シノブの恋:見守る二人

    「コトリ、シノブちゃんだけど」
    「うん、面白そうなことやってるで」

 ユッキーも気づいたか。

    「コトリも参加したいんじゃない」
    「今回はやめとく」

 参加したいけど、シノブちゃんの恋路を邪魔するのはアカンやろ。それにしても因縁めいてるよねぇ。あのバーでホワイト・レディを飲んでる時に現れた男が、歴史オタクの医者だって。イヤでもカズ君とのことを思い出してまうやんか。

    「シノブちゃんって、もしかして」
    「らしいよ。宇宙船騒ぎで専務になってもたから、気楽にお付き合いなんて出来へんかったみたい」
    「そりゃ、悪いことしたけど、本当に愛する男だけにするのもロマンチックじゃない」

 あははは、ユッキーらしいわ。今でこそ必ずしもじゃなくなったけど、ユッキーの基本は純情一途のツンデレ愛だもんね。

    「コトリは見たの?」
    「うんにゃ、さすがにまだ」
    「一度コッソリ見てきたら」

 見てみたいけど、あのバーでコッソリは難しいな。つうか、会えばコトリも舞い上がってしまいそうなんや。そりゃ、コトリと歴史ムックを出来るほどの相手なんて、そうそうおらへんし。

    「思い出してるんでしょ」
    「そりゃ、そうや。あん時はユッキーに潰されたし」
    「しょうがないでしょ、呪いの封印があったんだから」

 ユッキーはそれを振り切ったばっかりに、百日の死を甘受してるもんね。あの時はシオリちゃんが勝って良かったとしか言いようがあらへん。悔しいけど。

    「式はどうする」
    「気が早すぎるで。ほいでも、いつかは三十階に来るやろ」
    「その時は問題ね」

 ここは考えたらなアカンとこやねん。シオリちゃんの恋の最大の障壁はエレギオンHDの専務であること。どうしたって男が退いてまう要素になってまうんよね。

    「会社、辞めてもらう?」
    「辞めへんやろ」

 エレギオンへの忠誠心も篤いんや。そうしたって部分もあるけど、前に記憶の継承を求めた時の迫力は凄かったし。

    「肩書増えるって不便だね」
    「でもそれぐらいは乗り切れるって信じてる」

 それでもコトリはホッとしてる。ミサキちゃんもそうやけど、シノブちゃんもまだ宿主代わり二回目やんか。どうしたって前宿主の記憶が残ってまうんやけど、新しい恋に熱中してくれてるやん。女神の最後の生きがいは恋なんや。これがちゃんと出来てるやん。

    「シノブちゃんなら間違わないと思うけど」
    「もし不幸な目に合わせよったら、タダじゃおかへん」
    「あは、さすがに親ね」

 気分だけな。

    「コトリはどうするの」
    「今回の寿命みてから考えるわ」
    「そうだよね、今まで通りだったら、十年ぐらいしか残ってないし」
    「困ったもんや」
 寿命もなんとかならんかな。せわしのうてしょうがないやんか。

シノブの恋:富士川の地形

 コトリ先輩が言っていた地形の問題に取り組んでる。調査部使えば簡単だけど、それをやったら趣味のムックの意味無い物ね。まずは当時の東海道からだけど、西から進めば玉葉の記録どおりに、

    十月十三日 手越駅
    十月十六日 高橋駅
    十月十七日 蒲原駅

 ここも十月十七日に蒲原駅に居たとは玉葉には書いてないけど、こう進んでいたで間違いない。この辺は海岸線沿いの狭いところだから、そんなに変わりようもないし。問題は十月十八日になるけど、そのためには当時の富士川の様子を確認しないと。まず十六夜日記は重要だと見てる。

ふし河わたる、朝川いとさむし、かそふれは十五瀬をそわたりぬる

 富士川を渡るのに十五ヶ所の瀬を渡ったとなってるのよね。これは富士川の支流が河口部にそれだけあったとして良さそう。言い換えれば今よりもっと川幅が広くて、中洲が点在していた感じだよね。

 現在の富士川は十七世紀の治水工事で変わったとなってるの。かつては東側にも幾つもの流れがあったのを、現在の富士川一本にまとめたぐらい。現在の富士川を西流とすれば、東流というべきものがたくさんあった事になる。

 ここでだけど現在でも田子の浦港があるけど、あれは吉原湊とも言って、中世の流通拠点だったのよね。それが江戸時代には衰退したのは、富士川の流路変更のために港の水位が下がってしまったとなってるのよ。つまり富士川の東流は田子の浦まで流れ込んでいたことになる。

 問題は当時の富士川の流れと東海道の走行よね。当時の富士川は東にも多くの支流を持っていたのはわかるとして東海道の駅家は蒲原の次が柏原なんだ。だけど蒲原駅からは北上して岩淵に東海道は進んでる。おそらく当時は富士川の河口付近を渡るのは難しかったからかもしれない。

 岩淵から真っ直ぐ東に向かうと・・・そっか、そっか、中道往還に当たるんだ。中道往還は甲斐から駿河に向かう街道なのよ。富士川の合戦に武田軍が来てるのは玉葉からも明らかだから、武田軍は中道往還を使って富士川に来ていたに間違いない。

 ん、ん、ん、平家越遺跡の辺りが東海道と中道往還の合流地点ぐらいになるじゃない。今なら富士市の本吉原駅の南側ぐらいだけど、ここなら富士川の東岸の平地みたいなところだから、陣地を置いても自然じゃない。こういうものは地図に書いてみないと。

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 柏原駅は須津沼の南側になってるけど、西に進むには吉原湊が通れないから北上してるんだ。そして平家越のあたりから岩淵に進んだんだ。

 地図では省略しちゃったけど、現在の富士川を西流とすると、当時は吉原湊に流れる東流もあって、その間はたくさんの支流があって、中洲が点在している感じ。

 ほんじゃあ、平家軍は蒲原駅からどこまで進んでたんだろう。富士川辺に陣地を構えたとなってるけど、岩淵じゃ遠い気がする。

 岩淵と平家越じゃ直線距離でも七キロぐらいあるもんね。なるほど富士川を挟んで合戦をやりたいなら、この広大な富士川を源平どちらかが渡らないといけないんだ。

 ほいでもって渡河する方が不利よね。十カ所以上も川を渡るだけで消耗しちゃうもの。だってユリウス暦の十一月だよ。寒さにもやられちゃうよ 探したら国土地理院に興味深い地図があった。土地の条件を示した地図なんだ。

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 これから見るとかつての富士川は東流もかなり大きかったのがわかるのと、東流と西流の間にかなり大きな中洲があったんじゃないかと推測できそうなの。

 当時の東海道は岩淵からまず西流を渡って中洲を横断し、それから東流を渡って平家越に至るって感じに見えるの。さらに言えば現在の富士市吉原本町駅辺りが平家越になるけど、その辺りは微高地みたい。だから武田軍は陣営を置いたんだろうって。

 ここで問題になって来るのが浮嶋原。武田軍は蒲原駅に居た平家軍に挑戦の使者を送ってると玉葉に書いてあるんだ。その決戦指定場所が浮嶋原。

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 浮嶋原がどこかだけど、その前に浮嶋沼ってのがある。これが一つの沼じゃなくて愛鷹山の麓に広大な規模の湿地帯を指すのよね。

 東海道が海岸線沿いに走っているのは浮嶋沼の南側の微高地地帯であったと見て良さそう。じゃあ、浮嶋原がどこかになるけど、浮嶋沼の西側に隣接する平家越あたりになると考えるのが妥当な気がする。

 源平武者の戦術は騎射特化だし、馬に乗った小領主が進めないところは、軍勢も進まないぐらいに考えて良いはずってコトリ先輩も言ってた。

 理由を聞いたら、矢を防ぐための鎧が重くなりすぎて、徒歩じゃ亀になっちゃうみたい。だから戦うなら平地を出来るだけ選ぶはず。

 なんとなく合戦の実相が見えてきた気がする。この辺で源平武者が大規模な合戦を行うなら、浮嶋原か、せいぜい富士川の中洲ぐらいになるんじゃなかろうか。ちょっと整理すると、

  • 武田軍は富士川の東側の浮嶋原に陣を構えていた
  • 平家側は蒲原駅から岩淵に進んだ
 この時点で七キロあるけど、川を渡ったのは平家軍のはず。戦術的には川を渡るだけで不利になるけど、平家軍は朝廷の命を受けた討伐軍だから、敵を目の前にして引き返す選択はないし、のんびり対陣できるほど兵糧も無かったはずなんだ。

 平家軍は玉葉によると十月十八日に富士川辺に陣を構えたとなってるけど、もうちょっと具体的には富士川西流を渡り、東流を前にして中洲で陣を構えたと考えて良いはずだ。武田軍もこれに呼応して富士川の東岸に軍勢を進めてきたぐらいかな。これは延慶本の描写にも一致するところがあるんだよ。

ひがしみなみきたさんばうはかたきのかたなり

 東と南と北の三方を取り囲まれる心理状態になったと読みかえても良いはず。この状態は岩淵で陣を構えていたら全面包囲になっちゃうもの。ここまで情報を整理したところで、

    「シノブちゃん、進んでる」

 コトリ先輩に聞いてもらったら、

    「さすがはシノブちゃんだね。コトリがやった時には、ここまで調べてないよ」
 よっしゃ、これで次回の準備はバッチリだ。

シノブの恋:平家の逃げた日

 伊集院さんに三度目に逢ったのは三週間もしてからになっちゃった。さすがは勤務医、忙しそう。その日はシノブが先に着いてたんだけど、

    「ゴメンナサイ、ちょっと遅れる」

 しかたがないからマンハッタン飲んで待ってたら、

    『カランカラン』

 やっと来てくれた。顔じゅうに申し訳ないって書いてあるようなもんだから、笑って許してあげた。シノブも頑張って予習したから、まずはお手並み拝見としよう。なんか、歴研との討論会を思い出すけど、あの時より気合入ってるよ。

    「論点は色々あるけど、結崎さんが興味を持ちそうなところから始めよう」

 ドンと来いだ・・・でもないけど。

    「ボクの仮説のポイントにもなるのだけど、富士川の合戦、とくに平家が退却したのはいつかなんだ」
    「それは十月二十日の夜だったはずですけど」

 伊集院さんはダークラムのロックを飲んでます。

    「結崎さんは平家物語を読んだことがありますか?」
    「はい」
    「どの平家物語を」
    「延慶本です」

 伊集院さんは意表を衝かれたようで、

    「読んだのですか。こりゃ、本格的だ」

 悪戦苦闘の末でなんとかレベルなのは黙っておこう。

    「あそこには十月二十四日の夜となってます」

 そう言われれば、そうだった。

    「でも吾妻鏡には十月二十日の夜と」

 またビックリしたような顔をされて、

    「吾妻鏡まで・・・」
    「読み下し文だけですけど」

 漢文も読んだけど手強いったらありゃしない。

    「吾妻鏡は正史に近いようなものだから、通説ではそっちを取るのが一般的かな」
    「じゃあ、実は延慶本の十月二十四日だったとか」

 伊集院さん、なにか嬉しそう。

    「ボクも十月二十四日は否定してる。吾妻鏡では十月二十三日には頼朝は相模国府に帰ってるってなってるんだ」
    「でも吾妻鏡も編集が多いとなってますが」

 伊集院さんはますます興味深い顔になって、

    「その通りだよ。だから、どこが史実で、どこが脚色かを見分けなきゃいけないんだけど、頼朝はその日に論功褒賞をやったとなってるんだ。ああいうものは日付が入るから、十月二十三日に頼朝が相模国府に居た可能性は高いと見てる」

 なるほど! そう読むのか。たしか吾妻鏡を編纂する時に平家物語も参考にしたってなってるけど、延慶本の二十四日を否定してまで二十日説を取ってるのがポイントみたい。

    「では吾妻鏡の十月二十日が正解」
    「そうでないと見てる。そこに吾妻鏡の編集が入ってると見てるんだ」

 伊集院さんは吾妻鏡の十月十九日の記事に注目してた。

    「この日は頼朝にとっても重要な日であったと見ても良いと考えてる。伊東祐親の詮議だからね」
 伊東祐親は南伊豆が地盤の豪族で、頼朝が蛭が小島に流された時に、まず親交を持とうとしたんだ。具体的には祐親の娘の八重姫を口説き落として千鶴丸まで産ましてるんだよ。これを知った祐親は怒りまくり、千鶴丸を殺して二人の仲を引き裂いちゃったんだ、

 吾妻鏡でも記述が長いのは、この詮議が当時の頼朝にとっても重要な出来事であるのを示唆していると伊集院さんは指摘してる。

    「言い方を変えると、吾妻鏡編纂時でもこの日は有名で手が付けられなかったと見てる」

 さらにその日の記述に移動した様子は窺えないのも同意。そうなると、

    「頼朝は黄瀬川に居たことになる」

 他に読みようがないものね。

    「そうなると翌朝に頼朝は富士川に出陣になりますね」
    「吾妻鏡ではそうなってるけど、玉葉って知ってるかい」
    「九条兼実の日記ですね」
    「ブラボー、そこまで読んでるとは感心した」

 読んでると言われると恥しいけど、漢字の行列と格闘中。

    「あれは面白い記録なんだよ」
    「どこがですか?」
    「あれは負けた平家の報告の記録なんだ」

 九条兼実は当時の右大臣。言うまでもなく朝廷の重職。平家全盛、院政の時代とはいえ公式報告を聞ける立場にある人物なんだ。九条兼実が玉葉に記したのは、負けた平家の維盛以下の釈明をダイレクトに記録してるってこと。

    「そこにはかなり詳しい平家軍の動きが記されてるけど、負けた平家軍の釈明の中心は何になると思う」
    「戦わずに逃げて帰ったから、相手がムチャクチャ強かったぐらいですね」
    「その通り。日付まで誤魔化す必要性は乏しいと考えてる」

 なるほど、なるほど。日付を変えても釈明として意味が少ないものね。

    「玉葉によると平家軍は十月十八日に富士川に進出して仮屋を建てたとなってる。要は陣地で良いと思うけど、十月十九日に決戦と決めて配下に指示を出したとなってるんだ」

 平家軍の士気は低かったみたいで、この決戦の指示を聞いて相次いで脱走が起ったとなってる。玉葉の記述では夜が明けると半分以下になってるとしてる。

    「この状態を見て、副将の伊藤忠清は撤退を御大将の維盛に進言するんだよ」

 伊藤忠清もタダ者じゃない。歴戦の強者で、当時の名将の一人に数えても良いぐらいだって。

    「で、いつ撤退したのですか」
    「それが書いていない。でもね、十九日の時点で決戦は無理と判断したのなら、その夜に撤退するのが戦術の常識だと見てる」

 そりゃ、そうよね。互角なら睨みあいもありだけど、勝てそうにないのならトットと逃げるしかないもの。

    「それが十月二十日の夜まで居残るのは不自然だと思うんだ。平家軍は十月十九日の夜に撤退したと考えてる」

 なるほどね、

    「でも維盛は撤退を渋ったとなってましたけど」
    「そりゃ、そうだ。御大将は逃げたらダメななんだよ」

 当時の源平武者の気風だそうで、混成軍の求心力である御大将は逃げたら一遍に信用を落とすそうなの。討死しても戦い抜く姿勢を見せなきゃならいんだって。だから、逃げたい時でも、口では強がりを言い、気の利いた郎党とか無理やり退かせるのが形みたいなものだって。

    「維盛が十月二十日まで撤退を渋った可能性はどうでしょう」
    「鋭いね。でも、維盛ってそこまで勇将じゃないよ。玉葉の記録にはそうなってるけど、そういう状況なら忠清が進言したら、すぐに乗ったぐらいだと考えてる。そうじゃなきゃ、無理やりにでも十九日の朝に予定通り決戦を挑んでるよ。挑まなかった時点で撤退しか選択肢はないと見るのが妥当と考えてる」

 そっか、玉葉の記録で怪しいのは、そういう点か。十月十九日撤退説もかなり有力な気がしてきた。ん、ん、ん、もしかして伊集院さんの本当の狙いは、

    「もし平家軍が十月十九日の夜に撤退してたら、頼朝は富士川の合戦に参加していないじゃないですか」
    「そういうことになる。これをこれから、検証していきたいんだ」

 これが歴史ムックか。なんかワクワクしてきた。コトリ先輩も山本先生とムックを重ねた末に、面白い見解にたどり着いてたと言ってた。きっとこんな感じでやってたんだ。こんなのにはまると、ミーハー歴女なんてやってられないよ。

    「結崎さん、おもしろかった?」
    「ええ、とっても。まさか頼朝が富士川の合戦に不在の可能性があるなんて夢にも思いませんでした」
    「また続きを一緒にして頂いてよろしいですか」
    「喜んで」
 なんとか、この話に付いて行くんだ。いや、付いて行きたい。なんか、漢字の大軍との戦いにファイトが湧いてきた。その戦いの向こうにロマンスがきっとあるはず。

シノブの恋:予習

 なにから調べよっか。基本はウィキペディアかな。まずは、これぐらいは基礎知識として知っていないと話にすらならないものね。そしたらコトリ先輩が、

    「シノブちゃん、また歴女の会でも作るつもり」
    「作りたいですが、さすがにこの肩書じゃ」
    「そやねんよね。へへぇ。富士川の合戦か。オモロイもの調べてるわ」

 さすがはコトリ先輩、富士川の合戦もムックしたことがあるそうです。

    「あん時は、頼朝どころか、義朝の足跡、さらにはその前の義家の後継者問題のゴタゴタまで遡って調べてたけど・・・」

 山本先生を巡るラブバトルはシオリさんが勝ちましたが、そのシオリさんさえ、

    『カズ君の歴史のお相手が出来なかったのは心残り。あれだけはコトリちゃんに絶対に勝てない』

 コトリ先輩と山本先生の歴史ムックは、今でさえコトリ先輩の良い思い出のようです。

    「コトリ先輩、富士川の合戦って、なにか謎があるのですか」
    「あると言えばあるけど、ちょっと基礎知識がいるな」
    「どれぐらいですか」

 ここでコトリ先輩はニヤッと笑って、

    「誰と歴史ムックやるの」
    「えっ、その、あの・・・」

 勘付いてる。

    「まあ誰が相手でもエエけど、かなりのオタクが相手か」
    「たぶん、それなり」
    「それやったら楽しめるで。二人でやるなら、二人で知恵を絞って答えにたどり着くのが醍醐味やねん。もちろん、答えいうても正解とは違うで。二人の出した答えや」

 コトリ先輩も伊集院さんと同じようなことを、

    「基礎資料も自分で探し出すのも楽しみやけど、シノブちゃんがいきなりは難しいやろから、とりあえず平家物語と吾妻鏡、玉葉がエエと思う」
    「あえて絞れば」
    「そりゃ、吾妻鏡と玉葉。平家物語はチト落ちる」

 どっちも漢文だって。手強そう。

    「吾妻鏡は読み下し文がネットにあるから調べやすいよ。でも玉葉は原本しかないから頑張ってね」

 コトリ先輩の言う通り吾妻鏡は読み下し文や現代語訳も見つかったけど、玉葉の漢文は手強い。該当場所を見つけ出すだけで四苦八苦だもの。

    「そや平家物語も延慶本にしときや。あれがオリジナルに一番近い」

 そう言われて延慶本も目を通してみたら、

源氏のぐんびやう、弓のつるうちし、よろひづきし、どどめきののしりけるこゑに驚て、ふじのぬまにむれゐるみづとりども、はねうちかわし、たちゐする声をびたたしかりけり。これをききて、かたき既によせて、時をつくるかとおもひて、からめでまはらぬさきにと、とるものもとりあえず、平家のぐんびやう、われさきにとまどひおちにけり。

 有名な水鳥のシーンだけど、今度は旧かな遣いのひらがなの洪水で頭痛が・・・頑張って漢字を入れてみると、

源氏の軍兵、弓の弦打ちし、鎧づきし、轟めき罵しりける声に驚て、富士の沼に群れゐる水鳥ども、羽根打ち交わし、立居する声夥しかりけり。これを聞きて、敵既に寄せて、鬨を作るかと思ひて、搦手回らぬ先にと、取るものもとりあえず、平家の軍兵、我先にとまどひ落ちにけり。

 たぶんこんな感じのはず。これだって十分読みにくいんだけど、原文のひらがなの大軍団はシノブも逃げたくなる。

    「コトリ先輩。よくこんなのが読めましたね」
    「読みにくいやろ。ほいでも、何遍も読んでると読めるようになるよ」
    「玉葉の漢文は?」
    「あれも意味ぐらいなら取れるようになる」

 そう言えば、コトリ先輩が一の谷のムックをやった時は延慶本と玉葉がメインで、どちらかと言えば延慶本が主体だったって聞いたことがあるものね。

    「他にポイントはありますか」
    「これはカズ君が得意やったけど当時の地形の考察や」
    「当時って・・・」

 そっか、そっか、川の流れだって変わるし、海岸線も変わるんだよね。

    「大輪田の泊やった時に、湊川が二回も流れ変えてるの知ってビックリしたもの」

 そうだったんだ。でも富士川の合戦なら海岸線は関係が薄いだろうけど、

    「富士川って変わってないですよね」
    「自分で調べるからおもろいんよ」
 教えてもらってばかりじゃ、つまらないのも確か。伊集院さんに会うまでに、吾妻鏡と玉葉の該当場所ぐらいは読んどかなきゃ。頭の軽いミーハー歴女と思われても癪だし。


 ただだけど嫌なジンクスを一つ思い出しちゃった。あのバーで、ホワイト・レディを飲んでる時に歴史オタクの医者と出会ったのはイイけど。コトリ先輩と山本先生の恋は結局実らなかったんだよ。

 一番先行してたのはシオリさん。同棲して新婚気分ルンルンまで行ってたのに、些細な事で別れてる。次に登場したのがコトリ先輩でプロポーズを受けて婚約指輪まで受け取ってるんだよね。見せてもらったこともあるけど、凄い指輪だった。

 でもコトリ先輩でさえ、これまた些細な事で別れてしまい、再び登場したのがシオリさん。そいでもって二人の一騎打ちになるかと思ったら、山本先生が交通事故で瀕死の重傷負い、担ぎ込まれた病院で出会ったのがユッキー社長。

 ユッキー社長に至っては、高校の時から一途に思い続けた相手で、なんとトンビに油揚げ状態でさらって行ったんだ。でも、ユッキー社長は三ヶ月ほどで亡くなり、その後はシオリさんとコトリ先輩のガチのラブバトル。

 今のシノブはかつてのコトリ先輩のポジションにいることになる。でも、今回は女神の参戦はないよね。シオリさんも、ミサキちゃんも結婚してるし、ユッキー社長は喜寿越えちゃってるんだよ。あるとしたらコトリ先輩だけど、あの歳で噛んで来るかな。

 もちろん女神以外も要注意。女神の方がなにかと有利な点は多いけど、必ずしも人に勝てるとは限らないよね。そう、とくにエレギオンHD専務の肩書は、この場合は不利な材料。どうしたって退かれちゃうのよね。学生時代がそうだった。

 とにかく二十代の最後のチャンス。エレギオンHDの中で見つけるのは、ほぼ無理だから、シノブはこの恋に賭けるんだ。誰が売れ残りの会なんかに入るものか。

シノブの恋:次の週末

    『カランカラン』

 来てみた。今日もカウンターはいっぱい。一つだけ空いてた席に座って、

    「モヒートお願いします」

 これはこの店の名物カクテル。先代のは絶品だったけど、二代目にもその技はしっかり受け継がれてる。でも伊集院さん来てないな。やっぱり座興だったのかも。そうは上手く恋は舞い降りてくれないか。マスターがモヒート持ってきたんだけど、

    「お待たせしました」
    「マスター、先週シノブが話していた人を覚えてますか」
    「ええ、時々来られますよ。いつも静かに飲まれてますが、専務と話が弾んでいるのを見てビックリしました。

 ここでマスターにシノブが専務であることをバラさないようにお願いして、

    「どんな方ですか」
    「私も詳しくはないのですが、小児科の先生みたいで、結構有名な人らしいですよ」

 前に学会の流れかなんかで来たみたいで、一緒に来ていた人がかなり持ちあげていたみたい。

    「港都大ですか」
    「ええ、そうです」

 ホンモノの医者だったんだ。疑ったわけじゃないけど、確かめられて嬉しい気分。そうこうしているうちに隣の席が空いた瞬間に、

    『カランカラン』

 来てくれた。

    「遅くなってすみません。ちょっと仕事が・・・」

 座興じゃなかったんだ。本当に来てくれた。伊集院さんはジン・リッキーをオーダーしたからシノブもジン・トニックをお代わりに、

    「カンパ~イ」

 遅くなったことを謝ってくれたけど、シノブは約束を守って来てくれた方が百倍嬉しい。

    「・・・歴史好きと言ってもミーハーじゃダメですよね」
    「とんでもないです」

 伊集院さんが言うには歴史の楽しみ方は一つじゃないって。学者並みに本格的に勉強するのも楽しみの一つだけど、それだけじゃないし、それが格上ってわけでもないって言ってくれた。

    「そんな堅苦しいこというから、歴史嫌いが増えるのです」

 歴史好きは趣味であって仕事じゃないんだから、自分が好きな方向で楽しめば良いし、それで恥じる必要ないなんてまったくないって。

    「そうですね。名所旧跡巡りをやった時に、そこの謂れを理解できて、楽しめるぐらいの知識があれば十分すぎると思います」

 なんかハードルが高そうと思ったけど、

    「それほどじゃなくて、たとえば聖徳太子ゆかりって書いてあって、聖徳太子が誰かまったく知らなかったら面白味が半減するでしょ」

 それもそうだ。知らなかったらタダの古い木造建造物とか、タダの石だもんね。

    「伊集院さんの楽しみ方は?」

 学者の研究は凄いとまずしてた。専門家だから当然だけど、あのレベルまでやるのは趣味じゃ無理だって。そりゃそうだろ、

    「でも、専門家はテリトリーが狭い時があるのです」

 学者も研究で食ってかないといけないから、ある領域を深く深く掘り下げて研究する傾向があるみたい。だよね、日本史だけでも二千年近くあるんだから、そのすべての領域の専門家なんて無理だろうし。

    「ボクは広く浅くというか・・・」

 伊集院さんは『俯瞰的』って表現を使ってた。興味のあるところを少し引いて見て、新しい見方が出来ないかをムックするんだって。なにか聞いてるだけでおもしろそう。

    「歴史って、学校の教科書レベルでは決定事項みたいに書かれてるけど、実際はわからないところが多々あるんですよ」

 わかる、わかる。コトリ先輩と山本先生のムックがそうだった。桶狭間の合戦だって、梁田政綱が酒盛りをしている今川義元を見つけ、信長が奇襲して討ち取った話が、いかにウソっぽいかムックしてたものね。あんな感じのムックならシノブも大歓迎。

    「色々教えてください」

 そしたら、ちょっと困ったような顔をして、

    「教えてもらうだけじゃツマラナイよ。一緒に考えて、あれこれ可能性を考えよう」
    「でも私じゃ・・・」
    「あははは、学校の授業は歴史常識を丸暗記するものだけど、ムックは歴史常識を疑うところから始まるんだ。そこには常識にとらわれない発想が大事なんだよ」
 歴史常識を疑うのが出発点か。そうよね、そうじゃなきゃ単なる歴史講義だものね。コトリ先輩が山本先生と一の谷をやった時は、源平武者の基本戦術から始まったって言ってたっけ。

 鉢伏山のハイキングだって、わざわざ歩いて登ったのは、騎馬武者がこんなところを通れないのを実感してもらうためだって言ってた。だからロープーウェイじゃダメだって。シノブもそんなムックが出来るかも。

    「とりあえずだけ、雑談だけじゃムックにならないからテーマを決めよう」
    「なんですか」
    「これは最近手を付けたばっかりなんだけど、富士川の合戦」

 富士川の合戦って、頼朝討伐に向かった平家軍が水鳥の羽音に驚いて逃げちゃったやつだけど。

    「それが歴史常識だけど、違う見方も出来るんだ。次の時は準備しとくね」
 シノブも準備しとかなきゃ。