ツーリング日和20(第11話)蕎麦屋の出会い

 バイクのツーリングは走るのがとにかく楽しいし、実際に走るだけのツーリングをしている人もいるぐらい。とはいえ、ツーリングだって目的地を普通は設定する。どこそこに行こうとか、そこで何かを見るとかだ。

 そんな中でお昼ご飯をどうするかも出てくる。別に弁当を持って出かけようじゃないけど、どこで何を食べるかだ。たいした事なさそうに思うかもしれないけど、案外気を遣うところでもあるんだよ。

 こっちは客なんだからどの店に入って何を食べても良さそうなものだけど、こればっかりは自分がバイク女子だと意識してしまうところがある。というよりマナミのキャラなんだろうけどね。

 やっぱり女だからTPOは気になるんだよ。まずは服装だ。バイクだからバイクに乗る用の服装になるのだけど、これがなかなかゴツイんだよね。この辺はどうしたって男性ライダーの方が多いからそうなってるところはあるとは思ってる。

 たとえばライディングジャケット。これは教習所の時に買った。というのも技能講習を受ける時にはプロテクターの着用が求められたんだ。どうせ必要だからと思ってプロテクター入りのジャケットを買ったんだけど、

「お、重い」

 重いだけでなく胸や、肘や、背中のプロテクターがゴツゴツする。なんか防弾チョッキとか、それこそ鎧でも着てる気になったぐらい。ホントは膝のプロテクターもあった方が良いそうだけど、これ以上はちょっとだ。だから延々と検討中にしてる。

 とはいえ、それ着てバイクに乗ってるから、その格好で店に入らないといけない。置いとくとこないものね。さらにだけど靴だってゴツイ。そりゃ、ヒールやパンプスでMT車なんかに乗れるものか。これもそれ用の靴を買ったけど、やっぱりゴツイのよね。

 バイク乗りなら当たり前の格好だけど、レディとしてそんな格好で店に入るとなると考えてしまうところはあるのよね。まだまだ女は捨ててないもの。サヤカにも相談したことがあるけど、

「そらそうよ」

 サヤカは岡田監督かよ。ひょっとしたら、それを開き直れるのが本物のバイク女子かもしれないけど、どうなんだろう。

「それだったら髪型もよね」

 うん。それもある。メット被るから、どんなに頑張ってもメットを被ってましたって髪型になっちゃんだよ。

「映画みたいにメットを取ったら、さらさらのロングヘアーになって、髪をかき上げるだけでセットはOKになりそうにないものね」

 そうなるかと期待してたんだけど、なるはずもなかった。つまりはレディとしたら、あんまり嬉しくない状態で店に入ることになってしまう。

「そうなると入れる店が限られてくるよね」

 ここにさらにの問題が出てくる。入る時はお一人様なんだ。お一人様だって歓迎ってところもあるそうだけど、やはり一人は寂しいよ。寂しいは置いといてもとくに混んでる時は気を遣ってしまう。

「そうなるよね。例えば行列が出来てて、順番が来た時に四人席とかだったら嫌だよ」

 バイクならファミレスぐらいも良さそうだけど、休日のお昼だったりすれば周囲が家族連ればかりなのも嬉しくないな。

「会社のお昼休憩の外食とは雰囲気が違うよね」

 あんまり気にすると食いはぐれるから、それはもっと困るじゃない。だから走りながら適当に店を探すのじゃなく、事前に探しておいて、そこを目指して走るようにしてる。

「その方が美味しいものにありつける可能性が上がるはず」

 それ重要だ。不味かったら昼飯代をドブに捨てるようなものだもの。そういう事で目指しているのは篠山のお蕎麦屋さんだ。お蕎麦屋さんなら恰好はそれほどウルサクないはずだし、お一人様だってあんまり目立たないと思うんだ。

 篠山、さらにその奥ぐらいにお蕎麦屋さんが増えてるのはツーリングをやり始めて知ったんだ。情報源はユーチューブだけどね。ただ増えてると言っても、出石みたいに軒をならべてる感じじゃない。つうか出石が異常だろ。

 今日はその中でも自然薯庵を目指してる。ここも何時ごろに店に到着するかも考えておいた方が良いと思う。開店前は論外だけど、お昼時になんか行ったら行列必至なんだよ。これもユーチューブの影響はありそうな気はしてる。

 マナミだって情報をユーチューブから取ってるけど、取ってるのはマナミだけじゃない。とにかくユーチューブが網羅してる情報量はまさにビックらものとして良いと思う。ドライブ物やツーリング物だけでも数えきれないぐらいあるけど、ああいうものって基本はシリーズ物になるじゃない。

 シリーズとなれば回数を重ねれば重ねるほどディープになっていく。これはグルメ物だって同じだ。そうなるとこれまで地元の、それも知る人ぞ知る名店だったのが、かなりの人が知って、

「どうせ行くなら、あそこにしよう」

 こうなってる気がしてる。証拠ってほどじゃないけど、滝野のラーメン屋さんがそうなってた。ここも誤解がないように言っとくけど老舗だし、昔から播州ラーメンの代表格とされてきた店なんだ。

 マナミも子どもの時から何度か連れてきてもらってるけど、バイクに乗り始めてから久しぶりに食べに行ったんだ。混んでるらしいの情報ぐらいは知ってたから開店の十一時狙いで走って行った。

 着いたのが十時四十五分ぐらいだったのは御愛嬌だったけど、目を丸く九しそうになったもの。だってその時点でもう二十人ぐらい並んでたんだよ。ここまで来て食べない手はないから列に並んだのだけど、開店時間に向かって列はどんどん伸びて行った。

 開店となりラーメンを食べたし、昔と変わらず美味しいと思ったけど、店を出てまたビックリした。まだ十一時半ぐらいなのに大行列だったもの。あれを見て、そうそうは食べに来れないと思ったよ。

 だから今日の自然薯庵も開店の十一時狙いで走ってる。店の位置は前に篠山に来た時に看板をちらっと見たし、マップでも十分に確認してる。デカンショ街道に入ってそろそろのはずだけど、あったあった、あそこを入るはずだ。

 店はあそこみたいだけど、駐車場はどこなんだ。なるほど、道路を挟んだこちら側に停めれば良さそうだ。どこに停めようかな。どこに停めても良いようなものだけど、バイクだから端っこの方が良いよな。あそこに何台か停まってるから、並べて停めさせてもらうか。

 店は古民家威風じゃなく古民家そのままで良さそうだ。茅葺屋根はどうしてるんだろう。あれを葺き替えるのは半端な金額じゃないはずだものな。さて、ここで靴を脱いで下駄箱に入れて、案内されたのは大きなテーブル席だ。

 お一人様だからそうなるか。へぇ、掘り炬燵みたいになってるからありがたいよ。だってさ、和室で座るとなると女は正座じゃない。そりゃ、胡坐をかいたら逮捕されるわけじゃないけど、レディだからね。

 メニューはシンプルだな。ざるそばと、やまいもそばと、天ぷら蕎麦だけで大盛りにするかどうかなのか。ここは店名が自然薯庵だからやまいもそばだろ。大盛りにしてやろ。お茶は黒豆茶って言ってたな。たしかに普通のお茶とはちょっと違う。

 後は出来上がるのを待つだけだけど、隣の男はバイク乗りだな。そんなもの見ただけでわかるよ。年の頃はマナミより少し上かな。それでも四十前なんじゃないかな。そんなことを思っていたら、

「どこから来られました?」

 声をかけられた。あっちもマナミがバイク乗りだってわかるよね。こうやって声を掛けられやすいのもバイク乗りの特徴かな。もちろん誰彼かまわずじゃないけど、そうだなクルマ乗りより多いと思う。

 バイク乗りと言えばどうしたって暴走族のイメージが強いけど、あんな連中、今はどれだけ残ってるのだろ。マンガとか映画とかにはまだ登場してるから絶滅はしていないと思うけど、最後に見たのはいつだったかって思うぐらい。

 この辺は地域差もあると思うけど、子どもの時のような勢いはもうない気がする。とくに昼間に見かけるのは、ごく普通のツーリングだ。これが走ってみると案外多いのだよね。クルマに比べれば遥かに少ないけど、気の良さそうな連中が多い気がする。

 それにマナーだって悪くない。そりゃ、変なのもいるよ。それはどこの世界だって同じだ。だけどね、バイク乗りってどこかに少数派の自覚があると思ってる。だから仲間を大切にすると言うか、同志愛みたいなものを感じることがあるもの。

 隠す必要もないから神戸からだって素直に答えたよ。その男も神戸からみたいだけど、話してみて少し驚いた。駐車場の時から気になってたのだけどモンキーがいたんだよ。モンキーはあれだけ納車を待たさせるぐらい人気はあるのに、滅多に見ないのよね。

 それに乗っているのがこの男だったんだ。そこからどれだけ待たされかの話題で盛り上がっちゃった。

「ボクの時はそこまでじゃなかったですけど」

 その男の乗っているモンキーはバナナイエローなんだ。これはちょっとだけ羨ましかった。モンキーもモデルチェンジがあるのだけど、五速化された時に黄色がなくなったんだよね。だから仕方がないから赤にしてる。

「また復活しましたよね」

 そうなのよ。黄色が復活しただけなく、スイングアームにも黄色が塗装されるのまで復活してる。そういう変遷があるから見ただけでどの時代のモンキーかは見ただけでわかるんだよ。

「でもそれだけ待たされれば・・・」

 待っているうちに黄色が復活するのは知っていたし、オーダーを黄色に変更しようかどうかは真剣に悩んだんだ。でもさぁ、そんなオーダー変更をやったらまた納車がさらに延び兼ねないじゃない。

「予約がリセットになって後回しにされかねませんよね」

 そうなのよ。だからそのまま赤にした。あれだって気に入っているんだよ。

「前のカラーは男性ウケを狙っていたと思います」

 そんな気がする。モンキーは手に入れるだけで大変なバイクだけどそれでも人気色はある。一番人気は黒だそうなんだ。だから少しでも早く手に入れたいのなら赤にしろって記事まであったもの。

 もちろん色なんて純粋に好みだけど、女が黒とかグレーに飛びつかないだろ。どうせ乗るのならポップな色が良いはずじゃない。あれかなぁ、最初の黄色ってそんなに人気がなかったのかな。

「そこまではわかりませんけど、滅多に出会わないのは間違いありません」

 そんなことを話しているうちに蕎麦が来たから堪能した。これは悪くないと思う。いや素直に美味しいよ。男の方が先に来てたから、先に蕎麦が来て、先に出て行った。食べ終わればそうするのは当然だけど、なんかもったいないことをした気になってしまったんだ。

 はっきり言う、好みだ。アイドルみたいなイケメンじゃないけど、整った顔立ちなんだ。女だってね、男を見る時は見た目が九割だ。これにイチャモン付けるのいるけど、見た目で惹かれずにどうやって興味や関心が湧くって言うんだよ。

 だけどね、この歳になると他のエッセンスの比重が大きくなる。男だってそうかもしれないけど、女の方が早くて大きいと思ってる。わかりやすいものなら年収だ。これに連動して社会的地位なんてのもある。ぶっちゃけカネだ。

 そりゃ、カネカネって言いまくると品がないし、引かれるとは思うけど、カネが無いとなんにも出来ないのも真理だ。離婚の時だってカネがないからあの家から離れられないは確実にあったもの。だから助けてくれたサヤカにあれだけ感謝してるんだ。

 バイクだってそうだ。バイクを買うのも、バイクウェアを整えるのも、免許を取るのだってカネがなきゃ出来ないじゃない。それを言えばガソリンも入れられないし、蕎麦屋にだって入れない。

 男と女の間で一番重要なのは愛なのは間違いないけど、愛だけがすべてと思えるのは高校生ぐらいまでだろ。あの頃なら親が養ってくれるし、カネってどうやって稼ぐかの実感もないからな。

 そういう点でもなんだかカネも持ってそうだ。財布の中身とか給料の明細表を見たわけじゃないけど、カネ持ってるやつはわかるもんだよ。ごく単純には服とか、持ち物とかだ。昔から靴を見ればその人がわかるって言うじゃないか。

 それより何より余裕があるんだよ。それは態度にも口ぶりにも出てくる。それはカネの使い方でも出てくる。派手にカネを使うじゃないよ。本当の金持ちって無駄カネを使わないと言うか、使わないのがごく自然に出来る人だと思ってる。

 さっき持ち物を見るって言ったけど、金張りのロレックスなんて持っているのは好みじゃない。それはそれで持ってるだろうし、それに目を付ける女だっているだろうが、本当の金持ちのオシャレとか小物に凝るのはそんなレベルじゃない。

 たとえばだぞ、あくまでもたとえばだけ、良く見るとヴァシュロン・コンスタンチンだったみたいな感じだ。それも金張りじゃなくスティールで、そうだなオーヴァーシーズのパッと見だったら普通の腕時計に見えるやつ。

 さらに言えば何年も何年も使い込まれてたらなお良い。それだけの高級腕時計を性能の良い道具ぐらいに扱ってる感じかな。だってだって、スティールのオーヴァーシーズは消費税まで含めたら四百万ぐらいしてたはずだもの。もっともあの男はシチズンだったけどね。

 そんな事はともかくあの男は合格だ。せっかく声をかけてくれたのにあれだけで終わりにするのはむちゃくちゃ惜しい気がする。とはいえやっぱりあれで終わりだろうな。残念ながらハントされたとは思えないもの。

 あれはあくまでもバイク乗り同士の挨拶みたいなものに過ぎないね。本気のハントなら、あの続きがあるはずだろ。たいした続きじゃないけどバイク乗りなら普通に出てくるセリフだ。

「どこに行かれますか」

 これだって『こんにちは』程度の重みだけどハント要素が入ってくれば変わってくる。な~に話は単純だ、ここからマスツーしようだ。そりゃ、今日中にホテルでドッキングはないにしろ、連絡先を交換して次に繋げるぐらいの段取りだ。

 もしされてたら乗ってた。ありがちな手順みたいなものだけど、目的地なりでお茶して、もっと相手を知ろうだ。気に入ったら次に繋げて行くんだよ。もっともマナミの容姿とかは月まで打ち上げておくとして、それ以前の大問題がある。

 簡単な話だよ、あの男もソロツーなのは確認したけど、ソロツーだから独身って訳じゃない。あの歳の、あれだけの男なら既婚者である確率が高いどころじゃない。ツーリングだって、奥さんが付き合わないのは珍しくもない。つうか、モンキーはタンデムすらできないからね。