アングマール戦記:北の暗雲(2)

 余談やけど、この好景気の時に世界で初めての居酒屋が出来た気がしてる。この時代の酒と言えばひたすらビールやねんけど、とにかく需要が多かったから、まず酒屋がいっぱい出来て、醸造所も増えた。最初は酒屋でビールを買って帰って飲んでたんやけど、酒屋で飲むのが出てきた。

 酒屋も店頭で立ち飲みしとっただけやねんけど、ビールを飲むならアテが欲しいとなり、充実したアテがある酒屋に人気が集まるようになってん。そのうち立って飲むより、座って飲める酒屋に人気が出てきて、夕方ともなると酒屋の周りに屯するのが当たり前になってきたんよね。といっても店の前にベンチやテーブルを並べてた程度だったけど。

 この辺まではまだ酒屋の店頭で飲む延長やってんけど、あの踊る魚亭が出来たんや。踊る魚亭はもともと宿屋やってんけど、宿屋やから食事も出し取ってんよ。エレギオンは海も近いから魚料理で有名やった。ここの店主は酒屋で飲んでる連中を見て閃いたみたいなの。

 それまでエレギオンの宿屋は食事も出しとったけど、部屋食やってんよ。それを広間で一緒に食べるスタイルにまずしたの。テーブルと椅子で食べる感じ。店主に話を聞いたこともあるんやけど、

    「あれは大宴会を参考にしたものでございます」
 女神も王も臣下を集めて宴会をやることがあったんだけど、その時はテーブルと椅子やってん。それと同じとは言えへんけど、まとめて食事を提供した方が手間が少なくなると考えたそうなの。まあ、客も大勢でメシ食う方が楽しいと好評だったみたい。

 この広間で集まってメシ食うスタイルが好評なのを見て店主は宿泊客以外も受け入れたのよ。つまり泊らずともメシ食って、ビールが飲める店が出来たってこと。今なら当たり前だけど、出来た時には大評判でコトリも便利なものが出来たと感心してた。コトリも行ったかって、そりゃ、行ったよ。女神でナンバー・ツーいうても、それぐらい民衆と近かったの。ユッキーも行ってたし、三座や四座の女神も行ってた。

 そいでもって、この踊る魚亭の店主はアイデアマンやったんよ。ありゃ、商売の天才やと思たもの。この頃はまた貨幣がなかったんよ。基本は物々交換。市場はあったけど、物々交換やった。そやから酒屋に行ってビール飲むにしても、なんらかの代価を背負っていかにゃならんわけ。ただなんやけど、貨幣の元祖みたいなものは出来つつあったんよ。要は金とか銀の小さな塊。銅もあった。

 店主がアイデアマンだったのは、銅を小さく丸く打ちぬいたものに、表はビールの絵、裏には踊る魚マークを刻印して、これ一枚でビール一杯飲めることにしたの。それでね、このコインのミソは、それだけの銅の価値じゃビール一杯の三分の一ぐらいにしかならないところで、本来なら三枚分ぐらい必要だったのよ。

 ところがビール一杯との引き替えを担保にしたから、銅の価値とは関係なく、踊る魚亭のコインというだけで三倍の価値になったんよね。店主は踊る魚亭の拡張の時の工事費用をそれで払ったから、手間賃を含めても半分ぐらいの費用で済ましちゃったのよ。

 工事費用だけじゃなくて、他の仕入れや従業員の給料にもそれを使ったの。これはコトリも驚いたのだけど、踊る魚亭のコインは市場でも通用してた。変な言い方だけど物の価値が、踊る魚亭のビール一杯とくらべてどれぐらいかで考えるみたいな感じになってた。

 コトリは閃いたの。それやったら国がコインを作れば、物の値段の統一基準が出来て便利になるんじゃないかって。それだけやなく、元の金属の価値以上に利用できるんやんないかと。とにかく財政は始終ピーピー言うてるから、上手くやればかなり儲かりそうってのも本音やった。

 ユッキーも理解してくれて、銅貨の試作品を作ったし、ついでに金貨や銀貨の試作品も作ってみた。後は踊る魚亭みたいにコインの価値の裏付けをどうしようかと考えてた。国がやるのに、さすがにビール換算と言うわけにはいかへんし。でも、そんな通貨制度の芽生えを吹き飛ばす暗雲が迫っていたのよねぇ。それでも踊る魚亭のコインは世界最初の信用通貨に近いものやと今でも思ってる。

アングマール戦記:北の暗雲(1)

 ハムノン高原の北側にはクル・ガル山脈が続いていた。どれも険しい山々で、ハムノン高原に至る道は一本だけ、ズダン峠を越えるしかなかったの。ズダン峠の北側はハムノン高原制圧戦を行った頃はまだまだ未開で、狩猟民族がチラチラいる程度だった、まあ、この狩猟民族がズダン峠を越えて山賊として襲ってくることはあったけど、滅多になかったし、そこまで兵を進めてもどうしようもない感じやった。

 ところが三百年もすればクル・ガル山脈の向こう側にも都市が出来てた。都市が出来れば交易も起るわけで、エレギオンの商人たちがズダン峠を越えて商品を運び込むことも多くなっていったの。ただ都市まで形成されると戦争が起るのよね。どうしてあんなに戦争をやりたがるのかコトリには最後のところがよくわかんないの。

 とりあえずユッキーと決めた当面の方針は不干渉。あのズダン峠を越えて遠征軍を送るなんて全然考えてなかったの。一方でエレギオン同盟は順調に機能してた。ハムノン高原制圧戦から百年ぐらいは反乱した国もあったけど、コトリとユッキーで災厄の雨を降らし、さらには同盟軍を結成してすべて短期間で鎮圧した。

 この通商同盟は続けば続くほど支配者層の力が弱まり、国民の中間層が富むシステムだから、やがて誰も反乱を起こさなくなったわ。あの時期がエレギオンの黄金時代だったかもしれない。同盟国民は主女神からの恵みに感謝して、どの国にも女神の神殿が建てられた。もっとも女神は全部で五人しかいないし、全員がエレギオンにいるから、女神の神殿と言っても女神像があるだけど、平和と繁栄を享受してた。

 当時は本当に平和だったから女神の行幸もしばしば行ったもの。どこも大歓迎で、女神の行幸依頼が多くてユッキーと次はどこを回ろうかとよく相談してた。行幸は女神の威服を示す意味もあったけど、街道整備の意味もあったの。エレギオン通商国家やから、交通路は便利な方がイイのよね。もっともカネを出すのはエレギオンだったから、女神が行幸すれば道が良くなるって感じかな。

 その頃に大神殿建設計画が出てきたの。エレギオンの女神の神殿は丘の上にあったけど、小さかったのよね。国力が増してから何度か立て直したけど、規模的にはささやかなもの。他の都市の女神の神殿に較べても見劣りするどころやないのは確かやった。その頃には街は神殿の丘の麓に大きく広がっていたから、女神の神殿もそっちに作ろうって。

 同盟国も基本的に賛成やってんけど、ユッキーがなかなか『うん』と言わないの。実はもう一つ大きな建設計画があったのよ。エレギオンは長い間、神殿の丘の上に街があり、攻められたら神殿の丘に籠城するのが常套戦術やった。麓に街が広がっても、そこは放置して神殿の丘に籠城するパターン。

 でも人口が増えたもので、神殿の丘での長期籠城戦は無理になっていたの。だから麓の街を取り囲むような城壁を作るプランが出ていたの。そりゃ、作るとなればゴッツイ規模やから当時のエレギオンでも両方一遍は無理やったんよ。大勢はとにかく平和やったから大神殿建設を先にしようやったけどユッキーは賛成しないの。コトリは聞いてみたんやけど、

    「コトリには見えないかな」
 ユッキーが指し示すのは遥かなるクル・ガル山脈の山々で、
    「あそこに暗い雲が漂う気がする」
 コトリもよ~く見たんやけど、たしかに何やら嫌な感じがあったの。
    「なにか来るとか」
    「わかんないけど、備えるんだったら今しかないと思う」
    「でも、クル・ガルを越えてエレギオンまで遠いよ」
    「それでも備えるべきと思うわ」
 神政政治の便利さで、ユッキーの判断が通ったの。ユッキーはエレギオンの大城壁建設だけでなく、ベラテやリューオン、ハマの城壁も大改修を命じたの。こんな平和な時代に大城壁を作るなんて冷笑した人もいたし、批判の声もあったけどユッキーは例の怖い顔で反論を許さなかったわ。

 ユッキーのプランは壮大だった。山から石を切り出し、従来の二倍以上の高さにし、随所に櫓とも呼べる塔を立てさせた。塔には武器食糧を十分に貯えられるスペースを設け、それ以外にも巨大な食糧貯蔵庫を幾つも作ったの。ユッキーのプランでは、たとえ五年ぐらい囲まれても耐え抜ける規模を目指していた。

 エレギオンには劣るもののベラテやリューオン、ハマの城壁大改修もこれに準じた規模で行われたから、大神殿建設計画は完全に消し飛んでしまっちゃった。他の都市の城壁改修も実質的にエレギオン負担みたいなものやから、相当な出費やった。どうにも、エレギオン運営は常にカネに追いまくられるみたいだとユッキーと笑ってた。

 ユッキーは本当なら高原都市も全部そうしたかったみたいやけど、そこまではさすがにカネがあらへんかった。というか、エレギオンの大城壁だけでも無理がアリアリやったのに、ベラテやリューオン、ハマまでやったから財政のやりくりに追い回されたってところ。

 ただなんやけどエレギオン同盟は好景気に沸いてた。こういう大規模な公共事業はとにかくカネがグルグル回るから、高原都市からもいっぱい出稼ぎが来てた。そういう人たちが飲み食いしたり、買い物するから、景気はドンドン良くなる関係かな。だから、心配されていた財政もギリギリやけどなんとかクリア出来たってところかな。

アングマール戦記:高原進出(3)

 マウサルム・レッサウ戦はマウサルムの苦戦が続いていた。マウサルムはキボン川とペラト川の挟まれた国。ハムノン高原の中央部に位置する大国。この国は放置していたら遠の昔に高原の覇者になっていたはずだけど、コトリとユッキーが散々足を引っ張ってそうさせなかった国。

 今回のレッサウ戦の苦戦の原因は仲間割れ。これはマウサルムの持病みたいなもので、後継者争いが激しすぎるの。今回の仲間割れは王が病気になるところから始まってるの。まあ、コトリがやったんだけど。そこにレッサウの侵攻が始まったのだけど、この国の慣習として王たるものは軍陣に立つべしがあるのよね。

 でも病気で立てないんだけど、立てないから退位しろと迫られたんだ。これを王は拒否したんだけど、弟に殺されちゃったの。弟にすれば軍陣に立てないのに王であるのは許されないだけど、なんの事は無い自分が王になりたかっただけ。そしたら、王の三男が復讐として叔父を殺しちゃったのよね。

 話が煩雑になるけどマウサルムでは軍陣に立てないのに王であるのは犯罪行為なのよ。だから殺してまで排除した王の弟には実は正統性があるの。問題は王の長男を押しのけて王位に就こうとしたこと。だから三男が叔父を殺したんだけど、ここの長男の出来がイマイチというか拍子の悪い状態になってたんだ。

 叔父が王を殺した時に身の危険を感じて逃げたんだ。この判断は間違いとは言えないんだけど、戻ってきたのは三男が叔父を殺した後だったんだ。なんと言っても軍陣に立てなくなった王は退位すべしみたいな武勇を尊び過ぎる国だもんで、長男より三男に人気が集まったんだけど、長男も譲るわけもなく内戦突入。

 三男も長男を早く叩き潰したかたんだろうけど、レッサウとの戦争もあり、両面作戦を強いられて苦戦ってところ。なんとかゼロンを手中に収めたコトリはザラスに移動してまたも待ってた。そしたらザラス王にマウサルムの長男からの使者が来た。

    「援軍乞う」
 コトリは待ってたけど、何もしてなかった訳じゃなくて、エレギオン同盟のさらなら援軍を待ってた。とにかくシャウスさえ押さえておけばエレギオン同盟は安全だからかなりの大量動員をかけさせたんだ、マウサルムの長男の使者もエレギオン同盟軍の数に目を剥いてた。こんだけ動員をかけたのも理由があって、ゼロン戦のエレギオン軍の弱さにゲンナリしたのがあったの。弱いんなら数で勝負が一つと張り子の虎作戦ってところ。

 長男からは何度も援軍の要請があったけど、最後はマウサルムの安定を掲げて介入の姿勢でキボン川を渡ったの。川こそ渡ったものの陣を構えて動かなかったの。そう、長男にも味方せず、三男にも味方せず、もちろんレッサウにも味方しなかった。下手に戦うと張り子のトラの化けの皮が剥がれちゃうからだけど、見た目だけなら圧倒的な大軍だから、長男も三男もレッサウも動揺してた。

 そしたらコトリが期待していたものが来たの。マウサルムには骨のある家来が多いのよね。それも知ってたから絶対に動くと思ってた。マウサルムは南のレッサウの攻勢に苦戦し、内では長男と三男が王位争いで兵を構え、さらにエレギオン軍が介入している状況なのね。

 この苦境を脱するにはマウサルムが一丸にならないといけないんだけど、三男は個人の武勇に走るのみで戦争指揮については見限られてた。つまり乱暴なだけで王の器に無理があるなの。長男は既に卑怯者のレッテルが貼られてしまっているから、残っている次男を立てる動きが出ていたの。これがまずまずの器。

 打ち合わせが行われ、遂に決行。三男は家臣たちに殺され、長男はまたもや逃亡。次男の後ろ盾になったエレギオン軍はマウサルムに無血入城。エレギオン軍とマウサルム軍が合流したのを見たレッサウ軍は撤退。

 こうしてザラスだけではなくマウサルムも同盟者に加えたエレギオン同盟軍は、レッサウ、パライア、ラウレリア、イートス、さらにはクラナリスを次々と攻略し、高原地帯の制圧事業に成功。さらに山岳部に進出しカレム、モスラン、ウノスも同盟に加える大成果を挙げたの。三年ぐらいかかったけど、マウサルムがエレギオン同盟に加担したのは大きかったってところ。

 エレギオンの神殿で同盟の誓約が行われたけど盛会だった。十六か国の代表が一堂にそろって平和の到来を祝したものよ。戦争も血腥い面はあったけど、それでも最小限に留めたと思ってる。それとこの時にエレギオン軍は一度も負けなかった・・・ガチで戦ったのはゼロン戦だけなんだけど、

    『無敵』
 なんて言われて、笑ってもた。それでも凱旋将軍としてエレギオンに帰ったらユッキーが迎えてくれた。二人でビールをどれだけ飲んだことか。こんな時代にビールがあったかって? あったわよ、ワインだってあったんだから。シュメールもエラムも先進地帯だったの。

 ただエレギオンは長いこと慢性的に食糧不足だったから、ビールなんて作る余裕がなかった時代が長かっただけ。キボン川の下流地域を支配下に置けるようになったから、再び作り出していたぐらい。でもワインはあんまり作ってなかった。理由はようわからへんけど、エルグ平原にしろハムノン高原にしろブドウがあんまりなかったのと、当時のワインは甘ったるすぎる上に、アルコール度も低すぎて好まれなかったぐらいかな。

    「ユッキー、もう終りよね」
    「そうよ、もういないよ。この通商同盟の平和は絶対に守って見せるわ」
そう終りだと思っていた。でも悪夢はこれからだった。

アングマール戦記:高原進出(2)

 これはシャウスだけを奪還しても同じことの繰り返しになるから、争奪戦にならないようにするにはハムノン高原を制圧する以外に手段がないって判断なの。高原連合軍の方は、シャウスを奪った事ですぐにグラグラしてたし。

 これだったらシャウスが健在のうちにそうしておけば良かったんだけど、コトリもユッキーも戦争は嫌いだった。軍事は人の王に任せていて、防衛戦はともかく外征軍には参加してなかったほど。それとエレギオン軍も正直なところ弱かった。

 このエレギオン軍が弱いのも大きな問題で、弱いエレギオン軍で勝つには女神の戦術を駆使する必要があり、その戦術を使うには女神が外征軍を率いなければならなかったの。戦争は負けたら論外に悲惨だけど、勝っても女にとって悲惨すぎる光景を見なくちゃいけないのよね。そんな汚れ仕事をユッキーにさせるわけにはいかないから、外征軍はコトリが率いることにした。

 とはいえコトリも軍事は基本的に素人。そりゃ、長いことエレギオン防衛戦はやってたから少しは知ってるけど、攻める方は初めてだし、同盟軍と言う混成軍を率いるのも初めて。とりあえずはハマまで行って情報集め。シャウスはザラスが占領していて、シャウスの道の三分の二はザラス軍が押さえていた。

 ハマからシャウスに攻め寄せるにはシャウスの道をゴリゴリと攻め上る以外にないんだけど、そうなると狭い所での兵対兵の消耗戦になり、弱兵ぞろいのエレギオン軍じゃ大損害は必至みたいな状況ってところ。つうか、勝てるかさえ疑問。なにか戦術の工夫が求められるところ。そこで知恵を絞って流言戦術を取ったんだ。

 ザラスの隣にゼロンがあるんだけど、ザラスとゼロンは犬と猿ぐらい仲が悪いのよね。都市国家同士はどこもたいていは仲が悪いんだけど、ザラスとゼロンはとくにってところ。そのうえゼロン王は徹底したエレギオン嫌い。そこでゼロンの町に、

    『ザラスはエレギオンと条約を結び、連合してゼロンを攻める』
 この流言のためにコトリはハマに入ってからずっと動かなかった。つまりは同盟交渉中の外見を装うようにしたってところ。結構チャチな戦術だったけど、女神のコトリがハマに進出してきているのにゼロン王はすっごく神経質になってたみたいなの。これまで女神がエレギオンを離れることはなかったし、離れてハマまで進出してきたのに意味があるはずって考えてくれたみたい。というか、コトリはそれを期待して噂をばらまかせた。

 噂を信じたゼロン王は『やはり』とばかりに兵をザラスに進めてくれた。ザラスもシャウスを奪ったとはいえ、ザラス軍が二倍になった訳じゃなく、分散配置状態で、高原連合軍の誓約で、シャウスをザラスが預かってる限り攻撃しないに頼ってた側面があるの。

 でもってゼロン軍が動いた時点でザラスに話を持ちかけたの。ザラスは本国がゼロンの脅威にさらされ、シャウス派遣軍はハマにいるエレギオン同盟軍のために身動きが取れない状況になってるから応じてくれた。たいした交渉ではなく、シャウスのザラス派遣軍の撤退を邪魔しない代わりにシャウスはエレギオンが占領するだった。

 ザラス軍もシャウスを譲り渡すのは癪だったと思うけど、宿敵ゼロン軍が本国を襲うとなれば背に腹は代えられないぐらいで応じてくれた。ザラス軍は宿敵ゼロン軍との決戦に赴き、エレギオン軍はシャウスに無血入城にまんまと成功した。

 ここでザラスは使えるとコトリは読んだんだ。ザラスは高原九か国の中でも弱い方なの。弱いからシャウスを預けられたぐらいだし、弱いからゼロン軍が動くと全軍が必要ってところかな。ただ高原九か国の反エレギオン感情は強いから、ここもまた一工夫必要ってところ。

 ザラスはキボン川の北側の都市。シャウスの隣なんだけど、とりあえずザラス軍を苦戦させることにした。コトリの災厄の呪いもズオンにやった頃は加減がわからへんかったけど、その頃には微妙なコントロールが出来るようになっていた。ザラスは苦戦して欲しいけど負けたら元も子もなくなるからね。

 ここで戦略構図としてザラスがゼロンに攻撃されて危なくなればキボン川を挟んだマウサルムが援軍に来ると言うのがあるんだ。マウサルムが援軍に来ちゃうと話が丸く収まっちゃうから、マウサルムのさらに南側、ペラト川を挟むレッサウが動くように仕組んだんだ。

 具体的にはマウサルムに災厄の雨を強めに降らし、マウサルムが弱っている情報をレッサウに流してやった。もちろん有力大臣を買収しといて、攻撃を強く主張させたんだ。別に買収された大臣だって変な主張をしたわけじゃなくて、マウサルムが弱っているのならチャンスとばかりに動いたってところ。わざわざ買収工作までやったのは、何が何でも動いて欲しかったから念押し。

 でもこれでザラス軍は大苦戦になっちゃうのよ。ゼロン軍の攻勢に苦戦中なのに、頼みの綱のマウサルムがレッサウの攻撃を受けてしまっているぐらいってところ。それでコトリはじっと待ってた。そしたら万策尽きたザラスが使者を出してきた。

    「援軍乞う」
 条件はエレギオン同盟に入るだったからザラスに向かって進軍。その間にザラスへの呪いもマウサルムへの呪いも解き、ゼロンに災厄の雨を降り注いでやった。もっとも、それだけ弱らせてもゼロンには苦戦した。どう見たって数の少ないザラス軍の方が強いのにあきれたぐらい。それでもなんとかゼロンは落城させた。

 これでキボン川の北岸のシャウス、ザラス、ゼロンを抑えたことになり、有力同盟国としてザラスを得たことになったんだ。まあ、ゼロン落城後のザラス軍の暴行と略奪は物凄かったけど、あれは仕方がない。もちろんエレギオン軍もそれなりにやってた。これがあるから戦争、とくに都市争奪戦は嫌いだ。

アングマール戦記:高原進出(1)

 エレギオン通商同盟やけど、あれに加わると国民は豊かになるんよね。あのシステムはまずエレギオンに同盟国の富を集めて再分配する事になるんやけど、再分配を取り仕切ってるのがコトリとユッキー。二人とも建国以来、ずっと苦しい財政をやり繰りし倒してたから貧乏性が骨身に沁みてたの。

 だから王族や貴族が贅沢をするようなものにはビタ一文出さへんかった。その代り、国民生活が向上するものには赤字覚悟でも援助してた。ユッキーはかつての主女神程ではないけど先が見えるし、コトリだって少しは見えたから、この二人を騙すのは容易じゃなかったの。またもし騙そうものなら災厄の雨を降らせたった。

 まあ、エレギオンでは公開の女神やったし、女神の生活は国民の模範にもされてたから贅沢なんてやりようがなかったし、やろうとも思わなかったの。そんな二人が再分配するもんだから、援助の恵みを受けるのは中流以下の国民層って感じになるのよね。単純にはエレギオンの経済支配が強まるほど支配階級の王族や貴族は貧しくなり、国民は豊かになったぐらい。


 さてビソン川流域とキボン川下流域は別々の呼び名があったんだけど、エレギオンがズオン王国を併呑し、エレギオン通商同盟が出来てから合わせてエルグ平原と呼ばれるようになってた。もう少し細かくはビソン川流域が東エルグ平原、キボン川流域が西エルグ平原になるはずなんだけど、エレギオンの国境の関係で、キボン川で東西に分けて呼んでた。

 で、エルグ平原のうち、キボン川下流域の一番北側にあったのがハマ。ハマの北側にラウスの大瀑布があり、ここの上がハムノン高原。高原といっても百五十メートルぐらいしか違わないんだけど、エレギオン平原とはセトロンの断崖で区切られてたの。キボン川はハムノン高原を東北から南西に向かって流れていて、ラウスの大瀑布でハマ、さらにズオンに流れて行く感じ。今とはだいぶ違うけどね。

 エレギオン平原とハムノン高原をつないでいたのがシャウスの道。これはハマとシャウスを継いでいたのだけど、おおよそここしか通れんかった。他にも細い道はあったけど、それこそロープを使ってのロック・クライミング状態やった。セトロンの断崖は、今でいうたら地殻変動による断層のズレみたいなものやと思うけど、エルグ平原の北側に壁のように連なるものだったの。ありゃ、まさに絶壁。

 その中でシャウスの道だけは比較的緩やかなところにあって、通商とか軍事で使うんやったらこの道以外はないと思ってもらって良いと思う。もっともセトロンの断崖も今は変わってる。どうもエレギオンが滅亡してから大地震があって、崖がかなり崩壊してラウスの大瀑布もキボン川の流れもかなり変わってる。

 シャウスとハマは兄弟国家。ハマがエレギオン通商同盟に加わった関係もあって、シャウスも早い時期から加わっていた。エレギオンのとっても高原地帯への通商路を確保できてメリットは高かったと思ってた。ただなんやけど、高原地帯にも都市国家が成立し覇権争いの真っ最中。

 シャウスも含めて九つの都市があったんやけど、ある程度覇権を握ると必ずシャウスを攻撃してくるの。これはエレギオン同盟に加わって町が豊かになってるのと、南方のエルグ平原進出の足掛かりを狙ったものと思うけど往生させられた。エレギオンは盟主やし、援軍を頼まれたら知らん顔もできへんやんか。

 最初のうちはハムノン平原に覇権国家が出来んように調整しとった。強くなってシャウスを狙う国が出てきたら災厄の雨を降らすぐらい。そうやって弱れば、他の国が取って代わるいたいな混沌状況の維持みたいな感じかな。でもやってるとキリないんよね。そこでユッキーと長いこと話とってんけど、ハムノン平原の都市国家群もエレギオン同盟に引きずり込んじゃおうだったの。

 元はコトリの提案だったんだけど、ユッキーも乗り気薄だったし。コトリもあんまりやりたくなかったの。この頃にはエレギオン同盟に加わると国と国民は豊かになるけど、王族や貴族は貧乏になるって評判が定着してたのよねぇ。だから同盟に加えるには軍事的制圧が必要なんだけど、これはやりたくないで一致してたのよ。

 だから案だけ出て先延ばしの繰り返し。でも先延ばしにしたって戦争は起るのよね、シャウスで。それも段々様相が変わってきて。エレギオンの手先のシャウスを叩き潰さないと、自分たちの地位や富が脅かされるって危機感が共有されちゃったみたいで、ハムノン高原都市国家連合軍みたいな状況で攻撃されちゃったの。

 で、シャウス落ちちゃったの。エレギオン同盟軍はハマまで来てたんだけど、間に合わず、シャウスの道を守る格好になったんだけど、高原連合軍はシャウスの道まで攻め込んで来て大変なことになったわ。

 なんとかエルグ平原への侵入を防いだんだけど、今度は高原連合軍の侵攻の警戒のためのハマに防衛軍を常駐せざるを得なくなったし、逃げ延びたシャウスの人の奪還要請も無視できなくなっちゃったの。ハマの人も兄弟国だからそういうしね。それでね、ユッキーがついに決断したの。

    「ハムノン高原を制圧する」