渋茶のアカネ:サキ先輩の憂鬱

 オフィス加納では弟子育成の方針として、とにかく真剣勝負の場に放り込んで鍛えるのが基本で、アカネがやっている商店街の仕事もその一環。あんな小さな仕事を受けてるのは近所づきあいの意味もあるけど、弟子の育成用のためでもあるでイイと思ってる。

 でも間違っても練習用じゃない。アカネの初仕事もそうだったけど、イイ仕事のためには足が出るのも厭わないんだ。サキ先輩やカツオ先輩に聞いたら、やり直しは当たり前だって聞いたし、それでも気に入らなければツバサ先生やサトル先生が自分で撮ってたって言うもの。

 信じられる。あのツバサ先生がスーパーのチラシ用の特売の牛乳パックの写真を撮るんだよ。そりゃ、弟子はそうさせないように必死になるのは当然じゃない。オフィス加納での真剣勝負の場での育成とはそういうことなの。

 ちなみに次のステップはサキ先輩がやってる仕事。簡単にはオフィス加納の本気の収益業務のグンと依頼料の高い仕事。見てて羨ましいし、アカネも早く撮れるようになりたいって頑張ってる。


 この弟子の修業期間は、とくに決まってはいないみたいだけど、サキ先輩が聞いたところでは五年ぐらいが一応の目安らしい。それぐらいでモノにならなければ他の道を探すように言われるぐらいかな。

 これは必ずしもカメラマンをやめろって意味じゃなく、フォトグラファーの世界を目指すのは無理だって意味で良さそう。カメラマンも色んな方向性があるから、たとえば報道とか、珍しい花とか動物を探し出して撮るとか、写真館みたいなところで結婚式とか成人式、七五三を撮るとかもあるの。

 そういう方向性なら求められるのは技術で、技術だけならオフィス加納に五年もいれば鍛え上げられると見て良さそう。フォトグラファーになるのが難しいのは、技術は当然だけど芸術が求められる点なのよね。画家とか彫刻家みたいなものと似ているで良さそう。絵が上手い人は世の中にたくさんいるけど、プロの絵描きで食える人はほんの一握りだもんね。ツバサ先生の言い方だったら、

    『最後の関門は自分の世界を切り開けるかどうか』
 これは言い換えれば他人には撮れない写真を撮れるようにならなきゃいけないとも言える。わかりやすいのはツバサ先生の光の写真。あれは亡き加納先生とツバサ先生しか撮れないウルトラ・テクニック。

 サトル先生の渋い写真もそう。とくに女性の写真なんて凄くて、華やかじゃなく艶やかなんだ。まさに写真から色気が匂い立つって感じ。アカネもちょっと真似したことあるけど、渋いのはある程度は真似出来ても、どうしたらあんなに艶やかになるのか理解不能だもの。

 芸術系の宿命で最後の最後は本人が持っている才能になる気がしてる。努力だけで越えられない壁としても良いかもしれない。たぶんだけど五年頑張っても自分の世界を切り開ける目途も立たなければ、何年やっても同じぐらいとされてる気がする。アカネにそんな才能があるかどうかだけど、今はあると信じて頑張ってる。


 サキ先輩はアカネより入門年次が一年早いから四年目。さっぱりした姉御肌で面倒見が良くて、アカネもどれだけお世話になったかわからないぐらい。歳はバラしたらいけないかもしれないけど、きっちり大学を卒業されて、他のスタジオで四年間勉強されてるからもう三十歳になられる。

    「アカネ、ちょっと付き合って」

 週末の仕事帰りに商店街の串カツ屋に。学生相手の店で、安くてボリュームがあって美味いので、いつも大賑わいのお店。串カツにビールは最高の組み合わせとアカネは思ってる。さてなんだけどサキ先輩の表情がちょっとどころやなく暗い。

    「もう四年目なんだ・・・」

 アカネが三年目だからそうなるけど、

    「アカネを見ていてわかった気がする」
    「なにがですか」
    「サキはしょせん押しかけ弟子だって」

 サキ先輩は情熱家でもある。なにしろ入門のためにオフィスの玄関で一ヶ月籠城してるんだもの。そのせいで、オフィス加納では押しかけての弟子入り志願はタブーになってるぐらい。

    「そんなことありませんよ、あれだけ上手なのに」
    「上手か・・・今だけならアカネより少し上手だけど、こんなもの差じゃないよ。時間の問題でアカネは追いつける」
    「その時間の間にまたサキ先輩は先に進むじゃないですか」

 あれっ、サキ先輩、ちっとも箸が進んでいないじゃない。

    「アカネ、先に進んだらどうなると思う」
    「どうなるって、ドンドン進んで・・・」
    「そう壁にぶち当たる。最大の壁にね」

 ふと気が付いたようにサキ先輩はアスパラのベーコン巻を口にして、

    「入門の時にツバサ先生にはっきり言われたの。サキにプロは無理だって。でもいつまでも籠城されたら迷惑だからって、お情けで弟子にしてもらったようなもの」
    「そんなぁ」
    「うふふふ、サキだって真に受けてた訳じゃないよ。絶対に才能はあるはずで、ツバサ先生に目に見えてないだけだって」
    「そうですよ、絶対にありますよ」

 今夜のサキ先輩は変だ。こういう時にこそ少しでも励まさなきゃ。

    「自分の才能はどこにあるんだろうって、ずっと探してた」

 アカネの才能ってなんだろう。考えたこともなかった。

    「それでね、やっとわかった気がする。才能は探すものじゃなくて持ってるんだって。カツオ君もそうだけど、それよりなによりアカネにね」

 えっ、アカネが、

    「柴田屋の仕事を見せてもらって痛感したのよ。こんなに差があるんだって。それだけじゃないわよ、ペンギンとかライオンもビックリした。あれはサキもやったけど、絶対に敵わないと思ったもの」
    「あんなのはアイデアだけのものです」
    「コロンブスの卵は、最初にやったコロンブスが偉大ってこと」

 サキ先輩のあんな寂しそうな顔を初めて見る気がする。

    「ツバサ先生にさ、ここのところずっと言われてるのは、
    『サキ、これで満足してるのか』
    サキなりに創意工夫の限りを尽くしたつもりだけど、言われたらわかるのよね。単に上手く撮っただけの写真だって。何かが足りないのよね。何が足りないかずっと考えていたんだけど、アカネの写真を見てわかった気がする」
    「アカネのはマグレ当たりです」
    「才能とは足りないものを最初から持ってるんだって。凡人は足りないことだけは気づくけど、それを得ることはできないんだろうって。アカネ、あんたの写真は悔しいぐらい光ってるよ」

 そうかなぁ。アカン、アカン、ここでアカネが喜んでどうするの。今日のアカネはサキ先輩を励ます役なんだ。

    「たったの四年じゃないですか。大器熟成って言葉もあるし」
    「それを言うなら『大器晩成』。ツバサ先生がアカネを弟子にした理由がよくわかったもの。ここまで見えてるんだって。アカネはプロになれるよ。でもサキは・・・」
    「サキ先輩も必ずプロになれます。アカネが保証します」
 アカネが保証したどころでサキ先輩が元気になるはずもなく、この夜は大変だった。アカネがいくら止めてもベロベロになるまで酔っ払い、カツオ先輩にも頼んでサキ先輩のアパートまで担ぎ込んでもらったのよ。もちろん心配だから朝まで介抱してた。だって、あんなに酔っぱらったサキ先輩を初めて見たんだもの。


 サキ先輩は週が明けても出勤してこなかったんだ。心配で見に行こうとしたらツバサ先生は、

    「ほっとけ。それより仕事だ」

 冷たいと思ったけど、ここでアカネまで抜けると仕事が回らなくなるのは現実で、アカネもサキ先輩の穴を埋めるためにフル回転。そしたら夜になってツバサ先生に呼ばれた。

    「・・・サキはそんな事を言ってたのか」
    「ツバサ先生、サキ先輩には才能がありますよね」

 ツバサ先生はじっと考え込んでから、

    「誰にでも才能はある。でもね、アカネ、その才能が写真に向いているとは限らないってこと」
    「アカネはサキ先輩に才能があるって信じてます」

 ツバサ先生はゆっくり立ち上がり窓に手をかけ、

    「サキには悪いことをしたと思ってる。あの時にホースで水をぶっかけてでも追い払っとくべきだった」
    「そんなぁ」
    「三年間もサキの人生を浪費させてしまったと反省してる」

 振り向いたツバサ先生は、

    「アカネ、だから追ってはいけない。ここに居たって悲しい思いをするだけだよ」
    「どうにか、ならないのですか」
    「アカネも覚えとくんだ。プロの世界は才能があってもダメな時はダメなんだ。才能のあるものが死に物狂いで競い合って生き残った者だけが食える世界だよ。そこに才能の無いものを引きずり込むのは罪深いことなんだ」

渋茶のアカネ:写真勝負

 まさかやらされる羽目になるとは思わなかったのよ。だってだよ、アカネは端くれでもプロだし、東野の腕は落ちてるし、そのうえアマチュア。勝って当然だし、インチキされて負けでもしたらアホらしいって頑張ったんだけど、

    「こういう修羅場もイイ経験だよ」

 勝負の場は祝部写真教室って事になって、ツバサ先生もどうしても付いて行くっていうのよね。そりゃ、付いて来てくれたら心強いけど、なんか子どもの喧嘩に親が顔を出すみたいな感じじゃやない。だから止めたんだけど聞いてくれなくて、

    「アカネ行くよ」
 見てビックリした。ツバサ先生、変装してるの。あれじゃ、余程知ってる人じゃない限りツバサ先生ってわかんないぐらい。なに考えてるんだろ。さて勝負の場になる祝部写真教室は元町六丁目の古いビルの中。

 元町商店街もかつては栄えていたんだけど、西の方から順番に寂れて行って、三丁目ぐらいまではまだしもなんだけど、六丁目ともなるとかなりって感じ。そのせいで古いビルの家賃が下がっていて、ビル全体が若手芸術家のアトリエみたいになってるところもあるのよね。祝部写真教室もそんなビルの一角にある感じ。

 入っていくと写真教室の生徒みたいなのがずらり。やな感じ、なんか道場破りに来ている気分。アカネがやってるのは写真であって武術じゃないんだけど。そしたら東野が、

    「アカネ、逃げなかったのは褒めてやる」
    「ふんだ、これぐらいのアウェイのハンデをあげても勝負になんかならないわよ」
    「言うか」
    「なにを」

 そこに祝部老人が、

    「勝負は人物写真とする。モデルは当教室の生徒だ。撮影条件はこちらで設定したものを使ってもらい、変更は禁止だ。つまり与えられた条件でカメラだけで撮ってもらう」

 えらい不利な条件じゃない。どうせそのモデルで、この撮影条件でトレーニングしてただろうし。それにアカネはペンギンとか、ライオンとか、トラとか、カルガモは撮ったことあるけど、まだ人物写真を仕事で撮っていないし。

    「なにか質問は」
    「相手のカメラをチェックさせて頂いて宜しいですか」

 先に撮ってるかもしれないものね。

    「御心配には及ばん。ここに新品のSDカードを用意してある」

 ほぅ、祝部老人もわかってるじゃない。目の前で開封して、マークを書きこんで、

    「双方のカメラをここに」

 そこで東野の野郎が、

    「あははは、アカネ、まだそんな初心者用カメラを使ってるのか」
    「悪いか。これで負けたら赤っ恥だぞ」
    「せいぜい頑張りな」
    「お前こそな」

 チクショウ、良いカメラもってやがる。これも勝負の前にツバサ先生に相談したら、

    『あん、アカネはプロだから、それぐらいハンデあげなきゃ』

 どんだけハンデあげるんだよ。アウェイだし、相手はトレーニング済みの撮影条件だし、カメラもアカネのは八年前の入門機だし、審判の爺さんだって東野の先生だし。

    「時間は三十分ずつとする。先攻は泉君でイイかな」

 またハンデ。撮影は教室の真ん中に座ってるモデルを撮るんだけど、全員が見てる前で撮るから、先に撮った方は相手の狙いとか見ることが出来るのよねぇ。それ以前に後攻だったら、東野が撮ってる間に作戦を考える時間があったのに。ツバサ先生を見ると涼しい顔してる。

    「始め」
 エエイ、ヤケクソだ。人物写真だから被写体の魅力を引き出すのがテーマだよね。さて、この女の魅力がどこかになるんだよね。あちゃ、ここでもハンデか。ニコリともしやがらない。そっか、そっか、どんな表情しようがモデルの勝手ってわけか。きっと東野の時にはニコニコ微笑むつもりなんだ。

 仏頂面のモデルが相手となると・・・うんと、うんと、そう言えばいたよそんな奴。あの時にツバサ先生がどう撮ったかというと・・・その手で行くか。時間もあんまりないから、真似させてもらおう。

    「終り」

 ふう、ふう、ふう。なんとかなったはず。それにしても一度ぐらい笑えよな。祝部老人にSDカードを渡して椅子に座ったんだ。ツバサ先生は相変らず涼しい顔。

    「始め」

 東野の番になったら、予想通りモデルの女は微笑み始めたよ。勝つためにそこまでやるかと思ったけど、東野の野郎、エライ緊張してるな。どうして、こんな座興みたいな写真勝負にあそこまで緊張するのか不思議だ。ありゃ、汗までかいてやがる。あんなに緊張したら、肩に力が入り過ぎるから良くなんだけど。

    「終り」

 東野の野郎、滝のような汗をかいてるじゃない。なんか変な病気か。東野も祝部老人にSDカードを渡して、さあぁ判定だけど。あの爺さん、いきなり、

    「判定は泉君の勝ちじゃ」

 えっ、えっ、写真も見てないじゃない。東野が抗議してる。そりゃ、するよね。逆の立場だったら、アカネだってするもの。祝部老人は東野の抗議を一切無視して、ツバサ先生のところに歩み寄り、

    「麻吹先生、本日は御多忙の中、座興に付き合って頂きありがとうございました」
    「お互い弟子を鍛えるのは大変ね」
    「ごもっともです」

 東野の野郎が豆鉄砲喰らった鳩のようになってた。

    「麻吹先生って、あの麻吹つばさ・・・」
    「そうじゃ、泉君はその愛弟子で、既に渋茶のアカネと呼ばれるほどのプロじゃ」

 渋茶は余計だ。でも、なぜ知ってるんだろう。帰り道で、

    「祝部さんはどうして写真も見ずに判定が下せたんですか」
    「あれだけ差があれば、プロならわかるよ」

 そうかもしれない。東野の奴、緊張の余りか、ロボットみたいな動きになってたものな。しっかし、ホームで、インチキ同然の必勝条件をあれだけそろえて緊張しすぎだろ。

    「東野の奴は緊張しすぎですよね」
    「あれ、こういうシチュエーションなら、あれぐらいは誰でも緊張するさ」
    「でもアカネは・・・」
    「アカネはあれぐらいじゃ、プレッシャーなんて感じないようにしてある」

 たしかに。それにしてもツバサ先生は、祝部老人の事を知ってたみたいだけど。

    「そりゃ、狭い世界だからね」

 まあ、プロとして食えてるのは少ないけど、

    「でもよく先生のことがわかりましたねぇ」
    「だからプロだって。これぐらいの変装ならわかるよ」

 そう言われれば、そうかもしれない。なんとなく祝部老人とツバサ先生が組んだ芝居を演じさせられた気がしたけど、これで高校以来の因縁の東野にリベンジ出来たようなものだからヨシとするか。

渋茶のアカネ:アカネの実力

 柴田屋のアカネ極渋茶の仕事の成功で、アカネにも仕事が定期的に回ってくるようになってくれた。と言っても、商店街の仕事だけど張り切ってやってた。相手は特売のパックの牛乳とか、洗剤だったけど、カネを稼ぐプロの仕事だもの。そしたらツバサ先生が、

    「そろそろ動くものを撮ってみようか」
 こう言ってくれたの。なんだろうと思ったら動物園のペンギンの撮影だった。あれも難しいんだ。とにかくオフィス加納の看板を背負わされてるから、ありきたりのものじゃツバサ先生が納得するはずないじゃない。

 ライオンとかトラはもっと難しかった。とにかく動いてくれなくて、開園から閉園まで頑張ってもダメ。頼み込んで閉園後から休園日まで頑張って、なんとか思うものが撮れた。水族館の大水槽の仕事もあったし。カルガモ追っかける仕事もあった。ツバサ先生のアカネの今の評価は、

    『アイデアの泉』

 泉はアカネの苗字に引っかけてのもの。作品が出来上がると、指導や指摘も入るけど、その前に、

    「おもしろいね。狙いがイイ。これは何を撮るかをしっかり理解していないと思いつかない」
 最近気になってるのはアカネの実力。どれぐらい付いてるんだろうってところなの。オフィス加納内では単純で、マドカさんの上ぐらい。つまりは下から二番目。外部の評価で手っ取り早いのはコンクールだけど、オフィスの内規で加納賞にも、麻吹賞にも応募できないのよ。まあ、これはわかるけど。


 そんな時にヒョッコリ会ったのが東野滋。こいつは中学の時から知っている。背は高いし、アカネの好みじゃないけど甘いマスクのイケメンってやつ。そのうえアカネが大苦戦した英語がペラペラ。教師よりよっぽど上手かった。

 理由は帰国子女ってやつ。中学校に入る前の三年ぐらいアメリカに住んでたみたい。ほいでもってスポーツも出来る。いわゆる本場仕込みのバスケってやつで、県大会まで行ってたし、県選抜にも選ばれてたはず。

 家も金持ち。東野工業っていえば二部上場の名の通った会社で、そこの跡取り予定。次期次期社長ってところかな。父親のアメリカ赴任に引っ付いて東野も行ってたぐらい。平たく言えばお金持ちのボンボン。

 高校は私学に行くと思ってたら、なんとアカネと同じ県立高校。もっともアカネは泣き泣き滑り込みで入ったけど、東野の野郎は余裕の単願。もっとも同じ学校だったけど、高校までは殆ど接点はなかったんだ。


 アカネは中学の時になかった写真部が、高校にはあったから勇んで入部したんだけど、なんと東野の野郎がいやがるんだ。アイツならバスケ部と思ってたけど、

    「あんな汗臭いものは中学までで十分。日本じゃプロになる意味もないし」
 まあ他人の勝手だけど、東野が入部したっていうだけで写真部の入部者が三倍になったって話だった。でもさぁ、でもさぁ、写真の腕で負ける気はなかったのよ。だってアカネは小学校からの筋金入りだし、東野は高校から始めたド素人みたいなものじゃない。

 でも悔しいぐらい東野には、写真の才能もあったと認めざるを得なかったの。アッと言う間にアカネどころか先輩たちも追い抜いてしまった感じかな。アカネも頑張ったけど、アカネが唯一賞を取った神戸まつり協賛写真展でも、一般の部の神戸市長賞を取ってたぐらい。ちなみにアカネは高校の部の入選。

 他にも県文化祭や、全国高校写真展なんかにずらりと入賞。ただの入賞じゃなくて、特選とか、なんとか賞とかゴッソリ。でもプロにはならなかった。

    「写真でメシを食うってか。夢見るほどバカじゃない」

 大学もアカネは辛うじて三明大、東野は余裕で港都大。二度と会うこともないと思ってたんだけどバッタリって感じで会っちゃったんだ。なんとなく大学を中退したのが言いにくくて適当に話を合わせていたんだけど、

    「アカネも写真続けてるのか」

 テメェに『アカネ』と呼び捨てされる筋合いはないと思ったけど、

    「部長も続けてたんだね」

 そう、東野は三年の時の部長。

    「今度、個展やるんだけど見においでよ。アカネの勉強になると思うよ。まあ、アカネのレベルじゃ、参考にもならないだろうけど」

 そう言われて案内状を渡されちゃってバイバイ。オフィスに帰ってからもムカムカしてた。東野を嫌いな点は才能を鼻にかけるところ。ちょっとは謙虚になればイイのに。出来ないやつを見下しやがるんだ。あの野郎の口ぐせは、

    『人間はサルより進化してるはずだけど、そうでもないのがいるのが良くわかる』
 そういや、カメラも散々バカにされたっけ。アカネのカメラは中学の時に泣き落としで買ってもらったもので、いわゆる初心者向けの入門機。でもデジイチだし、ちゃんと撮れるし、今だって使ってる。買い替えるカネがないのもあるけど、アカネのお気に入り。

 ところがところが東野の野郎は、毎年のように最新機種に買い替えてた。レンズだってアカネは基本セットのズームレンズ一本きりだったけど、あの野郎はカメラを買い替えるたびにゴッソリ買ってやがった。別にカネがあるから勝手だろうけど、

    「アカネ、腕の差もあるけど、そんなカメラじゃ、あははは」

 ウルサイわいと思たけど、勝てないから言い返せないものね。なんか東野ことを思い出すとムカムカして、オフォスで愚痴ってたらツバサ先生が、

    「アカネ、自分の今の実力を知りたいって言ってたね」
    「え、ええ」
    「その個展を見ておいで。アカネの実力がわかるから」
 そう言われちゃったからシブシブ見に行った。それにしても相変わらずカネ持ってるねぇ、イイとこ借りてるもの。ナンボしたんやろ。素人の趣味で開くには贅沢すぎるやろ。まあそれは置いといて、どれどれ、ふ~ん、こんな感じか。

 たしかに基本は守ってるし、小綺麗に撮ってるけど、東野の写真ってこんなもんだっけ。これもそうだけど、ピントの切れが甘いし、色の映えもイマイチ。こっちは構図がありきたり過ぎるし、こんなんじゃ、なにがこの写真のテーマかボケちゃってるよ。

    「アカネ、来てくれたんだね。勉強になるぐらいは写真の腕は上がったかい」

 だからあんたに呼びつけで呼ばれる筋合いはないって。カチンと来たから、お世辞抜きのホントの事を言ってやった。

    「大学に行って下手になったんじゃない。アカネだったらこんな写真を人様に見せて個展なんてやる度胸は無いよ」
    「アカネに何がわかる」
    「アンタじゃわかんないよ」
    「これは祝部先生が認めたものなんだ」
    「誰よそのハフリベって」

 大声の口論になったものだから人だかり、

    「そこまで言うならアカネの写真を見せてみろ。いや、撮り較べで勝負だ」
    「やだよ。そんなにアカネはヒマじゃない」
    「三流私大が忙しい訳ないだろう。尻尾を巻いて逃げる気か。この口だけ女」
    「なにを! 留年決定だからカメラで遊んでるんだろう。この高慢ちき男」

 同級生同士だからヒートアップしたところに一人の男がツカツカと。いくつぐらいだろ、頭は禿げちゃって、ヒョロッと細くて白い髭まで蓄えたご老人。なんか仙人みたいにも見えなくはない。

    「東野君、落ち着き給え」
    「はい、先生」

 名刺をもらうと祝部写真教室の校長って書いてあった。東野の写真の先生ってこのジジイだな。それにしても『ハフリベ』じゃなくて『イワイブ』とか『シュクブ』じゃないのかな。ようわからん。

    「この諍い、この老人に預けて頂けんかな」
    「どう預かるって言うのよ」
    「後日、撮り較べで決着はいかがかな。あなたも東野君の個展を乱したのだから、それぐらいは協力してもらっても良いはずじゃ」

 なんだ、なんだこの展開は。どっかの安っぽい料理勝負漫画みたいじゃない。でも、たしかに東野の個展を乱したのは間違いないから、その責任ぐらいはアカネにもあるのは、わからないでもないけど。でも、どうしよう。そうだ、適当に逃げを打っとくか

    「では追って祝部さんにご連絡で宜しいですか」
    「それで結構」
 ふんだ。こんなもの連絡しなければ、これでオシマイ。ああ気分悪かった。帰り道に思ったんだけど、東野も下手になったものやな。よくあの程度で個展を開こうなんて厚かましいにも程があるってもんだよ。

 それと、あの祝部って老人も勝負なんかさせる気ないやろ。本当にその気だったら、アカネの連絡先ぐらい確認するものね。まあ、勝負を条件にしないと東野の野郎も収まりが悪いぐらいだよ、きっと。ああいうのを年の功っていうんだろ。


 翌日になってツバサ先生から、

    「アカネ、どうだった」

 東野があんまりヘタクソになっていて参考にもならなかったって言ったら、

    「アカネはそう感じたのね」
    「そうですよ、時間の無駄でした」

 そこから東野と口論になった話をしたら、

    「へぇ、弦一郎ってまだ生きてたんだ。で、写真教室の校長か。まあ、それぐらいだろうな。それで写真勝負ってか。出来の悪い漫画のストーリーみたいじゃない」
    「そうなんですよ。勝負って言っても判定が祝部って人なら、東野の肩を持つに決まってるし」
    「まあ、普通はそうなるけど・・・おもしろそうだから、やってみたら」
    「ツバサ先生、冗談じゃないですよ」

 あちゃ、こういうもめ事は嫌いじゃなかったんだ。

    「そうだな、勝負だから立会人もいるよな・・・」

 まずい、ツバサ先生がその気になっちゃった。まさか喧嘩をやらかす気とか。

    「えっと、えっと、勝負会場に塩なんて置いてないだろうから・・・」
 うわぁ、その気マンマンだ。

渋茶のアカネ:新弟子マドカ

 今の弟子は四年目のサキ先輩とカツオ先輩、三年目のアカネの三人。アカネが入った後の翌年は弟子採ってないのよね。理由を聞いたら、

    「二年連続で弟子取ったからね」

 ギャフン。最初の下積み期の撮影遅延が経営に響いてたって。たしかにあれはひどかったもんね。あんなもの毎年やってたら、オフィスが潰れてもおかしくないもの。もう一つは弟子入り基準のシビアさ。珍しくツバサ先生が書類審査やってたんだけど、審査の早いこと、早いこと。

    「ボツ、ボツ、ボツ、ボツ・・・」

 写真をチラッと見るだけでゴミ箱行き。よくアカネが選ばれたと思うほどのボツの山。溜まっていたのを見る見る片付けて、

    「ああ、サッパリした」

 そんな時に面接試験。思い返せばアカネが入門して以来、面接試験なんて一度も無かった気がする。気になるかって、そりゃ気になるから、応接室に普通のお茶淹れて持って行った。

    「・・・新田まどかさんね」
    「はい」
    「経歴は大学卒業後に赤坂迎賓館スタジオに三年間勤務だね」

 あっ、聞いたことある。東京で一番厳しいスタジオって評判で通称『虎の穴』。アカネは虎の穴って言われてもわかんなかったけど、大昔のアニメに出てきた地獄の訓練所みたい。もっとも、なにを訓練したのかはしらない。写真じゃないだろうな。

    「こっちに移る理由は」
    「自分をより成長させるためです」
    「ふ~ん。まあいい、三十分あげるから、ちょっと撮って来てくれるかな。この近所の風景でイイよ」

 懐かしい。アカネもああやって試験されたんだ。

    「ツバサ先生、どうなんですか」
    「ほら、見てみ」

 渡された写真だけど。上手いのは上手いけど。ここはもうちょっと工夫があってもイイ気がするし、この構図は平凡過ぎるし、これは露出をもうちょっと工夫した方が・・・二年間も修業していた割にはイマイチ感がテンコモリ。

    「もう一つって思ってるだろ」
    「え、ええ、その、二年やられた割には・・・」
    「赤迎にいたんじゃ、こんなものさ」

 どうなるかと思っていたら採用。

    「サキ、アカネ、面倒見てやってくれ」

 ツバサ先生の弟子になった。でもちょっとやりにくい。アカネも二十二歳になるけど、あの人は二十六歳。入門年次はオフィス加納ではアカネの方が早いけど、他のスタジオの勤務歴を考えると、えっと、えっと。

    「新田まどかです。マドカとお呼びください」

 それはそれは礼儀正しい。話してみると写真理論にも詳しい。サキ先輩に、

    「出来そうですね」
    「どうかな」

 この日はオリエンして神戸に来るのは、準備もあって数日後ってお話。

    「ツバサ先生、マドカさんはどこから始めるのですか」
    「あん、アカネと同じだよ」

 マドカさんは朝早くに出勤して来て、オフォスの掃除をしてるのよ。花なんか生けてあって、どこのオフォスかと思ったぐらい。お茶を淹れさせても渋茶なんか出さないし、言葉遣いとか礼儀作法とかビシッって感じ。アカネがさんざん怒鳴られまくった用具の手入れも完璧。でもツバサ先生はボソッと、

    「赤迎上がりだからな」

 この日はスタジオ撮影だったんだけど、ツバサ先生から、

    「サキ、アカネ、いつもの三分の一ぐらいで動くから、そのつもりでね」

 ああ、あのユックリ・ペースでマドカさんの能力をテストする気だ。でもあれぐらいなら出来るはずよね。

    「マドカ、そうじゃない」
    「こら、そこにいたら邪魔」
    「もたもたしない」

 あれ? デジャブが。どうして出来ないんだろう。こんなにユックリやってるのに。あ、そうか。ツバサ先生の撮影スタイルが読めてないだけに違いない。でも何日経っても、

    「マドカ、そうじゃない」
    「こら、そこにいたら邪魔」
    「もたもたしない」
    「泣くな、止まるな、動け」

 ちっとも改善しないのはどうして。なんか三年前のアカネを思い出しちゃった。そんなマドカさんが、ちょっと相談したい事があるって。アカネもサキ先輩やカツオ先輩によく相談させてもらったから張り切って応じたんだ。

    「アカネ先輩」
    「アカネでイイよ、年下だし」
    「少しお聞きしても宜しいでしょうか」

 ここからかみ合わない会話が始まったの。

    「麻吹先生や星野先生の自宅の当番は誰がされてるのですか」
    「なにそれ、ツバサ先生の家なんか行ったことないよ」
    「じゃあ、先生の家の掃除とか、洗濯とか、お買い物とか、庭の手入れは誰がされるのですか」
    「自分でやってるんじゃない。彼氏が主夫してくれてるって聞いたことないし」

 なんで他人の家の家事までやらなあかんのよ。

    「事務所の掃除はどうされているのですか」
    「年末の大掃除の時にはやるかな。ツバサ先生なんて凄い格好でくるから楽しみにしてたらイイよ」
    「麻吹先生が自らお掃除されるのですか」
    「サトル先生もだよ」
    「普段は?」
    「スタッフの人と業者さんがやってくれてる」

 なにか異なものを聞くって感じで、

    「お茶くみ当番とかは」
    「とくに当番はないよ。手の空いてる人が適当にやってる。ツバサ先生やサトル先生も手が空いてれば淹れてくれるし」
    「先生が自らですか」
    「誰も手が空いてなければ自分で淹れるし」

 他にどうするって言うんだろ?

    「まず写真を見て頂くのはアカネ先輩ですか、サキ先輩ですか」
    「アカネが見たって意味ないよ。見るのはツバサ先生に決まってるじゃない」
    「先生自ら・・・どれぐらい」
    「今はマドカさんも余裕がないだろうけど、休日が出来るようになったら撮ったら見てくれるよ」
    「何枚ぐらいですか」
    「持って行ったら全部だよ。全部見てくれるのはありがたいけど、ツバサ先生はすべての写真にツッコミが入るから、時間がかかるけどタメになるよ」

 そしたらマドカさんは泣き出しちゃったのよね。

    「それ本当なんですか。先生の家の掃除や洗濯、買い物とか、事務所の掃除や、お茶くみ当番はここではないのですか」
    「見たことも聞いたこともないけど」
    「撮った写真も全部ツバサ先生が自ら見て下さるのですね」
    「それが師匠の仕事でしょ」

 なんで泣くのだろう。

    「マドカさんも、赤坂迎賓館スタジオの時にアシスタントやってただろ」
    「はい、アシスタント見習い補佐です」

 なんじゃ、そのゴチャゴチャしたのは。ここも良く聞くと、

    正 ← 副 ← 見習い ← 見習い補佐

 ちなみに見習い補佐になれば、その上の見習いに写真を見てもらえるようになるそうで、師匠が写真を見るのは正アシスタント以上だって。マドカさんは三年目だけど、それまで何してたんだろう。

    「アカネ先輩はいつからアシスタントになれましたか?」
    「入ってすぐに叩き込まれた」
    「一年目でいきなり正アシスタントですか」
    「正かどうかはしらないけど、ここでは見習いも補佐もいないの。だってマドカさんも入れて四人しか弟子がいないでしょ」
    「それは先生の家に詰めておられると思ってました」

 そういう世界にいればそう考えるのか。

    「でもあれだけ失敗して申し訳なく思っています。あれだけ失敗してもアシスタントとして使ってもらえるのにも感謝していますが、もうちょっと勉強させて頂いてからの方が良いと・・・」
    「マドカさん。それは絶対にツバサ先生に言ったらダメよ。アカネも悲鳴を上げて弱音を吐いたら、部屋中がビリビリ震えるぐらいの勢いで、
    『女の根性見せてみろ!』
    それこそ怒鳴り倒されたもの」

 もう唖然って感じのマドカさんは、

    「ここでは失敗は許されるのですか」
    「許されないよ。失敗すれば説教付きでガンガン怒鳴られる」
    「えっ、あんな懇切丁寧な指導は初めてです。それも先生から直接ですよ」

 どうにもわかりにくかったんだけど、三年も勤めていて師匠とは朝夕の挨拶ぐらいしかしたことがないそう。仕事もすべて『見て覚えろ』だったんだって。ここまで来てやっとわかったのは、アカネがツバサ先生とタメ口とまで行かないにしても、ごく普通に話をしているのを見て、余程の地位にいるとマドカさんは思ってるみたい。

    「アカネ先輩はどれぐらいで付いていけるようになりましたか?」
    「とりあえず今のペースに三ヶ月かかったけど」
    「よし、頑張ります」

 これは黙っておいた良いかもしれない気がしたけど。

    「マドカさん。今の撮影ペースは・・・」
    「ツバサ先生のペースは物凄いですね、さすがだと思いました」
    「いや、そう感じるかもしれないけど・・・」
    「これに較べると前のところの動きなんかスローモーションと思いましたもの」

 サキ先輩も似たようなことを言ってたけど、

    「マドカさん。脅すわけじゃないけど、今のはマドカさんのための練習用のペースなんだ」
    「ひぇ、あれで普段より遅いのですか。じゃあ、普段って今より二割かいや三割ぐらいさらに早くなるとか。それは頑張らないと」
    「いや、あの、その、もう少し早い」
    「まさか五割ぐらい早いとか。二倍なんてありえないものですね」
    「いや、えっと、その、今の三倍ぐらい」

 マドカさんは目をシロクロさせていました。どうにもチンプンカンでツバサ先生に聞いたら、

    「弟子の下働きってそんな感じのところが今でも多いんだ。なんか落語家の内弟子修業みたいなものをさせてる感じかな。赤迎はとくにそうだよ」
    「なんか意味があるのですか」
    「ないよ。単に自分がそうさせられたから、そうさせるものだと思い込んでるだけ」

 なんとなくわかるような。自分が辛かったから弟子にも当然させるってやつ。

    「そういうところの『厳しい』は、無駄に辛いだけってこと。マドカの写真が四年目にしたらイマイチとアカネが感じたのは、そんなことやってる時間が長かったからさ」
 なるほど、サキ先輩やカツオ先輩が言っていた、ここでの下働きはすべてカメラのためってのが、やっとわかった気がする。他所の厳しいとオフィスの厳しいは次元がこれだけ違うんだって。

渋茶のアカネ:初仕事

 オフィス加納があるのは商店街の一角。アカネも初めて行った時には、なんかゴチャゴチャしたところにあると思ったもの。ここの商店街も御多分に漏れずシャッター商店街だったみたいで、加納先生は大きな呉服屋さんが潰れた跡地を格安で買い取って建てたそうなんだ。

 でも今はかなり活気がある。落ち込むところまで落ち込んでから、生き残った店が核になって復活したってところかな。この辺はもちろんラッキーもあって、隣接地域が震災の再開発地域になって成功して人口がどっと増え、古い街が一掃され大学まで来たのは大きいと思ってる。商店街を通る人も若い人が多くて活気があるもの。

 だいぶ苦労したみたいだから、営業している店はどこも個性的で活気がある。商店街最大の店舗はスーパー大徳だけど、アカネも良く買い物に行く。ここの魅力は普通のスーパーとかでは規格外で商品にしないものをメインで売ってること。最初は違和感あったけど、とにかく安いから曲がったキュウリとかお化けナスビもお気に入り。

 ドラッグストアの幸福堂も繁盛してる。ここはヘンテコな健康グッズが妙に充実していてるんだけど、意外なことにカツオ先輩が愛好者。定期的に新製品を買い込んで来て、みんなに披露というか能書き垂れるのがオフィスの風物詩になってる。釣られて買うもの多数で、オフィス加納健康クラブなんて作ってる。

 食品関係ならまず佃煮の佃丸。ここの佃煮とか塩昆布はホントに美味しくて、遠いところからもわざわざ買いに来る人も多いみたい。磯自慢好きのサトル先生が佃丸の佃煮に宗旨替えしてしまったぐらい。

 アカネのお気に入りはコロッケの今井。もともと肉屋さんだったらしいけど、今はコロッケ専門店になってる。衣はからっとサクサク、お肉はジューシーで最高って感じ。支店もあちこちに出してるみたいだけど、本店もすぐに行列が出来て大変。本店オリジナル・コロッケが目当てかな。

 ブタマンの蓬莱軒も最近評判の店で、ここもまた潰れかけの中華料理屋さんだったらしいけど、ブタマン特化で奇跡の復活って感じらしいの。前にテレビで紹介されてから一挙にブレークした感じかな。

 甘いものなら田中のアイスキャンディー。あれも変わった店で、店の外装は愛想もクソもないグレーのコンクリ吹き付けの壁。そこに腰高窓ぐらいが空いてて、そこで売ってるんだよ。アカネはアイスキャディーも好きだけど、あそこのソフトクリームも好き。


 オフィス加納は地元商店街の仕事も請けてるんだ。これは加納先生の時代からそうだったみたい。さすがにツバサ先生やサトル先生が撮る事はあまりないけど、今ならサキ先輩やカツオ先輩が主に引き受けてる。

 仕事と言ってもチラシや店の売り出しポスターの商品写真だし、依頼料も地元割引で格安だけど仕事は仕事。アカネも横目で見ながら、早く撮らせて欲しいと思ってたんだよね。ちょうどヨーロッパ撮影旅行から帰った時にツバサ先生から

    「アカネ、柴田屋の仕事あるけどやってみるか」
 こう言われた時には飛び上っちゃった。柴田屋さんは老舗のお茶屋さん。なんでも江戸時代から続くとか続かないとか言われてるぐらいの商店街の主みたいなところ。店は建て替えたみたいで綺麗になってるけど、置いてあるお茶が入ってる箱とか、茶壺は年季が入りまくってる感じ。

 ここの御主人は老舗を受け継いだだけあって謹厳実直そうな方。ここのお茶は有名な茶道教室の御用達にもなっていて、御主人も茶道には堪能みたい。行ったことないけど、お茶室もあるってお話。

 渋茶の一件でリベンジするために、特製渋茶を頼みに行ったのも柴田屋さん。ちょっと敷居が高いと思ったけど、エエイと入ったんだけど、御主人の顔を見ただけでさらに敷居が高くなり、そびえたつ壁みたいに感じたのを覚えてる。

 でもここまで来たんだからと相談するだけしたんだけど、ニコリともせずにこう言われたのよ、

    「それは悪ふざけのために使われるのですか?」

 ヤバイと感じた。御主人はお茶のプロだし茶道だって詳しいから、お茶をオモチャにするような事は断られるに違いないと思ったもの。

    「いえ、いや、あの、その、ちゃんと飲みます」

 御主人は相変わらずニコリともせずに、

    「これは別注になりますから、少々お日にちを頂きたいのですか」
    「別注って高いのですか?」
    「いえ、既製品でないからだけでございます」

 なんか不安だったけど、数日後に出来上がったの連絡があり店に。

    「こちらでございます。お召し上がりになりますか」

 立派な茶筒に入った抹茶。御主人は相変わらずニコリともせずに淹れてくれたんだけど、飲んでみたら脳天突き上げるほど、

    「ぐぇ~、渋い」
    「お気に召して頂けたでしょうか」
    「うぇ、うぇ、は、はい。おいくらでしょうか」

 アカネはツバサ先生の弟子だけど、正式にはオフィス加納の社員。弟子にしたら給料はイイらしいけど、自分用のレンズやその他の用具の購入で財布はいつもヒーヒー状態。別注でわざわざ作ってもらってるし、なにか見るからに高そうな茶筒に入っているのでビビってたら、

    「お代? これは遊びで作ったもの、商品ではございません。茶筒も悪ふざけの小道具に必要でしょう」

 それから定期的にスペシャル極渋茶の補充に行くのだけど、

    「アカネさん、新作でございます」

 持って帰って試飲したら七転八倒するさらなる進化型。あんな謹厳実直な顔をしながら、よくまあこんな商品にもならないような渋茶の新作を次々に作るって感心したぐらい。そしたらね、そしたらね、ちゃっかり商品化して通販で売ってるのにはさすがに驚いた。あんなもの売れるかと思ったけど、

    「世の中には、こういう悪ふざけが好きな人の需要があるようです」

 予想以上に売れてるみたい。見た目とは逆になかなか遊び心のある人なんだ。一つだけ気に入らないのは商品名が、

    『アカネ極渋茶』

 いくらなんでもと思ったけど、

    「茶道には遊び心が重要です。アカネさんはよく心得ておられます」

 この時はタダより高いものはないと思った。それにしても、まさかあの極渋茶をお茶会で出してると思わないけど、案外出してたりして。それでもって、今回のお仕事はネット通販用の写真の差し替え。ツバサ先生は、

    「アカネにはまだ早いと思ったけど、柴田屋さんからの指名依頼だからね」

 撮る、撮る、撮るよ、渋茶のアカネが撮らなくて誰が撮るっていうの。でも念押しが、

    「アカネ、先に言っとくよ。どんな仕事だってオフィス加納の看板を背負ってるからね。それを肝に命じときな」
 大喜びで取りかかったんだけど、どう撮ればイイんだろう。ネット通販用の商品紹介の写真だけど、とにかくアカネの初仕事。普通に撮れば茶筒の写真。でもこれじゃ愛想ないよな。というか差し替え前と同じ。

 う~ん、どうしよう。これも定番だけど、抹茶を白い紙の上に載せて撮ってみた。そのバックに茶筒を置いてみたんだけど、いかにもありきたり。商品紹介だから、ありきたりでもイイようなものだけど、これじゃオフィス加納にカネ積んでまで頼む意味がないものねぇ。

 う~んと、う~んと、こういう場合は商品のアピールポイントを強調するんだ。ただアピールポイントって言っても、見た目じゃないものな。味は写真に写らないよ。そりゃ、これが料理写真だったら工夫の余地はありそうだけど、モノはお茶だし。あれこれ撮ってたら、

    「アカネ、頑張ってるか」

 ツバサ先生が顔を出され、それまで撮ったものをチェック。

    「まあ、こうするな」
    「でも、これじゃダメだと思うのです」
    「ほ、ほう、じゃあ、何を撮りたい」
    「このお茶の魅力です」
    「わかってるじゃないか。また見に来るよ」

 ツバサ先生も心配してる。いや、あれはアカネを試してるんだ。アカネがどれだけ写真をわかっているかって。でも答えはわかんないな。とりあえず飲んでみるか。

    「うぇ、渋い」
 よくこんなものが売れるよな。でも買いたい人がいるわけで、こういう商品を探している人もいるわけだ。そういう人が『おっ』と思わす写真を撮ればイイんだ。そう、この途轍もない渋さを伝える写真こそがこの商品の魅力のはず。

 でも、いくら撮ってもお茶はお茶だもんな。それにしても、柴田屋の御主人は思い切ったパッケージにしてる。だってさ、だってさ、デッカイ文字で、

    『渋』
 こうすれば、どれだけ渋いか一目でわかるものね。一目でわかるか、そうだよ、写真は一目でわかるから写真なんだよ。それにこれは商品広告、お上品な芸術写真じゃないんだ。アピールしたもん勝ちみたいなものじゃない。

 そういえば柴田屋さんの御主人からのアカネへの指名依頼ってなってたじゃない。わざわざ指名したのに意味があるはず。それにツバサ先生は、

    『アカネ、プロの写真には基本はあってもタブーも、ルールもないよ。あるのは売れる写真と売れない写真だ』

 ようし、これで勝負だ。それから三日間、あれこれ工夫を重ねてツバサ先生のところに、

    「先生、見て下さい」
    「どれどれ」

 ツバサ先生はひっくり返って笑ってた。笑い転げた末に、

    「アカネ、狙いは」
    「このお茶の魅力をストレートにかつインパクトをもって伝えることです」
    「たしかに、これ以上のインパクトは難しいかもしれないね」
    「合格ですか」

 ツバサ先生は、

    「合格だけど採用にはしない」
    「ダメなんですか」
    「アイデアは最高だけど、撮り直しだ。足が出るけど、それだけの価値はある」
    「はぁ?」

 アカネが撮ったのは極渋茶を飲んだアカネの渋い顔。ツバサ先生は、

    「モデル代が出るほどの仕事じゃないから、アカネがモデルになったのはわかるけど、さすがに禁じ手だ。オフィス加納のプライドにかけても採用できないよ。でも、これを見ちゃったら、他のどんなアイデアを出されても霞んじゃうものね」

 なんとプロのモデルを呼んでの撮り直し。仕事としては赤字になっちゃったけどツバサ先生は満足してた。ちなみに柴田屋のアカネ極渋茶の売り上げは五倍になったそうで、御主人も喜んでくれて、さらなる改良型のアカネ極渋茶を贈ってくれた。みんなに振舞ったら、

    「ぐ、ぐぇぇぇ、渋い」
 悶絶状態だったけど、初仕事としては成功かな。