ツーリング日和19(第39話)烙印問題

 チサの性奴隷時代の話は悲惨なんだけど、あそこまでになると現実感にかえって乏しいところがある。とくに奴隷屋敷。現実に存在したのはチサが経験者だし、ボクもドリームクラブ事件の報道で知ってはいるけど、なんか出来の悪いエロ三文小説に思ってしまうところがある。

「その手の話を参考にしたというより、それをリアルで実現させたって聞いたかな。そういう意味で趣味の塊みたいなところだった」

 そうだったのか。客と言うか、スポンサーみたいな連中はカネがあるから、

「妙に凝ってるというか、本格的というか・・・」

 売り飛ばされて運び込まれたチサだけどまず裸にされてる。これはそういうところだから当然だけど、

「鍵付きの首輪を付けられて、そこに鎖で繋がれて、大型犬の檻みたいなところに放り込まれて、これ見よがしのデッカイ南京錠をかけられた。中は狭いし、床は板張りだし、寝るにも毛布もくれなかった」

 そこまでされたのか。

「でもすぐに終わったよ。あれは新入りへの洗礼みたいなもの。ここはこういうところで、こういう扱いを受けるって体で覚えさせるぐらいの意味合いかな」

 檻生活はそんなに長くなかったのか。

「あったり前でしょ。檻の中じゃ、仕事なんか出来ないじゃない」

 そっかそっか、仕事はベッドの上とか、

「部屋の中だよ」

 性奴隷と言ってもやってることは売春だものな。

「後から思えばぐらいだけど、あのクラスの性奴隷の調達は容易じゃないから、妙なところは大事にされてた」

 なんだそりゃ。週休も二日あって、それ以外にもリフレッシュ休暇的なものもあり、食事だって専属の栄養士だけじゃなくシェフみたいなものまでいたのはすごいな。

「味も栄養バランスも良かったと思うけど、素っ裸で首輪に鎖で食べさせられるのは味気なかったな」

 奴隷同士の会話も厳禁だったのか。そんなんじゃ。いくら美味しくても味気ないと思う。だけど性病とかの健康管理も定期的にあって治療もちゃんとされて、インフルエンザの予防接種までしてたのか。

 つうかさ、専属みたいな医者がいるのに驚かされる。専属はさすがにどうかと思うけど、バイトならありうるか。仕事の性質から時給は高かったはず。秘密保持が条件だから破格だったかもしれない。なんだかんだで下手なブラック企業よりマシに見えるぐらいだ。

「性病は客層が客層だからだと思うよ」

 なるほどね。

「首輪とかの小道具に革製品が多いけど、あれも気が付いてビックリしたけどエルメスだよ。あんなものどうやってオーダーしたのだろ」

 エ、エルメスだって! 首輪、手枷、足枷、皮胴衣みたいなものもあったって言うから、一式で百万円どころじゃないかもだ。エルメスはオーダーできるぐらいは知ってるけどセレブ連中のやることは理解できないな。

 それでも刺激を求めてやらされた事は過激だったんだろ。過激と言えばSMプレイとかは、

「もちろんSM要素はあれこれあったけど、あくまでもプレイの範疇であるのは守られていたで良いと思う。そっちの方面に過激になると性奴隷の賞味期限が短くなるからと言ってたかな」

 へぇ、やり過ぎたらクラブから追放されたのか。どうやり過ぎたかまでは聞かないでおこう。それでも女の生き地獄だけど、その中でもチサが一番憤慨している事があるようだ、

「檻生活は長くなかったけど、あいつら飼い殺しにして生きて外に出すつもりなんてなかったじゃない。だから、こんな体にされちゃったのよ」

 それは気にはなったけど、生まれつきだと思ってた。

「違うよ、ちゃんとあったんだから。それが奴隷契約書にサインしたら奴隷である証としてまず剃られた」

 剃られたって生えてくるはず。

「それが檻生活中に永久脱毛にしてしまいやがったんだ」

 永久脱毛って言っても、そんなに簡単には、

「レーザー脱毛機なんて持ってるのに驚いたもの」

 そりゃ、本格的だ。だけどレーザー脱毛でも成長期にある毛根だけしか効果が無いから、一度に永久脱毛が出来るのは一割からせいぜい二割ぐらいのはず。完全に永久脱毛にしたいのなら毛周期に合わせて・・・

「さすがに良く知ってるね。あれは檻生活が終わってからも執念深く続けられて、ついには何も生えてこなくなっちゃったの。チサの体には死ぬまで消えない奴隷の烙印を刻み込まれてしまったのよ」

 そうだったのか。それでも入れ墨とか焼き印よりマシだよ。あんなものされてたら消せないじゃないか。刻まれた文字なり、紋章を読めなくするぐらいは出来るだろうけど、どうしたって消した跡が残ってしまうもの。

「そりゃそうだけど、あるべきものを奪い取られてしまったのよ」

 そう言うけど、あそこの毛だって濃い薄いの個人差は大きいじゃないか。濃い人なんて水着になる時とか、普段だって下着からはみ出しそうになるから、不要な部分を自分で剃ってるぐらいだもの。手間いらずになったと思えば、

「あのね、そんな問題じゃないでしょうが。もう二度と生えてこなくなってしまったのよ」

 わかるのはわかる。ボクだってあそこの毛を永久脱毛されてしまったら寂しいし恥ずかしいと思う。だったらさ、毛根移植があるぞ。日本では毛質の問題でやらないそうだけど、欧米では腋毛の毛根移植をやってるはずだ。

 女性は身だしなみとして腋毛は剃るし、チサも剃ってるじゃないか。つまりは不要の毛だ。毛根移植のために根こそぎ持って行けば不要な腋毛は生えなくなるし、失われた部分に毛が生えてきて一石二鳥になるよ。

 もうちょっとお手軽には、そうだな、あそこにカツラは無理があるからCMでよくやってるなんとか増毛法はどうだ。あそこにだって使えるはずだけど、

「あそこにアデランスとかアートネイチャーなんて頼めるものか。あ~ん、悔しいよ。ミサの予言をちゃんと守っていたら、あの時にコウキにすべてを捧げていたら・・・」

 だからあれは無理があり過ぎたって。あの時にそんな事を出来たはずがないだろうが。ボクだって今だからこうやってチサを守ってあげられるし、幸せにだって出来るはず。チサには悲惨すぎる歳月だったけど、あの歳月があったから今があるのじゃないか。

「ミサがコウキをなぜ選んだのか正直に言うと高校の時はわからなかったの」

 そこは永遠の謎だよな。やっぱりミサが使える男がボクしかいなかったぐらいしか思いつかないもの。他に適当なのがいれば誰がボクなんか選ぶものかの世界だもの。だからチサだって選ばなかったのは当然だ。

「でも今なら痛いほどわかる」

 しがないとは言え開業医になれたものな。ミサもボクが医者になるのを知っていたから、その点を買ったのかな?

「違うよ。全然違う。これを信じろと言うのが無理なぐらいコウキはすごい男なんだから」

 期待するほど儲かってないぞ。

「チサのこれまでの人生はひたすら穢されるだけだったじゃない」

 それはもう聞いたから、

「そうよ、コウキはすべて聞いてるの。あんなもの聞かされて軽蔑しない男なんかいるものか。軽蔑どころか、汚物と見下され唾棄されるだけ」

 そういう男は少ないとは言えないけど、

「なのに平然と受け入れてるじゃないの。それも苦渋の思いで許したってレベルじゃなくて、そうだね、せいぜい結婚相手に男性経験があるぐらいにしか思ってないのだもの」

 なんちゅう喩えだよ。だいたいだぞ、結婚相手に処女なんて条件を付ける男なんて殆どいないだろ。ましてやボクもチサもバツイチだ。処女もへったくれもないだろうが。それにだぞ、誰とやろうが相手は人間だ。

 チサの男性経験が少々多すぎるのは認めざるを得ないけど、だからと言って結婚してまで他の男に走る気はないだろ。大事なのはボクがチサを愛し、チサがボクを愛してること。他に気にすることなんてある訳ないじゃないか。

 それとな、ボクだって聞かされて辛かったんだぞ。でも済んだ話だし、大事なのは過去じゃなく二人の未来だろうが。だいたいだぞ、チサほどの女に許すとか、許されないとかの話が出る方がおかしいよ。

「だから信じられないって。そんな事が出来る男はこの世にコウキしかいるものか」

 たいした事はしてないけど、

「今のチサには幸せしかない。だってだよ、チサの奴隷の烙印だって、転んで擦りむいた傷程度にも気にしてないじゃないの」

 もうちょっと気にしてるよ。

「これこそが存在する奇跡そのもの。さすがはミサが選び抜いた男だと感謝しかないもの」

 そんなに気にするものなのかなぁ。そこのところがようわからん。