渋茶のアカネ:ルシエンの見る夢

 流木を拾い集めて焚火にしながら夕食。今夜はレトルトのカレー。食べ終わってから、

    「やはり及川氏と」
    「まあな、あの時もここでテント張ったんだ」

 及川氏と付き合って三ヶ月ぐらいの事だそうで、旅行に誘われたんだって。どこに行くのかと思ってたらツバルで、さらにナヌメア環礁に渡ったそうなのよ。今日みたいに荷物を背負い込んでテクテク歩き、海を渡ってここまで来たそうなの。同じようにテントを張って、あははは、一日目はレトルトのカレーだったって。

    「その夜に結ばれたよ」

 それが及川氏とは初めてだったみたい。ロマンチックと言えない事もないけど、かなりディープな趣味だな。さてだけど、ここは景色こそ壮大だけど、なんにも無いところじゃない。こんなところで愛し合う男と女が二人っきりでやる事といえば、生々しすぎるけど、

    「ひたすらやってた」

 それも最初はテントの中だったらしいけど、誰も見てるわけじゃないから、外でやるようになり、声だってあげ放題みたいな感じって、どんだけ。

    「服もいらないって、なってさ」
    「えっ、二人とも素っ裸」
    「そうだよ、やったら砂まみれになるから、海で洗ってさ」

 すげえな。

    「三日目ぐらいになるとさ、変な気恥しもなくなっちゃってさ。裸でいるのが当然みたいになって、頭の中には食欲と性欲しかないって感じだったよ。あれだけやりまくったのはカズ君の時以来かな」

 まだ初体験を済ませていないアカネには少々キツイ話だけど、

    「これがルシエンの夢ですか」
    「そうでもあるが、そうでもない」

 はぁ?

    「小次郎が悔しがってね」
    「なにをですか?」
    「カメラが無かったことをね」

 これも持っては来てたそうだけど、島に渡る時に濡らしてパーにしてしまったって。

    「だからもう一度来ようって」
    「うんうん」
    「その時にね、小次郎が作ったカメラを持ってくるって約束させたんだ」

 そうだったんだ。

    「カメラの名前をなんにしようか話してたんだけど」
    「それがルシエン」
    「当時指輪物語に、はまってたから」

 これで全部つながった気がする。そして翌日。

    「さてと撮影開始だよ」

 そういうや否やツバサ先生は服を全部脱ぎ捨て、

    「アカネもボヤボヤしないで」

 カメラを構えようとしたら、

    「ちゃんと支度をして」

 支度たって、写真を撮るだけじゃない。

    「ここでルシエンの夢を撮るんだよ、アカネも脱ぐんだ」
    「え~」
    「ここはそういう場所、そうならないと本当のルシエンは撮れない」

 待ってよって思ったけど、エエイ仕方がない。でも誰も見てないと思っても勇気いるな。ブラ外す時もドキドキしたけど、パンティ脱ぐ時には震えてた。

    「それでイイ、すぐ慣れる。いや、それが自然になる。行くよ」
    「はい」
 ひたすら撮りまくった。ファインダーの中のツバサ先生はひたすら美しい。撮ってるうちにアカネも自分が素っ裸であるのが気にならなくなってった。それにしても、大胆なポーズだな。あれ見て奮い立たない男なんていないんじゃない。女のアカネでさえゾクゾクするもの。

 きっとあのポーズを及川氏の時にもしてたんだ。そうやって挑発して燃えてたんだ。何度も何度も数え切れないぐらい。そのポーズを写真にするのがルシエン計画だったんだ。翌日は夜明け前から撮影が始まり、朝日をバックに神々しいぐらいのツバサ先生が撮れた。

    「さてわたしも撮るかな」
    「撮るってなにを」
    「アカネしかいないじゃないか」

 ウソって思ったけど、気が付いたらカメラを渡してポーズ取ってた。なんかそうする場所って感じがしたんだ。明日はキャンプを引き払う最後の夜の事だけど。

    「ツバサ先生、サトル先生のことをどう思ってるのですか」
    「あん、社長だ」
    「それだけですか」
    「元弟子、現師匠だ」
    「だから、男としてどう見てますか」
    「三十八歳だろ」

 そうじゃなくて、

    「恋愛対象としてどうなんですか」

 ツバサ先生は、

    「欲しけりゃ取りに来いだ」
    「はぁ」
    「それが男だろ。待ってたって何にも起んないよ」
    「じゃあ」
 翌日には港に戻り、さらにフェリーでフナフティに。驚いたことにエレギオンのビジネス・ジェットはずっと待っててくれたようで、そのまま日本に。なんか物凄い経験をした旅行だった。

渋茶のアカネ:天国に一番近い島

 数日後に、

    「アカネ、海外取材だ」
    「関空ですか、成田経由ですか」
    「いや、神戸から飛ぶ」

 神戸からも国際便は出てるけど、香港ぐらいのチャーター便しかなかったはず。

    「それと二人で行く」
    「二人だけですか」
    「そうだ、オーストラリア・ドルに変えとけ」
    「クレジット・カードがありますから」
    「使えん」

 おいおい、どんな国に行こうっていうんだろ、

    「天国に一番近い島だ」

 なるほど、天国ではクレジット・カードは使えないのか。でもオーストラリア・ドルが使えるってのも変なところだ。

    「で、どこなんですか」
    「アカネに地名を言っても無駄だ」

 ギャフン。方向音痴じゃないけど、地理も苦手。つうか得意科目ってのが、そもそもないんだよね。ホント、カメラの才能があって良かった。バタバタと旅行の準備をして神戸空港に。そこにいたのは、

    「アカネさん、慣れた?」

 ユッキーさんこと小山社長。

    「悪いなユッキー」
    「これぐらい、気にしない。うちの仕事でもあるし。手配は済ませといた」
    「サンキュー」

 そうやって連れていかれると、小型のジェット機が。

    「ユッキーのところのプライベート・ジェットだ」

 ひぇぇぇ、さすがはエレギオンHD。ビジネス・ジェットも持ってるんだ。こんなの一生縁がないと思ってた。へぇ、キャビン・アテンダントまでいるじゃない。

    「ち<ょっと時間がかかるから、ユッキーがサービスで付けてくれた」

 中はさすがに広くないけど、ツバサ先生とアカネ、CAさんとパイロットの四人しか乗ってないからゆったり。ちなみに六人乗りみたい。パイロットも制服着こんで格好イイ。シートベルトを付けてあっさり離陸。

    「ところでどこ行くのですか」
    「ツバルだ」
    「ハマチの小さいやつ」
    「それはツバスだ」

 ツバルはポリネシアにあるらしいんだけど、ポリネシアと言われてもわかんないし、

    「オーストラリアの東、ニュージーランドの北の方って言っても。アカネにはわからんだろうな」

 うん、わかんない。

    「ハワイの近くとか」
    「かなり違う、南半球だ。フィジーとか、トンガとか、サモアに近い」
    「じゃあ、ラグビーが強いとか」
    「強くない」

 まずグァムまで飛んで給油、さらにフィジーまで飛んで給油。こりゃ、遠いわ。どこ飛んでるかアカネにはさっぱりわからないけど、ひたすら機中の人。給油中に空港で手足が伸ばせるのが嬉しい。

    「ツバルって島の名前ですか」
    「いや国の名前だ」
    「大きな国ですか」
    「いや、小さい」

 妙にツバサ先生は詳しいんだけど、総面積が二十五・九平方キロだって。これがどれぐらいだけど、ポートアイランドの三倍チョットぐらいみたい。淡路島どころか小豆島の四分の一ぐらいで家島諸島の一・五倍ぐらいって言われても、行ったことがないからよくわかんない。人口だって一万人ぐらいだって言うから、これは小さい。

    「それって本当に国なんですか」
    「ああ、国連加盟国だ」

 島国もイイところで、九つの島に人が住んでるみたいだけど、どれもがいわゆるサンゴ礁で出来た島で良さそう。

    「首都はフナフティ」
    「スナフキンですか」
    「違うフナフィティだ。そこに国際空港もある」
    「国際空港もあるんだ」
    「週二便だから、普段は子どもが遊んでる」

 週二便で普段は子どもの遊び場って、なんてのどかな。

    「ところでユッキーさんからの仕事って」
    「広報事業の宣伝」

 なんとものどかそうな国なんだけど、一番高いところが標高五メートルしかなくて、地球温暖化たらの影響で島ごと沈んでしまう可能性もあるらしい。その防止事業にエレギオン・グループも協力しているみたい。

    「慈善事業みたいなものだけど、そういう事業に参加しているというのが広報の狙いだよ」

 企業のイメージアップって奴かな。

    「でもユッキーがやってるのは、かなり本格的なものだよ。他から土砂運んできてフナフティの中心部のかさ上げやってるからな」
 なんでもオーストラリアから土砂積み込んで船で運んでるみたい。とにかく国とするにはささやかすぎるところで、政府収入だって八十億円もないみたいで、主要産業は農業と漁業。これだって輸出云々と言うより、自給自足みたいな感じで良さそう。

 後は海外出稼ぎからの送金とか、漁業権収入とか、切手売ったりとか、そうそうツバルの国としてのドメインが『TV』だからこれをレンタルしての収入とからしい。後は海外からの援助かな。

    「観光は」
    「週二回の定期便だからね」

 飛行機でも使わないといけないところだけど、とにかく遠い上に交通は不便。よくまあ、こんなところにエレギオン・グループがって思わないでもない。そんな話をしてるうちについにツラギが見えてきた。

    「ツバサ先生、あれがスナフキン」
    「だからフナフティだって。エエ加減覚えろ」

 なんか漫画の吹き出しの線だけみたいな島が見て、比較的太めの角っこのところに空港はあった。よくまあ、こんなところに無理やり作ったみたいな空港。下りたって誰が迎えに来てくれるわけじゃなく、テクテク歩いてファミレスみたいな建物に。そこが空港ビルらしい。空港ビルを出ると街にはなってるけど、

    「ここが首都ですか」
    「そうだ全人口の半分ぐらいが集中してる」

 半分っても五千人か。空港ビルからテクテクって程でもなく、百メートルちょっとぐらい歩くと白い二階建ての建物が見えて来て、

    「あれが宿だ」

 なんて言うかな、ペンションの出来そこないみたいなところ。アカネはその程度でも全然気にならないんだけど、

    「アカネ、今回はちょっとリッチさせてもらってる」
    「なにがリッチなんですか」
    「ここはツラギでも三ツ星ホテルなんだ」
    「じゃあ、神戸で言えばホテル・オークラみたいな感じですか」
    「日本で言えば帝国ホテルだよ」

 さすがの長旅だったので、この日はメシ食って寝た。翌日はエレギオン・グループの事業の撮影。と言ってもさほどのものがあるわけでなく、半日ほどで終了。だって狭いんだもの、お隣さんを次々に撮って行ったらオシマイみたいな感じ。昼からはツバサ先生とビールを飲みながら、

    「これでエレギオンの仕事はオシマイだ」
    「あれだけですか」
    「そうだよ、あれで全部だからもう撮るものはないし」
    「ところであの荷物なんですか」

 撮影から帰るとなにやら大層な荷物が、

    「あれか? キャンプ用具一式だよ。ユッキーに手配してもらった」
    「キャンプですか」
    「アカネは嫌いか」

 嫌いじゃないけど、それにしても荷物が多すぎる気が、

    「まあな、一週間は最低覚悟してる」
    「い、一週間!」
 ツバサ先生はフナフティではなく他の島でキャンプするつもりみたいなんだけど、渡るのが大変。国営のフェリーがあるというか、国営のフェリーしかないんだけど、これが二隻しかないんだって。

 航路は北部・中部・南部と三つあるんだけど、どれもフナフティに帰ってくるのに三日ぐらいかかるそう。目指すのはナヌメア環礁だそうだけど、これはツバルでも一番北側にあって、順調に行っても次のフェリーが来るのは一週間後になるみたい。

    「ナヌメアにはホテルがないからキャンプしないといけないし、食糧だって持って行った方が無難だろ」
    「そりゃ、そうだけど、どうしてナヌメアに」
    「ルシエンの夢のためだよ」

 翌日にはフナフティを出港。大丈夫かいなって船だけど、とにかく乗り込んだ。フェリーは一日かけてまずヌイタオに、そこで泊って、翌日には目的地のナヌメアに。

    「アカネ喜べ、これだけ街があれば食い物の補給は不可能じゃない」

 それぐらい調べとけって思った。ナヌメアも環礁になっていて真ん中が海。この環礁は長細い感じで、南側が比較的島が広くて人も住んでるけど、北側は無人みたい。ツバサ先生は、

    「さて、歩くぞ」

 道路もあるんだけど、ツバサ先生は礁湖に沿ってまず南側に。すぐに市街は終り、ひたすらテクテク。グルッと礁湖を回る感じでやがて北の方に。とにかく荷物が重いから少々、いやかなり辛い。

    「カメラマンだろ、これぐらいの荷物で苦にするな」
    「どれぐらい歩くのですか」
    「三キロぐらいかな」

 まあそうなんだけど辛いのは辛い。やがて道がなくなるとツバサ先生は浜に降りて、

    「うん、計算通りでちょうど引き潮だ。ここを渡るぞ」

 海の中に、下半身ずぶ濡れになってやっと対岸に。そこからはひたすら浜に沿って歩いていくとかなり広い砂浜。どうも島の北の端みたい。

    「着いたぞアカネ、テントを張ろう」

 テントの設営やら、なんやらキャンプの準備が整って見回すと風景は壮大。礁湖の外側に面してるから、目の前にドカンと太平洋。風景に見とれていたら、ちょっと出かけると言っていたツバサ先生がポリタンに水をくんで来てくれて、

    「ここは水があるのがイイんだよ」
    「どうしてそれを」
    「前に来たことあるからさ」
 そんな感じがしてたけど、やっぱり相手は・・・

渋茶のアカネ:変身騒動

 トンデモないクレイエール・ビル三十階での一夜だったけど、朝、洗面所に寝ぼけ眼で顔洗ってたら、

    「誰ぇぇぇぇ」
 心臓止まりそうになった。そりゃ、アカネに似てるといえば似てるけど、なんかビックリするような美女がボサボサの髪で歯を磨いてるんだもの。それに胸だってツバサ先生ばりにボヨヨヨ~ん状態だから、誰かわかんなかった。

 自慢じゃないけどアカネはAカップ。それも、ブラはアカネが女であることの目印とまで言われたぐらいのペッタンコ。乳首しか存在しないとまで言ったのまでいた。どうにもも肉が付きにくい体質みたいで骨格標本アカネとも呼ばれてたんだ。つまりはガリガリ。

 とりあえず着替えようとしたら大問題が発覚。ブラが入らない。パンティだってヒモパン状態に。Tシャッツはパツンパツン状態でジーンズだって絶対無理。そう、服が全部ダメになっちゃってるのよ。

 買い直さないといけないんだけど、買い直すために着ていく服がない。服がないと部屋から出られないじゃないの。今日は休みもらってるけど、明日は仕事があるし、どうしよう、どうしようと、焦っていたら。

    『ピンポ~ン』

 まずい、こんな時に来客とは。出られないじゃないの。仕方がない居留守を使おう。

    『ピンポ~ン』

 だから居留守でいないって言ってるのに。そしたら、

    『ドンドンドン、アカネ、居るんだろ』

 あの声はツバサ先生。慌てて迎え入れたんだけど、

    「服困ってるんだろ、とりあえずわたしのを使え」

 紙袋をドン。これは助かったと思ったけど。なんじゃ、このドデカイ・ブラは。

    「小さいより、大きい方がなんとかなるだろ」

 たしかに。なんかフィットしないダボダボの服を着込んだら

    「買い物に付き合ってやるよ」

 あれやこれやといっぱい買ったんだけど、

    「これはアカネが払います」
    「イインだ。練習代だ」

 帰りにお茶しながら、

    「ヒドイじゃありませんか」
    「でも綺麗になったじゃないか」
    「そうかもしれませんが、これじゃアカネってわかってもらうのが大変です」
    「あん、すぐ慣れるよ」

 それだけ言って帰っちゃいました。翌朝になってオフィス加納に出勤して、

    「おはよう」

 やっぱり、なんか変な顔をされた。とりあえず自分の部屋に入ろうとしたら、

    「失礼ですが、泉先生にご用事ですか」
    「私はアカネよ、見てわかんない」
    「泉先生のお友だちですか」

 ヤバイ、

    「アカネ先生の部屋に勝手に入ろうとするのがいるぞ」
    「でも美人らしいぞ」
    「美人どころじゃないらしいぞ」
    「ならイイんじゃない」
    「そういう問題じゃないだろ」
    「じゃあ、どういう問題だ」

 物見高いのもオフィス加納。ワッと集まって来て、

    「私はアカネよ、信じてお願い」

 この絶叫も虚しく、

    「名前はアカネさんというらしい」
    「アカネ先生と同じか」
    「でもエライ違いだ」
    「どうせだったら、こっちの方がイイ」
    「でもアカネ先生となんとなく似てないか」
    「お前、眼医者に行った方がイイぞ」

 だから言ったじゃない。その時にツバサ先生の姿が。地獄にキリスト、違う、地獄に阿弥陀さん、なんか違う。難しい言葉は苦手だ、えっと、えっと、シンプルに行こう、捨てる神あれば祟る神ありだ。それじゃ救いようがないじゃないの。

    「ツバサ先生」
    「誰だ、こいつは」

 やると思ったけど、今日はギャグやってる余裕がアカネにはないのよ。こうなりゃ奥の手、

    「これじゃ、今日は仕事が出来ません」

 ツバサ先生の眉毛がピクッと動いて、

    「よく見たらアカネじゃないか」
    「でしょ、でしょ、でしょ」
    「お~い、こいつはアカネだ。ちょっとイメチェンしたから間違うなよ」

 これがちょっとか、

    「な~んだ、そうだったのか」
 それで納得するな! 納得してくれないと困るんだけど、どうもアカネとツバサ先生が仕組んだイタズラと思ったで良さそう。でもだよ、こんだけ顔変わって、スタイルもバリバリ変わってるのに、ここの連中は不思議と思わない・・・だろうな。


 まあ、それでもなんとかアカネと認識してくれて、仕事にも行ったんだけど、どうにも違和感が。とにかく胸が邪魔。とにかく重くて、振り向いても俯いても、体ごと持ってかれる感じ。腹這いになったらもっと邪魔で変な感じ。お尻もそうで、座っても今までの骨にダイレクトに当たる感じが無くて変。

 胸は仕事中だけではなく、何してても邪魔。ご飯食べる時だって下が見難いし、御手洗行ってもそう。帰りには生れてはじめて肩が凝った感じさえある。生まれて初めてと言えば、男の視線がアカネの胸ばっかりに集まってる気がして仕方がない。いや尻にも集まってる。

 一週間とにかく頑張ったけど妙に疲れた。仕事もなんとなくギクシャク。とにかく帰って寝ようと思ったけど、ツバサ先生が、

    「メシに付き合え」

 行ったのは串カツ屋。ビールの飲みながら、

    「どうだアカネ、ちょっとは慣れたか」
    「とにかく胸が大きくて、重たくて大変です」
    「そっか、それぐらいで止めておいて良かったかもしれないな」
    「はぁ?」
    「わたし並にしてやろうと思ったんだけど」

 そういや、ツバサ先生のブラはさらにデカかった。

    「どうしてアカネをこうしてしまったのですか」
    「あん、不満か」

 なんか微妙。そりゃ綺麗になりたかったし、オッパイだってもう少し欲しかったけど。

    「そのうち慣れるよ。あっても悪いものじゃない」
    「とにかく重いですがメリットは」
    「そうだな痴漢に狙われる」

 やだな、これは未体験だ、

    「油断すると襲われる」

 あるかもしれない。これも要注意だな。

    「女たらしにすぐ目を付けられる」

 男を見る目が必要になるんだな。

    「どこ行っても胸と尻をじろじろ見られる」

 これは経験した。ちょっと待った、ちょっと待った、ツバサ先生が並べてるのはデメリットばっかりでロクなことないやんか。

    「アカネは可愛い弟子だ。今までたくさんの弟子を育ててきたが、モノになったのは、ほんの一握り。その中でも最高だったのがサトルだ」

 だろうな。サトル先生の写真は凄いもの。

    「でもアカネはそれ以上だと思う。わたしが追い抜かされるんじゃないかと感じた初めての弟子だ」

 そこまで買ってくれてたんだ。

    「あの時にユッキーが止めたのは、アカネを女神にしようとしたからだよ」
    「アカネをですが」
    「この才能がアカネ一代で終るのが惜し過ぎると思ったからだよ」

 もしかしたら、あの時に不死の神になっていたかも。

    「後でユッキーに説教されたよ。永遠の記憶の放浪者を無暗に増やしたらいけないって」
    「記憶の放浪者って?」
    「不死は定命の人間にとって憧れだが、なってしまうと苦しいことの方が多いんだ。とにかく周囲の人間はみんな死んじゃうからね。わたしだって加納志織時代の知り合いで生き残っているのはごくわずかだ。これは寂しい物だってよくわかった」

 そうかもしれないけど、

    「小次郎の夢を叶えてあげようと決めたよ」
    「ルシエンの見る夢ですね」
    「そうだよ。冥土の土産に持っ行ってもらう。撮るのはアカネだ。今回のはその依頼料と思ってくれ」
    「いつですか」
    「くたばりそうだから、急がないとな。手配はしておく」

渋茶のアカネ:マルチーズの危機

 ここまで和やかに話は進んでたんだけど、急に猛烈な不安に襲われたのよ。永遠の女神が現代にも実在するなんて、知ってはならない秘密じゃない。それをこうもアッサリ話すってことは口封じもセットのはずだって。

 たとえばコンクリート詰め。それだけじゃない、相手はとにかく永遠の女神。嫌な事を思いだした。女神の刑ってのもあったんだ。

 あの回は反乱鎮圧に次座の女神が活躍するんだけど、反乱者を金縛りした上で女神の刑を宣告するんだ。簡単に言えば死刑なんだけど、ただの死刑じゃないんだ。死に至る災厄が、逃げても逃げても死ぬまで襲いかかるとか、死にそうな苦痛が自ら死を選ぶまで永遠に続くとか。

 その惨たらしい描写が延々と何故か放映されて、怖かった怖かった。あんまり惨たらしすぎて再放送時にはなくなってたぐらい。あの回を見てからしばらく独りで夜にオシッコに行けなくなった。あれも実話の可能性があるじゃないの。

 どうしよ、どうしよ、どう考えても無事には、この部屋から出れそうな気がしなくなってきた。頼みの綱はツバサ先生だけど。どうせ逃げられないから聞いちゃえ、

    「ユッキーさん、こんな話をアカネが知ってもイイのですか」
    「アカネさん、心配しなくてもイイよ。こんな話、どうせ誰も信じないから。言えばキチガイ扱いされるだろうし、これは悪いけど、そういう風にする力もあるのよ」

 そうだった、相手は世界のエレギオンHD,さらに首座の女神。アカネなんてその気なれば合法的に社会から抹殺さえ出来るんだ。抹殺は大げさとしても、キチガイ扱いぐらいには簡単にされちゃいそう。じゃあ、無事に帰れるかも、

    「そうだユッキー、イイ機会だから練習しときたいけど」
    「でも失敗したら可哀想じゃない」

 『練習』、『失敗』なんの話だ。まさか、まさか、

    「だいじょうぶだって、アカネはわたしの弟子だから文句言わせないよ」

 やっぱりアカネが練習台だ。うぇ~ん、一番頼りにしていたツバサ先生がなんてことを。

    「そうねぇ、せっかく、アカネさんに来てもらったから、少しお礼をしといてもイイものね」

 お礼なんかいらないって、このまま五体投地、なんか違うな五体満願、これも違う、とにかく生きて帰れてたら、それで満足です。

    「シオリ、やるのはイイケド、ちゃんと加減してね」
    「それも練習だろ」
    「まあ、そうなんだけど」

 ますます嫌な予感が。なにかトンデモないことをされそう。

    「あの~」
    「な~に」
    「なにされるのですか」
    「うんとね、アカネさんを少し変えてみたいってシオリが言うのよ」

 変えるって、何に、

    「シオリの力ならなんにでも変えられるけど、たとえば・・・」
    「たとえば」
    「犬にするのだって可能よ」

 えっ、犬。犬はイヤだ、せめて猫にしてくれ。そんな問題じゃないよな。

    「だいじょうぶ、心配しないで。やり過ぎなければ、わたしが元に戻せるし、修正だってできるから」
    「やり過ぎたら?」
    「そうねぇ、犬までいったら人に戻すのは難しいかも。でも種類ぐらいは変えられるから、良かったら先に言ってくれてたら嬉しいわ。マルチーズがイイ、それともトイ・プードル」
    「じゃあ、マルチーズ」
    「わかったわ。可愛いマルチーズにして、ちゃんとここで飼ってあげる」

 こいつらマトモじゃない。小山社長は顔も声も可愛いけど、言ってることがムチャクチャじゃない。やはり最後はツバサ先生しかいない。

    「ツバサ先生、犬にするなんて冗談ですよね」
    「もちろん可愛い弟子のアカネを犬になんかするものか」

 良かった、さすがはツバサ先生。

    「そうならないように前向きの姿勢で善処する」

 うぇ~ん、善処じゃ困るって。あっ、ツバサ先生ったら指をポキポキ鳴らしてるじゃない。本気でやる気だ。

    「やるぞ、アカネ」
    「犬はヤダ」
    「シオリ、そうっとよ。わたしでも犬まで行ったらホントに戻す自信ないし」
    「わかった、わかった。さあ、アカネ観念せい。犬になってもユッキーが飼ってくれる」
    「助けて~」

 すうっとアカネの体の中に何かが流れ込んだ気が。これが女神の力とか。

    「シオリ、それぐらいで」

 うわぁ、やられた、どうなった。

    「だから言わんこっちゃない。やりすぎよ」
    「そうかな、もうちょっとやっても」

 ああ、ツバサ先生。やり過ぎたってことは、犬だろうか、猫だろうか、それともペンギン。マルチーズにしたら大きいから、秋田犬とかセント・バーナード。

    「アカネさん、ごめんなさいね。やっぱりシオリはやりすぎちゃった。これじゃ、元に戻せない」
    「アカネ、ゴメン」

 ゴメンで済んだら警察いらんわ。もっともこんな化け物みたいな連中じゃ警察でも通用しないだろうな。

    「でもシオリ、さすがはフォトグラファーね」
    「そらそうよ、これで何年メシ食ってるって思てるのよ」
    「でも、そこまでやると、もう変わんないよ」
    「イイじゃない、わたしの弟子だから道連れよ」

 なんだ、なんだ、この話の展開は、

    「アカネさん、化粧室に行ってごらん」

 おっ、足で歩けるから人に近いみたい。手もまともだけど、顔は、

    「これは誰ぇぇぇぇ」
 たぶんアカネだと思う。アカネの面影あるもの。でも綺麗すぎる。細くて一重だった目はつぶらな瞳になり、ペシャンコの団子鼻はスッキリと筋が通った小鼻に。唇だって、ホッペだって、耳だって・・・髪までチリチリ天パが艶やかなロングじゃない。

 それだけじゃない、とにかく胸が重たい。こわごわ見たらドデカイ肉の塊が二つ。アカネのブラがはち切れてる。ヒップもデ~ンでジーンズも破れそう。でもデブじゃない、ウエストがギュッとしまって格好イイ。

    「アカネ、それで男が寄って来なかったら、重度の性格ブスだぞ」

 うるさいわ。アカネの体を練習台にしやがって。

    「そうそう、アカネさん、シオリがやり過ぎたから・・・」
    「アカネはどうなっちゃうんですか」

 そこにツバサ先生から、

    「喜べアカネ、師匠の道連れで歳取らないぞ」
 えっ、えっ、えっ、アカネも不老の仲間入りとか。イイのか、悪いのか猛烈に複雑。とにかく女神は怖ろしい。でもなんとか生きて帰れそう。とにかくだいぶ変わったけど人だし、見間違えてなければマルチーズじゃない。

渋茶のアカネ:めくるめく世界

 豪華なテーブルに豪華な食事がテンコモリ。それにしても立派な台所、いやあれだけになると厨房だな。

    「アカネさん、頑張って作ったんだけどお口に合うと嬉しいわ」
    「アカネ、ここのルールは遠慮なく食って、飲むこと。足りなきゃ、いくらでも出て来るから安心しな」

 食べてみたらとにかく美味しい、

    「アカネさん食べるのはイイけど、お酒は注意しといてね。この三人は底なしだから、一緒にペース合わせると病院行きになっちゃうよ」

 見てると食べっぷりも凄いけど、飲みっぷりなんて水とかお茶飲んでるようにしか見えないもの。小山社長なんてあんなに華奢な体のどこに入るのかと思うぐらい。

    「ユッキー、尻拭いさせて悪い」
    「気にしないで。まだシオリは慣れてないし、これぐらいは大したことないよ」

 まさかこれから秘密を知った、いや探ろうとしたアカネをドラム缶のコンクリート詰めにして海に沈められるとか。はたまた、海外に連れていかれて売り飛ばされるとか。う~ん、コンクリート詰めより売り飛ばされる方がマシだけど、問題はアカネが売れるかどうかかも・・・そんな最悪状態での究極の選択を考えても仕方ないか。

    「アカネさんは『愛と悲しみの女神』は見たことがおあり?」
    「ええ、見てましたし、原作の漫画も読んでます」
    「なら、話が早いわ。あれは実話よ」
    「えっ、実話って、どこまで」
    「だいたい」

 エレギオンの女神は美しいだけでなく不老。さらに魂は永遠に人から人に渡って行き不死だけど

    「わたしの記憶はね。五千年を遡るわよ」
    「えっと、えっと、五千年の記憶を持つ女神は首座と次座」
    「ピンポン、正解で~す。わたしが首座の女神で、ローマの時にいたコトリが次座の女神よ」
    「でも首座の女神は氷の女神・・・」
    「あら、見たいの。ちょっと怖いよ」

 ニコニコと可愛いお顔の小山社長の顔が見る見る・・・ションベンちびった。だから今では氷の女帝って呼ばれるのはわかったけど、あんなに怖いんだ。絶対に怒らせないようにしようっと。そしたらサッと表情を戻して、

    「ゴメンね、ちゃんとやらないと信じてもらえそうになかったから。シオリに聞いたんだけど、オフォス加納では人を担ぐのにかなり大仕掛けなことをするから、アカネさんもなかなか信じないって思って」

 信じる、信じる。あんな怖い顔を二度と見ずに済むのならなんだって信じる。

    「シオリはね、主女神なんだ」

 えっ、あのエレギオンの最高神。でも、首座の女神は眠れる女神、決して目覚めることはなかったはず。

    「ずっとそうだったんだけど、ちょっといじくったら、主女神が目覚めちゃったんだ」
    「でも主女神は記憶を受けつがいなし、時に暴虐の神にもなると」
    「ピンポ~ン、正解。よくできました。主女神は本来そうなんだけど、なぜかシオリとして復活したのよ。記憶の継承能力も出来たんだけど、覚えてるのは加納志織からだけ」

 じゃあ、あのフェレンツェの時は、

    「ピンポ~ン、またもや正解です。あれが主女神の力。あの時に何が起っていたかを聞きたかったら、後でシオリに聞いてね。ここでは長くなるから省略」

 そうだ前から気になっていた。

    「麻吹つばさはどうなったのですか」

 今まで楽しそうに話されていた小山社長が少しだけ悲しそうな顔をされて、

    「漫画のタイトルはある意味、よく付けてると思ってる。女神は魂ではなく意識を宿主に移していくのよ。だからわたしも小山恵に宿ってる。宿主にされた人の方の意識は消えるわ。そうね、記憶装置を初期化して新たにインストールする感じと言えばわかるかな」
    「あ、はい」
    「そうすることで永遠の生を得る事はできるけど、そのために人の一生を乗っ取り、台無しにしてるの。そう、女神は決して神じゃない、ただの寄生虫よ。宿主の寿命が来たら新たな犠牲者を探して回ってるってこと」

 アカネもターゲットにされた可能性もあったんだ。おおこわ。じゃあ、麻吹つばさからツバサ先生への変身は、

    「女神は記憶だけでなく能力も技能も受け継ぐの。さらに体型を自在に変えられる。いつまでも歳を取らないのも、その能力の使い方の一つ」

 なるほど自分の好みの年齢の容姿に固定できるってことか。信じろと言うのは無理があるけど、現実が目の前でしゃべってるし。それと五千年の経験を経営に活かせば、エレギオンHDをこれだけ大きくするぐらい簡単なのかもしんない。

    「ツバサ先生に女神が宿ったのはいつですか」
    「シオリが三十二歳の時よ」
    「その時の加納志織の記憶はどうなったのですか」
    「隣に座ってるじゃない。シオリが初代で記憶の始まりと思えばイイよ」

 だから加納先生は若返ったんだ。

    「他にも聞きたいことがある?」
    「神が見えるってどういうことですか」
    「強大な能力を持つ神は相手に宿る神が見えるのよ」
    「じゃあ、及川氏は」
    「あれは特殊例。わたしたちは使徒の祓魔師と呼んでるけど、神が見える能力が優れているだけ。能力はさほどじゃない」

 及川氏も神だったんだ。

    「では及川氏もツバサ先生やユッキーさんの神が見えたのですか」
    「強大な神は力の劣る神に力を見せないようにできるのだけど、シオリにも、ミサキちゃんにもそんな芸当が出来ないから、わたしも見せといた」

 神同士の仲は悪く、出会えば必ず殺しあうってなってるけど。

    「そういう神が多かったのは事実。わたしも百人近い神を殺してここにいる。ミサキちゃんに至っては五百人ぐらいだから、神世界の記録保持者かな」
    「どうしてミサキを引き合いに出すのですか。あれは特殊世界の例外ケースです」

 香坂常務もタダ者じゃなさそう。

    「でもね、殺し尽くした感じかな。結果として生き残っている神は争わないタイプが殆どしてよいわ。だって見てごらん、ここに三人の女神がいるけど殺し合いしてないでしょ」

 たしかに漫画でもエレギオンの五女神は仲良しだし。

    「及川氏は・・・」
    「また移っていくよ」
    「誰に」
    「それはわからない」

 ここでツバサ先生が、

    「小次郎の夢はわたしと結ばれること。でもわたしがカズ君に心を移して焦ってた。なんとか取り戻そうと、ついに神の能力を使おうとしたで良さそう。でも、出来なかった」
    「どうしてですか」
    「わたしに眠れる主女神が宿ったから。それは小次郎には見えるし、その圧倒的な力の差に指をくわえて見てるしかなかったのさ」
    「ではルシエンとは」
    「ルシエンはベレンのカズ君に奪われた。でもカズ君はいずれ死ぬ。ルシエンはトールキンの話では死ぬけど、小次郎のルシエンは復活する。それだけの話だよ」

 えっと、えっと、そうなると。

    「ルシエン計画とは」
    「たいした話じゃないよ。次の宿主の時に今度こそってお話さ」
    「いえ違うはずです。ツバサ先生はウソを吐かれています。及川氏は加納先生を深く愛されています。深く愛されていた加納先生に突然神が宿り、手の届かない存在になったことを悲しんだのがルシエン計画です」
    「おっ、言うね」
    「及川氏はせめて愛する加納先生の姿を、自分の作ったカメラで撮っておきたかったのです。それこそがルシエン計画」
    「アカネは人にしたら出来過ぎだよ」

 ふう、そうだサトル先生の問題をまだ聞いてなかった。

    「女神は人と結婚できるのですか」
    「出来るよ、子どもだって生める」
    「なにか男の方に条件とかあるのですか」
    「あるよ、女神が惚れるぐらいイイ男であること」
    「それだけ?」
    「そうよ。女神と言っても体は人からの借り物。べつに特別製でもなんでもないのよ」
 良かったね、サトル先生。後はサトル先生の決断とツバサ先生の心次第。つまりは、ごく普通の恋ってこと。サトル先生とツバサ先生じゃ、サトル先生は見劣りするかもしれないけど、サトル先生のツバサ先生を愛する気持ちは本物だ。ちょっと優柔不断だけど、掛け値なしに優しい人だから、きっとツバサ先生を幸せにしてくれると思う。

 そうだ、そうだ、二人の結婚式の時はアカネが撮ろう。だって他にオフォス加納で撮れる人なんていないじゃないの。その代わり、アカネの時にはツバサ先生に撮ってもらおう。サトル先生でもイイけど、やっぱりツバサ先生かな。

 問題はまだ相手がいない点だけど、な~に、そのうち見つかるさ。アカネを世界一大切にしてくれる素敵な、素敵な旦那様がね。その時だったんだけど、トンデモないことにアカネは気づいてしまったんだ。