ツーリング日和21(第30話)阿蘇へ

 さんふらわあの朝は早かった。五時過ぎには起きて五時半から展望大浴場に。そりゃ、夜は汗だくにさせられたからしっかり洗っておかないと。それから朝食を楽しんだ。だって七時二十分に大分港到着だもの。

 さんふらわあなんだけど神戸からと泉大津からがあるのだけど、神戸からのは大分港に着き、泉大津からのは別府港に着くんだ。別府港の方が良いのだけど、そのために泉大津まで走るのは論外だから、贅沢は言えないかな。

 別府港からの方がより良かったのは目指すのがやまなみハイウェイからなのよ。やまなみハイウェイはバイク乗りの憧れの道だし、マナミもそこを走れると聞いてテンションが天まで上がる気がしたもの。しかもフェリー利用なんてバイク女子の夢みたいなものじゃない。

 このやまなみハイウェイってどこかなんだけど、定義にバラツキがあるみたいだけど、大雑把には大分県道十一号線になる。これは別府からスタートしてるから、大分港からは少し遠回りになる感じかな。

 そんな事は言ってられないからまずは国道十号で海岸線沿いに別府を目指す。富士見通の交差点を左に曲がるのだけど、こんなところから富士山なんて見えるはずないよね。

「う~ん、豊後富士は由布岳だからそっちじゃないかなぁ」

 なんとか富士は三田にも有馬富士があるものね。この富士見通りをひたすら道なりに進んで行けば、なんとなんと大分県道十一号にぶち当たってくれた。そこを左に曲がって湯布院に向けてモンキーは走って行く。

 これがバイク乗り憧れのやまなみハイウェイなんだ。もっともこの辺は普通の県道だけどね。そう思ったのも束の間で道は軽くワインディングしながら標高を上げていく。これぐらいならモンキーでも余裕だ。

 余裕って感想を行った途端に完全に山の中に入ってしまい、登坂車線まで出てきた。そうなるとモンキーは登坂車線の主になる。マナミだったら女王だろうけど、こればっかりは非力だからどうしようもない。中型バイクや大型バイクが羨ましい。ビューンと追い抜いて行くものね。

 狭い日本、そんなに急いでどこに行くを呪文のように唱えながらひたすら登る。それにしても結構なヘアピンだな。さすがはライダーの聖地と呼ばれるわけだ。それでも結構登ったよな。だって林間ロードから空が開けて来たし、山だって低く見えるもの。

 そろそろ登りも終わったと思った頃に突然、左右に広がる大草原見えてきた。こりゃ、すげえや。と思ったら再び林間コースだ。そこが終わった時に再びの草原だけど、

「右手に見えるのが由布岳だよ」

 これはなかなか雄大な景色だ。すると出て来た、出て来た、ここからは湯布院町だ。ついに下りだ。これがやまなみハイウェイなのか、

「まだ入り口だよ」

 そうなの。でもそうだよね、これだけだったらライダーの聖地とまで呼ばれないよね。なるほど大分からあの峠を越えたら湯布院なのか。神戸と有馬温泉の関係に近いかも、もっとも大分市は別府温泉も近いけどね。

 湯布院の温泉街を横目で見ながら通り抜けたところで国道二一〇号にチェンジ。大分県道十一号はまっすぐのはずと思ったけど、

「前に走ったことあるけどエライ目に遭った」

 ならやめよう。道の駅ゆふいんで生理現象を解消させ、水分隧道を潜った先ぐらいで、

「あの信号を左だ」

 県道十一号に復帰だ。こんな感じになってるんだ。これが絶対の正解だ。瞬の選択に間違いなどあるものか。間違わないからマナミが選ばれたはず・・・たぶんだけど。マナミの事はさておき、これは雄大な道だよ。こんな道は神戸にないものね。長者原で休憩を取ったのだけど、

「マナミは中学の修学旅行で北九州に行かなかったのか」

 行ってない。北九州に行ってた時代もあったのは先輩から聞いた事があるけどマナミの時は東京だったんだ。

「それって東京ディズニーランド?」

 あったら良かったけど、なんちゅうか昭和の修学旅行みたいな感じで、皇居とか、国会議事堂とか、

「東京タワー」

 さすがにスカイツリーだった。後は浅草寺ぐらいかな。あれはあれで楽しかったけど。

「高校は?」

 信じられないと思うけど宮古島だった。

「沖縄じゃなく宮古島なの。悪いところじゃないとは思うけど」

 そうだよ。たく誰が思いついたか知らないけど、民家に泊まらされて朝から夕まで農業体験だよ。泊まるのだってホテルとか旅館じゃなくて民泊ってやつでモロ農家。修学旅行で花咲く恋なんて生まれようがなかった。だってだよ男女別に少人数で分散して泊まるのだもの。

「修学旅行もトレンドがあるからな」

 それはあると思う。要するに修学旅行はレジャーなのか、教育の一環なのかってやつ。生徒はレジャーしか考えてないけど、そっちに偏り過ぎると必ず出るのが、

『修学旅行は遊びじゃない』

 定期的に反動が来て、やれなんとか体験とか、なんとか学習が詰め込まれちゃうのよね。あんなもの校長とかの点数稼ぎじゃない。なにが苦痛かって、そのクソ面白くもない体験とかを、さもタメになったって作文を書かなきゃならないのよ。

「学校ってそんなところだけど、それは災難だったね」

 瞬もそうだったみたいで、広島で平和学習たらの有難い話を聞かされたそう。

「趣旨はわかるけど、修学旅行で何人もの語り部から五時間も聞かされたのはさすがにウンザリした」

 昼休憩を挟んで午前と午後の部があったってマジかよ。

「最後は平和公園で一日が終わった」

 それだったら農業体験で体を動かしてたマナミの方がマシだったかも。座りっぱなしで悲惨な体験とやらを延々と唱えられるのは想像したけでギョッとする。

「あれだって少し入るぐらいなら良いのだけど、メインに持って来られたら辛いよな」

 わかるわかる。たかが何泊かの旅行じゃないの。単純に息抜きにして欲しかった。

「修学旅行は思い出作りでもあるものな」

 そこよそこ。なんたら体験やら、なんたら学習が思い出って悲しすぎるよ。あれはね、一生に多くて三回しか出来ない同級生との団体旅行だ。羽目を外すのも良くないだろうけど、タガを締められすぎると悲惨どころか陰惨な思い出しか残らないよ。


 長者原をやまなみハイウェイの始まりとしてるのもあるけど、来てみたら理由がわかる気がする。ここまでだって余裕の絶景ロードなんだけど、景色が変わって来てる気がする。なんか阿蘇って感じがするもの。

「それとここから九重連山を越えて阿蘇に入るからな」

 九重連山は九州の屋根なんだって。他人事みたいに言ってるけどモンキーで超えなきゃいけない。峠道へのチャレンジだよ。でも景色が素晴らしいから・・・馬力がアップするはずもないのよね。なんとか超えたぐらいで、

「あそこを右に入るぞ」

 大観峰ってなってるから寄り道かな。だってやまなみハイウェイは県道十一号を直進でしょ。

「そうなんだが、ミルクロードも走りたくないか?」

 ミ、ミルクロードだって! それこそライダーの西の聖地の象徴、全国の名ツーリングコースでも必ず三本の指に入るところじゃない。そんなもの走りたいに決まってるじゃないの。この道がそうなのか。

「左に入るぞ」

 大観峰ってやつだな。奥に行くと駐車場があって売店まであるじゃないの。そこからテクテク歩いて行ったのだけど、うわぁってぐらいの大パノラマだ。モンキーで走ってる時も感じたのだけど、阿蘇って日本って感じがしないな。大観峰の景色を堪能してから阿蘇市の方に下って行き、

「ここは外せないよ」

 阿蘇はバリバリの火山で今でも噴煙が上がってるし、近いうちでも何度も噴火して被害者も出てる。その象徴が中岳だけど、規制はあっても近くまでは行けるんだ。もちろん噴火状態で変わるから、行って見ないとどこまで近寄れるかわかんないけどね。

 阿蘇で最大の噴火は九万年前の四回目って・・・どうやって数えたんだろう。その辺は学者さんの研究やら調査の結果だから信じるしかないけど、その時にこの巨大なカルデラが出来たんだろうな。

 こんなものまたやられたら、それこその日本終了だけど、大噴火によって出来上がった風景は日本の宝だろ。中岳までもうちょっとのところで駐車場があったからそこにバイクを停めた。なるほどロープーウェイで登るのかと思ったら、

「噴火の影響で廃止になってるよ」

 それは残念だ。そこから歩きになったのだけど、連れて行かれたのはこじんまりした、なんとなく安っぽいお堂だけど。

「ここも恋人たちの聖地だよ」

 なんかお彼岸の時に若い男女が阿蘇山の火口にお参りして夫婦の契りを交わしたとか。ちょっと待ってよ、夫婦の契りってアオカンでやったの。

「そっちじゃなくて婚約みたいなものだと思うけど、古くはおおらかだったら・・・」

 それ聞いた事がある。今でも暗闇祭りみたいなものが残ってるところがあるけど、あれは暗闇になった途端に朝まで誰彼無しにやりまくる祭りだったんだって。大昔の暗闇はホントに真っ暗だから相手が誰かはわからないし、それでもOKが大前提でお祭りに参加してたんだよね。でもさぁ、それで出来ちゃったらどうしたんだろ。

「夜這いシステムと同じじゃないかな」

 夜這い? 今でも言葉として残ってるけど、あれって女の家に忍び込んでやるやつだよね。

「年頃の娘のところに若い男が夜這いをかけるのだけど、美人だったりしたら何人も集まるじゃないか」

 え、あ、うん。まあそうなりそうだけど、避妊なんて言葉すらなかっただろ。出来ちゃったらどうするんだ。誰が父親かなんかDNA検査なんて夢物語にも出ない時代じゃないか。

「その時は娘が気に入った男を指名して結婚する」

 娘の子は男の子かもしれないけど、そうでない可能性も十分ある。だけど男は自分の子として育てるのが夜這いのルールってムチャクチャだ。

「それも全部了解して行われるのが夜這いシステムだったんだよ。今とは性概念が違うからな」

 違い過ぎるよ。でもそんな常識で暮らしていたなら、そのお祭りってやっぱり真昼間にアオカンの大乱交やってたかもしれないじゃない。

「だから盛り上がったのかもね」

 そういう娯楽だとかイベントだったと言われてもな。マナミには付いていけない世界だ。とにもかくにも良縁成就をお願いして引き返した。今日は中岳の御機嫌があまりよろしくないみたいで、これ以上は近づけなかったのは残念無念だ。