ツーリング日和21(第12話)ピロートーク

 食事が終わって部屋に戻ると、ぴっちり合わせた布団が敷いてある。武田尾の時もそうだったけど、まあそうなるよな。武田尾の夜の時はあれこれあり過ぎて、なんか決闘に挑むみたいに臨んだけど、今はさすがにね。

 瞬さんと同棲に入ってからマナミはとにかく幸せなんだ。まずは玉の輿じゃない。そうだよ、高校の時に夢見ていた玉の輿の相手の条件を完璧に備えてる。瞬さんは小説家としての収入だけで余裕でセレブの収入はある・・・はず。

 さらに前妻というか、前妻の実家の結構な金額の遺産が転がり込んでいるはず。これだって瞬さんが狙ったものじゃないし、見ようによってはそのために冷え冷えとした夫婦関係を耐え抜いているとは言える。

 その辺はマナミも悲惨な初婚時代を耐えたのだけど、マナミは離婚交渉こそ完勝したものの、元クソ夫は元クソ姑どころか息子まで抱えて夜逃げしやがった。だから財産分与も、慰謝料も、マナミからふんだくった財産の賠償も一円も取れなかった。

 ついでに言えば元クソ夫の浮気相手もスタコラさっさと雲隠れしやがったもの。残ったのは弁護士費用の返済のみだものな。

「ボクも気になったので返そうとしたのですが・・・」

 あれは瞬さんともめちゃった。瞬さんは離婚の時の弁護士費用の返済が残っているのを知って、同棲に入った時に肩代わりすると言い出したんだ。そんな事をしてもらう訳には行かないと頑張ったんだけど瞬さんは、

「明菱社長に追い返されました」

 明菱社長とはマナミの幼馴染であり、親友でもあるサヤカだ。サヤカはマナミのピンチを知って離婚交渉に全面介入してくれたんだよ。それだけじゃなく、離婚後の再就職のお世話とか、住むとこの手配まですべてだ。

 サヤカなら瞬さんに肩代わりなんかさせないだろうな。それでもビジネスの皇帝陛下であらせられるサヤカと、カマイタチの異名まで取った敏腕エリートビジネスマンの直接対決は凄かったんだろうな。それこそ血の雨が降ったんじゃないかと思うぐらい。もちろん言葉の白刃の対決だから血の雨は降らないけど。


 瞬さとの同棲生活だけど、快適なんてものじゃない。同棲の目的はモロの結婚の前段階の経験みたいなものだけど、ここで真剣に結婚を考えるのなら夫婦の共同作業の見極めはあるんだ。

 共同作業と言っても夜の営みじゃない。そっちはそっちで重要ではあるけど、昼の営みの方だ。つまりは家事分担だ。これもそう思えるのは二回目だからかな。初婚の時はそんな事すら考えてなかった。だってなにがなんでも結婚に雪崩れ込んでやるしか考えてなかったもの。

 今は夫婦共働きで男女平等の時代になってるとは言え、それでも家事分担に対して女と男は温度差が間違いなくある。まず女は分担比率がどうであれ家事は負担するのは当然ぐらいで良いと思う。

 一方で男は幅がかなりどころでないぐらい広い。まずだけど結婚すれば家事は女がやるものだの昭和脳ゴチゴチは確実にいる。ゴチゴチまで行かなくても、なし崩しでなにもしないにしたい男は少なくない。

 次はこの時代だから分担はせざるを得ない派ぐらいかな。これも積極派と消極派がいるけど、そういうタイプの男なら同棲時代に男が何を出来て、何を出来ないかを確認して、して欲しい事を教え込むのは必要だ。ここの手を抜くと昭和脳男にすぐなるからね。

 三つ目は家事分担当然派だ。二つ目のグループとの違いは家事がちゃんと出来るところになる。せざるを得ない派の消極派なんてムチでしばき上げるぐらい手間がかかるとか、なんとか。その点で言えば同棲してからするのは流儀のすり合わせぐらいかな。

 三つ目の相手が家事分担からすると最も望ましい相手になるのだけど、瞬さんはそのレベルを超えてるんだ。だってだよ、専業主夫で任せてくれどころか、マナミは手を出すななんだよ。こんな相手は望んだっていないはずだもの。

 これだけの男と同棲までなってるのだから、それこそ是が非でも結婚したいじゃない。ついでじゃないけど、イケメンだし、柔道黒帯で逞しいし、インテリジェンスだって高いなんてものじゃない。

 人付き合いだって上手なんてレベルじゃなくプロだ。瞬さんのエリートビジネスマン時代の異名であるカマイタチはダテじゃない。接待だって達人級だもの。今日だって出石の皿蕎麦、コウノトリの郷、玄武洞、さらに城崎温泉の外湯めぐりを楽しんだけど、あれこそ瞬さんの接待の本領だと思うのよ。

 マナミはひたすら楽しかったよ。どこに言ってもプロ並みのガイドが付きっきりになって案内してくれるようなものじゃない。それこそどんな疑問だって答えてくれる。それも、マナミの知識量まで把握してるはず。それを完璧に踏まえて楽しませてくれるんだよ。それが接待だって瞬さんは前に言ってたけど、その真髄がわかったと思う。

「それは間違ってはいないけど、少し違うな。サラリーマン時代のスキルを活用してるのはそうだけど、あの頃の接待と今日のツーリングは同じじゃない」

 瞬さんが言うには接待とは相手を気持ち良くさせるだって。それ以外に目的はないはずだけど、

「接待も色々あるけど、こっちが楽しむのじゃなく、相手を楽しませるものなんだ。そのためには、自分を殺す必要がある」

 した事もされた事もないけどそうなると思う。

「今日はマナミさんを喜ばせようとはしたけど、自分も殺してないよ。ボクも一緒に楽しんでるもの。相手を喜ばせることで、自分も楽しいんだよ。なんか特殊な事をしてるように思うかもしれないけど、これはデートの基本だろ」

 そ、そうだよね。いかに相手に楽しい時間を過ごしてもらうかに知恵を絞り、準備もするのがデートのはずだ。それで相手の喜ぶ顔を見れたら嬉しいし、それを見るのもデートの楽しみのはず。

 そういう点では元クソ夫のレベルは低かったな。元クソ夫とのデートだって楽しかったんだよ。だけど相手をそこまで喜ばせようとの努力はなかった気がする。言ったら悪いけど、適当に行って、適当にご飯を食べて、

「だったらしいね。隙あらば自分が楽しみたいだろ」

 瞬さんはオブラートに包んでいるけど、露出狂の変態野郎は、性欲マシーンをどこで炸裂させようかしか考えてなかった気がする。

「そういうデートもありだとは思うけど、ボクの流儀とは違うかな。マナミさんには気に入ってもらえなかったかな?」

 気に入らないはずないでしょうが。なんか本物のデートを経験したって気がしたもの。そりゃ、世の中には色んなカップルがいて、色んなデートを楽しむとは思うけど、女なら男に大切にしてもらって欲しいと思うもの。少なくともマナミはそうだ。

 二人しか付き合ってないから断言は出来ないけど、瞬さんからの扱われ方は最上級じゃないかと思うんだ。だって、だって、これ以上なんて想像も出来ないもの。

「マナミさんとは同棲までさせてもらってるから、それなりにわかって来た部分もあるからね。今日も喜んでもらえて嬉しいな」

 あのね、誰と同棲していると思ってるんだよ。瞬さんは抜く手も気づかせずに相手の腹の底の底まで切り開いてしまうカマイタチだぞ。あれだけ一緒の時間を過ごせばマナミのすべてを知らない訳ないじゃないの。

「それは言い過ぎだよ」

 言い過ぎなもんか。でもそこまでマナミを知っても瞬さんに不満は無いの。

「不満? どうしてそんなものが出て来るんだよ。この世で最上の女性と同棲までさせてもらってるんだぞ。そんなもの心の片隅にでも抱いたら罰が当たる」

 まさに歯の浮くようなお世辞に聞こえるかもしれないけど、もう心の奥底まで実感させられてしまってる。これだって、もしマナミがセレブのお嬢様だったら計算づくの可能性は残るのよ。よくある話じゃない、財産目当ての結婚ってやつ。

 でもそんなものはカケラもマナミにはない。ブサイクチビだし、アラフォーだし、バツイチだし、子豚体型だし、トドメは子宮レス。ついでに言えば手術の痕だってがっちり残ってる。そんなマナミを全肯定されてしまってるのだよ。

「悔しいのは、もう少し早く出会いたかった」

 それはマナミもだけど、それこそ巡り合わせとしか言いようが無い。まあ、早く出会っていても恋に落ちてたかと言われれば疑問だもの。初婚の頃の瞬さんは出世欲に煮えたぎっていた。そのために政略結婚まで受け入れてるもの。

 瞬さんがマナミに振り向いてくれたのは、やはり初婚の経験が大きいはずなんだ。もちろんそれを責める気なんてどこにもないよ。マナミだって他人の事を言えたものじゃないからね。結婚という経験はそれぐらい人を変えると思うんだ。

 そんな瞬さんだけど一つだけ文句がある。ここまでの関係になってるのに未だにさん付けなんだ。マナミもそうなんだけど、もう変えて。

「わかった。マナミと呼ぶよ。もちろんボクも瞬と呼んでね」

 もう限界。今夜も関係をより深くしよう。もうこれ以上は深く出来ないぐらい瞬さんを感じたいし、瞬さんに喜ばされたい。