ツーリング日和21(第25話)美山の夜

 しっかし一棟貸しって豪勢だな。ご飯を食べた囲炉裏の部屋以外にも二間続きの広々したリビングみたいなのがあって、寝室も別なんだ。昼間のツーリングの疲れに、お風呂と、牡丹鍋と熱燗攻撃もあったから寝ることにした。明日も遠いものね。

 寝るとなればあれなんだけど、今夜はちょっと気が乗らないのよね。今夜だけじゃない、最近ちょっと気が乗らなくなっている。言っとくけど倦怠期じゃないぞ。やれば絶対感じるし、瞬はマナミを昇天させてくれるのもわかってるし、それが嬉しいのも変わらない。

 だから今夜だって求められたら応じてた。拒否する理由なんてどこにもない。だけどね、これもホントどこでわかるのだろうって、いっつも思うのだけど、マナミが少しでも気が乗らないと瞬は求める素振りさえ見せないんだ。だから枕を並べてピロートークだ。

 今日も楽しかったし、サプライズにも満足し切ってる。でもね、でもね、これは瞬の仕事のための取材ツーリングなんだよ。だからなんとか瞬の取材の手助けを頑張ろうと思ってたんだ。

 でもね、なんにも出来なかった。ただ付いてきて、一緒にかやぶきの里を見て回って、メシ食って、酒飲んで寝てるだけ。役に立ったと言えば、一棟貸しの茅葺屋根の宿の体験に一人じゃ寂しいから付き合ってるだけだもの。

 それだけでも役には立ってると言えばそうだけど、よくよく考えなくともマナミでなくても良いはずだ。それでもってマナミの特技と言えばバイク女子だからマスツーできるのはあるのはある。

 けどさぁ、けどさぁ、あくまでもたとえばだけど、ツーリングファン社の略奪女だって出来る事じゃない。瞬がしたのを見たことがないけど、小説家の取材旅行に担当が同行するのは珍しい話じゃない。 

 あの女だってバイク雑誌社に勤めてるぐらいだからバイクぐらいは乗れるはずなんだ。そりゃそうだろ。バイク雑誌社の社員なのにバイクに乗れないってシャレにもなるものか。それどころかツーリングだって普通にやってるはずだ。

 ここもいくら担当だからって、泊りの取材旅行で女と男の二人きりは倫理的に宜しくないのはある。これだって部屋を分けるとか、宿を別にすれば最低限はクリアできるはず。会社の出張だって男女ペアはあるからね。

 さらに言えば出張だって言いながら、出張先でヨロシクやって結婚したカップルも知ってるし、浮気や不倫がバレて大騒ぎなったのも知ってる。出張先で何をやってるかまで会社は監視しないし、会社が興味と関心があるのはちゃんと仕事をしたかと、領収書の帳尻だけだものね。

 だからあの女がその気になれば、取材旅行に同行して、ここにマナミの代わりに寝ていたって何の不思議もないわけだ。あの女じゃなくてもバイクさえ乗れれば、誰でも代用できたのがマナミの役割だ。 

 それにあの女だったら、取材旅行を計画して、宿も全部手配して、取材先の下調べのバッチリするはず。マナミなんて、ここはどこ走ってるんだろうレベルの能天気さで付いて行き、かやぶきの里を見られて喜んで、宿のサプライズに無邪気にはしゃいだだけ。エライ違いだ。

 夜だってそうだ。あの女ならマスツー中から仕掛けるだろう。お風呂から夕食なんかは、触れれば落ちるぐらいになって、今頃は一戦交えてるはず。男ならそうしたいよな。いや、女だってそうだ、

 ホントにマナミって役立たずだ。瞬だってこのシチュエーションでやりたいに決まってる。なのにマナミの気が乗らないばっかりにお預けだ。なんだよ、なにしにマスツーでお泊りに来てるんだよ。それがマナミに出来る唯一の役割だろうが。

 こんな女のどこが良いのだろ。いくら間違って惚れてしまった弱みが瞬にあったとしても、そろそろ醒めていてもおかしくないもの。だってだって、瞬みたいに出来過ぎる男にアピール出来るところなんて何にもないんだもの。そんな繰り言が頭の中でグルグル回ってる時に、

「マナミは明菱社長と友だちだろ」

 サヤカのことか、ああそうだよ、幼馴染の腐れ縁だ。離婚の時にはお世話になったな。それは感謝してる。

「時々会ってるよね」

 瞬と同棲してからは減ったかな。いくら女友だちでも瞬を置いて遊びに行けないし、マナミだって瞬との時間を大切にしたいもの。

「会えば会話も弾むよね」

 ああそうだよ。よくまあ、あれだけ減らず口が叩けるのかと思うけど、マナミだって負けずに応酬するからお互い様だ。内容だってガールズトークだよ。猥談だってポンポンでるけど、話がとにかく弾むのだけは間違いない。そしたら瞬はため息を吐いて、

「明菱社長はビジネスでも、プライベートでも雑談の類は一切しないのは業界では有名なんだよ」

 そうみたいなのは聞いた事がある。まあ、ビジネスの皇帝陛下やってるらしいからね。それがビジネスに必要なのはわからないでもないけど、そんな愛想もクソもない冷たい女やってるからアラフォーにもなるのにバージンなんだよ。 

 あの調子じゃ行かず後家一直線だし、本当にあそこにカビ生えるぞ。いや本当に生えたって言ってたな。なんかカンジダとかいう膣炎になったらしいけど、カンジダってカビの一種らしいんだ。ホント言わんこっちゃない。

 それでも男は欲しいんだよな。そんなに欲しけりゃ自分を変えて見ろだ。女は好きな男が出来れば変わるし、好きな男にぶち抜かれたらもっと変わる。アラフォーのバージンだから劇的に変わっても不思議でもなんでもない。

 そりゃあの歳で初体験だからさぞかし痛いだろうけど、あの痛みが女を変えるんだよ。あの痛みを経験しても次を受け入れてしまうのが女と男の関係だ。ついでに言えば中にぶちまけても欲しくなる。

 あれは男もそうしたいのだけど、女だってそうして欲しくなる。あれこそDNAの絶叫だ。もちろん無防備にぶちまけられたら腹ボテになるのがわかっていても欲しくなる。そこまで女は好きな男が出来たら変わるし、ぶち抜かれるってそういうことだ。もっともサヤカの場合はぶち抜く候補の男を見つけるのさえ難儀してるものな。

「エラい話までしてるんだな。ビジネスのためは間違いではないと思うけど、たぶんしたくても相手がいないはず」

 いないからアラフォーでバージンだって、言っとくけどあれを拒否してる女じゃないし、LGBTQでもないぞ。立派な耳年増だ。

「そっちじゃなくて、会話を弾ませることが出来る相手だよ」

 それは違うぞ。その証拠にマナミとはマシンガントークだ。

「おそらくそれが出来るのはマナミだけのはずだ」

 なんかサヤカも言ってたけど、あれの本当の意味ってなんなんだ。

「ボクもそうでしたから」

 いやいや、誰と同棲してると思ってるんだよ。同棲して毎日どれだけ話をしてると思ってるんだ。まさかの認知症だとか。

「それはさすがにないはず。ボクだってマナミと話してるし・・・」

 どうしたんだ。ここは嗚咽するところじゃないだろうが。気楽なピロートークだぞ。

「生まれて初めてなんだよな」

 はぁ?、はぁ?、はぁ?、何年生きて来てるんだ。

「明菱社長が羨ましい。マナミが幼馴染だなんて」

 わかりにく過ぎる話なんだけど、瞬だって産まれてから数えきれない相手と会話はしてる。でも一度たりとも心の底から笑い合うような会話をしたことがないって、どういう事なんだよ。

「ある種の病気かもしれません」

 梅毒とか淋病とか、それともAIDS,とか、

「ご心配なく、ちゃんと検査してるよ」

 それやり過ぎだろ。マナミとやるためにそこまでするか。

「そりゃ、マナミだから」

 マナミはしてないぞ。もっとも手術の時に根こそぎやってるはずだし、あれからやってないからだいじょうぶのはずだけど。

「病気と言うより精神の欠陥みたいなもので、マナミがわかるように言えばある種のサイコパスみたいなものかも」

 殺人狂だったなんて。

「いやいや、ボクだって人の痛みや悲しみ、喜びはちゃんとわかるって。そうじゃなくて、人と話す時に異常に身構えてしまうって言えばわかるかな」

 サッパリわからんが、対人恐怖症とはまた違うみたい。だってビジネスではカマイタチだものな。結論だけ言えば、誰と話しても楽しくないらしい。その場では盛り上がったり、弾んでるようにしてるだけで、内心は単なる苦痛だったと言うのか。えっ、それって、もしかして、

「ボクにだって例外はあった」

 両親とは楽しく話せたのか。だけど同級生との会話がまったく楽しくないのはさぞかし苦痛だったろうな。だからと言って無口じゃない。ちゃんと会話も出来るし、その場の空気も読めるし、それが出来るから見た目上はごく普通だったのか。

「だから結婚に期待していた」

 なるほど、瞬は両親が例外だったから、例外の理由を家族だからと考えたのか。それしかヒントがないからそう考えてもおかしくないし、期待してもおかしくないと思う。だけどあの結婚は、

「過大な期待をしてしまったのに責任は感じてる」

 前妻はヒステリー体質があったのは間違いないと思うけど、

「それを助長させ、ああしてしまったのはボクだ。ああなるのならいくらでも対処法があったのに」

 対処法って・・・楽しくもない会話を、さも楽しくしているように見せる会話術って事だよな。それが出来るから社会で生き抜いて来れたのだけど、夫婦までそれでは苦痛過ぎるだろ。瞬の初婚の破綻の原因だけど、弾める会話が出来ない相手なのに求めてしまったぐらいは言えるかもしれない。

 やっとわかった気がする。サヤカも瞬と同じタイプなら他人との会話が苦痛のはずだ。だけど何故かマナミとは普通に会話が出来るだけでなく、盛り上がって猥談まで弾ませることが出来てしまうのか。

 サヤカはマナミと楽しくおしゃべり出来る相手だから、別格扱いなんてものじゃない親友としてるし、離婚の時も全力で支援してくれたはず。だからサヤカにはマナミに恩を施したなんて観念自体がないのかも。そんな幼馴染がいなかった瞬は、

「ずっと孤独だったんだ」

 家族と言うキーワードに懸けた結婚が失敗した瞬は、これも結婚中にわかってしまった種無しも合わせて結婚不適合者、いや人間社会の不適合者と思い込んでたのか。でもさぁ、でもさぁ、篠山のお蕎麦屋で声をかけて来たじゃない。

「あれは今から考えても不思議なんだけど、マナミと会った瞬間になぜか声をかけてみたい、話をしてみたいの思いが突然膨れ上がり、どうしようもなくなったんだよ」

 あの時の会話はそれなりに弾んだけど、

「あんな事が起こるなんて夢か幻かと・・・」

 そういうけど、あの時は先に食べ終わって、先に出て行ったじゃない。

「あははは、マナミと同じことを考えてた」

 ブサイクチビは置いといてもアラフォーだから、既婚者の可能性はあるものね。でも福住で再会した時にも声をかけて来たじゃない。

「あんなもの誰にも止められるものか。奇跡の、あれこそ運命の再会だ」

 そこからはマナミと裏返しみたいなもので、カフェでマナミがバツイチでフリーであるのを知って内心でガッツポーズを作って、そこからどうやって口説き落とそうかだけを考えていたのか。なんか瞬が猛烈に欲しくてたまらなくなってきた。

「マナミ・・・」

 どうしてすぐにわかるんだよ。でも、こういう時に便利なんだ。ここもそうだけどラブホじゃないからゴムなんて無いのよね。でもそこは子宮レスと種無しのカップルだし、病気だって心配ご無用なのもさっき確認した。それこその大炎上になったけど、一棟貸しで良かったよ。