ツーリング日和21(第3話)故郷のお祭り

 マナミの故郷はどこにでもある少子高齢化で苦しむ地方都市って感じかな。かつては大工道具で栄えていたし、今でも有名な職人さんはいるらしい。けどね、大工道具も今は電動工具の時代で、その波に乗り損ねちゃって、はっきり言わなくても斜陽産業になってしまってる。

 だから旧市街なんてホントに活気が無くて、マナミの子どもの頃に比べても寂れ行く街をヒシジシと感じちゃうぐらい。だけどそんな街だって活気づく日があるんだ。それは秋祭りだ。

 地元では屋台と呼ばれるダンジリみたいなものが何台も出てきて、お宮さんに集まって来るのだけど、この宮入の時がお祭りのクライマックスかな。だってだって、八十七段の急な石段を担いで登るんだ。

 マナミのお祭りが大好きだったから、屋台を担いでみたかったけど、あれを担げるのは男だけなんだよね。これは神事だからって理由もあるとは思うけど、そりゃ重いのよ。あんなものか弱いマナミじゃ絶対に無理だ。

 結婚してた頃はお祭りを見に行くヒマも余裕もなかったけど、久しぶりに見に行きたくなったんだ。瞬さんも誘ったら一緒に行こうとなって、今日は故郷へのマスツーだ。いつもは瞬さんが先導だけど今日はマナミだ。

 ルートはシンプルに新神戸トンネルを抜けて、呑吐ダムの湖畔の道を走り、御坂神社を左に曲がるだけ。後はひたすら道なりに走れば旧市街に行けるからね。走りながら考えていたのはどこにバイクを停めようかだった。

 小型バイクだからどこだって停めれるようなものだけど、それなりにでもちゃんとしたとこに停めたいのはあるのよね。これはマナーの問題もあるけど、変なところに停めて悪戯されたくないのも大きい。

 そんな人は少ないんだけど、やられたら後味悪すぎになるじゃない。今日だったらお祭りを楽しんだ後に帰ろうと思ったら・・・なんてなったら最悪だもの。地元だからあれこれ考えたのだけど、とりあえず目指したのは旧市役所の跡だ。

 そこが無料駐車場になってるのは調べてたし、あそこからならお宮さんも近いのよ。だけど入ってみたら、やっぱり満車だった。そらそうよね、地元に人なら歩いて参加できるけど、遠方の人も集まってくるもの。ここがダメだったらって次を考えてたら、

「マナミさん、こっちに停められますよ」

 なるほど! 駐車場は一杯だけど、バイクだから停められるスペースさえあれば良いのか。ここは観光協会にだったはずだけど、たしか移転して閉鎖されてるはず。だったらこっちに入り込んで停めといても良いだろ。ここに停めたって誰も文句を言わないはず。

 そこから歩いて行ったのだけど、あるある、あるある、夜店がズラリだ。お祭りを見に来てる人だって多いよ。各町の法被を羽織った人なんて見ると、いかにもお祭りに来たってテンションが上がってくる。さて、まずはお参りだ。そのために石段を登るのだけど、

「その屋台って、本当にこの石段を登るのか?」

 そう言いたくなる気持ちはわかるよ。それぐらい急な石段だものね。瞬さんと幸せになれるようにしっかりお願いしてお祭りタイムだ。タイ焼きでしょ、たこ焼きでしょ、ベビーカステラでしょ、おでんでしょ、フランクフルトでしょ、それから、それから・・・

 ビールぐらい飲みたかったけど、さすがにバイクだからそこは我慢だ。そうやって過ごしているうちに聞こえて来たぞ、

『ドンデドン、ドンデドン』

 屋台は太鼓を打ち鳴らしながら進むのだけど、その音が段々と大きくなってくると、周囲のテンションも上がってくる。やがて参道にハタキを振る人が見えてくる。これも昔からそうだったとしか言いようが無いのだけど、屋台の前後を付いて歩く人はハタキを振るのよね。子どもが多いかな。マナミも振ったことあるよ。

『ヨイヤサ~、ヨイヤサ~』

 掛け声も聞こえてきて先頭の屋台が見えてきた。へぇ、水引とか座布団を新調したみたいだ。これは綺麗じゃないの。綺麗と言うより豪華絢爛って感じだけどね。

「座布団って?」

 高欄掛けの事よ。石段下まで屋台が進んできて、そこに石段の上からロープが下ろされる。命綱って言うんだけど、これを屋台に結び付けてみんなで引っ張るんだ。マナミも引っ張ってた。

「ホントに登るんだ」

 登らなきゃ宮入できないでしょうが。こんな屋台が全部で八台あるのだけど、

「おいおい、あの屋台はロープを使ってないぞ」

 そうだよ。最後に宮入する屋台は命綱なしで登るのが伝統なんだよ。お宮さんの熱気は最高潮になる。轟く太鼓の音、威勢の良い掛け声、観衆のどよめき。これこそ祭りだ。来てみて良かったよ。

 祭りはこの後も境内での練りがあり、休憩時間を挟んで石段を下りまで続くのだけど、そこまで付き合ったら夜も遅くなるから帰らせてもらった。帰ってからだけど瞬さんがあれこれ調べものをしてた。瞬さんが調べものをするのは商売の一環みたいなものだけど、

「わからんなぁ」

 瞬が関心を持ったのは屋台、それも屋根の形みたいなんだ。故郷の周辺で屋台と言えば布団屋根なんだけど、屋根の形は反り屋根型と平屋根型あるのよね。故郷なら二台目と四台目が反り屋根型だけどそれの何がわからないの?

「どうしてマナミさんの故郷の祭りに反り屋根型の屋台がいるかだよ」

 な~んだ、そんな事か。それぐらいは知ってるよ。二台目の先代は台風の時に屋台蔵がぶっ壊れて、その時に北条町の屋台を買って来たんだ。四台目も理由まで知らないけど北条町から買ったって聞いた事がある。

「なるほど、そうだったのか。マナミも知ってると思うけど播州の屋台は・・・」

 播州で代表的な祭りと言えば灘のけんか祭りだけど、あそこの屋台は神輿屋根型なんだ。灘のけんか祭りだけではなく播州全体で言えば西が神輿屋根型で、東が布団屋根型の分布になってるぐらいは知ってるよ。

 これはマナミも知らなかったのだけど布団屋根型は泉州で発生して瀬戸内海沿岸に広がったみたいなんだ、播州の布団屋根型はおそらく淡路から広まったと考えられてるようだけど、泉州にも淡路にも反り屋根型は無いみたいなんだって。

 播州のオリジナルになるようなんだけど、この反り屋根型は分布を見ると神輿屋根型地域と布団屋根型地域の接触するところが多いらしい。故郷の祭りは平屋根型地域なのにそこに反り屋根型があったのが最初の疑問だったんだろうな。

「どうして播州が神輿屋根型と布団屋根型に分かれたのかはわからなかったな」

 この辺は地域の好みぐらいにしか言いようが無いって。布団屋根が発生したのは泉州だそうだけど、

「泉州にしろ、摂津にしろ、担ぎ屋台じゃなく、引っ張るタイプのダンジリが主体なんだよ」

 泉州と言えば岸和田の喧嘩祭りだものね。それはそうと播州オリジナルの反り屋根型ってどこから生まれたの。

「そこまでは調べ切れかったけど、どうしてああなったかの仮説ぐらいは立ててみた」

 瞬さんの見るところ、神輿屋根型と反り屋根型には幾つか共通点があると言うのよ。

「平屋根型は虹梁だけど反り屋根型と神輿屋根は井筒になってて・・・」

 妙に細かすぎてわかんないよ。マナミでもわかったのは神輿屋根型屋台にもバリエーションはあるけど、屋根の四隅に上向きの派手な金具を付けているものが多いそう。反り屋根はそれに似せようとしたんじゃないかって。

 それと反り屋根型は屋根の真ん中が盛り上がってるのだけど、あれは神輿型屋根を似せた名残じゃないだろうかって。言われてみれば類似していると言えば類似してる。でもさぁ、でもさぁ、そんなに神輿屋根型にしたいのだったら素直に神輿屋根型にしたら良いのじゃないの。

「マナミの言う通りなのだが、そこは地域性の縛りぐらいしか今は言えないな」

 平屋根型を反り屋根型にするぐらいは許容されても、布団屋根を神輿屋根にするのは地域のルール破りみたいな感じかな。事は祭りだからあるかも。

「この辺はマナミの故郷でも神幸祭のためにお神輿が出るから、それと似ている神輿屋根型が拒否されたはあるかもしれない」

 言われてみれば・・・神様が乗り間違えたら良くないぐらいかも。だったら神輿屋根型の多いところはどうだの話は出て来るけど、

「そもそも神輿屋根型のルーツもはっきりしなかった」

 そうなのか。そうそうこれも反り屋根型発生の仮説みたいなものだけど、屋台って豪華になっていく傾向があるのは同意だ。その豪華さで神輿屋根型が先行していたのじゃないかって。

 お祭りは見栄の張り合いの部分が大きいから、布団屋根型を豪華さで先行していた神輿屋根型に近づけようとして反り屋根型が発生したのかもしれないって。お祭りの屋台一つにしても歴史ありだよな。

「それにしても面白いネタが見つかったよ。この辺のルーツを探るためにお祭りツーリングなんて面白そうじゃないか」

 そこか! ライターって大変だな。こうやって新しいネタを常に探しておかないと食って行けないのかも。でもお祭りツーリングは面白そうな気がする。マナミもお祭り大好きだし、灘のけんか祭りみたいなメジャーなところはともかく、お祭りならバイクの方が行きやすい気がする。マナミも行くぞ。