ツーリング日和20(第27話)こいつらバケモノか

 今日はサヤカと夕食だ。

「カンパ~イ」

 あれこれ話をしたのだけど、イズミのとこの話もしたんだ。

「そんな事があったんだ。でもそれが正解じゃない。その手の店が生き残るのは難しいよ」

 それで瞬さんが悔しがっていた話をした時にサヤカの目の奥がギラっと光った気がした。というか、あんなに怖い目をしたサヤカを初めて見た気がする。

「それは違うね。理想的な正解と現実的な落としどころは違うのよ」

 それはなんとなくわかるけど、

「そういう案件って、タダじゃできないの。前提としてかけられる予算の折衝から始まるのよ。もし再建なり、再生するのならこれだけの予算が必要の見積もりよ」

 たしかにそうだ。

「その予算だって満額出ることはまずないね。もちろん却下だって普通にある。却下されたらそれで終わりだけど、認められたらその予算内でどう成功させるかを工夫するのが仕事よ」

 ビジネスって投資に対する見返りになるのぐらいはわかる。資金回収が出来るのは当然として、どれぐらいの期間がかかるとか、どれぐらいの見返りがあるのかは計算するよな。

「あったり前じゃない。投資のための資金だってカネの成る木を持ってる訳じゃないよ。黒字になったって、より黒字になる案件があればそっちに投資するに決まってるじゃない」

 そうなるのだろうけど、

「秋野瞬は予算無しで臨んでるじゃない。もちろん秋野瞬にとって赤の他人に過ぎないマナミの友だちに投資する理由も義理もないから当然だけど」

 そこまで言うと腹も立つけど、事実関係としてそうなるな。だってマナミだっておカネまで貸す話となったらお断りだ。

「その条件内でベストを尽くしている評価はして良いと思う。と言うかさ、よくまあそんな不良案件に手を出したと思うぐらい」

 シビアだねぇ。わかんなくもないけど、

「そこで出した最良の答えが場所替えよ。味の評価をわたしはしていないからわからないけど、秋野瞬が下した判断をわたしなら尊重するね」

 でも渋られた。

「そりゃ、おカネがないもの。本来ならそこで資金協力を申し出て次に進むのよ。でも秋野瞬にはそれが封じられてる」

 そ、そうなるか。

「だから引き下がらざるを得なかった。これはそちらになる結論を予想していなかったからじゃなく、一番行って欲しくない答えになってしまっただけ」

 でも準備が不十分だって言ってたよ。

「秋野瞬を誰だと思ってるのよ。それぐらいあり得るのは余裕で予測してるよ。だからカマイタチなの」

 でも結局、どうしようも無いのは同じじゃない。そしたらサヤカはくすっと笑った気がした。

「ちゃんと正解を話してるよ。秋野瞬の理想の正解は神戸にでも新たに店を出すことよ。でもそれはおカネの問題で出来ないでしょ」

 だから後は破産して倒産を待つだけ、

「そこも秋野瞬なら見切ってるよ。その時に秋野瞬が落としどころにしたのは、もうわかるでしょ」

 わかるか! それにしてもビジネスになるとサヤカはこんな感じになるのかもしれないな。こんな上司がいたらおっかないだろうな。これでわからないなんて答えようものなら、良くて叱られ、悪けりゃ、無能の烙印を押されてお払い箱にされそうだ。

「あのね、仕事の時はここまで甘くないよ。マナミだからここまで説明してあげてるの。こんなに説明させられたらブチ切れるよ」

 おっかないな。左遷ぐらいさせられそう。

「このクラスならブルキナファソかな」

 それってどこにあるんだよ。

「ブルキナファソはね・・・」

 マジレスするな! たとえだろうが。日本なら礼文島とか、石垣島ってぐらいだと思うけど、これがビジネスの皇帝陛下とされるサヤカなんだろうな。

「まあ良いわ。マナミはこういうやり取りに慣れてないからね。秋野瞬はその店の未来はないと言ったよね」

 そう言った。

「だから一流店への就職を勧めたじゃない。それが答えよ。これぐらい誰だってわかるでしょ」

 わかるか!

「その友だちの旦那さんならわかったはず。その旦那さんには少なくとも二つの悩みがある」

 なんだそれ、

「一つは店が繁盛しないこと。だって腕には自信があるじゃないの。数々の食通を唸らせてきた腕がね。それなのに店はジリ貧になってるじゃない」

 だからイズミに呼ばれた。

「もう一つは今の腕の評価よ。現実がそんなのだから、腕が落ちたと人は考えるのよ。不味いから客が逃げてるはずだってね」

 貧すれば鈍すってやつだな。

「だから秋野瞬はその腕が今だって一流だと評価してやったのさ。それでも流行らない理由も添えてだ。だったら次にする行動は一つしかない」

 どこかの名店への就職ってこと?

「もし秋野瞬が後悔してるとすればそこだろうな。あの場で決めてくれたら就職先の口利きぐらい出来るからね」

 そんなコネを持ってるんだ。

「そりゃ、持ってるよ。秋野瞬はレストラン事業も手掛けていたもの」

 だからあれだけ味に敏感なのか。

「まあ、口利きぐらいは後からでも出来るから、そんなに後悔してるとは思えないけど」

 なんだよ、この連中の思考能力とか、判断能力は。こんなレベルで即断して動いてるって言うのかよ。

「こんなもの遊んでるのと同じ。大きな案件ならこんなお手軽に行くわけないでしょ」

 ビジネスの最前線ってこんなクラスの化け物とか妖怪がウヨウヨしてるんだろうな。よく生き馬の目を抜くっていうけど、こいつらならホントに抜きかねないよ。そういう世界の連中からカミソリだとか、皇帝陛下だとか、カマイタチって怖れられるのはどんだけなんだよ。