ツーリング日和21(第14話)出雲街道

 瞬がまたツーリングに行こうって。それもお泊り付きだし、城崎よりロングツーリングなんだ。

「マナミも慣れて来てると思うから・・・」

 城崎ツーリングは純粋に遊びの旅行だったけど、今回は瞬の仕事がらみのツーリングなんだ。瞬は何本か連載を抱えてるけど、その中に歴史街道をツーリングするシリーズがあるんだよね。

 昔の街道をバイクで訪れて紀行文を書くぐらいのスタイルだけど、なかなか人気があって単行本として出版されてるぐらい。飯の種でもあるから、妻になる予定者としては取材にも協力しないといけないのよ。

 瞬との同棲生活は快適なんてものじゃないのだけど、妻になる予定者としてポイントを稼いでいるかと不安な点は正直なところあるんだよね。だって家事は瞬が完璧すぎるぐらい専業主夫やってくれるもの。それこそ仕事から帰ったらお風呂が沸いていて、夕食が準備されていて、

『お風呂にする、それとも先にご飯にする』

 この世界なんだよ。さすがに、

『ボクにする』

 これはないけどね。たいていはまずお風呂に入って、それから瞬さんのヘルシーで美味しい食事を頂いて、お酒も少し飲ませてもらって、食後は、

『こんなの買ってきたのだけど一緒に食べようよ』

 そこからマッサージまでしてもらうこともあるもの。もう上げ膳据え膳の生活どころじゃないのよ。部屋中はピカピカに磨き上げられてるし、シーツだって毎日洗濯されていて気持ち良いもの。朝だってマナミが起きる頃には朝食の用意が整ってるのだものね。

 こんな結婚生活になるのなら、誰だって嬉しいし、これでプロポーズされてNOなんて言うのはいないはず。だからマナミの瞬への評価は花丸合格以外にないの。けどさぁ、けどさぁ、これっておかしいところがあり過ぎる。

 女だから、男だからって言うのはおかしいのはわかってるけど、これって女がポイントを稼ごうとするところじゃない。それだって、共働きとはいえ女の収入が多いのならまだしも瞬の方が圧倒的に多いもの。

 なにが本来かなんか言い出したらキリがないけど、収入で言えばマナミが専業主婦して同じことを瞬に提供すべきじゃない。そうやって、

『この人なら夫婦やっても良いな』

 ここに持って行くってこと。マナミだって家事は出来るし、同棲するときにそうするつもり満々だったのよ。だけど現状はあべこべなんだよ。マナミだってこんな現状に甘えたらいけないって思ってるよ。

 だけどね、とにかく手際が段違い。あのクラスになると家事代行のプロさえ越えてる。そうだね、家事代行のプロがさらなるスキルアップを目指す時に招かれるカリスマ講師クラスだ。さらにどうしようもないのが、とにかくマナミをそこまでお世話するのが自分の生きがいだみたいなオーラがビンビン伝わって来るんだもの。


 ならば別のところでポイントを稼がないといけない。もちろん夜の営みは頑張ってる。頑張ってるけど、これだって性欲マシーンの元クソ夫にやられまくって、もう開発の余地はないと思ってたけど、いともあっさりニューワールドに連れて行かれてしまった。

 とにかく凄いのよ。女っていくらでも感じることが出来るって言われてるけど、その言葉がホントだとベッドに臨むたびに痛感させられてる。夜の営みだけで完全にメロメロにされてしまってる。

 そうされているのに何の文句もないのだけど、これって瞬も楽しんでくれているのかなんだ。これも情けないって言われそうだけど、余りにも良すぎて瞬の反応を見る余裕さえゼロなんだよな。このバツイチ女がだよ。とりあえず求めてくれるから嫌がられてはないと思ってるんだけどね。

 夜の営みは共同作業とはいえ、なんかすべて瞬が提供してくれるものをマナミはひたすら享受しているようにしか思えなくなっている。言い換えればマナミが瞬になにか提供しているものはあるのかってね。あからさまに言えば、マナミでなくちゃいけないものが果たしてあるのだろうかの不安だ。

 だから今度の取材旅行には気合が入りまくってる。ここでなにかポイントをゲットしないとマナミの存在価値がないじゃないの。いわゆる内助の功ってやつだ。瞬は売れっ子小説家じゃない。そういう人の妻って、夫である小説家の成功を支えるのが一番重要な役割だろ。

 これだって、本来は日常生活を少しでも仕事しやすく整えるのがメインのはずだけど、それはまったく出来ていない。現実はマナミが少しでも快適に仕事が出来るように整えられてしまってるもの。

 出石で人力車に乗った時に『マナミ姫様』って瞬に言われたけど、あれって本気でそう扱われてしまってると思うことがあるのよね。だけど、どこをどう間違ってもマナミはマナミ姫じゃない。


 瞬が取材ツーリングに行くのは出雲街道だ。出雲って付いてるから今の島根県に通じる街道だと思うけど、終点は出雲大社なのかな?

「出雲街道の終点は松江なんだけど、松江まで行けば出雲大社にお参りしたくなるのは人情だろ」

 今だってそうだけど観光旅行と言えば神社仏閣の見学は欠かせないものね。江戸時代の物見遊山だって基本は同じのはずだから、松江まで行けば出雲大社の参詣がセットになり、出雲街道の終点が出雲大社みたいになってる面もあるみたい。だったらスタートは、

「姫路の飾西だよ。ここで西国街道と合流する」

 山陰の大名たちは出雲街道から西国街道を歩き、さらに京都から東海道で江戸を目指したんだろうな。そんな大旅行を毎年するのもお殿様商売だものね。

「だけど今回はスタートの飾西からじゃなく、三日月からにするからね」

 これは純粋にモンキーの都合がある。姫路にクルマで行くのなら、

 阪神高速神戸線 → 第二神明 → 加古川バイパス → 姫路バイパス

 これぐらいが思いつくけど全部モンキーでは走れない。山陽道も同上だ、瞬さんも姫路までツーリングしたこともあるそうだけど、

「懲りた。あんなところにマナミを連れて行くものか」

 どう走っても延々たる市街地走行にしかならないものね。ちなみにスタートの飾西から三日月の間は?

「千本宿、觜崎宿だよ」

 即答かよ。三日月までのルートは瞬とマスツーしてるのよ。乃井野陣屋があるところが三日月宿だからね。とは言うものの、日帰りなら限界に近い距離だからたっぷり四時間はかかった。

「ちょっとだけ取材に付き合ってね」

 もちろんです。ここで嫌がるのは論外だろうが。三日月宿は乃井野陣屋と志文川を挟んであるのよね。寂れ行く田舎町なんだけど、

「ほら、あのお寺なんて立派だろ。あれぐらいのお寺を建てるぐらい栄えていたと思うよ」

 たしかに。本陣まで残っていたのだけど非公開なのは残念だった。今でもちゃんと住んでる個人の家みたいだからしょうがないけどね。駆け足だけど三日月宿を見学して、いよいよ出雲街道だと言いたいところだけど、前の時にも行った道の駅へ。

 ランチを楽しんで三日月から十分ぐらいで佐用だ。ここもかつては重要な宿場だったみたいで、

「北に向かえば因幡街道だよ」

 因幡と言えば白ウサギだけど、江戸時代は因幡とその西隣の伯耆を領土にした因州鳥取藩池田家がある。池田家は因幡街道を南下してきてこの佐用宿で出雲街道に入っていたのか。こういう街道が合流するところは人通りも増えるだろうから栄えていたはず。

「そうだろうけど、西国の殆どの大名が通ったはずの東海道より落ちるけどね」

 それは比べたら可哀そうだ。今の佐用は単なる田舎町だし旧街道の名残みたいなものもほとんど無いみたいで瞬は走り過ぎて行っちゃった。佐用からは佐用川に沿ってしばらく走り、川から離れたぐらいで、

「ここが上月だよ」

 ここは聞いた事あるぞ。秀吉の播磨侵攻の時に最初の焦点になった城があったはず。

「山陰の雄、尼子氏終焉の地になる」

 佐用から十五分ぐらい走ったところで、

「国道から外れます」

 ここは土居宿になるらしいけど、古そうな家が道の両側に立ち並んで、そういう目で見ると宿場っぽいよな。きっと江戸時代から続く家だってあるはずだ。そんな宿場町の西のはずれに門が立ってるぞ。

「再建ですけど西の惣門です。こんな門が宿場町の東西にあったようです」

 日暮れとともに閉まるはずだから夜旅に利用できない宿場だったんだろうな。さらに二十分ぐらい走ると、

「勝間田宿に行きます」

 ここはさらに宿場町っぽいぞ。見るからに江戸時代からって家が残ってるもの。

「ここは大きな宿場町で、主に津山藩が宿泊した下山本陣と、松江藩と勝山藩、宮家や勅使が宿泊した木村本陣があったんだよ」

 本陣が二つあるって珍しいのじゃないのかな。他の宿場がどうかは知らないけど大きい方だよね。三日月宿や佐用宿、土居宿とは規模が違うのはわかる気がする。でも本陣が二つのなのは・・・気にし過ぎだよね。