ツーリング日和21(第33話)パリは燃えているか

 結婚式はどうしようかと思ってたんだ。だってマナミはバツイチだし、瞬だって死別はしてるけど二度目じゃない。でも瞬は、

「なに寝惚けたことを言ってるんだよ。二人の本当の意味の門出じゃないか。するに決まってる」

 そうかもね。瞬もだけど、一回目の結婚は大国主命が神在月の神様会議でトンチキやりやがった代物だ。あんなもの戸籍上は残るにしろ、塗りつぶして、コンクリートで埋めてしまいたいもの。

 女と男が本当の意味での伴侶になるのだから、それを祝っての式典ぐらいあっても良いはずだ。とはいえ盛大にはやりたくない。

「あれはさすがに一度で良いよ」

 瞬が前妻と挙げた時は五百人の招待客だったと聞いて腰抜かした。まあ、そんだけセレブな相手だし、社内政治的にも専務派の後継者のお披露目みたいなものだからわかる部分もあるとは言えだ。

 あくまでも平均だそうだけど、結婚式の平均で七十人弱だそうだ。けどね、マナミもそうだけど瞬だって呼べるような親族がいないのよね。そうなのよ、実質的に天涯孤独になってるようなものだから、呼べる身内さえいないってこと。瞬は前回の時に親族はどうしたの?

「それか。レンタルで調達した」

 あちゃ、その手があったか。でもそこまでして水増しとか両家のバランスを整える必要もないから、

「マナミがいれば十分だよ」

 そういう事で意見が一致した。二人だけの挙式ならと新婚旅行とセットにして海外にするのもすぐに話がまとまったんだ。

「任せといてくれ。記憶に残る立派な式にしてみせる」

 瞬に任せたら準備は万端になるのはわかっているけど、マナミの事になると暴走をやらかすのだけは一抹の不安があったのは白状しておく。と言うのも、海外挙式だったらハワイがすぐに頭に浮かぶじゃない。というか、他に思い浮かばなかったぐらい。

 ハワイなら新婚旅行の定番みたいなものだし、挙式だって決して珍しいものじゃない。瞬はあれでも有名人だから、下手に国内で挙式するより良いと思ったぐらいなんだ。だけど瞬を舐めてた。

「パリに飛ぶぞ」

 パ、パリ。えらく捻ったな。それでも新婚旅行にヨーロッパはありだよね。ハワイで挙式じゃありきたりだから、ちょっとしたサプライズぐらいに受け取ってた。成田まで行ってエール・フランスに乗ったのだけど、これはなんなんだ。

 席がラ・プルミエールって聞いてはいたけど、瞬もエコノミーは避けたぐらいに思ってたんだよ。初めて飛行機に乗るからエラそうな事はいえないけど、エコノミー席は辛いって言うじゃない。それどころかそんなところに乗ってると、えっと、えっと、何とかっていう病気に、

「エコノミークラス症候群だろ」

 それそれ。瞬は旅慣れてるから平気かもしれないけど、マナミは初めてだから気を遣ってくれたぐらいに思ってたんだ。飛行機の座席の等級はエコノミーの上がビジネスぐらいは知ってる。ラ・プルなんたらはビジネスじゃないからエコノミーの上でビジネスの下ぐらいと思い込んでた。

 それぐらいは新婚旅行だし、パリまで十二時間以上かかるっていうから新婦であるマナミへの心遣いと思うじゃない。いかにも瞬らしいと思ってたのだけど、これはビジネスクラスどころじゃないぞ。これってまさか、まさかの幻のファーストクラスじゃないか。

 シャルル・ドゴール空港に着いたら一番に降ろしてくれるし、空港の出入り口はベンツが待ってやがったんだ。そこまで料金込みってなんてシートだよ。行かなかったけど空港には専用ラウンジがあって最高級ホテル並らしいんだ。

 専用ベンツはホテルに直行したけど、ここもシャングリラ・ホテルだけは聞いていた。あんまり高級そうなネーミングじゃないから、なんて言うかな、テーマパーク風のカジュアルホテルぐらいと思ってたんだ。

 だけどホテルの前で開いた口が塞がらなくなった。どうみても宮殿みたいじゃないの。これだって宮殿風のテーマパークだと思い直したけど、中に入ったらガチもガチ、ガチガチの高級、いや最高級ホテルだった。それもたぶんだけど豪華絢爛のスウィートっとやつだ。

 パリと日本じゃ時差が八時間なんだけど、時差ボケも心配してたんだよ。あれって辛いって言うし、時差ボケのまま結婚式に臨みたくないじゃない。でもそこはさすが瞬だった。良くわかんないけど裏技みたいな事をしてくれて殆どなくて助かった。

 翌日は式本番だ。この宮殿みたいなホテルじゃなく、別の式場に行くみたいだけど、またまたベンツのお出迎え。着いたところは本物の宮殿だった。頭がクラクラした。

「マナミに悪いと思ったけどゲストもいる」

 ちょっと待った、ちょっと待った。まさか五百人の招待客が出て来ないよね。瞬ならやりかねないと思ったけど、現れたのは女が一人。

「マナミ、綺麗だよ」

 そうゲストはサヤカだったんだ。パリ出張のついでと笑ってたけど・・・また涙が。サヤカには実は来て欲しかったんだ。でもマナミが一人呼べば、瞬もバランスとして一人呼ばないといけないから遠慮してたんだ。もっとも皇帝陛下とカマイタチはバチバチだったな。

「マナミを不幸にしたらブルキナファソだぞ」
「明菱社長にしてはお戯れを。そんなもの殺されるしかないでしょう」

 あのな、今日は晴れの門出だぞ、不幸だの、殺すだの堪忍してくれ。言葉を変えるって知らないのか。結婚式の祝辞だって晴れてたら、

『二人の門出に相応しい青空も広がり・・・』

 ぐらいだろうけど、雨だったら、

『雨降って地固まるなどと申し・・・』

 こうやって良くない事を、まるでその方がかえって良かったみたいにするだろうが。

「そうだったゴメン。マナミを幸せにしてね。ところでシエラレオネで暮らすのはお好きですか」
「お任せください。シエラレオネより日本で暮らすのが合ってます」

 あのな、言葉の応酬にトゲどころか針を含み過ぎだ。ホントに相性が悪いんだな。発想だけはソックリなのにな。このトンデモ式場だけどフランス人ばっかりだな。あたり前か。というか誰も日本語がわかんないのかよ。これからウェディングドレスに着替えなきゃいけないんけど、

「行くよ」

 サヤカが一緒に控室まで来てくれるとは助かった。サヤカがフランス語も話せるのは聞いてたけど、ありゃネイティブ並みじゃないのかな。よくわかんないけどね。もっともサヤカは、

「あのカマイタチの野郎。このわたしを通訳代わりに使うとは良い度胸だ。そんなにブルキナファソが好きなのか」

 瞬をそんなところに強制連行しようとするな。でも瞬ならサヤカを通訳代わりにさせたかも。それはともかく瞬はやっぱりやり過ぎだ。愛してくれてるのは骨身に沁みて教え込まれたようなものだけど、愛し方の度が過ぎてると言うか、発想が飛躍しすぎる。もっともサヤカも明らかに同類だ!

「どうしてこんなチンケな宮殿じゃなく、ノートルダム大聖堂を借り切らなかったのよ」
「そうはおっしゃいますが、火事で再建中です。それとウエストミンスター大寺院は断られています」

 ウ、ウエストミンスター大寺院だって。そんなとこ英国のロイヤルファミリー専用で断られる以前の話だろうが・・・と思ったのだけど、そうでもないらしい。英国の法律では王族が結婚式を挙げたところは庶民も挙げられるとかで英国の元首相も挙げたらしい。

 だけど結婚式場として常時使用できるものじゃないはずだから、あくまでもウエストミンスター大寺院の都合が優先されるぐらいのはず。つうかだよ、そんなとこで挙げたらいくらかかるんだよ。冗談も程々にしてくれ。ここだって、どんだけかかってるかと思うだけでチビりそうなんだから。

 式自体はサヤカも入れて三人だから恙なく終わってくれた。サヤカは式が終わると仕事があるからってトットと去って行った。式が終われば普通は披露宴だけど、その代わりに、

「一つ星レストランで悪いけど・・・」

 一つ星とは例のミシュランガイドの評価だけど、どこだって良いに決まってるじゃない。

「マナミは鴨が好きだろ」

 昔から好きなんだよな。もっとも鴨と言っても合鴨だ。野鴨なんて食べられる訳がないだろうが。そうやって披露宴代わりに瞬に連れて行かれたのはトゥールダルジャンだぞ。緊張しまくって味なんかわからなかったじゃないか。


 そして宮殿みたいなホテルで夜を迎えた。これはタダの夜じゃない。結婚式を無事挙げられた新婦と新郎が迎える初夜だ。そりゃ、同棲までしてるからやりまくってるけど、女はメモリアルが大好きなんだ。

 もうマナミに容姿のコンプレックスは無いとは言わないけど、瞬に対してだけは無い。瞬の目にマナミがどう映ってるかなんてわかりようがないけど、瞬は間違いなくマナミを求めてくれるし、マナミが喜ばされるたびに、もっともっと愛してくれる。

 この現実を受け入れるし、信じるし、疑わない。瞬にとってマナミは地上に降りた天使より美しいし、魅力的だし、高松塚古墳より貴重な存在なんだ。それと瞬はマナミをペットだなんて思ってもいない。存在する奇跡として扱ってくれてるだけなんだって。

 ここが最後までわかりにくかったけど、瞬は存在する奇跡のマナミを愛しているけど、一方で崇めてるぐらいでも良い気はする。まるで女神に仕える神官に近いかもしれない。だからあれだけなんでもマナミのして欲しい事を察してしまうのだろうって。

 というかさぁ、せっかく楽しくおしゃべり出来る相手を見つけたから、カマイタチの全能力をフル回転させて、何がなんでもマナミを捕まえて離さないぐらいの方がより正しい気がする。代わりがそうは簡単に見つからなさそうだものね。

 それもどうかと思うけど、マナミも割り切った。瞬がそうしたいなら、素直に受け取ろうって。これが瞬の愛し方だし、妻になったのなら有難く受け取るしかないだろ。まだ始まったばかりだし、これから二人で築く新生活で軌道修正・・・できる自信はあんまりないけどね。

 そうそう初夜だって二回目だけど、実は初夜にやるのは初めてなんだよね。元クソ夫は披露宴で飲み過ぎやがってイビキをかいて寝てやがったからな。でも今夜は違う。瞬が優しく、優しく、これ以上はないほど優しく愛してくれてる。

 今夜は思う存分燃えてやる。それも史上最大に燃えてやる。そうだな、パリをマナミの紅蓮の炎で燃やし尽くしてやるんだ。そこまで燃え尽くしてこそ初夜のメモリアルになるってもんだ。