ツーリング日和20(第28話)意外な話

 そうだそうだ、この際だから聞いてやれ。サヤカは瞬さんの事をどう思ってたの。

「完全に恋愛対象外。部下としては欲しいけど、あんなのと結婚して夫婦なんてやれるものか」

 即答かよ。でも似た者同士でお似合いだと思うけどな。

「どこがだよ。秋野瞬はカマイタチなんだよ。抜く手も見せずに相手をぶった切るじゃないの。あんなのと一緒に暮らしていたら、おちおち家で寝ることも出来ないじゃないの」

 それはサヤカも同じだろうが。

「あのねぇ、家の中まで白刃で火花を散らし合ってどうするの。こっちだって命は惜しいんだから」

 いやいや、別に本当に切ったり、刀で向かい合ってる訳じゃないでしょうが。

「ビジネスって交渉ごとになるし、交渉となれば互いの腹の探り合いになる」

 そうなると思うけど、

「その腹の中を見通せる能力が格段に優れてるからカマイタチとまで呼ばれてるんだよ」

 サヤカだって皇帝陛下だろうが。でもさぁ、腹の探り合いって言っても、逆に腹の内をあえてさらけ出すこともあるって聞くけど。そしたらサヤカは呆れたように。

「そんなことする訳ないでしょ。あれはそう相手に感じさせてるだけ。ある種のペテンよ。誠心誠意だってそう。そう相手に感じさせて騙してるだけ。騙してるは言い過ぎかもしれないけど、きっちり利益確保は計算してるに決まってるじゃない。慈善事業やってるんじゃないんだから」

 ドライに言い切ればそうなるのか。いくら綺麗ごとを並べ立てても儲からなきゃ、

「オマンマの食い上げになるだけ。マナミの理解できる範囲で言えば、ビジネスでも損して得取れはある。これは一時的な損失をあえて受けても、長期取引で回収する手法よ。短期回収にばかりに走ると長期的に損害が出ると見込まれる時に使われるかな」

 押してもダメなら引いてみろってやつか。でもさぁ、そうなると瞬さんは誰とも結婚できないことになるじゃない。まあ瞬さんの初婚は政略結婚だし、サヤカに至っては未婚だからそうってことなのか。

「あのねぇ、わたしだって女なの。女の幸せだって欲しいから結婚だってしたいよ。その相手に秋野瞬は相性が悪すぎるってだけ。どんな相手なら良いかわかったでしょ」

 わかるか!

「ブルキナファソどころかシエラレオネに行きたいの?」

 それってどこなんだよ。

「シエラレオネって・・・」

 だからマジレスしてどうするんだよ。それも喩えだろうが。江戸時代だったら八丈島とか佐渡島とか。脱線はこれぐらいにして、

「ビジネスで相手の腹の内を探るってことは、自分の腹も探られるってこと」

 あぁ、そうか。攻防は一体になるはず。攻撃ばかりしてこっちの腹の内を探り取られたら意味ないよね。瞬さんとサヤカは同じタイプだから激しい攻防が繰り広げられてしまうのか。

「そんなとこね。気の休まる間なんて無くなるに決まってる。誰がそんな夫婦生活をやりたいものか」

 なんとなくわかるけど、だったら切られるに任せて身を委ねるタイプが良いとか。

「マナミは天然バカのマゾなの」

 いくらサヤカだってそこまで言うか。だけどさぁ、マナミがカマイタチの攻撃を防げるわけないじゃないから、出来るのは切られるがままにされるだけ。

「マナミが秋野瞬と渡り合えないのは同意する。あんなものわたしだって無理」

 だったら、だったら、

「わかんないかな。磁石の同じ極なら反発するけど、そうじゃなかったら引き寄せ合ってくっつくでしょ」

 まあそうなるけど。

「秋野瞬とは互いの腹の内を見せないように衝突するけど、それって根本に腹の内を相手に見せたくないがあるじゃない。これでもマナミには難しいか。世の中にはそんな腹の内を見せても良いって相手がいるのよ」

 わかったようなわからないような。だったらサヤカだってそういう相手を選んで、

「理屈はそうだけど、そんな相手なんて滅多にいないんだって。いればわたしだって恋に落ちてるよ」

 そんなものなのかな。でもイメージしにくいな。たとえばって感じの人ぐらいでも挙げてくれると助かるんだけど。

「それならいるよ」

 なんだいるんじゃない。それって誰なの。

「目の前に座ってる」

 はぁ、それってマナミのこと? いやいや、それは困る。だってマナミはこれでも女だし、性嗜好も男だ。サヤカにLGBTQがあっても受け入れられないよ。

「わたしだってLGBTQなんてカケラもない。だから喩えだって。やっぱりわかんないのかな。これだけ長々と説明してもマナミはブルキナファソにもシエラレオネにも行ってないじゃない」

 そんなところに行かせるな。

「それにこれだけ話しても怒ってないし、それどころかとっても楽しいのよ。だから離婚の時も損得抜きで助けたし、今日だって会いに来てるじゃないの」

 離婚の時のことは本当に感謝してるけど、そっか、そっか、あれってビジネスで考えたら損になるよな。

「怒るよ。損得で言えばまだこっちには返せていないものがどれだけあることか。あんなもの一生かかったって返しきれるものじゃない」

 つまりはサヤカにとってマナミは腹を割って話せる相手ぐらいで良いってこと。

「言うまでもない。でもそんな人は本当にいないのよね。マジでマナミが男だったらって思うもの」

 へぇ、そうなんだ。それってもしかして、

「当然そうなるよ。秋野瞬もわたしと同じタイプだから求めるタイプも同じのはず。こればっかりは秋野瞬に嫉妬するね。だってあいつは男じゃないか。男ならマナミを愛することが出来るもの」

 えっとえっと。たしかに瞬さんとの相性の良さは感じてる。これは同意する。でもそれはあくまでも友情って意味でそこに恋愛感情なんて、

「あるに決まってるじゃない。友情と愛情は違うって言うのも多いけど、しょせんは女と男だ。友情が高まれば愛情になるしかないだろうが」

 こりゃまた大胆な割り切りだ。友情が必ずしも愛情になるとまで言わないけど、友情の延長線上に愛情があるのはそうだと思う。だって友情すら感じられない相手に愛情なんて感じるものか。

 でも、でもだよ。瞬さんだって選ぶ権利はある。マナミは悔しいけど美人じゃない。美人じゃないどころか、

「ブサイクチビのアラフォーのバツイチ」

 殺したろか。自分で言うのは謙遜とか自虐だけどてめえが言うのは純粋の侮辱だ。

「あのね、誰を相手にしてると思ってるのよ」

 瞬さんだよ。

「秋野瞬は恋愛感情を抜きにしてみればイケメンだ」

 だから女にモテるはず。もっと若くて美人をいくらでも選べるもの。

「でも誰も選んでいない。選んでいるのはマナミだ。どうしてわかんないのよ。誰だって選べるのにマナミなんだよ。その気持ちはよくわかるけどね。美醜なんて見た目だけだよ。マナミは結婚してるからわかるだろ」

 結婚してないサヤカがどうしてわかるんだよ。でも言わんとすることはわかる。恋人関係も夫婦関係も女と男の愛情に結ばれた形態の一つだ。だけど似てるようだがだいぶ違う。たとえば相手の美醜への評価だ。

 夫婦になれば極論すれば美醜なんか関心が低くなると言うよりどうでも良くなる。見慣れるっていうのもあるとは思うけど、そうじゃなくて評価するポイントがまったく変わってしまうとした方が良いと思う。

 評価の重点が置かれるのは相手の心だ。それは愛情というより相性になるで良いと思うけど、それって相手をどれだけ思いやってくれるかだとも思う。自分が良かれと思う事でも相手がそれをどう受け取るかはまったく別の話になってしまうぐらいかな。それを嫌ってほど思い知らされたのが結婚だったものね。だけどさぁ、だけどさぁ、

「言いたいことはわかるよ。恋の始まりは見た目九割って言いたいのだろ。それは誰だってそうだよ。だからあれだけ離婚するのじゃないのかな」

 かもね。女と男が魅かれ合うのはどうしたって見た目になるけど、結婚して夫婦になれば心になっちゃうものね。

「あれだろうな。結婚前だって相手の心はわかりそうなものだけど、見た目とか、思い込みとかで見えなくなってると言うか・・・」

 ブロックされてた言うかカバーされてた。だからこそ結婚と言うゴールにさえたどり着けたら、後はどうとでもなると思いこんじゃったのだろうな。

「そんなのが多いんじゃないかな。理想と現実は常に相反するだ」

 そうなった。結婚して夫婦になればブロックとかカバーがボロボロ剥がれ落ちてあのザマだ。だからだよ、

「だからこそ、誰を相手にしてるって言ってるのよ」