ツーリング日和20(第21話)もう一杯

 スペイン料理を満喫したら予想通り、

「せっかくですから、もう一杯いかがですか」

 来たぁって思った。もちろん待ってましただ。その先だって準備万端だぞ。なんだって来てみやがれ。スペインバルを出て東門街を少し上がり、右に入ったな。でもって次の角も右だから海側に下るのだけど、どこに行くつもりかな。

 考えてみれば食事の後にもう一杯ってどんな店にするのだろ。学生の頃だったらカラオケが多かったけど、このシチュエーションで行くだろうか。長いこと行ってないし、二人っきりで歌うのは嬉しくないな。

 そうなるとスナックか。スナックは苦手なんだよな。社会人時代に何度か連れて行ってもらったけど、何が楽しいのか最後までよくわからなかった。それとスナックだと水割りになるだろうけど、あれもあんまり好きじゃない。

 お酒自体は大好きなんだよ。今日だってスペインワインを堪能したし、まだまだ飲める。だけど水割りは好きじゃない。これだってウイスキーが嫌いなわけじゃなくて、水割りって飲み方が好きじゃないんだよね。

 その延長線じゃないけど焼酎もあまり好きじゃない。焼酎だって芋焼酎とか、黒糖焼酎のオンザロックぐらいならまだしもなんだけど、お湯割りとかの割ったのは好きじゃないんだ。もっともどこでだって今夜は付いて行くけどね。

「ここです」

 扉を開けて入るとやっぱりスナックか。いきなりカウンターだもの。だけどなんか背が高い椅子だな。ハイスツールってやつだ。カウンターの向こうもなんか雰囲気が違うぞ。スナックならキープのボトルが並んでるはずだけど、どれだけの種類の酒瓶が並んでるんだよ。ベストをビシッと着込んだマスターが前に来て、

「何にいたしましょうか」

 ここって噂に聞くバーじゃないのか。それもお触りでバーじゃなく正統派のオーセンテック・バーってやつ。初めて来たよ。でも困ったな。バーで飲むならカクテルだろ。マスターが聞いているのはどんなカクテルだって意味のはずだ。

 カクテルって言われても何があったっけ。それにだよ、カクテルには口当たりがよいのに物凄く強い酒があるはずなんだ。それを騙して飲ませて、酔い潰してホテルに連れ込むのは定番中の定番だ。そうだそんな舞台になるのがここなんだ。

「それは言い過ぎですよ。あの話でスクリュードライバーを飲ませるのは、こういう店じゃなくカクテルも出す店です」

 そうなのか。言われてみればお客さんの年齢層が少々高いな。マナミが若い方の気がする。

「バーは大人の遊び場です」

 大人の遊び場って怪しい女と交渉する店だとか、

「東南アジアならありますが」

 行ったことは・・・あるだろうな。それに見たところ普通と言うか、むしろ上品そうなお客さんだよな。それより飲むカクテルを考えないと。あんまり強くなくて、飲みやすいのが良いけど、そんなカクテル知らないぞ。

「さっきはデザートがありませんでしたから甘いのにしましょう。マスター、ロングで甘いのをお願いします」
「フルーツカクテルはいかがですか」

 フルーツのカクテルだって! そんなものがあるのか。黒板を示されたけど、なるほど今日のフルーツって書いてある。どれが良いかな。イチゴにしてみよう。

「かしこまりました」

 なんか格好良いしオシャレだな。カクテルが出来上がったから、

「カンパ~イ」

 今夜の瞬さんはビシッって感じで決まってるな。バイクに乗ってる時とは全然違う。当たり前か、あんな格好で夜の街なんか歩けないのもね。歩いたって逮捕されないけどTPOとしてね。もちろんマナミだってこれでもかの気合を入れてるよ。色々聞きたいことはあるけど、やっぱり無難なものにしておこう。

「バイクの馴れ初めですか?」

 へぇ、学生の時も乗ってたのか。それも四〇〇CCのスポーツタイプだったのか。

「中古でしたが無理算段して買ったのです。ですが若かったですからムチャしましてね」

 峠道で曲がり切れずに飛び出したのか。よく生きてられたな。

「危なかったですよ」

 そこはガードレールも無かったというか壊れてたそうで、

「あったら激突して死んでたかもです」

 無かったから、そのまま道から飛び出し、

「川にドボンです。あのまま溺れ死ぬかと思いましたもの」

 それでバイクもオシャカになり親にもこれでもかと怒られたそう。まあ、そうなるわな。それから乗ってなかったそうだけど、奥さんが亡くなり、会社を辞めて落ち着いた頃に、

「バイク屋の前を通りがかった時にモンキーが目に入ったのです。なにか呼ばれてる気がして、また乗っても良いかなってなりました」

 そして今に至るか。だからあれだけ安全運転なのかも。そりゃ、モンキーだから大型や中型バイクのように飛ばしたくても飛ばせないけど、ホントにゆったり走るもの。ネズミ捕りもいたことあるけど全く問題なしだった。

「そう言えば・・・」

 あったあった。これもよくあると言えばよくあるけど、大きなバイクに抜かれるのよね。それ自体はなんにも思わないけど、あのバイクは抜き去る時になにか怒鳴ってた。

「ドン亀、のきやがれって言ってましたよ」

 そうだった。さすがに感じが悪いと思ったもの。遅いから抜くのは構わないけど、あんな捨てセリフをわざわざ残さなくたって良いじゃないの。バイクがバイクを抜くのだから、そんなに邪魔になってると思えないもの。

「捕まってましたね」

 そうなのよ、しばらく先でそのバイクが警察に停められてた。物凄い勢いで追い抜いて行ってたから、

「免停で済めば良いですね。あの勢いだったら免取だってあるかもしれません」

 スピード違反だけなら最高で十二点のはずだから免取にはならないはずだけど、

「免取になるのは十五点ですが、あの調子なら累積がありそうです」

 そういうこと。それに一般道で四十キロ以上のスピード違反をやれば反則金じゃなく罰金になるのよね。つまりは前科になるってこと。

「さすがに懲役にはそう簡単にはならないでしょうが、アホらしいとアホらしいですよ」

 マナミもぶっ飛ばす趣味はない。だいたいだよ、モンキーなんて見ただけでスピードが出そうに見えないだろうが。これも瞬さんとマスツーしてわかったようなもの。バイクってね、自分が乗ってる姿って見ることができないのよ。

 だからどういう風に見えて走ってるか見るには同じバイクの走ってる姿をみるしかないかな。だけどさぁ、モンキーって滅多に見ないのよね。それでさぁ、瞬さんがモンキーに乗っている姿を見たら可愛いのよね。なんかボリジョイサーカスの熊を思い出しちゃった。

「やはりそう見えますか」

 だって瞬さん、背が高いんだもの。

「百七十八ですが」

 さらに細身じゃないの。太ってるのでもないけど大柄なのよね。

「高校まで柔道やってましたからね」

 黒帯なんだって。でも見れば見るほど良い男だ。渋くて、ダンディで、逞しいじゃない。なんだかんだと言っても女は強い男が好きだもの。さらに頭も良い。話題は豊富だし、それに知性も溢れてる。相手への気遣いも満点じゃないかな。さすがはカマイタチだ。

「カマイタチは勘弁して下さいよ」

 ついでに言えば裕福でもある。そりゃ流行作家だもの。さらに遺産だってあるはず。これで女が惚れなきゃウソでしょ。マナミなんか夢中も良いところだもの。だから今夜だって誘われたら最後まで行く、どこまでだって行ってやる。