ツーリング日和15(第6話)日向湖

 えっと、この道ってレインボーラインに向かう道だよね。

「ああそうや。そやけど今日はレインボーラインに入らんで直進する」

 ここだ、ここだ、左に曲がればレインボーラインの料金所だけど今日は直進だ。とは言うもののすぐに突き当りで、

「右に行くで」

 日向湖の東側の方に行くのか。それはわかるけど、完全に一車線の道というか、ここまでになると路地サイズだよ。でも日向湖が見えて来た。これって湖畔が岸壁になっていて漁船が泊ってるから漁港だよね。

「そうみたいや、日向湖は・・・」

 室町時代までは淡水湖だったのか。だから日向湖の北側の日向浦に面したところに漁村があったんだって。

「今かって漁港はあるで」

 ところが浜が侵食されて使いにくくなったから、日向湖に入れる運河を掘ったそう。そのために淡水湖から海水湖に変わってしまっている。

「今やったら環境破壊で大問題になるで」

 運河を掘ったのは淡水湖を海水湖に変えるためでなく、穏やかな水面の港を求めるためだって。日向湖の周囲は平地が少ないから、母屋の道向かいに舟屋を建てるスタイルになったそうだけど、

「家の前に舟のガレージがある感じや」

 伊根の舟屋は舟のガレージの上に住居があったけど、

「伊根より土地の条件が良かったからやろな」

 ただしそういう風景は伊根と違って少なくなっていってるみたいだ。これは漁船が木造からFRP製になったかららしくて、木造だったら海から上げてやらないと傷みが早かったらしいのだけど、

「FRP製やったら浮かべっぱなしでOKや」

 だから舟屋はなくなっていったのだけど、

「道の両側に家が建ち並ぶ風景がその名残やそうや」

 でもってここが、

「今日の宿や」

 旅館って書いてあるけど民宿だよね。玄関を入ると綺麗に掃除してある。まだ建てて新しいのか清潔感が女の子には嬉しいな。部屋は二階か。こりゃ普通の民家の座敷だけど民宿だものね。窓からは、

「日向湖が一望や」

 一望は言い過ぎとしても対岸まで見えて晴れ晴れする気持ちになれる。とりあえず風呂だけど、

「こういうサービスがあるのは嬉しいな」

 カラフルな浴衣が選べるのか。女性客にも手を広げたいのだろうけど、そういう姿勢の宿は好感を持てるよ。こういう宿って得てして男性客に傾きすぎてることがあるんだよね。それが悪いとは言わないけど、

「女性客への気遣いが保証されてるようなもんやからな」

 ここが浴室か。民宿だから広さはこんなものだろうけど、湯船が檜なのは豪勢だ。

「しかも温泉や」

 美浜町が町おこしで掘削した温泉を引いてるそう。そうそうややこしいのだけど三方五湖のうちで日向湖と久々湖の南側を除く部分は若狭町じゃなくて美浜町なんだよね。そんなことはともかく、こんなところで温泉とは嬉しいよ。ツーリングの疲れを癒すのに温泉は最高だもの。ついでにもっと美人になっておこう。

「基本は釣り宿みたいや」

 釣り船も持っているみたいで、ここに泊って翌朝に船釣りに出かけるぐらいかな。宿の前に泊ってる船がそうかもしれない。それだけじゃなく漁師町だから海鮮料理目当てのお客さんも多いんだって。これは期待できそう。

 風呂からあがって外をちょっとブラブラ。なんにもないとこだねぇ。こんなところに観光客用の店があるほうがおかしいか。今日の宿だけど二階が宿泊客用で一階はお食事処兼宴会場みたいな感じらしい。

 こういうところだから近所の冠婚葬祭の宴会も受け持っているのかもしれないね。部屋に戻ってノンビリしてたら食事の準備が出来たからって呼ばれた。今日の泊りは二組みたいで、

「御一緒でも宜しいですか」

 構わないとしといた。そりゃ、旅の出会いは欲しいもの。広間に入ると、もう一組って若いカップルか。

「ちょっと翳あるな」

 カップルでの旅行だからウキウキ気分が溢れていてもおかしくないのに、どうにも暗いんだよね。喧嘩でもしたのかな。それでもせっかく同じ宿に泊ったのだから、

「そうや、YAEHせんと」

 それは違うでしょうが。こういう時の声かけはコトリの担当だ。

「あのな。エエ男が一人の時はコトリを押しのけてでもやるやろうが」

 当たり前よ。他人の彼氏を奪うほど、

「男に困ってるやろ」

 コトリもでしょうが、一度ぐらい結婚してみろだ。

「言うてはならんことを」

 単なる事実の指摘だ。わたしは結婚もしたことあるし、子どもだって産んだことがあるんだからね。

「うるさいわ。今に見てろ」

 見せれるものならトットと見せて欲しいよ。ちょっと渋られたけどさすがはコトリで同席に持ち込んでくれた。とにもかくにも、

『カンパ~イ』

 ツーリングの後、さらに湯上りのビールは格別だ。さて料理だけど、これぞ海の幸って感じだ。

「こんな新鮮で美味しい若狭の魚は歴代の天皇はんでも食べてへんで」

 ひやぁ、歴史的比喩が豪快だ。でもそうだよね。初代の神武天皇が食べたのは日向の魚だし、大和に移って来てもせいぜい難波宮で大阪湾の魚を食べたぐらいだもの。後は奈良にしろ、京都にしろ海なし県だから、新鮮と言っても、

「それこそ塩鯖や」

 明治天皇の時に東京に行ってしまったから、江戸前の魚だものね。唯一可能性があるのが、

「継体天皇やけど越前や。敦賀の魚は知っとっても若狭の新鮮な魚は知らんはずや」

 そう思いながら食べると贅沢してる気になるし、美味しさもアップだ。こういう肴に合うのは、

「早瀬浦や」

 お隣の久々子湖にある蔵元だそう。和食なら日本酒はなんでも合うけど、一番合うのは地酒の気がする。この辺は気分もあるけど、

「メシを美味くするのに気分はなにより大事や」

 美味いと思ったら余計に美味しくなるのが料理だと思う。カップルもお酒が入って少しほぐれてくれた。お酒ってこういう時に偉大だよ。

「酒は百薬の長やからな」

 命を削るカンナでもあるけどね。

ツーリング日和15(第5話)若狭観光開発みたいな話

 エンゼルラインを下りたら国道一六二号を東に。シーサイドロードで三方五湖に。エンゼルラインを見ながら思ったのだけど若狭の観光開発は、

「成功せんかったでエエやろ」

 地理的なネックは大きいよね。観光産業が振興するには客が集まる必要があって、若狭なら京阪神からどうやって呼び込むかになる。

「若狭にあえて行きたい理由が乏しいもんな」

 それは大きいよ。京阪神から高速で北に向かったら、

「どうしたって金沢とか能登半島に行ってまう」

 金沢の魅力は大きいし能登半島も知名度が高い観光地だ。それも何泊か重ねたらセットで回れちゃうものね。

「泊まるにしても金沢でもエエけど、山中、山代、片山津の加賀温泉郷に能登には和倉温泉まであるからな」

 メジャーブランドの温泉地が目白押しなんだよね。わたしたちはメジャーブランドは既に何度も行ってるから、あえてマイナーブランドの温泉を楽しもうとするけど、

「マイナーなとこはディープ過ぎて客を選んでまうからな」

 メジャーなところは、メジャーであるだけの設備やサービスの充実はあるのよね。家族連れならメジャーに行くと言うより、メジャーに行くのが絶対に無難だ。メジャーにも弱点はあるけど、マイナーの欠点は旅の思い出をそれこそ台無しにしかねないからね。

「それとやけど金沢や能登かって京阪神からすればワン・オブ・ゼムなんよ」

 伊勢志摩、南紀白浜、四国道後・・・行ってみたいところ、泊まってみたいメジャーな温泉地はそれこそ目白押しぐらいある。人の一生のうちに全部行ける人はさほど多くないんじゃないのかな。

「九州かって、信州かって、飛騨かってあるし、北海道や沖縄、言いだしたら海外とも競合するからな」

 飛行機使ったら飛躍的に行ける範囲は広がるし、広がれば魅力的な観光地は量産されるからね。

「福井県内ですら嶺北の次やろ」

 嶺北には永平寺もあるし、コトリが好きな一乗谷もある。泊まるのだって芦原温泉があるもの。仮に福井県に旅行を考えてもまずはそっちが思い浮かぶはず。これに対して若狭なんか三方五湖ぐらいしか思い浮かばないのじゃないかな。

「悪いが日帰りスポットクラスや」

 そうなのよね。感覚で言ったら神戸の人が六甲山に行くぐらいかもしれない。さらにと言えば悪いけど三方五湖とセットで周遊できる観光地を思いつくのが難しいと言うのがある。泊りを考えるにしても思いつくようなメジャーな温泉地はないのよね。

 さらに言えば交通の便も良くない。道路はかなり整備されつつあるけど、電車で行くにはやっぱり不便だし、飛行機を使うのにも空港がそもそも無いもの。だってだよ、三方五湖を見たいだけで泊りがけで行きたいかと言われると、優先順位がどれだけ低いかだよ。

「そやから関電の原発銀座になってるやんか」

 若狭の地名で有名なところは高浜、大飯、美浜があがってくるけど、皮肉じゃないけど原発があるからの部分は大きいのよね。原発の存在は観光で言えば明らかにマイナスだけど、立地を受け入れるぐらい人気がないことの裏返しでもあるのよね。

 だけどね、観光開発の余地はあると思ってる。観光地として人気は低いかもしれないけど、若狭の道は楽しいの。海あり山ありだし、食べるものだって美味しいのよ。快適に走れて、目に映る風景が楽しめるから、

「今日だけでどんだけYAEHしたことか」

 YAEHはツーリング文化だと思う。具体的になにをするかだけど、道ですれ違ったツーリングをしているバイクに左手を挙げて挨拶すること。その時にYAEHってメットの中で叫んでるぐらいかな。

 メットの中だから相手に聞こえるはずないし、実際には手を挙げてるだけのことも多いけど、そうだね、通りすがりの挨拶ぐらいの感覚かな。強いて近いものをあげると、ハイキングですれ違った人に、

『こんにちは』

 こんな挨拶を交わすのに近いかも。

「同好の士としての連帯感やな。バイクに乗ってツーリングしている仲間意識の発露やろ」

 だと思う。そりゃ、道路ですれ違っただけの見知らぬ人だものね。名前どころかメットしてるから顔もわからないし、また会う確率は低いなんてものじゃない。

「それに堅苦しいもんやない」

 YAEHを鬱陶しいとするバイク乗りもいる。そういう人はやらなければ良いだけ。YAEHを返さなくても悪感情なんてまず抱かないもの。

「無視された思うより、なんか事情があるぐらいで過ぎ去って終わりや」

 そういうこと。たまたまナビ見てる事だってあるし、風景に目が行ってる場合もある。シフトチェンジのタイミングで右手を離せない事だってある。だからあくまでも余裕がある時にするのがYAEHぐらいはバイク乗りの常識だものね。

 それとね、YAEHが広がっているのはツーリングしてるバイクが少数派なのもあるのよね。道にもよるけどそういうバイクに出会わない時は本当に出会わないのよ。だから出会ったら嬉しいのは素直にあるもの。

「そやけど若狭はやたらと出会うんよな」

 周山街道もそうだったけど、道の駅美山ふれあい広場なんかクルマよりバイクの方が多かったもの。あそこはまだ京都だけど、

「道の駅名田庄もそうやった」

 若狭はね、一般的な意味での観光地の魅力は乏しいかもしれないけど、バイクのツーリングコースとしての魅力なら十分なのよ。バイク乗りが好む道は、

「空いとって、信号が少のうて、景色のエエとこや」

 空いているというのはクルマが少ないこと。クルマが少ないから信号も少ないにつながるぐらい。それで景色が良ければバイク乗りは集まってくる。京阪神は首都圏に次ぐ大都市圏だから、バイク乗りにとって辛いところなんだよね。

 ツーリングで快走したくても、そこに行くまでの都市部を通り抜ける苦労が待っている。そういう目で見ると若狭の道は魅力的なんだよね。思う存分走れるって感じがあると思うのよ。

「京阪神からやったら高速使うてもまだ知れてるし」

 福井県内で言えば、こんな事さえアドバンテージになる気がする。嶺北地方だって名神から北陸道を使えば余裕で行けるけど、

「バイク乗りは懐が寂しいのが多いからな」

 これは全員とは言わないけど、ツーリングの本道は下道にあるからだと思ってる。高速を使うのはあくまでも目的地である下道ツーリングコースへのショートカットのためで、

「高速を本当に楽しむなら250ccでも辛いと言うからな」

 短距離ならともかく長距離になると中型でも辛いとよく聞くからね。それよりなにより、

「高速料金はバイク乗りには負担や」

 若狭が京阪神から近いと言わないけど、下道でも来れるし、高速や有料の自動車専用道路を使っても限定的じゃない。だからあれだけのバイクが若狭に集まって来ていると思ってる。

「そやけど、いくらバイク乗りが集まっても観光振興となると厳しいとこがあるんよな」

 まあね。観光振興とは観光客が集まるだけではダメで、集まった観光客がカネを落としてくれないと話にならないのよね。だけどバイク乗りが落すカネはクルマ乗りに較べると少ないのは現実。さらにがあって、

「下手に人気が出過ぎると、今度は混んでるから敬遠されるのもバイク乗りや」

 それ以前にいくらバイク乗りを集めたくても、やっぱり少数派なんだよね。どこまで行ってもメジャーじゃない。そんなことを話してると見えて来たのは三方湖。三方五湖と言うけど、三方湖、水月湖、菅湖は半島で区切られてる一つの大きな湖にしても良いと思う。

「そういうけどちょっとちゃうで、三方湖は淡水やけど水月湖と菅湖は汽水や」

 この三つの湖と独立して久々子湖と日向湖がある感じだ。

「水月湖と久々子湖は浦見運河でつながってるで」

 ツッコミがうるさいぞ。はす川を渡ったところで、

「次の信号を左や」

 若狭鯖街道を走るってことだね。というかこの鯖街道って、

「熊川宿の方に行って若狭街道を抜けるんやろ」

 というか本当の鯖街道は丹後街道から若狭街道になるはずだけど、適当に名前を付けてるんだろうな。この辺って、

「若狭町やけど、バカでかい合併しやがって、若狭町言われてもどこを指し取るかわからへんややんか」

 言えてる。この辺で古代からの湊となると敦賀になるのだけど、敦賀に水揚げされた北陸諸国の荷物は塩津街道で琵琶湖の塩津に運ばれていたそうなんだ。

「ところがやな、平安中期になると気山津が台頭するねん」

 おそらく敦賀から塩津への陸路の輸送能力がネックになった気がする。気山津は今では想像も出来ないけど久々子湖の南側にあったんだよ。北陸から来た船は久々子湖に入って南側の気山津に荷物を陸揚げしていたとなっている。

 気山津からは丹後街道を南に下り九里半街道で今津に荷物を運んでいたそうなんだ。そんなに古くから九里半街道が成立してたのに驚いた。

「もっと古いみたいや。今津は古くは木津と呼ばれて木材の集散地やったそうなんよ。九里半街道からも若狭の木材が運ばれとったらしいねん」

 だけど気山津は、

「南北朝の頃に衰退して無くなってまうねん。久々子湖に舟が入れんようになったからやとするのが多いわ」

 気山津が衰退して代わりに台頭したのが小浜になるそう。そうなると気山津が若狭で一番繁栄していた時代があったのか。

「そやから歴史的には気山って呼ぶべきやろうけど、気山じゃ地元の人しか通用せんわ」

ツーリング日和15(第4話)エンゼルライン

「次の信号、左に入るで」

 なになにエンゼルラインだって。名前だけは聞いたことがあるけど、こんなところにあったのか。小浜湾は西の大島半島、東の内外海半島に包まれるようあるのだけど、東側の内外海半島にあるみたいだ。

「コトリも恥しいけど知らんかった。ほいでもこの手の観光道路でエンゼル付けてるのは珍しいと思うで」

 それは言えてる。多いのはスカイラインとか、パールラインとか、ブルーラインとか。でもエンゼルと付けたからには恋に関係する名所があるとか、

「それはエンゼルやのうてキューピットやろ。昔は知らんけどそんな話はどこにもあらへんかった」

 森永とタイアップしたらなにか出来そうなのにな。でもこの辺から感じが良いじゃない。道路のすぐ側が海だし、堤防みたいなのもないから湾が一望だ。それに湾内が穏やかなせいなのか海から道路まで低いのよ。まるで渚を走ってるみたい。

 ぐるって感じで小浜湾沿いに走ったところで分かれ道。ここは真っすぐがエンゼルラインになってるよ。ここから登りみたいだけど路面がどうも、

「ここまかつては有料道路やってんけど、無料開放されてから道路整備がイマイチになってるって話や。落ち葉とかも多かったって動画もあったから気い付けときや」

 かなり荒れてるのかな。エンゼルラインもレインボーラインも同じ頃に作られていて、目的は福井県の観光振興のためとなっている。レインボーラインは三方五湖の観光のためでわかりやすいけどエンゼルラインの観光目的は?

「わからんけど、蘇洞門巡りとのタイアップでも狙うとったんちゃうやろか」

 蘇洞門とは内外海半島の海岸線沿いにある景勝地で遊覧船で見に行ける。そこを陸路でも近づいて見れるようにしたのか。

「今から行くけどたぶん見えへん。あんなもん山の上から見れると思えへんからな」

 だから遊覧船が出てるものね。そうなるとエンゼルラインが無料になった理由は?

「走ったらわかるんちゃうかな」

 そうよね。エンゼルラインは内外海半島の久須夜ヶ岳を登る道になるのだけど、さすがに勾配キツイな。うん、この辺の造りは、

「そうやと思う。この辺に料金所があったはずや」

 料金所のブースは無くなっているけど、道路脇の建物は管理事務所だったんだろうな。そこからもけっこうな登りとワインディングが続くけど、チラチラ見える海の様子は素晴らしそう。

 素晴らしそうだけど、路面が少し荒れ気味なのと、ワインディングが厳しめだからあくまでもチラチラだけだ。どう言えば良いのかな、走っていたら自然に視界に飛び込んで来る感じじゃないのよね。でもかつては、

「そこまではわからん」

 木が生えて視界を遮ってしまった可能性も考えたけど、それもどうかって感じだもの。

「おっ、頑張ってるやん」

 これはそういう趣味だからとしか言いようがないけど、サイクリストの人って登りを苦にしないと言うか、登りが好きな人が多そうなのよね。

「ツール・ド・フランスも山岳ステージがあるやんか」

 山登りが好きな人と同じかな。左に入れば休憩所があるみたいだけど終点を素直に目指すのね。かなり登ったけど、そろそろみたいな雰囲気になってきた。ほら、駐車場だ。でもここって、まだ上がありそうだから、第二駐車場ってやつかな。

 コトリもさらに登っていくよ。ここにも駐車場があるけど、まだ上に道が続いてるじゃない。そうなると最初のが第三駐車場で、ここが第二駐車場になり、

「着いたで」

 へぇ、これは広いよ。こんなに広い第一駐車場があるのに、さらにその下に第二・第三駐車場まであるって、どれだけって感じの整備ぶりだよ。出来た頃はすべて埋め尽くされた事もあったのかな。

「それぐらいエンゼルラインに期待しとってんやろ」

 駐車場が広いのは良いけどなんにもないな。駐車場の海に面したところにベンチがあるぐらい。それでも景色はなかなかじゃない。一望の絶景とまでいかなくても、これはこれで見に来る価値は十分にあると思う。

 とりあえずこれだけ駐車場が広いのだから、かつてはここにレストハウスぐらいあったんだろうな。

「それもわからんとこが多いんやけど、売店みたいなのが一軒あった記録があったわ。それも有料時代の末期には閉店になっとって、自販機だけが動いとったらしい」

 開通した頃はもっとあったのかもしれないけど、今や自販機どころかトイレすらないのよね。それと駐車場からの眺めは良いのだけど、どうしても一望にならないところがある。そういう時の定番施設は作らなかったのか。

「ユッキーもそう思うか」

 あっても良いと思うのが二階か出来れば三階建てぐらいの展望台。そこに売店とかを併設するまでの規模にするかはともかく、階段で歩いて登れるぐらいの望楼みたいなものがありそうなものだけどね。

「撤去されたんやろか」

 撤去費用もかかるから残りそうものだけど。それにしても物寂しいな。クルマとバイクが数台ぐらいしかいないものね。まあレインボーラインとの二択ならレインボーラインの方が良いとは思うけど、今は無料だからもうちょっと来ても良さそうな。

「レインボーラインと差が付いた理由はあれこれあるとは思うけんど、とりあえずエンゼルラインは往復のピストンロードや」

 ここは半島の山みたいなところだからそうなるのか。純観光道路ってことになるけど、それだったら少し物足りないかな。

「それと通行料金が千六百円ぐらいしたみたいや」

 それは高い、高すぎる。当時の千六百円だよ。それだけ高くて、ピストンロードで、さらに頂上の展望所に名物になるようなものもなければ、

「寂れてもたんやろな」

 営業したら営業するだけ赤字になるから福井県も投げ出したってことか。せめて展望台ぐらい作ったら良かったのに。

「この手の事業の見込みは黒字試算がデフォやけど、今でさえそうやけど、当時なんか京阪神からの集客も難しかったと思うで。小浜いうてもさして観光するとこもあらへんやん」

 ついでに温泉とかもね。どこかとセットで周遊できる魅力は高いとは言えないか。こんなところでもバイク乗りには魅力的だとは言えるけど、

「ピストンは嬉しないわ」

 ピストンのルートはどこかとセットにしにくいのよね。だから一度切りになるのがバイク乗りでも多くなってしまう。せめてこの駐車場になにか仕掛けがあったならリピートもあるだろうけど、これだけなんにもないと一度で満足してしまいそう。

「周山街道かって、若狭街道かって日帰りやったらピストンになるけど、それでも人気がある理由がわかる気がする」

 あの辺は大都市部に隣接しているのも大きいのはある。エンゼルラインもせめて琵琶湖沿岸ぐらいにあったらまた変わったかも。

「それは言えてるかもな。若狭街道とか周山街道とセットやったらもうちょっと賑おうとったかもしれん」

 どこでもそうだけど、観光客が集まってこそ整備され、整備されるから人が集まる循環はあるからね。逆サイクルになると寂れるだけだもの。今でも観光で町興しをやろうとしているところは多いけど、どうやったら人が集まるかの正解はないようなもの。

「かつて栄えとったとこでも、今は昔になってるとこが多いもんな。宮崎かって新婚旅行のメッカやったなんて思い浮かべるのも難しゅうなってるからな」

 栄枯盛衰、諸行無常を感じる時は多いよね。神戸だって掬星台にかつて遊園地があったのを覚えている人も少なくなったもの。そこに遊園地があったから摩耶ケーブルから遊園地までロープーウェイを通したんだもの。

「それが今はなんもあらへん。まあ、ハイカーで賑わってるからエエようなもんやけど」

 ケーブルカー駅からロープーウェイ駅までの間だって売店とかが立ち並んでいたのよね。

「ケーブルカー駅の近くには百万ドル展望台まであったしバンガロー村かってあってんや。そんなん言うたら、あんなとこに摩耶観光ホテルがあったんやから」

 摩耶ケーブルだってあれは天上寺参詣のために作られたのに、肝心の天上寺が火事で焼け落ちた後に移転しちゃったもの。天上寺を中心とした観光のために摩耶観光ホテルも建てられたし、信じられないかもしれないけど、ケーブルカー駅から屋根付きの通路がホテルまで通っていたんだよ。摩耶山が一大観光地だったなんてもはや伝説だよ。

「今やマヤ遺跡なんて呼んで廃墟観光地として売り出そうとしているぐらいや」

 あれもどうどうかと思うところがあるけど、摩耶花壇の廃墟に有志が手を入れてたな。個人的には天上寺が戻って来てくれるのが一番良いと思ってるけど、あの地で再建しないだけの理由があるんだろうな。

「須磨山上遊園が今でも健在なのが冗談みたいや」

 よく残っているとある意味感心するぐらい。あそこだって、かつてはもっと賑やかで、華やかで、わくわくするところだったんだよ。最近では施設の老朽化が逆にレトロって人気もあるようだけど、あれだって壊れたら再建はしないだろうな。

「ドレミファ噴水パレスまであったんが夢のようや」

 屋内噴水施設だけど、噴水前のステージでショーをやってたのよめ。大阪の松竹歌劇団が請け負ってたらしいけど、よくまあ、あんなところでそんな事をしようと思ったもんだ。あそこって最後のアクセスがリフトだから、雨が降ったら誰も来れないところじゃない。

「企画は会議室で暴走するさかいな」

 もう二度と来ることもないだろうから、この風景をしっかり瞼に焼き付けて、

「行こか」

ツーリング日和15(第3話)周山街道

 鞍馬街道をあきらめた代わりに選んだのが周山街道。これは現在の国道一六二号にほぼ一致しているはず。バイパスとかも出来てるけど、この一六二号は小浜どころか三方五湖まで続く国道になっている。

「小浜から先は昔はあらへんかってん」

 小浜から先のシーサイドロードは第二次大戦後に出来たもので良さそうだ。周山街道もどこまで含むかも歴史的変遷はあると思うけど、

「鞍馬街道と周山街道は美山で合流するねん。合流した後は今は鞍馬街道になってるけど、昔もそんな感じやった可能性もあるかもしれん」

 昔だってそこまでを鞍馬街道って呼んでたかどうかはわかんないけど、鞍馬街道の方が成立が古そうだし、鞍馬街道のスタート地点に出雲路ってあるから、

「そのはずやねん。鞍馬街道が伸びてい行った先に山陰道があるはずや」

 山陰街道は現在の国道9号ぐらいになるのだけど、律令時代の山陰道とは変わっている部分があるんだって。

「山陰街道は亀岡から北上して綾部から福知山を抜けて行くんやけど、古代山陰道は篠山経由で福知山から宮津に抜け取ったんよ」

 おそらく鞍馬街道は綾部で古代山陰道に合流していたことになりそうね。そうなると美山から堀越峠を越えて小浜に向かう道は周山街道じゃなかったはずなんだ。もっとも同じ道を複数の呼び名にするのはありだから、そこのところは自信がないけどね。

 古道の変遷なんて追いようがないのだけど、京都から北に向かう道として鞍馬街道は重視されていたのはわかる。鞍馬街道は出雲路でもあるから佐々里峠を越えて美山にも行くけど、鞍馬街道から若狭に向かう道もあった。

「針畑越やな。古くはそのルートを若狭路と呼んどったし、鯖街道の一つでもある」

 若狭の国府は小浜だからそこに向かうルートがあっても良いのだけど、古代北陸道経由になると山中越で敦賀を経由する事になるから、遠すぎてこっちが使われていたんだろうって。ここでだけど、

「どう見たって鞍馬街道が険しすぎるから、バイパスみたいな感じで周山街道が出来たんちゃうかと思うてる」

 若狭と京都は食の結びつきが強い国なんだよね。輸送ルートとして鞍馬街道は険しすぎるから、周山街道を利用しての輸送ルートが発達したぐらいかな。だからかもしれないけど、鞍馬街道は今でも険しいのよね。それに比べると周山街道は、

「ツーリングコース百選に入るぐらいの道や」

 平岡八幡宮の手前のコンビニなんか、周山街道ツーリングの拠点的なところになっているみたいで、バイクもけっこう停まってたものね。平岡八幡宮からもう少し登ったところに嵐山高雄パークウェイの入口があるのだけど、

「高雄の神護寺、槙尾の西明寺、栂尾の高山寺がある京北の三尾や」

 有名観光スポットで紅葉が綺麗だったはず。だからこの辺までは周山街道でもとくに混雑しやすいかな。でもさらに北に進む観光客は多くないはず。

「北山杉が綺麗には見えると思うけど、これっていう観光スポットはあらへんからな」

 まあね。京都市内は観光スポットの日本一の宝庫みたいなところだから、三尾までは足を伸ばしても、さらにその奥までとなると減るはずよね。

「そやからバイク乗りがツーリングに集まってくるんやろ」

 コトリの考えた通りなのか、それとも今日はタマタマなのかはわからないけど、高雄神護寺前の住所表示があるところを過ぎたぐらいかららクルマが減ってくれた。道路自体は二車線だけど信号が少ないから快適だ。

「バイパスもよう整備されとるな」

 コトリの事だから旧道をこだわって走るかと思ったけど、素直にバイパスを走ってるね。

「先も長いからな」

 一時間ぐらいで道の駅美山ふれあい広場に。ひたすら林間ロードだけど京都からの古道と思うだけで、

「なんか雅な気分になるやろ」

 顔に似合わず好きなんだよね。

「うるさいわ」

 軽く休憩して出発。道の駅を出てすぐあるT字路の信号のところで、

「東西にあるのが鞍馬街道や。東に走ったら佐々里峠を越えて花脊に行く」

 ここで周山街道も終了としているのは多いけど、街道も呼び名が重複する事が多いから、

「国道も県道もや」

 ここからは何度か走った道で北上していく。小浜までの難所と言えば堀越峠で、今はトンネルまであるけどそれでもキツイところだ。これもかつては、

「今より西側やってんけど、越えるんは大変やったと思うわ」

 三十分ほどだったけど道の駅名田庄で休憩。難所中の難所の京都をそれほど苦労せずに通り抜けられたからコトリのホッとしているのが伝わってくる。エエ加減に適当に走っているように見えて、

「誰がエエ加減や。能天気に後ろで金魚のフンやってる奴に言われたないわ」

 道の駅名田庄からは小浜にひた走り。そろそろ腹減った。

「餓鬼か!」

 コトリもでしょうが。この道はフィッシャーマンズワーフに行く道のはずだけど、通り過ぎたじゃない。

「ここや」

 お好み焼き、鉄板焼ってなってるけど?

「それは二階や」

 二階と一階で店が違うのか。入ってみると、ああなるほど福井と言えば、

「ソースカツ丼食わんとアカンやろ」

 へぇ、お蕎麦とセット定食なのか。それにしてもどデカイカツなだ。これは豚肉を叩いて伸ばしたウインナシュニッツェル風かな。

「そないな上品のものやないやろうけど、わらじカツ丼や」

 味も悪くないけどこの店はおもしろいよ。定食で頼んだらご飯は食べ放題だけでじゃなくて、味噌汁も、漬物も、

「こっちのカレーも食べ放題や」

 カツがデカイからまずはご飯をお代わりして、それからまたご飯をお代わりして、

「そば屋のカレーは美味しい言う奴やな」

 そば屋じゃなくてカツ丼屋だと思うけど悪くない。さらにかけ蕎麦の丼で、

「〆のだし茶漬けや」

 コスパ最高だ。ツーリングはお腹が減るからライダー飯にピッタリだよ。美と健康のために腹八分にしてこれから敦賀だよね。

「時間に余裕が出来たさかい寄り道しとくわ」

 小浜ならコトリの事だから小浜城かと思ったら、小浜市内を通り抜けて北上してシーサイドロードに。これは丹後街道じゃなくて海沿いの道で行くって事か。

ツーリング日和15(第2話)グルメ漫画の思い出

 今回のツーリングもコトリの歴女趣味がタップリ入ってる。だからコトリは鞍馬街道ルートをかなり検討していたんだよ。鞍馬街道もいつからあるのかわからないような古道だけど、古代の鞍馬街道がどこまでを指していたかは曖昧模糊のところがあるみたいだ。

 鞍馬街道と言うぐらいだから京都から鞍馬寺に行く道が起源だろうとは思うのだけど、鞍馬寺の創建時代がこれまた伝説の彼方になってしまう。一番有力とされているのは七九六年と言うから、平安奠都の二年後に造東寺長官の藤原伊勢人が作ったとするものだけど、

「あの逸話でわかるのは、鞍馬寺の前身に毘沙門堂があった事と、貴船神社は既にあったことや」

 鞍馬は平安京の鬼門になるから、そう言う意味での聖地扱いはあったぐらいで良いはず。もうちょっと言えば最初は貴船神社への参詣道であったはずだ。

「鞍馬寺に行く道と、貴船神社に行く道は最終的に分かれるねん。そやけど貴船街道とは呼ばずに鞍馬街道になってるねん。わからんけど、鞍馬山が聖地と見られたんぐらいしか言いようがあらへん」

 鞍馬寺が言うより鞍馬の地名が重かったぐらいかな。だから貴船神社に向かう道じゃなくて、鞍馬寺の前を通る道が鞍馬街道になるのだけど、この道はさらに北に伸びている。というか、伸びたから街道の名前が付いたのかもしれない。だからだと思うけど、

「鞍馬街道のスタートには出雲路鞍馬口となっとるのよね」

 出雲への道とは遥かだけど、鞍馬街道から北に伸びた道は丹波や若狭に続く道となり、鞍馬街道もそこまでの範囲を目指す街道ぐらいに後世にはされたで良さそう。こういう道をコトリなら大好きなんだけど、

「鞍馬街道から花脊峠を抜ける道はシビアすぎるわ」

 今だって鞍馬寺から北に続く道はちゃんとある。これを今でも鞍馬街道と呼ぶのだけど、伸びて行った先にあるのは百井の別れなんだよ。百井の別れは酷道として名高い国道四七七号の名物難所の一つ。

 この道は鈴鹿スカイラインを目指した時に西から東に走ったことがあるけど、花脊峠を越えるこのルートはいくらバイクでもあんまり走りたくない道だ。それぐらいの酷道だったってこと。これにさらにがあって、

「酷道の四七七号からさらに府道三十八号に入るのが鞍馬街道や」

 府道三十八号は佐々里峠を越えてかやぶきの里がある美山に通じるんだけど、ここには京都府唯一のスキー場があるぐらいの豪雪地帯で、今でも冬季通行止めになるぐらいのところなんだよ。

 今はバイパスもそれなりに出来て府道三十八号もだいぶ走りやすくなってるらしいけど、どう考えたって大変すぎる道としか思えないのよね。そりゃ、バイクだから舗装路さえあれば走れるのは走れるだろうけど、

「鞍馬街道だけ走るツーリングやないからな」

 その先も続くってこと。だから検討の末に今回はパスにした。でもさぁ、でもさぁ、あんなところにあったんだね。

「ああビックリしたわ。ホンマにあったんやな」

 これは昭和の頃に大ヒットしたグルメ漫画に出て来た料理旅館のこと。

「そやから雪のエピソードを使うたんはわかるけど・・・」

 あの回の話の始まりは、主人公と同僚の女性社員が冬の京都の食材を調べに行くのが発端だったはず。その京都に向かう新幹線である若い女に出会う事になる。

「恋に破れて自殺まで考えとるんやったな」

 主人公が異変を感じて遺書を見つけるとかだったよね。人の生死に関わる事だから、見捨ててはおけないって事になったのは、ありきたりだけど良くある流れで良いと思う。ここで主人公は自殺まで考えている女に生きる活力を取り戻させようとするんだよ。

 そこからどうするかが話のキモになるし、グルメ漫画だから食事を使ってそうするのも良いと思う。そこで主人公は若い女をある料理旅館に連れて行くことに決めるんだ。

「その料理旅館が本当に美味いかどうかも置いとく。行ったことあらへんからな」

 行っていないのはわたしも同じだけど、京都市内からでもトンデモなく遠いのよ。宿のHPに書いてあるアクセスから仰天もので、

「地下鉄北大路駅から片道一時間四十分のバスやで」

 それも一日三~四往復ってなってるから、朝、昼、夕の三便ぐらいしかないってことになる。クルマやバイクの方が少しは早くなるかもしれないけど、お世辞も気軽に行けるお店じゃないのよね。

「ましてや冬の、それも雪が積もってる設定やもんな」

 そこで主人公が設定した食事に関する仕掛けで、その若い女が生きる気力を取り戻したのは置いとく。何が気になったかだけど費用なのよ。あのエピソードに使われたおカネはすべて会社経費で落としたはずだもの。

「それしかあらへんやろ。そやけどな、あんな旅館に三人で泊まったら、今やったら二十万円ぐらいいるで」

 当時の料金設定はわからないけど、支払い感覚的には今と同じぐらいのはず。それぐらいの高級旅館なのよね。ここも念を押しておくけど、その値段に相応しい店かどうかは行ったことがないから保留だからね。この予算問題だけどさらにがある。

「タクシーで行ってるやん。それも京都駅からで往復やぞ」

 バスで一時間半もかかる道をタクシーで行ったらどうなるかって話ってこと。

「概算やけど片道で一万二千円ぐらいはかかるはず」

 帰りはバスだったかもしれないけど結構なお値段になる。エピソード自体はハッピーエンドなんだけど、

「あの設定で恋に破れた若い女が割り勘にするのはおかしいけど、だからと言って主人公や同僚の女性社員が気楽に払える金額でもあらへん」

 主人公たちが京都に来たのは取材のため。つまりは業務命令による仕事だから取材費用は経費になるのはわかる。だけどね、取材経費にするにはちゃんとした名目が必要なんだよ。この辺は少額ならちょっとした役得として目を瞑るのはありだけど、

「二十万円を超えるとなったらそうはいかん」

 グルメ取材だから料理旅館に泊っても悪いとは言えないけど、これまた設定でスケジュールとか、予算が厳しいと最初の方で主人公たちにボヤかしてるのよね。当たり前だけど青天井の予算での取材じゃないってこと。

「当たり前や。予算はかけただけのリターンを考えるもんや」

 あのエピソードの取材で得られたメリットって何かだけど、全部引き剥がすと同僚女性社員があんな店があるのを知っただけなのよね。

「主人公はあの店がどこにあり、どんな趣向の料理が出るかも既に知っていたからな」

 知っているから選んで連れて行ってるってこと。そりゃ、人助けのためって名目は立てられるけど、あんなものそう簡単に経費として認めないよ。

「冷たいけどそうや。最低限で言うたら、あの女が会社に来て感謝の意思表明でもしてくれへんかったら、エエ加減なウソ吐いてるぐらいにしか思わへん」

 もし実話だと判明しても、

「それでも経費にせんと思うで。こういう時のオチは助けた女が実はなんとかやった的な展開が必要や」

 そういうこと。どこかの会社の重役とか有力者の娘とか、もっとシンプルにはお金持ちのお嬢様ぐらいかな。両親が出て来て娘を自殺から救ってくれたお礼をして、かかった費用を支払ってくれるパターン。そうじゃなくっちゃ、高すぎるのよ。

 あんなもの見ようによっては豪遊してるだけだもの。疑いだせばその女もグルぐらいは経理担当なら疑うよ。原作者があの店を知っていてエピソードに使いたかったのは理解する。グルメ漫画だからね。でもさぁ、

「ああそう思う。あんなとこの店を使う必然性を、恋に破れた女を救うだけで強引に持って行きすぎや。とにかく冬の花脊の里やねんから・・・」

 わたしもそう思った。これは完全に後出しジャンケンだけど、出会いは新幹線じゃなくて、あの店に向かうバスにすべきだったと思うもの。それもあの店に取材に行くために京都に来てたにすべきだった。

 実情は知らないけど、そんな時期のバスだから、乗客は主人公たち三人だけって設定も不自然じゃないもの。そうだね、冬の花脊の里で自殺しようとしている女を救おうとする設定にするの。

 それだったら、かかる費用は若い女の宿代だけだから、主人公と女性同僚でもなんとか払えるじゃない。

「合理的にはな。そやけど、それやったら主人公のヒーロー性が際立たんと思たんやろ。そっちを重視しすぎて経費問題をパスしたんやろな」

 この辺は時代背景も確実にある。あの漫画であのエピソードが書かれたのはバブル期なんだよね。バブル期には批判はヤマほどあるけど、過ごした人間にとっては華やな時代だった。これはバブル崩壊後に延々と不況時代が続いたから、なおさらのコントラストになるところがあるもの。

「それはあのグルメ漫画の設定自体もそうやもんな。新聞社が意地を張って、究極とか至高みたいなグルメごっこが実際に起こりうるリアリティの源はバブルやからな」

 バブルだったから、あれぐらいのグルメごっこが起こっても不思議無いぐらいの感覚はあったものね。

「そやったもんな。その延長線上であれぐらいの取材経費は少しは渋られても落ちるぐらいで読み飛ばしてるわ」

 というか予算がどうなったかなんて、そんな事すら考えもしなかったのは確実にある。これを今の感覚で読むのは良くないと思うけど、

「漫画って幕引きが難しいと思うわ」

 それは思う。あの漫画はヒットした。ヒットしたから延々と続いたのだけど、題材がグルメだからネタに限界が来る。究極と至高の対決ぐらいは良かったけど、あれだって決着を付けちゃうと終わるからひたすら引っ張った。

「思うんやが主人公と女性同僚の結婚ぐらいで幕引いたら良かったのにな」

 あの漫画の伏線には主人公と同僚女性の恋があり、さらに主人公と父親との確執があった。この設定にはなんの問題も無いのだけど、長い連載の内に主人公と同僚女性は恋仲になり、主人公と父親との確執の理由と主人公の誤解だとわかってしまっている。

「そやから結婚式が大団円で綺麗に話が収まるやんか」

 あの辺でも限界はとっくの昔に越えてたものね。それどころかネタに煮詰まり過ぎて煙が出てたもの。そうなってしまうのが大ヒットした連載漫画の宿命と言えばそれまでだけど、

「出版社の要請もあるんやろうが、漫画つうのは完結せんジャンルなのかもしれん」

 人気絶頂の内に完結した作品の方が珍しいものね。殆どが人気が枯れ果てた末に人知れず消えていくのが宿命な気がする。

「そろそろ行こか」