ツーリング日和20(第19話)スペインバル

 ツーリングの天敵は都市部の市街地走行だけど、他にも天敵がいる。それは季節だ。とにかく体を剥き出しにして走るのがバイクだから夏は照り焼きになるかと思うほど暑いし、冬は冷凍食品の気持ちが良くわかる。

 そんな季節をものともせずに走るのもいるけどマナミはゴメンだ。いや、走ってはみたけど懲りた。暑いものは暑いし、寒いものは寒い。冬なんて冬用グローブをしてたって凍傷になるのじゃないかと思うぐらい凍えるもの。

 そうなると瞬さんとのツーリングもなくなる。瞬さんも真夏や真冬はツーリングを避けてるみたいなんだ。

「その代わりに部屋に籠って書いてます」

 春とか秋のツーリング取材を踏まえて新作を執筆してるみたいだ。冬にツーリングが中断するのはわかるし、誘われたって行きたくないのだけど、そうなると瞬さんに会う理由がなくなってしまうのよね。それはそれで寂しいと思ってたのだけど、

「夕食でも如何ですか?」

 誘われた。聞いた瞬間に舞い上がった。だって夜のお誘いじゃないの。食事だってお酒が入るだろうし、夕食が終わってからだって『もう一杯』ぐらいはない方が不自然だ。その流れからホテルでドッキングだってあるのが女と男だろ。

 いきなりドッキングまではさておき、女と男が二人っきりで夜の街で夕食を取るのは、誰がどう見たって二人の距離がまた縮まる以外の意味はない。そりゃ、パンツまで厳選して待ち合わせ場所に行ったもの。どんな流れになっても対応できるようにしておくのが女の嗜みだ。

 待ち合わせは三宮駅だけど、ここも随分変わったな。三宮は現在再開発の真っ最中で、その一環として阪急の駅ビルを建て直しちゃったもの。それに伴って阪急三宮の東口改札口も大改装されてるんだよ。

 あれこれ変わった部分はあると思うけど、改装の結果として人の流れが少し変わった気がするな。三宮駅は待ち合わせのメッカでもあるのだけど、改装前は阪急の東口の階段を下りたぐらいのところも多かったんだ。

 えっと、えっと、本屋さんがあったと思うけど、その店の前にずらりって感じで並んでたもの。その辺の配置とかスペースもだいぶ変わってるけど、待ち合わせ風の人は少ないな。改装前より広々してると思うけど、なんでだろ。

 理由なんてわかるはずもないけど、指定されたのはエスカレーターを下りて突き当たったあたり。後ろにATMがあるな。そろそろ待ち合わせ時刻のはずだけど、

「待たせてゴメン」
「今来たばっかりだよ」

 我ながら定型句だ。ちなみに今来たばっかりじゃない。気合が入り過ぎて二時間前には着いてた。だって待たせたら悪いじゃない。さて、どこ行くのかな。まずサンセット通りを西に行くようだ。

 ここも変わったものだ。EKIZOになってるのもあるし、歩行者天国になってるもの。ここにクルマが当たり前のように走っていたなんてウソみたいだ。途中で曲がらないから生田筋まで行くみたいだ。

 予想通り生田筋から山側に上がったけど、東急ハンズもなくなっちゃんだよね。何回も行ったことあるし、いつ行っても混雑してたから儲かってたはずだけど、

「最近は行ってないのじゃないですか」

 結婚してからは行ってないな。いやその前から随分行っていない気がする。

「ネット通販に負けたで良いと思います」

 ハンズの売りは値段じゃない。むしろ割高だったで良いはず。その代わりにハンズじゃなければ買えないものが多いのが魅力だったけど、

「ハンズが栄えてた頃はそうでした。だけど今ならネット通販で探せますし、値段だって安くなっています」

 言われてみればそうかもしれない。そうなってしまってるのはハンズだけじゃないはずだ。ネット情報だけで買う人も多いし、どうしても実物を確認したい時には、

「店舗に見に行きます。そこで値段も確認してネットで探して買っているのじゃないですか」

 そ、そうなってる。そうやってお目当てを探してるうちにもっと魅力的な商品が見つかって、そっちを買う事だってあるものね。だから家電量販店すらかつての勢いはなくなってるのか。

「安さで勝負するならドンキクラスになりますからね」

 これも時代だな。でもここにハンズがないのは寂しいのだけは本音だ。かつてのハンズ横を通り過ぎて生田神社の鳥居の前で右に入った。東門街に入るのかと思ったら、

「ここに行きます」

 二階に階段で上がって店内に。席に案内されたけど、なんの料理の店なんだ。

「スペインバルです」

 そうなるとスペイン料理か。初めてだな。というか神戸でもスペイン料理は珍しいかも。

「多くはありませんがカセントはスペイン料理です」

 その店、名前だけは聞いたことがある。神戸ミシュランの三ツ星だよね。予約を取るのさえ困難な店って話だ。そんな店に行ったことあるの?

「何度かは・・・ただし接待でした」

 そんな店で接待なんてあるのか。接待でも羨ましいな。

「人にもよるでしょうが、接待飯って気ばかり使って食べた気がしませんでした」

 経験ないけどそうかも。そりゃ、接待した客をもてなさないといけないから気を遣いそうだものね。それでも接待される方になれば、

「あれも人によって変わると思います。どっちも経験しましたがメシぐらい気楽に食べたかったです」

 まあ接待って接待する人は良い気持ちにさせないといけないだろうから、それこそ歯の浮くようなお世辞を並べ立てるんだろうな。接待される方だって、そうされるのを期待してるだろうし、少しでも機嫌を損ねようものなら、

「まあそういうことになります。これは接待される方も接待する方の機嫌を損ねるのも良くないですからね」

 あくまでもビジネスとの延長と言うか、一環と言うか、

「もろビジネスですよ。あれこれ失敗談もたくさん残されています」

 でも上に出世するほど接待飯は増えるのか。まあそうだろうな。食事をともにすることで個人的な親密度を上げたい人はいくらでもいそうだ。

「それもありますし、接待できるほどの関係であるの横並びの競争意識もありますから」

 それはそうと食事だ。メニューを見てるけどなんだこりゃ。フレンチや、イタリアンでもそうだけど料理名のカタカナがわからん。それとだけど、今日はアラカルトだけどスペイン料理の組み立てってどうなってるんだ。

「カセントぐらいになればフレンチと基本は同じと言うかコース料理になりますが、ここはバルですよ」

 そのバルってなんだと聞いたらバーのことらしい。でもバーって女の子をお触りするどこのはず。

「スペイン語のバルの意味は居酒屋で良いと思います」

 居酒屋ということは、酒の肴で食事をしながら酒を飲むところって良いみたいだ。

「タパスは小皿料理の意味ですが、和風でしたら枝豆とか、厚揚げ豆腐とか、お刺身の盛り合わせとか、鶏の唐揚げとかで良いはずです」

 焼鳥はないのかな。

「この店にはないみたいですがピンチョスという串に刺した料理があります。その大皿が並んでいて、食べたいものを取って食べるスタイルのようです」

 それは楽しそう。今日は五種盛りのタパスにして、

「アビージョも欠かせません」

 アビージョってなんだと聞いたら、ニンニクを入れたオリーブオイルで煮込んだ料理らしい。それと店に入った時から気になっていたのがカウンターにあった生ハム。スペインにも生ハムがあるのか。

「ありますよ。有名なものならハモンセラーノかな。それにスペインにはイベリコ豚だってあります」

 ハモンセラーノなら聞いたことがあるし、イベリコ豚もスペインだよね。スペインも美食の国なんだ。

「今日はカジョスも食べてみませんか」

 カジョスってモツの煮込み料理らしくて、スペインではポピュラーなものなんだって。作り方も地方ごとに特徴があるらしいけど、ここのは牛の胃袋なのか。

「スペイン語でトリッパ、日本語ならハチノスになります」

 タパスとか、アビージョとか、ハモンセラーノだとか、スペインチーズだとか、カジョスとか楽しみなら飲むのはスペインワインだ。スペインもワイン大国らしくて、栽培面積なら世界一で生産量なら三位だとか。特徴は赤ワインが主体らしいけど、講釈はともかくこれは美味しいよ。

 ところでさ、スペイン料理の特徴ってなんだろう。まあフレンチとかイタリアンって言っても違いがよくわからないところがあるんだけど。

「ああそれですか。ボクも自信はありませんけど、レストランなら似たようなものになる気がします」

 この辺は技法が似たようなものになってるというか、混じり合って融合している部分もあるそう。

「だから和食と中華みたいに見ただけ、食べただけで違いがわからないと思います」

 日本人ならひっくるめて洋食にしてしまいそうだものね。

「強いて言えば魚介類を多く使うぐらいでしょうか」

 これもヨーロッパでも国の位置で変わるそう。ごくごく大雑把にいうと地中海に面しているかどうかぐらいかな。大西洋だって魚は獲れるはずだけど、

「イメージとして地中海は瀬戸内海ってところでしょうか」

 えらいスケールに差があるけど、そんな感じかな。そう言えばフレンチでも南仏はまた違うっていうものね。