ツーリング日和19(第22話)キープ君疑念

 夜の会食のたびに頑張る会話が過激になるチサさんだけど、たまんないよ。毎回それだったらの気持ちを抑えるのがどれだけ大変なことか。あれこそ人の気も知らないでの典型みたいなものだ。

 とはいえボクもチサさんと再会した瞬間に天まで舞い上がってるし、逢うたびにまた舞い上がっている。こんなものどうしようもあるものか。離婚してから、もし再婚するとしたら若い時のように心を燃え立たせる相手がもし現れたら考えるつもりでいたけど、そこに最高の形で現れてしまったのがチサさんだ。

 まさかそんな女性が現れるなんて夢にも思わなかったし、たぶん独身のままで人生は終わるはずだったのを一転させてしまったのがチサさんだ。あれ以上の女性は望んでもこの世に存在するなんて思えないよ。

 チサさんもバツイチの独身だけど、まず再婚願望は確実にある。それは構わないし、ボクにとっても好都合のはずだけど、そこに疑念がどうしても出てくる。ここだけど二人が実際に知っている過去は高校時代になり、後は再会した後だけなんだ。

 そのシチュエーションでボクが舞い上がれるのは、高校時代のチサさんがボクにとって憧れの特別の人だからだ。これはわかりやすいのだけど、問題はチサさんなんだ。彼女が高校時代のボクに恋愛感情を抱く理由が乏しいというより皆無な点なんだよ。

 昔の同級生が再会して焼けボックイに火が着くパターンはこの世に実在はする。同窓会での再会での不倫の話だって良く聞くじゃないか。だけどそうなるのは、学生時代に憧れていた、もしくは密かに恋をしていたの前提があるはず。久しぶりの再会の時に昔の記憶が甦るからこそ焼けボックイに着火するはずだ。

 もっともこの辺のバリエーションはあると思う。さっきのは昔と変わっていないから着火だけど、良い方に変わっているのだってあるはずなんだ。これは容姿だってあるし、社会的成功もあると思う。ここも単純化すれば見違えるようになっていて着火するケースだ。

 チサさんがボクに関心を寄せたとすれば見違えた方になるで良いはず。それも容姿じゃなく社会的成功の方だ。ボクだってそんなに成功している気はないけど、かつて三高って言葉があっただろ。

 三高とは高学歴、高収入、高身長のことだけど、ボクは最初の条件は満たしてるし、二つ目も満たしていると思われている職業に就いている。チサさんが目指しているのは再婚だからこれは条件闘争だけなら小さくないはず。

 だけどそれだけじゃ足りないぐらいはわかってる。結婚するには相手に恋心を抱かないといけない。それが三つ目の高身長になるはずだけど、これだって背が高ければ無条件でOKのはずもない。

 高身長とは背が高いことを指すと思われてるし、女性が背の高い男性を好むのも知ってはいる。だけどあの条件には裏がある。それは男がイケメンであることだ。わかるかな、高身長の本当の条件はイケメンで背が高いだ。

 優先条件はイケメンであり、イケメンでなおかつ背が高ければ文句なしで良いはずだ。いくら背が高くてもブサメンならお呼びじゃないってこと。逆に背はそれほど無くてもイケメンならクリアするはずだ。

 ボクは容姿については自信がない。自信がないどころかコンプレックスさえ持っている。身長だってチビではないけど高身長でなく、せいぜい並程度しかない。スタイルはどう見たって胴長短足。ズボンを買った時に裾直しでどれだけカットされることか。

 顔になると言いたくもない。これはコンプレックスを越えてトラウマにさえなってるもの。元嫁とは冷えるばかりの夫婦生活だったけど、それでもなんか改善しようと思ってた時期もあったんだ。だから夫婦の営みをなんて誘ったのだけど、

『あんたが医者だから結婚しただけ。医者じゃなかったら誰があんたと結婚なんかするものか。あんたとやるぐらいなら豚の方が百倍マシ』

 わかりやす過ぎた。元嫁は高学歴、高収入でボクを選び、高身長は目を瞑ったってことで良いと思う。そうは言うものの面と向かって言われたのはさすがに堪えた。堪えたけど豚以下のブサメンなのは否定できない哀れさがあるんだよ。


 それでも、それでもだ。チサさんはボクを再婚相手の候補にしている気配がある。これだって勝手に思い込んでるだけの可能性は多分にあるけど、そこの結論なんか出しようがないからとりあえず置いておく。

 だけどな、チサさんだぞ。チサさんが本気で再婚を望めば相手なんて夏のボウフラの如くいくらでも湧いてくるはずだ。それぐらいは誰だってわかる。だからボクも候補者の一人ではあるかもしれないけど、それが一人であると考えるのは甘すぎるだろう。

 候補者にも当然だけどランク付けがある。本命対抗みたいな感じだ。ここだけど、これも死語になってるかもしれないけど泡沫級の候補者に財布君とかキープ君がある。まず財布君とはひたすら奢らせタカる対象にされる候補者だ。

 今どきならATMとも呼ばれそうだけど、とりあえずボクは財布君ではないと思う。というのもチサさんは原則として割り勘主義なんだ。さすがに夜の会食をすべて割り勘にするのは厳しいと言うか、ボクが選んだ店が少々お高いのもあるけど、それでも、

『バーはチサが払うからね』

 ツーリングの時なんてきっちり割り勘なんだよな。もうちょっと付け加えれば高価なバッグとかアクセサリー類も欲しがる素振りさえない。水を向けた時もあったけど、

『欲しかったら自分で買うからね』

 素っ気ないほど関心がなかったもの。そうなるとキープ君の可能性が出てくる。キープ君とは、そうだな、元嫁のボクへの関心に近いかも。容姿以外の条件はクリアするけど、結婚対象としては気が向かないぐらいの位置づけだ。

 とはいえ捨て去るのも惜しいから本命とか対抗と上手く行かなかった時の保険みたいな感じかな。自分で考えながら情けないけど当てはまり過ぎてウンザリするほど適役なんだ。このブサメンにのぼせ上がる女はいないものな。

 このキープ君の地位だけど、本命対抗の次かと言えばそうとも言えないところがある。本命対抗がポシャったら、ただちに浮かび上がるとは言いにくい。どうしてかって? あくまでもキープ君だから、新たな本命を探されてしまうってこと。そうだな、他がどう探したって無理な時の最後の最後の選択肢みたいなもの。だから保険だ。


 客観的に見ればボクがチサさんのキープ君にしてもらえるだけでも光栄かもしれない。それぐらい存在に格差があるぐらいは知ってるよ。だけどさぁ、ボクだって再婚なんだよ。再婚するからには初婚の失敗を繰り返したくないじゃないか。

 仮に奇跡的にチサさんと再婚出来たとしてだ。その時のボクにとってチサさんはガチガチどころでない一本被りの大本命だ。だけどさぁ、チサさんにとってのボクは本命なり対抗を探しあぐね、これでもかの妥協の末の末の産物に過ぎなくなってしまう。

 いくらチサさん相手だって、そこまで温度差がある結婚が上手く行くとはさすがに思えない。その辺は離婚経験者だからボクにだってわかる。結婚生活の現実はシビアだもの。そりゃ、熱愛状態でスタートしたら必ず成功するとは言えないけど、最初から温度差がありすぎたら成功する方がおかしいだろ。

 それとだ。ボクがキープ君であれば本命なり対抗がいることになる。これはこれで、嬉しくない想像が広がってしまう。だってだよ、本命がいれば本命を手に入れるために、当たり前だけど頑張るはずじゃないか。

 そりゃもう高校生じゃないし、バツイチだから頑張ることへの抵抗というか、拒否感というか、大人の男と女だから自然に頑張る流れになるのはわかるけど、この瞬間にも頑張ってると思うとどうしたって良い気持ちになれない。嫉妬と言われればそれまでだけど、これを嫉妬って言うのかな。


 その辺のことを確認するには、チサさんの頑張るのからかいに乗るのは一つだとは思う。ボクが乗った時に遁辞を構えて避けたらキープ君確定だろう。この辺はキープ君でもキープを保つために体の繋がりをするのはあるだろうけど、その辺はベッドの態度でわかるのじゃないかと考えてる。

 男だってそれなりにあるけど、女なら本気で燃えるのは本命の時だろう。男なら誰だって良いはずがないものな。キープ君と頑張るのは、キープするだけが目的だから、ベッドでもとりあえずやらせる、早く終わってくれとしか考えないはずだもの。

 ここもなんだけど、そこまでネガティブに考えるのならチサさんと会わないようにすれば良いの考えだってあるのはある。だけどさぁ、どうしたってもしかしたらの期待が残るんだよな。それは、ひょっとしたらチサさんはボクを本気で再婚相手の本命と考えている可能性だ。

 キープ君疑惑だってボクの頭の中の妄想で何一つ証拠があるわけじゃない。ボクの長年のコンプレックスの産物だと言えなくもないからな。こんなものいくら考えたって結論が出せるものじゃないけど、こういう時は相談相手が欲しいな。

 相談したって変わらないかもしれないけど、一人で考えてるとロクなことが浮かんで来ないのだよ。とは言うものの、こういう事を相談できる相手はボクにはいないのもシビアな現実だ。もしいるとしたら・・・やっぱりミサか。

 ミサもミサで相談しにくいところはテンコモリある。これは昔の話だけど恋愛相談みたいなものをしたことはあるのはある、だけどミサのやつはいきなり、

『案ずるでない。そちに当分の間、色恋は生じる余地など無い』

 あのな、冒頭からおかしいだろ、色恋の気配もないから相談してるのに『案ずるでない』はないだろうが。あの時にミサは街の占い師に絶対に向いてないと思ったもの。あんな不愛想な回答じゃ誰が占ってもらうものか。

 それでもミサならボクとチサさんの未来まで見えるはず。果たして再婚するのか、再婚した結果はどうなのかもだ。なるほど予言ってこういう時に縋りたくなるのかもしれない。もっとも今のミサの予言料はトンデモすぎるわ。

 あの手のものは値段があって無いようなものとは言えだぞ、とりあえず一千万円からって話まで週刊誌には転がっているぐらいなんだよ。それもだぞ、一千万円を出せばすぐってものじゃなく、下手すりゃ何年も待たされるらしいじゃないか。

 早く予言を聞きたいのなら、これもまたハードルが高すぎる。まず星辰教に入信して、お布施やらなんとかを積み上げるか、特急料金みたいなものを払うしかないってなってるみたいなんだ。

 特急料金となるとそれこその青天井の世界で良いみたい。それもだぞ、青天井クラスの特急料金を払っても、そこにも行列が出来てる話まであるもの。そりゃ、儲かるわな。もっともミサの予言ならそれぐらい価値はある。

 それぐらい当てやがるのは知ってるもの。昔のよしみの友だち価格で頼みたいけど、そもそもミサに会うだけでも大変すぎるわ。あんにゃろめは同窓会にも一切顔を出しやがらない。ボクにだって高校卒業以来音沙汰無しどころか、連絡先さえ不明だ。大学の時に一度連絡を取ろうとしたのだけど、

『その電話番号は現在使われておりません』

 こうだった。そう言えばミサは結婚したのだろうか。それもどこかに書いてあったはずだけど、独身だったはずなんだ。でもそうだろう。あんな面倒くさくて、クソややこしい女だぞ。だいたいだよ、ミサとの結婚生活なんて想像すらできないじゃないか。

 女だからなんてさすがに思っていないけど、そもそも家事なんかミサに出来るのか。ミサのエプロン姿なんかあり得ないし、包丁なんか握ったことがあるかどうかも疑問だ。それどころか洗濯機どころか掃除機の使い方すら知っているとは到底思えない。

 それでも家事は旦那がやるなり家政婦を雇えば済むだろうけど、夫婦だから営みをやらないといけないじゃないか。あのミサが夫婦の営みだぞ。ミサだって人間だし女だから生物学的には可能だろうけど、そうだな、

『今宵は契らせて遣わす。誉れと思い励むが良い』

 これぐらいをミサなら言い放ちやがるだろ。それとだぞ、夫婦の営み中にどれか一つでも気に入らないことがあれば、

『もう下がって良い。そちはわらわをなんと心得る。そのような心映えでわらわと契ろうとは笑止千万じゃ。次もこうであるなら終わりと思え』

 これぐらいは平然と言うに決まってる。というかさ、ミサが男とイチャイチャするなんてどうやったら想像できるんだよ。世の中には見た目とか普段の態度と恋人の前では態度が全く違う人間がいるぐらいは知ってるよ。

 でもミサは間違ってもそういうタイプの人間ではない。裏も表もなくて、あのままなのがミサだ。ミサがそんな人間であるのは誰よりも知っている。ボクでも知らないミサの別の顔があるなんて金輪際あり得ないと保証付きで断言してやる。