ツーリング日和21(第22話)気になる女

 瞬は小説家だから出版社から担当っての付くんだよ。話には聞いてたけど、実際に会ってみて、ホントにそんなのがいるんだと感心した。この頃ではオンラインで済ますのも多いようだけど、マンションまで来て打ち合わせとかをやるんだ。

 この辺はいくらオンラインの時代と言っても、直接あって顔を合わせて話をするメリットは大きいと言うか、欠くことが出来ないと思う。そうやってこそ本当のコミュニケーションが取れるし、そこからの信頼関係が生まれるはず。

 瞬はシリーズ物への連載、単発のスポット物、さらに新作小説と五本立てか六本立てくらいで仕事をしてる感じかな。これにシリーズ物をまとめて書籍化するなんてのもある。さすが売れっ子と思った。

 瞬は筆の遅い方じゃないとないと思うけど、瞬だって人間だからアイデアに煮詰まったり、ちょっとしたスランプ的なものもあり、

「う~ん、締め切りが・・・・」

 ドラマなんかだったらよくあるシーンだけど、リアルで見るとリアルだ。当たり前か。だから週末でも、

「マナミ悪い。週末も書かないと間に合わない」

 作家の妻のリアルを経験してる感じ。ここでちょっと気になったのがツーリングファン社の担当だ。ツーリングファン社は瞬のSNSの投稿に目を付けてくれ、瞬のライターデビューの恩人みたいな会社なんだ。

 瞬もその時の恩義を感じてるらしく、ツーリングファン社からの依頼は優先的に取り扱ってる。もっとも無理して受けすぎて、

「締め切りが・・・」

 瞬に言わせると、こういう依頼が来ることは嬉しい悲鳴で、来なけりゃ、オマンマの食い上げに・・・なるわけないだろうが。困るのはヨタハチの修理代だ。瞬の場合は小説家なりライター業が本業なのか趣味なのかわからない時があるのよね。

 マナミも仕事があるから、担当と常に顔を合わせてる訳じゃないけど、どうにもツーリングファン社の担当が恩義をかさに着て仕事を無理やりねじ込んでる感じがするのよね。あっちだって人気が出ている瞬に書かせてナンボのところがあるのぐらいわかるけど、ちょっとどうかなって思うところはある。

 そのツーリングファン社の担当が最近変わったのだけどなんと女なんだ。ここも女が担当をするのは何の問題もないけど、美人だ。それも相当の美人だ。だけどマナミは好きなタイプじゃない。女が嫌いな男好きするタイプの美人なんだ。

 男好きするタイプってわかったような、わからないようなタイプなんだけど、男に媚びるのが上手なのはまずある。そりゃ、女なら好きな男に媚びたって良いのだけど、誰彼かまわず媚びる感じかな。

 そこから先はバリエーションが広いけど、根っからの天然で媚びるタイプと、養殖で媚びるタイプぐらいには分けられる。女はどちらも嫌いなところはあるけど、とくに嫌いなのは養殖女だろ。

 ここもね、養殖女であろうが天然女であろうが、好きな男をゲットするだけなら構わないのよ。だけど養殖女の場合は二股、三股を平然とやらかしやがる。てめえが二人も三人も四人も五人も抱え込みやがるから、こっちに回って来ないだろうの僻みは絶対に出る。

 養殖女の中でもとくに嫌われるのが略奪女だ。理由は死ぬまで理解できそうにないけど、他人の彼氏をとにかく欲しくなるらしい。それだってね、辛うじてぐらいは理解は出来るんだ。そんな状態でも我が物にしたいぐらいだ。

 略奪女の極北は奪う事のみが楽しみってのがいるんだよ。他人の彼氏を無暗に好きになり、あらゆる手練手管を駆使して奪うのだけど、奪ったら興味がなくなるとしか言いようが無い。これこそマナミには死んでも理解できないけど、他人の彼氏でなくなった途端に醒めてしまうものらしい。

 男だったら人妻が無暗に好きなタイプと似てるのかもしれないけどなんか違う。もちろん略奪男だっているのかもしれないけど、あんまり聞いた事がないな。とにもかくにもツーリングファン社の担当には略奪女の臭いを感じてしまうところがある。

 瞬ならその手の女の本性ぐらいカマイタチで切って捨てると思ってるけど、瞬の様子にも怪しいところがある。瞬も男の担当の時の対応は、けっこうドライなんだよね。良く言えばビジネスライクなんだろうけど、元エリートビジネスマンのビジネスライクだからなかなかのものなんだ。

 ところがその略奪女担当と話してる時の瞬はどうにも無駄口が多い気がする。これだって、別に担当と無駄口を叩いても、軽口を交わしても本来は問題ないんだ。そうすることで、交渉をスムーズに持って行けると判断すれば瞬もそうしてたって言ってたもの。

 だけど略奪女担当の場合は、その域を超えて誘惑しているように感じてならないんだ。これだって純ビジネス手腕として瞬にウンと言わせているのなら、驚異を越えて九尾の狐クラスだけど、どう見たって女と男の領域に踏み込んでるぞ。

 マナミが何よりも気になるのはあの女がマナミを見る目だ。同棲してるぐらいは見たらわかるはずだけど、あの目には明らかに敵意が籠ってる。あれは略奪女の目に違いない。それぐらいはわかるよ。

 瞬が目を付けられるだけの男であるのに異論はない。イケメンだし、リッチだ。ここに略奪女が入れ込む理由もある。マナミと同棲していることだ、つまりは他人の彼氏だから奪い取りたくなる暗い熱情が湧いてしまうのだろ。

 瞬の数少ないネックも好都合かもしれない。種無し男の評価は一般的には低くなるけど、奪ってポイ捨てするタイプの略奪女なら歓迎だろ。略奪のために女の武器をいくら使ったって余計な妊娠を心配しなくても済むからな。

 あの女のマナミを見る目は敵意もあったけど、侮蔑も混じっていた。悔しいけどそう見られるだろうな。そりゃ、ブサイクチビのアラフォーのバツイチ、子豚体型の子宮レス女でデッカイ手術痕付きだ。

 赤子の手を捻るぐらいに思われても仕方ないし、そもそもどうしてこんなハズレ女と同棲しているのか意味不明かもしれない。あの女にしたら朝飯前の一仕事ぐらいに感じてるのだろう。悔しいがそう思われるのは仕方がない。

 それにしても瞬の本当の意味での好みの女性ってあんな女なのだろうか。ここも良くわかんないところなんだよね。だって瞬の女性遍歴で知ってるのはたったの二人だ。一人はお見合いで政略結婚した亡くなった前妻で、もう一人はマナミだ。

 亡くなった前妻も写真で見せてもらったことがあるけど、思ってた以上に美人だった。前妻との結婚生活は失敗には終わってるけど、瞬も最初は温かい家庭を作ろうとしてたんだよ。これは誰だってそうするとは思うけど、少なくともそうする気も起らない女ではなかったはず。

 あくまでも仮にだけど、それなりに穏やかな性格で、家事も人並み程度に出来ていたら、瞬の初婚の状況は変わってたはずなんだ。なんちゅうか見た目は文句なしだったとしか思えないもの。

 前妻は贔屓目無しでモテたと思う。それぐらいはマナミでなくてもわかるよ。これもわかんないけど、前妻にしたら瞬は好みのタイプじゃなかったのかもしれない。気が乗らない相手と無理やり政略結婚させられたら自分の不幸ぐらい嘆くだろ。

 これはもっと好みの男を選べる環境にもあったし、それこそ付き合っていたって不思議ない。それをまるで生木を引き裂くように別れさせ、無理やり政略結婚の道具にさせられたのかもしれない。

 そりゃ、瞬の言う通りヒステリー体質はあったかもしれないけど、それが結婚によって思いっきり助長されたのかもしれないな。すべて憶測とか想像に過ぎないけど、瞬の女の本当の好みって前妻のような絵に描いたような美人タイプだった可能性は十分にあるんだ。

 あるというか、男ならそうだろ。たとえばだけど、合コンで前妻とマナミが並んでいたら瞬は考える事もなく前妻を選んだはずだ。これは瞬だけでなくすべての男がそうだ。マナミまで手を伸ばす男は、他の女を当たり回って、あぶれきった男だけだ。それぐらい知ってるし、元クソ夫がそうだった。

 やっぱりマナミは前妻の反動の一時的な気まぐれかもしれない。悪い思い出しかない前妻を徹底的に否定しまくって浮かび上がったのがマナミだ。そう考えると当てはまるところが多いもの。

 こんな事を考えてしまうのもとにかく時期が悪すぎる。だって同棲から結婚生活に移行するのにマナミの存在価値に疑問が出てるんだもの。それこそペット扱いに甘んじるか、なんとか自分の存在価値を見つけ出すか、ペットは拒否して別れるかだ。

 今のところ存在価値を見つけられそうな気配はない。だって出雲街道ツーリングで目指した仕事での内助の功は完全に不発としか言いようが無い。喜ばされたのはマナミだけで、仕事で言えばマナミ抜きの方が絶対に成果が上がったはず。

 もう瞬はマナミのそんな心境の変化を見抜いてしまってる気がする。それを知っての判断の結果が略奪女への心の傾斜だ。それこそ、もう一度好みの女でやり直してみたいだろ。それはして欲しくないけど、だからと言ってマナミにそれを繋ぎとめる手段が思い浮かばないよ。だってだって、こっちの心までグラグラしてるんだもの。