ツーリング日和25(第33話)やまなみハイウェイ

 さんふらわあで大分に向かう航路は二つあって、一つは神戸から大分港に行くもので、もう一つは泉大津から別府港に行くものだ。神戸から見ると同じようなところに着くのだけど、

「大分港は大分市で、別府港は別府市やねん。距離で言うたらマンションから須磨ぐらいや」

 微妙に遠いぐらい。どうしてそうなってるかは知らない。たぶんトラックのためだと思うけどツーリングに利用する側からすると、大分港はちと不便なんだ。

「やまなみハイウェイは別府からやもんな」

 そうなのよね。とはいえ泉大津まで行くなんて論外だから仕方がない。

「大分から宮崎目指すんやったらこっちが便利やで」

 あのね、どんだけ大ツーリングをやらかすつもりなんだ。それはともかく大分港に下りた瞬間は感動した。だってここは大分と言うだけじゃなく九州なんだもの。残るはこれで、

「北海道はデッカイどう」

 コータローも若いと思ってたけど中身はジジイだな。

「同い年の千草にだけは言われたないわ」

 モンキーの轍を刻みながらやまなみハイウェイを目指す。これは県道だけど全国でも屈指のツーリングコースなんだ。これを走らずしてバイク乗りを名乗るのが恥ずかしいぐらいだ。クルマも多いけどさすがにバイクも多いなぁ。

「さんふらわあにも仰山乗り込んどったもんな」

 どこからあれだけ湧いて来たのかと思うぐらいいたものね。最初はただの県道みたいだったけど、それだけじゃないのがやまなみハイウェイだ。こりゃ、凄いわ。ここって日本だよね。

「こんな道は滅多にあらへん」

 田舎道とか、カントリーロードと言えるのは言えるけど、たとえばご近所ツーリングで走る田舎道とはまったく違う。日本のカントリーロードなんて言ったら主語がデカすぎるかもしれないけど、

「ほとんどは田んぼの中の道やもんな。畑の中でさえ少ないんちゃうか。その田んぼが途切れたら峠道や」

 走っていたら実感するのだけど、こんなところまでってぐらい田んぼがあるのよね。それがついに途切れると山道が待ってる感じかな。

「言い方悪いけど箱庭みたいに見える時もあるねん。田んぼの中や言うても里山が近いもんな」

 それこそ北海道ぐらいは違うだろうけど、関西のカントリーロードはそんな感じだ。これだって、それが悪いものじゃなし、あれはあれで日本の原風景の中を走り抜けてく感じで気持ちが良いけど、

「田舎者には原風景過ぎて、興奮するとこまでなかなかいかへんわ」

 都会育ちならまた違うだろうけど、千草たちなら小さい時から当たり前のようにある風景だものね。それに較べるとやまなみハイウェイはまさに別世界だ。だって、だって、こんな広大な草原なんて見たことがない。

「アメリカ映画で荒野を走るシーンがあるけんど、こんな大草原はヨーロッパやろか」

 走った事ないからわかんないけど、

「絶景以外に褒め言葉が見つからんのが困る道や」

 千草もそう思ったもの。道はやがて九重連山を越え、ここは阿蘇だ。

「千草かって初めてやないやろ」

 子どもの時に家族旅行で来てるのよね。あの時は新幹線で博多まで来て、レンタカーで北九州を回ったはずで阿蘇にも来た記憶はある。

「噴火口ぐらいしか覚えてないんちゃうか」

 おぼろげに覚えてるけど、そこまで強い印象じゃないのよね。この辺はまだ子どもだったから、なんて言うか、そのなんだけど、

「こんなとこより王子動物園の遊園地やろ」

 バカにするな! 須磨の水族館のイルカショーだ。この歳になって思うのだけど、景色とか風景に感動するのは年齢も必要な気がする。

「オレもや。子どもの頃の旅行で覚えてるんは、旅館のゲームコーナーとか、土産物売り場とか、遊園地的なとこやもんな」

 あははは。千草もそうだった。いくら凄いぞって言われても、子ども心にはタダの風景だったもの。むしろ感動したのは、

「大阪ちゃうか」

 そうだった。だってテレビとかに良く出て来るのと同じものがあるのだもの。ずぼら屋のフグ提灯とか、カニ道楽のカニとか、

「グリコのお手上げとか、食い道楽の人形とか」

 本当に存在してるのだって思ったもの。ところでコータローはずぼら屋とか、カニ道楽は行ったことあるの?

「行ったことあらへんわ。そやけど千日前の味園は行ったことあるで」

 それってミスユニバースの、

「あれはキャバレーやから行ったことあらへん。そんなゼニがあるかいな」

 あのキャバレーは味園ビルの一角に入っていて、それとは別に食堂みたいなのがあったのか。

「あれも取り壊されるって話や」

 というか、まだあったのかって感じだよ。あの手のビルで他に有名と言えば、

「♪京橋はエエとこでっせ、グランシャトーにいらっしゃいやろ」

 そっちもコータローは行ったことないのか。寂しい青春時代を送っていたのだな。

「決めつけるな。あんなとこ行ったやつの話も聞いた事があらへんわ」

 グランシャトーも脳に刷り込まれるぐらいCMソングを聞かされたけど、そもそも何があったの?

「グランシャトーにはキャバレーはなかったようやが、ナイトクラブはあったそうや」

 キャバレーとナイトクラブがどう違うのかよく知らないけど、要は綺麗な女の子に相手をしてもらいながら、おっそろしく高いお酒を飲むところよね。あんなもの何が楽しいのかわかんないよ。だから男って、

「女やったらホストクラブがあるやろうが」

 ぐむむむ。そ、そうだった。行ったことないし、興味もないけど、好きな女はホスト狂いて呼ばれるほど入れ揚げるものね。挙句にホストに貢ぐために売春までするってアホだ。男なら闇金に手を出すのだろうけど、ああいうところって、

「モテへんやつの癒しの場やろ」

 カネで買った癒しがそんなに楽しいのかな。その辺は人の好みだから勝手だけど、千草は好きじゃない。コータローは好きそうだけど、

「趣味に合わへん」

 またそれかよ。言うまでもないけど、もし行きやがったら離婚だ。

「そやそや、あの聞いとうだけで心が暗くなる洋菓子屋のCMは覚えとるか」

 それはパルナスだ。上の丸駅のところにも出来てたけど、パルナスごと倒産したんだよね。

「それゆけ玉姫殿はまだあるはずや」

 健太郎と愛子の高砂殿はどうだろう。

「♪びわ湖温泉、ホテル紅葉はどうや」

 あれも潰れたらしいよ。びわ湖タワーも、竜王スケートも、

「三田スケートもあらへん」

 そうなのか。あれだけ派手に宣伝してたのに。そう言えばきよみずスポーツガーデンも無くなってるものね。でもさぁ、でもさぁ、神戸であれを見てビックリした。

「万代百貨店やろ」

 百貨店じゃなくスーパーだけど、あんなものまだあったんだ。千草が小学校から高校まで使っていた目覚まし時計はアラームも鳴らせたけどラジオも流せたんだ。

「千草もそうやったんか。オレもそうやってんけど、朝っぱらから万代のCMは流れとったもんな」

 千草は神戸のスーパーしか知らないけど、大阪にはスーパーじゃなくて本当の百貨店があったの?

「見たことないわ」

 お前な、大学は大阪だろうが。医学部なんか六年もあるのに何してたのよ。

「ハナテン中古車センターやったら見たことあるけど、タケモトピアノは見たことあらへん」

 そういえば関西電気保安協会のビルは近くにあるよね。

「あれもよう考えたら、なんであんだけCM流しとってんやろ」

 言われてみればそうだけど、そもそも何してる会社なんだろうね。あの頃のこびりつくようなCMと言えば、

「ギターペイントも、ラッションペンも、象が踏んでも壊れないアーム筆入れも健在やそうらしいで」

 アーム筆入れは使ってたのはいたよ。あのCMって、本当に象が踏んでたもの。

「それもアーム筆入れを敷き詰めた道の上やった」

 見なくなったものと言えばニノミヤムセンとか、和光電気とか、

「星電社もあれだけあったのにな。コジマでさえ見いへんで」

 そう言えばコータローの実家の前にラーメン屋があったよね。

「どさん子やろ。まだチェーンは残っとるらしいけど、見たことあらへんな」

 ほか弁の店も減ったし、そうだそうだ小僧寿しとかあったじゃない。

「そんなん言うたら、サラヤのおにぎりもあったで」

 あったあった、一度ぐらい食べてみたかった。

「志染の駅前の不二家は?」

 とっくになくなってるよ。