ツーリング日和23(第23話)坂越から赤穂に

 ありゃりゃ、センターラインが無くなったな。トンネルを潜って、橋を渡って、またトンネルを潜って、裏道って言葉がピッタリ来るような道だよな。そのせいか交通量も少ないな。それでも向こうに海が見えてきた。海岸線に下りてきて、この辺が坂越みたいだ。

「あそこに看板が見えます」

 看板って堤防の切れ目の手書きみたいなやつか。あんなものウッカリしてたら見逃すじゃないか。ここが海の駅しおさい市場らしいけど・・・けっこうクルマが停まってるな。坂越で牡蠣を食べるならここって聞いてはいたけど、

「牡蠣だよ牡蠣」
「美味しそう」

 お昼に食べたばかりだろうが。ここは見るだけにして、しばらく走ると、

「右に入ります」

 なんも案内が無いけど坂越の街に入れるみたいだ。へぇ、道がタイル舗装してあるぞ。古そうな家が建ち並んでるけど、

「パナソニックの看板がある角を右に入ります」

 相変わらず何の案内表示もないけど曲がって見ると・・・こりゃ、凄い。こんなところにここまでの街並みが残っているのに驚いた。そうなるとここが坂越の港になるのだろうな。坂越も今は鄙びた漁村で牡蠣ぐらいしか思い浮かんで来ないけど、江戸期は重要な港だったんだ。

「千種川水運の終着駅です」

 今でさえというか、今の方が想像しにくいのだけど、因幡街道や出雲街道からの荷物が千種川を下って坂越に送られ、坂越からさらに大坂に送られていたんだ。その繁栄の跡がさっきの古い街並みで良いはず。

「ですが河口港ではありません」

 そう出来なかったぐらいだろう。千種川の河口には赤穂が作られてるけど、港を作るには無理があったぐらいのはず。水深とかの関係ぐらいだろう。だから坂を越えた坂越を積み出し港にしたのだと思う。

 坂越港から坂越湾の西側を下って行くのだけど、ずっと一車線半の道だな。景色も悪くないところだから観光道路化を考えなかったのかな。そこまでの需要がなかったからと言えばそれまでだけど、この道はそのまま進めば赤穂御崎公園に通じてるはずだったのだけど走って行くと、

「こ、これは・・・」

 おいおい、土日休日は二輪車通行止めってなんだよこれ。

「六甲山の二輪車規制みたいなもののようです」

 かつては暴走を繰り返していた連中がいたのだろうけど、まさにバイクの負の遺産だよ。仕方がないから引き返し坂越トンネルから県道四五九号を南下。県道三十二号に入って、

「赤穂城を目指します」

 へぇ、ここは四車線になるとは意外だった。千種川を渡ったところで、

「次の信号を右折です」

 この道は赤穂の南側を走るバイパスなんだろうな。ここを曲がって旧市街って感じかな。おっ、石垣が見えて来たけど凄いな。こんなものあったっけ。手前の川は堀なんだろうな。

「次の信号を左に曲がってみます」

 美玖らしくないけど、なんにも案内がないものな。赤穂城の角を曲がったぐらいのはずだから、ここで左折は賛成だ。橋を渡ると櫓みたいなものが見えるぞ。

「入って見ます」

 右側に見えるのは復元した櫓だけど左側に見えるのはお店屋さんか。なんか紛らわしいな。門があるけど進入禁止だから左に曲がると、

「無料駐車場ってなってますけど・・・」

 どうなんだろ。なんか巴屋って書いてある店の駐車場だよな。美玖が店に確認に行くと、

「停めても良いそうです」

 後で塩味饅頭でも買っておくか。さっきの門のところに歩いて行ったけど、堀があって、右手に二重の隅櫓、白塗り塀が巡らされてるけどここだっけ?

「三の丸大手門となってますから、ここのはずですが・・・」

 赤穂城には子どもの頃に連れて来てもらったことがあるんだよね。当時の赤穂城は復元された隅櫓と門があっただけだったんだよ。それしかなかったから赤穂浪士関係の時代劇なら定番のように使われてた。怪しいなんて記憶じゃないけど、たしかクルマで橋を渡り、門を潜った気がするのだけど、

「う~ん、剛紀が子どもの頃ですから、当時は本丸に赤穂高校がありました。ですから普通に通れたのかもしれません」

 そこからお城巡り。これは立派なものだ。篠山城も立派だけど赤穂城だって負けていない。篠山城も大書院が再建されてるのはすごいけど、城壁とか、櫓とか、門が復元されてる方が見る方にしたら楽しいな。

 それにしてもたった五万石の小大名にこれだけのお城は立派過ぎると素直に思う。その辺はあれこれ政治的とか、戦略的な思惑があったのだろうけど、

「この城も天守台は作られても天守閣は築かれていません」

 そういう城はパッと思いつくところだったら、明石城も、篠山城もそうだ。作られなかった理由は予算の問題だとか、家康が許さなかったとかの話もあるけど、一説では天守台を作るのも大名の格の問題だったとか、なんとか。

 あれかな。大名も城持ち大名とそうでないので格付けされていたらしいけど、城持ち大名でも天守台があるかないかで格付けがあったとか。

「そう言いながら、江戸城天守閣は家綱の時代に再建をあきらめています」

 あれは予算問題だし、江戸期の大坂城だってそうだろ。赤穂城も実戦には使われなかったはずだけど、それでも赤穂浪士が歴史に名を遺したからラッキーだったと思う。だって明石城や篠山城に比べたらネームバリューはずっと上になってるもの。だからこれぐらい整備したって罰は当たらないと思うよ。

「坂越が赤穂の外港になったのは塩のせいでしょうか」

 みたいだな。赤穂は千種川の河口部に位置するけど、かつては広大な干潟が広がっていたそうなんだ。たぶんだけど、赤穂城も干潟に面して作られていた気がする。赤穂の塩は江戸期を通じて最高の塩とされていたらしいけど、その秘密が広大な干潟にあったらしい。

 能登なんかで今でも昔ながらの塩づくりをしているところもあるけど、あれは揚浜式と言って、海から組んできて来た海水を塩田に撒いて濃縮する技法らしい。それに対して赤穂では入浜式の製塩法を確立したそうなんだ。

 入浜式では潮の干満を利用して塩田に海水を入れるそうで、揚浜式に比べると効率的でなおかつ大規模に出来るとか。干潟だから干拓して米を作るのも当時ならトレンドではあるけど、米より塩が儲かったぐらいで良いと思う。赤穂の塩は江戸期のブランド品で七割が江戸に送られていたそうなんだ、

「坂越からですね」

 そうなる。江戸へは大坂の塩問屋経由で送られていた気がするけど、それとは別に商船が赤穂の塩を直接買い付けに来ていたはず。そんな富も坂越の街を作ったんだと思う。

「塩味饅頭を頂きに行きましょう」

 そうだな。

ツーリング日和23(第22話)はりまシーサイドロード

 ワインディングロードではあるけど、ヘアピンもどきみたいな急カーブは無さそうだし、アップダウンもそれほどじゃない。道の駅みつまでの市街地走行のストレスが少しは解消されそう。

「ここを下りれば室津となっています」

 あの辺が室津か。そうなると道の駅みつまでの道も江戸期には大名行列が歩いていたんだろうな。

「そうではありませんでした」

 道の駅みつから室津に至る道は七曲りと言うのだけど、この道は明治になって室津の衰退を食い止めようとして開かれた道だったのか。だったら江戸時代は、

「室津の西隣に大浦がありますかが、そこから北上して鳩が峰を越え西国街道の正條宿に通じる室津街道が使われていました」

 あの辺を登っていたのか。室津街道は七曲りの新道が出来てから急速に衰えて、今ではちょっとディープ目のハイキングコースになってるとか。それでも明治期の地図には鳩が峰に宿場様の街並みが確認できるらしい。

 宿場と言うより峠の茶店プラスアルファぐらいだった気がするけど、室津の歴史と繁栄を考えるとそれぐらいはあっても不思議とは言えないよな。室津は商港でもあったから、商品を求めて室津街道を行き来する人も多かったはずだ。そうなると大浦の先は、

「明治期の地図にはありません」

 江戸期にもなかったことになる。海岸線を離れちょっとした丘越えのところで相生市に入り見えてきたのが相生湾だ。

「こんなところに造船業が栄えていたのが不思議な気がします」

 それな。相生は鄙びた漁村だったで良いと思う。明治の終わりに町おこしのためにドックを使ったのが相生の造船の始まりとなっている。相生の造船が飛躍したのは第一次大戦だ。

「日本はほとんど参戦してませんし、戦場は欧州です」

 だからだったで良いと思う。第一次大戦は欧州列強同士の大消耗戦をやらかしたのだけど、戦場を支えるのは兵站線だ。これが世界規模で展開したのも第一次大戦の側面として良いと思う。英仏は海外の植民地から物資を運び込んだんだよ。ドイツもこれを阻止しようと海の戦いも繰り広げられた。

「ジェトランド沖海戦です」

 あれもそうだ。だがドイツは英国から制海権を奪うことが出来なかった。そこで行われたのが潜水艦による通商破壊だ。次々に失われる商船の補充に苦悩する事になる。そこに目を付け機敏に動いたのが鈴木商店ぐらいの理解で良いと思う。

 欧米での商船重要を満たすために鈴木商店は相生の造船所を買収し、さらに大規模投資を行って造船の街相生を作り上げたぐらいだ。第一次大戦中はそれこそ造ったら奪い合うように売れたらしい。相生の造船の栄光は戦後も続き、世界一の造船量を誇った時代もあったんだよ。

「日本の造船業がそうだった時代は聞いた事がありますが・・・」

 造船業は人手がわんさかいる産業なんだ。だから相生もかつては工員が溢れかえるほどいたんだ。だがそれがネックになってしまった良い気がする。造船は早い時代にグローバル化した産業と言っても良いかもしれない。

 日本の造船が世界一を謳歌できたのは技術力もあったろうけど、人件費の安さも確実にあった。だけど人件費の競争になると新興国に勝てなくなる。船主のコスト意識は高いし、どこの国にオーダーしても良いのが造船業だってこと。

「相生もまた室津の道を」

 牡蠣船がたくさん見えるものな。日本が食べられる造船のパイは長期的にはジリ貧にならざるを得ない。ゼロにはならないにしろ、減ったパイでどれだけの規模の造船所を維持するかの時代にとっくの昔に突入している。

 その中で相生が生き残れるかの見通しは不透明な気がするよ。少なくとも過去の繁栄が二度と戻らないのは確実だ。もし相生から造船が消えうせたら、

「最後は牡蠣ですか」

 わかんないよ。産業の栄枯盛衰はどこの国だって起こるからね。とくに衰退に入って生き残るのはどこだって厳しいとしか言いようが無い。道の駅で一休みしよう。

「派手な道の駅です」

 あいおい白龍城となってるけど『はくりゅうじょう』じゃなく『ペーロンじょう』って読むのか。相生のペーロンは長崎から伝わり、長崎のペーロンは中国から伝わっているから中国風のデザインにしてるで良さそうだ。

 はりまシーサイドラインはここから海を離れ、赤穂から岡山県境まで続くけど、ドライブコース、ツーリングコースとしては相生の道の駅を終点としてるのが多いかな。

「ですから坂越に向かいます」

 県道五六八号で壷根って方に曲がるのか。はりまシーサイドロードは相生湾の東側を走る道だったけど、県道五六八号は西側を走る道ぐらいで良さそうだ。ここで流花が、

「あれビックリしました」

 あれか、ボクもギョッとしたよ。モンキー三台のマスツーなのだけど、大型スポーツに豪快に追い抜かれたんだ。走り屋系のバイク乗りならあれぐらいするだろ。

「あんなスピードで・・・」

 腕の差は置いといても、バイクの差が大人と子どもだ。馬力が桁違いみたいなものだから加速も最高速も比べ物にならないからどうしようもない。抜かされたのは別にショックでもなんでも無かったのだけど、続いて起こった、

「あの音を聞くと肝が縮まります」

 あははは、ボクもだ。白バイが猛然って感じでサイレンを響かせて追い抜いて行ったもの。ボクたちじゃないのは抜き去られたからすぐにわかったけど、追っかける白バイも物凄いスピードだった。

「停められていましたね」

 そりゃね。白バイに追いかけられて振り切ろうとするやつは珍しいと思うよ。今日はタマタマだったかもしれないけど、白バイとかパトカーは何台か見たものな。

「道の駅みつにも相生の道の駅にもあれだけバイクが集まってますから、警察の猟場になってるのじゃないですか」

 かもな。だってさ、制限速度は四十キロだぞ。モンキーだって十五キロぐらいのスピード違反は起こしてしまうじゃないか。モンキーの能力なら、それぐらいがあの道だったら限界に近いけど大型のスポーツタイプならストレスがたまるかも。

 だからってスピード違反を見逃せって言う気はないけど、あれぐらいの走りをしてしまうバイク乗りの気持ちぐらいはわかるぐらいかな。

「交通事故との兼ね合いはありますが、市内全域四十キロはどうなんでしょう」

 交通法規至上主義派の意見はネットでも多いんだよ。そりゃ、ゴリゴリの正論だから反論はやるだけ無駄だけど、あそこまでゴリゴリはどうだろうかと思わないでもない。もっとも、だからと言ってスピード違反奨励の論陣も張れないぐらい。

「最近はその手の大上段のゴリゴリ正論が目に付く気がします」

 ああそんな気がする。あれは欧米で猛威を揮ってるポリコレの影響と言うか、ポリコレで成功した二番煎じの気もしてる。だってさ、ハリウッドで製作された日本の時代劇に日本人以外の出演が少ないって噛みつくのが出て来るぐらいだ。

「ああいう運動って達成目標とかあるのでしょうか」

 無いと思うよ。日本だってあれこれ社会運動団体がいるけど、建前はなになにを解消しようだけど、もしだよ、本当に解消してしまったらどうなると思う。

「解消したら運動目的がなくなりますから・・・」

 そういう事だ。団体が存続しなくなり、団体で食ってる人が失業してしまう。つまり目的がなんたらの解消じゃなくなり、団体をいかに維持し発展させるかになるってこと。

「それって手段が目的化するって事ですか」

 ああそうだ。だから良く行われるのはゴールポストをドンドン動かして行き、そんなものどうやったら達成できるかみたいなところにしてしまう。現実的解消レベルじゃなく、妄想に近い理想をゴールにしてしまうで良いと思う。

「ある種の利権みたいなもの?」

 利権化しているのもあるよ。あれはあの手の団体の理想形かもしれないな。とにかくゴリゴリ正論だから、そこに行政からの補助金まで出るところまで行ってるのはある。あの手の補助金は一度出るとまず消滅したりしない。消滅するどころか、

「問題が大きくなればなるほど補助金が膨らみますよね」

 そういう事だ。わかるかな。団体の存続のためには問題は解消してはならず、むしろ大きくなる方が望ましいのだよ。望ましいと言うより、それが活動目的のすべてになる。

「嫌な時代になってます」

 ああそうだ、あれもある種のビジネスモデルなんだろうな。とにかく厄介なのは政治とタッグを組むし、なぜか弁護士にも親和性が高いのが多い。補助金だってある種の聖域状態で、公金をもらっての事業のはずなのに会計処理すら杜撰だし、杜撰なのをマスコミは取り上げさえしない。

「そこまでグルって事ですか」

 政治の話はこれぐらいにしとこう。せっかくのツーリングが台無しになってしまう。

「はい」

ツーリング日和23(第21話)道の駅みつ

 ひたすら市街地走行と格闘しながら市川を越え、夢前川を越え、ついに揖保川だ。揖保川を越えるとすぐに中川を越えるのだけど、中川は揖保川の河口部の支流のようなもので、かつては三角州だった気がする。でもって中川を越えるとついに龍野だ。

「はりまシーサイドロードに入ります」

 そうなるそうだけど市街地走行で海なんか見えないぞ。それどころか山に突き進んでる気がする。それでも市街地は終わって行く見たいで、

「海が見えます」

 やっとかよ。でも海が見えるとなぜかテンション上がるな。

「道の駅みつで少し早いですが昼食にします」

 賛成。途中でコンビニ休憩は取ったけど、昼食休憩が欲しいよ。あそこみたいだな。来てみてわかったけど、はりまシーサイドロードの起点をこの道の駅にする気持ちが分かったかな。厳密には道の駅の手前からシーサイドロードになってるけど、ランドマーク的にはここにしたいもの。

「この先で七曲りになるのもあります」

 クルマも多いけどバイクも集まってるな。バイク乗りは海沿いの道が好きだものな。ボクもそうだ。この辺に停めさせてもらって、なるほどこうなってるのか。道路から見たら平屋に屋上テラスだけに見えるけど、道路の下に浜まで建物が続いてるようだ、さて昼飯だけど、夕食も牡蠣のはずだから穴子のひつまぶしにしておこうか。

「牡蠣スペシャル」
「わたしも」

 お前らな。

「ここまで来て牡蠣を食べないのは大罪です」
「昼も夜も牡蠣なんて最高」

 美玖が牡蠣好きなのは知ってるけど流花もそうなのか、だからここまでツーリングに来たんだろうけどな。それにしてもスペシャルなだけあって、牡蠣のオイル漬け、牡蠣の佃煮、牡蠣の酒蒸し、蒸し牡蠣レモン、牡蠣フライに牡蠣釜飯、

「美玖は土手鍋」
「流花は豆乳鍋」

 どれだけ牡蠣食べるんだよ。まあ、いっか、本人が食べたいんだもの。ここで流花が不安そうに、

「七曲りってだいじょうぶでしょうか。岩谷峠では死にそうになりました」

 立杭ツーリングの時か。あそこよりマシのはずだよ。あそこは初見ではちょっと怖いとは思う。けっこうな急カーブもあるし、峠道の登りもそれなりにキツイからな。

「登りも苦労しましたが、下りが怖かったこと」

 下りの峠道ってそんなもんだ。登りに関してはモンキーの非力さに尽きる。ああいう登りでギアを上手く使って走るのが楽しいと言えば楽しいけど、苦労させられると言えば苦労させられる。

 七曲りはボクも初めてだけど、アップダウンはあるだろうけどあそこまでの登りや下りはないだろうし、ワインディングも多いみたいだけど、ヘアピンまでは無いと思うよ。そんだけ牡蠣食べたから頑張ってくれ。

「室津はパスにします」

 時間の関係から仕方がないだろ。ここは御津だけど室津から地名だと思う。室津はとにかく古い港で、伝承では神武天皇の東征に際し、先遣隊が港を開いたとあるぐらいなんだ。文献上では奈良時代に行基の播摂五泊に上げられてるぐらい。

 室津の全盛期はやはり江戸時代だと思う。参勤交代が始まると西国大名は海路で室津を目指したとされている。室津で上陸して西国街道から江戸を目指したんだろうな。

「兵庫津じゃなく室津だったのは?」

 明石海峡が難所だったからとされてるかな。潮流が速いから難破する船も多かったそうだ。

「江戸期も航海技術は上がっています」

 北前船で北海道まで行くようになったぐらいだもの。北前の海に比べると瀬戸内は穏やかだけど、兵庫津にも問題はあったらしい。兵庫津は海岸線の関係で東西じゃなく南北に港がある。

 兵庫津の欠点は東南からの風に弱い事で、これが強いと吹き曝し状態になったそうなんだ。そのために、

「清盛が経ヶ島を築いています」

 防波堤みたいなものだったはずだけど、あの時代にそれだけの大工事が必要なぐらいの弱点があったと言えるだろ。さらに西から来ると和田岬を回る必要があるのだけど、これは明治になっても難所だったんだ。

「兵庫運河がそのために開削されています」

 大名行列はお殿様もいるから、リスクのある兵庫津を避けて室津から陸路にしたんだと思うよ。

「だから本陣が五つもあったのがわかります」

 あれは海路であるが故の特殊事情だと思う。大名行列の数だけなら東海道の方がもっと多いはずなんだ。大名行列は原則として同じ宿場に泊まらなかったそうだ。だから東海道は五十三次もあったと考えてる。

 だけど海路でそれは難しい。海路を支配するのは日和だ。航海に適した天候と、風を待つのが鉄則だ。そうなると大名も出発する港は違っても航海する日は同じになる。港だって陸路ほどあるわけじゃないからラッシュになる。

 さらに室津に着けば泊まらざるを得ないはずなんだ。だって船から陸路用の道具を下ろさないと大名行列を組みようがないもの。

「帰路はもっとです」

 たぶんな。室津に到着する日をずらしても、出航は日和次第だ。待つ日数が増えれば、大名行列の渋滞が起こる。これもその日にならないと出航できるかどうかなんてわからないから、荷物を積み込んで港に待機する以外にないはずだ。

「大名行列だけでなく商船も多数寄港したとなっていますが、後背地を考えると・・・」

 商船がどこに寄港するかはすべて船頭の判断だ。その判断基準は三つぐらいあったはずなんだ。まず一つ目は日和だ。危ないと感じれば即座に入港を判断しないと難破の憂き目に遭う。次はどこで商品を買い入れ、どこで売るかの判断だ。

「もう一つはなんですか」

 娯楽だ。船は男所帯だし、当時の船乗りの勤務は過酷だ。だから船頭も含めて娯楽を織り交ぜるのも重要だったぐらいのはずだ。

「当時の娯楽となると・・・」

 女だよ。室津は日本の遊女発祥の地と言われるぐらい古い歴史があって、なおかつ充実していたそうだ。船乗りたちは室津で遊女と遊べるのを楽しみに頑張っていたんじゃないかな。

 室津の衰えは明治になってからだ。幕府が無くなれば参勤交代もなくなる。さらに交通網が鉄路中心になっていく。それでも海路と言いたいところだけど、蒸気船のモータリゼーションが起こる。

「だから室津も兵庫津も衰えて神戸港の時代が来た」

 単純にはそんな感じで良いと思う。もっとも神戸港もだいぶ衰えたけどね。さて行くか。

「はい」

ツーリング日和23(第20話)明姫幹線

 社長のマンションにお出迎えだ。社長夫人が待ってるとは恐縮だけど社長は、

「会社の研究室に行っております」

 そ、そうなるか。それでも驚くほど変わってるのだよな。だって毎日家に帰るようになったんだもの。ところで社長夫人・・・・

「それはやめて下さい。会社とか公式の場では仕方ありませんが、プライベートでは流花とお呼び下さい」

 じゃあ流花夫人。

「お願いですから流花とお呼び下さい」

 山麓バイパスから西神中央を目指してまずは出発だ。流花が星雷社に入った頃を思い出すな。社長から宜しくって感じで営業に配属になったのだけど、あの時は社長が何を考えているのかと思ったもの。だってだぞ、御指名で美玖に新人教育をさせやがったんだ。

「とんでもございません。まだ高卒の右も左もわからない流花に当時の主任であった部長が、それこそ社会人のイロハから教えて頂きました」

 たしかにイロハからだったけど、美玖の新人教育はとにかくアンゴルモアの恐怖の大王だから、逃げ出してしまわないかとあの時ほど心配したことがなかったもの。よく耐え抜けたものだ。辛くなかったのか。

「辛くなかったと言えばウソになります。ですが、あの時の流花には他に行くところなどありませんでした。ここで逃げ出したらすべてが終わるとひたすら耐えました」

 そうだったよな。体を売るところまで追いつめられていたものな。それでも美玖だぞ。

「そりゃ、もう怖いなんてものではなかったです。呼吸の仕方まで厳しく指導されましたから。ですがあの教えを身に着けられたからこそ、今の流花があります。部長には本当に感謝しています」

 なぜかそうなるんだよな。

「立場は変われども流花は部長の永遠のしもべです」

 こうやって最後は例外なく美玖の崇拝者になってしまう。そうだそうだ、プライベートの美玖に会った感想は、

「あのツーリングに行く前は正直なところドキドキしていました。今度はバイクの乗り方まで指導されるのじゃないかと」

 あははは、美玖ならやりかねないけど、

「あんなに話しやすくて優しい人なのに驚かされました」

 すっかり友だちになってたものな。

「それにしても忍者ハットリ君から今の部長になられた時は驚きました。誰だかわかりませんでした」

 そりゃ、わからんよ。ボクだって初めて見た時には誰だかわからなかったもの。

「専務が部長に惚れた理由がよくわかりました」

 そこはそうじゃないけど、あんなもの説明したってわかんないだろ。そう思われているのなら、それで良いか。そしたら美玖は、

「そこは違います。剛紀が惚れたのは忍者ハットリ君の美玖であり、剛紀の愛を確認してから今の美玖に戻っています」

 そんな説明では余計に混乱するだけだろうが! 全部説明してたらひたすら長くなるし、あの出張の夜の事件なんて他人に話せるものじゃない。

「え、えっとどこに専務が惚れられたのですか?」
「性格です」

 美玖の性格はツンデレだ。もっともツンとなれば七洋の夜叉であり、アンゴルモアの恐怖の大王のツンだ。どれだけの恐ろしいものか流花も骨身に沁みて知ってるはずだ。一方のデレも強烈なんてものじゃない。どれだけ泣き虫で心配性なことか。

「誰がツンデレなのですか。立派なヤンデレです」

 ヤンデレを立派と言うな! 妙な誤解をされるだろうが。まあヤンデレ気質もあるのは否定しない。とにかく惚れたらこれでもかの一途だ。そこにツンデレまで乗っかるから素直じゃないところは多々ある。

「ヤンデレなら剛紀の足元にも近づけません」

 ボクをヤンデレにするな。でもまあ、そうかもしれない。惚れたとなると一途は美玖ごときに負けるものか。

「似た者夫婦なんですねぇ」

 そんな下らない話で盛り上がりながら西神中央から国道百七十五号バイパスに。第二神明を潜り、明石川を渡り、仏壇の浜屋がある交差点を右折。これは県道二十一号だけど、直進すれば明姫幹線にそのまま入れる。

 明姫幹線に入ると西明石駅をすぐに潜る。これもややこしいところだけど、第二神明の位置付けは国道二号バイパスで、国道二号は別にある。当たり前か。明姫幹線は国道二五〇号になるけど、ルートとしては国道二号のさらに浜寄りになる。

 だから昔は浜国道と呼ばれ、今でもそう呼ぶ人もいる。これを国道二号の下道のバイパスとして整備されたのが明姫幹線と思えば良いと思う。

「今なら浜バイパスと呼ぶ人もいるそうです」

第二神明も加古川バイパスに接続するのだけど、明姫幹線も直進していくと加古川バイパスに繋がる。

「これで美玖も痛い目に遭っています」

 無料ナビの限界で今でもそうなる事が多いみたいなのだけど、ナビでルート設定をすると加古川バイパスを走りたがるんだよな。

「あれだけ新神戸トンネルは嫌がるのに」

 無料ナビでも高速道路や有料道路を除外する機能はあるけど、加古川バイパスも、姫路バイパスも、龍野太子バイパスも自動車専用道ではあるけど無料なんだ。だからすぐにそっちにルートを設定したがる。

 ちなみに新神戸トンネルは阪神高速道路の管理下になっているから、どうも阪神高速として認知している部分があるみたいでナビは逆に走りたがらない。無料だから文句も言いにくいところだ。

「小型バイクが走れるかどうかの違いがありすぎます」

 そう思う。バイクでも中型以上ならクルマと走れる道は同じだ。小型になると高速と自動車専用道が走れないのはシンプルだが、有料道路になるとまさしく多彩だ。自転車でもOKのところもあれば、原付でも一種はダメとかだ。

「有料ナビは高すぎます」

 需要の関係になるものな。だからツーリングルートにその手の道路がある時には事前にチェックしておくのは重要なんだ。

「志戸坂峠トンネルは鵺みたいなものでした」

 あんなものあそこ以外に存在するものか。さてと、加古川バイパスの高架が見えて来たな。高架の下を進んで行くと、

「次の信号を左折します」

 明姫幹線からの国道二五〇号はこちらになるだけど、対抗二車線の市街地の国道なんだよな。さらにだぞ、

「次の曽根の交差点を右折し、橋を渡って突き当りを左折です」

 さすがに自信がないし、あくまでもたぶんだけど、国道二五〇号って大昔の山陽道じゃないかと思ってる。山陽道は江戸期には西国街道になっているけど、江戸期には明石から大久保に向かうルートがメインになってたはずなんだ。

 新しい方の西国街道が国道二号になったぐらいの理解で良いはずなんだけど、明姫幹線が整備された時にルートの関係で北側にずれ、加古川バイパス接続で明姫幹線が終わるものだから南に強引に引っ張り込んだぐらいにも思えるかな。

 今日のルートは美玖が決めたけど、他にも裏道みたいなルートは地元の人なら知ってるとは思う。だけどそこまで美玖に望むのは無理あるよ。ボクだって無理だ。とにもかくにも道の駅みつまで耐え忍ぼう。

ツーリング日和23(第19話)社長命令

 美玖、なにを悩んでるんだ。

「非公式の社長命令です」

 あの社長が美玖に命令? それも非公式って密命みたいなものか。たとえば誰かを暗殺するとか。

「星雷社は暗殺組織ではありませんし、美玖もアサシンではありません」

 だったら愛人になれとか、

「辞表を提出して終わりです」

 その時はボクもそうするけど辞表を書いてる様子はないな。そうなると専務のボクを飛ばしての業務命令になるから営業成績を二倍にしろとか、

「二倍にするほど売り物がありません」

 ドライだな。営業の売り上げのネックは営業手腕じゃなくて、生産量の限界が現状だものな。だったらリストラ命令とか、

「それなら剛紀が知らされていないわけがありません」

 それもそうだ。だったらなんだ。

「命じられたのは社長夫人の接待です」

 ひょっとして女子会でも開けの命令か? もしそうなら途轍もない難題だけど、

「女子会は好きではありませんが、女子会ぐらいは開けます」

 それ間違ってるぞ。美玖が命令すれば女子会メンバーは命令しただけ集まるだろうけど、美玖主宰の女子会なんて恐怖のお食事会にしかならんだろ。じゃあなんだ、

「ツーリングに連れて行けです」

 まだ乗ってるのか。結婚したからやめたと思ってたけど、マスツーに連れ出したから嵌ったのかも。社長と行けば良いようなものだけど、バイクどころかクルマの免許も持ってないからな。

 だったら行けば良いじゃないか。あの時は立杭焼だったから、篠山ぐらいで満足してくれると思うぞ。ちょっと捻って北摂里山街道から猪名川に出るのもありかな。それとも滝野に播州ラーメンを食べに行くとか、

「社長夫人の御意向を伺ったらお泊りツーリングをしたいと」

 へぇぇぇ、ツーリングに嵌ればその方向に行くのは理解するけど、さすがにいきなり感はあるな。だったら塩田温泉ぐらいでお茶を濁しといたらどうだ。書写山ぐらいに寄ったら格好はつくと思うぞ。

「温泉旅行が御希望ではありますが、赤穂御崎温泉です」

 赤穂御崎だって! 選りもよって・・・赤穂御崎温泉も県内ではメジャーな方の温泉だし、交通の便だって悪くない。

「山陽道なら龍野西ICですし、他なら龍野太子バイパスを使えば日帰りも余裕です」

 クルマとかバイクでも中型以上だったらそうだけど、美玖も社長夫人もモンキーなんだよ。つまりは山陽道も龍野太子バイパスも、

「加古川バイパスも、姫路バイパスも使えません」

 下道オンリーで赤穂御崎を目指すとなれば、神戸、明石、加古川、高砂、姫路、龍野と市街地を走破しなければならなくなる。

「搦手を使っても・・・」

 搦手って、山崎ぐらいから龍野に南下するルートの事か。あれはあれで、大ツーリングになるぞ。

「赤穂御崎へのツーリングとなると、はりまシーサードロードはセットになります。そうなると起点となるのは道の駅みつになりますが、ナビの概算で百二十キロです」

 道の駅みつまでざっと四時間、そこから赤穂までさらに三十キロぐらいで五時間か。

「社長夫人の御意向として赤穂御崎までツーリングをするのですから赤穂観光も御希望です。赤穂城に立ち寄るのも計算すると六時間でも厳しいかと」

 だったら大手で行けば、

「明姫幹線利用になりますが、こちらならナビ上で赤穂まで百二十キロぐらいになります。ただし高砂から明姫幹線を外れ浜国道で道の駅みつを目指すことになります。これが約三十キロです」

 旧国道みたいなものだから旧市街地を走り抜けるルートになるはずだよな。おそらく大手から行く方が距離だけでなく時間も短いだろうけど、

「ストレスはかなりのものになります」

 こりゃ難題だ。とはいえあそこまで行けば坂越の牡蠣があるぞ。

「バイク乗りなら海の駅しおさい市場の食べ放題になりますが・・・」

 バイク乗りでなくてもそうだろ。

「昼に着くとなれば問題があります」

 到着時刻が昼時になってしまうものな。行ったことがないけど人気はあるそうだから駐車場の問題もあるし、行列だって予想される。

「それも問題ですが、バイクですからお酒が飲めません。牡蠣を食べるのにお酒が無いのは許されざることです」

 そっちかよ。美玖も呑兵衛だからな。そのうえ牡蠣も大好物なんだよ。でも泊りだろ、それも赤穂御崎温泉だったら、

「それで妥協しようかと」

 宿の夕食にも出るはずだからな。ところで宿の手配も美玖なのか。

「社長夫人がして下さるそうです」

 う~ん、行くなら大手からだろうな。搦手ルートの方が走る楽しさはあるだろうけど距離が長すぎるよ。大手ルートも良くは知らないけど明姫幹線はそれなりに流れるそうだし、浜国道の三十キロさえ耐えれば、はりまシーサイドロードは県内でも屈指のツーリングコースのはず。

 それに接待と言っても相手は社長夫人だ。そんなに気を遣う相手でもないじゃないか。営業の接待とは別物のはずだ。社長が非公式の命令まで出してるのだから付き合ってやれよ。

「剛紀も大手ルートで賛成ですか?」

 市街地走行ばっかりになるのは気が重いけど、いつかはりまシーサイドロードは走りたかったし、整備された赤穂城も見る価値はあると思う。赤穂城と言っても長い間、高麗門しかなかったようなものだけど、本丸や二の丸が整備されてるからね。

「では決定にさせて頂きます」

 まあせいぜい楽しんで来いよ。ちゃんと留守番しとくから。

「留守番など許しません。このツーリングは三人です」

 はぁ、それはダメだって。社長は知らないけど、世の亭主の中には同窓会どころか女子会にも奥さんを出席させないのもいるのだぞ。ましてやまだ新婚だ。男が入る三人のお泊りツーリングなんか許されるものか。

「これは社長夫人の御意向であり、社長の許可も取れています」

 手回しの良いやつだな。けどな、いくら社長の許可があっても、こういうものはこちらから辞退するのが筋だ。声はかけたが断られたの形にするものだろうが。

「社長はこうとも仰られています」

 なんて言ったんだ、

「もし万が一でも間違いが起これば、我が社の専務は部長により赤穂の海の藻屑になるのが惜しまれる」

 美玖が行く限り安全保障は万全ってことかよ。それと勝手に海の藻屑にするな。

「非公式とは言え社長命令であり決定事項です」

 そんな社長命令がこの世にあるのがおかしいだろ。会社の私物化だ。

「美玖は賛成しているのに逆らう気ですか」

 し、従います。