ツーリング日和21(第2話)同棲へ

 恋人関係が深まれば次に目指すのは同棲だ。絶対じゃないけどこのステップを通らないと再婚に進めないじゃない。これはステップと言う意味もあるけど、お互いをより深く知るのも重要ではある。

 ごくシンプルには同居する事で互いの生活習慣がわかるじゃない。生まれ育った環境が違うから相違点は必ず出て来るし、相手の本性だって見えてくる。たとえば実はDV男だったり、モラハラ男だったり、浪費癖が強くて借金があるとか。

 エラそうに言ってるけど同棲経験もあるし、そこから結婚もしてるけど、どこまで見抜けたかと言われると失格なんだよな。元クソ夫はマザコンだったし、モラハラ夫だったし、浮気男だったし、浪費癖さえあった。

 それぐらい結婚って難しいからあれだけ離婚するってこと。同棲したからって相手のすべてなんか見えるものか。それでもステップとしては重要だから待ってたんだ。だって女から言い出すのは、はしたないって思われちゃうじゃないの。

 瞬さんが同棲を持ち出して来るかどうかは、試験でもあるんだ。セフレに留めたいのなら持ち出しもしないだろうし、再婚の意志があれば出すはずだろ。もちろん同棲しないと再婚できない訳じゃないけど、二人とも同棲できない理由はないものね。

 そしたら出た。もっともベッドの上だったのは笑ったけどね。実はってほどの話じゃないけど、元クソ夫もベッドで誘ったから、瞬さんも同じなのが意外だっただけ。いつものようにラブホでトロトロにされた後に改まった感じで、

「一緒に暮らしたいと思うんだ」

 うんうん、もちろんイイよ。待ってましただ。

「そのために三か月待ってくれ」

 はぁ? なんだ三か月って・・・これも気にはなってたんだ。瞬さんがマンション暮らしなのは知ってたけど、まだ部屋に行ったことがなかったんだよ。なにが普通か知らないけど、同棲前にまず自分の部屋に連れ込みそうなものじゃない。

 そうなると三か月の猶予って、同棲のために必要な部屋の準備期間になるけど、考えられるのは他の女性関係の整理しか思いつかないよ。それが無い方が不思議と言うより不自然だけど、他に女がいるのはさすがに複雑だ。

 モヤモヤしたけど、まだ証拠をつかんでる訳じゃないし、他の理由の可能性もゼロじゃない。もし他に女がいたとしても、そいつらを整理してまでマナミを選んでくれたのかもしれない。モヤモヤだけでお別れにするにはもったいなさすぎるだろうが。

 三か月後に行ったよ、瞬さんのマンションに。これが広いんだよね。4LDKにウォークインクローゼットまであるんだもの。でね、部屋を見て回るとちょっと違和感があったんだ。妙なとか、変なじゃないし、他の女の影でもないよ。

 他の女の影は気になって仕方が無かったから、それこそ目を皿のようにして探したし、同棲してからも探し回ったけど結論から言えばゼロだ。それぐらいはマナミも女だからわかる。

「だから三か月待ってもらった。片付けるのに手間がかかってしまって」

 瞬さんの今の本業はライターであり、小説家だ。こういう職業の人は書くための参考資料が必要なんだ。ネット時代になって減ってる部分はあるかもしれないけど、それこそ書けば書くほど溜まっていく感じで良いみたいらしい。

 瞬さんの場合はそれが部屋三つ分を埋め尽くし、積み上がっていたみたいだ。だから生活スペースとしては、寝室兼書斎とリビングだけ。でもそれじゃ、いくら4LDKあっても同棲なんか出来ないから、

「一部屋だけは資料庫にさせてもらうけど、残りはトランクルームに運び込んだ」

 それだけじゃないんだ。マナミの部屋も用意してくれたけど、二人の寝室まで用意されてた。ダブルベッドが鎮座していたし、部屋の内装だってまさにマナミ好みそのもの。

「こういうのが好きだと思って・・・」

 三か月も準備期間が必要だったのは資料の整理だけじゃなく、マナミを迎え入れるためにリフォーム工事までやってたんだよ。だから二人の寝室だけじゃなく、マナミの部屋も、リビングも、浴室も、トイレだってマナミの好みどころかマナミの理想にド真ん中のストライクなんだよね。

 カマイタチ恐るべしだ。ここまで人を見抜けるかと思ったけど、瞬さんなら朝飯前かもね。そうやって同棲生活が始まってしまったのだけど、これも変わってると言えば変わってるかも。共同生活だから家事分担が出て来るけど、

「洗濯とか注文があったら言ってね」

 マナミは会社勤めだけど、瞬さんは作家だから自宅が仕事場じゃない。だから家の事はすべてやるって言うんだよ。この辺は学生時代から自炊してたし、前妻と離婚してたからやってたのはわかるけど、マナミもビックリさせられるほど手際が良いのよ。

 家事と言えば炊事、洗濯、掃除って事になるけど、料理は美味い。それもマナミの好みにピッタリなだけじゃなくヘルシーなんだ。良く女が男を落とす時に胃袋を掴むって言うけど、マナミの胃袋も鷲掴みにされちゃったもの。朝夕だけでなくお弁当まで作ってくれて参っちゃった。

 掃除だって隅々までピカピカだし、洗濯だって、それこそ服のたたみ方、整理の仕方までマナミ好みなんだ。掃除はまだしも、洗濯はさすがに抵抗があったんだよ。だって下着まであるじゃない。それも言ったけど、

「分けると手間がかかるじゃないか」

 押し切られてしまった。そうそう同棲って共同生活じゃない。生活費をどうするかも当然ある。マンションは瞬さんの持ち家だから家賃は良いとして、光熱費とか、水道代、言うまでもないが食費もある。この辺の分担だって、

「マナミさんだって欲しいものはあるだろうから・・・」

 すべて瞬さんが出してくれた上にお小遣いまでってなんなのよ。マナミだって働いてるし、お給料だってもらってるし、そのお給料で今まで自活して来てる。それがだよ、もろもろの家計も、家賃も、光熱費も、水道代も、すべて負担がなくなった上でさらに小遣いってなんなのよ。


 同棲期間の捉え方はあれこれあるけど、相手が結婚相手に相応しいか見極める意味もあるけど、一方で自分がいかに結婚相手に相応しいかの最終アピール期間でもあると思ってる。これは二人の関係であれこれ変わるだろうけど、マナミならその部分は大きいのよ。

 女なら家庭的な面のアピールは必要だと思うのよ。この辺は、女だから家事全般を引き受けるのは昭和の古い考え方って意見も強くなってるし、マナミだって家事分担はそれなりに必要ぐらいは思ってるよ。

 もちろん家事分担と言っても相手によりけりだ。家事分担が必要になる前提は女もちゃんと仕事をしているのはある。もうちょっと言えば女の収入が家計のために必要不可欠になってるもあるからだ。

 けどさぁ、瞬さんならマナミを余裕で専業主婦に出来る経済力はある。だから同棲になればマナミの家事能力を試されると思ってたんだ。だってだって、他に何を見るって言うのよ。だから気合を入れてたし、これでも専業主婦経験者だから自信もあったんだ。

 なのに蓋を開けてみれば、それこそ一緒に住んでるだけ状態じゃない。これでは良くないと思ったから、退路を断つために仕事を辞めて専業主婦に専念する相談もしたんだけど、

「どうして仕事を辞めないといけないんだ。まだ同棲させてもらってるだけじゃないか。もし別れる事になったら困るだろ」

 それはそうなんだけど、これじゃあ、完全過ぎるお客様扱いじゃないの。同性のはずなのにニート状態にも思えてしまうぐらい。そりゃ、居心地は文句の付けようがないぐらい良いけど、ふと思った。マナミって何者なんだって。

 たかがブサイクチビのアラフォーのバツイチ、子豚体型の子宮レス女に過ぎないんだよ。それなのに、まるでどこぞのお嬢様どころかお姫様扱いじゃない。皇室のモノホンのお姫様より丁重に扱われてる気さえする。もしかして前妻との結婚時代も、

「あの頃か。家政婦さんがいたからね」

 ガチのお嬢様だったから、一切家事が出来なかったそう。だから家政婦と言うより専属の執事みたいな人が付いて来ていたみたい。

「執事というより爺やと婆やみたいな人でした」

 それも代々の爺やと婆やで前妻の子どもの頃からって・・・どんなセレブの世界なんだよ。前妻の実家は資産家だって聞いていたけど、どうも半端な資産家じゃなかったみたいだ。

「戦後の財閥解体とか、相続税問題には苦労されたみたいだけど・・・」

 よくわからないけど投資かなんかで資産を築き上げたとか何とか。その資産のトンデモなさは、瞬さんの前妻時代の新居はマナミが聞く限り、実家の別邸だったみたいなんだ。そう別宅なんて規模じゃなく別邸だ。だったら実家はってなるのだけど、

「遺産相続の時に売り払ったのですが、ここです」

 はぁ?、はぁ?、はぁ?、このタワマンがかつての実家のお屋敷だってか。

「庭にかつての名残がありますかね」

 あそこか。タワマンなのに妙に年季の入った立派な池がある庭があるのだけど、あれがかつてのお屋敷の庭の一部だったのか。そうなると、

「その通りです。当時の庭の片隅だけ残っています」

 片隅っていうけど、元は金閣寺の庭園ぐらいあったんじゃないかと思うぐらいだ。

「家を売った代償の一部としてこの部屋をもらっています。あれこれ相続税対策もありましたし、一人暮らしならこれで十分です」

 このマンションはタワマンの一室だけど、これじゃわかりにくいよね、タワマンと言っても一棟じゃないんだよ。タワマン群なんだ。それが全部前妻の実家の敷地ってどんだけなんだよ。

 どこまで聞いても現実感が無さすぎる話なんだけど、そんだけのセレブの家から政略結婚を持ち出されたら断れる男はいない気がした。女だってそうだろ。マナミには縁遠い話だけど、かなりどころでないぐらいビビった。

「前の妻の家がセレブだっただけで、ボクは庶民の育ちですから」

 そ、そうだと信じたい。