日曜閑話:浦島伝説

 小説のネタ漁りをしていた時に見つけた話でしたが、興味深かったので歴史ムックとして上げてみます。

 浦島太郎と言えば、亀を助けて竜宮城に招待され、乙姫様と結婚し、それでも故郷に帰りたいと頑張り、帰って見たら故郷は歳月が遥かに流れ過ぎ、開けてはならない玉手箱を開けて老人になってしまったお話として覚えています。誰でも知っている有名な話ですが、時代とともにかなりの変遷があります。

 浦島話が記され残っている最古の記録はなんと日本書紀です。雄略天皇のところにあるのですが、

廿二年春正月己酉朔、以白髮皇子爲皇太子。秋七月、丹波國餘社郡管川人・瑞江浦嶋子、乘舟而釣、遂得大龜、便化爲女。於是、浦嶋子感以爲婦、相逐入海、到蓬莱山、歴覩仙衆、語在別卷

 無理やり読み下すと、

二十二年春正月は己酉が朔日であった。白髪皇子を皇太子とした、秋七月、丹波の国餘社郡管川の人に瑞江浦嶋子というものがいた。舟に乗って釣りに出ると大亀を得た。これが女となり、ここにおいて、浦島子は婦と為すと感じ、相次いで海に入り蓬莱山に着き仙衆を観る。別巻にて語るところ在り

 相変わらず読み下しが怪しい部分があるのに目を瞑ってもらいたいのですが、浦島太郎の名前は瑞江浦嶋子であり、亀は釣りをしていて得たものであり、女は亀が変身したもので、竜宮城でなく蓬莱山に行ったとなっています。現在の浦島話を想起はさせますが、かなり内容が異なるのがわかります。一番注目したいのは、

    語在別卷
 浦島のエピソードは他に本があり、そこから引用しているとしている点です。日本書紀は養老4年(720年)完成ですから720年時点で浦島本のオリジナルがあったことになります。では日本書紀の編集が始まったのがいつかになりますが、これは諸説ありますが、日本書紀の天武天皇10年(681年)3月のところに、

令記定帝紀及上古諸事

 大元のスタートはこことする説が有力です。では、681年時点でオリジナルの浦島本が既に成立していたかは微妙そうです。


伊預部馬養

 これも浦島本をムックしていて驚いたのですが、浦島本の原作者がほぼ特定されているのです。それは伊預部馬養です。その根拠が丹後国風土記逸文です。丹後国風土記逸文には、浦島が故郷に帰り着くまでのストーリーが記されており、おそらく残されている浦島話の最古のものだと見て良いはずですが、そこの冒頭部分ですが、

丹後國風土記曰。
与謝郡。
日置里。
此里有筒川村。此人夫、日下部首等先祖、名云筒川嶼子
斯所謂水江浦嶼子者也。是舊宰伊預部馬養連所記無相乖

 筒川嶼子が水江浦嶋子と同一人物としたうえで、

    是舊宰伊預部馬養連所記無相乖
 ここも強引に読み下すと、

是は旧宰である伊預部馬養連が記したものと相乖れたるところ無し

 まず言葉の解釈ですが、旧宰とは元国宰になります。ほんじゃ、国宰とはなにかですが、律令制が整備される以前は、律令制で国司にあたるものは国造とかの地方豪族でした。それでも中央から国司相当の地方官が臨時に派遣されることがあり、それが国宰になります。

 それと馬養が国宰をしていたのは丹後でなく丹波です。というのも、丹後が丹波から別れたのが和銅6年(713年)になるからです。丹波の規模も古代は大きくて、但馬・丹後も含むものでしたが、七世紀に但馬が分かれ、713年に丹後が別れています。 馬養が丹波国宰をした頃は丹波・丹後を合わせた丹波であったはずです。

 ここで注目したいのは、丹後国風土記の成立は713年以降になる点です。あくまでも読みようですが、風土記編纂にあたって浦島伝説を取り上げたのは間違いありませんが、馬養の本の全面引用とは思えないところがあります。改めて調べてみたら、馬養の水江浦嶋子と筒川嶼子が同一人物と見なされると読めるからです。


馬養の浦島本

 馬養は持統天皇3年(689年)に撰善言司に選ばれています。聞き慣れない役職ですが、ここはシンプルにwikipediaより、

上古日本の先人の善言・教訓を集積した書を撰上するために設けられた官司

 文武天皇の教育のためであったともされているようですが、要は説話集を作ろうとする企画と見て良さそうです。これがどうなったかですが、wikipediaより、

しかし、結局、書物は完成せず、撰善言司は解散となり、草稿は『日本書紀』編纂の際に活用されたとも言われる。

 完成しなかったのですが草稿はあったとなっています。ここは仮説ですが馬養は、この時に丹波国宰時代に聞いた浦島話をまとめた可能性が高いと考えています。それだけでなく、馬養の浦島本は独立して成立し、皇族や貴族の教育・教養に広く使われたと考えています。

 浦島伝説に関連する古い記録に万葉集があり、高橋虫麻呂の歌が収載されています。高橋虫麻呂は日本史広辞典に、

719年(養老3)前後の藤原宇合の常陸守時代にその下僚となり、以後宇合の庇護を受けたとされる

 こうあり、時代的に馬養の少し後の人です。読まれた歌の内容の分析は長くなるので控えますが、虫麻呂は浦島本を踏まえて詠んだものと見なして良いかと思います。つまり虫麻呂クラスの下級貴族でも馬養浦島本は教養として知っている程広く広まっていたと見れるのでないかと考えます。
 
 これはそうである必要がると見ています。上級貴族の一部にのみ伝わるものでは、これほど後世に広まって残るとは考えにくく、下級貴族まで広まっていたからこそ、様々な内容の変遷があるとしても現在も残っていると見たいところです。


300年

 馬養本の内容も面白いのですが、個人的に妙に関心を引いたのが、浦島が三年と思っていた時間が三百年であった下りです。

古老等郷人答曰。先世有水江浦嶼子。独遊蒼海。復不還來。今経三百餘歳者。

 丹波国風土記逸文が馬養本に近いと仮定してですが、浦島が旅立ったのは雄略時代としています。

長谷朝倉宮御宇天皇御世

 馬養の浦島本を直接引用したと考えられる日本書紀は雄略22年7月としています。この雄略22年が西暦でいつごろですが、wikipediaより、

武寧王陵から発掘された墓誌から武寧王は462年に生まれたことがわかった(詳しくは武寧王参照)が、これは日本書紀の雄略天皇5年に武寧王が生まれたという記事と対応している。これをもとにすると、雄略天皇元年は西暦458年と考えられる。

 これを基準とすると479年になりますが、300年後は779年になり馬養は既に死亡している事になります。ただ300年の年数合わせを重箱するのはあまり意味がないと考えています。
 
 馬養の原作をかなり正確に引用しているのはやはり日本書紀だと考えています。そこに雄略天皇22年7月とかなり具体的な年月がありますが、これも馬養の原作がそうだったと見るのが妥当です。

 そこから300年の表現ですが、馬養の年代知識では雄略時代は「それぐらい前だったはず」があったと見ています。まだ古事記すら完成していない時代だからです。では浦島の再出現時期がいつだったかですが、馬養の時代であったと見ています。つまり馬養と浦島は実際に会っていたんじゃないかです。

 日本書紀の記述も良く読むと浦島失踪事件は書かれていますが、帰還については触れていません。そうしたのは、雄略天皇22年の事実としては浦島失踪事件が起こっただけだからと見ることも出来ます。

 では馬養がいつ浦島に会ったかですが、これは丹波国宰時代で良いと考えますが、いつ馬養が国宰であったかは不明です。ここで考えたいのは馬養がどうして浦島に会ったかです。国宰は現代であえて喩えれば県知事みたいなものですから、余程の理由が必要です。

 ここは想像の翼を広げますが、浦島の出現は当時的にはホット・ニュースであったと考えています。都でも噂でもちきりみたいな感じです。その真否と話を記録するために、提善言司の馬養が国宰として派遣された可能性があると見ています。馬養本も大評判となり、書紀編集時にも欠かせないエピソード、いや紛れもない事実として挿入されたぐらいです。

 久しぶりに歴史ムックが楽しめました。

アングマール戦記:あとがき

 今回はスピンオフです。女神伝説シリーズで何度もエレギオンを取り上げたので、そのエピソードを一つにまとめてみようというのが狙いです。とりあえず余談なのですが、アングマール戦記はなんとか三百ページ程度なのですが、文字数にすれば十三万五千字を越えています。

 原因は会話シーンが少ないこと。とにかくコトリがガチガチの主人公で、コトリの見たアングマール戦ってスタイルですし、話し相手が実質ユッキー一人なので、叙述部分がひたすら多くなってしまってます。

 それとお気づきの方はお気づきでしょうが、指輪物語をオマージュしている部分はあります。エレギオンもそうですし、アングマールもそうです。それ以外は出来るだけ外そうと努力していますが、ハマもそうかもしれません。

 それと、とにかく戦記なので戦法や戦術をあれこれ取り入れています。ファランクスもそうですし、レジョンもそうです。会戦の経過も想像だけでは無理があるので、カンネーとかレウクトラとかを参考にさせてもらってます。

 今回は野戦だけでなく攻城戦も書く必要があったので、武器もあれこれ登場させています。巨大石弓はバリスタ、巨体投石機はトレビュシェットがモデルです。バリスタも無理があるのですが、トレビュシェットとなると力業もエエところなのですが、石弓も投石器も原型はかなり古くからありそうでしたから登場させています。

 アングマール側の攻城塔とか、破城槌は当時でもあったと見て良さそうです。埋め立て車はソウズがモデルで、エレギオン側が施した城壁前のスロープはタルスを参考にしています。

 破城槌をロープで引っ張ってひっくり返す戦法もモデルはあって、十字軍遠征で守るイスラム側がフックを付けたポールでそれをやったとなっています。エレギオンの場合はむやみに城壁を高くしたのでロープに置き換えてみたぐらいです。

 火薬も使いたかったのですが、さすがに無理がありそうでやめています。フィクションですから登場させても良さそうなものですが、硫黄はともかく硝石を手に入れる手順を考えないといけないのであきらめた次第です。まあ、火薬まで使えちゃうと、次は爆弾とか、大砲、花火式のミサイルに話が広がりそうなのもやめた理由です。

 それと本当は地図が必要で、書く時には大雑把な地図を作ってたのですが、これを小綺麗に仕上げる点で挫折しています。描きかけたのですが、とにかく手間とヒマの塊みたいになってしまい、さらにA5サイズぐらいにするのに悲鳴をあげたぐらいです。

 さて、なんですが、問題は続きを書くかどうかです。これについては検討中としか言いようがありません。続きとなると魔王の残虐シーンの描写が延々と続く事になり、話がドンドン重くなってしまいます。その辺を処理できる良い方法を思いついたら、書くかもしれません。

アングマール戦記:コトリの男

    「・・・とりあえず、これぐらいにしとうこうか」
 コトリの話に茫然とするボクがいました。アングマールの魔王、エレギオン包囲戦、そして数々の決戦。戦記物語みたいなものですが、そんな格好の良いものじゃなくて、実際にこれを指揮して、戦い、苦い敗北を味わい、自分の親しい友や恋人まで、次々と目の前で死んでいくのを見つめ続けた臨場感に圧倒されています。
    「リュースもイッサもメイスも男らしいと思ったけど、ボクには無理だよ」
    「当たり前よ。コトリはね、ああなって欲しくなかったの。あんな立派すぎる男はコトリにはいらないの。もっと、もっと、もっと普通の男とラブラブしたかったの。あんな時代じゃなかったら、コトリが女神でなかったら、もっともっと違う人生を生きられたはずなのよ」
    「・・・」
    「今の時代の平和がどれだけありがたいか、ユウタにはわかりにくいかもしれないけど、あの時代の男たち、いや女だって、そうしないと生き残れなかったの。あの時代には必要だったから、みんな無理してそうしていただけなの。ユウタがああなる必要なんてどこにもないんだから」
    「でもなんか気後れしちゃって」
    「ユウタは間違ってるわ。コトリは今も昔も同じで、同じ目で男を選んでるの。あの頃の男たちが、ああなちゃったのは、そうしないと国ごと滅びるからだけなの。今はそんな必要ないじゃない。あの頃の男たちだって、今の時代に生まれていれば、ユウタみたいになってたよ」
    「じゃあ、ボクがあの時代に生まれていたら・・・」
 コトリは悲しそうな目をして、
    「聞かれたくなかったな。きっと、ああなってた。でもユウタはならなくて良いの。コトリを一人の女として愛するだけで十分なのよ。あの頃もそうして欲しかった」
 それと気になることが一つ、
    「当時のコトリは子どもを産めなかったんだね」
 コトリはさらに悲しそうな目をして、
    「いつかは話さなきゃならないと思ってたから、聞いてもらったの。子どもが産めないのは今もだよ。だからコトリは記憶が始まってから、一度も自分の子どもを育てたことがないの。嫌いになった?」
    「だから孤児対策にあれだけ・・・」
    「あ、あれ。それだけじゃないけど、それもあったかもしれない」
 ボクは一呼吸だけ置かせてもらって、
    「子どもが産めなくたってボクはコトリを愛してる。信じて欲しい」
    「ありがと。でも、イヤになったらいつでも捨ててイイよ。やっぱり欠陥品だもんね」
    「怒るよコトリ。コトリが欠陥品なものか。そんなこと言う奴はボクが許さない」
 コトリは甘えるようにボクの胸に顔を埋めます。
    「ユウタも言ってくれたね。これだけはみんな同じだったわ。これだけで十分に女神の男だよ。ううん、間違ったわ。ユウタはコトリの男」

アングマール戦記:一撃必殺(2)

 翌日には仕事に戻ったの。ユッキーは心配してたけど、それどころじゃないじゃない。その日もアングマール王は城門前に来てたけど、ユッキーとのやり取りを聞いていてある秘策が浮かんだの。

    「ユッキー、和平交渉に持ち込むべきよ」
    「そういうけど、エロ魔王なんて信用できないよ」
    「クソ魔王を信用していないのはコトリも同じ。でも城門前は遠すぎるの」
    「遠すぎるって、えっ、どういうこと」
 コトリの観測を話したわ。どうも魔王の口ぶりと言い、あれだけ何回も口撃にくる点から考えて、撤退したがってるんじないかと。でもその代価を求めてる感触があるって、
    「代価って、例のエレギオンの五女神を差し出せじゃない」
    「だから、それに乗る」
    「コトリ、正気なの」
 ユッキーは話にならないって顔をしてたけど、
    「五人とも行くことないよ。それに差し出すんじゃなくて、あくまでも和睦の条件を話し合うって建前にする。行くのはコトリと四座の女神の二人でイイ」
    「それって、あの一撃を魔王にお見舞いするって事なの?」
    「そうよ、魔王は女神が使者で来たら必ず謁見するわ。魔王じゃなくちゃ、女神の力を抑えきれないもの」
    「でも、そこで捕まえられて、魔王の餌食にされるに決まってる」
    「その前に一撃を決めてやる」
 ユッキーは猛烈に渋った。一撃は神に試したことがなく、コトリが考えるような効果があるかどうかは、それこそ『やってみなければわからない』の世界だもの。でも追い詰められているのは間違いなかったの。このまま包囲戦をダラダラと続けられたら,音を上げるのはエレギオンになるのは目に見えている。

 ほんじゃ、城外決戦を挑むのはどうかだけど、やはりアングマール軍は強い。コトリもゲラスの野、ベッサスの河原、リューオン郊外、セラの野と四回戦ったけど勝ったのはベッサスだけ。後はゲラスが惨敗、リューオンとセラも負けだもの。魔王指揮の直属軍と決戦なんて狂気の沙汰やんか。

 メイスは女神の男としてコトリのために死んだ。でもメイスが守りたかったのはコトリだけじゃないの。エレギオンを守りたかったのよ。今、エレギオンを守れるのは一撃のみ。このバクチに勝たないとエレギオンは滅び、メイスの死は犬死になってしまう。最後にユッキーは同意してくれた。

 そこから何度か魔王とユッキーのやり取りが行われたんだけど、予想通り魔王は和平交渉に乗ってきた。ただし魔王が突きつけた条件はムチャクチャな物だった。使者は女神を立て、一切の護衛も武装も禁じるだったんだ。ただ、今回に限っては都合が良かった。一撃には武器は不要だし、下手な護衛は足手まといになるだけだったから。ユッキーは涙を流しながら、

    「必ず生きて帰るって約束して。生きてさえ帰れば私の命を引きかえにしても必ず助けるから」
 魔王の本営は農園の学校兼集会場だった。ここはとくに立派で、トンデモなく分厚い石造の壁で出来てる。なんであそこまで立派なんかの理由は忘れたけど、立派で有名なとこやってん。第一次包囲戦で農園から引き払った時に壊しかけてんけど、頑丈過ぎて壁が一枚分残ったままになっててん。魔王はこの壁を利用して本営を作ってた。

 この日のコトリと四座の女神の服装は女神の正装。見ただけで武装なんてどこにもしてないのがわかるぐらいやったけどアングマール軍の連中は、

    「武器は持ってないな」
見たらわかるやろと思たけど、
    「女神は信義を尊びます。貴国もそうだと信じております」
 こう言うたら引き下がってくれた。ここで『脱げ』言われたら、どうしようかと思たわ。アングマール軍の連中も建前上は使者やから、そこまで言えんかったんやろ。

 本営は残っていた石の壁に木材の壁と天井を足し、床まで張ってあった。石の壁の前が一段高くなっていて上段のつもりらしい。そこにゴテゴテした趣味の悪そうな椅子が置いてあるの。どうも玉座みたいやった。石の壁にはタペストリーが掛けてあるけど、どうにもコトリの趣味にはあわへん感じ。まあ、他人の趣味やし、ましてやクソ魔王の趣味やから、合った方がケッタクソ悪いわ。

 玉座の左右にはアングマール軍の幕僚らしいのと、部屋中にも外にも完全武装のアングマール兵がテンコモリいた。こりゃ、絶対とっ捕まえる気がマンマンなのが剥きだし過ぎて内心ワロタぐらい。そうこうしているちに、

    「王のお成り」
 なにが『お成り』じゃと腹では笑とったけど、ここは使者やから神妙なフリだけして頭下げとった。魔王は上段の横の扉から入って来たんやけど、御大層なことにラッパまで吹き鳴らしやがるんよ。さてどのタイミングで一撃を喰らわそうかと考えとってんけど、クソ魔王が椅子に座った瞬間やった。四座の女神がいきなりぶっ放したんよ。
    『ドッカーン』
 この距離やったら当たると期待しとってんけど、見事に外れて後ろの壁で爆発。それでも腰抜かした。四座の女神の一撃は後ろの分厚い石の壁を完全に粉砕してもたんよ。とにかく物凄い爆発でついでに天井は吹き飛び、木材で出来てた壁も全部倒れてもた。なんちゅう威力やねん。コトリの家の庭で撃った時は空に飛んだから良かったようなものやけど、家に当たってたら吹き飛んでたわ。

 クソ魔王の幕僚も薙ぎ倒され、兵士も吹っ飛んでた。コトリもひっくり返ってもて尻打って痛かった。そしたらね、コトリの足元になんか転がってるんよ。なんや思てよう見たら、爆風で玉座から吹っ飛ばされたクソ魔王やねん。すかさず、

    『ドスン』
 至近距離やったからバッチリ命中。あれ? 爆発せえへんやん。それにクソ魔王の野郎、まだ生きてるやんか。トドメさしたかったけど、セーブして撃ったつもりのコトリもフラフラ。とにかく一撃の負担は強烈なんよ。横見たら四座の女神が気絶して伸びとった。

 アングマール本営は大混乱になったけど、とにかく逃げることにした。アングマール兵はどうしたかって、舐めてもろたら困る。フラフラでも女神やで、本気出したら物の数やあらへんよ。そこいらじゅうの物を投げまくって追い払ってやった。女神の喧嘩の要領ってところ。

 本営出たらでっかい黒い馬がつないであってん、クソ魔王の馬やろ。これ幸いとばかりに四座の女神を乗せて後はエレギオンまでひとっ走り。トドメ刺せなかったんは心残りやけど、あれだけ痛めつけたら、当分はまともに動けんやろ。あのクソ魔王の野郎の回復力の遅さはわかっとるつもり。城門まで来るとユッキーが出迎えてくれて、

    「あら、コトリ。お土産付き」
    「エエ馬やで」
 アングマール軍は潮が引くように撤退していった。メイス、見てくれた。あんたが命を懸けて守りたかったエレギオンは守り抜いたよ。すべてメイスのお蔭だよ。途中から涙が止まらんようになったけど、これぐらいは今日は許してもらおう。

アングマール戦記:一撃必殺(1)

 コトリが部屋から出られない状態の時に魔王は動いたの。セラの戦いの結果を受けて三度目のエレギオン包囲に出てきやがった。でもコトリは寝込んだままだったの。ユッキーは、包囲戦下の忙しい中だったけど、出来るだけ時間を作って来てくれた。ユッキーはこうなった状態のコトリのことを良く知ってるから、最初のうちは部屋に来て黙って座ってるだけだった。

 でもやっぱりコトリも気になるから聞いちゃったの。そうしたらユッキーはポツリ、ポツリと戦況のことを話してくれた。ユッキーから聞く限りでは、既にアングマール軍に攻め手は残ってなかったみたい。三ヶ月も囲んで、梯子攻撃を一回やっただけ。ただ囲んでるだけみたいだったの。

 心理攻撃もあるにはあったけど、前回や前々回と較べると程度も期間も短かったみたい。その代りと言ってはなんだけど、城門前にしばしば現われて、攻撃ならぬ口撃を繰り返していたみたい。あれもある種の交渉かもしれないって、それでねユッキーは、

    「今度はコトリ抜きでもだいじょうぶみたいだから、ゆっくり休んでてね。だいぶ無理さしちゃったし」
 そんなことないの。これは全面戦争で総力戦なの。コトリが抜けた穴は大きいの。ユッキーはカバーするために、いつもの二倍は働いているはず。でも、そんな素振りはまったく見せないの。コトリも部屋を出られなから悪いと思いながら任せてたの。そしたら、ある日に、
    「これ、コトリも好きなお菓子よ」
 コトリは食べたんだけど、ふと見るとユッキーは別のお菓子を食べてるの。このお菓子はユッキーも好きなはずだから食べないのはおかしいの。気になってユッキーのを食べようとしたら、
    「ダメよ、これはわたしの分だから。コトリのはちゃんと作ってきたじゃない」
 でも気になって仕方がないから、強引に取り上げて食べてみて驚いた。甘くないのよ。そのうえパサパサ。
    「なによこれ」
 ユッキーがすまなそうにしてた。
    「蜂蜜も小麦もちょっと不足気味だから節約中なの」
    「そこまで・・・」
    「心配しないで、まだまだ食べ物は残ってるから」
 女神の生活は国民のお手本。食糧が足りなくなれば、率先して真っ先に削られるのが女神。ユッキーは既にその生活に入っていた。ユッキーは既に白いパンさえ当たらなくなっているのが、すぐにわかった。
    「じゃあ、昨日持ってきたのも、その前に持ってきたのも・・・」
    「コトリは病人だから別扱いよ。足りなくなったといっても、まだ女神がお手本やってるだけだから」
 ユッキーが持ってきたお菓子は、コトリの好物だけど、そんなに手の込んだものじゃなくて、エレギオンではありふれたお菓子だったのよ。女神の食生活ってそんなものなの。ところが侍女の目が食いつきそうだったの。それだけじゃないの、侍女もあきらかに痩せているのにもやっと気づいた。
    「ユッキー、ホントはどうなってるの」
    「だから、前も言ったじゃない。今回は口撃ばっかりで余裕なんだから」
 違う、ユッキーはウソついてる。女神の侍女たちも既に食糧は削られてるんだ。コトリはあの日から初めて部屋を出た。ユッキーや侍女は止めようとしたけど、振り切って一目散に台所に走って行ったの。見て驚いたわ、料理人たちも痩せこけてたのよ。
    「これは次座の女神様、なにかご用事ですか」
 無い、無い、もうなんにも無い。これだけ、たったこれだけしかないじゃないの。この時にすべてがわかったの。ユッキーもこの家の侍女や料理人たちは、自分たちの分をほとんど削ってコトリに食べさせてくれてたんだって。遅れて駆けつけてきたユッキーは、
    「バレちゃったか。コトリには心配かけたくなかったんだ」
    「どうして、言ってくれなかったのよ。コトリが寝ている場合じゃないじゃない」
    「ううん、今のコトリは休むべきなんだ。宿主代わりからの不安定期にあれだけ働かせたのを反省してる。あんなに働ける時期じゃないのを良く知ってるのに、ついつい働かせちゃった」
 そこに伝令が来て
    「じゃあ、ちょっと仕事があるから失礼するわ」
 その夜に侍女を呼んで話を聞いた。どうもユッキーから固く口止めされたみたいで、なかなか話してくれなかったけど、脅してでもしゃべらせた。アングマール軍の工作員が入り込んでいたみたいで、食糧貯蔵庫が幾つか燃やされてしまったみたいなのよ。
    「首座の女神様は、もうほとんど食べ物を口にされていないかと思われます」
    「まさか、コトリの目の前で食べてる分がすべてとか」
    「おそらく。あれもそうしないと次座の女神様が心配されると仰いまして、ほんの何口かだけ。あとはわたしたちに下賜されます」