術後ケモの状態は一進一退の綱渡り状態で、先週もフルタイムで仕事こそこなしましたが土曜日の午後に撃沈。夕食も摂れずにバタンQです。どうも体力の限界がその辺に来るようです。この辺は元の体力自体が手術から回復過程なのも関連しているで良さそうです。
そんな状況をエントリーに書く余力さえなかったのですが、今日は気分転換で思い出話です。モンキーを気に入っているのは小型軽量があるのですが、私はバイクだけでなくクルマも好きです。そういうクルマの原点みたいなものが初代ミラターボです。
初代ミラは1980年の発売で同時期のクルマならホンダなら初代シティ、トヨタなら86、日産なら鉄仮面ってところでしょうか。ミラを選んだ理由はあれこれありますが、ぶっちゃけで言えば値段とターボであることぐらいで良い気がします。あの頃はターボブームでしたからね。
とにかく40年ぐらい前の話ですから記憶は美化され切っているのですが、軽自動車も今とはだいぶ様相が違います。そりゃ、規格から550CC時代ですからね。それだけでなく実用車の色合いがかなり濃かった時代です。
と言うのも見た目は乗用車なのですが、中身は4ナンバーの商用車です。乗用車版はミラ・クォーレでしたっけ。商用車仕様になっているとどうなるかですが、荷物室が広くなります。そこは悪くないのですが、前部座席と後部座席の感覚がバーターとして狭くなります。そのために後部座席に人を乗せるのは難しくなるぐらいです。
短時間なら無理やり乗せる事は出来ましたが、前部座席もかなり前に詰めないと後部座席の人は足の置き場さえなかったですからね。もっともさして不便だとは思わなかったかな。そもそも3人も4人も乗せる事なんて少ないですし、そんなに乗せたら走らなかったのがあります。
当時はターボブームでハイパワー競争の幕開け時代の様相でしたが、初代ミラ・ターボは41馬力です。ノンターボの軽より3割ぐらいパワーアップしてますが、それでも正直なところ非力でした。平坦地はちゃんと走るのですが、峠道では苦戦させられました。
西名阪の五条坂とか、六甲山になると泣きそうになりましたからね。走らせている実感としてパワーゾーンが狭いんですよ。五条坂なら遅い車に引っかかったり、六甲山ならヘアピンで減速して回転数が落ちたらどうしようもなくなったのを今でも覚えています。ギアチェンジで頑張ってもどうしようもなかったのをよく覚えています。
内装もプアだったな。それでもシートは赤と黒のツートンだったり、ハンドルやシフトノブがナルディの演出はありましたが、フルトリムでなくピラーのところは鉄板でした。あれだってマグネットが使えると喜んでましたけどね。
さらに今の軽ならあれこれと収納の工夫が凝らされているはずですが、グローブボックス以外になんも無かった気がします。その辺は人が乗る予定がない後部座席を活用してなんとかなりまたけど。
作りもチャチだった。ドアだって閉まる時は「バシャン」で、ペラペラも良いところです。その代わり軽量で、ノンターボ版の重量しかわかりませんでしたが車体重量は550kgです。ターボ版はもう少し重いはずですが、それでもそれぐらいの軽量です。
当然のようにサイドウインドウは手動、ドアミラーではありましたがこれも手動。カーステも後付けでした。もっとも当時的には「そんなもの」ぐらいでしたけどね。そうそう夏のエアコンは効かなかった。とくに市街地走行は我慢比べみたいでしたっけ。
でも面白かった。この辺は青春の思い出が詰め込まれていまして、そんなクルマであちこちにドライブに出かけたのが不滅の輝きを今も放っているぐらいです。近畿のドライブガイドに書かれていたところは根こそぎぐらい訪れてますからね。
たぶんですがあのクルマが私の小型軽量好きの原点の気がしています。限られたパワーを振り絞って走る感じが楽しいってやつです。あれからハイパワー車も乗ったことがありますし、あれはあれで楽しかったですが、やはり原点に戻りたがるぐらいです。
もっとも懐かしんでもまた乗るかと言われたら・・・すぐにウンザリしそうです。そりゃ、120キロなんて出そうものなら車内で話も出来なくなりますし、クルマのあちこちが悲鳴を上げてる感じがしてきます。そうそう、エアコンの効きも悪かったですが、エアコンをかけるとガタンとパワーダウンするんですよね。
あれはあの年代に、あの若さで乗っていたから楽しかっただけです。ですが小型軽量好きだけは刻まれて今に至るぐらいです。だからモンキーは原点回帰かもぐらいです。膵癌になっていなくても人生は黄昏時に驀進しています。あんな時間は二度と訪れないのも人生か・・・