渋茶のアカネ:アカネの課題

 アカネがブレークした及川電機のカレンダーだけど、あれはまだ仕事としては未完成。残り半分をなんとしても完成させなきゃいけないんだ。それこそルシエンの夢なんだよ。でもそれにはツバサ先生の協力が必要なんだけど、これが難物。

 イヤなのも心情的にわかるんだ。でもね、でもね、ツバサ先生は協力する義務があるとさえ思ってるんだ。かえすがえすも失敗だったのは、カレンダー写真が完成して、残り半分の仕事の遂行を迫った時。あの時は後一歩で了解を取れそうだったのに、アカネがぶっ倒れてしまった。

 あれからはツバサ先生も用心してるのか、この話を出そうになるとスルスルと逃げちゃうんだよね。どこかでキッカケが必要なんだけど、今はアカネも一人前のプロだから、同じオフィスといっても、弟子時代みたいに始終顔合わせてるわけじゃないもんね。

 そんな時にビックリするようなニュースが飛び込んで来たんだ。及川さんが入院したって言うのよ。アカネも時間を作ってお見舞いに行ったんだけど。見るからに弱ってた。歳が歳だから、正直なところ危なそうな感じ。

    「アカネ君、わざわざ悪いね。やっと年貢の納め時がきたみたいだ」
    「及川さん、まだ早いですよ。来年のカレンダーも見てもらわないと」
    「あははは、心配しなくとも来年も依頼すると思うよ」
 明るく振舞ってはくれますが、及川氏は寂しそう。及川氏は終生独身。養女が一人いるんだけど、これが交通孤児らしい。どうして独身の及川氏の養女になったか疑問だったんだけど、もともとは及川電機の社員の娘だったらしく、様々な経緯で養女として引き取ったらしい。

 及川氏も及川氏なりに愛情を傾けて育てらしいのだけど、やはり他人。というか、既に小学校六年生だったみたいで、難しいお年頃。親子仲はギクシャクせざるを得なかったで良さそう。

 及川氏の後に社長になった娘婿は養女が見つけて来たというか、娘婿に口説かれてというかのなれそめらしい。要は普通に恋をして結ばれたと言いたいところだけど、娘婿は野心家だったで良さそう。

 及川氏の養女の娘婿になれば、及川電機の社長の椅子が回ってくるぐらいかな。及川氏もその野心は見えてたみたいだけど、堅実な経営の才はあるにはあったらしい。もっとも及川氏の評価は手厳しく、

    「うちぐらいの規模の会社を守りの経営で切り抜けるのは無理だよ。常にイノベーションがないと必ずジリ貧になる」
 これは取締役を解任された時に岡本さんに話したものだそうだけど、その予言通り及川電機の経営は徐々に傾いていき、ついにはエレギオン・グループの一員として再生されるところまで追いつめられたとして良さそう。

 及川電機の経営のことはさておき、娘婿の夫婦仲も良くなかったそうなのよ。それが娘婿の社長解任が決定打になり離婚。子どももいたそうだけど、そういう家庭で育ったものだから、独立してからは家にも寄り付かずみたい。

 及川氏はあの広いお屋敷に一人で住み、入院してからも家族の見舞はなさそう。そのためかアカネが行くとまるで孫、歳の差からするとひ孫かもしれないけど喜んでくれる。

    「及川さん、あのカレンダーの仕事はまだ終わっていません」
    「そんなことはない。あれは立派な仕事だった。あの頃を思い出したもの。加納先生が撮ったカレンダーを見る時のワクワク感と、それさえ裏切る仕上がり。冥土の土産に相応しいものだ」

 どう見ても及川氏に残された時間は長くなさそうなんだけど、

    「岡本社長から聞きました。あのカメラのプロジェクト・コードはルシエンではないって」
    「岡本もおしゃべりだな。そうだミューズだ」
    「でもプロジェクト・ルシエンはあったと」

 及川氏は遠い昔を思い出してるようでした。

    「プロジェクト・ルシエンは私的なプロジェクトで岡本んさんや、ごく限られたメンバーしか内容を知らなかったはずです」
    「あははは、ちょっと思い違いをしてる。岡本ならそう解釈してるだろうが、プロジェクト・ミューズはプロジェクト・ルシエンの最終部分だよ。そう及川CMOSの開発も一部だ」

 ああ、やっぱり。

    「及川さんがルシエン計画を始められたのは、加納先生にカメラを贈る約束をした時じゃないですね」
    「どうしてそう思うかね」
    「人であるベレンはルシエンに恋をします。許されぬ恋の条件にシンマリル奪取を命じられたベレンは片手を失いながらも使命を果たします。ところが、シルマリルを飲み込んだカルハロスによって深手を負わされベレンは死にます」
    「トールキンだね。加納先生をルシエンにたとえ、私がベレンってところだ」

 もう言ってくれてもイイのに、

    「及川さん、いつ知ったのですか。加納先生がエレギオンの女神であることを」

 及川さん顔に凄味が、

    「私は二十六歳の時に急死した親父の跡を継いで社長になった。しかもだ、当時はまだ大学院在学中だった。それも仏文だ。こんな役立たずが、あれほどの業績を残せるのが不思議だと思わんか」
    「そ、それは・・・」
    「経営だけならまだしも、数々の製品開発を行ったが、その基礎知識はすべて泥縄式に習得したものだ」
    「まさか・・・」
    「そのまさかだ。私の正体を知る者はおそらくエレギオンHDの小山社長ぐらいだ。シオリにはなぜか見えなかったらしい」
    「見えるって」
    「小山社長に聞いてみたまえ」

 往年の気迫が甦ったみたいな・・・

    「シオリをルシエンに喩えたのはそうだが、ベレンに喩えたのは山本先生だ」

 アカネの予想さえ超えてる。

渋茶のアカネ:三十階仮眠室にて

    「ユッキー、なんか用か。わざわざここに呼び出しって大層やんか」
    「そうよ大事な用事よ」

 なんやろ。大学や大学院通ってる間はお互いフリーが原則やねん、用事があるとしたら女神の仕事、そうイタリアでやった天の神アンの残党騒ぎクラスや。

    「また変なんが湧いて来たとか」
    「それはだいじょうぶ」
    「だったら」
    「でも、これもある意味、女神の仕事」

 ある意味ってなんじゃろ、

    「シノブちゃんは?」
    「旦那さんの看病で休職中」
    「ミサキちゃんは?」
    「こっちも旦那さんが入院しちゃって」
    「マルコが!」

 あの歳になっても瞬間湯沸かし器は健在みたいやねんけど、怒って滑って転んで骨折。

    「ボケなきゃ、イイけど」
    「ホントにね」

 まさかユッキーの奴、シノブちゃんも、ミサキちゃんも不在だから寂しさの余りコトリを呼んだとか。それなら、それで相手したらなしょうがないけど、ユッキーが宿主代わりの時にはどうする気やろ。

    「クレイエール・ビルも五十年になるのよね」

 そやなぁ、これ建てたんは綾瀬社長の時代やもんな。

    「少々老朽化したのと、さすがに手狭になってきたから建て替え考えてるのよ」
    「もうちょっとだけ待った方がええんちゃう」
    「その辺は考えてるけど、コトリと基本意見を一致させときたいし」

 建て替え時のネックはミサキちゃんだもんな。やるならミサキちゃんが宿主代わりに入った時期しかあらへん。

    「前のプランか?」
    「コトリの意見は」
 前のプランを練ったのは三十年ぐらい前だっけ。エレギオンHDが設立された時に、本社ビルを新築しようってなったんや。三ノ宮の駅前に土地も確保しとってんけど、駅前再整備事業と絡んで消えてもた。

 エレギオン本社ビル新築の話が頓挫した表向きの理由はそれやけど、裏の理由もあって、仮眠室の拡大プランを考えとってん。今のはワン・フロアに建ててるから、平屋やし、屋根も格好悪いやんか。

 ユッキーも玄関を吹き抜けにして大きな階段作りたいっていうし、コトリもあれこれ部屋が欲しかってん。そこで出来上がったのが五フロア分使っての三階建て計画。これやったら二人の希望をほぼ盛り込めそうやってんよ。

 しかしミサキちゃんが大反対。まあわからんでもない。それだけのビル内建築物を建てるとすれば、ビルの構造をよほど強化しないといけないし、仮眠室だけで五フロアも取るのは誰から見ても非常識だし、住んでるのは二人だけだし。

    「さすがに五フロアぶち抜きは拙いんちゃう」
    「コトリもそう思うよね」

 ユッキーの出してきたのは三フロア・プラン。

    「三フロアといっても、ぶち抜きは二フロア分にする。規模は今とあまり変わらないけど、屋根がちゃんと出来るのと、ロフトが作れるよ」
    「ロフトは感じ良さそうやん」
    「それと庭がちゃんと作れるの」

 いまの庭は床の上にうっすら土を敷いた程度。とにかくワン・フロア分しか高さがないから、木を植えるのも大変。

    「なるほど、一階目は社長室とかの役員室やな。仮眠室に入るには一階目からの専用エレベーターってわけか」
    「どう」
    「コトリは賛成やけど、どうせミサキちゃんが宿主代わりに入らへんかったら、手つけられへんやんか」
    「それはそうなんだけど、今回の話ってわたしもコトリも出番がないじゃない」

 たしかに。

    「このままじゃ、出番なしで終りそうじゃない」
    「そんなことは・・・あるかも」
    「でもこれってシリーズものだし、このシリーズの真の主役はわたしだし」
    「違う主役はコトリだ」

 おっとここで喧嘩したらあかん。

    「とにかく飲もか」
    「そうね。そうだそうだ、コトリに飲んでもらいたいビールがあるんだ」

 あれ、缶ビールかいな。それも冷やしてないし、コトリは温いビールはあんまり好きじゃないんだけど、飲まへんのも悪いし。

    「これ、これって、まさか、あの時の・・・」
    「そうあの時のラウレリアのビールを再現したつもり。コトリにもそう思ってもらえたら成功かな」

 懐かしいなんてものじゃない。二度と飲む事なんてないと思ってた。

    「ヒントは?」
    「グルート・ビールよ」
    「でもあれは何となく似てるけど、やっぱり違うで」
    「ダテに九年間も遊んでなかったよ」
    「そういうのを遊んでるって言うんやんか」

 エレギオン黄金時代の掉尾を飾る珠玉のビール。これが現代のエレギオンに復活するなんて。あの頃の思い出が一遍に甦る気分や。

    「コトリ、あの夜に終わっちゃったけど、またここから始めよ。今度こそ二人でエレギオンの平和を守ろう」
    「もちろんや。あんな事には絶対にさせない。コトリとユッキーが組めば世界最強やし、今は主女神だって復活してる。真の黄金時代を思う存分謳歌するんや」

 ユッキー、ありがとう。今日の本当の目的はコレだったんや。あの苦しいアングマール戦のさなかにユッキーが見えた平和な世界まで生き抜いて来れたんだ。後は楽しまないと。

    「ユッキー、ビールはあるの」
    「それがね・・・」
    「・・・わかった、わかった協力する。二人でコンビを組めばすぐに問題は解決」

 山のような試作品が溜まっていて、飲んで処分するのに悪戦苦闘中だって。

    「ユッキー。こっちのはイマイチ過ぎるで」
    「なかなか難しくてね」
    「でも、当時やったら一級品や」
    「あははは、そうとも言える」

 現代のビールも大好きだけど、当時のビールは格別。現代人の口にはあわへんかもしれんけど、これこそが世界で二人しか覚えていないエレギオン時代のビール。

    「コトリ、こっちなんだけど」
    「うん、これは踊る魚亭だよ」
 そう、あそこからの苦しいことを思い出すんじゃなくて、あそこからあの戦争がなく続いて築いたはずの時代を作るんや。来年からコトリも復活だし。

渋茶のアカネ:アカネ・イメチェン

    「男が欲しい」
 もとい恋人とか彼氏が欲しいの意味だけど、真剣に考えるべき課題である。たしかに仕事が忙しいから出会いのチャンスは少ないけど、この状態が改善されるわけないじゃないんだ。そうなのよ、忙しくても一時的なものなら、そこだけ我慢してもイイけど、下手すりゃ、死ぬまでこんな感じじゃないの。

 アカネはフォトグラファーになるために頑張って来たし、この仕事も大好き。仕事だって楽しいけど、仕事だけに人生を費やす気はないもの。ましてやまだ二十二歳だよ。まだまだ花も恥じらう乙女のはず。

 そうよそうよ、仕事は大事だけど人生の全てじゃないのよ。そうよ、プライバシーの充実、あれっ、なんか違うな、プラモデルじゃない、プリンターじゃない、えっと、えっと、プラスチック、プライムビデオ・・・性活じゃなかった生活の充実も同じぐらい大事だ。じゃあ、どうすればだけど、手っ取り早く言えばやっぱり、

    「男が欲しい」
 問題はどうやったら入手できるかなんだよな。理想は白馬の王子様が現れること。でも二十二年生きて来てガマガエル一匹現れる兆候もないじゃない。アカネだって女だから、中学や高校でラブラブ・カップルしてる連中を見て羨ましかった。

 でもさ、あの時代はまだそういうカップルって例外的じゃない。そうでない方が多数派だったから、羨ましいだけで、そんなに悔しいと思わなかったんだ。勝負は大学に入ってからと思ってた。

 大学に入るとたしかにラブラブ・カップルは増えてった。引っ付いたの、別れたの、ついに初体験だの話で大盛り上がり。子どもが出来ちゃったから、堕ろすの堕ろさないで大騒ぎとか。産科まで付いて行って、その後で慰めまくるってのもあった。

 わかる、みるみるうちにアカネは少数派になっていったのよ。アカネは間違っても暗くて陰気な女じゃない。コンパも、合コンも良く誘われたし、財布の許す限り参加してた。でもね、ふと気が付くと、途中で消えてく連中がいるのよね。要は目的を果たしたってことだけど、アカネは例外なく三次会、下手すりゃ五次会までいるのよね。

 どうして、どうして、どうして、アカネだけ無視するのよ。声の一つぐらいかけてくれたってイイじゃない。男友達もたくさんいたし、なんだかんだとよく遊んだけど、甘そうな雰囲気の一つなったことすらない。

 大学は二年の秋に中退しちゃってツバサ先生の弟子になったんだけど、オフィス加納でも同じ。オフィスにも男はいるし、独身もいる。今だってそうだけど、オフィスで一番若いのはアカネなのよ。どうしてみんな無視するのよ。

 プロになれて専属契約してからは、芸能人のグラビア撮影の仕事も多いんだ。男性アイドルだって多いんだけど、ツバサ先生から、

    『あの手の人種は、口説いて一発やるだけの連中も多いから気を付けてね。もちろん、割り切って楽しむのもありよ』
 やるかやらないかは置いといても、声ぐらいかかると期待してたんだ。だってそんな経験すらゼロじゃない、初めて口説かれたのがアイドルってのは自慢のタネぐらいになるじゃない。なんなら、やってもイイぐらいに思ってるのに。

 それ以前にツバサ先生のアシスタントやってる時も同様。そりゃ、ツバサ先生と並んでしまえば、どんな女だってくすんで見えるのは認めざるを得ないけど、

    『時々、そんな感じの声がかかりますが、すべてお断りさせて頂いています』
 そうなんだよ、マドカさんには声がかかってるんだ。マドカさんは悔しいぐらい上品で、綺麗で、可愛げがある上に教養まであるお嬢様。ツバサ先生と並んでもアカネみたいに単なる引き立て役で終わらないぐらい。

 もっともあんなに虫も殺さないような顔をしながら、赤坂迎賓館スタジオを辞めた理由が、セクハラされそうになったから、相手を投げ飛ばしたっていうぐらい芯も強い。エエイ、とりあえずマドカさんは置いとく。


 いろいろ考えたけど、アカネはイメチェンすることにした。とりあえず諸悪の根源は、

    『渋茶のアカネ』

 これが定着してしまったことにあると見た。だってさ、だってさ、ツバサ先生は、

    『光の魔術師』

 格好イイじゃん。渋さが売りのサトル先生も、

    『和の美の探求者』

 どうしてオフィス加納の三枚目の看板が『渋茶』なのよ。渋茶からイメージされる女に恋愛感情なんて抱くはずないじゃんか。そこでだ、そこでだよ、他の呼び名を付けてもらうために仕事で頑張った。ちょっと仕事に偏りが出来ちゃったので、ツバサ先生は、

    「うん、まあイイか」

 気づいたみたいだけど、愛に溢れる写真を量産してみたんだ。期待はラブリー・アカネだったんだけど、結果は、

    『渋茶のアカネの愛の溢れる世界』

 クソっと思って、今度は幸せいっぱい路線で量産。これも、ツバサ先生は。

    「はん、ふ~ん」

 期待はハッピー・アカネとか、幸せの伝道者だったんだけど、結果は、

    『渋茶のアカネの幸せ世界』

 どう頑張っても渋茶が取れてくれないのよ。あれこれ傾向を変えてたらドドメは、

    『渋茶のアカネの七色世界』

 アカネはイロモノか! ツバサ先生なんか、

    「う~ん、芸域の広がりが感じられる」
 仕事の成果で呼び名を変えるのは当面無理そうだから、アカネ自身をイメチェンすることにした。カメラマンって肉体労働だから、欲しいアングルのためには寝転がったり、木に登ったりなんて日常茶飯事なのよね。それこそ髪振り乱しての世界。

 だからツバサ先生はほんの薄化粧。下手すりゃスッピン。アカネもそれに見習ってスッピン。ツバサ先生のアシスタントも半端じゃないからね。仕事だけならそれでイイんだけど、ここは絶対変えなきゃいけないって。

 ツバサ先生が薄化粧やスッピンなのは仕事の都合もあるけど、そもそも化粧の必要もないほど元が綺麗なこと。これをアカネが真似しても意味がないだろ。うんと、スッピンでも集まって来るなら問題ないけど、集まって来ないのなら化粧するべし。

 思いっきり気合入れて化粧してみた。効果はあったと思った、オフィスに出勤しただけでスタッフの反応がまるで違ったもの。ほ~ら、アカネも化粧を決めればこれだけ違うと思ったんだ。

 その日の仕事は屋外のロケだったんだけど、かなり暑い日。仕事に入ると写真しか考えなくなっちゃうんだけど、いつものように大奮闘。イイ仕事が出来たと思ってるよ。帰りのロケバスの時だったけど、なにかアシスタンさんが怖がってる気がしたんだよ。おかしいなぁと思いながらもオフィスに帰ったところでツバサ先生にバッタリ。

    「アカネ、ちょっと来い」

 あれ、なにか仕事でしくじったかと思ってたら御手洗に。

    「鏡を見ろ」
    「ぎよぇぇぇ」

 御手洗にこだまするアカネの絶叫。化粧に慣れてない上に、気合を入れ過ぎての厚化粧。それが汗と泥でグショグショになっていて、まるでハロウィンの怪物みたいな形相に。それ以来、

    『渋茶に化粧』

 これだけじゃ、わかりにくいけど、同じような意味で言えば、

    『猫に小判』
    『豚に真珠』

 これぐらい似合っていない意味になっちゃった。ツバサ先生は、

    「男なんて、そのうち湧いて来るよ」

 グスン。『そのうち』なんていつの日よ。来なけりゃどうしてくれるのよ。でも化粧には懲りた。

    『カランカラン』

 ツバサ先生に誘われてバーに。

    「飢えてるな」
    「さすがにお腹いっぱいです」

 バーに来る前に焼肉行ったんだ。そしたらツバサ先生食べる、食べる。ツバサ先生がよく食べるのは知ってるけど、釣られて食べたアカネのお腹はパンパン。

    「男にだよ」

 そっちか。でも飢えてるんじゃないよ、欲しいだけ。その差は・・・あんまり変わらんか。でも聞いてみたい、

    「アカネは綺麗ですか」
    「はん、そう思う奴は少ないだろうな」

 そこまで、はっきり言わなくとも。

    「でも少ないけどいる」

 あんまりフォローになってない気がする。

    「いくらアカネが好き者だって、世界中の男を相手にする気はないだろ」

 誰が好き者だってか。好き者どころかまだやったこともないんだから。

    「一人見つけりゃ、イイじゃないか」
    「でも、一人さえいなかったら」
    「いない時はいないさ。でもゼロということない。焦って飛びついたらロクな目に遭わない」

 そりゃ、そうだよな。DV男とか、浮気しまくり男とか、ギャンブル狂とか、ヒモ専科とか、浪費癖バリバリとか、結婚詐欺はお断りだ。

    「加納先生の旦那さんの顔を見たことあるか」

 写真でなら何度か。

    「どう思った、どう感じた」

 優しそうな人だったけど、あの加納先生の旦那さんにしたら意外だった。悪いけど、もっと格好のイイ人だと思ってた。そしたら加納先生は一枚の写真を取り出してきて、

    「これが及川氏だ」

 うひょょょ、なんとイケメンで格好の良いこと。アイドル顔負けじゃない。若い時はこんなんだったんだ。それにしても良くこんな写真見つけて来たな。

    「加納先生は及川氏と付き合ったおられたんだが、後の旦那さんに再会した時から、すべてを投げ捨てるように恋に走られてる」

 それは及川氏から聞いた。聞いたけどビックリだなぁ。旦那さんはお医者さんだったけど、及川氏だって社長だから医者に目がくらんだ訳じゃないものね。

    「及川氏から聞いたのですが、結婚までも紆余曲目があったとか」
    「それを言うなら『紆余曲折』だ」

 意味が通じるからイイやんか。

    「なんか天使とか菩薩様が出てきて大変だったとか」
    「そこまで聞いてるのかい」

 またもやツバサ先生は一枚の写真を、

    「この仏像は?」
    「菩薩様だよ。亡くなった後にその姿を観音菩薩像に刻んで祀られてるんだ」
    「マジですか」

 この仏像通りの女性が存在するなんて信じられない。

    「アカネはわたしの母校に鶏ガラ・ツバサの写真を探しに行ったよね」
    「あ、はい」
    「あの時に加納先生の特集雑誌を見せてもらったよね」
    「ええ」
    「あの同学年に加納先生に匹敵するほどの人気があった生徒がいてね。同じぐらい特集雑誌が出てた」
    「それはもしかして、野球の応援でチア・リーダーやっていた人ですか」
    「それも見たのかい。左側が天使だよ。お二人とも母校の伝説的な美人だったんだよ」

 なんだ、なんだ、なんなんだ。あの優しい以外に取り柄の無さそうな加納先生の旦那さんに、これだけの美女が群がるとは信じられない。

    「人を愛するのはどこを愛するかだよ。そりゃ、見た目とか、学歴とか職業のスペックにどうしても目が行くのは仕方がないことだ。でもね、本当に見ないといけないのはハートだよ。これはわたしもまだまだ勉強中だけどね」
    「ハートですか?」
    「そうだよ、アカネがたとえ目を剥くぐらいの美人であってもいつかは年老いる」

 加納先生みたいな例外もいるけど、アカネが例外である可能性はゼロだもんな。

    「美しさしか見てない男の愛は続かないよ。昔から言うじゃない、美人は三日で飽きるって。アカネのハートは綺麗だよ。アカネのハートの綺麗さを見抜く男は必ず現れる。それは保証できる」
    「ホントにいるのでしょうか」

 そしたらツバサ先生は朗らかに笑いながら、

    「いるよ。なにせ五千年の保証付きだからね」
 加納先生がどれほど旦那さんを愛していたかのエピソードはオフィスの中に今でもたくさん残ってるものね。加納先生にはきっと見えてたんだと思う。アカネを見抜く男だってきっといるはず。でも、早めに出てきて欲しいな。

渋茶のアカネ:休日のアカネ

 アカネを幹部社員じゃなく専属契約にした理由を聞いたことがあるのだけど、ツバサ先生は、

    「あん、経営やりたいの?」

 アカネには無理だろうって。ごもっともで、幹部社員ってエラそうな肩書付くけど経営もやらなきゃいけなものね。おかげで写真に専念出来て助かってる。もっとも専念しすぎてるみたいで、

    「明日は休みだ、電話も切っとけ」

 だってあんだけの契約料と給料の上に歩合までもらってるんだから、元とるために働かないといけないじゃない、

    「アカネは黒字だ。休まないとまた入院になるぞ」
 はい、休みます。どうも、ちょっと前にやったアイドル・グループの写真集の評判が良かったみたいで、依頼料がまた上がったみたい。貯金も増えて来たから、二本目の加納志織モデルのレンズを狙ってるところ。

 休みと言ってもやることないのだけど、とりあえず午前中は部屋のお掃除。やったら、とりあえずどころのものじゃなく、エライことになっちゃったけど、ちょっとスッキリ気分。お昼はカップラーメンを食べて午後はまったり。


 まったりしてると、及川氏の話がグルグル回ってきた。あの夜に、

    「アカネ君はエレギオンの女神を知ってるかね」

 アカネは歴史も苦手だったから、困ったと思ったんだけど、その話なら知ってる。子どもの時に、

    『愛と悲しみの女神』

 こんなアニメがあったんだ。アカネは熱中したんだけど、原作漫画もあったから読んでた。あれって全部作り話と思ってたんだけど、及川氏によればさらなる原作があるっていうのよね。

    「あれは古代エレギオンに残されていた大叙事詩なんだよ」
    「でもそれも作り話じゃ」
    「長い間、そうと考えられていたが、最近の発掘調査で事実であると確認されつつあるのだよ」
    「まさか、壮大な大城壁が実在したとか」
    「その土台が確認されておる」
    「ではリュースとか、イッサとか、メイスとか・・・」

 漫画に出てきた女神の恋人で、格好良いのよね。まさに男の中の漢でアカネも惚れちゃったぐらい。

    「アングマール戦の石碑も発見されて、すべて存在が確認されておるのじゃ」

 ビックリした、ビックリした。このエレギオンの女神なんだけど、そりゃ美しくて、気高くて、賢いんだけど不老なんだよね。でも寿命が来ると死んじゃうんだけど、女神の魂は他の女性に移り変わって永遠の生を保つってのよね。漫画の設定だから『そんなのもあり』って思ってたけど、

    「アカネ君、世の中にはエレギオン学というのがあってな。日本では港都大が有名だ」
    「エレギオン学ですか」
    「文字通り、古代エレギオンを研究するものなのだが・・・」
 及川氏によるとエレギオン学の卒業生が及川電機に入社してきたそうなの。勉強してきたものと就職場所にえらい差があるけど、考古学で食える人は少なそうだものね。当時の及川氏は社長だったんだけど、そんな変わり種もおもしろうそうだと採用したみたい。

 そこで不思議な話を聞いたそうなんだ。及川氏は、そのエレギオン学の卒業生にエレギオン学の神髄とは何かと聞いたんだって。そしたら返った答えが、

    『永遠の女神を信じることです』

 なんか宗教がかってるというか、禅問答みたいな答えなんだけど、古代エレギオンでは漫画のように魂が移り歩く女神が実在したって言うのよね。そんなアホなと思うけど、それをまず信じることがエレギオン学のスタートっていうから驚き。及川社長もそう思ったそうなんだけど、

    「アカネ君、港都大は三次に渡るエレギオン発掘調査を行っているのだが、そのいずれもが世界を驚かす成果を挙げておるのだ」
    「そうなんですか」
    「その第一次の発掘隊長が小島知江氏、第二次の発掘隊長が立花小鳥氏なのだ」
    「小島氏、立花氏といえばクレイエールの」
    「そうなのだ」

 話がつながってるような、つながっていないような、

    「まさか古代エレギオンの女神が、現代でも実在してるのを信じるのがエレギオン学だというのですか」
    「そうらしい」

 それにしても及川氏がそんなことに、そこまで詳しいのかと聞いたんだけど、

    「あははは、シオリのためだよ。だが、会長になって三年目ぐらいだったかな。シオリはすべてを知ってしまったらしい」
    「加納先生が謎を知られたのですか」
    「以後はその話題を二度としなくなった」

 何があって、何が起ったんだろう。

    「アカネ君、君も知りたいのじゃないのかね」
    「えっ、まあ、そりゃ」
    「君は麻吹先生とシオリが同一人物ではないかと疑っておるのじゃないのかね」
    「えっ、あの、なんというか・・・」

 さすがはタダのジジイではない。

    「私が知っているのはここまでだ。すべての謎はクレイエール・ビル三十階にあると考えておる」
    「そこに何があるのですか」
    「あそこへの出入りは厳重に制限されておる。エレギオンHD社員でさえ出入り禁止だ」

 開かずの間みたいなもんかな。

    「ただシオリは晩年に出入りしていたらしい」
    「加納先生がですか。なかの様子はどうだったのですか」
    「なにも話してくれなかった」
 アカネもググってみたんだけど、出てくる出てくる。エレギオンHDの心臓部ってことになってるけど、中については完璧なミステリー・ゾーン扱い。最新のスーパー・コンピューターがあるって話から、夜な夜な黒魔術やってる話まで出てるぐらい。

 エレギオンHDのトップ・フォーの顔写真も探したんだけど、これが見事なぐらい見つからないんだ。これも書いてあるのはミステリアスな話ばかりで、氷の女帝とか、現代の魔女とか、エレギオンの四女神とかあるけど、これじゃ、サッパリわかんないよ。


 そうこうしているうちに日も暮れてきた。晩御飯何にしよう。メンドクサイからコンビニ弁当でも買ってこようかな・・・ん、ん、ん、これは拙い休日の過ごし方じゃないか。こんなに若くて写真も上手な可愛い女の子が、こんな休日でイイわけないじゃないの。

 やっぱり朝からデートに出かけて、今ごろはアカネを喜ばしてくれる、どんな素敵なディナーを御馳走してくれるか、期待に胸を弾ませて時間じゃなきゃいけないはず。サキ先輩もいってたもんね。カメラばっかりに熱中してるといけないって。

 アカネだって男が欲しい、もといこれじゃ生々しすぎるから恋人が欲しい。どうして誰も寄ってこないんだ。まあ、あんだけ仕事してたら出会う間もないけど、休日でさえこんな調子じゃ、見つかる訳ないやんか。うぇ~ん、誰か世話してくれ、こんな虚しい休日はヤダ。

 贅沢は言わないよ。背が高くて、ハンサムで、ジェントルマンで、アカネのことを世界中で一番大切にしてくれて、掃除も洗濯もやってくて、テーブルには花を飾ってくれて、クリスマスや誕生プレゼントにロッコールの加納志織モデルのセットをポンッと贈ってくれて、えっと、えっと、その程度で我慢するから。

渋茶のアカネ:御礼訪問

 ここがクレイエール・ビルだな。ここはアカネでも知ってるエレギオンHDの本社ビル。そりゃ、世界三大HDの一つだもんね。エレギオン・グループからの仕事も多いから失礼ないようにしとかないと。

 今日は及川氏からカレンダーの件で話がしたいとのこと。かつて及川氏が社長や会長だった頃にカレンダーが出来上がるごとに加納先生とこうやって会食してたみたいで、アカネも同じように呼ばれたで良さそう。

 えっと、えっと、エレベーター・ホールはあそこで、レストランは最上階のイタリアンだったよね。それにしても楽しみ。ここのイタリアンは有名で、ロケーションもイイから一度来てみたかったんだ。店に入って、

    「えっと及川さんの・・・」
    「承っております。渋茶の泉先生ですね。御案内します」

 だから渋茶は余計だ。テーブルに案内されて、

    「本日はお招き頂きありがとうございます」
    「おお、良く来てくれた。アカネ君じゃなかった、アカネ先生と呼ばなきゃいけないないな」
    「アカネでけっこうです」

 これが若い格好のイイ男だったら申し分はないんだけど、そこまでは贅沢か。それにしても噂通りシックで高級感あふれる店だよねぇ。ちなみに今日のアカネはローマでツバサ先生に買ってもらった一式でフル装備。ヒールが辛いけど頑張って歩いてきた。シャンパンがサーブされて、

    「カンパイ」

 うん、料理も美味しい。ローマの時のも美味しかったけど、こっちの方が日本人向きにアレンジされてるのか、もっと美味しい感じさえする。

    「アカネ君の仕事には大変満足しておる。まさにあのカレンダーが甦ったみたいだった」
    「御満足頂けて光栄です」
    「岡本や、岩崎、二谷や岩本と祝杯をあげさせてもらったよ」

 聞くとカメラ・プロジェクトのメンバーで、今でも及川氏と親交のある方々でイイみたい。

    「ところでカメラなのですが」
    「ちゃんと動いてくれたかな」
    「もちろんですが、あれほどのカメラをもらって良いのでしょうか」
    「なんの話かな」
    「アカネ2です。あれは本物のルシエン、それもイメージセンサーが新型に交換されている改造機。レンズだって加納志織モデルではないですか」

 及川氏が悪戯っぽく笑って、

    「あれは確かに私の手元にあったものだが、岡本に売ったんだよ」
    「えっ」
    「岡本も悔しがってな。あれが本物のルシエンであり、さらに改造までされてると気づかなかったみたいだ」
    「そんなことが」
    「そのうえレンズまで見落としてしまったとな」

 そんなことが起るはずがないじゃありませんか、岡本社長がそんな初歩的な見落としをするわけが、

    「そういう話になっとる。棺桶までカネを抱えていっても空しいだろう。カネは使ってこそ生きるものだよ。君は単に岡本から格安の中古カメラを買っただけだよ」
    「そんなぁ」
    「その代りにカレンダーが甦ったのだ。みんな夢が叶ったと喜んでおった」

 ありがたくもらっておこう。

    「それにしても、よく新型センサーが組み込めましたね」
    「うむ、ちょっと悪戯をしていてな」

 聞くとルシエンには製作時にグレード・アップを容易にする設計が盛り込まれたんだって。イメージセンサーと画像処理エンジンをアセンブリー交換することにより、機能アップを可能にするぐらいかな。

    「今でもそうだが、イメージセンサーや画像処理エンジンはいくら最高のものを作っても十年もすれば陳腐化するじゃろ。当時なんてもっと早かった。だからそこを交換することでカメラの寿命を伸ばそうと思ってな」

 新型センサーの規格をルシエンの及川CMOSと交換可能なものにして作ったそうなのよ。

    「画像処理エンジンは?」
    「あれは試作品じゃ」

 及川電機では新型センサー開発と並行するように画像処理エンジンの開発も進められてるみたい。ロッコール・ワン・プロは良いカメラだけど、画像処理エンジン抜きのロー画像専用カメラだから、一般向けとしては無理があるのよね。だから画像処理エンジンを組み込んだものが熱望されてるのだけど、そのための布石で良さそう。

    「それもアセンブリーの規格はルシエン」
    「そうじゃ、それぐらいは決められる立場にあったからな」
    「そうなるとアカネがもらったあのカメラは、ロッコールの次期新型カメラの原型機」
    「原型機というより試作機かな。どうだアカネ君、使ってみた感想は」
    「最高でした」

 及川氏は悪戯を話す少年のように楽しそうです。

    「発売するのですか」
    「それはない。ビジネスとしてやはり無理があるのは二十年前に取締役会で否定されておる。あの時は悔しかったが、経営判断としては正しかったと思っておる」
    「だから取締役会の決定を受け入れられた」
    「そういうことだ。アイツの手腕じゃ無理の判断だ」

 淡々と話されてるけど、悔しかったんだろうな。

    「ところで加納先生とお付き合いは長いですよね」
    「うむ、麻吹先生がバラしたか。もう時効で良いと思っておる」
    「どうしてあきらめられたのですか」
    「勝てる見込みがなかったんだよ」

 聞かせて頂いてビックリした。やはり及川氏が加納先生を口説かれたのは最初のカレンダーの仕事が成功してから。

    「そこに後の旦那さんの山本先生が現れたんだ。シオリの様子があきらかに変わったのが嫌でもわかった」

 あっ、及川氏が『シオリ』って呼んでる。

    「山本先生が現れた途端にシオリの心は根こそぎ持っていかれたよ。どうしようもなかった」
    「それで加納先生は旦那さんと結婚」
    「結果はそうなんだが・・・」

 これも信じられない話だけど、加納先生の結婚は一直線にゴールインみたいな単純な話じゃなかったみたい。

    「強力なライバルがいてな」
    「あの加納先生にライバルですか?」
    「そうじゃ、それも二人じゃ。シオリは女神様と呼ばれるぐらい美しかったが、相手は天使と菩薩様じゃった」

 なんだ、なんだ、そのキャスティングは。宗教戦争かいな、

    「争った末にまず勝ったのは菩薩様じゃ」
    「加納先生じゃないのですか」
    「うむ、しかしすぐに亡くなってしまった」

 その後の展開も想像を絶するのだけど、菩薩様亡き後を女神と天使がシノギを削って争ったっていうから、加納先生の旦那さんってどれだけなのよ。

    「恋に燃えるシオリはドンドン変わって行ったよ」
    「変わる?」
 加納先生が及川氏と恋人関係になったのは三十一歳の時。この時の加納先生は及川氏によると二十代後半の若さに見えたってなってる。それがラブ・バトルを繰り広げられるうちに若返っていかれ、二十代半ば過ぎになっちゃったって言うのよ。

 どういうこと。加納先生が不老だったのは知ってるけど、及川氏の話を信じれば三十一歳ぐらいまでは歳相応に老けていたってことになるじゃない。そりゃ、少しは若く見えたんだろうけど、それぐらいはいくらでもありうることだもの。

 そうなると、そこから若返っただけじゃなく、固定され死ぬまで変わらなかったことになる。及川氏がウソを吐く必要がないもんね。

    「そんなことが・・・」
    「信じられないのは無理もないが、私が加納先生に最後に会った七十五歳の時までまったく変わらなかった」
    「なにか原因があるのですが」
    「シオリもあまりに自分が歳を取らないので不思議に思ったのだ」

 そりゃ、そうだろ。

    「そしたら、シオリだけでないことがわかったのだよ」
    「他にもおられるのですか」
    「うむ、シオリが調べた限りでは確実なのが二人、おそらくそうだろうが一人」
    「三人も!」

 この世には信じられないことが起るっていうけど、不老現象が加納先生も含めて四人もいるってどうなってるんだ。異常体質で納得するにも無理があるやんか。一度、会ってみたいもんだけど、加納先生が知ってるぐらいだから無理だろうな。不老現象は歳を取ってからわかるものだから、まだ生きてる可能性は低いものね。でもひょっとしたら、

    「まだ生きておられる方はおられるのですか」
    「おられる」

 えっ、えっ、

    「どこにおられるのですか」
    「ここだよ」
    「ここって?」
    「エレギオンHDだ」

 どういうこと、どういうこと。

    「エレギオンHDはクレイエールから発展して出来たのは知っているね」

 そうだったんだ。だからクレイエール・ビルにエレギオンHDの本社があるのか。

    「エレギオンHDのトップは女性だ。それもトップ・フォーと呼ばれている四人はすべて女性だ。この四人はエレギオンHDが出来た時からトップであり、立花小鳥副社長はお亡くなりになられたが、残りのお三方は今でも御健在だ」

 女性がトップ、それもトップ・フォーが全部女性って格好イイやん。でも、どう考えても若くて七十代か八十代にはなってるだろうな。

    「今から四年前になるが、ホテル浦島で小山社長と香坂常務にお会いしたことがある」

 それって、ツバサ先生が大暴れした時、

    「まさか、そのお二人が」
    「エレギオンHDのトップ・フォーは異常に若く見えるので有名なんだが、実際にお会いさせて頂いて驚いた。シオリそのものだった」
    「では加納先生が見つけられた三人はエレギオンHDのトップ・フォー」
    「正確には少し違う。三人には香坂常務と結崎専務は入る。もう一人はシオリの同級生であり、旦那さんを争ったライバルでもある、クレイエールの元専務の小島知江氏だ」
    「小島さんは」
    「もう亡くなっておられる」

 頭がこんがらがりそうだけど、加納先生は自分同様に不老である女性として、小島さんと、結崎専務と香坂常務を見つけたでまず良さそう。でも及川氏の話によると小山社長も不老って言うじゃない。

    「亡くなられた立花副社長はどうなのですか」
    「お会いしたことはないが、異常に若く見えたそうだ」
 じゃあ、加納先生以外に五人もいるんだ。それも加納先生以外はクレイエールからエレギオンHDでつながってる。このビルになにかあるのかも。