アングマール戦記2:一撃後

 魔王はコトリの一撃を喰らってエレギオンの包囲を解いて退却してくれてん。すぐさま反攻と言いたいところやねんけど、内情はそれどころやなかってんよ。三次にわたるエレギオン包囲で食糧も乏しく、金庫もスースーしとった。

 とにかく食糧を確保せんとアカンねんけど、城外の農園も五年間放置状態やったから、そこから始めなあアカンかってん。海上補給ルートだけは確保してたから、そこからの輸入は可能やけど、先立つ物が心細い限りってところ。

    「ユッキー、次の収穫までどう」
    「厳しいな」
 ユッキーと相談しててんけど、より長期戦に備えての体制を組みかえないと、もたないの判断は一致してん。ここまでアングマールに対抗するために平和産業を犠牲にして国民皆兵で対応しとってんけど、
    「おカネを稼がないと食糧輸入も出来なくなるわ」
    「でも軍事も手を抜かれへんし」
    「そこでだけど・・・」
 ユッキーの案は高原都市からの移住者の活用やった。第一次包囲戦の前にパライア、レッサウ、ゼロン、ザラス、マウサルム、さらにはシャウスの住民をエレギオン及びエルグ平原都市に避難させてるやんか。高原六都市の三割弱ぐらいだけど、結構な数で食糧事情を圧迫させたのは確かやねん。それも織り込み済みで軍団兵の供給に使ってたのだけど、ユッキーはこれを徹底させる方針を出したのよ。
    「まずエレギオン兵は二個軍団体制にして、残りは産業及び農業に振り向ける。高原からの移住者で四個軍団編成を目指し、残りは産業及び農園復興に振り向けることにする」
    「四個軍団編成は大変よ」
    「わかってる。でも三個軍団は最低欲しいから、コトリと四座の女神で一個軍団ずつ至急で頑張って欲しい」
 エレギオン包囲戦の前はエレギオン兵で三個軍団、高原兵で一個軍団やった。これが三次にわたる包囲戦、さらにセラの戦いで消耗したから、残りのエレギオン兵で二個軍団弱、高原兵のハムノン軍団も一個軍団弱ぐらいになってた。この三個軍団を定員まで補充するのと並行して、高原兵だけで三個軍団作りたいのがユッキーのプラン。
    「名称も変更するわ。エレギオン兵の第一・第二軍団はそのままだけど、ハムノン軍団を第三軍団にし、新設軍団は第四・第五軍団にする」
 エレギオン人による軍団は二個軍団を上限として、残りは産業や農園に振り向けることにし、今後の軍団の主力は高原からの移住者にする方針だった。
    「でもユッキー・・・」
    「わかってる。どこかで無理が生じるってことは。でもリスクを背負わずに勝てるほど甘い相手じゃないのよ」
 コトリも他に方策があったわけじゃなく、ユッキーの方針に同意せざるを得なかった。先々の心配は色々あるけど、当面の心配は退却したアングマール軍がどうなっているかやった。わかってる範囲で言えば、マハム将軍がハマに二個軍団規模でいるらしいのと、魔王はマウサルムにいるらしいぐらいしかわからへんのよ。

 ここでの問題はアングマール軍がどう動くかやねん。例の一撃の効果が十分だったのはコトリも確認してる。トドメを刺せなかったのは残念だけど、魔王の神にかなりの深手を負わせたのだけは間違いないはずやねん。

    「どれぐらいかかるかな」
    「月単位じゃ無理と見たいところね」
 神の深手とはエネルギーの消耗を指し。回復とはエネルギーのチャージを指すのよ。ここまでの魔王戦の分析の結果として、魔王の回復は女神より相当遅い感触があるのよね。エレギオンとしては、魔王が回復まで動けない時間を利用して戦力の回復を目指すのが今の方針。魔王の回復が遅ければ遅いほど助かるってところかな。

 ここも基本的な読みとして、魔王が回復するまではアングマール軍は本格的な攻勢に出ないだろうの期待があるのよ。だから攻勢と言うより守りの姿勢と読んでる。

 ただじっと動かないとは思えない。魔王だってエレギオンの食糧事情はある程度つかんでいる可能性は高いのよ。そりゃ、あれだけ包囲戦やって、農園が五年も使えなければ、そう読んで当然やんか。

    「マハム将軍は動くよね」
    「必ず。とくに農園再生は邪魔して来るはず」
 エレギオンが反攻に移るには、軍団再編制と農園再生が必須。もちろん産業復興でゼニも稼がないといけない。そうなると当面はハマのマハム将軍をいかに封じ込めるが焦点になってくるのよね。
    「そうなると前線基地はリューオン」
    「だけど、セラの野のコースもあるからね」
 ハマからエレギオンは街道ルートがリューオン、ベラテ、旧ズオンを通ってエレギオンに至るもの。しかしドーベル将軍の時からハマからいきなりキボン川を渡り、セラの野を横切ってエレギオンに攻め込むことが多くなってる。第二次・第三次のエレギオン包囲戦の魔王もそうしてた。
    「だったら両面作戦」
    「したくないのよね。でも、今はどうしようもないから五個軍団制で備えたいのよ」
    「ユッキー、でも今はそれ以前やで」
    「そうなのよね」
 現状のエレギオン軍は三個軍団弱、数ではハマのマハム将軍を上回るけど、アングマール兵は強い。さらにマハム将軍も手強い。
    「当分は決戦は無理よ。コトリ、なんとか牽制だけでマハム将軍を抑え込めないかしら」
    「無茶いわれても・・・」
 無茶やけど、そうしないといけないのが戦争。
    「ドーベル将軍の時にやった手はどうやろ」
    「前にやったから、向こうも読んでる気がするけど、とりあえずそこからやってみようか」
 ドーベル将軍に使ったのは仮初めの休戦協定を結んで、ドーベル将軍や幕僚たちに賄賂を振りまき、魔王に猜疑心抱かせる計略。ドーベル将軍の時には上手くはまってくれて、更迭されていなくなってくれた。さっそく、やってみたけど、
    「ユッキー、あかんわ」
    「可哀想なことしたね」
 マハム将軍はエレギオンの休戦協定申し入れの使者を切り殺しちゃった。そうなると他の手を考えないといけないんだけど、使者を切り殺したマハム将軍はキボン川を渡ってセラの野に来ちゃった。さてどうしよう。

アングマール戦記2:プロローグ

    「コトリ、アングマールの話の続き聞きたいんだけど」
    「あの続き?」
    「コトリが使者としてアングマール王に一撃を浴びせた後のお話」
 コトリはボクの恋人にして港都大学院考古学部エレギオン学科名誉教授、さらにはクレイエール代表取締役副社長の立花小鳥。コトリの肩書は錚々たるものですが、まだ二十七歳なんです。コトリがその若さで副社長になっているのはクレイエールが世襲会社だからではありません。すべてその実力と実績によるものです。

 コトリと付き合い始めた時に既に専務でしたが、一年で副社長に昇進しています。異例なんてものじゃないのですが、クレイエールではコトリが社長にならず副社長に留まった事の方が意外と受け取られています。

 この時の人事は前社長が会長になり、前副社長が社長就任と見られていましたが、前副社長も相談役に退かれてしまったのです。コトリはナンバー・スリーだったのですが、社長に抜擢されたのはコトリの秘書だった係長の小山恵さん。これについてコトリは、

    「当たり前やん。ユッキーは首座の女神だよ。エレギオンの四女神、いや五女神がそろってもトップはユッキーよ。これは四千年前から決まっていること」
 ボクも港都大学院考古学部エレギオン学科博士コースですから、これはわかります。古代エレギオンは女神による神政政治。この時のトップは首座の女神であり、小山さんはその首座の女神の記憶と能力を受け継ぐ人です。ではコトリは誰なのかですが次座の女神。

 エレギオンの女神は、意識を宿主に移して永遠の記憶を保ち続ける女神です。ちなみに小山さんをユッキーと呼ばれるのは、小山さんの前宿主が木村由紀恵であったからで、コトリも小山さんも前宿主時代の呼び名がお気に入りで今も使われています。

    「ユウタ、あの続きは重すぎるから話すのもそうだけど聞くのもシンドイよ」
    「でも、これを知っているのはコトリか小山さんしかいないもの」
 ボクはエレギオン音楽の研究で修士を取っています。ほとんどコトリに助けてもらったようなものですが、博士コースの研究にある大叙事詩の解明に取り組んでいます。この大叙事詩は第一次エレギオン発掘調査の時から存在が示唆されていました。第二次調査でも語学学校のテキスト等に広く引用されているのはわかっていましたが、全体像がはっきりしないところがあります。

 古代エレギオンでもあれこれと引用されたり、決まり文句の元になったり、現代であえて喩えればシェークスピアみたいな扱いだったらしいのはわかるのですが、大叙事詩全体の記録が残っていないのです。

 そのためにあちこちの断片を拾い集めての編集作業になっていますが、とにかく断片的過ぎて難航を極めています。大叙事詩がある国との戦争を叙述したのだけはわかっていましたが、その時系列、登場人物の背景、地名、出てくる兵器らしいものの実態がサッパリわからなかったのです。

 その解明の大きなヒントになったのが、コトリが前に話してくれたアングマール戦。聞きながら結びついたのですが、叙事詩が歌っているのはアングマール戦そのものであったのがわかったのです。

 ボクはコトリの話と、叙事詩の断片をつなぎ合わせて、エレギオン包囲戦までを論文にまとめました。この論文は天城教授も非常に高い評価を与えて下さりました。

    『あの叙事詩は、古代エレギオンの巨大な民族体験であったと見て良いと考えてる。後のエレギオンの歴史・文化に大きな影響を及ぼしているのは確かだ。ここまででも解明できたのは偉大な業績だ』
 ただ叙事詩はエレギオン包囲戦の後にも延々と続くのは確認されています。むしろ残ってる部分の方がはるかに多そうだと見られています。相本准教授は、
    『もし全容が解明されたら、これほど素晴らしい仕事はないわ。柴川君、これは君のライフワークにするぐらいの価値があると思う』
 ボクもそう感じています。学者として宝の山を掘り当てたような気がしています。しかし研究はひたすら難航しています。この叙事詩の価値が高いことはエレギオン研究者にとって常識ですが、これまで多くの人が取り組んでも、さしたる成果が上がらなかった分野でもあるのです。

 この世で大叙事詩を覚えているだけでなく、大叙事詩のもとになったアングマール戦を経験しているのはたったの二人。これは、そもそも存在する方が驚異なのですが、自分が学者として食べていくためにはコトリに教えてもらう必要があります。

    「コトリ、お願い」
    「ユウタのお願いを断れないけど・・・」
 コトリはなぜか悲しそうな顔をしています。
    「でも、聞かない方が良いと思うよ」
    「どうして」
    「叙事詩を地道に読み解いた方がイイと思うから。叙事詩では美しく歌い上げてるけど、実際の戦争はそんな綺麗ごとじゃないの。ドロドロした、そりゃ悲惨なものなのよ」
    「でも、あの叙事詩の全貌、さらには叙事詩の元になったアングマール戦争を解明するのはエレギオン学にとって計り知れないぐらい価値があるんだよ。あれを解明できればボクも学者として食べて行けるようになるはずなんだ」
    「それはわかるけど、困ったな」
 エレギオンについてコトリはほとんど話しません。『どうしても』と天城教授や相本准教授が頼まれると限定的に話しますが、なるべく話したくない感じがします。これは小山さんも同じです。お二人にとってエレギオンは青春でもあるようですが、背負い続けた重みが辛すぎとも話していました。

 それでもボクが頼むとかなり話してくれます。これも、音楽とか、祭祀とか、居酒屋とかの平和な話題に限るところがあります。前にアングマール戦の話をあれだけしてくれたのは異例中の異例ぐらいです。

    「コトリは戦争の話は嫌いなの。コトリが好きなのはラブラブ」
 コトリはなにをやらせても出来ます。いや出来るなんてレベルではありません。仕事はこの若さで副社長ですから説明の必要もありませんが、料理だって、裁縫だって上手のレベルを越えてプロ級です。歌わせても、踊らせても名人級で、知識や経験となると五千年の厚みをヒシヒシと感じます。

 恋愛だってそうです。コトリは純愛が好きみたいですし、キスするまでだけでも相当な時間がかかりました。でもなんです。

    「ユウタ、この体で初めてなのはホントよ。でもね、コトリの体には五千年の記憶が刻まれてしまってるの。だから軽蔑しないでね」
 いやぁ、凄かった。ボクだって何人か恋人はいましたが、あれほどベッドの上でも全身全霊を傾けられるものかと驚嘆させられました。
    「コトリがホントに極めたいのはこっちなの。ユウタなら、今までで最高のところに連れて行ってくれると信じてる」
 こればかりは負い目を感じてしまったのですが、
    「ちがうよ。コトリはね、たとえ相手が童貞でも満足できるし、満足できるようにしてあげれるの。二人で、もっと素晴らしい世界に行きたいから」
 コトリのクレイエールでの仕事ぶりは見たことがありませんが、ベッドと同じの気がしています。すべてが全力投球で、コトリも楽しんでますが、ボクも楽しめるようにあらゆる気配りを欠かさず、すべての瞬間を完全燃焼させてくれます。今日も夢のような時間を過ごした後ですが、
    「コトリ、お願い」
    「気が進まないの」
    「ボクは研究が好きだ。エレギオン研究を続けるために大学に残りたいんだ。そのためには業績が必要だけど、この叙事詩の全容を解明出来たらそうなれるんだ」
    「ユウタの夢はエレギオン学の学者になることだものね」
 コトリはじっと考え込んでいました。あれは考え込んでるというより、何かを見ている気がします。
    「ユウタがどうしても聞きたいなら話してあげる。それがユウタのためになるなら。でも後悔しないでね。この話を聞き終った時にどんな結果になろうともね」
    「どういう意味?」
    「やっぱりやめようよ」
    「お願い、ボクの夢、ボクの一生がかかってるんだ」
 コトリは何かを見ているようでした。すっとずっと遠くを見つめる目をした後に、
    「そうだったわね。ユウタの夢のために話してあげる」
 話し始めたコトリの表情が、どこかいつもと違う気がしました。

次作は明日から

 アングマール戦記の続編は書くのに気が向かず、あれで終りの予定でした。執筆順からいうと、あの後に2作書いているぐらいだからです。ただとにかくシリーズものなので、登場人物のケリを付けておく必要が生じてしまったのです。どうしても続編を書いておいて、サイドストーリー部分の決着を付けておく方が好ましいの判断です。

 無理やり書きだしたのが悪かったのか、続編は話というか構想が迷走し、最後は渾身の力業で強引に話を収束させています。それぐらい苦戦させられました。構想の迷走はタイトルにも表れていまして、アングマール戦記2としていますが、これは途中で全部書いたら何冊必要になるか不安になったからです。

 それとブログを移行して、1回の掲載量の配分を短めにしたら、えらい公開に時間がかかってしまったので、次はもう少し1回分の掲載を長くして短縮を目指します。そうしないと、未公開分がたまって、たまって仕方ありませんから。

 ということで、もう一度アングマール戦にお付き合い下さい。

日曜閑話:浦島伝説

 小説のネタ漁りをしていた時に見つけた話でしたが、興味深かったので歴史ムックとして上げてみます。

 浦島太郎と言えば、亀を助けて竜宮城に招待され、乙姫様と結婚し、それでも故郷に帰りたいと頑張り、帰って見たら故郷は歳月が遥かに流れ過ぎ、開けてはならない玉手箱を開けて老人になってしまったお話として覚えています。誰でも知っている有名な話ですが、時代とともにかなりの変遷があります。

 浦島話が記され残っている最古の記録はなんと日本書紀です。雄略天皇のところにあるのですが、

廿二年春正月己酉朔、以白髮皇子爲皇太子。秋七月、丹波國餘社郡管川人・瑞江浦嶋子、乘舟而釣、遂得大龜、便化爲女。於是、浦嶋子感以爲婦、相逐入海、到蓬莱山、歴覩仙衆、語在別卷

 無理やり読み下すと、

二十二年春正月は己酉が朔日であった。白髪皇子を皇太子とした、秋七月、丹波の国餘社郡管川の人に瑞江浦嶋子というものがいた。舟に乗って釣りに出ると大亀を得た。これが女となり、ここにおいて、浦島子は婦と為すと感じ、相次いで海に入り蓬莱山に着き仙衆を観る。別巻にて語るところ在り

 相変わらず読み下しが怪しい部分があるのに目を瞑ってもらいたいのですが、浦島太郎の名前は瑞江浦嶋子であり、亀は釣りをしていて得たものであり、女は亀が変身したもので、竜宮城でなく蓬莱山に行ったとなっています。現在の浦島話を想起はさせますが、かなり内容が異なるのがわかります。一番注目したいのは、

    語在別卷
 浦島のエピソードは他に本があり、そこから引用しているとしている点です。日本書紀は養老4年(720年)完成ですから720年時点で浦島本のオリジナルがあったことになります。では日本書紀の編集が始まったのがいつかになりますが、これは諸説ありますが、日本書紀の天武天皇10年(681年)3月のところに、

令記定帝紀及上古諸事

 大元のスタートはこことする説が有力です。では、681年時点でオリジナルの浦島本が既に成立していたかは微妙そうです。


伊預部馬養

 これも浦島本をムックしていて驚いたのですが、浦島本の原作者がほぼ特定されているのです。それは伊預部馬養です。その根拠が丹後国風土記逸文です。丹後国風土記逸文には、浦島が故郷に帰り着くまでのストーリーが記されており、おそらく残されている浦島話の最古のものだと見て良いはずですが、そこの冒頭部分ですが、

丹後國風土記曰。
与謝郡。
日置里。
此里有筒川村。此人夫、日下部首等先祖、名云筒川嶼子
斯所謂水江浦嶼子者也。是舊宰伊預部馬養連所記無相乖

 筒川嶼子が水江浦嶋子と同一人物としたうえで、

    是舊宰伊預部馬養連所記無相乖
 ここも強引に読み下すと、

是は旧宰である伊預部馬養連が記したものと相乖れたるところ無し

 まず言葉の解釈ですが、旧宰とは元国宰になります。ほんじゃ、国宰とはなにかですが、律令制が整備される以前は、律令制で国司にあたるものは国造とかの地方豪族でした。それでも中央から国司相当の地方官が臨時に派遣されることがあり、それが国宰になります。

 それと馬養が国宰をしていたのは丹後でなく丹波です。というのも、丹後が丹波から別れたのが和銅6年(713年)になるからです。丹波の規模も古代は大きくて、但馬・丹後も含むものでしたが、七世紀に但馬が分かれ、713年に丹後が別れています。 馬養が丹波国宰をした頃は丹波・丹後を合わせた丹波であったはずです。

 ここで注目したいのは、丹後国風土記の成立は713年以降になる点です。あくまでも読みようですが、風土記編纂にあたって浦島伝説を取り上げたのは間違いありませんが、馬養の本の全面引用とは思えないところがあります。改めて調べてみたら、馬養の水江浦嶋子と筒川嶼子が同一人物と見なされると読めるからです。


馬養の浦島本

 馬養は持統天皇3年(689年)に撰善言司に選ばれています。聞き慣れない役職ですが、ここはシンプルにwikipediaより、

上古日本の先人の善言・教訓を集積した書を撰上するために設けられた官司

 文武天皇の教育のためであったともされているようですが、要は説話集を作ろうとする企画と見て良さそうです。これがどうなったかですが、wikipediaより、

しかし、結局、書物は完成せず、撰善言司は解散となり、草稿は『日本書紀』編纂の際に活用されたとも言われる。

 完成しなかったのですが草稿はあったとなっています。ここは仮説ですが馬養は、この時に丹波国宰時代に聞いた浦島話をまとめた可能性が高いと考えています。それだけでなく、馬養の浦島本は独立して成立し、皇族や貴族の教育・教養に広く使われたと考えています。

 浦島伝説に関連する古い記録に万葉集があり、高橋虫麻呂の歌が収載されています。高橋虫麻呂は日本史広辞典に、

719年(養老3)前後の藤原宇合の常陸守時代にその下僚となり、以後宇合の庇護を受けたとされる

 こうあり、時代的に馬養の少し後の人です。読まれた歌の内容の分析は長くなるので控えますが、虫麻呂は浦島本を踏まえて詠んだものと見なして良いかと思います。つまり虫麻呂クラスの下級貴族でも馬養浦島本は教養として知っている程広く広まっていたと見れるのでないかと考えます。
 
 これはそうである必要がると見ています。上級貴族の一部にのみ伝わるものでは、これほど後世に広まって残るとは考えにくく、下級貴族まで広まっていたからこそ、様々な内容の変遷があるとしても現在も残っていると見たいところです。


300年

 馬養本の内容も面白いのですが、個人的に妙に関心を引いたのが、浦島が三年と思っていた時間が三百年であった下りです。

古老等郷人答曰。先世有水江浦嶼子。独遊蒼海。復不還來。今経三百餘歳者。

 丹波国風土記逸文が馬養本に近いと仮定してですが、浦島が旅立ったのは雄略時代としています。

長谷朝倉宮御宇天皇御世

 馬養の浦島本を直接引用したと考えられる日本書紀は雄略22年7月としています。この雄略22年が西暦でいつごろですが、wikipediaより、

武寧王陵から発掘された墓誌から武寧王は462年に生まれたことがわかった(詳しくは武寧王参照)が、これは日本書紀の雄略天皇5年に武寧王が生まれたという記事と対応している。これをもとにすると、雄略天皇元年は西暦458年と考えられる。

 これを基準とすると479年になりますが、300年後は779年になり馬養は既に死亡している事になります。ただ300年の年数合わせを重箱するのはあまり意味がないと考えています。
 
 馬養の原作をかなり正確に引用しているのはやはり日本書紀だと考えています。そこに雄略天皇22年7月とかなり具体的な年月がありますが、これも馬養の原作がそうだったと見るのが妥当です。

 そこから300年の表現ですが、馬養の年代知識では雄略時代は「それぐらい前だったはず」があったと見ています。まだ古事記すら完成していない時代だからです。では浦島の再出現時期がいつだったかですが、馬養の時代であったと見ています。つまり馬養と浦島は実際に会っていたんじゃないかです。

 日本書紀の記述も良く読むと浦島失踪事件は書かれていますが、帰還については触れていません。そうしたのは、雄略天皇22年の事実としては浦島失踪事件が起こっただけだからと見ることも出来ます。

 では馬養がいつ浦島に会ったかですが、これは丹波国宰時代で良いと考えますが、いつ馬養が国宰であったかは不明です。ここで考えたいのは馬養がどうして浦島に会ったかです。国宰は現代であえて喩えれば県知事みたいなものですから、余程の理由が必要です。

 ここは想像の翼を広げますが、浦島の出現は当時的にはホット・ニュースであったと考えています。都でも噂でもちきりみたいな感じです。その真否と話を記録するために、提善言司の馬養が国宰として派遣された可能性があると見ています。馬養本も大評判となり、書紀編集時にも欠かせないエピソード、いや紛れもない事実として挿入されたぐらいです。

 久しぶりに歴史ムックが楽しめました。

アングマール戦記:あとがき

 今回はスピンオフです。女神伝説シリーズで何度もエレギオンを取り上げたので、そのエピソードを一つにまとめてみようというのが狙いです。とりあえず余談なのですが、アングマール戦記はなんとか三百ページ程度なのですが、文字数にすれば十三万五千字を越えています。

 原因は会話シーンが少ないこと。とにかくコトリがガチガチの主人公で、コトリの見たアングマール戦ってスタイルですし、話し相手が実質ユッキー一人なので、叙述部分がひたすら多くなってしまってます。

 それとお気づきの方はお気づきでしょうが、指輪物語をオマージュしている部分はあります。エレギオンもそうですし、アングマールもそうです。それ以外は出来るだけ外そうと努力していますが、ハマもそうかもしれません。

 それと、とにかく戦記なので戦法や戦術をあれこれ取り入れています。ファランクスもそうですし、レジョンもそうです。会戦の経過も想像だけでは無理があるので、カンネーとかレウクトラとかを参考にさせてもらってます。

 今回は野戦だけでなく攻城戦も書く必要があったので、武器もあれこれ登場させています。巨大石弓はバリスタ、巨体投石機はトレビュシェットがモデルです。バリスタも無理があるのですが、トレビュシェットとなると力業もエエところなのですが、石弓も投石器も原型はかなり古くからありそうでしたから登場させています。

 アングマール側の攻城塔とか、破城槌は当時でもあったと見て良さそうです。埋め立て車はソウズがモデルで、エレギオン側が施した城壁前のスロープはタルスを参考にしています。

 破城槌をロープで引っ張ってひっくり返す戦法もモデルはあって、十字軍遠征で守るイスラム側がフックを付けたポールでそれをやったとなっています。エレギオンの場合はむやみに城壁を高くしたのでロープに置き換えてみたぐらいです。

 火薬も使いたかったのですが、さすがに無理がありそうでやめています。フィクションですから登場させても良さそうなものですが、硫黄はともかく硝石を手に入れる手順を考えないといけないのであきらめた次第です。まあ、火薬まで使えちゃうと、次は爆弾とか、大砲、花火式のミサイルに話が広がりそうなのもやめた理由です。

 それと本当は地図が必要で、書く時には大雑把な地図を作ってたのですが、これを小綺麗に仕上げる点で挫折しています。描きかけたのですが、とにかく手間とヒマの塊みたいになってしまい、さらにA5サイズぐらいにするのに悲鳴をあげたぐらいです。

 さて、なんですが、問題は続きを書くかどうかです。これについては検討中としか言いようがありません。続きとなると魔王の残虐シーンの描写が延々と続く事になり、話がドンドン重くなってしまいます。その辺を処理できる良い方法を思いついたら、書くかもしれません。