麻吹アングルへの挑戦:聖ルチア教会

 黒木の実家は結構な資産家。学生の時からクルマをもってたぐらいだからな。こっちは未だにリサイクル・ショップで買ってきた自転車だけど。その点でも及ばなかったけど、今日は黒木と林さんの結婚式。もちろん涼も招待されています。

「立派な教会ね」
「神戸にもこんなのがあったんだ」

 式場は聖ルチア教会です。正式は聖ルチア大聖堂と言うらしいですが、歴史も感じる風格のある教会です。

「高いんだろうな」
「だいじょうぶよ。二人で科技研に行けば」

 浦崎教授も当然招かれていまして、

「篠田、いつの間に彼女を作ったんだ」
「もちろん研究の合間です」
「ところで誰だ、林君の友人か?」

 そうしたら涼は悪戯っぽく微笑みながら、

「教授、冗談ばっかり。天羽ですよ」

 予想通り泡食ってました。そりゃ、そうでしょう。浦崎教授だって多かれ少なかれ山姥状態の涼しか知らないのですから。教会に入り待っていると教会の扉が開き新婦入場です。さすがはAI研のマドンナの林さんでウェディング・ドレスが良く似合ってます。

「真奈美は黒木君の奥さんだからね」

 涼はかなりヤキモチ焼きなのも学習しています。とにかく少しでも綺麗な女性がいるとボクの心が逃げてしまわないか心配で仕方がないようです。もうちょっと自信を持っても良さそうなものです。

 バージンロードを歩き終えた林さんは、お父さんから黒木に手渡され、そこで誓いの儀式です。

「汝孝夫はこの女真奈美を妻とし、健やかなる時も、病める時も、常にこの者を愛し、慈しみ、守り、助け、この世より召されるまで固く節操を保つ事を誓いますか」
「はい」
「汝真奈美はこの男孝夫を夫とし、健やかなる時も、病める時も、常にこの者に従い、共に歩み、助け、固く節操を保つ事を誓いますか」
「はい」

 牧師さんは白人だけど日本語も上手だな。

「今、この両名は天の父なる神の前に夫婦たる誓いをせり。神の定め給いし者、何人もこれを引き離す事あたわず」

 それから指輪の交換が行われ、新婦のベールがあげられ誓いのキス。羨ましすぎるぞ黒木。そしたら太腿を思いっきりツネられて、

「痛い!」
「だから真奈美は黒木君の奥さんなんだから」

 結婚誓約書にサインをしてボクたちは教会前に待機。やがて出てきた新婦の林さんからブーケトス。すると涼は助走をつけて走り出し大きくジャンプ。ただでも背が高いですから、

「ゲット!」

 でもさすがに林さんで、

「久しぶりの本当の涼ね。次は貴女よ」
「その時は来てね」

 不思議そうな顔する黒木が印象的でした。そこから招待客はバスでホテルの披露宴会場に移動。司会者による開宴の挨拶から新郎新婦の紹介、主賓の浦崎教授の祝辞があり乾杯です。そこからケーキ入刀があり歓談と食事ですが、

「では新郎の友人である篠田真様よりお祝いの言葉を頂きます」

 テンパった、テンパった。なんとかこなして、後はゆったりと言いたいのですが、涼がやらかしてくれました。新婦側の友人代表だったのですが、

「・・・ブーケも頂きましたから、真と一緒に後を追いかけさせて頂きます」

 とにかく涼の存在は会場の注目の的で、

「篠田、あれは本当に天羽か?」
「狸の仕業に決まってる」
「それも山姥大狸だ」
「狸ヶ原伝説をこの目にする日が来ようとは」

 狸ヶ原伝説なら山姥の涼が本物で、今見ている涼が狸の仕業になりますが、

「待てよ。篠田は山姥に惚れたのか」
「それはさすがにないだろう。あの天羽に惚れたはずだが」
「それっておかしいぞ。篠田は両方見ている事になるじゃないか。それなら騙されたことにならないぞ」

 だから涼は狸でも、狸の仕業でもないって。

「これは狸ヶ原伝説に新たなページが加えられた事になる」

 そこまでこだわるか。さらに涼が結婚までぶち上げましたから、

「オレは複雑だ。今の天羽なら悔しくて仕方がないが、山姥の天羽に惚れるかと言われると無理だ」
「そこそこ、どうやってあの天羽を見つけたんだ」
「やっぱり狸に違いない」
「わかったぞ、ジキルとハイドだ」

 涼はあえて言えばジキルとハイドに近いかもしれません。でもどちらの涼も涼なのです。ただ集中しているか、していないかの違いだけで、どちらの涼もボクを愛してくれています。披露宴はキャンドル・サービスから新婦から両親への手紙と続き、お見送りの時に林さんが、

「涼、見つけたね」
「ありがとう、真奈美」

 新婚旅行から帰ってきた黒木が研究室に遊びに来ました。新婚旅行のお土産をもらったり、定番のノロケ話を聞いたりしていました。涼は御手洗に行ってたのですが、山姥中の御手洗は長いことが多いのです。

 出た後は壁一面に数式がビッシリ状態で掃除のおばさんにいつも文句を言われています。もっとも涼はそんなものは耳に入っていないどころか突然御手洗に走り出して、

『消した奴は殺す』

 中に立つボクは大変ってところです。浦崎教授に手をまわしてもらって、消さないようにしてもらったのですが、

『書くところがない』

 御手洗に行く前に色違いのペンを渡すようにしています。もう研究室の壁どころか、御手洗に行くまでの廊下の壁から床までびっしりと涼の書いた数式に埋め尽くされています。とにかくどこであっても思いついたら涼に容赦の二文字はありませんからね。

 もちろん今の同棲中のアパートもそうで、ボクのパンツにまで書かれています。なにか魔よけの呪文にも見えますが、そのくせ自分の服には絶対に書かないのはいつも不思議に思っています。


 そうこうしてるうちに涼が帰ってきましたが、黒木など眼中にもなくデスクに向かいます。黒木の方はギョッとしながら、

「あれが普段の天羽だよな」

 そこには麻吹アングルの解明に血眼になっている大山姥状態の涼がいます。

「どっちも涼だよ」
「あれ見て醒めないか」
「ああなってる姿に先に慣れたから、今じゃ可愛いと思うけど」
「やっぱり、お前を尊敬するわ」

 そこに轟く涼の大絶叫。

「これじゃない、こうなるはずがない!」

 また一歩研究は進んだみたいです。これもわかってきたのですが、あの絶叫は新しいヒントをつかんだ時に出ることが多いのです。黒木は早々に退散しましたが、

「白、冷たいの」

 おっと、オヤツはバニラ・アイスクリームが欲しいみたいだ。涼はわかりやすくて助かります。

麻吹アングルへの挑戦:科技研

 大学の研究員なんて薄給も良いところです。どこの世界でも同じで地位と給与は連動します。悲しいのは地位が上がっても人もうらやむ給料にならないのと、下っ端はこれで暮らしているのが不思議ぐらいでしょうか。

 だから海外雄飛を狙っている研究員も多いのです。海外は日本以上の実力主義ですが、実力に比例する報酬も大きいぐらいです。日本でも企業の研究所とかで待遇の良いところもありますが、日本で研究者が誰もが憧れるのが科技研です。

 ここはエレギオン・グループの企業研究所ではありますが、科学者の楽園と言われるぐらい自由な研究風土があるとされます。企業研究所では実用につながる応用研究が主体になるものですが、基礎研究も盛んです。

 この科技研の基礎研究の特徴と言うより不思議すぎる点は、必ず後に実用化の道が開かれる点です。ですから科技研が手を付けたと言うだけで、世界の研究所が動くなんて話があるぐらいです。

 科技研への採用は実力主義。能力のある者しか採用しません。これは必ずしも実績主義でもないのです。赫々たる実績を残していても、もう余力がない、伸びしろがないと判断されれば見向きもされません。どうやって判定されてるのかわかりませんが、これもハズレ無しの評判です。

 不思議と言えばエレギオン・グループの経営自体がミステリアスとも言われています。この辺は疎いところが多いのですが、まず成長分野の先行投資の的確さがあります。これだけでも凄すぎるのですが、衰退分野の見切りがまさに神業だそうです。

 将来性も含めてどうしてその分野を手放すのか、その時点では誰にも理解できないのです。そういう状況ですから買い手がいくらでも付きます。しかし十年も経たないうちに誰もが不良債権に苦しむぐらいでしょうか。その頃には売却資金を投資した分野でウハウハぐらいです。

 もっともミステリアスのなのが、エレギオン・グループを統括するエレギオンHDです。そこにはトップ・フォーと呼ばれる経営首脳がいるのですが、これがすべて女性です。女性であるのは問題ではないのですが、その座に就くのは常に女性で、なおかつ社内昇進ではなく外部からの抜擢だそうです。

 ここも注意してほしいのですが招聘ではなく抜擢で、これまでの実績さえ無視です。無視どころか現在のトップ・フォーはすべて無名の学生からの抜擢で、大学一年生でトップ・フォーに就任している例さえあります。

 無茶苦茶も良いところですが、抜擢された人材は前任者とまったく変わらない能力を発揮していると言われます。だからこそエレギオン・グループの繁栄があるのですが、これこそミステリーそのものです。

「真、なに考えてるの?」

 今日はデートです。間違いなくデートです。

「あの話だよ」
「タイミングかな」

 科技研から招聘の話が舞い込んできたのです。それも涼ならわかるのですが、ボクにまでです。この招聘を受けるのだけは決まっていますが、問題は現在のフォトテクノロジー研です。

 研究者の移籍は実力さえあればわりとドライなのですが、後ろ足で砂をかけるような事はしたくありません。言っても狭い世界ですからね。どこかで一区切りを付けて移りたいぐらいです。

「問題は涼ね」

 ボクの方は一区切りついています。今やっているのは涼の天羽関数の助手みたいなものです。そうなると天羽関数の完成が一つの区切りになりますが、これがまだ時間がかかります。

「だいぶ目途は付いてるのだけど。すぐってものじゃないし」

 あれからも涼は山姥で頑張り続け、自然光変数式の完成まで後一歩に近づいています。今日は久しぶりの息抜き。やっと三回目のデートです。あれから色々考えましたが、涼に惚れています。もう涼以外の女性を考えられないぐらいです。

 素敵なレディの涼だけでなく、山姥の涼にも惚れています。もし結ばれて永遠に山姥でもボクは認めます。だから、涼をボクのキチンとした恋人にしないと行けないのですが、ついつい仕事の話に逃げてしまうヘタレがいます。

「先に真が行ってと言いたいけど、ゴメン、真がいないとこの仕事は完成しない」

 それはわかってますし、涼を置いていく気など、どこにもありません。今日はその話も関連してるのですが、

「涼はどうしてボクをパートナーに指名したんだ」
「前も言ったじゃない。そう感じたって」

 怖いけど踏み込んでみる。

「どこまで支えたら良いのかな」

 涼はちょっと困ったような顔になり、

「迷惑?」
「そんな訳ないだろ。涼さえ嫌じゃなければ、ずっと支えたい」
「ありがと」

 まずい。綺麗に納められそうだ。この調子じゃ、次のデートが何か月先になるか分かったものじゃないし、山姥の涼じゃチャンスはなくなる。

「涼、聞いてくれ。ボクはこれからずっと涼と一緒に歩いて行きたい。そして支えて、力になってあげたい。愛してるんだ、ボクの恋人になって欲しい」

 言ったぞ、でも頭に血が昇りきってる。涼は微笑んでるよな。嫌な顔や困った顔はしてないよな。心臓の音ってこんなに聞こえたっけ。

「涼って呼んでくれるのは一人にするって決めてたんだ」

 それって、それって、

「ありがとう。扱いにくいと思うけど、涼も真を愛してます」

 やったぁ。ここまで待った甲斐があった。最高の彼女だ。山姥になる点を除いてだけど。え~い、そんなもの些細な問題だ。山姥の涼だって狸だってボクは愛せるぞ。涼に変わりはないんだから。

「一緒に科技研に行こう」
「早く行けるようにもっと頑張る」

 ということは、さらに凄まじい山姥になってしまうけど、

「ところで提案があるのだけど・・・」
「お互い苦しいものね」

 了解してくれたのは嬉しいけど、そうなると、

「これも一人にしたかった。もちろんOKよ」

 涼が初めてだったのにウソはないと思います。夢のような時間を過ごした後に、それでも狸がと頭をかすめましたが、まず涼は素敵なレディのままです。もうそんなことは、どうでもよくなり、ただ愛おしさばかりで胸が一杯になります。涼の正体が山姥であり、山姥になって二度と戻らなくても涼を手放したくありません。

「涼、恋人じゃ不満だ」
「涼も」

 間違いなくボクの腕枕で答えているのは涼です。

「涼はフィアンセだよ」
「うれしい」

 涼は泣きじゃくりましたが、人生で一番幸せな日になりました。

「それはそうと黒木の結婚式だけど、涼はどの涼で行くの」
「もちろん山姥」
「おいおい」
「冗談よ。真の恋人としてデビューさせてもらう」

 涼は狸じゃない、まちがいなくボクのフィアンセの涼だ。

麻吹アングルへの挑戦:女神たちの夜話

 天羽涼か。あれもある種の天才、いや鬼才だろう。あそこまで写真のすべてに迫った奴は初めてかもしれん。一緒にいたのは彼氏だろう。仕事に恋に充実していると侮れんな。

「イイ子じゃない」
「ああ、ああいうタイプは嫌いでない」

 嫌いなのはアホみたいなナチュラルのアカネだ。これをボヤキだすと長くなるから、

「コトリちゃんはまだ帰らんのか」
「もうちょっとな。後始末はちゃんとやっとかなアカンし」

 コトリちゃんはツバル戦争の煽りでツバル在住中。実質としてはツバルの女王みたいなものらしい。あっちでは女神が降臨して王となって君臨しているぐらいの扱いだそうだからな。

「ほいでもシオリちゃん、おもろい事になってるみたいやんか」
「他人事と思って気楽に言うな」
「本気で心配してるんか」
「していないがな」

 天羽の研究に危機感を募らせている写真家は多いが、それほど心配する必要はないと見ている。たとえ写真館の仕事であっても演出が必要だ。なんの変哲もなさそうな集合写真でさえノウハウの塊なのだ。

 たとえば並び。被写体として考えれば、身長体格で最適なものをAIなら割り出せるだろうが、そうは行かないのが人間だ。社会的な上下関係、、普段の付き合い、目立ちたいのか、そうでないかの思惑が交差する世界なのだ。それを事前情報なしで、被写体の反応を探りながらベターな配置に持ち込む芸当はAIの苦手とするところだ。

 さらに被写体である人の表情を得るテクニックも必要だ。誰もがむっつりした顔では失格だし、ましてや余所見をされたら論外になる。そのために撮影前に場を和ませ、必要な表情を得るのも立派なテクニックであるし、これもまたAIがもっとも苦手な分野であろう。

 AIはその場の最適解を瞬時に算出できる点では人は到底及ばないが、写真はその場の被写体のベストを得れば済むものではない。被写体がベストになる状態に持っていくのが重要なポイントなのだ。商業写真ではそれが基本中の基本で、それが出来ない者は単なるアマチュアに過ぎん。人相手がとくにそうだが、AIが最も苦手なコミュニケーション能力を必要とするのがプロの写真だ。

 天羽たちが見落としているものに写真に求められる創造力がある。被写体をどう撮るのかの創造力だ。そこに答えが一つと思うのが既に間違っている。まあ、答えは一つの三大メソドのマニュアルの分析から入るとああなってしまうはやむを得ないがな。

 創造力に関連してだが、天羽たちは被写体は変わらないのを前提としている。それも間違いだ、被写体はプロであるなら変えるのだ。服や化粧、髪形あたりは当たり前だが、それでも気に入らなければモデルごと変更する。たとえ足が出ても求める理想のためには一切の妥協が無いのがプロだ。

 天羽たちの研究では、被写体が最適の状態で待っている時のみしか効果が得られない。だからプリクラ程度に過ぎんと見ている。プリクラの写真では写真館程度のプロにも負けるのはあたり前だ。

 だが無駄とは言わぬ。天羽の研究が完成すればカメラは間違いなく進化する。その日に生まれて初めてカメラを手にしたものでも、現在のプロぐらいの質の写真は撮れてしまうからだ。オートフォーカスが実用化されたときぐらいのインパクトはあると思う。それを知っている自分が怖いが、とりあえず置いておく。

 写真、とくにプロの写真はデジタルの塊に見えて、実は人の感情が左右する部分が非常に多いものだ。感情はAIのもっとも苦手とするところだ。その点からすると、曲がりなりにも感性や感情を実用のAIにした篠田の研究の方がよほど怖いかもしれん。まだ手始めだが、この研究が進めば確実に世の中は変わる。

「そうかもな。人の感性をAIで判定させる研究は前からやってたけど、ここまで完成度の高いのは初めての気がするで」
「狙いを絞ったのが良かったのかもね」

 それだけではないはずだ。あれは余程のアイデアと工夫を盛り込んだはずだ。世間や学会レベルでも、

『また感性AIか』

 こんな反応で天羽関数に注目が集まってしまっているが、あれこそ天才の汗と涙の結晶にわたしには見れる。

「ユッキー買うんか?」
「交渉中よ!」

 さすがにわかっているな。あの才能は科技研なら欲しいだろう。今だけでも写真コンクールの審査員は廃業させられるからな。

「やっぱり麻吹アングルは天羽関数に入れるのは無理か」
「いや可能なはずだ。天羽なら入れても不思議はない。そうだろユッキー」
「あの子なら出来そうね」

 ユッキーが言うからには出来るのだろう。いや、ユッキーの事だから見えているのかもしれない。だがあの才能を写真に向けさせるのは惜しい気がする。もっとほかの分野に使うべきだと思う。

 AIは脅威だが、それは人が厭う仕事に力を入れるべきだ。写真家から写真を奪っても潰しの利かない失業者を生み出すだけなのだ。

「それは言えてるね。たとえばAIで生け花やらせたら出来そうな気もするけど、それに何の意味があるかだよね」
「なんとかしてやらないのか」
「だから交渉中だって!」

 当然そうか。篠田も欲しいが天羽も欲しいだろう。あれこそ世紀の才能クラスかもしれない。そのうえあの美貌だぞ。どうして世間がもっと騒がないのか不思議だ。

「ああそれ。シノブちゃんが調べてくれたけど、ほら」
「誰だこれ」
「さすがのシオリちゃんでもわからないよね。これが研究中の天羽涼」

 こりゃ驚いた。安達ケ原の山姥も顔負けだな。

「それとさっき一緒にいた彼氏がいたでしょ。あれが篠田真」
「あいつが篠田か。良いコンビだな」
「わたしも山姥と今夜の天羽涼、さらにどう見ても彼氏の篠田真の関係が頭の中でグルグル回っちゃって、ちょっと話がしたくなったの」

 そういうことか! 研究室でコンビを組んでいて恋愛に発展するのはよくある事だ。いわゆる職場結婚で、わたしもそうだし、アカネもそうだ。だがお互いの関係が恋愛にまで発展したのかは野次馬として興味はある。

「篠田が天羽の今日の姿を前から知っていたとするのが一番ありそうだが」
「少なくとも山姥に恋愛感情を抱くのは難しいのはそうだけど・・・」

 おいおいそこまで調べてるのか。

「人を採用するのに必要よ」

 天羽の山姥状態は仕事の熱中度に左右されるらしいが、今度の研究中は殆ど山姥状態であったとして良さそうだ。少なくとも研究室ではそうで良さそうだ。ではプライベートに戻ればどうかだが、研究者のサガだろうが、寝ても覚めても状態で良さそうだ。それはわかる。

「ちょっと待て。いつ篠田はあの天羽を見たのだ」
「今日じゃないと思うけど、最近みたいなの」
「まさか篠田は山姥の天羽に惚れたとか」
「そこまではシノブちゃんでも無理。そもそも二人が出来てたのも調べられなかったもの」

 シノブちゃんでも調べられなかったとすると、余程上手く隠していたのか、

「ごく最近じゃないかなぁ。科技研に来てくれた時のお楽しみになりそう」

 コトリちゃんは明後日にはツバルに帰るらしくて、

「ユッキー頼むで」
「早くしてね。大学院もいつまでも休学に出来ないし」

 今日はカズ君の命日だ。カズ君にとってユッキーは先妻、わたしは後妻みたいなものだから一緒に参ったが、コトリちゃんは婚約者に過ぎないから別にするとしてた。

「一枚落ちるから、肩は並べられへん」

 それでも義理堅い。わざわざ時差ボケ押してツバルから帰って来ている。ここで気になったのだが、

「古代エレギオン時代はどうしてた。多すぎて大変だったろ」
「あの頃は毎日みたいになっちゃったけど、朝夕の祭祀の時に一緒に祈ってたよ」

 そうだった。それだけでなく、繰り返される戦争の慰霊塔も数多く建てられ、その前を通る時は必ず跪いて祈りを捧げていた。これは慰霊塔が跡形もなくなった今でもその場所を正確に覚えていて、発掘調査の時にもそうだったと聞いている。

「それと春秋はフェスティバルやったけど、夏冬は慰霊祭の趣旨も濃かったしな」

 夏至祭、冬至祭はそれこそオールナイトだったそうだ。

「前にリセット感覚と聞いたが、これからまた増えるのか」
「シオリもこれからわかるよ。女神は新しい恋にも燃えるけど、女神の男もまた忘れない。今だって古代エレギオン時代の男を忘れた訳じゃないからね」

 ひょっとして今でも・・・古代エレギオン時代のように長くはないだろうが、女神の男の命日には人知れず祈りを捧げているかもしれん。


 加納志織も、木村由紀恵も、小島知江もこの世にいない。あるのはその記憶のみ。ここの先代マスターも亡くなって久しいからな。変わらないのはこの店だけか。いやこの店さえいずれ跡形もなくなるのも見てしまうのか。女神稼業も悲しいものだ。

「暗いで、シオリちゃん。まあ、今日はしんみりする日やけどな」
「コトリちゃんは、これをどうやって耐えてるのだ」
「嫌でも慣らされる」

 それしかないか。するとユッキーが、

「楽しいこと、悲しいこと、すべてが流れていく感覚は辛いと思うよ。今だってそうだもの。だからこそ女神は今の時間を大切にするのよ。この時間は二度と過ごせない時間だからね」

 三人は無言でチェリー・ブロッサムでカズ君を偲んでいた。

麻吹アングルへの挑戦:涼の執念

 予言通り天羽君は元に戻っていました。あれだけ良く変われるものだと感心するぐらいです。やはり狸の仕業か、二重人格とか。相も変わらず調子がイマイチの黒木の特撮機で麻吹アングル探しです。

 天羽君が言うまでもなく、光の変化による変数問題も、麻吹アングルもデータが集まらないと解明しようがありません。それには地道な作業の積み重ねしかありません。ここで思いついたのが撮影時間の短縮です。とにかく五時間は長すぎます。

 被写体を撮る時にすべてのアングルは必要としません。とくにフォトグラファーならそうです。たとえばティー・カップを撮る時に必要なショットはま全景、一部であっても、カップの口が映っていないアングルは必要としないはずです。

 この辺は被写体によっても変わる部分はありますが、そこはAI、条件付けで不要なアングルを学習させるプログラムを組み込もうと思ったのですが、

「黒木の野郎、手を抜きやがって」

 なんと特撮機側のプログラムが対応していないことがわかったのです。黒木はプログラムを組む時に汎用性をバッサリ省略していたのです。仕方がないので、全部組み直し。それでも、これで検査時間は一時間に短縮してくれました。

「ここも削って良い」

 天羽君は集まってきたデータを分析してさらに不要なアングルを見つけ出し、これをバサバサと削り倒していくと最終的には三十分にまで短縮しています。これで検査効率は十倍にアップです。

 スピードアップの恩恵は如実でサンプルが次々に集まります。その中には本物の麻吹アングルと見れるものも交じってきています。もちろん光の変動のデータもです。すっかり山姥に戻っている天羽君ですが、何かをつかみかけているようです。

 それを検証するために次々に新たな条件が出されるのですが、渡されるのはメモのみ。口で説明するパワーも惜しいぐらいなのはわかります。外から見れば、無言でメモを出す天羽君と、その条件に従って撮影条件を設定するボクしか見えないと思います。山姥の天羽君は無口ではありますが、

「そうじゃない!」

 この手の叫びは定期的にあります。それにしても物凄い集中力で、夜に帰らせるのにいつも往生させられます。放っておけば一週間でも徹夜しそうな勢いだからです。これも映画に行く前よりマシになっているのは助かっています。先日もヒョッコリ黒木が顔を出したのですが、

「篠田を尊敬すわ。よく付き合えるな」

 その時に轟く天羽君の絶叫、

「違う、違う、こうじゃない!」

 黒木はビビっていましたが、

「慣れだよ慣れ」
「お前はマゾか」
「可愛いものだよ」

 最近は開き直った気分です。天羽君の変貌は狸の仕業でないと説明不可能ですが、もう騙されたって構わないぐらいの心境です。素敵なレディの天羽君を知ると山姥の天羽君でさえ可愛く思えるようにさえなっている気がします。来る日も来る日も、こういう毎日を過ごした末に天羽君は突然、

「バー」

 夕食を食べた後に、

『カランカラン』

 あのバーです。

「光の変数は人工光ならほぼ対応できるはず。これを応用すれば自然光でもある程度はね」

 隣に座っている天羽君は山姥ではなく素敵なレディです。狸の力の偉大さがヒシヒシとわかります。

「麻吹アングルは?」
「ヒントだけはね。でも、おかしすぎる点があって・・・」

 麻吹アングルが光の条件によって微妙に移り変わり、さらに強弱としか言いようがないものがあるのは既にわかっています。

「仮に、仮にだよ。涼がすべて解明するとするじゃない・・・」

 そこに、

『カランカラン』

 女性の二人連れです。あれっ、どこかで見たことのあるような、天羽君も勘づいたみたいで、

「あの女は麻吹つばさじゃない」

 ボクも写真でしか見たことがありませんが、

「似てるけど麻吹つばさは五十二歳のはず」
「でも若く見えるって噂じゃない」

 そうは言いますが、どう見たって二十代、それも下手すれば前半で、ボクよりずっと若くしか見えません。

「これはチャンスよ。麻吹つばさの話を直接聞けるじゃない」
「本人ならばね」

 と言葉に出した瞬間に天羽君は席を立ちその女性の下にツカツカと歩み寄り、

「失礼ですが麻吹つばさ先生ですね」
「そうだが、貴女は」
「西宮学院大フォトテクノロジー研究室の天羽涼と申します」

 二人連れは顔を見合わせて、

「悪いがプライベートなので・・・」
「そこをなんとかお願いします。どうしてもお話を聞かせて頂きたいのです」

 そしたら二人連れのもう一人の女性が、

「話ぐらいイイじゃない、減るもんじゃないし。こちらに来なさい」
「ユッキーがそういうならしかたがないか」

 ユッキーって呼び名みたいだけど、麻吹つばさの友だちかな。それにしても若いけど貫禄あるな。あれは貫禄と言うより威風かな。

「ただし、もうちょっとしたらコトリが来るから、そこまでにしてね」

 席を移った天羽君は、

「先生の使われる麻吹アングルと加納アングルはどこが違うのですか」
「あれか。まったく違うものとして良いだろ言う」
「では完全に別物ですか」
「そうではない。加納アングルを使えない限り麻吹アングルは無理だ。そういう意味では近縁性はあるが、写真としては別物になる」

 なにか判じ物のような問答ですが、

「混じることはありますか」
「それはない。だから別物とは言える。わかりにくいかもしれんが、見え方が違う」

 見え方?

「麻吹アングルと従来の三大メソドとの一番の違いはなんですか」
「写真に求められるものだ。あいつらの写真は実用写真程度なら十分だ。だがな、実用写真ではアートにならん」

 そりゃ、そうですが、

「加納アングルは誰でも習得できるものですか」
「あんなものは基礎技術に過ぎん。だが誰でもとは言えん。どんな分野でも最低限の天分が必要だ。それなりの天分があれば可能な事は見せてやったつもりだ」

 加納アングルが基礎技術だって!

「AIはフォトグラファーに取って代われると思われますか」

 ここで麻吹つばさはニヤッと笑い。

「写真が行き着くところまで行けばそうなるだろう。だがまだ無理だ。たとえ今のわたしに追いついても追い抜けない。追いつかれれば突き放すだけの話だ。それがAIの限界だろう」

 ここまで言うとはなんたる自信家。たしかにAIの限界は教師モデルに依存しますが、写真の限界はまだまだ先で、そこを突き進んでいく限りAIには追い抜けないとしています。そこに、

『カランカラン』

 新しいお客さんが入ってきて、ユッキーと呼ばれた女が、

「コトリが来ちゃったから、この辺で勘弁して下さいね。どうか、楽しい夜をお過ごしください。お幸せそうなカップルをお邪魔するのも無粋ですし」

 カップルと言われた瞬間に顔が熱くなるのをどうしようもありませんでした。そう見えるのは仕方がありませんが、まだ天羽君とはそこまで行ってませんからね。結ばれたりしたら山姥固定になりそうですし。席に戻ってきた天羽君は、

「篠田君はだいじょうぶよね」
「なにが」
「あの三人を見て心配になっちゃって」

 天羽君も素敵なレディですが、あの三人はなんなんだ。あそこまで行けば美しさは人じゃないぞ。

「涼は必ず麻吹アングルの秘密を解き明かしてやる。だから篠田君、お願いだから助けて」
「言われるまでもないよ」

 さらに天羽君はボクの瞳をのぞき込むように、

「お願いがあるの。涼が涼であるときは涼と呼んで欲しい」
「えっ、その、あの」
「そうしてくれないと、麻吹つばさに勝てそうにない」

 これは、もう。

「じゃあ、ボクも真って呼んでくれる」
「うん」

 ちょっとどころでなく変わったところのある天羽君、いや涼ですが、ボクは夢中です。涼が狸なものか、たとえ狸でも喜んで騙されてやる。

麻吹アングルへの挑戦:バーにて

 どこに飲みに行こうか迷いましたが、天羽君はボクをぐいぐい引っ張って、裏通りにあるビルの二階に。重厚そうな木製の扉を開くと、

『カランカラン』

 ドアベル代わりにカウベルが鳴るようです。入ってみると長いカウンターとずらっと並ぶ酒瓶。噂に聞くバー、それもオーセンテック・バーで良さそうです。まさか狸の巣窟。だってですよ、あの天羽君がこんなオシャレなところを知っているなんて信じられないじゃありませんか。ビシッとベストを着こなしたバーテンダーが

「いらっしゃいませ。何にいたしましょうか」

 これも狸が化けてるとか。こういう時に飲まされるのは馬のションベンとかが定番だったはずです。でも逃げて帰るわけにも行きません。ただ困りました。バーだからカクテルを頼まないといけないのですが、カクテルと言われても、えっと、えっと・・・

「涼はロングにする。そうねぇ、今日のフルーツは?」
「パイナップル、スイカ、パッションフルーツ、パパイヤ、ビワです」
「ビワなんかあるんだ。それにしてみる。篠田君は?」

 なんて手慣れたオーダーなんだ。やはり狸仲間だとか。ボクはテンパった末に、

「ジン・フィズを」
「かしこまりました」

 隣に座っている天羽君をもう何度見直したことでしょう。狸ってここまで人を変えられるのかと感心するばかりです。こんな素敵なレディが結ばれたとたんに山姥に戻ったらショックだろうな。でも結ばれなければ、このままとか。そんなことを考えているうちに、

「お待たせしました」

 オーダーが来てしまい。

「カンパ~イ」

「天羽君は良く来るの」
「たまにね」

 グラスを傾ける天羽君はこの世のものと思えません。

「どうどう、ちょっとは褒めてよ。頑張ったんだから」

 聞くと美容室に行ってたみたいで、

「篠田君にエスコートしてもらうんだから、張り切ったんだよ」
「褒めようにも言葉が出ないよ。まるで狸に化かされてるんじゃないかと思ってるぐらい」
「ご心配なく、狸じゃなくて涼だよ。でも篠田君には感謝してる」

 自分から狸と明かすはずはないですが、もう騙されようと心を決めました。騙されてる間はきっと楽しいはずです。そこからの話ですが、こんなプライベートな話をするのはコンビを組んでから初めてです。

 山姥状態になっている時は論外ですが、そうでない時でも研究以外の話題は出たのを覚えていないぐらいです。天羽君が極度に集中すると周囲が何も見えなくなり、聞こえなくのはよく知っていますが、

「ああなっちゃうと、考えることに全パワーを集中して表情も出なくなっちゃうの。でも聞こえてるよ」
「それって表情も」
「それを動かすパワーも注ぐ感じかな」

 思考も問題解決のみに集中され、身だしなみとか服装に使う気さえなくなると言うのです。ある種の変人と言って良いかもしれません。これは山姥状態が極限ですが、研究室にいる時は、ほぼそうなってるとして良さそうです。

「こんな涼をあれだけわかってくれたのは篠田君が初めて」

 いや、わかってなかったのですが、パートナーがしっかり働いて欲しいと思っただけです。そうだそうだ、前から聞きたかったのですが、天羽君と林さんはホントに仲が良いのです。

 たとえ天羽君が山姥状態になっても、林さんの天羽君への接し方は変わらないと言うか、そうなっている天羽君を気にもしないと言えば良いのでしょうか。もっとも林さんと山姥の天羽君のツーショットのコントラストは強烈でしたが。

「真奈美とは長いからね」

 家がアパートの隣同士だったそうで、それこそ物心ついた時からの友達で、

「アパートから公団に応募したのだけど・・・」

 当選したのは良かったのですが、なんと同じ棟の同じフロア。ですから保育園からずっと同じだったそうです。こりゃ、長いわ。その後も中学受験して親愛学園中学から高校に進学。

「高校の文化祭で学園の女王コンテストがあって・・・」

 へぇ、今どきミスコンなんてやってるのかと思いましたが、

「なに言ってるの女子高だよ。選ぶのは女子生徒。タカラヅカの感覚。あの時は涼がクイーンで真奈美がプリンセス」

 天羽君の説明ではクイーンが男役、プリンセスが娘役ぐらいだったようです。これも、

「クイーン争いの決め手は身長だったかな」

 わかるような気もしますが、この話は林さんから聞いたことがあるのを思い出しました。研究室の天羽君との落差が大きすぎて笑い話になったのですが、まさか実話。実話なら本物の天羽君が今で、狸に化かされてるのが山姥。いや、もしかして林さんまで狸でグル。

 それと、これも不思議だったのですが天羽君なら港都大どころか京大や東大だって行けたはずです。

「どこでも良かったんだ。真奈美が関学か西学にしたいって言うから両方受けて、真奈美が合格にした西学にしただけ。家から近かったし」

 AI研に入ったのも、

「それも真奈美が行きたいって言ったから。別にやりたいこと無かったし」

 そこで天羽君はボクの方に振り返り、

「篠田君に、どうしても謝っておきたい事がある・・・」

 浦崎班のチーム分けの時ですが、浦崎教授は天羽君と黒木を組ませる予定だっと言うのです。

「でも、涼はどうしても篠田君と組みたかったの。だから差し替えてもらってるんだよ」
「もし、そのままだったらボクは林さんとコンビだったかも」
「かもね。でも真奈美もそうなりたかったみたいだし」

 林さんが黒木を・・・仕方ないか。黒木は背も高いしスポーツマンです。大学の成績だって、AI研に入ってからの実績も水がだいぶ空けられています。見た目も将来性も冷静に考えれば黒木に旗が上がります。

「そこまで卑下しなくても。男と女の仲なんてわからないから、涼がわがまま言わなかったら、真奈美のフィアンセは篠田君だったかもしれなかったよ。これだけは悪いことをしたと思ってる。ゴメン」

 人生って微妙だな。あの時にコンビが変わっていたら・・・いや、ちょっと待て。そもそもボクと林さんがコンビを組む可能性があったのでしょうか、

「それは知らない。あの時に浦崎教授から聞いたのは、涼と真奈美と黒木君の名前だけだったから」

 浦崎班にボクが入ったのを不思議がってる連中は確実にいました。天羽君は評価として一番でしたし、黒木と林さんを入れてベスト3として良いはず、それに比べてボクはその他大勢。もし天羽君が指名してくれなかったら入れなかったもしれません。

「そこはわからないけど、大事なのは結果よ。今回の研究で確実な成果になったのは審査AIだよ。とくにあの感性評価のところ。あれはこれからの応用範囲は広いもの。あれを作り上げた価値は高いよ」
「天羽関数は」

 天羽君は少し寂しそうに、

「光の変数を組み込めても及ばない」
「そんなことないよ」
「だから、どうしても麻吹アングルを解明しなきゃならないの。そのためには篠田君の協力が必要なの」

 あれっ、天羽君の目に涙が、

「こんな性格でしょ。友だちとして付き合ってくれるのは真奈美ぐらいなんだ。だからずっと寂しかったんだ。やっぱり誰かに支えて欲しいし、力になって欲しかったんだ。やっと見つけたんだ、涼を理解してくれる人を」

 ああ、わかった気がします。天羽君は林さんと離れたくなかったんだ。唯一の友だちであり、親友でもある林さんと。天羽君なら中学だって神戸女学院でも合格したはず。それを全部林さんに合わせてたんだ。

「どうしてボクを」
「女の勘。篠田君なら涼をわかってくれて、支えてくれるって思っただけ」

 なにか不思議な一日になりました。安達ケ原の山姥が突然素敵なレディに変身して、友だちになって欲しいと申し込まれるなんて。

「明日からは逆戻り?」
「そうなるけど嫌いにならないでね」

 戻るってことは、やはり正体は山姥大狸。いや騙しているのなら山姥に戻るのはおかしいはずです。そんな複雑な騙し方はなかったはず。だったら天羽君は狸じゃないはず。え~い、どうでも良い。たとえ狸であっても天羽君は天羽君だ。