ツーリング日和17(第23話)湯の花温泉

 福住からはデカンショ街道を東に東に。まさしく田園地帯の道だけど、見晴らしが良いから気持ち良いな。クルマだってそうだと思うけど、左右が圧迫されてる道って気を遣うじゃない。こういう道を走るのはツーリングの醍醐味になるのじゃないかな。

 だいぶ山間に入って来たから目指す温泉はこの辺のはずなんだ。でもさぁ、あんまり温泉っぽくないよな。温泉旅行の楽しみってあれこれあるだろけど、まずそういう温泉地に近いづいて来たって雰囲気を感じるのもあると思うんだ。

 宿の看板が出てきたり、歓迎のアーチがあったりとかだよ。幟が並んでたりもあると思う。そういうのがチラチラ目に入り始めて、それが増えて来るのが温泉街に近づいて来たサインになってテンションを高めてくれる感じかな。だいぶ近づいているはずなのに、見えるのは田舎道の風景だけじゃない。

「右に曲がるぞ」

 ホントだ。湯の花温泉はそっちって道路案内が出てる。この角を曲がったら、あったあった温泉の案内地図だ。その後ろにある建物には湯の花温泉案内所となってる。もっとも閉まってるみたいだけど今日は定休日なのかな。

 どうやらこの道路沿いに宿はあるみたいだ。そうなら、見えて来た、見えてきた。あれは間違いなく旅館のはずだ、これはデラックスだな。だったらこの旅館の向こう側には温泉街が広がって・・・いない。ただの住宅街じゃないの。

 しばらく走るとまた立派な温泉宿があるけど、これもまるで一軒宿みたいだ。何軒か温泉宿を通り抜けたけど、あれだね、湯の花温泉っていわゆる温泉街がなさそうだ。健一が調べてくれていたのだけど、湯の花温泉の成立は、

「すっごく古いように書かれているけど、よくよく読めば最近出来たで良さそうだ」

 戦国武将が傷を癒したの伝説に基づいて掘ったら、あったぐらいが始まりだそうなんだ。これが昭和の話だそうだから、古くからある由緒ある温泉とは言いにくいみたい。それでもポツンポツンとある旅館は妙に立派でデラックスだけど。

「京都も温泉が少なかったからじゃないか」

 京都府も日本海沿岸に行けなそれなりに温泉はあるそうだけど、京都市内となるとほとんどないそう。つうか、京都市内で温泉なんて聞いたこと無いな。

「嵐山とか、大原とか、鞍馬にあるのはあるけど・・・」

 なるほど掘れば出たところもあったのか。だけど関西人でも京都市内に温泉があるなんてイメージが乏しいよな。というか京都に泊るのに温泉目当てはないよな。

「関西人は京都に観光で泊まらないからな」

 それはある。大阪からでも、神戸からでも日帰りしか考えないものね。関東ぐらいからだったら修学旅行で京都に泊まるのはポピュラーかもしれないけど、関西人なら小学校の遠足になっちゃうもの。

 健一もなぜかそうなってるとしか説明しようがないみたいだけど、たぶん京都観光と温泉をセットにしたい人にヒットしたんじゃないかって。

「有馬まではちょっと距離があるからな」

 関西でポピュラーな温泉となれば有馬、白浜、勝浦ぐらいが上がって来るけど、白浜や勝浦は京阪神の観光とセットにするには遠すぎる。そうなれば有馬が残るのだけど、

「関西観光と言えば京都と奈良になって、神戸はだいぶ後回しになってしまうよな」

 神戸まで足を伸ばせば有馬だろうけど、京都と奈良、さらに大阪観光をセットにしても、有馬温泉は便利とは言えないかも。もちろん温泉に泊まるのは絶対じゃないけど、出来れば温泉と考える人は湯の花温泉が視野に入るのかもね。

 そのためかどうかはわからないけど、湯の花温泉は高級旅館が目白押しみたい。それは見ただけでもわかる。温泉地って普通はピンキリがずらっとあって、高級旅館もあれば民宿クラスまであるのだけど、湯の花温泉はかなり高級志向に偏ってるんだって。

 それとこうやって走ってるとよくわかるのだけど、温泉旅館が点在してるんだよね。一軒一軒の間に距離がかなりあるって感じ。温泉街が形成されるのは、宿泊客が温泉街に繰り出してもらわないと行けないはず。

 そのためには温泉宿が軒を並べる必要があるけど、湯の花温泉じゃ無理だろう。だから湯村温泉の荒湯みたいな施設は出来ないし、楽しみにしていた温泉卵も存在すらしないことになる。

「温泉と言っても三十度ぐらいしかないそうだから温泉卵は無理だよ」

 ギャフン。湯村が熱湯状態の方が珍しいそう。そう言えば温泉小娘のユッキーさんも関西で本格的な温泉旅行を楽しむのは大変って言ってたよな。温泉街ならぬ温泉宿通りを走っていたのだど、

「ここだ」

 ほぉ、ここも立派な宿だけど、他のに較べたら小じんまりしてるかな。というか、他のが立派過ぎる。というか規模が小ぶりなだけで余裕で高級旅館に見える。へぇ、従業員さんが駐車場までお出迎えに来てくれてるじゃない。ここまでしてくれるところは少ない気がする。

 玄関も宿の規模なりだけどオシャレな感じがする。部屋への案内も案内係と荷物運びの二人とは丁寧だ。部屋に案内してもらったら、仲居さんが冷蔵庫からなにやら取り出してきて、

「手作りのサツマイモ大福でございます」

 これもなかなか手が込んでいて美味しいじゃない。部屋は広々ってわけじゃないけど、へぇ、露天風呂まで付いてるんだ。でも可愛いサイズだな。信楽焼の大きな壺だよこれ。健一と二人で入るには厳しいかも。

 部屋で一休みしたら温泉だ。ここも透明のお湯だけど天然ラジウム温泉ってなってる。銭湯で良く見るラドン温泉とどう違うかわからないけど、清潔感のある浴室は素直に嬉しい。屋内の浴室も良いのだけど、ここは露天の岩風呂に。体を隅々まで磨いておかなくっちゃ。

 食事はお食事処に。掘りごたつ式のテーブルは嬉しいな。テーブルには手書きのお品書きだよ。待つことしばしで、へぇ、ここは一遍に持ってくるみたいだ。まずはヨーグルト梅酒で、

「カンパ~イ」

 最初は濁り酒かと思ったけど、ヨーグルト梅酒なんて初めてだ。基本は懐石だから先付からだよな。オクラとろろゼリー寄せって言うのか。向付はマグロ、鯛とイサキだって。さすがのヨーグルト梅酒だけでは寂しいから日本酒を頼んだけど玉乃光だ。

 強肴は京都肉のハリハリ鍋だ。水菜と豆腐を入れて、そこに京都肉をいれて柚子味噌で食べると美味しいよ。八寸も楽しいな。サザエのビネガー和え、かぶらの霰仕立て、栗巾着、金時草のゼリー寄せ、鴨のエスカベッシュ、季節野菜の洋風西京味噌・・・なにがどうなってるのかわかんないけど、手が込んでいるのだけはわかる。

 合肴はぐじの冷製葛豆腐、ご飯もテーブルの片隅で蒸らしていた九条ネギと丹波鶏の釜めしだ。赤だしが付いてきて、香の物も。最後は抹茶のなめらかプリンが嬉しいよ。これこそ京懐石って感じだ。

 アリスは少しづつあれこれあるのは嬉しいけど、健一には物足りないかもね。そりゃ、あの体格だから良く食べるもの。でもさぁ、でもさぁ、健一も食べるけど、もっともっと食べる人を思い出して笑っちゃった。

 コトリさんとユッキーさんがどれだけ食べる事か。フェリーだってトレイにテンコモリ載せてきて、三回ぐらいお代わりに行ってたもの。対馬の時なんか、石板焼の焼肉を追加注文しまくりながら食べて、そこから名物の鍋料理を食べて、そこに対州そばを入れて食べて、さらになんたら汁を平らげて、

「それって女子レスラーとかの話か?」

 ぜんぜん。コトリさんはアリスより背こそ高いもののスリムだし、ユッキーさんなんて小柄で華奢なぐらいだもの。あれだけの食べ物がどこに入るのか不思議だったもの。

「大食いの人はスリムな人が多いよな。でも朝昼夕とその勢いで食べたら怖いな」

 と思うでしょう。あの二人の不思議なところは、それだけ平気で食べられるのに、少なくてもと言うか、普通の量でも満足してしまうところがあるんだよね。食べようと思えばいくらでも食べられそうだけど、少なくても平気としか見えないんだ。さらにそれだけ食べながら、どれだけ飲むことか。

「中ジョッキを何杯もお代わりするとか」

 ビールなんて水ぐらいじゃないかな。いや日本酒どころか焼酎だってお茶を飲んでるぐらいにしか見えなかったもの。だってオーダーが一升瓶単位なんだよ。

「焼酎は割ってるよな」

 そのまま茶碗酒だ。あんなお酒に付き合ったら健一でも殺されるんじゃないかな。

「ボクもそれなりに飲める方だけど、焼酎一升なんて飲んだら病院送りになるよ」

 普通はそうなるし、そこまで飲む前に潰れるはず。それなのに、そこまで飲んで食べてるのに部屋に戻ったら延長戦をやらかすんだよ。

「不思議な人たちだな。何者なんだよ」

 それがさっぱりわからない。どこに住んでいて、どんな仕事をしているかどころか、本名も連絡先も不明なんだよね。そりゃ、二回もお泊りツーリングに行ってるけど、連絡は向こうからだけだもの。

「怪しい人じゃないよな」

 無いと思う。アリスを詐欺にかけるのなら、とっくの昔にやってるはずじゃない。そんな気配どこから、旅行代も払わせてくれないぐらいだもの。

「どこかのお金持ちの御令嬢だとか」

 おカネは持ってると思う。それに行儀作法もビシッとしてる気もする。でもビシッとはしてるけど、そうは見せないところもあるのよね。コトリさんなんてガサツというか庶民的に振舞ってるように見えるけど、よくよく見ればキチンとしてる感じと言えば良いのかな。

 というかさぁ、もともとが筋金入りの礼儀作法を叩きこまれていて、それでいてフランクに振舞ってるけど決して粗野にならないと言えば良いかもしれない。そういう意味では金持ちと言うより余程の名家の御令嬢になりそうなものだけど、女二人でツーリング旅行なんかしないと思うんだよ。

「それはそうだ。させてもらえないのがお嬢様だものな。ところで若いの?」

 見た目だけならアリスより年下に見えるはず。でもねぇ、あれは年齢不詳としか言いようがない。だってさ、話している内容がトンデモなく古い時代のことがあるんだもの。それも聞いただけの知識とは絶対に思えないのよ。あれは実際に体験していないと話せるものか。

「美魔女ってやつか」

 だから女のアリスの目から見ても年下なんだって。一緒に温泉にも入ってるんだぞ。若く見えるのと若いは違うんだ。若く見えたって歳には勝てないのが人間だ。どうしたって衰えが出てしまう。それがどれだけ目を凝らしても無いんだよ。

 あるとしたら態度かな。会った時からアリスを年下どころか小娘扱いだったからね。それも、それが問答無用で当然みたいだったもの。これだって最初は見た目とのギャップが違和感だったけど、一緒に過ごしているとそれが当然と言うか自然になっちゃうんだよ。

「おもしろそうな人たちだから、いつか会ってみたいな」

 そ、それはやめて欲しい。あの二人は人としてはとっても良い人なのは認める。優しいし、親切だもの。でもね、女としたら強敵過ぎる。健一だって会ったらメロメロにされちゃうよ。

「えらい信用がないな」

 健一は信用してるけど、それでもってのがあの二人だ。こればっかりは実際に会って話してみないとわからないと思う。