ツーリング日和8(第20話)またトラブル

 夕食は広間みたいなところやねん。お食事処としてもエエけど、大広間にテーブル並べてる感じや。メニューは強いて言えば懐石風やけど、そんなキチンとしたもんやなく、

「あははは、昭和の旅館風かな」

 ともちゃうやろ。一品一品派手さはあらへんけど、心が籠った感じが嬉しいで。そんなところでの食事やから、お隣さんも近いんやけど、なんかエライ盛り上がっとるな。旅館の夕食で盛り上がったらアカンわけやないけど、あそこまで盛り上がるとちょっとな。

「お酒も入ってるんだろうけど・・・」

 入っとるな。顔が真っ赤やからな。年の頃は三十代後半から四十代前半の男の五人組や。あのお互いの呼び様からして会社の出張の類やのうて、

「体育会系のノリね」

 そやろな。それにしても声がデカいな。耳でも悪いんちゃうかと思う程や。そのお蔭でなにを話してるかは筒抜けや。ほぅ、剣道やってるんか。それでもって道場対抗の親善試合みたいなものがあったんか。

「祝勝会みたいね」

 親善試合言うても長年のライバル関係みたいやな。それも阪神と巨人みたいな関係でライバルと言いながら分が悪かった相手にようやく勝ったぐらいの感じで良さそうや。

「野球じゃわからないよ。バルサとレアルみたいなものじゃない」

 そんなにバルサが劣勢やないやろ。とにかく久しぶりの快勝で気分が良いのはわかるし、盛り上がるのはわかるが、盛り上がり過ぎやろ。あそこまで行ったら傍若無人やで。コトリも迷惑やし、他のお客さんも迷惑そうな顔しとるんが気が付かんか。

「気が付かないからあれだけ騒げるんでしょ」

 コトリらのテーブルは隣やから、話も出来へんやんか。それだけやない料理も酒も不味なるわ。そしたらや、

「そこのお姉さん、こちらに来て酌をしてくれんか」

 ナンパやったら考慮の余地もあるけど好みやないわ。酒を飲んで酔うのはかまわんが、お前らの酒は品位のカケラもあらへん。酒は時に人の本性をさらけだすともされるが、あんたらの本性は最悪やで。無視しとったら、

「耳が悪いんか。こちらで酌をしろと言いよる」

 お前らこそ目も耳も悪いんか。ここは宿泊客がそろってメシ食うとるとこやで。お前らの存在が迷惑で目障りなんがわからんのか。こんなとこでもめ事は避けたいし、旅先の事やし知らん顔しとってん。そしたらやな、そいつらの一人が立ち上がって、結衣の腕をつかみ、

「こっちに来て、酌をしろと言いよる。聞こえんのか」

 そこまでやるか。これは完全に一線を越えとるで。今までかって超えとるが、そこまでやるなら容赦せんで。コトリが立ち上がるより先に結衣が男の手を払いのけ、

「あなた方にお酌をする義理などどこにもありません」

 ピシャっと言い放ちよった。するとや男が仁王立ちになって、

「わしらを誰じゃと思うちょる・・・」

 酔いどれのオッサンやろうが。恥を知りやがれ、

「わしが酌をしろと言うのじゃけぇ酌をしろ」

 完全に酒乱やな。困ったもんや。メンドウやからケリつけたろうと思った時にユッキーが、

「コトリ、もう少し見てよう」

 そういうことか。ここまでツーリングしても結衣の正体がはっきりつかめてへんとこがある。悪意を持って接近して無さそうなのはわかってきたが、何者なのかってことや。これでなんか見えるかもな。結衣は、

「剣道とは剣を志す者が体と心を鍛えるもの。剣の業のみを誇る者はタダの棒振りダンスです」

 煽ってどうするんや。つうても宥めても無駄か。あれかな、少々剣道ができても、あれだけ酔っぱらっとったら叩きのめせるの自信やろか。結衣の計算どおりかはわからんが、オッサンが逆上したところに宿の人が来てくれた。

 さすがに手慣れとるわ。他の四人もようやく醜態ぶりに気づいたみたいで、宥めに入っとる。なるほど、あの五人組のテーブルを別室に動かすのか。こういう時は離すのが一番の良策やもんな。それでも酒乱のオッサンは、

「女如きに棒振りダンスと侮辱されたさあ許さん。ここで土下座して謝れ」

 もうかなわんな。さっさと行きやがれ。そしたら結衣はさっと立ち上がり、

「あなたが棒振りダンスなのを知りたいのなら、明朝、ここの庭で見せて差し上げましょう。せいぜい酔いでも醒ましておいて下さい」
「んじゃと。よしわかった。明日の朝は逃げんさんなや。吠え面かかせちゃる」

 ホンマに酒癖悪すぎるわ。それでも時間を置いたんは正解や。ああいうのは酔いが醒めたら小心者が多いからな。プライドが邪魔して詫びまでようせんやろうけど、明日はコソコソ逃げだすやろ。

 それにしても見事なブラフやな。小豆島の時もそうやったが、相手の弱点をよう見とるわ。やっと静かになってくれた。ユッキーは、

「結衣、明日はどうするの。早立ちにするなら構わないけど」

 三十六計逃げる如かずか。あっちが逃げへん可能性もあるさかい、こっちが先に逃げてまうのは上策や。朝風呂は惜しいけど、もめ事はかなわん。どうせ旅先のこっちゃ。ここで別れたら、二度と会うもんか。

「コトリもそれでエエで」
「ここまで来て朝風呂と朝食を楽しまないのは心残り過ぎます」

 あいつらが逃げると踏んどるのか。その公算はコトリも高いと見るが、無用のリスクを負う気もするで。

「御迷惑はおかけしません」

 そこまで言うなら任せるか。とりあえず邪魔者がおらんようになって、食事も酒も楽しめた。まあ明朝にもめたら、もめたらの時や。どうとでも出来るしな。

「なにか楽しみね」

 ユッキー、気楽に言うな。どうせなにかあったらコトリに投げるつもりやろうが。

「そりゃそうよ。今はコトリがトップでわたしはその下だもの」

 ここのところ、そればっかりやんか。

ツーリング日和8(第19話)青海島から俵山温泉

 萩から長門まで三十分程や。

「あれ? 青海島行かないの?」

 行くために今日の予定を組んだようなもんやんか。青海島は絶景の地で、日本百景にも指定されとる。まあマグマで出来上がった奇岩が並んどるぐらいの理解でもエエと思う。陸からも見れるが、こういうものはやはり海から見るのがエエに決まっとるやんか。

 この発着地は青海島やのうて本州側にあるねん。十三時半発で、八十分ぐらいやから十五時ぐらいには戻ってくるはずや。

「間に合わなかったら?」
「青海島ツーリングしかないやろ」

 フェリーやがいくつかのコースがあって、それによって料金も変わる。そやけどコースは選ぶと言うより、その日の荒れ模様で決まるようや。外海も通るから危ないかろやろな。そやけどコトリとユッキーが二人が行けば、

「いつもツーリング日和」

 フルコースで行けるで。

「船で回るのも三回目かな」

 そやな但馬海岸ジオパーク、男鹿半島の西海岸の次ぐらいや。どうしても時間がかかるから、よう乗ってる方やと思うで。こりゃ迫力あるな。海も綺麗やで、透き通るようや。中江の洞門、仏岩、島見門、さらに見えて来たのが、

「たしかに洋上アルプスね」

 ここから大門、小門、石門、観音洞に夫婦洞。ここも洞門くぐりをやるんや。ほんまにギリギリやな。そうなるように作ってるんやろうけど、スリルも満点や。筍岩から赤瀬、波の橋立と回って、青海大橋を潜って帰港や。

「乗れて良かったね」
「頑張った甲斐があったわ」

 コトリも満足や。船から下りたら宿行くで。結衣が、

「今夜はどこですか」
「山の中の秘湯や」

 遊覧船乗り場から三十分ぐらいのはずやから、エエぐらいの時刻になるはずや。ノンビリ行くで。

「コトリ、ほらガードレール」

 そらあるやろ。

「違うよ色だよ」

 山口県に入ってから気になってたんやが。なんでか黄色のガードレールが時々出て来るんよ。なんか意味あるのかな。この道危険ぐらいと思うとったが、

「昨日の宿で教えてもらったんだけど、あれは黄色じゃなくだいだい色なんだって」

 そうも見えるな。

「だいだい色の意味は夏ミカンで、山口の県道のガードレールの色だそうよ」

 へぇ、勝手に好きな色を塗っても良かったんか。県道は県の管理やから出来んこともあらへんやろうけど。

「風致地区なんかだったら茶色とかに塗ってるとこもあるじゃない」

 なるほどな。一つ勉強になったわ。なんか妙なことを思い出してもたが、ドライブの時にナビやってる子が、

『赤い道に曲がって』

 こんな笑い話があったけど、山口やったっら黄色い道でも通じるかもしれん。それが県道やからな。おっと、

「次のとこを右やで」
「らじゃ」
「了解です」

 ガードレールが黄色やから、

「だいだい色だって!」

 県道やな。もう温泉街に入ってるねんけど、

「ちょっとストップ」
「右なの左なの」

 どっちかしあらへんやろうが。ナビやった右の方やな。とは言うもののこれは狭いな。あんまりクルマで入りとうないし、前からのクルマにも会いとうない。進入禁止の標識はなかったずやけど。

「コトリ」

 うるさい、黙っとれ。同じような建物ばっかりやから、看板を見落とせんやろうが。クルマでのご利用は勧めませんって書いてあったけどホンマにそうやった。そいでも、

「ここや」

 ここは江戸時代からあったとされて、創業は明治元年やそうや。建物は継ぎ足しとか改築増築を重ねたもんやとなっとるが、

「この唐破風のところは昔は玄関だったんだろうね」

 今は塞がってもて、唐破風の両側に入り口があるわ。旅館の玄関は右側やねんけど、誰もおらんな。何度か声をかけたらやっと出て来てくれた。バイク置き場を聞いたら、

「それならば玄関のところに停めちょきなさんせ」

 コトリらのバイクは自転車に毛が生えた程度やけど、結衣のKATANAはやっぱり邪魔や。コトリらの二台分ぐらいの迫力があるからな。その点は頭を下げて謝っといた。部屋は八畳の和室。ザ日本旅館って趣や。

「それも昭和の日本旅館よ。旅館だけじゃなく・・・」

 コトリもタイムスリップしたんかと思うぐらい昭和の温泉街やねん。それも高度成長期の頃に取り残されて行ったやっちゃ。

「このなんとなくチープ感がそうよね」

 これは貶しとるんやないで。ほんの十年ぐらいで様変わりしてまうんやが、日本の旅館はこんな感じの時期があったんよ。その直後に来たんが高度成長期の農協ツアーブームやねん。

「ここはブームに乗らなかったのね」

 乗ったところは豪華温泉旅館に建て直したんや。豪華まで行かんでも鉄筋の近代的な旅館にしとる。全部そうやなくとも、そういう旅館と古き昭和の旅館が混在しとるとこはナンボでもあると言うか、それが普通や

「これだけ温泉街ごと残っているのに価値があるよ」

 途中に見えた酒屋とかもそうやった。

「お土産屋さんなんてそのままだもの」

 俵山温泉の歴史は平安時代に遡るそうや。この温泉は薬師如来の化身の白猿が見つけたとなっとるが、大昔は猿が入る温泉やったんかもしれん。それを猟師が見つけてのパターンや。

 江戸時代は毛利藩の直営やったと言うから、お殿さんも来たかもしれん。まあ藩士のための福利厚生施設ぐらいやってんやろな。

「泉質は西の横綱にもされるぐらいよ」

 東の横綱はどこなんよ。まあ、それは置いとくとして、今でさえ湯治のための長期滞在客が多いそうや。ずらっと旅館が並んどったけど、こじゃれたとこは見かけへんかったもんな。湯治用の長期滞在となれば宿賃が安うなかったっら無理やろうしな。

「ここの特徴は外湯よ」

 旅館にも家にも温泉の内湯はないそうやねん。これは湧出量が限られとるんやろな。それもあって豪華温泉旅館にシフトせんんかったんかもしれん。さっそく浴衣に着替えて風呂や。外湯は二つで町の湯と白猿の湯や。

 下駄で向かったんやがまずあったのは町の湯や。こっちは銭湯みたいな感じで、名前の通り住民がよく利用するらしい。もちろん観光客でもOKや。湯治客やったらその日の気分で入り分けするのかもしれん。その先に白猿の湯があってんけど、

「これは不意打ちなぐらい立派な外湯だ」

 なんとなく道後温泉本館みたいな和風のものを想像しとってんけど、こりゃ、健康ランド風や。浴室も拍子抜けするぐらい現代風や。そやけどお湯はさすが西の横綱や。こんなん入ったっら、ますますコトリが美人になってまうやんか。

「手遅れだよ」
「うるさいわ」

 温泉に入ったと言うより、銭湯に入った気分やな。そうなれば風呂上がりの一杯は、

「コーヒー牛乳で決まり」

 結衣が『はぁ』って顔しとるのがおもろいわ。旅館に戻ったら夕食や。

ツーリング日和8(第18話)念願の萩へ

 この温泉のおもろいのは間欠泉があるこっちゃねん。間欠泉言うたら別府の竜巻地獄が有名やけど冷泉の間欠泉は珍しいそうや。

「たまった炭酸が噴き出すそうよ」

 二十分おきぐらいに噴き出そうやけど、

「噴水みたいね」

 そやな。最大で二メートルぐらいになるそうやけど、この日は一メートルぐらいの可愛いもんやった。そやけど見れたんは嬉しいわ。

「今日も行くで」
「らじゃ」
「がんばるぞ」

 朝は頼んで六時にしてもうたから六時半に出発や。まずは国道一八七号を北上して柿木から県道二二八号に入るんや。

「津和野街道ってことは、大鳥居のとこに出るとか」

 そのはずや。結衣が、

「今日はまず津和野ですか」

 結衣には悪いが津和野はパスや。前に行ったからな。県道二二八号も走りやすい道やな。途中でループ橋があったんもおもろかった。なんか道が狭うてヘアピンの連続になって来たけど、見えてるのは津和野の街や。近いもんやな、三十分かかってへんわ。

「これが国道九号やから左に曲がるけど、すぐに右に曲がるから注意や」
「信号ぐらいあるよね」
「あれへんから注意や」

 津和野の街の南の端を通り抜けるようにして県道十三号、通称つわぶき街道や。これから国道三一五号に入って、

「休憩しょ」

 道の駅うり坊の郷やけど、まだ開いとらへん。そやからトイレ休憩や。

「あとどれぐらい」
「ナビやったら四十分ぐらいになっとる」

 県道十三号から十一号を走って、

「萩だ!」

 前の山陰ツーリングの時は、マイのせいで涙を呑んで岩国に変更したからな。さて目指すは萩中央公園や。萩に来て歩かんかったら意味があらへん。

「バイクの駐車料金が書いてないよ」

 ほんまや。まさかバイクお断りとかやったら困るんやけど。入り口のとこで聞いてみたら、奥の方に適当に停めてくれやった。料金は驚きの無料や。むやみに観光地料金を設定しとるとこに爪の垢でも煎じて飲ましたいで。この中央公園には久坂玄瑞の像があるねんけど、

「若くして亡くなったのよね」

 ああ。蛤御門の変で二十五歳で戦死や。

「生き残っていれば維新後も大活躍だったのに」

 それは疑問や。たしかに久坂玄瑞は松下村塾の双璧とされて、松陰の妹を娶るぐらい可愛がられとるが、松陰の評価も偏り過ぎやと思うねん。だってやで双璧のもう一人は高杉晋作やんか。

 晋作と同じタイプやったら、維新の動乱期は光輝くやろうが、新政府成立後は役立たずや。つうか、平時はそれこその無用の長物や。おるだけで邪魔なタイプとしてエエやろ。そんなん幕末にも結構おったやんか。

「西郷隆盛とか、後藤象二郎タイプか・・・」

 松陰の松下村塾は、そういうタイプの過激派の養成塾やったんがようわかるわ。中央公園から続いてるようなとこが江戸屋横丁で、まずは円政寺や。高杉晋作や伊藤博文が通ったまさに寺子屋やな。

「萩も街並みが残ってるね」

 まあな。萩津和野もアンノン族が押し寄せたとこやから、早くから整備に励んどるわ。そやけど萩は他のとこに較べてアドバンテージがある。そりゃ、周期的に大河ドラマが維新物を取り上げたからな。

「龍馬が行く以外は、ハズレばっかりだけど」

 そうなる原因はいくつかあるけど、とにかく密談シーンが多くなる。顔を引き攣らせたオッサンが薄暗い部屋で膝付き合わせて陰謀巡らすもんな。それに密談で繰り広げられる尊皇攘夷論が理解しにくとこがある。

「だよね。尊皇はまだしも、攘夷なんて維新で根こそぎ消滅しちゃったし」

 それに敵役のはずの幕府を素直に憎めんとこがある。言うたら悪いが、幕府が暴政や悪政をしてたわけやない。もちろん奢侈贅沢もや。政権担当者としても寿命は尽きつつあったのはわかるとしても、シンプルな悪者にできへんもん。

「小御所会議なんか陰謀剥き出しだし」

 クライマックスは鳥羽伏見になるんやけど、天下分け目の合戦のはずやが、どうにも締まらん合戦や。攻める慶喜の腰は砕け切っとるし、幕軍は数こそおったけど戦術もあらへんし戦意も低い。

「やっぱり川中島、せめて関が原。光秀だって天王山でもっと頑張ったよ」

 材料は良さそうに見えても、いざ料理にしようと思うたらロクなもんが出来へんのが幕末や。

「木戸孝允の旧宅だって」

 コトリには桂小五郎の方がしっくりくるわ。小五郎こそが暴走しまくりの長州藩をなんとかまとめ上げた維新の功労者や。統制主義の薩摩とちがうから、少しでも油断すれば暗殺される危険の中でようやったと思うで。

「でも維新後はどうだったんだろう」

 小五郎は維新後も活躍できる人材の可能性はあったと思う。そやけどまとまらん長州を背負い続けたのは半端ない重荷やったとしか言いようがあらへん。病気がちになって、さしたる活躍もなく亡くなったもんな。

「久保家とか、菊屋家もよく残ってるね」

 あの頃を偲べるもんな。菊屋横丁もあの頃はこんなん各地にあったんやけどな。でも綺麗に残ってるのは値打ちや。次は松陰神社や。河原に大きな駐車場があるから停めさせてもうて。

「松陰は偉大だったの?」

 狂人と紙一重やろ。つうか革命家なんてそんなもんや。自分が抱いた正義は絶対で、正義を実現するためには、どんな手段でも使うし、それをなんの衒いもなく正当化できる人物や。そりゃ、行き詰ったら、

「暴発あるのみ」

 これが教え子連中から平然と出てくるぐらいや。維新全体がそうやが、暴発暴発の末になぜか成立してもうた不思議な革命や。それに間違っても市民革命やあらへん。維新に意識を持って参加していたんなんて全人口の数%やろ。

 残りは訳が分からんけど、江戸の将軍家の政権から東京の天朝政府に何故か変わっとぐらいの認識や。それで、まあまあ上手く行ってもたんが日本史の奇跡みたいなもんやろ。

「コトリも苦労したものね」

 ああそうやった。気楽な女壺振り師で終わるはずやったんが、長州志士の実質的な奥さんになって東京でお屋敷暮らしになってもたからな。東京に住んだんはあの時だけや。東光寺も見て次行くで。

 萩は阿武川の河口に出来た三角州にあるねん。阿武川は東が松本川、西が橋本川になって海に注ぐんやが、阿武川が別れるところから、橋本川沿いに沿っても見どころがあるねん。歩いて回りたいとこやけど、往復になるからバイクで回ろ。結衣のKATANAが邪魔なんは我慢や。結衣が、

「桂太郎って誰ですか?」

 そんなもん総理大臣に決まってるやろ。ほいでも知らんやろうな。ちょうど日露戦争を担当した時の首相で、ニコポンと呼ばれとった。

「総理としての力量はともかく、維新の生き残りのウルサ型を宥めすかした業績は大きいよ」

 これじゃ、わからんやろな。ここからひとっ走りして、次が旧田中別邸や。

「田中義一って田中角栄の親戚ですか?」

 ちゃう。角栄は新潟の長岡で角栄とは苗字が一緒なだけや。だったらどんな首相かと聞かれたら困るが、ちょうど日本が満州進出に積極的になろうとした頃の首相や。張作霖爆破事件が有名やな。

「そのまま軍人やってればよかったのにね」

 まあそういう人物ぐらいに思うてくれ。この辺が平安古伝統的建造物保存地区やから歩いて見て回って。

「お腹空いた」

 ユッキー、お前は歩く腹時計か。他人の事は言えんか。萩の最後はランチも兼ねて明倫館や。大人しくランチセットを食べて、明倫館を駆け足で見て、まだ十二時半ぐらいやな。早出した甲斐があったから行けそうや。

ツーリング日和8(第17話)雑談

 部屋に戻ったら結衣が爆睡。コトリらに付き合って飲んだらそうなるわ。

「どうもちゃうな」
「心配しすぎたかな」

 あんにゃろの手先かと疑うとってんけど、ちゃうわ。

「でも何者だろうね」
「堅気の商売とは言い切れんな」

 タダのOLが小豆島のライハのダーツ勝負であそこまでの度胸を据えられへんもんな。問題は聞くほどのことかや。

「言いたくないのなら良いんじゃない」

 人も、いや神かって色んなもん背負うて生きてるからな。コトリやユッキーが初対面の相手にかなり注意を払うのもそうや。舌先三寸で騙そうとしたのは数えきれんぐらいおったからな。

「ガチの詐欺師もテンコモリ」

 痛い目にも遭ってるのは白状しとく。そやけど結衣はその手の類やないぐらいはわかった。それやったっら、結衣が今の顔でコトリと付き合いたいんやったら、それでかまへんねん。

「でも、あの体は・・・」

 エエ体しとった。スタイルもエエんやけど、それよりあの筋肉や。ムキムキやないで、あれは鍛え上げられた鋼のように引き締まったもんや。褒め言葉になってへんかもしれんが女戦士みたいやった。

「武術でもやってるのかな」

 そっち系にコトリにも見える。それも柔道やないな。柔道もやってるかもしれんが、柔道オンリーやったらああはならんやろ。ダーツ勝負の時の余裕も最後は叩きのめせるの自信やったからかもしれん。そやけど武術だけであそこまでは無理があるかもな。

「元自衛隊とか」

 自衛官にはなるには二つのコースがある。

 ・士官コース・・・防衛大学校
 ・兵卒コース・・・自衛官候補生、一般曹候補生

 自衛官候補生と一般曹候補生の違いは、自衛隊を腰掛けにしたいのが自衛官候補生で、自衛隊に本気で就職しようと思うのが一般曹候補生ぐらいかな。他にも違いはあれこれあるけど、長くなるから置いとく。

「今は自衛官じゃ無さそうだから、もしそうだったとしたら自衛官候補生だろうね」

 陸上自衛隊をモデルにしとくが、自衛官候補生になれば三か月の基礎教育を経て二等陸士に任命される。そこから順調に昇進したら九か月後に一等陸士になり、さらに一年後に陸士長になるのも可能やそうや。

「基礎教育も含めて二年が任期なのよね」

 応募資格は十ハ歳以上、三十三歳までになっとるけど、これもおおよそ高卒の十八歳を想定しとるかな。一任期は専門学校の二年間ぐらいの位置づけかもしれん。様々な資格を取れるのが魅力ともされとる。もちろん任期は希望で継続できる。

「二期ぐらいが多いそうね」

 十八歳から入隊して二十二歳ぐらいになるな。日本で一番体を鍛え上げられるところかもしれんな。

「ひょっとしてレンジャーまで取ってるとか」

 それやったら化物やで。レンジャー受験資格を取るまでも大変やし、レンジャーになるための試験かって過酷なんてもんやない。体力も化物級が必要やし、メンタルも怪物級が求められる。つうか女性レンジャーなんかおったかな。

「レンジャーじゃなくても空挺はあるよ」

 どこの国の軍隊でも空挺部隊は最精鋭部隊や。自衛隊でも空挺言うだけで何目も置かれるぐらいや。レンジャーでも空挺レンジャーともなればレンジャーの中でもさらに別格扱いやもんな。

 そやけど結衣の自信がそこから来てるんやったら、あの度胸は説明可能や。あんな学生なんてゴミ虫ぐらいにしか見えんやろうからな。結衣にしたら完全な座興にしか過ぎんやろ。

「まさか外人部隊まで入ってたとか」

 それはないやろ。あそこの最低任期は五年や。それよりなにより女性兵士は募集しとらん。外人部隊にも女性士官がおるが、あれはフランス陸軍からの派遣や。

「女性兵士は体力面以外でもハンデはあるものね」

 体力面だけでも圧倒的や。レンジャーなんか典型で人に要求するにはムチャクチャなレベルやもんな。それとやけど女性やからいうての配慮はゼロや。やっとる仕事が殺し合いやからや。女やからって相手も遠慮してくれへんし、味方かって足手まといになれば生死に直結する。

 女性特有のハンデは女やと言う点や。ごく単純に襲われるってことや。これは敵側からもそうやけど、味方にもありえるのが軍隊や。これは過酷な部隊ほど容赦があらへん。それぐらい荒々しいメンタルにしとかんと戦場の役に立たんからな。

「だからこそ軍隊は規律が厳しいのよね」

 戦場は日常生活とはまったく違うとこや。そこにあるのは敵を殺して生き残るか、殺されるかや。一瞬の判断の過ちが生死を簡単に分ける。そんなとこをまともな神経で暮らせるかい。

 朝飯を一緒に食べた戦友が戦いが始まれば即座に撃ち殺されるのが日常なんよ。そんな日々が来る日も来る日も続くのが戦場や。そんなとこで正気なんか保てるかい。女を見れば敵であろうと味方であろうと襲う事しか考えへんわ。

「生き残ってもトラウマが残る兵士が多いのよね」

 ああそうや。二度と戦場に立つ前の感覚に戻れへんと思うで。見た目は順応してるように見える奴でも、心の傷が癒されるもんやない。だから戦争なんか大嫌いや。あんなとこ狂気しかあらへんとこや。

「でもまあ、同じ軍隊でも自衛隊は平和で良いよ」

 そやな。実戦経験皆無やもんな。その点は自衛隊の弱味でもあるけど、世界に誇れる勲章や。抑止力のみで存在し続けとるからな。そやから自衛官上がりでも一般人に近い感覚としてエエやろ。

「二度とあんな時代は要らないよ」
「ああ、コリゴリや」

 コトリとユッキーの永遠に残るトラウマや。世の中はな、もっとハッピーに生きるもんやで。

ツーリング日和8(第16話)お客様は神様?

 今夜はコトリらだけやから女将や大将まで加わって盛り上がった。その時に女将が、

「実は・・・」

 ため息しか出んな。宿言うても様々や。ビジネスユースもあれば、釣り宿やスキー宿、小豆島のライハみたいなのもあるし、ひたすら豪華な高級ホテルもある。ごく簡単には狙っとる客層がある。

 言ってしまえば客も宿を選ぶが、宿も客を選ぶ。そりゃ、万人向けを狙う宿もあるが、小さいとこほどニッチを狙うもんや。大人かってどの宿でも満足できるもんやない。目的と嗜好によって選ぶ宿は変わるし、満足度も変わる。

 子どもを旅行に連れて行ってやるのはエエこっちゃ。コトリかって、ユッキーかって、最後の子ども時代を過ごした昭和で連れて行ってもうてるし、あれはあれで楽しい思い出や。

「子ども連れは宿を選んであげなくっちゃ」

 単純なこっちゃ。子ども向きの宿つうか、子どもの成長に合わせた宿が必要や。子どもはすぐに退屈するし、退屈すると騒ぎだす。大人より我慢が利かんのは当たり前や。

「年齢によってはホテルとか旅館の方が退屈よ」

 家なら自分が遊びなれたオモチャなり、絵本なり、ビデオもある。テレビさえそうで、地方に行けば番組さえ変わる。旅行に持って行けるものは限られるからな。

「それこそプールがあるとか、遊園地的な設備がある宿が良い時期だってあるじゃない」

 食事もそうや。いくら子ども向きを頼んでも、家での食事とは違う。作る方だって慣れてへんし、近いうちに何を食べたかも知らんし、好き嫌いだって知らん。子どもの方が好き嫌いは多いし、そもそも大人と子どもでは味覚も嗜好も違う。

 子どもが退屈したり、逆にはしゃぎすぎて騒ぐのはどうしたって出てくる。そやけど、これさえ問題になる。いくら子どもの事とはいえ、これをウルサイとしか感じへん大人は少なくない。宿によっては静かさを求めてる客もおるし、宿もそれを提供しとるのが売りにしとるとこもある。

「そもそも子ども連れでもOKとしてるから、いくら騒いでも良いとするのは間違ってるよ」

 食い物屋にたとえたらわかりやすいと思う。ファミレスである程度子どもが騒ぐのは許容範囲として居合わせた客も認めとる。そやけど無制限に騒いでも良いとは誰も考えとらん。これが個人営業の小さな店や、それなりに高級志向の店やったらなおさらや。

「ああいう店に連れて行ってもらえる子どもは、そういう店で迷惑にならない躾が出来ているがのが暗黙の前提よ」

 どんな宿かってその宿流のルールやTPOがある。明示してない宿が悪いとする意見もあるが、そんなもん見たらわかるやろ。たとえばこの宿や。どう見たってディープな温泉宿や。大人かって万人向きと言えんで。

「子ども連れの旅行を親の趣味で行くのはアウトだよ」

 おそらくこの宿の安さにも釣られたんやと思うが、安いのには安いだけの理由がある。高いところに較べれば、どこかで目を瞑ってもらうとこがあるって事や。とくに躾の出来ていない子ども連れの旅行やったら宿を選ばんといかん。

「お客様は神様じゃないからね」

 そういうこっちゃ。お客様が神様なのはそれが福の神であるときや。福の神が相手なら、より福に与るために宿かって一生懸命になる。そやけど神は神でも疫病神なら、塩まいて追い払わられるわ。

「おカネさえ払えば王様と思ってる人はいるのよね」

 こういう客は宿だけやなく、どんな店でも嫌われる。来客しただけでピリピリするし、帰ればホッとする。裏に回れば要注意リストとして名前が書かれとるわ。こういうタイプの極北が、

「モンスターでもあるしクレーマーでもある」

 そういうこっちゃ。店と客の関係は階級の上下差やない。店はサービスを売ってるだけで、客の下僕やましてや奴隷なんかであらへん。根本は対等や。店はより気分よく客にサービスを提供したいから下手に出てるに過ぎないんよ。

「女将や大将だってロボットじゃない」

 気が合う客やったら話が弾むし、場合によってはちょっとしたサービスかってしてくれる時さえある。逆やったら通り一遍のサービスしかせえへんし、

「下手すれば、二度と来るなの態度も示すよ」

 そういうこっちゃ。あからさまにもう来るなは言わんでも、わざと不快に感じさせる態度かって取る時は取る。そこまでやられても気づかんアホがクレーマーとかモンスターやねんけどな。

「私は先輩のギャルソンに、お客様は王様であると教えられました。しかし、先輩は言いました。王様の中には首を刎ねられた奴も大勢いると」

 それって王様のレストランのセリフやないか。そやけど一つの真理やと思うわ。王様でいたいなら、王様として相応しい態度と振る舞いが必要やってことや。

「難しい話じゃないのにね」

 宿かって客商売やから、よほどの事があらへん限り、少々不快な客でも我慢する。そやけどな、不快な態度を示すのは客として損してるんよね。だってやで、客となったからにはよりサービスを受けたいやんか。

 宿なり店が提供するサービスは決まっとる部分と、気分で追加されるものがある。そうや気分やねん。気分のサービスは別に決まっとる訳やない。別に出さんでもエエからな。出して欲しかったら、エエ客になるこっちゃ。

 これかって別に卑屈にならんでエエねん。宿のTPOを守るこっちゃ。それだけでサービスは変わるんよ。それだけで営業用のスマイルから、ホンマのスマイルに変わるだけでも客としては得したことになるねん。

「客は旅人だよ。一期一会の時間を心楽しく過ごしたいし、そういう時間を宿も提供したいの共通項としてあるんだもの」

 昔から言うもんな。

「郷に入れば郷に従えは鉄則よ」

 When in Rome, do as the Romans doや。だからこそ宿選びは重要や。自分に合ってる宿かどうかで旅の楽しさは変わってまう。そやけど宿は同じやない。同じやないから楽しいんや。

「たったそれだけの話なのに」

 そこからさらに盛り上がってしもうて、なんかメニューになかったものまで出て来てん。

「これは賄ないですけど、美味しいのですよ」
「自分用の酒ですけど、地元の者はこれが一番だとしています」

 楽しい夜になってくれた。