ツーリング日和8(第22話)西の果てに

 結衣の決闘もあったけど八時には出発や。まず目指すのは角島。ここは外せんとこや。そのために俵山温泉から県道三十八号を北上して、国道四九一号に入る。ここもバイパスが出来て快走路としてエエやろ。

 そのまま走って国道一九一号線からシーサイドロードや。竹原からずっと山の中ばっかりやったから、海沿いにしてみた。シーサイドって程やないかもしれんが、気分や。角島までナビで四十キロぐらいやから、そろそろ、

「次を右みたいだね」

 そやな。角島大橋って書いてあるからここやな。丘超えて海が見えてきたからボチボチやと思うんやけど、

「角島は左ってなってる」

 ここやろ。曲がったらひょぇぇぇ、いきなり橋か。これは橋は橋やが海上高架道路みたいなもんやな。

「この橋、気持ちイイ」

 高うなってるとこは船を通すためやろ。

「角島上陸だ!」

 てなほど感慨でんけど、橋から道路にチェンジや。

「へぇ、こんなところまで下関なんだ」

 ホンマや。合併合併の末みたいなもんやろうけど、チイと違和感あるわ。

「あれ角島灯台公園は右ってなってるけど」

 ここはあえて直進や。まっすぐ行ってもあんまり変らへんねん。

「合ってるの? 一車線半もないじゃない」

 クルマやったら来ん方がエエかもな。そやけどバイクなら余裕や。余裕は言い過ぎかもしれんが、走れる道や。これこそシーサイドロードやんか。

「灯台だ!」

 見えてからも少し距離あるな。観光客も増えて来たけど、まずこの辺に停まろか。ちょっと歩いたら夢崎波の公園や。角島の果てみたいなとこでエエやろ。もっとも英国風庭園になっとるから最果て感はあらへんけどな。

 次は角島灯台や。高さ三十メートルで花崗岩の石造りや。日本に二つしかない塗装してへん灯台やそうや。それも見どころかもしれんが、この灯台は登れるんや。

「近くで見ると西洋のお城の塔みたい」

 綺麗に石が積んであるもんな。中も螺旋の石段やな。最後はお約束みたいな梯子みたいな階段があって、

「これは絶景・・・」

 登った甲斐があったわ。角島は今もフォトジェニックな観光スポットとして知られとるが、江戸時代の船乗りのにとっても重要な島やってん。当時の船乗りは角島を越えた日本海を北前と呼んでたんや。外海になるから波も荒くなるから、ここから本番みたいな感じかな。

「西洋帆船の赤道越えみたいなもの?」

 ちょっと近いかもしれん。船乗りたち、とくに北前船ではこの先の航海の安全を祈って特別の儀式をやっとったそうや。それが角島詣りや。船の最下級船員であるカシキを褌一丁にして、船の舳先を回るともされとるが、舳先どころか、船の外側のフェンスの上を三周させたなんて話もある。

「イジメ?」

 まあそうやけど、それぐらい生死をかける海が待ち受けているの意味も重かったとされとる。でもまあイジメやろな。どう頑張って良く言うてもキモ試しやもんな。ただやけど、それぐらい厳しい航海やったんも間違いあらへん。

 北前船は蝦夷地、とくに松前と大坂を結ぶ航路の船の事やけど時代が下るほど経済性が重視された。簡単には目いっぱい積んで、出来るだけ航海日数を短くすることや。これは江戸航路もそうや。

 風帆船やからノンビリした時代は、港までの短い距離を慎重に進めとってんけど、江戸後期になるほど沖合に出て、とにかく寄港を減らしてぶっ飛ばして行ったんや。それこそ夜も航海したとされとるぐらいや。

 当時は天側での座標の確認も出来へんし、航海用の地図おあらへん。ひたすら船頭の経験とカン頼りやったとされとる。それと風帆船やから、なにをするにも人力や。わずかな休憩を交代で取りながら、ひたすら船を走らせとってん。

「何人ぐらいで動かしてたの」

 千石船で十五人ぐらいや。

「たったの」

 千五百石の船もあったそうやけど、それでも二十人ぐらいや。船の能力の限界を最小限の人数で挑むのが北前船やった気がするわ。

「そんなに儲かったの」

 儲かったから危険に挑んだんよ。当時の千石船は一隻でザックリ千両やったそうや。これはこれで高価やが、松前まで往復すれば千両の利益を得られたとされとる。

「年に二往復もすれば大儲け」

 そこまで無理や。年に一往復で船は十年持たんかったともされとる。それでも十年で九千両儲かる事になる。そやから争って北前に挑んだんや。見ようによっては一獲千金のロマンの海や。

「この角島の前で気合を入れ直してたのか。一航海千両の海だものね」

 角島から向かうの地の果てや。角島から四十五キロぐらいやから一時間ぐらいのはずや。ひたすら国道一九一号を南下するで。

「コトリ、お昼は?」

 あのなぁ、まだ早いやろ。

「朝早いじゃない」

 チイと角島で時間とりすぎたさかい、かえってちょうどかもしれん。

「川棚温泉って方に行くで」
「温泉饅頭とか」

 ちゃうわい。山口の郷土料理じゃ。

「えっ、昼間っからてっちり」

 まだ早いわ。この辺のはずやが、あった、あった。

「左側の駐車場に入るで」
「瓦そば?」

 山口の郷土料理というか、名物料理らしい。出来たんは西南戦争の後らしいが、ホンマかウソは知らん。マイは、

「ウナギも美味しそう。うな茶セットで」

 コトリらは、

「瓦そばとうなめし」

 瓦そばは瓦に乗った茶そばやけど、瓦が熱いんか。和風焼きそばみたいにも見えるな。

「底の焼けてパリパリになってるところが美味しいじゃない」

 おこげの感じやろか。うなめしもなかなかや。腹八分にしといて今度こそ西の果てに向かうで。国道一九一号に戻って鉄橋潜ったっら右折や。

「なにも書いてないけど」

 合うてるはずや。コトリを信じなさい。

「よく間違うけど」

 それやったっらユッキーが先導せえ。突き当りやけどどっちや。吉母管理場ってなんやねんそら。

「コトリ、右みたいだよ。青い看板の下にそう書いてある」

 あんなもんすぐにわかるか! 逆にしろよまったく。やっと海岸に出て来たけど、

「前に見えてる岬かなぁ」

 この辺やとは思うねんけど、道は岬の後ろに回り込む感じや。一車線半のヘアピンとは御挨拶やな。

「あった!」

 やっとか。本州最西端の地、毘沙ノ鼻、まちがいない。道は細いけど駐車場は整備されてるのが嬉しいな。駐車場から展望台まで歩きやな。

「結衣、写真を撮ってくれる。本州の四隅を制覇した記念なの」

 だ か ら、潮岬はバイクで行ってへんやろうが。それでも四隅制覇には変わりはないか。

「本当はここから見下ろしてる岬の先よね」

 そこに碑が立ってるねんけど、歩いて行っても容易に近づけるとこやないそうや。それと左側に見えるのはゴミ処理場やねんよな。

「あんまり観光地化に熱心じゃないね」

 本州最東端の魹ヶ埼はアドベンチャーやから置いとくとしても、毘沙ノ鼻は下関から萩に向かう観光地としてもうちょっとなんとかなりそうなもんやのにな。

「あれかな。北と南にはロマンを感じても、西と東はイマイチかもね」

 それはわかる気がする。テンションの度合いが落ちてまうのはある。ロケーションもそうや。北の大間崎やったら津軽海峡を臨むし、南の佐多岬は東シナ海やもんな。これが毘沙ノ鼻になると九州の東側や。大間崎と佐多岬には確実に最果て感があったけど、

「魹ヶ埼もすごいところにはあるけど、ここで地は終り、海になるって先端感が乏しいかな」

 それでも四隅制覇は楽しいで。こういうとこを目指すのがツーリングや。

ツーリング日和8(第21話)庭先の決闘

 朝起きて旅館の庭見たら、あの五人組が掃除しとるのが見えた。

「ユッキー、あいつらホンマにやる気やぞ」
「おもしろくなって来たじゃない」

 完全に楽しんどるな。結衣は浴衣を着替えて、

「検分宜しくお願いします」

 マジでやる気か。たしかに酒乱で下品やったけど、剣道の腕はブラフやないで。酔っ払った状態ならまだしも、シラフでやったらガチの勝負になってまう。そやけど結衣はさっさと庭に向かうてしもた。コトリらも付いて行かなしゃ~ないやんか。

 庭の一角が綺麗に掃いてあるわ。ここが試合場ってことやろうけど。どんな試合をやろうっていうんやろ。つうのも剣道の試合は面、胴、籠手を着けてやるもんやんか。そりゃ、いくら竹刀でも生身でぶん殴られたら大怪我するもんな。

 そういう道具はあいつらは持っとるやろうけど、結衣は持ってへん。つうか竹刀さえ持ってへん。あんなもん担いでツーリングなんか出来へんからな。貸してもうて試合するのもありやけど、あんな経緯の試合で借りるのは妙やし、あの連中と結衣やったっらサイズ違いがかなりある。

「結衣が無手だったら異種格闘技戦になっちゃうものね」

 無手とは武器を使わん格闘技で空手とか、柔道のことや。そやけど異種の格闘技戦になるとルール設定が厄介になる。無手で国技ともされるのに相撲はあるが、あれの勝敗ルールなんか土俵の外に押し出すか、足の裏以外が地面に着くかや。

 そんな相撲と他の格闘技が戦うとなったら、どこで勝負を決するかだけでもめる。そりゃ、寝技がある格闘技もあるからな。

「ルール設定交渉で細工するのもアリだけど、この状況では難しいよ」

 勝敗判定やけど武道はスポーツやから難しいが、武術となると共通ルールはある。要は喧嘩と一緒や。戦闘継続意思がなくなった方が負けや。極端な話、生き残ってる方が勝ちになる。そやけど、そこまでになれば試合やのうて殺し合いの決闘になる。相手は昨日の酒乱オッサンか。当たり前やけど竹刀もって出て来とる。結衣は、

「防具は無しで良いですか」

 今のところ結衣は無手や。この状況で防具は付けられへんやろな。

「お前は空手か?」
「いえ」

 そういうと結衣は庭にあったホウキを取り上げ、

「これでお相手します」

 一本取ったな。酒乱オッサンの顔が見る見る真っ赤になりよった。普段から気も短いほうみたいや。

「審判は」
「不要です」

 相手を怒らせたんは心理戦として有効やけど、竹刀とホウキやったっら竹刀が有利やろ。これは審判なしやったらいかに相手を強く叩けるがポイントになるからな。

「でもないかも。あのホウキの柄は木製じゃない」

 そのまま試合に雪崩れ込んだ。酒乱オッサンはいきなり上段や。結衣は、ありゃ、あの構えはなんや。えらい低く構えるやんか。低いつうより、かがみ込むような構えで、ホウキの中程と先っぽを持っとるけど、

「わたしも初めて見るけど」

 コトリもや。酒乱のオッサンが上段に構えたんは、そうしたかったんもあるんやろうが、あれだけ結衣が地を這うように低く構えたら上段から面を狙いたくなるよな。つうか、面ぐらいしか狙えへんと思う。

 酒乱オッサンは気の充実を待っとるみたいや。それと面しか狙えん代わりにガラ空きやけど、あそこまで『打って下さい』状態にされたら、なにか罠があると疑っとるのかもしれん。とはいえ他は狙いにくいもんな。酒乱オッサンはジリッ、ジリッと間合いを詰めよった。

 結衣はピクリと動かず酒乱オッサンが間合いを詰めるがままにしとる。こりゃ、剣道の試合やあらへんな。剣道の試合でこんだけ動きがあらへんのはあり得んやろ。場の空気がピリピリと緊迫しとるで。

 勝負は一瞬やった。酒乱オッサンが面を打ち込もうとした瞬間に結衣が飛び込むようにホウキを伸ばした。あれは鳩尾や。それも前に踏み込みかけたタイミングで突かれとるからカウンターになっとる。

 たまらず酒乱オッサンは前かがみになってんやが、結衣は機敏や、ホウキを一閃させると酒乱オッサンの右側のコメカミをぶっ叩いた。それで左側によろけたところを今度は膝裏に一撃や。

『バタン』

 膝を折られた酒乱オッサンは前かがみに倒れよった。そこにすかさず距離を詰めた結衣は裂帛の一撃を頭に放ちよった。

「参った」

 ビタっと寸止や。あんなもんが入ったら昏倒で済まんかもしれん。結衣は、

「見事な棒振りダンスでした」

 酒乱オッサンはなんもさせてもらわへんかった。上段の構えから撃ち込む瞬間に強烈な一撃を鳩尾に喰らい、あとは結衣の思うがままに振り回されて踊らされただけやもんな。あんなに強かったんや。結衣は息一つ乱さず、

「お待たせしました。朝風呂に行きましょう」

 今朝は町の湯にした。気持ちのエエ湯や。宿に帰れば朝飯。なかなか豪華版やな。腹ごしらえも終わったら出発や。

「今日はどこに」
「地の果てや」
「そうよ、そこで愛を叫ぶの」

 ちゃうやろ。愛を叫ぶのは地の果てやのうて、世界の中心やろうが。まあ世界の中心なんて正確にはあらへんからな。

「日本なら西脇じゃない」

 あそこは子午線の東経百三十五度と北緯三十五度が交わるとこや。そやけど感覚的に西により過ぎるよな。そやから宗谷岬と佐多岬の中間である群馬の渋川も日本の中心やと主張しとる。

「それだったら栃木の佐野もでしょ」

 あそこは宗谷岬と佐多岬を結ぶ線と、日本海側と太平洋側の中間点を結ぶ線が交わるとこになっとる。どこもそれなりに根拠はあるんやけど、問題はそこにわざわざ行って愛を叫びたいかや。

 悪いがコトリはそんな気になれん。理由ははっきりしとる。その地点に思い入れがあらへんからや。

「それは言えてる。せめて純愛映画とかドラマで大ヒットがあればね」

 そこに尽きるわ。いわゆる『あやかる』ってやっちゃ。そやけど映画やドラマのヒットはブームを起こすけど、これが定着するかどうかになるとまた別の問題になる。時かけみたいに定着して聖地扱いになってくれるところは少ないねん。

「そもそもだけど、コトリが愛を叫びたい相手なんていないじゃない」

 うるさいわい。

ツーリング日和8(第20話)またトラブル

 夕食は広間みたいなところやねん。お食事処としてもエエけど、大広間にテーブル並べてる感じや。メニューは強いて言えば懐石風やけど、そんなキチンとしたもんやなく、

「あははは、昭和の旅館風かな」

 ともちゃうやろ。一品一品派手さはあらへんけど、心が籠った感じが嬉しいで。そんなところでの食事やから、お隣さんも近いんやけど、なんかエライ盛り上がっとるな。旅館の夕食で盛り上がったらアカンわけやないけど、あそこまで盛り上がるとちょっとな。

「お酒も入ってるんだろうけど・・・」

 入っとるな。顔が真っ赤やからな。年の頃は三十代後半から四十代前半の男の五人組や。あのお互いの呼び様からして会社の出張の類やのうて、

「体育会系のノリね」

 そやろな。それにしても声がデカいな。耳でも悪いんちゃうかと思う程や。そのお蔭でなにを話してるかは筒抜けや。ほぅ、剣道やってるんか。それでもって道場対抗の親善試合みたいなものがあったんか。

「祝勝会みたいね」

 親善試合言うても長年のライバル関係みたいやな。それも阪神と巨人みたいな関係でライバルと言いながら分が悪かった相手にようやく勝ったぐらいの感じで良さそうや。

「野球じゃわからないよ。バルサとレアルみたいなものじゃない」

 そんなにバルサが劣勢やないやろ。とにかく久しぶりの快勝で気分が良いのはわかるし、盛り上がるのはわかるが、盛り上がり過ぎやろ。あそこまで行ったら傍若無人やで。コトリも迷惑やし、他のお客さんも迷惑そうな顔しとるんが気が付かんか。

「気が付かないからあれだけ騒げるんでしょ」

 コトリらのテーブルは隣やから、話も出来へんやんか。それだけやない料理も酒も不味なるわ。そしたらや、

「そこのお姉さん、こちらに来て酌をしてくれんか」

 ナンパやったら考慮の余地もあるけど好みやないわ。酒を飲んで酔うのはかまわんが、お前らの酒は品位のカケラもあらへん。酒は時に人の本性をさらけだすともされるが、あんたらの本性は最悪やで。無視しとったら、

「耳が悪いんか。こちらで酌をしろと言いよる」

 お前らこそ目も耳も悪いんか。ここは宿泊客がそろってメシ食うとるとこやで。お前らの存在が迷惑で目障りなんがわからんのか。こんなとこでもめ事は避けたいし、旅先の事やし知らん顔しとってん。そしたらやな、そいつらの一人が立ち上がって、結衣の腕をつかみ、

「こっちに来て、酌をしろと言いよる。聞こえんのか」

 そこまでやるか。これは完全に一線を越えとるで。今までかって超えとるが、そこまでやるなら容赦せんで。コトリが立ち上がるより先に結衣が男の手を払いのけ、

「あなた方にお酌をする義理などどこにもありません」

 ピシャっと言い放ちよった。するとや男が仁王立ちになって、

「わしらを誰じゃと思うちょる・・・」

 酔いどれのオッサンやろうが。恥を知りやがれ、

「わしが酌をしろと言うのじゃけぇ酌をしろ」

 完全に酒乱やな。困ったもんや。メンドウやからケリつけたろうと思った時にユッキーが、

「コトリ、もう少し見てよう」

 そういうことか。ここまでツーリングしても結衣の正体がはっきりつかめてへんとこがある。悪意を持って接近して無さそうなのはわかってきたが、何者なのかってことや。これでなんか見えるかもな。結衣は、

「剣道とは剣を志す者が体と心を鍛えるもの。剣の業のみを誇る者はタダの棒振りダンスです」

 煽ってどうするんや。つうても宥めても無駄か。あれかな、少々剣道ができても、あれだけ酔っぱらっとったら叩きのめせるの自信やろか。結衣の計算どおりかはわからんが、オッサンが逆上したところに宿の人が来てくれた。

 さすがに手慣れとるわ。他の四人もようやく醜態ぶりに気づいたみたいで、宥めに入っとる。なるほど、あの五人組のテーブルを別室に動かすのか。こういう時は離すのが一番の良策やもんな。それでも酒乱のオッサンは、

「女如きに棒振りダンスと侮辱されたさあ許さん。ここで土下座して謝れ」

 もうかなわんな。さっさと行きやがれ。そしたら結衣はさっと立ち上がり、

「あなたが棒振りダンスなのを知りたいのなら、明朝、ここの庭で見せて差し上げましょう。せいぜい酔いでも醒ましておいて下さい」
「んじゃと。よしわかった。明日の朝は逃げんさんなや。吠え面かかせちゃる」

 ホンマに酒癖悪すぎるわ。それでも時間を置いたんは正解や。ああいうのは酔いが醒めたら小心者が多いからな。プライドが邪魔して詫びまでようせんやろうけど、明日はコソコソ逃げだすやろ。

 それにしても見事なブラフやな。小豆島の時もそうやったが、相手の弱点をよう見とるわ。やっと静かになってくれた。ユッキーは、

「結衣、明日はどうするの。早立ちにするなら構わないけど」

 三十六計逃げる如かずか。あっちが逃げへん可能性もあるさかい、こっちが先に逃げてまうのは上策や。朝風呂は惜しいけど、もめ事はかなわん。どうせ旅先のこっちゃ。ここで別れたら、二度と会うもんか。

「コトリもそれでエエで」
「ここまで来て朝風呂と朝食を楽しまないのは心残り過ぎます」

 あいつらが逃げると踏んどるのか。その公算はコトリも高いと見るが、無用のリスクを負う気もするで。

「御迷惑はおかけしません」

 そこまで言うなら任せるか。とりあえず邪魔者がおらんようになって、食事も酒も楽しめた。まあ明朝にもめたら、もめたらの時や。どうとでも出来るしな。

「なにか楽しみね」

 ユッキー、気楽に言うな。どうせなにかあったらコトリに投げるつもりやろうが。

「そりゃそうよ。今はコトリがトップでわたしはその下だもの」

 ここのところ、そればっかりやんか。

ツーリング日和8(第19話)青海島から俵山温泉

 萩から長門まで三十分程や。

「あれ? 青海島行かないの?」

 行くために今日の予定を組んだようなもんやんか。青海島は絶景の地で、日本百景にも指定されとる。まあマグマで出来上がった奇岩が並んどるぐらいの理解でもエエと思う。陸からも見れるが、こういうものはやはり海から見るのがエエに決まっとるやんか。

 この発着地は青海島やのうて本州側にあるねん。十三時半発で、八十分ぐらいやから十五時ぐらいには戻ってくるはずや。

「間に合わなかったら?」
「青海島ツーリングしかないやろ」

 フェリーやがいくつかのコースがあって、それによって料金も変わる。そやけどコースは選ぶと言うより、その日の荒れ模様で決まるようや。外海も通るから危ないかろやろな。そやけどコトリとユッキーが二人が行けば、

「いつもツーリング日和」

 フルコースで行けるで。

「船で回るのも三回目かな」

 そやな但馬海岸ジオパーク、男鹿半島の西海岸の次ぐらいや。どうしても時間がかかるから、よう乗ってる方やと思うで。こりゃ迫力あるな。海も綺麗やで、透き通るようや。中江の洞門、仏岩、島見門、さらに見えて来たのが、

「たしかに洋上アルプスね」

 ここから大門、小門、石門、観音洞に夫婦洞。ここも洞門くぐりをやるんや。ほんまにギリギリやな。そうなるように作ってるんやろうけど、スリルも満点や。筍岩から赤瀬、波の橋立と回って、青海大橋を潜って帰港や。

「乗れて良かったね」
「頑張った甲斐があったわ」

 コトリも満足や。船から下りたら宿行くで。結衣が、

「今夜はどこですか」
「山の中の秘湯や」

 遊覧船乗り場から三十分ぐらいのはずやから、エエぐらいの時刻になるはずや。ノンビリ行くで。

「コトリ、ほらガードレール」

 そらあるやろ。

「違うよ色だよ」

 山口県に入ってから気になってたんやが。なんでか黄色のガードレールが時々出て来るんよ。なんか意味あるのかな。この道危険ぐらいと思うとったが、

「昨日の宿で教えてもらったんだけど、あれは黄色じゃなくだいだい色なんだって」

 そうも見えるな。

「だいだい色の意味は夏ミカンで、山口の県道のガードレールの色だそうよ」

 へぇ、勝手に好きな色を塗っても良かったんか。県道は県の管理やから出来んこともあらへんやろうけど。

「風致地区なんかだったら茶色とかに塗ってるとこもあるじゃない」

 なるほどな。一つ勉強になったわ。なんか妙なことを思い出してもたが、ドライブの時にナビやってる子が、

『赤い道に曲がって』

 こんな笑い話があったけど、山口やったっら黄色い道でも通じるかもしれん。それが県道やからな。おっと、

「次のとこを右やで」
「らじゃ」
「了解です」

 ガードレールが黄色やから、

「だいだい色だって!」

 県道やな。もう温泉街に入ってるねんけど、

「ちょっとストップ」
「右なの左なの」

 どっちかしあらへんやろうが。ナビやった右の方やな。とは言うもののこれは狭いな。あんまりクルマで入りとうないし、前からのクルマにも会いとうない。進入禁止の標識はなかったずやけど。

「コトリ」

 うるさい、黙っとれ。同じような建物ばっかりやから、看板を見落とせんやろうが。クルマでのご利用は勧めませんって書いてあったけどホンマにそうやった。そいでも、

「ここや」

 ここは江戸時代からあったとされて、創業は明治元年やそうや。建物は継ぎ足しとか改築増築を重ねたもんやとなっとるが、

「この唐破風のところは昔は玄関だったんだろうね」

 今は塞がってもて、唐破風の両側に入り口があるわ。旅館の玄関は右側やねんけど、誰もおらんな。何度か声をかけたらやっと出て来てくれた。バイク置き場を聞いたら、

「それならば玄関のところに停めちょきなさんせ」

 コトリらのバイクは自転車に毛が生えた程度やけど、結衣のKATANAはやっぱり邪魔や。コトリらの二台分ぐらいの迫力があるからな。その点は頭を下げて謝っといた。部屋は八畳の和室。ザ日本旅館って趣や。

「それも昭和の日本旅館よ。旅館だけじゃなく・・・」

 コトリもタイムスリップしたんかと思うぐらい昭和の温泉街やねん。それも高度成長期の頃に取り残されて行ったやっちゃ。

「このなんとなくチープ感がそうよね」

 これは貶しとるんやないで。ほんの十年ぐらいで様変わりしてまうんやが、日本の旅館はこんな感じの時期があったんよ。その直後に来たんが高度成長期の農協ツアーブームやねん。

「ここはブームに乗らなかったのね」

 乗ったところは豪華温泉旅館に建て直したんや。豪華まで行かんでも鉄筋の近代的な旅館にしとる。全部そうやなくとも、そういう旅館と古き昭和の旅館が混在しとるとこはナンボでもあると言うか、それが普通や

「これだけ温泉街ごと残っているのに価値があるよ」

 途中に見えた酒屋とかもそうやった。

「お土産屋さんなんてそのままだもの」

 俵山温泉の歴史は平安時代に遡るそうや。この温泉は薬師如来の化身の白猿が見つけたとなっとるが、大昔は猿が入る温泉やったんかもしれん。それを猟師が見つけてのパターンや。

 江戸時代は毛利藩の直営やったと言うから、お殿さんも来たかもしれん。まあ藩士のための福利厚生施設ぐらいやってんやろな。

「泉質は西の横綱にもされるぐらいよ」

 東の横綱はどこなんよ。まあ、それは置いとくとして、今でさえ湯治のための長期滞在客が多いそうや。ずらっと旅館が並んどったけど、こじゃれたとこは見かけへんかったもんな。湯治用の長期滞在となれば宿賃が安うなかったっら無理やろうしな。

「ここの特徴は外湯よ」

 旅館にも家にも温泉の内湯はないそうやねん。これは湧出量が限られとるんやろな。それもあって豪華温泉旅館にシフトせんんかったんかもしれん。さっそく浴衣に着替えて風呂や。外湯は二つで町の湯と白猿の湯や。

 下駄で向かったんやがまずあったのは町の湯や。こっちは銭湯みたいな感じで、名前の通り住民がよく利用するらしい。もちろん観光客でもOKや。湯治客やったらその日の気分で入り分けするのかもしれん。その先に白猿の湯があってんけど、

「これは不意打ちなぐらい立派な外湯だ」

 なんとなく道後温泉本館みたいな和風のものを想像しとってんけど、こりゃ、健康ランド風や。浴室も拍子抜けするぐらい現代風や。そやけどお湯はさすが西の横綱や。こんなん入ったっら、ますますコトリが美人になってまうやんか。

「手遅れだよ」
「うるさいわ」

 温泉に入ったと言うより、銭湯に入った気分やな。そうなれば風呂上がりの一杯は、

「コーヒー牛乳で決まり」

 結衣が『はぁ』って顔しとるのがおもろいわ。旅館に戻ったら夕食や。

ツーリング日和8(第18話)念願の萩へ

 この温泉のおもろいのは間欠泉があるこっちゃねん。間欠泉言うたら別府の竜巻地獄が有名やけど冷泉の間欠泉は珍しいそうや。

「たまった炭酸が噴き出すそうよ」

 二十分おきぐらいに噴き出そうやけど、

「噴水みたいね」

 そやな。最大で二メートルぐらいになるそうやけど、この日は一メートルぐらいの可愛いもんやった。そやけど見れたんは嬉しいわ。

「今日も行くで」
「らじゃ」
「がんばるぞ」

 朝は頼んで六時にしてもうたから六時半に出発や。まずは国道一八七号を北上して柿木から県道二二八号に入るんや。

「津和野街道ってことは、大鳥居のとこに出るとか」

 そのはずや。結衣が、

「今日はまず津和野ですか」

 結衣には悪いが津和野はパスや。前に行ったからな。県道二二八号も走りやすい道やな。途中でループ橋があったんもおもろかった。なんか道が狭うてヘアピンの連続になって来たけど、見えてるのは津和野の街や。近いもんやな、三十分かかってへんわ。

「これが国道九号やから左に曲がるけど、すぐに右に曲がるから注意や」
「信号ぐらいあるよね」
「あれへんから注意や」

 津和野の街の南の端を通り抜けるようにして県道十三号、通称つわぶき街道や。これから国道三一五号に入って、

「休憩しょ」

 道の駅うり坊の郷やけど、まだ開いとらへん。そやからトイレ休憩や。

「あとどれぐらい」
「ナビやったら四十分ぐらいになっとる」

 県道十三号から十一号を走って、

「萩だ!」

 前の山陰ツーリングの時は、マイのせいで涙を呑んで岩国に変更したからな。さて目指すは萩中央公園や。萩に来て歩かんかったら意味があらへん。

「バイクの駐車料金が書いてないよ」

 ほんまや。まさかバイクお断りとかやったら困るんやけど。入り口のとこで聞いてみたら、奥の方に適当に停めてくれやった。料金は驚きの無料や。むやみに観光地料金を設定しとるとこに爪の垢でも煎じて飲ましたいで。この中央公園には久坂玄瑞の像があるねんけど、

「若くして亡くなったのよね」

 ああ。蛤御門の変で二十五歳で戦死や。

「生き残っていれば維新後も大活躍だったのに」

 それは疑問や。たしかに久坂玄瑞は松下村塾の双璧とされて、松陰の妹を娶るぐらい可愛がられとるが、松陰の評価も偏り過ぎやと思うねん。だってやで双璧のもう一人は高杉晋作やんか。

 晋作と同じタイプやったら、維新の動乱期は光輝くやろうが、新政府成立後は役立たずや。つうか、平時はそれこその無用の長物や。おるだけで邪魔なタイプとしてエエやろ。そんなん幕末にも結構おったやんか。

「西郷隆盛とか、後藤象二郎タイプか・・・」

 松陰の松下村塾は、そういうタイプの過激派の養成塾やったんがようわかるわ。中央公園から続いてるようなとこが江戸屋横丁で、まずは円政寺や。高杉晋作や伊藤博文が通ったまさに寺子屋やな。

「萩も街並みが残ってるね」

 まあな。萩津和野もアンノン族が押し寄せたとこやから、早くから整備に励んどるわ。そやけど萩は他のとこに較べてアドバンテージがある。そりゃ、周期的に大河ドラマが維新物を取り上げたからな。

「龍馬が行く以外は、ハズレばっかりだけど」

 そうなる原因はいくつかあるけど、とにかく密談シーンが多くなる。顔を引き攣らせたオッサンが薄暗い部屋で膝付き合わせて陰謀巡らすもんな。それに密談で繰り広げられる尊皇攘夷論が理解しにくとこがある。

「だよね。尊皇はまだしも、攘夷なんて維新で根こそぎ消滅しちゃったし」

 それに敵役のはずの幕府を素直に憎めんとこがある。言うたら悪いが、幕府が暴政や悪政をしてたわけやない。もちろん奢侈贅沢もや。政権担当者としても寿命は尽きつつあったのはわかるとしても、シンプルな悪者にできへんもん。

「小御所会議なんか陰謀剥き出しだし」

 クライマックスは鳥羽伏見になるんやけど、天下分け目の合戦のはずやが、どうにも締まらん合戦や。攻める慶喜の腰は砕け切っとるし、幕軍は数こそおったけど戦術もあらへんし戦意も低い。

「やっぱり川中島、せめて関が原。光秀だって天王山でもっと頑張ったよ」

 材料は良さそうに見えても、いざ料理にしようと思うたらロクなもんが出来へんのが幕末や。

「木戸孝允の旧宅だって」

 コトリには桂小五郎の方がしっくりくるわ。小五郎こそが暴走しまくりの長州藩をなんとかまとめ上げた維新の功労者や。統制主義の薩摩とちがうから、少しでも油断すれば暗殺される危険の中でようやったと思うで。

「でも維新後はどうだったんだろう」

 小五郎は維新後も活躍できる人材の可能性はあったと思う。そやけどまとまらん長州を背負い続けたのは半端ない重荷やったとしか言いようがあらへん。病気がちになって、さしたる活躍もなく亡くなったもんな。

「久保家とか、菊屋家もよく残ってるね」

 あの頃を偲べるもんな。菊屋横丁もあの頃はこんなん各地にあったんやけどな。でも綺麗に残ってるのは値打ちや。次は松陰神社や。河原に大きな駐車場があるから停めさせてもうて。

「松陰は偉大だったの?」

 狂人と紙一重やろ。つうか革命家なんてそんなもんや。自分が抱いた正義は絶対で、正義を実現するためには、どんな手段でも使うし、それをなんの衒いもなく正当化できる人物や。そりゃ、行き詰ったら、

「暴発あるのみ」

 これが教え子連中から平然と出てくるぐらいや。維新全体がそうやが、暴発暴発の末になぜか成立してもうた不思議な革命や。それに間違っても市民革命やあらへん。維新に意識を持って参加していたんなんて全人口の数%やろ。

 残りは訳が分からんけど、江戸の将軍家の政権から東京の天朝政府に何故か変わっとぐらいの認識や。それで、まあまあ上手く行ってもたんが日本史の奇跡みたいなもんやろ。

「コトリも苦労したものね」

 ああそうやった。気楽な女壺振り師で終わるはずやったんが、長州志士の実質的な奥さんになって東京でお屋敷暮らしになってもたからな。東京に住んだんはあの時だけや。東光寺も見て次行くで。

 萩は阿武川の河口に出来た三角州にあるねん。阿武川は東が松本川、西が橋本川になって海に注ぐんやが、阿武川が別れるところから、橋本川沿いに沿っても見どころがあるねん。歩いて回りたいとこやけど、往復になるからバイクで回ろ。結衣のKATANAが邪魔なんは我慢や。結衣が、

「桂太郎って誰ですか?」

 そんなもん総理大臣に決まってるやろ。ほいでも知らんやろうな。ちょうど日露戦争を担当した時の首相で、ニコポンと呼ばれとった。

「総理としての力量はともかく、維新の生き残りのウルサ型を宥めすかした業績は大きいよ」

 これじゃ、わからんやろな。ここからひとっ走りして、次が旧田中別邸や。

「田中義一って田中角栄の親戚ですか?」

 ちゃう。角栄は新潟の長岡で角栄とは苗字が一緒なだけや。だったらどんな首相かと聞かれたら困るが、ちょうど日本が満州進出に積極的になろうとした頃の首相や。張作霖爆破事件が有名やな。

「そのまま軍人やってればよかったのにね」

 まあそういう人物ぐらいに思うてくれ。この辺が平安古伝統的建造物保存地区やから歩いて見て回って。

「お腹空いた」

 ユッキー、お前は歩く腹時計か。他人の事は言えんか。萩の最後はランチも兼ねて明倫館や。大人しくランチセットを食べて、明倫館を駆け足で見て、まだ十二時半ぐらいやな。早出した甲斐があったから行けそうや。