ツーリング日和19(第21話)冬のバー

 冬は当たり前だけど寒い。冬でも通勤にバイクを使ってるけど、たった十五分程度の通勤時間でとくに足は感覚がなくなりそうになるぐらい冷え上がってしまう。この辺は大腸癌の術後ケモの後遺症である末梢神経麻痺もあってとにかく辛い。

 そんな冬でもツーリングに乗り出す猛者はいる。そりゃ、ニューイヤーを宗谷岬で迎えるために集まって来るのだもの。雪国のライダーは気合が違うと思ったもの。北海道は桁が違うとしても関西だって冬は寒いけどツーリングするのはいる。

 そいつらだって寒いのは寒い。バイクはとにかく風がモロに当たるからいくら厚着したって冷えて来るのを避けられるものじゃない。でもバイクなりに文明の利器が登場はしてる。それは電熱だ。

 グローブはポピュラーだけど、ジャケットからズボン、さらに靴下まで今なら電熱で温めることは可能にはなっている。そのための電源としてUSBを付けてるのも多いもの。ボクだってモンキーにはグリップヒーターをオプションで付けたけど、あれは付けて良かったと思ったぐらい。

 ただ電熱装備は万能じゃない。電源はバッテリーになるのだけど、中型でもフル装備なんかにすれば電装品がアポーンすることがあるそうなんだ。小型なら一つぐらいって誰かが解説してたはず。という事じゃないけど冬のツーリングはやらない。その代わりじゃないけど、

「結構遠いのね」

 三ノ宮より新神戸に近いからな。

「ここなのか」

 寒くなると美味しくなるのが鍋料理じゃない。鍋料理もあれこれあるけど、今夜は豪勢にフグだ。

「肝刺しのサラダはなかなか」
「テッサもコリコリして美味しいじゃない」

 そして、

「白子焼きって初めて食べるけど病みつきになりそう」

 これにヒレ酒は最高の組み合わせの気がする。

「こんな分厚いヒレのヒレ酒なんて初めて見る気がする。香りもすごい。これこそがヒレ酒だ」

 テッチリも堪能して、

「これだけしかフグ雑炊が食べられないのが恨めしい。でもお腹いっぱい」

 チサさんも満足そうだ。そこから東門街に引き返し、

『カランカラン』

 カウベルのお出迎えがあってバーだ。チサさんは、

「アイリッシュコーヒー下さい」

 歩いてくる間に冷えたもの。冬の間はツーリングじゃなく夜の会食に勤しむことにしてるけど、もうこれは完全にデートだぞ。

「だったらこの次は北野のホテルね」

 だからからかうなって。ヒレ酒に酔ってるぞ。

「そんなこと言うけど、そろそろチサの飢えた体を満たしてくれたって良いじゃない」

 どうにもチサさんのこの手のからかいの過激さが増してるのは困る。秋の間にあれこれツーリングしたけど、さすがに近所はだいぶ回ったけど、

「国宝と言っても色々ね」

 うちの県にも国宝建築物が十一か所あるのだけど、

「姫路城の五か所は水増しじゃない」

 そういう指定の仕方だからしょうがないだろうが。姫路城は大天守と三つの小天守、さらに各天守を結ぶ渡櫓が国宝指定になっていて計五か所になってる。

「同じ国宝なのに朝光寺は寂しかったよね」

 朝光寺は東条湖ランドの近くに、

「今はおもちゃ王国だって」

 そうだった、そうだった。おもちゃ王国はともかく朝光寺に行ったときには、たまたまかもしれないけど他に誰もいなくて、

「国宝って観光客が押し寄せるイメージだったのだけどね」

 ボクもそんなところはあったもの。さてだけどボクの当初のツーリング計画の北へだけど福知山までは到達できた。あれなら十一時ぐらいに天橋立に行けそうな気はしてる。つまりは日帰りも可能だってことだ。

「トンボ返り反対。チサを危険にさらしたいの」

 さすがに遠いのだよなぁ。どう考えたって片道で四時間ぐらいは余裕でかかるもの。チサさんの希望は桜のシーズンに訪れたいだけど、あの時期の日の入りは十八時半ぐらいになるから、

「天橋立を十三時に出ても夕暮れツーリングになっちゃうじゃない」

 当たり前だけど帰路の方が疲れてるから事故のリスクは上がるし、

「そんなフラフラ状態のツーリングなんて面白くないよ。それにさ、傘松公園や伊根の舟屋だって行きたいじゃないの」

 チサさんの意見はイチイチごもっともなのだけど、日帰りを避けるとなると、

「お泊りツーリングよ♪」

 気楽に言うな。そんなものが右から左に、

「予約しておくだけじゃない」

 宿の手配だけならそうだけど、宿泊費だって必要になるし、それよりなによりだ・・・あっ、そっか、部屋を分ければ良いのか。

「チサを一人にしておいてソープに行くつもり」

 天橋立にそんなものがあるわけないだろうが。ボクが言いたいのは男と女が旅先で一つの部屋で泊まったりすれば、

「頑張ってチサを満たす」

 話にならん。

「疲れて頑張る自信がないとか」

 それは走ってみないとわからないけど、

「開業医やってるのだからバイアグラぐらい手に入るでしょ」

 そっちじゃない。あのな、話の大前提を吹っ飛ばしてるだろうが。チサさんとは高校の同級生だし、一緒にツーリングに出かけたり、こうやって夜の会食をする仲にはなっているのは認めるよ。

「あとはベッドで頑張れば完璧だ」

 そこに飛ぶな。ステップとしてそこもあるのは否定しないけど、頑張れる関係になる前にやらなければならないステップがあるだろうが。

「キスとか? 分けてやっても良いけどベッドで頑張れば一緒に済むじゃない」

 違うって。もっと根本的な話だ。頑張るためにはその相手と頑張っても良い関係にまずならないといけないだろうが。男と女が結ばれるためには相手を互いに好きになり、その想いを確かめ合って恋人関係にならないといけないってことだ。

 恋人関係になったって頑張るのは即OKとは言えないぞ、あれでさえ告ってOKをもらった瞬間に押し倒すのは愚か、キスしたって怒るだろうが。なんていうか、恋人関係が深まってあれこれあった末に最後に頑張るがあるはずだ。

「コウキらしいね。それって頑張った先も心配してるでしょ」

 心配なのか、不安なのか、期待なのかはボクも結論がまだ出せていない問題だよ。チサさんはどうなんだよ。

「とりあえず飢えた体を満たしてもらうこと」

 だ か ら、そんな事を考えてないだろうが。チサさんは間違ってもそんな女じゃない。

「チサはコウキが思うような穢れなき聖女じゃなく、男の味を体に刻み込まれた女だよ。こればっかりはバツイチのオバサンになっちゃったからどうしようもないもの。だから頑張って満たして欲しいの。もっともこんなオバサン相手じゃ頑張りようがないって言われたら仕方ないけどさ」

 頼むからからかうのをやめてくれ。ボクだって男だし、狼になることだってあるのだぞ。信用してくれるのは嬉しいけど、そこまで誘惑されたら間違うことだってあるかもしれないじゃないか。

「コウキは間違わないよ。これも変かな。コウキが選んだのが正解で、チサはそれを受け止める事しか出来ないもの。でもね、チサが望む正解にならなくてもコウキを恨んだりは絶対にしない。それがチサに残された最後の希望だもの」

 どういう意味だ。

「マスター、マンハッタン下さい」

 さっきまでのきわど過ぎる会話がまるでなかったようにカクテルを傾けるチサさん。ホントにため息が出るほど素敵なんだよな。どうでも良いことだけど、初婚の前にチサさんと巡り合っていたら思うもの。

 そこで恋に落ちて結婚していたら初婚とは違った人生がきっとあったはず・・・これもわからないか。結婚生活が甘いものじゃないのは学習させられたもの。だけどそれでもを考えせられてしまうのがチサさんだ。今夜はもう帰ろう。間違いが起こる前にね。