ツーリング日和21(第26話)残る疑惑

 帰り道は遠かった、来た時よりも遠かった。往復三〇〇キロだもんね。これを無給油で走れるモンキーの燃費は化け物だ。市街地走行ならここまで走らないけど、今回は条件も良かったかな。

「ちょっと粘りすぎだよ」

 何事も結果オーライだ。とは言うものの六甲山トンネルを越えるときはヤバイかもって思ったけどね。でも良いツーリングだった。色んな謎が解けた気がする。瞬がマナミを熱愛してくれている理由もそうだけど、どうしてサヤカがあそこまでマナミに力を貸してくれたかもだ。

 瞬は両親だけは辛うじて例外だったみたいだけど、サヤカはどうだったんだろう。だからこそマナミは文字通りの無二の親友と思ってるんだろ。あんな調子で高校から大学をどうしてたのだろうって思うけど、元気でやってるから良いか。

 それと瞬とサヤカは同類なんだよな。同類同士なら上手くやれそうな気がしないでもないけど、あのキャラって強烈に反発しあうみたいだ。でもさぁ、それ以前にあそこまで偏ったキャラがいる方が珍しいはず。

 瞬がある種の病気だって言うのもよくわかる。それでいて瞬が言うほど社会不適合者でもない。瞬だってエリートビジネスマンで出世街道まっしぐら状態だったし、今だって売れっ子ライターだし小説家だ。サヤカだってビジネスの皇帝陛下で社長やってるもの。

 ひょっとしたら程度だけど、ああいう異常な成功者ってどこかおかしいと言うか欠点を抱えているのかもしれないな。だって昔から狂気の天才って言うし、芸術家に奇人変人は多いっていうもの。

 錬金術に等価交換の考えがあって、これは現代の科学の質量保存の法則に受け継がれてるらしいけど、なにか異常な才能のある人は、その対価としてなにかを失っているのかもしれない。この辺はそうじゃなさそうな天才もいるけど、実は・・・ぐらいはあるのかもね。

 瞬はあの偏った性格以外にも種無しだけど、サヤカも不妊症かもな。こればっかりは実際にやるか、病院で検査でもやらないとわからないけど、さすがにバージンの状態で病院には行かないだろ。

 サヤカをぶち抜いてくれる男が果たして現れるかはヒジョーに可能性として怪しいけど、その時に不妊症で無いのは願っておいてあげる。サヤカだってやれば子どもは欲しいだろ。これでも親友だからね。願うだけならタダだもの。

 それとだけど、瞬が同棲してからなんにもやらせてくれない理由もだいたいわかった。それがまあサヤカと同じなのは笑ったよ。だって、

「マナミの初婚は悲惨すぎた。マナミにはもう悲しい思いも、辛い思いも、ボクの目が黒いうちはさせるものか」

 だからってやり過ぎだ。だってだよ、

「出来る事なら、お姫様抱っこして歩かせたくないし、お風呂だって体を隅から隅まで洗ってあげたいし、ご飯だって、着替えだって、トイレだって・・・」

 やめてくれ。そこまで行けばペットも越える。とは言うものの、おしっこチビったパンツは抵抗もむなしく洗われてしまった。これも洗濯機までは入れたんだよ。だけど瞬は血相を変えて拾い上げ、

「洗濯機じゃ心が籠ってない」

 この時にマンションの謎がまた一つ解き明かされたんだ。ずっと不思議だったんだけど、なかぜタライと洗濯板があったんだよ。瞬は自分の服は洗濯機を回すくせに、マナミの服は手洗いしてやがったんだ。これはよもやのフェチだとか、

「フェチじゃない。マナミのすべてを知りたいからだよ。服の汚れ方、皺の寄り方だけでも得られる情報は多いんだ」

 愛する人のすべてを知りたいは常套句みたいなもんだけど方向性がずれてるぞ。だけど服をそこまで観察しているのだから、他もそれこそ目を皿のようにして観察されているはずだ。それもだぞ、カマイタチの観察力と分析力でだ。

 だからマナミの欲しい物とか、して欲しい事をあれだけ察知してしまうのだろうけど、あれがやりたいサインってどんなんなんだろう。よほどわかりやすいのだけはわかるけど、バレてしまったものは仕方がない。


 美山へのツーリングでマナミの迷いの部分はかなり消えたのだけど、残る疑惑はツーリングファン社の担当の略奪女だ。マナミは瞬の言葉を信じれば、偏った性格を持っているある種の人間には奇跡的な存在で良さそうだ。

 だけどそんな人間は少ないけど一人じゃない。一人しかいないのなら瞬と同類のサヤカが気の毒過ぎる。少ないとは言え、ある一定比率で存在するはずだ。瞬の観察力、洞察力はそれこそのカマイタチだから、あの女にその可能性を感じてるのかも知れない。瞬が求めるマナミのような女は渇望し切ってるものな。

 もしもう一人見つかれば素直に嬉しいだろうし、好意だって抱いても不思議ない。それぐらいはマナミでもわかる。問題はその先だ。その関係がツーリングファン社の担当とライターの関係であれば何の問題もない。誰だって気の合う人と仕事をしたいものね。

 だからそれが男同士であれば何の問題もない。サヤカを見る限りだけど、いくら相手が気に入っても恋愛感情には発展しないと思う。つまり瞬が血迷ってゲイに走ることはないはずだ。もちろん性自認を変えたりもしないだろう。

 だけど女なんだよね。女と男でも仕事になれば恋愛は別にするのは原則と言うより建前ではある。だけどあくまでも建前で、仕事の付き合いだったはずが、恋愛関係になってしまう例などザルですくうぐらい転がっている。

 つうか、社会人の恋愛でありふれ過ぎてるパターンだよ。それをタブーにされたら、社内恋愛も社内結婚が消滅するし、そうなれば恋愛小説や恋愛ドラマ、恋愛映画のネタに困るようになるし、お国の少子化対策にも反するからな。


 あの女が仕事の関係で知り合った瞬に恋愛感情を抱くのはどうしようもない。そうなると倫理上の問題はどうかだ。まず瞬は独身だ。これだけで実はほとんどクリアしてしまう。マナミは恋人ではあるけど婚約すらしていない。

 恋人がいる男を奪うのが略奪愛にはなるけど、恋人関係であるからと言って絶対に手を出してはならないルールは無いのよね。そりゃ、知り合いとか、友人には顔を顰められるとは思うけど奪った者勝ち的なところは確実にある。

 それどころか、ケースによっては称賛されるケースだって無いとは言えない。あくまでもたとえばだけど、誰が見ても怪しすぎるクズ男だ。そうだヒモ男とか、女の愛じゃなく財産目当てがミエミエとか、ギャンブル狂の借金まみれの生活破綻男とかだ。そんな男だって血迷う女はいるのが現実だ。周囲から見れば、

『なんとかならないのか』

 そう思うじゃない。そこに乗り込んで行って奪い取っても非難するやつはまずおらんだろ。むしろ、

『よくやった』

 こうなるはず。悔しいけどこれは男だから出来る芸当で、女の場合で最悪なのは、略奪されたのに間抜けだとか、油断し過ぎとか陰口を叩かれる事だってあるものね。とにかく恋愛のバトルフィールドは常に食うか食われるかの側面は常にあるからね。

 この略奪愛だけど婚約段階どころか、結婚式当日、さらには結婚後だって起こりうる。ただ婚約段階以降になると法的制裁が加わるぐらいかな。婚約段階なら婚約不履行、結婚式以降なら不貞行為で慰謝料が発生するからね。

 それだって慰謝料を払えば終わりだ。その他の社会的制裁が発生することもあるけど、そんなものものともせずに夫婦になっている者はこれまたいくらでもいる。でもさすがに婚約段階以降になると騒ぎが大きくなるから、そこまでやるのは限られて来るぐらいかな。

 グダグダ言ったけど、マナミは恋人関係で一番重い同棲状態だ。言い様によっては婚約の一歩手前にはなるけど、同棲関係になっても別れるカップルはいくらでもいる。別れる要因は性格の不一致もあるけど、当たり前だが浮気も多い。


 ここまでは状況分析みたいなものだけど、仮にあの女がマナミと同類であったらどうかだ。瞬がマナミに惚れこんでる要因は、難儀なキャラである瞬にピッタリ合う点だ。だけどね、その点がスクエアになれば話はまったく変わってくる。

 そりゃ、マナミの評価がガラッと変わるからだ。マナミの他の女に対する絶対的切り札が無効になり、あの女とマナミの女としての純粋評価の世界に放り込まれてしまうのよね。つまりは、どこにでもある見た目九割の世界だ。

 そうなればマナミの手にある武器はブサイクチビのアラフォーのバツイチ、子宮レスの特典付きだ。こんな女を誰が選ぶかって話だ。女から見ればあの女は嫌われるタイプだよ。でもそれはあくまでも女からの話で、瞬は言うまでもなく男だ。これで勝てたら奇跡だ。

 だから考えた。なにもせずに見守ろうって。これはむざむざトンビに油揚げをさらわれるのを指を咥えて見てるのじゃないよ。あんな女と正面から戦うアホらしさだ。だがな、ムザムザ譲り渡す気など毛頭ない。

 わかりにくいかな。瞬がマナミを愛したことに疑いの余地はない。あの女が現れたことで心移りをするなら不要な男だ。これは初婚の時にマナミはやらかしたからね。手放したくないばっかりに妊娠までしたんだよ。

 あの時にマナミは元クソ夫の心が離れていくのをしっかり感じてた。けどね、どんな手段を使っても繋ぎ止める方に動いたんだ。どうやって妊娠したかだけど、そんなもの簡単だ。ピルの調整をやってトラップに掛けただけ。

 後は妊娠二十二週を目指しての牛歩戦術だ。妊娠が発覚するのを出来るだけ遅らせ、妊娠チェッカーでわかってからも産科受診を遅らせるだけ遅らせ、話し合いも可能な限り先送りさせ、ゴールの二十二週に雪崩れ込んだんだ。

 でさぁ、そこまで無理に無理を重ねたけど、ツケの支払いは莫大だったな。二度と子どもを産めない体になり、悲惨な結婚生活を余儀なくされ、トドメは命を懸けた産んだ我が子まで奪われた。

 あれを繰り返す気は二度とない。瞬があの女に心移りするのならそこまでの男だ。そうなってしまった男の心を繋ぎ止める気は無いってこと。瞬が本当にマナミを無二の女として愛していると言うのなら心配ないはずだろ。

 どこかで瞬を取り逃がしたら、二度とマナミに春は巡らないだろうのあきらめはある。瞬はトビキリの良い男で、本来ならマナミが近づくとも出来ない男なんだ。瞬と結婚出来たら人生の一発逆転、これまでの人生で黒歴史を一遍に塗り替えられるのもわかってる。

 だからこそ瞬を信じて待つ。逃げられたらそれもまた運命。運命に逆らおうと足掻いた結果はしっかり学習したからね。とは言うものの辛いな、悲しいな。ペット扱いでも良いから瞬が欲しい。