次回作の紹介

 紹介文としては、

 エレギオン・グループは社会還元事業の一環として、南太平洋のたった人口1万人の小国ツバルへの援助を長年行っています。その事業の完成祝典に呼ばれたコトリですが、突如中国が潜水艦で攻め寄せてきます。軍隊どころか警察も三十人程度しかいないツバルの首都フナイフティは無血占領されてしまいます。


 驚くシノブとミサキですが、第三国人であるコトリは早期に開放されるはずだと期待します。ところが中国軍は首都フナフティの占領こそスムーズに行いましたが、総督や首相以下、政府要人は根こそぎヴァイツプ島に逃げられ、そこで臨時政府樹立を宣言してしまいます。この事態にユッキーは大学院を休学して社長代行として復活。


 コトリはヴァイツプ島政府に協力し、ユッキーたちは国際社会を飛び回り侵略者である中国を追放するのに動きます。大国の面子にかけてツバル占領にこだわる中国と、コトリやユッキーの対抗策が火花を散らすツバル戦争が展開することになります。


 コトリとユッキーはツバルを取り戻せるのか。

 ここのところ脇役ばっかりだったユッキーとコトリをメインにしようと考えた作品です。とにかくこの二人は長すぎるシリーズでパワーアップしすぎたもので、今やジョーカーみたいな存在になってしまい、使いにくいったらありゃしないです。

 だったら開き直ってジョーカーが事件を快刀乱麻に解決してしまう話はどうだろうと書いた作品です。相手はドトーンと超大国である中国にしてみました。実在する国を使うのはどうだろうはありましたが、時代設定は21世紀末にしてますからヨシとしています。

 まあ大国が吹けば飛ぶよな小国に負けるのですから、どうしたって大国側に手抜かりとか、凡ミスが生じないといけないのですが、この辺のサジ加減をどうするかが苦心した点でしょうか。

 見ようによってはユッキー・コトリ無双の話ですが、それなりに楽しめるものになっていると思っています。明日からお楽しみください。

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ロマンス・リサーチ2

 参考資料で受けそうなパターンを漁っていたのですが、高校生活の描写にイジメは良く使われています。この辺は学生や社会人でも出てきますから、ポピュラーなんでしょう。

 イジメのパターンも様々にありますが、なんとなくデ・ジャブーがあります。そう、どこかで見たような感じです。知っている人も少なくなっていると思いますが、花登筺的な世界に似ているじゃないかって。私は陰隠滅滅としたドロドロした人間関係は読むのも見るのも嫌いなのですが、そういうのが好きな人は確実にいます。印象として女性が多いかも。

 貧乏だとか、家柄だとか、出自でイジメられ健気に生きる姿ぐらいでしょうか。まあそうやってイジメられるヒロインが、最後の最後にカタルシスが訪れるのが好きなんでしょうね。忍耐からのカタルシスは男性も嫌いじゃありませんが、男性の場合は路線が東映仁侠映画路線、高倉健とか、鶴田浩二みたいになるのが違いかもしれません。

 話は高校物ですから、イジメられる方は定番の貧乏とか、片親も多いですが、目に付いたのは昔でいうなら内気な少女とか少年みたいな対象です。これを陰性キャラ、陰キャと呼んで扱っているものがかなりあります。

 ステレオ・タイプの陰キャは、コミュ障で、見た目も風采もうだつが上がらないものです。ただこれは今どきだと思ったのですが、それに加えてオタクもセットで付いてきます。

 オタクとは何が本来かは微妙ですが、ある特定の趣味領域にのめり込んだ人ぐらいのはずです。昂じて、その趣味以外の話が合わなくなるぐらいです。ですが多いのはアニメ・オタク。マンガ本や、アニメ、さらにその手のゲームに熱中するぐらいの設定です。

 ここも大事なポイントだと思うのですが、アニメ・オタクは高校生でも恥ずべきものとして扱われています。そういうオタク趣味があると言うだけで、クラスメイトから白眼視されるぐらいです。恥ずかしながら、これは存じませんでした。意識としてアニメは小学生ぐらいまでが熱中するもので、高校生にもなって血道を挙げる者は変人扱いされるぐらいで良さそうです。

 この陰キャをイジメに回るのが、陽性キャラ、陽キャと呼んでいる者になります。陽キャはクラスの中心的人物とか、グループを組んでいて、ここにはギャル系女子も含まれます。陽キャがすべてヒールじゃなく、ベビーフェースも含まれてるのが特徴でしょうか。

 というか、ストーリーで多いのが陰キャに陽キャが惚れて、実は陰キャでうだつの上がらないブスと思われていたヒロインが、実は超絶美少女パターンが多いのです。ある腫のシンデレラ・ストーリーでしょうか。

 ヒロインは実は美少女パターンが多いのですが、男の場合はそれなりにバリエーションがあります。まずあるのが弱々しそうに思っていたら、実はムチャクチャ強くてはあります。そうですね、スーパーマンみたいな設定です。着替えたら突然強いのがバレるとかみたいな。

 他に目に付くのは、見た目はともかく、陽キャのヒロインが惚れたのが、その優しさみたいなものも多いです。ライバルは陽キャで、そうですね、運動部の花形みたいだけど性格が悪いぐらいです。敵役もヒロインを狙いますが、ヒロインは見た目の格好良さより、その心の優しさを選ぶみたいな流れです。

 そういうパターンも昔から多いですが、あれってモテない私の様な人間の願望の反映なんですよね。美男美女が結ばれてハッピーなのが妬ましくて仕方がないぐらいです。高校生ぐらいでは、言ったら悪いですけど見た目がすべてで、その他の条件の評価は低いのは今も変わらないはずです。

 結果として美男美女カップルが多く誕生しますが、そうじゃない人が多数派な訳で、そうじゃない人の一発逆転ストーリーが受けるぐらいでしょうか。この辺は、今も昔も人の欲する物は変わらないと感じた次第です。

ロマンス・リサーチ

 小説連載のストックはまだまだあるのですが、新作で行き詰っています。それでも漠然と構想はあってラブ・ロマンス路線にしたいと言うのがあります。それも高校生ぐらいの甘酸っぱいお話です。思い思われ、振り振られ的な感じです。そこで問題になるのが、

    ジェネレーション・ギャップ
 自分の感覚と今の感覚との差です。そりゃ、もう40年以上前の経験ですから、そこには溝どころか深い谷があるはずです。だったら書くなと言われそうですが、書きたいですから仕方ありません。

 こういうリサーチは簡単じゃないはずですが、さすがはネット時代でちゃんとあります。ちゃんとどころかゴッソリって感じであります。かなり偏ったリサーチではありますが、受けた印象は昔も今も根本は大きく変わっていないで良さそうです。

 好きな異性が出来て、相手が自分をどう想ってくれているのか、この想いをどうやって伝えようか、告白して断られたらどうしようか悩む図式です。この辺は今も昔も大昔も変わらない部分で良さそうです。

 変わっているのは、好きになってから告白するまでの距離が近くなっているかもしれません。ここも参考資料にしたものが尺の問題で早く展開させているだけの可能性はありますが、スマホの存在が大きいで良いでしょう。

 スマホの存在は連絡先さえ交換できればいつでも連絡が取れます。これは恋人関係になってもそうですが、そうじゃない友だち関係でも、知り合い関係でも可能です。そのためか、LINE交換が出来るようになる部分に重点を置いたり、送ったメッセージが既読になるか、レスがあるにドキドキする描写もあります。

 幼馴染パターンでも有用で、幼馴染だから連絡先は知っていて、それが恋心に変わった時に・・・なんてのに使われています。家電と手紙しかなかった時代とは大違いです。


 もう一つで知りたかったのは高校生ぐらいで「お付き合い」とは具体的に何をしているかです。これは私の人生で未経験に終わった部分ですが、やはり高校生特有の制限はあるで良さそうです。未成年とかもありますが資金に乏しい点です。

 そのために多かった描写は登下校、とくに下校時に一緒に帰るは多い描写でした。図書館で一緒に勉強のパターンもありました。デートは遊園地とか、映画で、お茶して帰るぐらいです。この辺は個人差がテンコモリあるでしょうが、想像の範囲内で良さそうです。


 笑ったのはスマホがあれだけ活用されているのに、それでもラブレターが健在の点です。だいぶ前にn=1に聞いたら伝説の世界としていましたが、この辺は参考資料を描いた作者の思い入れとか、世代感覚が反映されているのかもしれません。

 笑うと言えばヤンキーなるものが健在なのもそうです。これはいつの時代でも広義の不良は存在していておかしくないのですが、未だにヤンキーと呼ばれているのに苦笑した次第です。ヤンキーではなくDQNとしているのもありましたが、DQNの適用範囲は広いのでポピュラーとも言えなさそうです。

 
 ざっとですが、これぐらい知っていればなんとかなりそうです。そうそう、あくまでも参考資料ですが、髪を染めたりメイクをする描写が多かったですが、あんな高校は本当に存在するかは少々疑問です。だって金髪ですよ。東京あたりではわりとあるのかな。

鉄オタじゃない

 諸般の事情でクルマを手放してから、公共交通機関を利用して動いています。平たく言えば電車とバスです。これも使い慣れると有用です。私も田舎者ですから、都市部の公共交通機関は便利なものだと実感しています。

 田舎で電車バスを利用して動こうと思えば、よほどの下調べが必要です。1時間に1本どころか、2時間に1本なんてのも普通だからです。ところが都市部になると10分もすれば次が来ますから、とりあえず駅なりバス停に行けば事足りることが殆どだからです。

 ハイキングは電車・バス利用ですが、電車はまだしもバスがからむと大変で、行きはあれこれ調べて行くのですが、帰りはデタトコなので、

    やったぁ、たった30分でバスが来る♪
 こうなる次第です。田舎のバスの良いところは、とにかく空いてること。貸し切り状態なんていくらでもあります。あれでよく路線を維持しているものだと感心するぐらいです。

 大変なところがある田舎の電車・バスですが、利用しているとプチ旅行気分だけは味わえます。年に1回ぐらい使うルートに加古川線から北条鉄道ルートがありますが、なんかトンデモないところに着いた気分になります。

 これも年に1回ぐらいは登る丹生山も、三ノ宮からモグラバスに乗り、そこから箕谷駅前で111系統と乗り継ぐと、ディープな趣味をやってる高揚感があったりします。

 あれは懲りましたが、加古川線の西脇市より北側に行った時もそうで、なんちゅう遠いと呆れたぐらいです。相生駅からバス経由で感状山城に登った時もそうでした。


 そうやって電車を利用していると感心したのが新快速の速さ。鉄道ファンからは怪物と呼ばれてるようですが、実際に利用すると感覚がおかしくなるほど早いのに驚かされます。そりゃ神戸から京都まで1時間で到着してしまうからです。姫路なんて40分ですし、明石なら15分です。

 この辺は最寄り駅に新快速が停車しないのでもうちょっと時間がかかりますが、これで特急料金無しですからね。Youtubeで京都から大阪に行くのに新幹線と新快速でどちらが早いかをやっていましたが、なんと同じでした。新幹線の方が速いですが、新大阪から大阪の乗り継ぎで追いついてしまうぐらいです。

 この辺は田舎者の感覚が残ってまして、その昔、大阪空港で東京に帰る人の見送りをやったら、家に着くのは東京に向かった人の方が早かったなんてあります。故郷に神戸電鉄があるのは良かったとは思っていますが、あれで神戸まで出るのは苦痛以外になかったからです。


 前にバイクの話を出しましたが、出かけるのなら電車とバスの方が良いと思っています。やはりバイクの遠出はこの歳になると辛すぎる面があるからです。ものの1時間も走れば肩と腰に来る感じです。もちろんバイクじゃないと行きにくいところは多々ありますが、もうちょっと新快速を利用した小旅行を考えても良いと思ってます。

 現地に着いたら歩きが基本のブラブラ探索ぐらいです。ネット時代で見どころ情報のリサーチは容易になっていますし、ああいうものは歩いてこそ見つかるものが多いからです。バイクでさえ走り抜けてしまって、見落とすものが多いですからね。

 ああ、出かけたい。

大津の宇佐八幡宮ムック

 大津の宇佐八幡宮は社伝によると源頼義が治暦元年(1065)に創建したとなっています。ふ~んてなところですが、次に湧いた疑問が、どうして頼義がこんなところに神社を作ったのだろうです。

 頼義は頼信の子、河内源氏の二代目で八幡太郎義家の父です。平忠常の乱で武名を現し、前九年の役の英雄です。頼義は前九年の役の功績を称えられて康平6年(1063)に正四位下伊予守に任じられ、治暦元年(1065)に出家し信海入道と号しています。出家の歳は正しそうなんですがwikipediaにはこうあります。

未だ恩賞を手にしていない将兵の為に都へ留まり、彼らの恩賞獲得に奔走した。結局、実際に伊予へ赴任したのは2年後

 国司の任期は当初6年で後に4年となったとなっていますが、変更時期の確認は出来ませんでした。頼義の時代なら4年と考えたいので、任期が終わるのは治暦5年(1069)のはずです。社伝と合わせれば頼義が伊予に行く前に出家した時に作られた事になります。

 この辺も気になることがあって、頼義は鎌倉に石清水八幡宮を康平7年(1064)に作っています。他にも羽曳野に壷井八幡宮、東京に大宮八幡宮も創建しています。これらは河内源氏の氏神の石清水八幡宮の分祀です。ところが大津の宇佐八幡宮はその名の通り九州の宇佐八幡宮の分祀です。

 どっちも八幡宮ですが、石清水八幡宮ではなくなぜに宇佐八幡宮なのかです。

 それと社伝では頼義は宇佐八幡宮の麓の錦織に邸を構え住んでいたとなっています。これも引っかかる点で、いつ住んでいたのだろうです。当時の河内源氏の京都の屋敷は京都の六条左女牛にあったはずです。伊予守任官後もかつての部下たちの恩賞に奔走していたのなら、京都にいたはずです。

 錦織に隠居所を建てたとしても、実際に住むのは伊予守の任期が終わってからになるはずです。この辺は治暦元年時点で邸の工事が始まっていたとも考えられますが、今度はどうして隠居するにしても故郷の河内でなく近江の錦織なんだの疑問が出てきます。

 それとですが、宇佐八幡宮はかなり立派なものであったと推測されます。現在の社殿もなかなか立派なものですが、あれは信長と浅井朝倉連合軍が戦った志賀の陣で焼き討ちされた後の仮殿となっています。そう再建ではなく、再建するまでの仮の社殿なのです。

 不思議と言えば宇佐八幡宮の祭礼ですが、二基の神輿が出ます。お祭り形式は神幸祭形式で、神様が御旅所まで旅行するスタイルです。説明するまでもないですが、神は神社から神輿に移って御旅所に赴き、そこで一泊して翌日に神社に戻ることになります。

 神の乗り物である神輿が二基とはどういうことだになります。

 もう憶測の翼を広げるしかなくなりますが、晩年の頼義はなにかを恐れていたと見てよい気がします。前九年の役のあまたの戦死者の怨霊です。これを鎮めるために京都から鬼門にあたる場所に鎮護の神社を作ったのでないかです。

 傍証は宇佐八幡宮はムシ八幡とも呼ばれ疳の虫封じに御利益があるとされています。これって怨霊封じが変形したものじゃないでしょうか。石清水八幡ではなく宇佐八幡にしたのも、石清水では余計に怨霊の反発を食うためとか。

 二基の神輿の意味も一基は官軍側、もう一基は安倍氏の鎮護のためとか。いや、一基は宇佐八幡であり、もう一基は安倍氏の怨霊とか。すべては歴史の彼方のお話です。

 オマケですが近江神宮がどうして宇佐八幡宮に見下ろされるところに建てられたのかも不思議なんですよね。そういう配置で建てられるのはタブーではないでしょうが、ちょっと不思議な感じもしています。