ツーリング日和20(第26話)真実は苦いかも

 帰り道で瞬さんに聞いたのだけど、

「いくつか対策を用意していたのだけど、まさかああなるとは・・・」

 まずイズミの旦那さんの腕は一流としてた。

「朱雀園の桑島さんに昔聞いたことがあったんだ」

 桑島シェフは名人とか達人とも呼ばれるけど、一方では地獄の閻魔様より怖いって言われるぐらいの人だそうなんだ。その弟子の中でお勧めできる人はいるかって聞いたことがあるんだって。そしたらしばらく考え込んでから、

『ロクな奴がおりまへんわ。そやけど・・・』

 一人だけ惜しがっている人がいたそう。家族の事情で辞めることになったのだけど、

『事情が事情やから認めんとしゃ~なかってんけど、あいつは惜しかった』

 その人って、イズミの旦那さん。

「それでよいと思う。東陽閣の味を受け継いでるのは桑島さんだけだし、ボクでもすぐにわかるぐらいの味を出せていたもの。あの桑島さんがあれほど惜しがっていたのがやっとわかったぐらいかな」

 だったら、

「だから困ったんだよ。ああは言ったけど、あれ以上町中華の味にするのは難しいと思う。というか、あの味なら神戸なら余裕で繁盛店になれるはずなんだ。あそこまでの味が出せる店なんてそうはないと思うもの」

 でも現実は銀将に押されまくって潰れそうになってるけど。

「それこそ地域性だ。それは結果が示しているじゃないか。あの味ではあの地域に受け入れられず、銀将に勝てないってことだ」

 だったら本来の腕を活かして、

「それは前に言っただろ。一流店路線はあの地域では成立しない」

 そうだった。でもなんかもったいないじゃないの。そこまでの腕があるのに、

「最初の腹積もりは、点心系の中に売り物を探し出してネットで売り出そうだったんだ。けどね、あそこまでの腕になると点心は無理だろう」

 本家中国でも点心の料理人は別系統になるのだそう。そうでない方の正統派料理をあそこまで極めてしまうと、

「そうなんだよ。その手は難しいと判断した」

 だから、

「それしか結論が出せなかった。あの地域のあの店にいる限り宝の持ち腐れにしかならないってことだ」

 なんてこと。

「あの腕があれば朱雀園だって雇ってくれるはずだ。それ以外でも一流ホテルなり、他の一流店でも歓迎してくれるはずだ。神戸でも、大阪でも、いや東京でだって隠れ家的な店を開けば、すぐに見つけ出されていくらでも客は集まるよ」

 でもイズミも、イズミの旦那さんも良い顔してなかったね。

「ボクの力不足だよ。マナミさんには力になれずに本当に申し訳なかった」

 そんな事ないよ。瞬さんだからこそそれだけの事を考えられたし、あれだけのアドバイスが出来たのじゃない。イズミにはまた相談しとく。

「不手際だった。あれほどの腕だってわかっていたら、いくらでも手立てがあったはずなんだ。いや、そういう可能性を考えて準備が出来ていない時点で大失態も良いところだ。なにがカマイタチだ、無能社員も良いところだ」

 聞きながら会社員時代の瞬さんがどれほどの凄腕だったか良く分かった。すべての可能性に対してあらゆる準備を入念にしてたんだって。今回だって不手際でも、失態でも、ましてや無能でもない。

 会社員時代はもっと事前情報を集められていたはずだもの。それが、今回はマナミの情報だけ。たったあれだけの情報で挑もうとするのが無茶だった。それにだよ、現役を離れてもう何年だよ。カマイタチの異名はダテじゃない、でもこんな上司の下で働く部下も大変だったかも。

 これって、恋人にも求められるだろうか。亡くなった奥さんはヒステリーだったと聞いたけど、もしかしてこんな瞬さんの要求に耐えかねてのものじゃなかったんだろうか。マナミにそれが出来る自信どころか、そもそも絶対に無理だ。

 やっぱり釣り合い悪いよね。そんなこと最初からわかってるのに、今回の事件で痛烈に感じてる。やっぱり出来る男には出来る女が必要だ。そうなだ、サヤカならお似合いだ。サヤカも話に聞く限り、仕事となると切れるなんてレベルじゃないみたいだもの。

 もうマナミが瞬さんに釣り合っていないとわかってるだろうな。いや、絶対にわかってるはず。なにしろカマイタチだ。マナミが気づかないうちにバラバラに切り刻まれてそのすべてを見抜かれてるはずだ。

 そうだよね。アラフォーのバツイチのブサイクなんて最初から恋愛対象にするわけないじゃない。あれだけ付き合ってくれるのも瞬さんにとっては、

「癒し」

 これだろうな。あまりにも頭が切れる人は、それを癒すためにおバカと話をするって聞いたことがあるものね。低レベルの会話をして頭の神経を休ませるぐらいだろ。だから瞬さんがマナミに抱いているのは愛情でなく友情だ。そりゃ、癒しをしてくれる友だちは貴重だろ。

 ひょっとしたらって思ったのがアホのアホたるところだった。最初っから恋愛対象でないって見切られてたはず。見切ったからこそ、逆にあれだけフランクに接してくれたんだ。それぐらいすぐにわかれよな。自分を誰だと思ってるんだって話だ。

 それでも時間こそかかったけど、ラブかライクかの問題に答えが出て良かった。勘違いしたまま突撃なんてやらかしていたら、どれだけ悲惨な目に遭ってたことか。これで終わった。そもそもあると思う方がおかしすぎた。

 それにしても、気づいてみれば簡単すぎる話だった。すべては思い込みと勘違いの積み重ねだってことだ。とは言うものの真実は苦いね。