
    「そうなんや、エレギオンで一番怖い人なんよ」
    「毎朝、会うたびにオシッコちびりそうになるもの」

 そしたら香坂さんは、

    「ミサキは怖くなんてありません。お二人が暴走さえしなければ、なんにも言いませんし、なんにもしません。だいたいですね・・・」

 そりゃクレイエール・ビルを壊しそうな悪戯を始終やらかそうとしてるのなら、香坂さんは怒るよね。つうか、どうも香坂さんはユッキーとコトリちゃんのお目付け役みたい。

    「とにかく社長や副社長の暴走の方が千倍怖いです」
 ああ、すっかり若返って同窓会気分だよ。

浦島夜想曲:出発

 当日は九時半にクレイエール・ビルの一階ロビーに集合。

    「こっちよシオリちゃん」

 なにやら旗を持っていますが、

    『明文館高校二年三組』

 校章まで入れた染め抜き。わざわざ作ったんだ。

    「はい、これ」

 旅の栞じゃない。これもわざわざガリ版刷りで作ってある。当時はそうだったものね。まだワープロどころか、コピーさえ高かったし。それにしても、よくガリ版刷りの道具があったものね。

    「まずは記念写真を撮るよ」

 玄関前に並んだんだけど、

    「シオリちゃんが真ん中で左がユッキーとミサキちゃん、右がコトリとシノブちゃん」

 どうしてこの並び?

    「マリー、世界の加納志織を撮るんだから気合入れてね」
    「了解です」

 何枚か撮って、

    「シオリちゃん、マリーの腕前はどう」
    「イイんじゃないの」
    「マリー、加納さんが褒めてるよ」

 あっ、思い出した。クルーズの時に出会ったマリーじゃない。ここに勤めてたんだ。挨拶もして聞いてみるとエレギオンの実質的なナンバー・ファイブでイイみたい。出世したものね。

    「安心して行ってらっしゃいませ」
    「じゃあ、頼んだわよマリー」

 そこからタクシーかと思えばポートライナーまで歩き。荷物が多いのでエレベーターでホームに。そこから三ノ宮駅で一〇時三七分発の新快速に。エレギオンHDの旅行にしたら質素だなぁ。

    「これは・・・」
    「ゴメンゴメン、リムジンでも期待しとったと思うけど、あんまりリッチするとミサキちゃんがウルサイから」
    「そこまでウルサクありません」
    「でもクルーズの時は乗船料を経費で落とすの渋りまくったやんか」
    「当たり前です。どこの世界に九億円の出張旅費なんて存在するものですか」

 新大阪まで座れなかったのですが、

    「シオリちゃん、代わってもらったら」

 指し示すのは優先座席、

    「コトリちゃん!」
    「コトリはまだ五十やけど、シオリちゃんは八十やから十分権利あるで」

 ま、バスの敬老乗車証はもらってますけど、あんなもの使いにくいったらありゃしない。敬老乗車証だけじゃなくて、この歳になればあれこれ優待パスはあるけど使った事がないわ。見栄もあるけど、使おうにも間違いなく不正使用扱いされるもの。そんなかんなで三十分足らずで新大阪に到着。

    「下りるで、旗にちゃんと付いて来てね」

 旅の栞はもらったものの、読む時間がなくて行く先は未だに不明。それにしてもどこ行くんだろう。飛行機使うなら神戸空港じゃなければ大阪空港だけど、新大阪で下りるのなら違うだろうし、新幹線使うにしてもわざわざ新大阪まで来るのは変だし。連れて行かれたのは三番ホーム。

    「じゃ~ん、特急くろしおだよ」

 ということは和歌山ね、白浜とか勝浦か。でもこの調子なら自由席だろうな。コトリちゃんはずんずん歩いて行って先頭車両の一号車に。やがて電車が到着すると、

    「さあ乗って、乗って。パノラマ・グリーン車だよ」

 和歌山は仕事でもプライベートでも何度も行ってるけど、いっつもクルマだもんね。とくに仕事の時は荷物も多いからクルマ。電車で行くのは初めてだわ。それもグリーン車って、なんかワクワクする。

    「五人だから席割はとりあえずこうするけど、後で変わろうね」

 シートは二列だからそうなるものね。一人になった香坂さんが、

    「こっちは誰か来ますよね」
    「来ないよ、そこも抑えといた」
    「コトリ副社長!」
    「それぐらいエエやんか」
 六席分が自由に使えるのでゆったりです。今度こそ旅の栞を読もうと思ったのですが、隣に座ったコトリちゃんがしゃべるしゃべる。わたしもテンションが高まってきて、しゃべるしゃべる。ウィーンの夜では近況報告的なものはあまり話さなかったし、ウィーンの夜からでも、もう十五年だもの。

 話題はどうしても高校時代に。とにかく大変な高校だったうえに、コトリちゃんは天使、わたしは女神様で追っかけが常にゾロゾロいて、連日の乱痴気騒ぎみたいな学校生活だったもの。

    「一年の体育祭の時だけどさぁ、シオリちゃんも押し付けられたの」
    「そうなのよ、いきなり満場一致で、
    『異議なし』
これで逃げ場なくなっちゃったのよ」

「コトリなんて、もっとひどかった。だってさ、だってさ、誰を選ぶかをすっ飛ばして、いきなり天使のコスプレの検討だったもん」

 そこにユッキーが、

    「同じようなものね」
    「あれユッキーも」

 コトリちゃんの天使の衣裳も超ミニスカート、両肩剥きだしで、背中パックリで豪快だったけど。ユッキーの氷姫はもっと凄かった。着物ベースのアレンジだと思うけど、とにかく生地がスケスケで見えそうだったし、歩くと裾が翻るんだけど、いったいどこまで翻るんだって代物だった。

    「コトリちゃんも相当だったけど、ユッキーは、よくあんなものをOKしたね」
 あの頃のユッキーは文字通りの氷姫。入学してから笑顔どころか、表情が変わったところを見たことが無いとまで言われてた。だから怖かったんだけど、不思議に人気はあったのよ。

 どう言えばイイんだろ。あれだけ無表情で、話せば不愛想な切り口上、さらにあの身の毛もよだつ睨みまであったのに、なぜか本当は心優しい人って評判があったのよねぇ。一年五組の友だちがユッキーのことを、

    『あんなイイ人はいない』
 こう言うのを聞いても信じられなかったけど、ユッキーには確実にファンがいた。追っかけは例の睨みで追っ払っちゃったけど、そうしなかったらわたしやコトリちゃんに匹敵するぐらい来てたかもしれない。

 だからユッキーのファンはかえって熱かったかもしれないって思ってる。だってあれだけ怖い睨みを喰らってもファンを続けるぐらいだもの。そうなんだよ、あの時の一年五組は熱かった、それも火傷するぐらいに。今ならわかる。あの時の一年五組は男だけでなく女もユッキーの熱狂的なファンだったに違いない。

 電車の中でユッキーが笑いながら話してくれたんだけど、あの時の一年五組は誰も見たことがないユッキーの笑顔を見るために死に物狂いになったで良さそう。ユッキーはあの時に笑顔を見せなかったけど、もし見せていたら学年優勝は三組じゃなく、ユッキーの五組だったはずだよ。

 これも覚えている人は少なくなっちゃったけど、ユッキーはもう一度あの体育祭の氷姫をやったのよ。卒業式の日だったけど、わたしも見てた。その最後に笑顔を見せてくれた。あれほど素晴らしい笑顔は、あれから見たことがないぐらい、笑顔までの睨みをふんだんに使った怖すぎる演出と、最後に見せる笑顔のコントラストが最高だった。

    「そういえば、ユッキーの満点伝説はいつまで続いたの」

 ユッキーは高校一年の一学期から卒業までずっと委員長。だから当時の明文館で『委員長』と呼べばユッキーのことを指したぐらい。それぐらいの優等生だから成績も抜群、いや圧倒的だったの。とにかく試験と言う試験はすべて満点。これも同窓生の間では伝説になっている二年の夏休みの宿題考査。あの、

    『ジェノサイド』

 まで呼ばれた試験でさえ余裕で満点。試験時間の半分も経たないうちに教室から出て行ったもの。教師の方が呆れるぐらいだった。

    「あれ? そうねぇ、とりあえず大学卒業までは続いてた」

 付け加えて、大学入試は面接試験の時に満点って教えてくれたそうで、医師国家試験と、認定医・専門医のペーパー試験は満点だったろうとしてた。

    「司法試験も満点と思ってるけど、国試と一緒で結果はわからないし」

 ユッキーは木村由紀恵時代には医師になり、小山恵時代になってからも、会社の業務に必要だからって司法試験まで合格してるのよね。そもそもだけど、社長業の片手間で司法試験なんて合格する頭の構造が不思議だ。

    「それも女神の能力」
    「たぶんね。だって余りにも異常な記憶力と理解力だもの」
    「コトリちゃんにはなかったの」
    「あるよ。でも使いたがらないのよね。だから時々尻叩いてる」

 二時間ばかり懐かしい話に花を咲かせたり、車内販売で買ったお弁当食べたりしてるうちに紀伊田辺駅に到着。

    「さあ、降りるよ」

 あれ、紀伊田辺で下りるんだ。次が白浜なのにどうしてだろう。

    「じゃ~ん、次はバスの旅」

 行き先を見ると、

    『龍神線・季楽里龍神行』

 そうなると、

    「コトリちゃん。龍神温泉なの」
    「そうだよ、旅の栞にも書いてあるよ」

 グリーン車から一転して、今度は路線バス。行き先が龍神温泉だから山道を抜けていくんだけど、車内の五人組は大騒ぎ。おっと、香坂さんが一人でたしなめて回ってるけど、ユッキーもコトリちゃんも、シノブちゃんまで、

    「は~い」
 こういって三分もしないうちに大騒ぎ状態。なんかコント見てるみたい。路線バスの旅は大変だけどなぜか楽しい。そうなのよ心が弾んでいる気がする。いや、気じゃない弾んでるんだ。わたしの心は戻っている、あの懐かしい時代に戻ってる。それも老人の感傷旅行なんかじゃない。もっと瑞々しい感性で楽しんでるし、ワクワクしてる。