ツーリング日和12(第10話)明日の予定

 風香との話が盛り上がり、明日から女三人のマスツーにしようって話になったのだけど、隠岐ってツーリングで回りにくいところがある。隠岐には今いる島後も含めて四つの島があり、ここまで来たら四つともツーリングしたいじゃない。

「もちろん、その気で来とるけど、どうにも効率が悪いねん」

 島後も半日しかツーリング出来なかったけど、

「島前も中ノ島をパスするのが多いわ」

 さらに言えば隠岐でも島前だけでツーリングを終えるのも少なくないそう。これはまず島前と島後のアクセスの問題がある。これは隠岐汽船のフェリーになるのだけど八時半と十二時五分の二便しかない。

 島前には中ノ島の菱浦港、西ノ島の別府港、知夫里島の來居港があるんだけど、島前の西浦から出るフェリーが菱浦港に着くのが九時四十分になる。そのまま中ノ島をツーリングすれば良いようなものだけど、

「ツーリングコースとツーリングスポットとしては西ノ島の方がエエねんよ」

 いくら小さな島と言っても中ノ島を二時間や三時間で走るのは難しいそう。だから菱浦で下りずに別府港から西ノ島のツーリングに向かってしまうのか。

「それとやけど、隠岐のツーリングで絶対に外せんのが知夫里島や。この辺は日程の関係もあるけど、西ノ島と知夫里島だけ走って終わるのが多いんや」

 加えていうなら知夫里島は人口五百人程度の小さな村で、食事や宿泊も困るところもあり、

「島前の内航船フェリーの便も悪い」

 だから七類港から先に知夫里島に渡り、その日のうちに西ノ島に渡るプランも多いのだとか。わたしたちと逆の回り方だけど、

「それもアリなんやが、そうすると島後がスケジュールが窮屈になる」

 時間さえあれば問題ないのだけど、言ったら悪いけど隠岐にそんなに日数をかけたくないのが心理か。じゃあ、中ノ島はパスするの。

「せえへん言うたやろ。歴女の誇りに懸けても外せるかい」

 そっちか。問題はそのルートで風香が同意するかだけど。

「宜しいですよ」

 そこからは宿のすり合わせになるけど、風香の予定はどうなんだ。

「隠岐には気まツーで来てますから」

 冗談でしょうが。女のロングソロツーで気まツーやる気だったとか。

「楽しそうでしたし」

 あの動画はね。でも、あんなもの鵜呑みしてツーリングしたら立ち往生するだけだよ。それにしても風香がツーリングとは意外なんだけど、

「あら見てませんか」

 えっ、それって悲しみのララバイだとか。あの映画は、まず男の主人公が悲劇に襲われる。それまで両親と妹の四人家族で幸せに暮らしていたのが、突然の交通事故で主人公だけ生き残ってしまうんだよね。
喪失感で腑抜けのようになってしまった主人公は引きこもり状態になってしまう。それでも立ち直ろうとして、かつて乗っていたバイクを引っ張り出してくるのよね。

「ああそやった。そやけど、バイクで走っても失った家族の思い出ばかりになり、いつしか思い出の展望広場に行くだけになってまう」

 そこで一人の不思議な女に声をかけられる。それが風香や。それから二人でツーリングに出かけるロードサイドムービー風になって行くのだけど、あれって実際に乗ってたの。

「スタントは使ったことがありません。大型二輪の免許を取っています」

 ひょぇぇ、そりゃ、バイクツーリングがメインになる映画だから、バイクに乗れないと困ると言うか、乗れないと出演できないと言うか。

「大型二輪に乗れれば役を取れるのですから、それぐらいは女優なら頑張りますよ」

 かもしれないけど、半端な商売じゃないよな。じゃあ、料理のシーンも、

「当然です」

 風香によると重機の操縦が必要ならその免許、船を動かすならその免許を取った男優までいるそう。そう言えばボクサー役で十キロだとか、十五キロのダイエットをしたのもいたとか。

「あれですか。痩せただけでは役になりませんから、ボクシングジムでひたすら鍛えたそうですよ」

 そ、そうなるよね。ボクサーならパンツ一つの姿を見せないといけないし、練習や試合のシーンだってある。

「この辺は映画作りのトレンドもありまして」

 映画撮影にCGが持ち込まれたのは二〇〇一年宇宙の旅とも呼ばれてる。その前もあったはずだけど、あれでCGが市民権を得たぐらいは言えると思う。CGも初期は大変な費用と手間とヒマが必要だったけど、コンピュターの進化は目覚ましく、

「すべての映画をCGで撮るのも可能となっています」

 CG全盛時代が続いていたのだけど、あれって見ようによってはアニメなのよね。別物と言えば別物だけど、生身の人間が演じていない点では共通してる。だから、

「実際に人が演じる映画が注目されるようになりました」

 そうだった。たぶんCGの方が絵としてはよく出来ているはずだけど、それよりも実際に人が演じてる方に人気が集まった感じかな。でもなんとなくわかる部分はある。映画って作り物の世界を映すものだけど、そこに本物の幻影を見たがるところは確実にある。

「そやったな。どんな迫力のある映像を作っても、あんなものはCGって言われてたものな」

 今だってCGは多用されてるけど、変な言い方だけどCGを使って無い方が評価が高い風潮がある。だけど、

「もちろんそうです。評価されるのはCGを使わなくても、CG以上の迫力のある映像を求められます」

 無茶言うななんだけど、映画もヒットしてナンボの世界だから、トレンドがそっちに流れればCGを使わない映画も作られる。

「仰る通りです。ですが、そのお蔭で俳優が食べれるようにもなっています。ですから役作りの苦労など大したものではないです」

 そういうことか。CGを上回る演技をしてこそCGに勝ち残れるぐらいか。いやはや大変な世界だよ。

「そう仰られますが、そういう世界で生きてみたいから飛び込んで来ています。そこに適合したものが生き残るのはどこの世界でも同じです」

 そりゃ、そうだけど、

「これだけは今も昔も変わりません。それが苦しいとか、辛いのなら他の職業を目指せば良いだけです」

 これが役者根性ってやつかもね。

ツーリング日和12(第9話)華やかな世界の裏舞台

 三田村風香はアイドル映画のオーディションから勝ち上がった叩き上げだけど、

「あの世界も男社会です」

 これは今でも男性監督や男性プロデューサーが幅を利かすだけじゃなく、

「女性監督や女性プロデューサーも気質として男社会ですから」

 セクハラというより男尊女卑的な気風が濃いところだろうな。

「それにタンマリとパワハラが味付けされています」

 映画を撮るとなればプロデューサーなり、映画監督が出演者を集めるのだけど、誰を出演させるかはそれこその胸先三寸になる。役柄のイメージは一番だろうけど、事務所とか俳優個人からの売り込みもあるそう。作る方だってどこまでギャラを出せるかもあったり、

「出演者の組み合わせもパズルみたいなものです」

 個性の塊みたいな男優や女優だから、あれこれと共演NGみたいな暗黙のルールも多々あるそう。だから同じような組み合わせの俳優の映画も多いのか。妙な組み合わせにすると、それこそ撮影現場で空中分解もあるらしい。

「無名の女優が出演するには魑魅魍魎の世界を勝ち抜く必要があります」

 それって枕ってこと。

「もちろんです」

 風香も?

「そうでなければあの役を取れるものですか」

 だから男尊女卑のセクハラ、パワハラの世界か。でもいくら枕を使っても、

「だから端役になるだけで食い散らされて終わったのは数え切れなぐらいです」

 やっぱりか。なにが厳しいって、女優の評価は当たり前だけど演技なのよ。いくら美貌があっても大根なら淘汰されてしまう世界だ。だけど美貌と演技力があっても枕を使わないと、

「その通りです。最初の出演が出来ません」

 枕は出演のための監督やプロデューサーだけよね。

「いえ男優の共演条件になるのも珍しいとは言えません」

 たとえば大物男優と若手女優なら、それが楽しみで出演する男優もいるとか。じゃあハリウッドも、

「さすが本家だと思いました」

 やっぱりそうか。もちろんすべてがそうじゃない。そうじゃないけど、

「聖人君子ばかりじゃありません」

 女優は立場的に辛いのか。

「男優だってセクハラは受けます」

 あちゃ、女優よりマシ程度なのか。

「女だって好きでもない男と枕をするのは不本意ですが、男の場合は横目で笑ってました」

 男優がセクハラを受けるのはまず女性監督、女性プロデューサーがあるそう。これは女優の逆だけど、絶対数で女性監督、女性プロデューサーが少ない分だけ被害は少ないかもしれない。もっとも女優からのセクハラは変わらないぐらいあるか。男優が一番青い顔になるのは、

「理由はわかりませんが、なぜか多い気がします。女優はターゲットにならないので助かりますが・・・」

 ゲイもいるんだ。ゲイも通常は同じ性嗜好の者をターゲットにするはずだけど、ノンケにも食指を伸ばすのがいたら災難になる。そりゃ女優だってレズ監督、レズプロデューサーになれば被害に遭うけど、

「どっちも悲惨やろうけど、男優の方が辛いやろ。入れる経験はあっても、入れられる経験はあらへんやろし、入れられたい男は少ないやろうしな」

 もっとも広い世界じゃないから、誰がそういう趣味を持ってるとか、ノンケでも求められるのはわかってるはずじゃない。それにもう一度言うけど、映画の製作現場のすべてがそうではない。嫌だったら避けるのは可能のはず。

「そうなんですが、これは価値観の違いになってきます」

 これは映画界だけでなく芸術系、プロスポーツなんかも含まれる部分はあるけど、どうやってデビューするかが大きな関門になるのよね。

「デビューしても成功が約束されているものではありませんが、何事も最初があってこそ次があります」

 若手、とくに無名であればじっとしていてもデビューなんてありえない。だから風香もやったようにオーディションに通いまくるのだけど、

「そこで目を付けられたら、どんな手を使ってでもモノにするのが役者です」

 女なら枕も厭わずになってしまうのか。

「枕だって真剣勝負です」

 出演だって主役から、端役まであり、少しでも上の役にならないと、

「デビューがあっても、次の仕事が無いと終わってしまいます」

 風香も最初はセリフもあるクラスメートぐらいだったそうだけど、主役の敵役を勝ち取ったのか。笑ってるけど、枕だけじゃなくそれこそ熾烈な競争を勝ち抜いたんだろうな。

「それと実際の映画撮影に参加して演技をするというのは、何物にも替え難い財産になります」

 黄金期の日本映画にはニューフェース・システムがあり、そこに採用されれば、当時量産していた番組映画の端役から経験を積み上げたそう。でもさぁ、演劇の養成所はあるじゃない。

「舞台でも演技力は付きますが、舞台と映画はやはり違います。この差を知り、身に着けるには出演するしかありません」

 舞台と映画は共通する部分は多いと思うけど、違う部分も多いのはなんとなくわかる。

「だからヒットメーカー監督の作品とか、話題の大作になれば、どんな手を使ってでも出演したいと考えるのが役者です。だから男優だって覚悟を決めてカマを差し出します」

 女の枕も嫌だろうけど、男のカマはもっと嫌な気がする。どっちもどっちかもしれなけど、コトリの言う通り出来たら避けたいはず。風香は苦笑いしながら、

「芸術家って変人が多い気がします」

 言わんとする所はわかるな。芸術で忌避されるのは平凡とかありきたりになる。とくに映画では観る者の度肝を抜くものが要求されるとして良い。そんな事が出来るのは日常の世界を飛び越える感性が必要な事ぐらいはわかる。常識人が撮っても駄作にしかならないもの。

「そうかもな。そやから破滅型の監督も多いんやろ」

 ヒットを連発させても、酒とクスリと女に溺れて破滅してしまうのは、監督だけでなく女優や男優にも珍しいとは言えないものね。

「落ちた偶像、ジュディ・ガーランドとか」

 えらい古い話だ。ジュディ・ガーランドの出世作はオズの魔法使いのドロシーなのは有名。どう見たってまだ子役だけど、ジュディ・ガーランドはドロシー役を勝ち取るために、

「そこら辺は話が誇張され過ぎ取って、どこまでホンマかわからん。そやけどヤクと酒とセックスに溺れとったのはある程度は信じてもエエやろ。それでもや、出演作の評価は高いやんか」

 ヤクと酒とノイローゼでボロボロになっていたと考えられる晩年でも、ニュールンベルグ裁判でバート・ランカスターやマレーネ・ディートリヒと火花を散らす共演をしてるぐらいだもの。

「もう伝説になっとるマリリン・モンローもおるやんか」

 ライバルとされたエリザベス・テイラーより今なら有名だよね。現役時代はエリザベス・テイラーの方がヒット作や代表作も多いし、一方のモンローは若くして急死してる。

「そやけどリズは知らんでもモンローなら知っとるやんか」

 言い出せばリズだってどれだけって話になるのが映画界になる。あの頃よりマシと信じたいけど、本質的な部分は今も変わっていないってことね。それでもその世界に憧れ、群がって集まるもの。

「あれだけは浴びてみないとわからないと思います。ヤクなんかよりよほど中毒性が高いと思いますよ」

 だと思う。そういう汚い面は別に業界人のみが知る極秘情報ってわけじゃない。それでもその世界に飛び込みたい人は今も昔も多いのよね。風香は浴びたらわかると言うけど、浴びてるのを見ただけでも引き寄せる世界だよ。

ツーリング日和12(第8話)三田村風香

 そんなもの覚えてるなんてもんじゃないよ。三田村風香と言えば一世を風靡した名女優だよ。わたしもファンだったもの。若い時から美人女優として知られ、その演技の評価も高かった。

「高いなんてもんやあらへん。主役を食い尽くすって言われとったぐらいや」

 初めて出演したのはアイドル映画だった。学園物で当時のアイドルが主役で、

「あれって同級生役はオーディションやったはずや」

 三田村風香が演じたのは主役であったアイドルの敵役。主役のアイドルが貧乏という設定に対して敵役は定番のお金持ちの高慢なお嬢様で、主役をイジメる役回り。こういう設定は映画に限らずマンガや小説でも数えきれないぐらいあるけど、

「そうや、そやけどいかに敵役が魅力的で存在感があるかが作品の価値を決める」

 アイドル映画だからアイドルが主役なのはもちろんだけど、アイドル映画であるが故にアイドルを魅力的に撮るのも側面になる。この辺は事務所サイドからの要請も強いそう。そう敵役があんまり目立つのも横やりが入ったりすることもあるそだけ、

「怪演って絶賛されてたもんな」

 ああ怖いほどの存在感だった。画面に登場するだけで他の出演者を圧倒してたものね。嫌らしいほどの高慢さと、お嬢様のどこか心優しさをなんの矛盾もなく演じ切っていた。それもあって映画もアイドル映画と思えないほどの大ヒットになった。

 あまりのヒットに映画の続編も作られたし、テレビドラマ編まで作られたぐらい。こういうヒット作の続編って質が落ちる事が多いのだけど、このシリーズはそうはならなかった。続編になるほど凄味が増して、

「主役のアイドルはどこにおるか状態やった」

 そうなってた。

「つうかあのアイドルなんか忘れられてもた」

 それは言い過ぎで、映画の方じゃなくてヒット曲の方で覚えているファンはいるはず。だけどあのアイドルが実は主役であったと言われても、

「その辺はあのアイドルかって、『あの人は今』になってもたからな」

 あれって第三部まで作られたけど、最後の作品なんか主役であったアイドルより、敵役の三田村風香がまるで主役のように扱われていたぐらい。続いて撮られたのは高慢なお嬢様役が買われたのかもしれないけど怪奇ホラー映画だった。

「そうやねんけど低予算映画やった。そやから特撮や特殊メイクもチープやってんけど、三田村さんの演技だけで支えてもうたようなもんやんか」

 あの時の三田村風香の演技は鬼気迫るものがあった。脚本も良かったと思うけど、特撮やメイクのチープさを吹き飛ばすぐらいの怖さがあったもの。今でも日本の怪奇ホラー映画の傑作の一つに数えられるけど、どうしてもっと予算をかけなかったのかの批判が残るぐらい。

「次のは日本映画史上に残るコメディや」

 ダンシングノートね。あれはまさに傑作だった。あの時も主役じゃなかったけど、

「独裁者の冷徹な秘書役やった」

 舞台は近未来の独裁軍事国家。隣国との戦争が始まっており、街は軍事色に染まり、娯楽なんてトンデモないとして規制されていた。そんな時にある少女の下に一冊のノートが天から舞い降りて来るんだよ。

 少女は軍事一色でつまらない日常に飽き飽きしてたから、ノートにこんな事をしたい、あんな事をしたい、こうなって欲しいの夢を書き綴るのよね。すると書いた通りのことが起こってしまうのよ。

「とにかくダンスが好きって設定で笑わせてくれたもんな」

 学校の一番怖い先生が朝礼で訓示の途中に踊り出したり、街でもウルサ型のおばさんやおじさんが社交ダンスを商店街で踊り狂ったり。とにかく踊りそうにない人が突然踊り出すシーンの連続。三田村さんも踊ったのだけど、

「あれが一番迫力あったから、映画の宣伝にも使われたぐらいや」

 独裁者の秘書だからニコリともしない冷徹な役なのよね。その存在感だけで独裁者役の大物男優を完全に食っていたもの。誰がどう見ても踊りそうにない雰囲気を画面から溢れさせてたのよね。

 でもダンシングノートに書かれてしまうのだけど、何があっても踊るまいと堪えに堪えるのよ。もうそりゃ、凄い表情で耐えに耐えるのだけど、

「ブレークダンスまで入る凄まじいダンスで圧倒されたわ」

 そうだった。それも秘書のスーツ姿で踊ったものね。あのダンスってスタントじゃなかったはず。

「よくご存じで」

 今でも白眉の名シーンとして語り継がれているもの。でも三田村さんの真価は、

「そんなもんサンフランシスコ物語や」

 これはハリウッドに招かれて撮られたのだけど、まさに珠玉のラブストーリーだった。ヒロイン役を演じた三田村さんは、

「全米が泣いて恋したで」

 アメリカだけでなく日本でもヨーロッパでも大ヒット。なんと助演女優賞でオスカーまで取ったもの。主役は当時ハリウッドの売れっ子のアイドル男優だったけど、

「完全に圧倒してたもんな」

 その傍証じゃないけど主役は主演男優賞を取れなかったもの。

「そうやなくて、あの風よ再びのオスカー独占を阻止したと言うのが正しいやろ」

 そうだった、そうだった。そこから国際派女優として大活躍を期待されたのだけど、

「ああ、それですか。ハリウッドの呪いみたいなものです」

 サンフランシスコ物語出演に際して映画俳優組合に入ったのか。これも今はSAG‐AFTRAになってるけど、組合に入ると保護される面もあるけど、あれこれ出演条件に規制がかかるそう。

「それもありましたが、ハリウッドで日本人女優が出演するパイが小さかったのが一番です」

 ハリウッドのメイン・マーケットはアメリカ国内向けなのよね。それぐらいアメリカのマーケットが巨大なのだけど。観客が求めるのは当たり前だけどアメリカ人が活躍する映画になる。

「それは日本映画かって同じや」

 ハリウッドの日本人女優の位置づけは難しいところがあるのよね。サンフランシスコ物語はたまたま日本人とアメリカ人のラブストーリーだったけど、だからと言って他のラブストーリーのヒロインに選ばれるわけじゃない。

「あれやろな人種配慮のワン・オブ・ゼムみたいなもんや」

 アメリカらしいと言うか、アメリカだからかもしれないけど、何人か出演しているとそこに白人以外の人種が混じっていないとウルサイのよね。そんな配慮のための日本人枠みたいな感じと言えば良いのかな。

「あれは日本人である必要もありません。そうですねアジア人枠と言った方が良いと思います。欧米人から見れば日本人とその他のアジア人の差なんてわかりませんから」

 この辺は日本人だって他人の事は言えなくて、色が白ければすべて白人としか見ないとの似たようなもの。ここでだけどアジア人枠の争いになると中国人が強い。ハリウッド映画はアメリカ国内だけでなく海外も視野に入れてるけど、中国市場への配慮は欠かせないもの。

「その通りです。ですからハリウッドに見切りをつけて帰ってきました」

 ハリウッドの俳優組合は脱退したのか。でもその後は、

「なに言うてるねん。あの日をもう一度を忘れたんかい」

 日本中が泣いたし、カンヌで助演女優賞を取ったもの。でも、

「もう八年になりますか」

 消えたんだ。女優にしろ俳優にしろ華やかな職業だけど、そのポジションを守るのは難しいのよね。

「守り抜けるはずがないやろ」

 コトリの言う通りだ。人は歳から免れられない。女優なら若さと美貌でブレークしポジションを得るけど、そのどちらも永遠でなく、必ず衰えてしまう。つまりは同じ役柄で主役を張れなくなってしまう時が必ず来る。

「そういうこっちゃ。男優でも女優でもモデルチェンジが必要になるんやが、女優の方がキツイとこがあるで」

 女優なら娘役から母親役へのモデルチェンジになるかな。だけどね、映画で女優が求められるのは華なのよ。つまりは娘役が主役になりやすく、母親役は脇役に回らざるを得なくなる。

「女優のモデルチェンジは主役から脇役への配置転換を受け入れる事にもなるから、そこで身を引くのも珍しゅうない」

 身を引くのは脇役に甘んじるのを拒否するプライドもある。やはり誰だって主役をやりたいし主役を立てる脇役に甘んじたくないのはあるぐらい。これは役の大きさだけでなく、撮影現場の処遇も主役と脇役では違うそう。

 それと娘役と母親役では求められる演技も変わってくる。これへの適応も求められのだけど、演技の質がかなり違うから適応できなくて消えざるを得なくなったのも少なくない。母親役も競争が激しい世界よね。

「仰る通りです。チヤホヤされ尽くされる娘役を見るのも辛いものです」

 だから消えたのか。三田村風香なら母親役でも十分に演じられただろうし、娘役でなくても主役を張るのも可能だったと思うけどな。というか見たかった。あの時でも名女優だったけど、これが大女優として君臨する姿を。

「それは過分のお褒めの言葉をありがとうございます。そうやって人の心、人の記憶に残れるのは女優冥利に尽きます」

 三田村風香はニッコリ笑い。

「どうか風香とお呼びください」
「コトリや」
「ユッキーと呼んでね」

 話は尽きない感じになったんだ。

ツーリング日和12(第7話)ドカとの再会

 島後の北部のメインスポットがローソク島。海上にあるのだけど本当にローソクみたいな形をしてるのよ。ここには遊覧船も出てるけど、

「夕日をバックにするとローソクに灯がともるように見えるインスタスポットや」

 見たかったけど、こんなところで夕日を見てたら西郷に戻れなくなるから、ローソク島展望台でお茶を濁させてもらった。白鳥崎展望台、浄土が浦、黒島展望台と足早に訪れて、西郷を目指した。

 隠岐のツーリングは快適だ。こんなところだから殆ど信号もないしクルマも少ないからね。とくに今回は山越えの道を走らなかったからかもしれない。見える風景は、そうだね日本の原風景で良いのじゃない。

 平地があれば田んぼになってるし、山は森が深い。海岸線は荒々しい岩が景観を作り上げてるけど、きついワインディングの連続で困るって程のものじゃない。

「バイクもそうやけど、クルマで来るのも少ないんやろ」

 そんな気がする。京阪神からでも近いとは言えないものね。隠岐も見どころが多いけど、

「出雲まで来たら他の観光地が優先されるやろ」

 この辺はクルマで観光するにも、バイクでツーリングするにも名所がたくさんあるからね。たとえば程度でも、松江、宍道湖、出雲大社、大山、蒜山・・・この辺だって一日で回るには手に余るところがあるぐらいだもの。その辺をまず終わらせて次かと言えば、

「そうでもあらへんわ」

 さらに西へ流れて萩とか津和野とか、秋吉台や秋芳洞に向かうものね。言い方は悪いけど中国地方の他の観光地をすべて回って、その次ぐらいに位置してしまうのが隠岐かもしれない。

「あれやろな。出雲まででもエエ加減遠いのに、そこからさらに二時間半のフェリーやからな」

 フェリーを使う旅はテンション高めるけど、その二時間半があればあれこれ観光できるというのはわかるのよね。だって移動時間だけなら大阪から東京に行けてしまうもの。ついでに言えばフェリーは片道だけじゃなく往復だ。

「こんなん較べるようなもんやあらへんけど・・・」

 隠岐空港から伊丹までなら一時間かからないよね。羽田からだって出雲空港経由になるけど三時間半なのよ。

「それとやけど目玉の見どころがあらへん」

 これも誤解されそうだけど見どころは多いのよ。だけど、死ぬまでに一度は見ておきたいクラスの有名なスポットはないのよ。人はね、見どころにもブランドが欲しいのよ。島後ならローソク島があるけど、

「言うたら悪いが自慢にならん」

 知る人ぞ知る過ぎるかな。ローソク島を見るために、ここまでの手間ひまをかけたいかになるぐらいのお話だ。それだったら松江城とか、出雲大社が優先度が桁が二つぐらい高い。

「最後はファミリー向きやないな。子どもやったら退屈するわ」

 大人と子どもは感性も楽しみ方も別なのよね。端的には海と奇岩が織りなす絶景を見ても、子どもなら、

『海と岩だけやん』

 こう感じてしまうぐらい。この辺は大人だって差は大きいけど、大人と子どもの感性の差はもっともっと大きいもの。子ども目線で興奮させてくれるものがどれだけあるかは考え込んでしまうかな。

「そやけどツーリングやったら聖地認定してもエエ気がする」

 同意。とにかく走っていて気持ちが良い。移り変わる景色は目を楽しませてくれるし、信号がなく、クルマの少ない道は走っていて快適そのもの。観光スポットもガラガラだからバイク乗りにしたらそれも嬉しいのよね。

 隠岐の観光を貶してるように聞こえるけど、観光客は来てるはずなのよ。そうじゃなければ西郷だけであれだけの立派なホテルがあるはずがない。

「宿泊客数はおおよそ十万人ぐらいや」

 季節変動はあるはずだけど一か月に一万人弱程度か。なんとも微妙なところだ。月に一万人は多そうにも見えるけど一日平均にしたら三百人ぐらいだものね。もちろん週末とか連休に偏るだろうし、言うまでもなく冬は少ないはず。

 そんなことをコトリと話しているうちに西郷に戻ってきた。島後一周ツーリングの完成だ。さて今日の宿は、

「ここや」

 コトリだねぇ。やっぱりホテルを選ばずに民宿か。これは昭和の建築だろうな。あの頃のチープさが外壁に出てるもの。中も・・・あははは、なかなかの貫禄じゃない。いかにも昭和の民宿って感じがプンプンしてる。

 ちゃんと掃除してあるのは好感持てるけど、こういう建物っていくら掃除しても綺麗というか清潔感が出にくいのよね。廊下もウグイス張りだ。お風呂もなかなだね。このドアのガタピシ感がなんともだ。

「これも風情やろ」

 この世はすべて値段なりの部分はある。こういうことでも、

『値段の割には・・・』

 これを求めるのは人情だけど、それを設備に求めてしまう勘違いもこの世には多いのよね。こういう宿の最大の売りは、

「安いこっちゃ」

 まずこのメリットを最大限に感じなくっちゃいけないのよ。設備の充実が欲しいならカネ払えだ。そうだねこの三倍ぐらい払えばデラックス・ホテルに泊まれるはずだよ。そこなら豪華な設備にありつけるんだよ。

「メリットの感じ方やろな」

 こういう宿は家族経営で人手も少ないところが多いのよ。フロントだって常時いるわけじゃない。宿に入って声をかけたって、なかなか出てこない事だってある。その分の人件費を安くあげてるのが宿代の安さにつながってるってこと。

「そやけど生き残ってるとこは安かろう、悪かろうじゃあらへんで」

 いくら安くても、悪かろうだけじゃ潰れるよ。なにを頑張ってるかだけどサービスだよ。このサービスだって勘違いしてるのは多くて、

「コンシェルジェとちゃうからな」

 こういう宿の方が宿が客を選ぶのだよ。前提はね、値段なりの設備に納得していること。そこに不満を言う客など二度と来ないから、宿だってそれなりの塩対応にしてしまうんだよね。

「こういう宿のサービスは気分一つで天と地ほど変わるからな。マニュアルでガチガチのとことは根本的にちゃう」

 上手く使えば料金外のサービスが『好意』であれこれ出て来るってこと。あくまでも『好意』だから、気に入らない客には何も出てこないってこと。

「その辺の機微を勘違いしとるんが多いわ」

 さてだけど、ここも夕食はお食事処。そう言えばだけど、いたよね。

「ああ、まさかやった。こんな宿にあのドカが泊ってるとはな」

 隠岐ツーリングをするのなら、西郷で泊まって翌朝のフェリーに乗るのが定番だけど、ドカにこの民宿は合わないよ。

「それは言い過ぎやけど意外やった」

 今日の泊りはわたしたちを含めて二組だからお食事処で会うはず。食事に呼ばれて行ってみるとドカの女がいた。まさかと思ったけど女のソロツーなのか。女がソロツーしたってなんにも悪くないのだけど、いくら日本の治安が良いと言ってもやっぱりね。

 お食事処と言っても座敷に座卓を置いてるだけだから隣合わせだ。やっぱり気になるけどサングラスとスカーフを取ったドカの女って・・・コトリが如才なく声をかけてくれた。

「ソロツーですか」
「ええ、そちろは女二人のマスツーですか?」

 コトリも感づいたみたいだ。これは驚かされる。まさかこんなところ、それもこんな宿で会うなんてね。さてここからどうするかだ。サングラスもスカーフも変装だろうし、ホテルを避けたのも意味があるとすれば気づかないフリがベターなのかもしれない。コトリはどうする、

「今日は三人だけやから御一緒しましょうや」

 なるほど同じ食卓を囲もうってことね。バイク乗りなら不自然な流れじゃないもの。さて今日の夕食だけど、

「さすがやな」

 これはこれでなかなかじゃない。ドカンとタイの尾頭付きの塩焼きがあって、ヒオウギ貝にサザエ、白ミル貝とは嬉しいよ。

「これはアメフラシやって」

 隠岐ではベコと呼ばれてて普通に食べるそう。

「岩ガキもたまらんな」

 隠岐にも地酒があって隠岐誉っていうのだけど食事によく合ってるよ。お酒も入ったところで、

「朝のフェリーに乗ってられまへんでしたか」

 切り出して行ったか。

「目立ちますものね」
「ドカも目立ちましたけど、それよりあなたがもっとでっせ」

 さてどう反応するかだ。知らん顔するのだったら、あえて触れてあげない方が良いはず。そりゃ、人にはあれこれ浮世の事情があるもの。でも応えてくれそうな気がする。だって隠岐に女一人、それもソロツーは不自然過ぎる。そんな事を考えていたら、ドカの女は面白そうに笑って、

「まだ覚えてもらっているとは光栄です」

ツーリング日和12(第6話)島後観光

 下船準備のアナウンスがあり、車両甲板デッキに。待つうちにランプウェイが開き、係員の誘導に従って、

『ガタンガタン』

 フェリーを使ったツーリングでランプウェイから下りた瞬間が好き。ついに上陸したぞの感動と、これから始まる冒険にわくわくしてくるもの。ここが西郷港のターミナルビルなのか。七類港も立派だったけど、ここも負けず劣らずだ。道路の正面に見えているのは隠岐ビューホテルか。なかなか立派なホテルじゃない。

「まずメシや」

 西郷の町内は鄙びてはいるけどちゃんと街だ。

「そりゃそうや。島後は全島が隠岐の島町やけど、一万五千人ぐらい住んどるからな」

 コトリが選んだ店は民芸風と言うか蔵風と言うか、

「味乃蔵丼と隠岐そば」

 店内には有名人の色紙がたくさん貼ってあるから、フェリーからも近いから御用達みたいな店かもしれない。味乃蔵丼は海鮮丼の事だけど、ビッシリって感じで刺身で埋まってるよ。

「隠岐の海鮮を食べてるって感じがエエな」

初っ端がこれならテンションあがるよ。お蕎麦の方は・・・う~ん、これは、

「十割蕎麦やからな」

 蕎麦にはグルテンが含まれていないから麺にするのは難しいのよね。やたらと十割蕎麦を崇める人もいるけど、どうしたってぶつ切れ感が出てしまう。素直に小麦粉と合わせる方が良いと思うけど、

「隠岐の名物になっとるからな」

 これも隠岐で食べたというのが重要なグルメよね。それなりに満足して出発。西郷の街から西郷大橋を渡る。隠岐にも空港があるのか。

「六便ぐらい飛んでて、伊丹にも羽田にも福岡にも行けるで」

 なかなか便利じゃない。空港が目的じゃなくてその先にある西郷岬灯台に。あっちに見えるのが島前だ。さすがの眺望だよ。見終わると引き返して玉若酢神社へ。

「これが八百杉か」

 隠岐の三大杉の一つで八百比丘尼が参拝した時に植えた伝説が残ってるとか。随神門と本殿は茅葺なんだ。ここは隠岐の総社とされてるけど聞きなれない神様だな。

「景行天皇の息子の大酢別命が隠岐に遣わされて、その息子が玉若酢命やそうや。国造になったんやろうが、玉若酢命の子孫が億岐家で、今でもこの神社の神主や」

 それは古いよ。日前宮の紀家とか、出雲大社の千家とか北島家に匹敵そうな家柄だよね。この若玉酢神社があるのは甲野原と言うらしいけど、これは『国府の原』が訛ったそうで、この辺が古代の隠岐の中心だったそう。

 そこからコトリの趣味で寄り道。北に上がって隠岐国分寺。現在の建物は二十一世紀の再建だけど、コトリの興味は後醍醐天皇の行在所。隠岐国分寺が行在所とされる理由は増鏡に、

『海づらよりは少し入りたる国分寺といふ寺を、よろしくさまにとりしひておはしまさむ所にさたむ』

 こうあるのが最大の根拠かな。だけど島前の西ノ島にも後醍醐天皇の行在所して黒木御所跡があって争奪戦をやってるのよね。

「コトリはどっちも行在所やったと思うてる」

 隠岐の守護は佐々木氏で、後醍醐天皇が隠岐に遠流された時が清高なんだ。この清高は執権の北条高時が烏帽子親で『高』は高塒からもらった諱になる。清高は幕府の引付衆にもなるのだけど、

「引付衆は評定衆に昇進できるエリートコースみたいなもんや」

 評定衆は幕府の内閣みたいなものと思えば良いかな。つまりって程じゃないけど清高は幕府のエリートだったことになり、隠岐守護ではあるけど隠岐に在任しているわけじゃなかったのよ。元弘の変で後醍醐天皇が隠岐に遠流されるのだけど、

「ここが微妙ではっきりせんとこがあるんやが」

 どうも後醍醐天皇が先に隠岐に着いて、それを追いかけるように清高が隠岐に監視のためにやって来たで良さそうなのよ。二人の到着時間にどれぐらいの差があったかは不明だけど、当初隠岐国分寺を行在所にしていたのを、

「西ノ島の黒木御所に遷したと見とるわ」

 これが清高が隠岐に来てから黒木御所が建てられ始めたのか、後醍醐天皇の遠流が決定された時点で作られ始めたのかも不明だけど、引付衆の清高がわざわざ派遣されるぐらいだから、

「隠岐での後醍醐天皇の処遇の変更の命も清高は受けてたんちゃうか」

 後醍醐天皇にとっては隠岐国分寺から黒木御所に遷されたのは冷遇だったかもしれないけど、

「結果として隠岐脱出のチャンスを得たかもしれんな」

 来てみると良くわかるのだけど、島後と島前は遠いのよね。今だってフェリーで一時間以上かかるんだもの。当時の手漕ぎ船なり帆掛け船だったら半日仕事の気がする。

「清高がどこにおったかで変わるんやが」

 コトリは島後にいた可能性が高いと見てるの。今も昔も隠岐の中心は島後だからね。もし清高が西ノ島に手勢を率いて後醍醐天皇を監視していたら脱出どころか、本州からの秘密の連絡さえ取れないはずだもの。

「清高も、そもそも隠岐から逃げ出すのは不可能と見とったんちゃうやろか」

 これは後醍醐天皇がたとえ隠岐を脱出しても対岸の出雲守護が塩冶高貞だったからというのもありそう。高貞も清高の同族で、さらに清高は高貞を信用していたのはある。だって後醍醐天皇脱出後の追捕の協力を要請しているぐらい。

「塩冶高貞が脱出のキーやってんやろな」

 後醍醐天皇脱出の手引きをしたのは高貞だろうって。後醍醐天皇だって隠岐を脱出しても出雲で捕まったら意味ないものね。出雲に味方がいるから脱出したはずだもの。

「計画通りにはいかんかったけど、結果オーライや」

 出雲を目指した後醍醐天皇が着いたのは伯耆。だけどそこで名和長年の全面協力が得られて船上山の合戦で追いかけて来た清高を撃退し、これが鎌倉幕府滅亡につながっていくんだものね。

「なんで殺さへんかってんやろ」

 コトリが言うには後醍醐天皇を隠岐に遠流しただけじゃなく引付衆の清高を送り込んだのは後醍醐天皇処分の密命もあったはずだって。その前段階が隠岐国分寺から黒木御所への移送で、これは同じ島後にいたら天皇殺しの疑いをかけれるからぐらいかもだって、

「その辺は政治や。あくまでも自然死に仕立てなアカンぐらいや。もっとも清高も自分の手を汚したあらへんかったから、冷遇の末のホンマの自然死を待つつもりやったんかもしれん」

 歴史には常に『if』があるのだけど、あの時に清高が後醍醐天皇をさっさと殺していたら、

「どっちにしてもグダグダの太平記の時代になるのだけは変わらんやろ」

 コトリはホントに南北朝時代は好きじゃないのよね。隠岐国分寺から屋那の松原に。ここも舟屋が有名みたいだけど伊根の舟屋のように住居と一体じゃなく、舟用の納屋が並んでる感じか、

「貸ガレージが並んどる感じやな」

 島後のツーリングだけど制限がある。制限と言っても時間的制限で、これはコトリも頭を悩ましてた。神戸からだって隠岐は遠いのだけど、高速を使えば一日で行けるのよね。そうだね朝の三時ぐらいに出発すれば七類港の九時のフェリーに間に合うのよ。

 ただね七類港の九時のフェリーがある意味ネックなのよね。島後の西郷に昼前に着くのだけど、到着した日は半日しかツーリングに使えない。隠岐に来たら島後だけじゃなくて島前にも渡りたいと誰でも考えるけど、

「翌日の七時半のフェリーやねんよな」

 西郷を七時半だから、西郷に泊るしかない。つまり島後の観光に使える時間は一泊してるのに半日しかない事になる。ここでもう一つの選択がある。境港を十四時半に出航するフェリーだ。

 これに乗れば西郷は十六時半到着だから、そのまま泊るしかないけど、翌日はフルにツーリングに使える。それだけあれば島後はほぼ回れるはず。

「その代わりに島後に二泊になる」

 わたしたちは下道専科のツーリングだから、奥津温泉から十四時半のフェリーに乗ろうと思えば、ひたすら走るツーリングにしないといけない。そう、蒜山も大山も走り抜けるだけになっちゃうのよ。

「蒜山も大山も寄りたいやん」

 隠岐を重視すれば蒜山も大山も吹っ飛ばすのはありだけど、ここまで来てるのに通り抜けるだけはもったいないぐらいかな。

「半日でもけっこう回れるで」

 島後の観光スポットは海岸沿いだけでなく山の中にもある。いくら島でも両方を半日でカバーできないから、

「海岸線を一周や」

 壇鏡の滝は割愛して次に訪れたのは油井の池。油井ってなってるから石油でも噴き出しているのかと思ったけど、

「ほとんど草で埋まってるな」

 丸い池なんだけど、どうしてこんなくぼみになってるのか議論があるそう。シンプルには噴火口の跡だけど、隕石が激突したんじゃないかの説もあるそう。油井の池から次に目指したのが水若酢神社。

「隠岐一之宮や」

 総社と一之宮の関係だけど、律令時代に国司として赴任すれば、その国の神社を順番に参拝する仕事があったそうなんだ。その一番目が一之宮で、当時は二之宮以下が序列化されてたはずなんだ。

 これは国の広さにもよるけど、交通手段がプアな時代だから時間もかかるし面倒だってなったみたいで、国府の近くに各地の神社の祭神の分祀を集めた神社を作り、そこに参拝すればOKみたいにしたのが総社だそう。

「今かってあちこちにあるやんか。八十八か所とか、西国三十三か所とか」

 発想的にはそっちか。この水若酢神社も古いなんてものじゃなく、古すぎて祭神である水若酢命が何者かもよくわからないぐらい。この辺は戦火で資料や記録が焼失したのもあるそうだけど、

「この辺は古墳群もあるさかい、古代から神聖地帯やったんかもしれん」

 玉若酢神社が島後の南方の中心なら、水若酢神社は北方の中心ぐらいかな。

「どっちも若酢が付いとるから同類なんやと思うけどな」

 玉若酢命は景行天皇の皇子の末裔になってたけど、それこそ古代では若酢族みたいなのが支配権を持ってたのかもしれない。

「出雲系の天八現津彦命の子孫から隠岐を奪ったんかもしれんけどな」

 玉若酢は景行天皇の息子だからそうなるかも。こんな絶海の孤島で古代の支配権争いがあったのかもしれないけど、今となっては伝承すら残っていないのよね。

「隠岐風土記でも残っとったら良かってんけど」

 全国で作られたはずの風土記も殆ど残ってないのよね。残っていて有名なのが播磨風土記と出雲風土記だけど、それ以外になると断片とか逸文でもあれば良い方で、隠岐風土記になると存在していたかどうかも不明の代物だものね。

「あったはずやねんけどな」

 最低でも国府と朝廷の二部は作られてたと思うけど、紙は燃えるし、虫にも喰われるから、隠岐風土記みたいなマイナーなものを筆写する酔狂な人はあんまりいなかったんだろうな。