ツーリング日和7(第24話)ドラマの思い出

 ミサキちゃんから、

「また厄介な問題を持って帰って来て・・・」

 コウたちとマスツーしたんは失敗やった。

「でもコウからの頼みだから断り切れなかったのですよね」

 そうなってもた。杉谷温泉でコトリとユッキーが説き伏せそこなったのは相手がコウやったからな。なんやかんや言うてもコトリもコウに甘いし、ユッキーはもっと甘いんよ。ボヤいてもしゃ~あらへんけど。

「コウがここに連れられて来た日を覚えてますよ」

 懐かしいな。絵に描いたようなヤンキーやったもんな。そりゃ、暴れたり、逃げ出そうと何度もしたけど可愛いもんやった。

「コトリ社長たち相手ならどんな乱暴者でも借りてきた猫になりますから」

 てなほど簡単やなかったけど、ユッキーの躾けは厳しかったもんな。コウが悪さをしたら、あの睨みと女神の力を容赦なく使ってたぐらいや。コウは何回も金縛りにさせられとった。

「かつての主女神に較べたら遊んでいたようなものよ」

 コウはヤンキーぶってたけど根性と才能はあった。それを見込んでのものやったけど、ピアノのレッスンもスパルタそのものやった。鍵盤が血に染まるまでやっとったもんな。あのシゴキに耐え抜けたからこそジュリアード音楽院に入れたようなもんや。

「イイ子だったもの」

 コウのハートも綺麗やってん。女神が惚れるタイプの男や。

「今の時代で良かったと思わない。ああいうタイプはすぐに戦死しちゃうじゃない」

 そやった。鋼鉄の勇気や勇敢さを持っとっても、槍で刺されるし、矢が飛んで来たら突き刺さる。

「今回だって、最悪でもユリが養えば済む話だものね」

 そりゃ、そうやけど、そうしとうあらへんやんか。コウの才能はまだまだ花開くはずや。コウには華やかな成功の道が待っとるし、そこを歩かせたいんや。それをユリのヒモみたいな状態にしたないやんか。

 まったく余計なものに手を出しやがって、いくら女神でも手に負えへんもんはあるんやからな。とにもかくにも飛鳥井瞬の現状の確認と説得をやらなあかんねんけんど、もうちょっと事前情報が欲しいな。こんな状態で説得にかかっても、さすがのコトリも自信があらへん。そしたらユッキーはピアノを弾き始め、

「♪何度でも、何度でも、
命ある限り言うよ
僕は君を愛してると」

 それは飛鳥井瞬の、僕は君の答えを待っているやんか。

「♪恋は心で感じるもの
僕の心は響いてる、
僕は君に恋してる」

 エエ歌やった。メガヒットやった。カラオケでみんな歌ってたし、結婚式でも歌っとったもんな。

「♪夢ではないよ
君がいるのは現実だ
僕は君の答えを待っている」

 このサビのところは今でも最高や。

「この歌が主題歌になったドラマも良かったものね」

 あれもヒットしたもんな。恋に疲れた女が世間のしがらみでお見合いをさせられるんや。そやけど現れたの見るからには冴へん男やってん。そやけど男の方は女にガチガチの一目惚れや。

「目が点になって有頂天になる様子の演技が秀逸だった」

 女は見合いのセットみたいなデートで断ろうとするねん。そやけど男があまりにも熱心やから、どうしても断れへんかってん。それだけやなく、男の熱意に押されてつい二度三度とデートを重ねてまうんよな。

 男は冴へんだけやのうて恋愛にも不器用やってん。不器用と言うより、女とロクロク付き合うどころか、話したことさえ少ないぐらいや。そやから女を喜ばそうとデート・マニュアルみたいなものを必死になって読み漁るんや。

「あれ、おかしかったよね。とくにレストランのシーンなんて最高」

 男の想いとは裏腹に、デートはいつもドタバタ騒ぎ。マニュアルしか知らんから、ここぞと言うところで失敗するねんよ。腹抱えて笑うたけど、見てる方が逆に心配になるぐらいやった。

 女かって最初は呆れるし、恥かかされたって怒って帰ったりもするんやけど、あまりのひたむきさに切って捨てられへんようになっていくんよ。

「それだけじゃないよ。心の奥底のどこかで魅かれるようにもなって行くのよ」

 その辺の二人の心の動きをコメディの中で微妙に描かれとった。女のふとした表情とか仕草とかや。男はとにかく真正面から愚直に挑むのやが、そのうちに女がどうも振り向いてくれてる感触を得るんよ。

「男の仲間たちが良かったよね」

 男には女に対するコンプレックスがあるねん。女はとにかく美人やからな。そやから次にどうやっても進めんのよ。そいでもや、お見合いやから次はプロポーズしかない言うて尻を叩きまくってプロポーズさせるんや。

「あの時は失敗を糧にしてビシッと決めたよね」

 この時に女の過去の辛い失恋話を聞かせられるんよ。だんだんに感情が高ぶって来て涙ながらになっていくシーンは白眉やった。

「そこで出たのよね『僕がすべてを忘れさせます』ってさ」

 あのセリフは流行語大賞になったもんな。それでも女は男のプロポーズを最後の最後のとこでよう受けんかった。

「失意の極みの男が指輪を海に投げ捨てるシーンは涙なしには見られなかったよ」

 そやった。それこそ日本中が泣いたんちゃうか。そんな男に海外への長期出張の辞令が出るんや。あれは、その前から伏線としてあってんけど、女との恋のために保留にしとったんを受けたんや。

「女の妹が良い味出してた」

 女はプロポーズを蹴った後に後悔するんよ。思い出すのは二人のドタバタ・デートばかり。ドタバタやったけど、自分に渾身の愛を傾けてくれたあの男のことや。妹は姉の姿を見かねて、

『行っちゃうよ。お姉ちゃんは本当にそれでイイの』

 それでも女は踏み切れずに男が海外出張に出る日も出勤するんよ。これも理由があって、ずっと手掛けていた、社運を懸けるような大きなプロジェクトのプレゼンをやる日やってん。大きな会議室で相手側の重役も居並ぶ大事な会議やってんけど、

「流れ出すのよね、あのメロディーが」

 女は胸に込み上げて来る想いでプレゼンが続けられんようになり、涙が止まらんようになってもたんや。大事なプレゼンの真っ最中やってんけど、会議室を飛び出して行くんや。会議室は呆気に取られとった。

「ずっと追いかけられてたのに、今度は追いかけるのよね」

 そうや。成田を目指すんやけど、今度は女にあれこれトラブルが起こる。男の出発時刻が刻々と迫ってくるシーンと、間に合わなくなりそうで焦る女のシーンの対比が緊迫感を醸し出しとった。

「間に合わなかったのよね」

 女は愕然としてヘタレ込み、そりゃもうの号泣になってまう。どうしても素直になれなかった自分に出てくるのは後悔ばかりや。そんな女の背後に・・・

「待ってたのよね」

 男は女の妹から連絡を受けてたんや。ホンマによう出来たドラマやった。女が会議室からすべてを振り捨てて追いかけるラスト・シーンは、どれだけパロディが作られたか。

「パロディだけじゃなく、ハリウッド映画だけじゃなく世界中の映画にオマージュとして取り入れられてたもの」

 そやった。

「もう一度見たいし、なにより聴きたい」

 そやな。あの頃の感動を全部思い出してもた。

ツーリング日和7(第23話)フェリーの二人

 新潟からのフェリーで明日には敦賀や。

「コトリ、コウにあんなこと言っちゃってどうする気なの」
「ああでもせんと、あの場は収まらへんやんか。それともあれ以上、説得できる材料があったか」
「まあ、そうなんだけど」

 あないにコウが頑なやったんは驚かされた。ほいでも悪い意味やないで、エエ男になったもんや。ユリを見初めた頃は、またグラグラしとる部分があったけど、今や鋼鉄の勇気を持った男になってくれたで。

「たしかにね。ちょっと、もったいなかったかな」
「コウが選んだのはユリや。あきらめんかい」
「だよね、並んで入ってもユリだったものね」

 そういう意味ではコトリも選ばれんかったけどな。

「当たり前じゃない、棺桶に首まで突っ込んだババアが選ばれるわけないじゃない」
「うるさいわい」

 ほいでもお似合いと思うで。女神なんかと結婚するより人と結ばれる方が絶対に幸せやもんな。

「そうよね。女神じゃヴァージンを味わえないものね」
「毎回、ヴァージンやけど、だいぶちゃうもんな」

 それとついに結ばれよったな。ユリの顔と態度ですぐわかったで。

「遅すぎるぐらいよ」
「あんなんも楽しいで」

 それでもや、コウのこの望みは成功するやろ。

「なにを根拠に」

 そんなものユッキーが女神の恵みをユリに授けてるからや。女神の恵みを授けられた女が選んで結ばれた男にハズレなしや。

「それは根拠がなくて実績だけじゃない」
「あれだけ実績があれば十分やろ」

 さてやが、この問題にはいくつかポイントがある。最大の問題は飛鳥井瞬が今でもまともに歌えるかや。二十年の歳月は人には残酷やねん。歌手かって往年の声が出んようになる。ましてや、捕まってから歌とは縁が切れてるはずやからな。

「ところでどうやって暮らしてるの?」

 飛鳥井瞬の出所後の足取りはシノブちゃんでも追うのは無理や。そやけど今住んどるのは一関となっとる。仕事はリンゴ農園の手伝いか。

「体を動かしてる職業なのはプラスかな」

 マイナスやない程度にはな。家はリンゴ農家に住み込みか。それと音楽関連の活動は・・・とくに無しか。ある方が驚かされるけど、

「無いはずないよ。毛越寺のストリート・ピアノを見事に弾きこなしていたんでしょ」

 その辺もようわからん。どこでピアノを練習してるかまでシノブちゃんの調査でも不明や。

「服役中は」

 ヤクとアルコールを抜くのは大仕事やったやろな。まあ一度切れて手を出したくなっても無縁のとこにおられたんだけは良かったかもしれん。とりあえず模範囚となっとるな。それと感心するのはヤクはカネと伝手が無くなって切れたんはまだかわるが、出所後は酒さえ遠ざけてるみたいや。よく断酒できたもんや。これ以上は、実際に会うてみんとわからんな。

「たとえ歌えても、表舞台に再び立つかも未知数なのよね」

 それもある。服役中に反省したらしいのはなんとなく察せられるけど、音楽界からどういう扱いにされてるかもよう知ってるやろからな。出ようものなら今でさえ大騒ぎになりかねへん。

「大騒ぎどころかスキャンダルだよ」

 そやからコウの話は却下したかってん。

「難しいね」

 わかっとるわい。とりあえず、歌えんかったら歌えるようにせなあかんし、歌う気がのうても歌う気にさせなあかん。これだけでも大仕事や。考えただけで頭が痛いわ。

「芹沢敦は動かせないの」

 芹沢敦は飛鳥井瞬のバックバンドでドラムを叩いとったやつや。飛鳥井瞬と学生時代からの友だちやけど、あの事件の時に決別してもとる。もっとも全員が決別しとるし、決別せんかったら業界に生き残られへんかったものな。当たるだけあたろか。

「沖田颯は」

 ベーシストか。これはアカンやろ。あの事件のもっと早い時期に飛鳥井瞬と喧嘩して脱退しとるからな。

「新見誠は絶対無理だしね」

 キーボードやけど、飛鳥井瞬の暴行傷害致死事件の被害者やもんな。つうのも死んだレミは新見誠の奥さんや。そやけど、この事件はとにかく複雑すぎる。まずやけど、飛鳥井瞬と新見誠とレミは結婚前から三角関係やってん。

 それでも新見誠とレミは結婚したんやが、わりと早い時期に飛鳥井瞬との関係も復活してもたらしいねん。飛鳥井瞬はレミをヤク漬けにしてもたんやが、

「ヤク漬けはヤク漬けだけど、MDMAだよ」

 合成麻薬やねんけど催淫効果が強力なやつや。単純にはムチャクチャ感じて燃えまくるぐらいらしい。それだけやなく妄想もひどくなる。ヤクのヤクたるとこやな。飛鳥井瞬がどんな妄想状態になったかは本人しかわからんが、アレやってる最中にレミを殴ったんは事実認定されとる。

「頬の骨が折れてるからね」

 これだけで暴行傷害になるのやがレミが死んでもたんよ。この死因が裁判の焦点やった。いくら頬の骨が折れるぐらい殴られたにしても、それだけで普通は死なんからな。

「使っていたMDMAの量が半端じゃなくて・・・」

 ユッキーの説明を聞いても判りにくいんやが、レミは重度のMDMA中毒からセロトニン症候群になっていたとの見方が出とった。この辺はコトリの知識も生煮えやからあんまり突っ込まんでくれ。

「セロトニン中毒から致死性の心室細動が起こったはず。つまり殴ろうが殴ろまいがレミは死んでたってことよ」

 この辺の事実認定やけど医学の素人の裁判官に裁けるはずないと思うわ。結果としては飛鳥井瞬の暴行傷害致死が認められて実刑判決を受けて刑務所行きや。レミが死んでるのを重くみたぐらいとしか言えんねんけど、

「飛鳥井瞬の弁護団の不手際だよ」

 感想はともかく判決が出て確定してもたことや。そやからって話になるけど新見誠は二度と飛鳥井瞬に関わらんやろ。

「でも腹案あるのでしょ」
「最後のとこだけな」

 この案かって、そこまで行けたらの話や。エエイ面倒や、

「それはダメだって。もう二度と使わないって決めたでしょ。それに、そんな使い方は昔だってタブーだよ」

 まあそうやねんけど、頭が痛いわ。

「こういう時は焦らないのが鉄則よ。出来るところから進めましょ」

 そういうけど、どこから手を付けようか。とにもかくにも、本人にアプローチをせんと何も進まへんか。

「ユッキー、声は触れるか」
「男は自信ないな。それにあの歳でしょ」

 コトリもや。女神は容貌の変化は出来る。出来るけど、コトリもユッキーも女しかやったことがない。つうか、男の容貌変化は女とちゃうねん。神が宿っても男の年齢による衰えをどうしようもあらへんからな。

「そんなことないよ。ゲシュティンアンナなら出来るじゃない」
「飛鳥井瞬を女にしてどうするんや」

 そもそもゲシュティンアンナが協力してくれるわけあらへんやんか。地道にボイス・トレーニングさせるしかあらへん。これかって、本人がやる気になってくれんと出来へん。もっと言えば、ボイストレーニングに協力してくれる人を見つけるだけで途方に暮れるで。カネの問題やあらへんもんな。

「神戸に帰ってから考えよ」
「そうやな。今夜はロクなことを思いつかへん」

 コウよ。お前の気持ちはわかるけど、相手にしとるんは世間やぞ。気持ち一つでどうにもならへんことが山ほどあるねん。

「それをなんとかするのが知恵の女神でしょ」
「うるさいわ」

ツーリング日和7(第22話)杉谷温泉の夜

 喜多方から国道四三九号を走って、

「新潟県だ♪」

 さらに国道四九号を走って、さらに国道二九〇号に、

「こんなところに自衛隊の演習場があるんだ」

 ホントだ。

「杉村温泉って書いてある方に行くで」
「らじゃだけど、これ細いね」

 バイクでも前からクルマは来て欲しくないな。

「ここや」

 へぇ、ここもシックじゃない。昨日程じゃないけど純和風の高級旅館だよ。暖簾を潜ってロビーだけど、部屋はどこかな。

「当館はすべて離れとなっております」

 ひぇぇぇ。窓から大きな庭が見えるけど、

「庭を取り囲むように客室を設けさせて頂いています」

 純和風の木造建築だけど、この客室はなんだよ。八畳の二間続きだよ。それだけじゃない、部屋を取り囲むように広縁まであるじゃない。

「国指定の有形登録文化財になっております」

 大正時代に建てられたそうだけど、今夜も有形文化財の部屋だ。窓から見えるお庭も見事だものね。今回のツーリングの宿は贅沢の極みだ。

「殿下のため」
「当然やろ。失礼があったら、両国の親善に差しさわりが出る」
「国際問題だものね」

 だから。ユリは侯爵だけど庶民の娘だって、

「特命全権大使閣下がなにを仰られます」

 ギャフン。良く知ってるよ。

「コトリらは大浴場に行くからな」
「貸切風呂でごゆっくり」

 ここはラジウム温泉だって。ラジウムって聞いたらだいじょうぶかと思うけど、

「あら、有馬温泉もそうよ」

 ならだいじょうぶか。夕食も美味しいよ。お酒もさすが新潟だ。でも話はやっぱり昨日の続き。コウもこだわってるな。

「・・・そやから社長言われても、コトリ言われても出来へん相談や」

 音楽界から追放されている飛鳥井瞬の復活は難題過ぎるものね。

「コウには悪いが、飛鳥井瞬はもう終わってもたんや。それもやで、自分で幕引きしたようなもんや。あれこそ自業自得そのもんやろが」
「終わってなんかいません。命ある限り甦ります」
「それは歌詞だけや」

 そしたらコウは、

「小山社長はどうなんですか」

 えっ、小山社長って誰なの?

「もう小山恵じゃないし、社長でもないよ。今は如月かすみで副社長なんだから」
「でも同じユッキーさんです。ユッキーさんなら飛鳥井瞬の復活は可能のはずです」
「悪いけど、コトリと同じ意見よ」
「それでも氷の女帝なのですか」

 コウの気持ちはわかるし、応援したいけど、こればっかりは無理そうだよね。でも今夜のコウは引き下がる気はないみたい。

「エレギオンHDが動けば、音楽業界も逆らえないはずです」
「アホ言うな。そんなお門違いのところに圧力かけたらパワハラやんか」
「そうよ。そんな横車は邪道だし、そんな無理して復活させる意味なんてないじゃない」

 飛鳥井瞬は極端だけど、一度落ちぶれてしまった歌手とか芸能人の復活は難しいと言うか、そもそも無理に近いものね。せいぜい、

『あの人は今』

 これでちょろっと顔が出せるのが精いっぱい。人気って落ちてしまうと、取り戻すのはそれこその至難の業。だいたいだよ、どうやったら人気が集まるのかさえ未だにわからないメカニズムだもの。

 そりゃ、人気者になった人の分析はあれこれされるけど、そんなものは完全な後出しジャンケンやってるだけ。それがわかれば、どこの芸能事務所だって苦労しないもの。わからないから、あれこれ試行錯誤やってるのじゃない。

 飛鳥井瞬はかつては大人気だったし、今でも覚えてる人も多いのも間違いない。でもだよ、その復活にどれほどの賛同が得られるかは未知数も良いところじゃない。覚えているのとファンなのとはイコールじゃないもの。

「社長も、副社長も、一度過ちを起こせば、死ぬまでそれは償わなければならないとお考えなのですか」
「悪いが飛鳥井瞬は一度やない」
「そうよ累積犯みたいなものじゃない」

 聞く限りそうだ。

「それは服役して、社会的制裁を受け、二十年の歳月を経ても償いきれないのですか」
「そうとは言わん。飛鳥井瞬かって、音楽以外の職業に就くねんやったらエエやんか」
「人の才能、可能性のすべてを取り上げられるほどの罪はまだ残ると言うのですか」

 コウの顔が紅潮してる。いつもクールなのに、

「小山社長はヤンキーだったボクをピアニストとして更生させてくれたじゃないですか!」
「コウのヤンキー時代のやんちゃと、飛鳥井瞬の犯した罪を同列にするのはおかしいよ」

 それにしてもコウとコトリさんたちは余程親しいんだな。だってさ、ツーリング仲間じゃなく、エレギオンHDの社長や副社長としてこれだけの口が利けるんだもの。なんとなく嫉妬しちゃう。

「ボクは飛鳥井瞬こそ復活させるべきだと思います。あの時の処分だってやり過ぎです。いくら罪を犯したからって、飛鳥井瞬の音楽のすべて封じ込めてしまうのはおかしいでしょうが」
「それはコトリも感じてる」
「そうでしょ。行き過ぎた過ちは誰かが正さないといけません」

 コウはチャンスと見て食い下がってるけど、コトリさんも、ユッキーさんも譲る気はなさそう。

「どうしても御協力を頂けないのなら・・・」
「アカン。それは絶対にアカン」
「それは許さない」

 な、なに。

「ユリをどうする気や」
「そうよ。捨て去るというの」

 えっ、ユリがコウから捨てられるって、ちょっと待ってよ。どうして、話がそんなところに飛び火するのよ。

「ユリは愛しています。でも、それとこれでは話が違います」
「違わへんわ」
「どう見たって一緒よ」

 話がどこに飛んでるの。

「コトリはあくまでも反対や。どうしてもやるって言うのなら、エレギオン・グループどころか、この次座の女神の力を使ってでも阻止するで」
「わたしもよ。首座と次座の女神に盾つこうとでも言うの」

 うわぁ、ユッキーさんの顔が怖いよ。ションベンちびりそうだ。

「たとえ女神に逆らおうとも・・・」
「悲惨な末路を経験したいの。今でも女神の力は昔と変わらないよ。あれだったら、この場で捻り殺してやろうか」

 話がどんどん殺伐になってるじゃない。というか、ユッキーさんの顔が怖くて見れないよ。

「女神は信じる正義を貫きますが、ボクだって自分が信じる正義を貫くだけです」

 わかったぞ。コウは自分のリサイタルなり、コンサートに飛鳥井瞬を出演させるつもりなんだ。それもサプライズ・ゲストとして。でもそれをやってしまうとコウが音楽界から追放されかねないよ。コトリさんも、ユッキーさんもそうさせたくないんだ。

「コウ、よくお聞き。あなたの気持ちはよくわかる。主張していることも間違ってはいない。でもね。正しいからと言って世間が受け入れてくれるかどうかはまったく別なのよ。飛鳥井瞬にはこれ以上かかわってはいけない」
「コウにはユリとの輝かしい未来が約束されてるやんか。そうなるのは首座の女神が既に恵みを施しとる。それを蹴るっていうのか」

 コウ、ここは退くべきだよ。飛鳥井瞬に関わるのはリスクが高すぎる。ユリのためにもお願い。

「見損ないましたよ。女神の正義ってそんなものだったのですね。ボクはボクの正義を貫きます。止めたければご自由にどうぞ。殺されたってボクは信じる道を進みます」

 やっぱりやるの。すべてを投げ捨てても飛鳥井瞬を復活させると言うの。それはユリより大事なことなの。ダメだ涙が溢れそう。コトリさんとユッキーさんは顔を見合わせて、大きなため息を吐き。

「なんでそない頑固やねん。人の短い一生を幸せに暮らしたいとは思わへんのか」
「そうよ、今からなら五十年ぐらいじゃない。こんな余計なものに、わざわざ関わるなんて信じられないよ」

 なに言ってるのだろう。

「人と女神では感覚が違います。ボクは女神の感覚に従おうとは思いません。人は女神からその短さを笑われようとも、その時間を悔いなく生きます。打算と妥協の人生なんて真っ平御免です」

 ユッキーさんが、

「本気でこの首座の女神に逆らう気なの」
「ボクの行く手を遮るなら、神であっても殺して突き進みます」

 この話し合いはどうなっちゃうの。コウはコトリさんたちと喧嘩別れするつもり。コトリさんたちもコウに本気で女神の力なるものを揮う気だとか。ユリはどうしたら良いのよ。

「ユッキー、しゃあないな」
「ダメよコトリ。ユリの幸せだってかかってるんだから」

 微笑みが消え、難しい顔になったコトリさんは、

「そこまで言うなら、知恵の女神の本領を見せたるわ。その代わり、コトリの指示に全部従え、文句は言わせん」
「コトリ、待ちなさいよ」
「女神の言葉や」

 どうなるの?

ツーリング日和7(第21話)さざえ堂から喜多方ラーメン

 鶴ヶ城を見終わったら、もう一か所行くって。着いてみたら三階建てのお堂。六角形なのが目を引くけど、

「特徴は二重螺旋階段になっとるとこや。つまりは登りと下りで階段がちゃうねん。コトリも日本の伝統建築物で二重螺旋階段どころか螺旋階段も見たことあらへんわ」
「蘭学の知識が入ってるんじゃない」

 西洋の地下の水汲み場で二重螺旋階段のところはあるのだって。そういう知識が入らないと、

「和風建築の階段は極力小さくするものだものね」

 そうなのよ。日本でも多層式の建築物はあるけど、ほぼ例外なく階段は狭くて、むちゃくちゃ急だもの。梯子じゃないかと思うほどのものも多いよね。

「梯子より怖いよ。踏み込みがあんなに浅いんだもの」

 あれは発想として階段面積を取るのが無駄の思想があるはずよ。だから、西洋みたいに吹き抜けの大階段なんて見たことないもの。螺旋階段なんてスペースの無駄だし、ましてや二重螺旋階段なんてもったいなくて思いつきもしないはず。

 さざえ堂は二重螺旋階段を登って下りたら三十三か所巡りが出来るシステムだったらしいけど、見ようによっては階段しかないお堂よね。ちなみに明治の時に三十三観音は外されて白虎隊士の霊像に置き換わったらしい。

「どこまで行っても観光目的ね」

 そうだけど、そうやって利用されたから今も残ってるとも言えると思う。

「お昼は」
「ここまで来たら喜多方ラーメン」

 喜多方まで三十分ぐらいだって。喜多方ラーメンも有名で昭和の頃は札幌、博多と並んで三大ラーメンと言われたぐらいだそう。今みたいに全国どこに行ってもご当地ラーメンがあるのとは違う感じ。

「今だって三大ラーメンって呼ぶ人はいるよ」

 基本は豚骨のあっさり系の醤油ラーメンで、麺は四ミリもある太麺で、やわらかめだそう。とは言うものの百軒以上乱立してるから、塩や味噌とかバリエーションはテンコモリになってるんだって。

「競争になると差別化を競うのは当然だけど、あんまり激しくなると、なにが喜多方ラーメンかわからなくなっちゃうよ」

 それはあるかも。先発人気店と同じラーメンで勝負したら後発が不利になる。だから、先発とは違う特色を打ち出そうとするのは誰でも考えつくと思うけど、その競争があまりにも激しくなりすぎると、

「どこにでもあるラーメンになっちゃうのよ」

 ラーメンもこだわる部分は山ほどある言っても、基本はスープと麺だものね。スープのバリエーションだって、突き詰めると案外多くなくて、どうしたって醤油、味噌、塩ぐらいに集約しちゃうもの。スープの大元だって鶏ガラとか豚骨とかあるけど、

「人がラーメンに求める味って、案外保守的なのよね」

 コンソメ・スープじゃ無理も良いところになるもの。ここも誤解して欲しくないけど、競争することで不味くなってるのじゃない。味は良くなっても、

「ご当地ラーメンには何が求めらるかって話なのよね。きちんとイメージ戦略が出来ていないと、ご当地ラーメンじゃなく、単に美味しいラーメンになっちゃうのよね」

 三大ラーメンって話が出てたけど、ユリでさえ札幌ラーメンと言えば味噌が思い浮かぶし、博多ラーメンなら白濁した豚骨スープだ。だけど味噌ラーメンも豚骨スープも札幌や博多以外でもいくらでもあるの。

 だけどご当地ラーメンを求める人は札幌なら味噌ラーメンを見れば満足するし、博多なら白濁した豚骨スープをみれば、これこそご当地ラーメンと思うはず。それに比べると喜多方ラーメンと言われてイメージとして浮かんでくるものは無い。

「ラーメンの進化系って、東京のラーメンみたいになっちゃうのかもね」

 東京もラーメン激戦区やけど、東京ラーメンってブランドになってないものね。昭和の頃は醤油だった時代もあったそうだけど、今じゃないもの。ひたすら個性のあるラーメン屋が鎬を削る世界だよ。

「ラーメンって拡散もするけど、収束もする料理の気がする」

 かもね。そんなことを話している間に喜多方に着いた。

「サカウチ食堂ね」
「ちゃうバンナイ食堂や」

 大衆食堂って感じがそそるよ。妙に立派な柱が目立つ店内だけど、注文はカウンターで先払いみたい。ユリとコウは支那そばにしたけど、

「大盛り肉そば」
「大盛りネギチャーシュー」

 そうなるよね。

「お冷や入れて来たよ」

 カウンター前になにやらパンフレットやチラシが置いてある感じもいかにも良い感じ。へぇ、持っては来てくれるんだ。コトリさんたちの肉そばとかチャーシューはまさにビッシリ敷き詰められてる感じだ。

「煮豚じゃなくて焼き豚みたいね。でもやわらかい」

 厚切りなのよね。平麺だけど縮れてるかな。スープは醤油と聞いてるけど、塩ラーメンみたいに透明度が高いじゃない。

「全体にあっさり系ね」

 豚骨ベースだからもっとコッテリ系かと思ってた。これは美味しいよ。なんだかんだと理屈を付けたけど、

「美味しければ最高!」

 食べ物のすべての基本はそこ。喜多方でラーメン食べたら、すべて喜多方ラーメンで文句はない。ラーメンであるのは、

「美味いか不味いか」

 文句があるならかかってこい。

ツーリング日和7(第20話)鶴ヶ城とアームストロング砲

 東山温泉から道すがら会津武家屋敷に寄って、

「ここも完全再現なのね」

 さらっと見て鶴ヶ城へ。どっちも近いのよね。ここも再建天守だけどさすがに立派なもの。

「あそこが小田山ね・・・」

 鶴ヶ城の泣き所だって。あそこから鶴ヶ城までわずか一・五キロぐらいしかないし、小田山は三百七十メートルぐらいあるんだって。もっとも鶴ヶ城も標高二百メートルぐらいあるから標高差は百五十メートルぐらいだそう。

 それでも小田山から鶴ヶ城を見下ろせるのは一目瞭然だよ。あそこに官軍が大砲並べて鶴ヶ城に撃ち込んだのか。あそこからなら城内はきっと丸見えだったはず。

「そんなに当時の大砲は飛んだの?」

 幕末の主力大砲は四斤山砲だそう。輸入品だけじゃなく国産品もあって比較的手に入れやすかったで良さそう。国産の方が性能は落ちるそうだけど、四斤山砲の最大射程距離は二千六百メートルもあるんだって。

 小田山から鶴ヶ城まで千五百メートルなら十分に届くし、とにかく城内に落ちれば良いのなら的だってデカい。城内のどこかを狙うにしても、撃ちながら照準を変えるのは出来るものね。

「そうや。それとやけど小田山からはつるべ撃ちやけど、鶴ヶ城からの反撃は無理や。つまり撃たれ放題になってまう」

 そうなるのか。四六時中、砲弾の雨を好き放題に降らされたら、たまったもんじゃない。

「何門ぐらいあったの」

 諸説があるそうだけど十五門としてるのが多いそう。また資料によっては長距離砲が五門となってるらしけど、

「アームストロング砲の威力ね」

 そういう説と言うか話が今も残ってるみたい。なんか名前を聞いただけで強力そうな大砲だよ。当たればそこいら中が吹っ飛ばされたんだろうな。

「そやけど幕末のアームストロング砲の実態はわからんことが多すぎるねん」
「佐賀藩が国産化に成功したのよね」
「それは怪しすぎる」

 アームストロング砲は、現在の大砲の直接の先祖みたいな画期的な強力砲なんだって。それ以前の大砲との最大の違いは後装式であること。つまりは大砲の根元から砲弾を押し込むスタイル。

 アームストロング砲の前は、方向から砲弾をゴロゴロと押し込んで撃ってたんだ、イメージとしては火縄銃と同じで良いはず。

「後装式も画期的やが、それだけやない」
「わかった施条式」
「四斤山砲も施条式や」

 施条とは砲腔に溝を刻んで飛んでいく砲弾に回転を与えるものだそう。そうすると射程距離が伸びるのと、より真っすぐ飛んでくれて命中率が良くなるとか。

「密着式の砲弾や」

 砲弾は火薬の爆発で飛んでいくのだけど、これはより正確には爆発したガス圧に押し出されて飛んでいくそう。この時にガス圧が高いほどよく飛ぶのはわかるけど、

「アームストロング砲の砲弾は砲腔より少しだけ大きく作ってあったんよ」

 えっ、そんなもの飛び出ないじゃない。

「いや出るんよ。砲弾が大きくなっとる部分は鉛やねん。鉛は軟らかいから砲身に食い込むやんか。そうしたら火薬のガス圧はどこにも漏れへんから高まって、ものすごい勢いで撃ちだされることになる」

 同時に砲身に密着してるから砲弾の回転も良くなるんだって。実際に撃てたんだから、そうなんだろうけど、

「この仕組みもアームストロング砲の独創やない。すでに銃では出来とった。アームストロング砲の最大の発明は砲身や」

 ユリでもそんな撃ち方をしたら砲身にすっごい負担がかかるのはわかる。耐え切れなかったらドッカンになってしまうもの。

「その通りや。だから佐賀藩には無理や。あれは当時世界最高峰の製鉄技術があったイギリスやから作れたんや」

 砲弾もそうだって。砲身の内腔より少し大きな砲弾と言っても、少しでも大きすぎたらドッカンだもの。それに打つたびに内腔に鉛が残ることになるそうで、それを除去する潤滑器が付けられてるそうなんだけど、そんな精密技術が佐賀藩にあったかどうかもむっちゃ疑問だって。

「じゃあ、アームストロング砲は幻」

 幕末にあったのは間違いないそう。佐賀藩でコピーしようとしたのは事実として良いそうで、未だに本当に作れたかどうかの論争があるぐらいだって。それはともかくコピーするには本物がなかったら無理だものね。

「本物のアームストロング砲は何門あったの」

 これもまたわからないそう。佐賀藩が購入したアームストロング砲は六ポンド砲説と九ポンド砲説があって、どちらかを買ったか、それとも両方買ったの説もあるらしい。さらにもっと多数のアームストロング砲を購入したの説まであるらしいけど、

「一番信憑性があるのは慶応三年の長崎運上所の記録で、アームストロング六ポンド砲五門及び九ポンド砲五門、その他の野戦砲三門、砲種不明十門となっとる」

 六ポンド砲と九ポンド砲で合わせて十門か。結構あったんだ。

「ほいでな明治元年に佐賀藩主が上京した時にアームストロング六ポンド砲二門、四斤山砲二門、十二インチ砲となっとる」

 上野戦争も会津戦争も慶応四年だから、この二つの戦争で使われたアームストロング砲は最大で六ポンド砲が三門で九ポンド砲が五門か。

「そやけど上野戦争で使われたのは六ポンド砲が二門となっとる。佐賀藩も本国のアームストロング砲を根こそぎ持って来んかったんやろ。他にも理由があると思うけど」

 動乱の時代だから本国の防衛も重要だものね。

「でも威力は絶大でしょ。薩英戦争で薩摩の砲台吹っ飛ばして、鹿児島市街を半分ぐらい焼き払っちゃったじゃない」

 薩英戦争のアームストロング砲は実際にも強力だったそうだけど、

「あの時に使われたのは四十ポンド砲と百十ポンド砲や」
「それって桁違いの大きさじゃない」

 砲弾の威力は、砲弾が飛んで行って当たった時の破壊力と、爆発した時の威力の二つがある。薩英戦争の百十ポンド砲弾は五十キロぐらいあるから当たったところはぶち壊されるし、砲弾も大きいから爆発の威力も強い。

 これに較べたら六ポンド砲弾は二・七キロ、九ポンドで四キロだって。ちなみに四斤山砲の砲弾も四キロ。百十ポンド砲弾に較べたら豆鉄砲みたいなものなのよね。炸薬量も砲弾の大きさに比例するけど、

「アームストロング砲弾の方が頑丈に作らないと行けないだろうから、九ポンド砲でも四斤山砲の砲弾より炸薬量は少なくなるよね」

 さらに言えば黒色火薬の時代だって。つまりは花火と一緒。今の手榴弾より威力が落ちるだろうって。その証拠にあれだけ撃ち込まれても鶴ヶ城の天守閣は崩れてないのよね。壁とか屋根瓦が崩れてるところはあるけど、骨格はビクともしなかったそう。

 さらに言えばまだ着弾信管はまだなかった時代だから、導火線に火をつけて撃ち込むダイナマイトとか手榴弾みたいなもの。砲弾は飛んで行ったとこにまず当たり、おもむろにドッカンするイメージで良いかも。

「天守閣が崩れなかったのは、当たった砲弾が突き刺さらずに跳ね返されてドッカンだっから?」

 もしアームストロング砲が威力を発揮したんやったらそこかもしれないって。初速は四斤山砲を凌駕してるから当たった時の威力も強いじゃない。だから天守閣の壁に突き刺さった可能性もあるかもしれないぐらい。

「それってもしかして」

 薩英戦争の時にイギリス艦隊は三百六十五発を発射したそうだけど、二十八回の発射不能が起こって、一門がドッカンやらかしたらしい。薩英戦争でイギリス艦隊が撤退を余儀なくされたのはアームストロング砲を後半で使えなくなったからともされてる。

「鉛の問題は大きいてな。潤滑器があっても砲身に残るからガシガシと削り取らなあかんねん。これをちょっとでもサボるとドッカンや。それと四十ポンドや百十ポンド砲になると、尾栓の構造がまだ不十分やってん」

 佐賀藩のアームストロング砲が実戦で確実に使われたと考えられてるのは上野戦争と会津戦争だけだそう。それどころか、これっきりで歴史の舞台から消え失せてしまってるんだって。

「理由は二つ考えられる。戊辰戦争に送られたのは二門やから、上野と会津でドッカンやらかして失われた可能性や」

 でもまだ八門残っているはず。

「明治元年に持って来たのが二門や。そやから佐賀藩の試射中にドッカンやらかした可能性もあるし、輸入砲弾が無くなってもたんもあるかもしれん」

 こんなもの推測ばかりになるのだけど、砲のコピーは無理でも砲弾のコピーは佐賀藩もやったんじゃないかって。だけど砲弾も高い精度の工作技術が必要だし、作ったら作ったで試し打ちも必要。それをやってるうちにドッカンで失われたかもって。

 これはついでとしてたけど明治政府もアームストロング砲方式の後装砲を作ろうとはしたそう。参考としてクルップ砲とかも輸入してるけど、鋼材の調達も技術的難点もテンコモリで日清戦争までには作れなかったそう。

「もし小田山がなかったら、会津戦争も西南戦争の熊本城になった可能性はあるよね」

 それはあるかも。幕末から明治初期ぐらいまでは、日本式の城の防御力は当時の大砲の威力に耐えられたぐらいは言えるよね。

「まあな。会津戦争の時の官軍砲は五十門ぐらいあって二千八百発ぐらい撃ち込んだとなっとる。これは日本では空前の規模としてエエやろ」

 そんなに! まさに雨あられ。

「そうやけど籠城戦は守ってばかりじゃ勝てん。熊本城を守り切れたのは東京からの援軍が期待できたからや。会津にそんな援軍は期待できんやろ」

 会津も援軍は待ってたんだって。だけどその望みが潰えたから開城したんだとか。もし援軍の期待無しで頑張ったらどうなるかだけど、攻撃してる方があきらめて帰ってくれるか、

「打って出て城外決戦で蹴散らすぐらいしかあらへん」

 城外決戦については会津戦争では籠城前の野戦で蹴散らされてるものね。コトリさんに言わせると城外決戦で勝てる物なら籠城なんかそもそもしないって。会津の場合は追い込まれての籠城だものね。

「幕末のアームストロング砲の存在意味ってなんだったんだろう」

 コトリさんに言わせると政治と戦略だって。あれだけ威名が轟いたのは、そんな強力な砲を佐賀藩が持ち、なおかつ国産化しているアピールのはずだって。そんな強力な砲を駆使できる佐賀藩の地位は特別なものになり結果として、

「薩長土肥になれたのか」

 そうつながるのか。お蔭であんな中途半端なところに佐賀県が成立したぐらいかな。