ツーリング日和20(第25話)アドバイス

 家に帰ったからもイズミの店のことを考えていたのだけど、なんにもアイデアは浮かんで来ないのよ。だったら誰かに相談するのはありだけど、経営のことならサヤカはいるにはいる。だけど頼みにくいのよ。

 そりゃ、サヤカならカネ持ってるし、カネに物を言わせての再建だって出来るかもしれないけど、サヤカは社長なんだ。瞬さんにも聞いたけど忙しいなんてものじゃなく、結婚すらする間もないぐらいらしいもの。

 それにサヤカだって社長となれば皇帝陛下らしい。だから経営判断は鬼のように厳しいだろうから、イズミの店なんて、

『寿命よ』

 これぐらいで切って捨てるに決まってる。これはサヤカが冷たいのじゃなくて、常識的に考えたらそうなのぐらいはわかるもの。これだってせめてサヤカとイズミが幼馴染だとか、高校が同じであの店に通ったことがあるのなら少しは可能性があるけど、接点はゼロだものね。

 どうしようかと悩んだ末に、ダメモトで瞬さんに連絡してみたんだ。殆ど期待してなかったけど即答で、

「会って話を聞かせてくれ」

 こう返って来たのにビックリした。それも相談が相談だからって夜じゃなく昼間に会うことになった。ファミレスだったのだけど、

「ここなら長話がじっくり出来るからね」

 イズミの店の話を聞いてもらったけど瞬さんも難しそうな顔をしてた。だよね、そんなに簡単に奇跡なんか起こせるものじゃないよ。

「ところでだけど、マナミさんは食事をしましたよね」

 したよ。

「味はどうでしたか。これは忖度なしでお願いします」

 怖いぐらい真剣な顔だったのにビビったけど、あの時に食べたのは麻婆豆腐定食だったんだ。あの日のサービス定食だったからね。お味だけど、美味しかったけど昔と違う感じかな。この辺はマナミも高校生だったし、前に食べたのは何年前だの話だけどね。

「それは誰が作っているのですか」

 それはイズミの旦那だ。親っさんは脳梗塞を起こして、リハビリを頑張ってかなり回復はしたそうだけど、どうしても手の痺れが残ってしまったみたいで引退したって聞いたよ。

「どう違ったのですか?」

 グルメレポーターじゃないから上手く言えないけど、どう言ったら良いのかな、薄いと言うか、上品と言うか・・・でも美味しかったよ。

「美味しかったけど、薄くて、上品・・・」

 それからも瞬さんも考え込んでいたけど、

「飲食店が繁盛する理由はあれこれあるけど、やはり味が基本中の基本だ。とにもかくにも銀将を上回る味が出せないと手のつけようも無い」

 それはわかる。美味いからって必ずしも繁盛するわけじゃないけど、不味い店は間違いなく潰れる。それは鉄則みたいなものだ。

「不味くともライバル店が不在ならその地域のそのジャンルの唯一の店として生き残れる可能性はあるが、今回の場合は銀将がいるからな」

 そこなんだよね。

「さらに言えば銀将の中華は良く出来ていると思う。一流店には勝てないかもしれないがあの安さだ。あれだけの人気が出る理由がある。地域どころか近所に存在してるのは条件が悪すぎる」

 銀将はマナミも好きだもの。

「もう少し言えば銀将と同じ路線で競えば勝ち目はないだろう」

 たとえば値段で競ったら勝てるはずがない。あっちは巨大チェーンだもの。サービスって言っても限界があるし、店内の綺麗さは話にならないよ。

「勝機があるとすれば、路線をずらして対抗するぐらいしかないだろう。そのために何より重要なのが基本の味になる」

 それって高級路線にチェンジするとか、

「それも考慮に入れないといけないが、高級店の成立は難しいのだよ。神戸ならともかく、その店の地域では客層が薄すぎる」

 なるほど、なるほど、高級店となればお値段も高くなる。たとえばコース料理で一万円とかだ。神戸なら一万円のコースでも安いぐらいかもしれないけど、マナミの地元で一万円も払って食べる人なんて少ないもの。だったら、

「常套手段として一点突破はある。たとえば老詳記のブタマンだ。あれは専門特化してるが、そうだなラーメン屋ぐらいがわりやすいだろう。ラーメンにチャーハン、餃子ぐらいに絞って勝負するのはある」

 その分野だけは銀将を圧倒しようって作戦か。それならマナミの地元でも来る人はいるはず。

「けどね、ラーメンは難しい。人気を集めやすいがライバルが多すぎる」

 たしかに。ラーメン店ぐらいならマナミの地元にもあるもの。だったら、ラーメン以外で勝負となるけど、えっとえっと、

「中華料理には多彩なメニューはあるけど、ラーメンは別格なんだよ。あれはルーツこそ中華だが、どちらかと言うと、うどんとか蕎麦に近い位置づけなんだ。他のメニューで一点売りに出来るのはせいぜいブタマンぐらいだろう」

 餃子は。生餃子なんか売ってる店も増えてるよ。

「あれはオカズだ。ラーメンならそれで一食になり得るものなんだ。それに餃子もライバルが多すぎる」

 だったらどうすれば、

「だから言ってるじゃないか。基本は味だって。そこの店の料理人がどれだけの味を出せ、なにを作ることが出来るのかで変わって来る。少なくともマナミさんの評価は悪くない。まず食べてから次を考えるべきだ」

 だからって来週の土曜日に行くの?

「仕方ないだろ。日曜日は定休日なんだから」

 行ったよイズミの店に。瞬さんは青椒肉絲定食を食べたけど、もう怖いなんて顔じゃなかった。それこそすべてを調べ尽くすように食べてた。ニコリともしなかったから美味しくなかったのかな。食べ終わった瞬さんは、

「御主人とお話をさせてもらっても良いですか」

 イズミの旦那さんが厨房から出てきたのだけど、

「ありえないはずですが東陽閣におられたのですか」

 えっ、東陽閣ってあの東陽閣のこと。神戸でも一流中の一流とまで呼ばれた店じゃない。でもあの店も震災の時に潰れたはずだけど、

「東陽閣ではありませんが、朱雀園に勤めていました」
「そっかそっか、桑島シェフは朱雀園に変わられたのでした」

 朱雀園って・・・東陽閣がなくなってから神戸でも一番とされてる店じゃない。行ったことないけどね。

「ならばどうして」
「女房の親っさんが倒れたもので」

 イズミの親っさんが倒れたから助けに入っていたのか。

「はっきり申し上げます。あなたの腕はこの店には合っていません」

 そんな事はないでしょうが。朱雀園で修行したら一流じゃない。その味だって瞬さんは食べただけでわかるぐらいだからちゃんとしたものじゃない。なのにどうして、

「御主人ならわかっているはずです。この味では町中華に向いていません」
「そこまでわかるのですか。出来るだけ修正したつもりですが」
「不十分です。それは結果が示しています」

 どういう事だって瞬さんに聞いたのだけど、一流の店で修行した一流の料理人にしばしば起こることだって言うのよ。

「一流の店では一流の味がわかる客が集まります。料理人もそういう客が満足する料理を作ります。そういう客の評価が店の評価を決めるからです」

 それって海原雄山みたいな鬼グルメみたいなやつ。

「そんなイメージで良いと思います。だからひたすら繊細な味になるだけじゃなく、それを極める方向になります」

 悪いことじゃないはず。

「こういう店の客層が求める味はもっとシンプルなものです。御主人の感覚からすれば下品かもしれませんが、これでは上品過ぎてパンチが足りないの評価になるのが町中華です」

 それってマナミの舌がバカってことなの。

「そうじゃありません。美味い不味いは食べた人の評価がすべてです。そういう意味ではいわゆる舌の肥えた客の評価の方が偏っているとも言えます。一流の店は美味しいとはされますが、客のすべてが満足しているわけではないのです。ただ美味しいと言う食通連中の評価を盲信しているのだけかもしれません」

 つまり客がこの店に期待してる味じゃないってことか。だったらそこを直せば、

「難しいです。既にこの店の味の評価は定着しています。変えてみたところで、右から左に評判なんて変わるはずもありません」

 うむむむ、それそうだろうけど。そこから瞬さんは考え込んだのだけど、

「もしわたしにアドバイスを求めるのであれば、この店にこだわるのをやめるべきです。御主人の腕はこんなところで揮うものではありません。昔から良禽は木を選ぶと申します。この店は御主人には合っていません」