ツーリング日和18(第33話)別府から黒川温泉へ

 国東半島の付け根あたりにあるのが杵築市で、さらに日出町に入る。日出町と言えば、

「そう言われても知らないけど」

 なんて無知なんだ。ここには飛び切り美味しい大衆食堂があるんだよ。そこ店の味は高級レストランどころか、超が付く一流料理人との料理勝負にも勝ってしまうぐらいなんだ。それだけの腕があるのに、そこの料理人はまだ子どもなんだよ。

「アリス、それって味皇とか出て来ないか?」

 な~んだ知ってるんじゃないか。味の世界の帝王である味皇は天才少年料理人の成長を温かく見守り、あれこれと手助けもするのだけど、最後の最後に料理勝負を挑んで来るんだよ。まさかのラスボスだったものね。

「どうでも良いけど歳がバレるぞ」

 てなことを話しているうちに別府市だ。言うまでも無く温泉の街だ。

「もし行ったことがないなら寄ってみようよ」

 こんな有名なところ行ったことが・・・ない。別府温泉の地獄めぐりは海地獄、鬼石坊主地獄、かまど地獄。鬼山地獄、白池地獄、血の池地獄、龍巻地獄の七つの地獄を回るものだけど全部回ると三時間半ぐらいかかるんだって。

 別府温泉に泊まるなら回っても良いと思うけどさすがに時間がかかり過ぎる。この七つの地獄なんだけど大きくは、

 海地獄エリア・・・海地獄、鬼石坊主地獄、かまど地獄。鬼山地獄、白池地獄
 血の池地獄エリア・・・血の池地獄、龍巻地獄

 こうなってるみたいでアリスたちは血の池地獄エリアに行くことにした。あれは一見の価値はあると思う。あれだけ自然に噴き出してるからここは昔から温泉地で栄えた理由がよく分かったもの。

 地獄巡りも終えると次に目指すのは湯布院だ。ここもまた有名な温泉地で高級感漂う宿がたくさんあるんだよね。でも今日の宿はここでもない。ここだったら地獄巡りはフルコースで出来たもの。

 アリスたちが目指すのはやまなみハイウェイだ。ここは天下に轟く名ツーリングコースなのだけど、正確には九重連山になる長者原から始まるんだ。もっともそこまでの道だって素晴らしいところだからやまなみハイウェイに含めて紹介されちゃうことが多いけど、公式にはそうなってるぐらい。

 ついに長者原、やまなみハイウェイの始まりだ。さすがの展望だよ。まさに高原ツーリングそのもって感じ。この辺は宿泊施設も多いみたいだけど、ロケーションからして泊まってみたい気分にさせてくれるもの。

 いよいよのテンションが上がって来るけど、気になっているのは時刻だ。やまなみハウェイも神戸からさんふらわで大分に着いていたら、宇佐神宮に着くぐらいの時間で走り抜けられたはず。

 だけど今日は新門司からだし、宇佐神宮、密乗院の棚田、別府温泉地獄めぐりと立ち寄ったからかなり時間がかかってるんだよね。行って悪かったところなんてないけど、今からやまなみハイウェイとなると時刻的にキツイと言えばキツイ。

 長者原からまず目指すのは牧ノ戸峠。ここはやまなみハイウェイでも最高地点になるのだそう。牧ノ戸峠からヘアピンがグネグネのワインディングロードがあって、ようやく終わったぐらいに、

「次の信号を右折だ」

 あれっ、やまなみハイウェイはまっすぐのはず。

「宿に行くんだよ」

 そっか時刻的には良いぐらいだものね。この続きは明日走れば良いもの。それにしてもこんなところだったんだ。

「アリスのリクエストじゃないか」

 ゴメン、宿だけ見てどこにあるのかはあんまり確認してなかった。でも黒川温泉はすっごく雰囲気のある温泉街で、なんて言えば良いのかな、温泉街全体がコーディネイトされてると思うんだ。宿の雰囲気から街並みまで違和感がなくそろえてあるって感じ。

「こんな話を聞いたことがあるのだけど・・・」

 遥かなる昭和の時代は団体旅行が多いと言うより、旅行と言えば団体旅行の時代があったそうなんだ。これに宿の方も対応して宿の規模を大きくして収容人数を増やし、大宴会場も競って作ったとか。

 宿の大規模化は団体旅行対策に必要だったかもしれないけど、大きくなった宿が宿泊客の囲い込みにも精を出したみたい。旅行客の楽しみと言えばお土産を買ったり、夕食後にも一杯やったり、カラオケとかゲームもあったりするけどこれを館内で全部賄えるようにしたみたいなんだ。

 そうなると宿泊客は宿から温泉街に出なくなる。客である宿泊客が少なくなると温泉街は寂れてしまうことになる。そんな頃に起こったのが旅行モードの変化だった。そう団体旅行より個人単位の旅行が主流に変わって行ったぐらいかな。

 個人旅行となると団体旅行に特化したような大きな宿は避けられる傾向が出て、比較的小さな宿に人気が出るようになる。小さな宿では囲い込み戦略なんてしないから、宿泊客が温泉街をそぞろ歩きを楽しむようになったんだ。

「ここもそういう温泉みたいだな」

 そう思う。やっぱりさ、温泉ってこんな感じが絶対良いと思うんだ。そう思うのはアリスが古風な女・・・

「ここみたいだぞ。これは風情があって良い感じじゃないか」

 こらぁ、人の話を途中で遮るな。でもここか。写真で見るより良い感じがする。中もシックで落ち着くじゃない。こういうところにピッタリ似合うのはアリスのような古風な・・・

「まず温泉だよな。アリスだってそこで選んだんじゃないか」

 それは当たりだ。この宿の名物はなんと言っても洞窟風呂。洞窟風呂で有名なのは白浜の忘帰洞が有名だけど、ここの洞窟はなんと宿の御主人が十三年かけて自分で掘りぬいたものだって言うから驚かされる。

 ここがそうか、まさに洞窟だ。岩風呂と言うより岩の中の風呂だよこれ。温泉も気持ちイイ。肌がツルツルになってる気がする。こっちに露天風呂もあるぞ。なるほど川に向かって作られてるのか。こっちはこっちで晴れ晴れして良い気持ち。

 ツーリングの汚れを落とし温泉でさらに綺麗になって部屋に戻れば夕食だ。ここは部屋食じゃなくてお食事処に行くのだけど、まずお食事処の部屋の雰囲気が良い。黒光りするぐらい磨き込まれてる床板に大きな梁が見える天井も雰囲気を作ってる。こういうところに似合うのはやはりアリスのような古風な・・・

「囲炉裏端で食べるのは初めてだけど。なんかワクワクするな」

 それはアリスもそう。串に刺された鮎をこうやって刺して炙り焼きみたいにするのか。見ているだけで美味しそう。他だって目にも楽しい彩の山の幸がこんなに。こういう宿に泊まってこその旅行だ。

 食事を堪能したら温泉街を歩いてみた。どこも趣向を凝らしてるのが楽しいな。こういう楽しみがあるから温泉旅行はやめられない。部屋に返ったら布団が敷かれてた。さすがにドキドキするのはやはりアリスが古風な・・・

「色々あったけどアリスと結婚出来て本当に幸せだ。まさかあのアリスがボクの妻になってるなんて今でも夢を見ているようだ」

 そりゃそうだろ、まだ中学生のアリスの裸を妄想してセルフで励みまくっていたのが生身になったんだからな。そのうえ初恋の女だぞ。これで文句を付けやがったら別府のなんたら地獄に放り込んでやる。

「まあ妙なこだわりがあるけど、そこも可愛いし」

 そこは仕方がない。シナリオライターとはそういう商売で、それで食ってるんだから我慢しろ。それが嫌なら結婚なんてするな。結婚したからって帰ればお風呂が沸いていて、温かい食事が待ってるなんて夢を抱くなよ。とにかく家事はアリスにとって不倶戴天の仇敵なんだから。

「誰がアリスに家事なんかさせるものか。下手に手を出されたら余計な仕事が増えて迷惑だ」

 ぎゃふん。良くお分かりで。もっともそうじゃなきゃアリスなんて誰が嫁にするものか。そんなアリスを愛し抜いて結婚までしてくれた健一にはどれだけ感謝しても足りないぐらいだもの。間違っても家庭向けの女にはなれないけど、健一を愛する心だけは誰にも負けないもの。

「アリス、今夜は遅くなったけど二人の初夜だ」

 ホントだよ。結婚して三か月も経つのにまだ初夜を終わらせていない夫婦なんてこの世に他にいるのかな。

「う~ん、獄中結婚ならあるかも」

 あれも良くわかんないな。逮捕されて刑務所に放り込まれたから離婚するのは誰でもわかる。それでも離婚せずに出所を待つ夫婦もいるみたいだけど、

「監獄に入る前は普通に夫婦してるもんな」

 なにが普通かは話が長くなるから置いとくとしても、少なくとも夫婦の営みはやってるわけだ。だけどだよ、獄中結婚って会うだけでも大変じゃないか。会ったって、アクリルボード越しで手さえ握れないじゃない。

 死刑囚とも結婚したのがいたけど、死刑囚になると弁護士や家族以外に会う事すら出来なくなる。そりゃ、結婚して入籍したら家族になるから会えるけど、それでもアクリル板の向こうだ。

 そりゃ、エッチをするのが夫婦のすべてじゃないと言うかもしれないけど、エッチをして絆を深められるのが夫婦だろ。国家公認でエッチをやります宣言が結婚式だし披露宴だろうが。

 まあ考えようによっては結婚式や披露宴って、あれはあれで異常な場所と時間だよな。友人知人どころか、親族や両親まで呼んで、これからは誰にも邪魔されず国家公認でやりまくります宣言をやらかしているようなものだ。よくもまぁ、恥ずかしげもなく出来るものだよ。

「それは見方が歪み過ぎてるけど、そんな目で家族への手紙なんか考えると笑えるよな」

 健一も言うね。育ててくれた両親や兄弟姉妹とかに感謝の言葉を並べるのが定番じゃない。内容としては感動物で涙する者だっているじゃない。だけどさぁ、それだけ育ててくれた感謝をしながら、隣にいる男にパカパカ股を広げる女になりますだものな。もっとも、健一の言う通り、そんな捻った見方をするのは滅多にいないけどね。