ツーリング日和18(第14話)お好み焼き

 温泉の朝は朝風呂だ。朝食を頂いてからロビーでコーヒー。ここの温泉は飲めるのだけど、料理にもコーヒーに使われてるらしくて一味違う気がする。

「そろそろ行こか」

 いつもに比べるとゆっくりだな。もう九時だぞ、

「狭い日本、そんなに急いでどこに行く」

 しまなみ海道でしょうが! あそこだって渡るのに時間がかかるはずだし、そもそも出発点の尾道だってここから遠いはず。こんなにノンビリで良いのかな。もっともアリスの体にはありがたい。

 さすがに昨日のツーリングは応えたのよね。そりゃ、新門司から出発して、泊まったのは広島の山の中の温泉だよ。昨日だけで何キロ走ったんだよ。それもダックスちゃんだから全部下道のオマケ付き。

 ホントにあの二人はタフなんだよ。ほっときゃ、オールナイトで突っ走りそうだもの。もっとも、そこまでのムチャはしそうにないけどね。さて今日もひたすらまず西に走るで良さそうだ。

 風景的にはさすがに飽きてきたかな。これじゃ誤解されそうだけど、ツーリングロードとしては快適なのよ。道は二車線しっかりあるし、ヘアピンぐねぐねみたいな峠道は無いし、田舎道だから信号もクルマも少ないからね。

「贅沢なやっちゃな。気持ちはわかるけどな」
「これもツーリングだよ」

 地名で言うと安芸太田町、北広島町と通り抜けて、次は変わった地名だな。『さんじ』とか『みつぎ』って読むんだろうな。

「『みよし』じゃ!」
「三次の方に石投げられるよ」

 そう読めって方が無理があるじゃない。この調子だったら三次市に十一時ぐらいになるのじゃないのかな。この二人のランチタイムになるからお昼は三次かも、

「アリスも読んどるな」
「三次でお昼だよ」

 やっぱりそうか。でも三次と言われてもピンと来ないな。どうせなら名物を食べたいけど、何かあるのかな。

「昨日が山口県民熱愛グルメやったろ」
「だから今日は広島県民のソウルフードだよ」

 広島県民のソウルフード? えっと、えっと、もみじ饅頭とか、

「だからお昼ご飯だって」

 饅頭でランチはおかしいか。だったら、えっと、えっと、広島と言えば牡蠣だ。

「こんな山の中で牡蠣はないでしょ」

 それもそうだ。

「アリスわざと外してへんか」
「広島のソウルフードって言えばお好み焼きでしょう」

 ああそっちか。広島焼ってやつだよな。

「アリス、広島県民に刺されてもしらんで」
「マシンガンで撃たれたって文句言えないよ」

 広島焼とか広島風お好み焼きは広島県民以外なら普通に使うけど、広島県民にとってはあくまでもお好み焼きなのか。あれだな、明石の玉子焼きをタコ焼きと言ったら怒られそうだし、明石焼って言っても良い顔されないのと同じかも。

 どうしたって大阪のお好み焼きが全国的にはメジャーだから本家本元扱いにされちゃうけど、広島のお好み焼きも広島県民にとっては本家本元のプライドが高いんだろうな。でもどこが違うのだろう。そう言えばキャベツをテンコモリ入れてた気がするけど、

「広島のお好み焼き言うても一種類やあらへん。色んなバリエーションがあるねん。大阪のお好み焼きもそうやろ」
「でもまあ大雑把な違いだけ挙げると・・・」

 大阪のお好み焼きの基本は生地と具を混ぜるのか。たしかにそうだ、自分で焼く店もあるけど、その時はボールで生地と具を混ぜ合わせて焼くものね。ちょっと違うけどパンケーキを焼くのに近いかな。

 それに対して広島のお好み焼きは生地をクレープみたいに薄く焼いて、その上に具を積み重ねるのか。たしかに大阪のお好み焼きと焼き方が違うな。

「後は焼きそばと合わせるの多いよ。焼きそばの上にお好み焼きが乗っかってる感じ」

 ああそれ、テレビで見たことがある気がする。

「それとこの辺は伝説みたいなところもあるから話半分で聞いて欲しいのだけど、広島のお好み焼きがああいうスタイルに定着したのは戦争の影響もあるとされてるわ」

 戦後と言えば食糧難の時代があったぐらいは知っているけど広島はより深刻だったそう。その時に貴重品だった小麦粉をより有効活用するためにクレープみたいな薄い生地になり、比較的入手しやすかったキャベツをボリュームを出すためにゴッソリ入れたとか。

 これがどこまで本当の話かの真偽は定かじゃないそうだけど、そういうスタイルの広島のお好み焼きが美味しかったのだけは間違いないはず。もちろん戦後の食糧難期のオリジナルから改良に次ぐ改良が重ねられてるはずだけど、そのスタイルが美味しくなかったら定着なんかするはずないものね。

 そのせいかどうかはわからいけど広島ではキャベツの刻み方まで違うとか、そんな話を聞かされたらお好み焼きの気分になるけど、せっかく広島のお好み焼きを食べるのだたら広島市で食べたほうが良いのじゃないのかな。

 そりゃ、三次市だって広島県内だし、広島のお好み焼きは食べられるとは思うけど、ここでわざわざ食べるようなものなのかはあるじゃない。

「アリスの言いたい事はわかるで」
「だけどわざわざ三次で食べるのに意味があるのよ」

 なんだよそれ。まあ三次で広島のお好み焼きを食べたって悪くないけどね。三次市内に入ってきたのだけど、どこのお店に行くのかな。あそこはJRの駅だと思うけど、

「駅前ロータリーでターンするで」
「らじゃ」

 店はそっち側にあるのか。

「駐車場があるのは助かるな」

 バイク、とくに小型ならどこでも停めれるようなものだけど、出来れば駐車場に停めたいものね。へぇ、ここなのか、お好み焼き屋さんにしたらオシャレと言うかモダンだな。なになに、

『元祖広島流お好み焼き』

 ふ~ん、広島風はダメでも広島流ならOKなのか。店の中は鉄板が組み込んであるテーブルが並んでいていかにもお好み焼き屋さんの雰囲気だ。メニューも豊富だけど、さてどれが美味しいのかな。

「ここで食うのは一つや」
「これを食べに来たようなものよ」

 なんだよそれ、

「三次唐麺焼、三つ頼むで」

 待ってる間に教えてもらったのだけど、いわゆる三次オリジナルの広島のお好み焼きだそう。とは言っても昔からあるものじゃなく比較的最近出来たものなのか。

「三次の製麺屋さんが東京で色付きの麺のラーメンを見たのが始まりよ」

 そこから唐麺が出来たなのだそうだけど、色だけじゃつまらないと考えて味付き麺にしたのか、

「唐は辛いの『から』だし唐辛子の『唐』だよ」

 なんと麺に唐辛子を混ぜ込んだのか。これも最初はラーメンに使っていたそうだけど焼きそばにしてお好み焼きに組み合わせようとして工夫を重ねたで良さそう。

「これも三次にあった辛口カープソースと合わせたんだって」

 その成果は第五回広島てっぱんグランプリで優勝したぐらいだそうだ。あれだな三次オリジナルのB級グルメってやつだろう。待つことしばしで出て来たのだけど確かに麺が赤いよ。これはこれで美味しそうだとは思うのだけど聞くからに辛そうじゃない、あんまり辛いのは得意じゃないからおそるおそる食べてみると、

『美味しい♪』

 辛いのは辛いけど、どこかの料理みたいに唐辛子がすべての味を支配するようなものじゃない、どちらかと言うとマイルドな辛さで他の味を引き立ててる気がする。

「どこぞの放送局が押しまくってる激辛グルメとはちゃうで」
「あんなに辛いのが好きならデスソースなりハバネロソースを一気飲みでもすれば良いのにね」

 それ思った。とにかくいかに辛い料理かの能書きを垂れまくって、それを芸能人が悶え苦しみながら食べるのを見せて何が楽しいかと思うもの。そりゃ、世の中には辛い料理はあるし、辛い料理が好きな人がいるのは知ってるよ。

 でもさぁ、普通の人なら悶絶するだけの辛いだけの料理を自慢して何がしたいんだと思うもの。そりゃ、そういう需要だってあるかもしれないけど、そんなもの、

「アリスの意見に賛成。あそこまで行けばゲテモノ料理だよ。そんな料理をテレビで人気があるとか、これからのトレンドだって紹介する神経が理解不能だよ」

 だよね。あんなものせいぜいゲテモノ系のユーチューバーが追いかけるぐらいだとしか思えないもの。あれってやっぱり、

「それ以上触れたら祟り神が出て来るから要注意だよ」
「あれはあれでそういう国の文化やろうけど、あんなものがグローバルスタンダードになるはずあらへんし、日本人かって受け入れるかいな」

 そう言えばどこかで災害があってコンビニのカップ麺が棚から消えるぐらい売れた時に、

「あははは、商品棚にそれだけゴッソリ売れ残ってたな」
「あんだけ人気の一押し商品だってどこぞの放送局が絶賛してたのにね」

 そんな極北の激辛料理とはまったく違う美味しい辛口料理だよ。これならアリスだって美味しく食べられるもの。これはこれで美味しかったけど、やっぱりさ、スタンダードと言うか、王道の広島のお好み焼きも食べてみたいな。

「食べたら良いじゃない、特製炙りマヨネーズ焼も行けるよ」
「満腹横綱焼もボリュームあってエエで」

 そんなに食べられるわけないじゃないの。美味しいのはわかるけど三枚も食べるな。