ツーリング日和20(第20話)パエリア

 食べて飲んで堪能してたのだけど〆が欲しいかな。そしたら出てきたのがパエリアだ。パエリアぐらい知ってるけど、スペイン人も米を食べるのだな。

「良く食べるようです。スペインに米料理を持ち込んだのはムーア人だとされていますが・・・」

 ムーア人ってムール貝の親戚かと思ったけど、モロッコぐらいにいるアラビア人らしい。ムーア人はアラビア文化をスペインに持ち込んだらしいけど、

「アルハンブラ宮殿なんか有名です」

 なんか聞いたことがある。だけどさぁ、北アフリカに米なんてあったのかな。

「アラビア人がインドからエジプトに持ち込んだとなっています。今でもエジプト人は米料理を食べますよ」

 へぇ、エジプトで米がとれるのか。そのエジプトの米をムーア人がスペインに持ち込んだのか。

「これは言語からもわかります。スペイン語で米をアロスと言いますが、これはアラビア語のアル・アルスから来てるとされています」

 じゃあパエリア以外の食べ方もあるとか、

「もちろんです。スペインの米料理を書き並べたらドン・キホーテの本ぐらいになるとされています」

 しっかしなんでも瞬さんは知ってるな。

「これも接待の賜物ってところでしょうか」

 なるほど、食事をしてたら料理の話題は出るものね。その時に接待する側としたら、さらっと答えて場を盛り上げないといけないのか。

「まあそんなところです。ですからメシ食ってる気になれなかったのです」

 笑いながら話してくれたけど、その時だって蘊蓄をただ披露すれば良いってものじゃないそうだ。

「相手によっては自分の蘊蓄を披露したい人もいますからね。だからどれだけ知っていて、どんな話にしたいのかを常に探っておかないといけません」

 なるほど、なるほど。蘊蓄って人に語りたいものね。それなのにこっちが全部語ってしまったり、それ以上の蘊蓄なんて披露したら機嫌が悪くなるのか。

「それと蘊蓄を語らせる時にこっちが無知なのも良くありません。こっちだってそれなりの知識を持っていて、それ以上の蘊蓄を語るのが楽しみのようなものになります」

 なるほど、相手に教えさせてあげて、それで自慢させるってことか。理屈はわかるけど、そんなものどうやって、

「だからメシ食ってる気がしなかったのですよ。どんなタイミングでどんな話題を振られるかわかったもんじゃありませんからね」

 そのために接待前に相手の好きそうな話題とかの情報を集めて勉強してたって・・メシ食うのも大変だな。

「接待飯は食事じゃなくビジネスですからね。接待一つで大きな取引が成立したり、逆になくなったりするのは日常茶飯事みたいなものです」

 聞きながら思ってたのだけど、そういう事が接待飯で求められるのはあるだろうけど、瞬さんほどの手腕の人はそうはいないような気がする。多分だけど接待だけでもある種の技術と言うか技能と言うか、アートにまで仕上げていた気がしてきた。

 接待される側からしたら、ごくごく自然に気持ちよく飲んで、しゃべって、蘊蓄だって披露してるのだけど、実は瞬さんの接待技術の掌の上で踊らされただけだったんじゃないかな。さすがカマイタチの異名を取っただけの事はある。

「そんな呼び名を誰に聞かれましたか?」

 しまった。でももうエリート社員じゃないから良いよね。隠すような話じゃないからサヤカからだって言ったんだけど、

「サヤカって・・・もしかしたら明菱社長だとか」

 ああそうだよ。ライトスクエアの社長やってる。マナミの親友だし、離婚の時にも助けてもらった恩人だ。減らず口なのが欠点かな。瞬さんなら知ってるよね。サヤカだって知ってるもの。

「もちろんよく存じ上げています。ボクがカマイタチと言うのなら、明菱社長は皇帝陛下になられます」

 サヤカが皇帝陛下だって! そんな感じはないけど、良い機会だから聞いてやれ。サヤカも美人だ、悔しいぐらいの美人だ。男から見る目と、女から見る目は違うだろうけど、どっちから見ても美人のはずだ。

 それにお金持ちのお嬢様でもある。それは子どもの時からだし、今なら社長だもの。なのにだよ独身なんだよ。マナミでも結婚できたのにサヤカはバツイチですらない。サヤカなら政略結婚ぐらいならしていてもおかしくないだろ。

「明菱社長が政略結婚? まあ相手がいないでしょうね。もちろん明菱社長が美人なのは認めますし、狙っていた男だっていました。でもそれこそ釣り合いなんて取れるものですか」

 はぁ、どういうこと。

「マナミさんなら明菱社長にお兄さんがいるのを知っていますよね」

 ああ知ってる。二人いるけど・・・あれっ、妙だぞ。サヤカは兄とは十歳以上離れているはずだ。先に大学を卒業してるけど親の会社には入らなかったのか。

「いや二人とも入社しておられます。ですが、当時の明菱産業は業績不振で苦しんでいました。とりわけ失策をやったわけではありませんが、時代の流れに乗り切れなかったぐらいで良いと思います」

 サヤカの会社もそうだったんだ。

「そうなります。どんな老舗企業であっても左団扇で胡坐をかけるところなんてありません。常に時代の流れを読み、それに乗って行かないと業績だって傾きますし、倒産して跡形もなくなるところだっていくらでもあります」

 そんな感じで神戸のハンズもなくなったものね。そうなれば建て直しが必要になるのだけど、

「お兄さんたちは見切られたで良いと思います。この難局を乗り切るだけの手腕も才能もないぐらいでしょう。そこまではわかるのですが、そこで社長に抜擢されたのが妹さんだったのです」

 これは驚きをもって捉えられたらしい。十年前ってサヤカだって大学を卒業したばかりじゃない。というか、サヤカはどこの大学だったっけ。

「明菱社長はハーバードです。それも大学院に進んでいましたが、会社の危機に呼び戻されています」

 ハーバードってアメリカの大学だよね。だったら英語だって話せるんだ。

「英語は当然ですが、フランス語も、ドイツ語も、イタリア語も、スペイン語、ポルトガル語も話せます。中国語も北京語ぐらいなら話せたはずです」

 そんなに話せるのか。海外旅行に行く時は付いて来てもらおう。通訳がいればラクチンじゃない。

「あははは、そうでしょうね。そんな時間があればですけど」

 かもね。でもさぁ、そんな小娘がいきなり社長になって上手く行ったの。上手く行ったのは結果からわかるけど。

「大変だったと思います。会社は実力主義ではありますが、年功序列的なところもあります。そりゃ、重役からしたら自分の娘ぐらいの年齢になりますからね」

 そうなりそうなのはマナミにもわかる。いくら社長の娘でも学生からいきなり自分たちの頭を飛び越えて社長になってるから反感どころか、

『この小娘が何を言う』

 これぐらいの敵意を持たない方が不思議だ。それも八面六臂じゃなくて、七転八倒じゃなくて、

「完全な四面楚歌です。ですから最初は苦労されたと思うのですが」

 瞬さんも言いにくそうだったけど、サヤカはある種の恐怖政治というか独裁政治を敷いたみたいだ。それこそ抵抗する者を情け容赦なく切り捨てたぐらいかな。

「あれもやりすぎって評判もありましたが、後から見ればすべて計算尽くで、社内改革、経営改革に邪魔になりそうな者はすべて社内から追い出したで良いと見ています」

 ひぇぇぇ、そこまでやってたのか。だから皇帝陛下か。皇帝陛下と言うより暴君にも見えそうだけど、

「結果がすべてを黙らせてしまいました。明菱社長は五年で経営を完全に回復させ、十年で今のライトスクエアに育て上げています。企業規模で言えば五倍ぐらいになるはずです」

 瞬さんの目が気になるな。あれは憧れの目じゃないかな。

「ああ憧れました。ボクにも雛形商事を建て直す課題もありましたからね。明菱社長の手法はだいぶ勉強させてもらいました」

 女としては、

「だから皇帝陛下だって言いましたよね。女性だから女帝でも良いでしょうが、女帝の夫になんかどうやったらなれるかってお話です」

 そりゃ、婚姻届けを出せばなれるけど、

「今はあの頃よりマシになってるかもしれませんが、ボクの知ってる頃の明菱社長のオーラは凄まじいものがありまして、近寄るのも怖かったぐらいです」

 あのサヤカがそんなに怖かったんだ。人には色んな一面があるものだ。それにしてもこのパエリア美味しいよ。食事も、お酒も、会話も楽しめた。