ツーリング日和17(第13話)本性

 トンデモナイ夜になってしまった。まさまさかの告白を受けちゃったのよ。アリスだって冗談とか、座興で逃げようと懸命だったのだけど、とにかく徳永君は真正面からゴリゴリと押してくる、いや押しまくられた。

 徳永君は誠実にして純情だ。それだけでなく意志も固い、固すぎる。なんとか逃げようとしたアリスをガッチリ掴んで離さなかった。もちろん腕力じゃないよ、あんなもの使われたらゴリラだって逃げられるものじゃない。どんな事があってアリスを口説き落とす気だったとしか思えない。

 アリスにも弱味があったのが拙かった。つい徳永君に男としてトキメクと漏らしちゃったからね。あれだって、まさか口説かれると思わなかったからだけど、そこからゴリゴリって感じで押し込まれてしまったんだ。

 アリスが交わし切れなかったのはそれだけじゃない。トキメいたのも本音だったのよね。だって、だって、こんなにイイ男が現れて好きにならない方が不自然じゃない、そんなイイ男にグイグイ迫られたら、最後はどこにも逃げ場がなくなり、

「うん」

 こう言わざるを得なくなってしまったのよ。そうでもしないと一晩中でも口説かれそうな勢いと迫力だったもの。フラフラになって家に帰ったのだけど、なんとかしないといけない。

 交際は認めてしまったけど、この先はダメだ。徳永君にこんなハズレ女と結婚させてはならないもの。交際はイコールで結婚じゃない。アラサーだから結婚も強く意識するだろうけど、より相手を知ろうとするステップに過ぎないってこと。

 交際して、より相手の本性を知って別れるなんていくらでもある話だ。むしろ、そっちの方が多いはず。恋愛ってさぁ、すっごく醒めた言い方をすれば、自分の良いところを出来るだけ見せて、悪いところは伏せようとするものじゃない。

 これは誰だってそうのはず。そりゃ、良いところを見せて相手により好きになってもらいたいもの。でもね、どうしたって本性はある。本性だって隠し通したり、努力して変えてしまうのもあるだろうけど、そう出来ないものがどうしたって残るんだよ。

 交際を深めるとはお互いの距離を近づけることだけど、近づけば近づくほど本性は隠し切れなくなる。それがわかった時にどうするかも恋愛だ。満点の交際相手なんかこの世にいないから、美点と欠点の差引勘定が行われるとしても良いはず。

 欠点が許容しきれなかったら別れる選択は当然ある。まあ、結婚するまで隠し通したり、恋愛に浮かれて差引勘定が出来なくなったりもあるだろうけど、そういうカップルは結婚後に別れるのも普通にある。この場合は離婚になるけどね。

 でもってアリスの本性ははっきり言わなくても致命傷クラスだ。クラスどころじゃねぇ、致命傷そのものなんだよ。さらに言えば本性を直す気なんてサラサラない。だからハズレ女なんだよ。

 本性は隠す気はないけど積極的に教える気もない。友だちとか、ましてや知り合いレベルでも誰が教えるものか。なのに、なのに、交際を了承したからにはいつの日にかバレるじゃない。ましてや隠し切って結婚に持ち込む気なんてどこにもないからね。

 でもさぁ、アリスの本性を見せたら恋人関係が終わるだけで済むはずがない。友だちと言うより人として軽蔑され見捨てられる。だから交際を了承したくなかったんだ。恋愛感情の無い異性の友だちとか、飲み友だちぐらいでいて欲しかった。中学のクラスメイトだったから、それぐらいのお付き合いぐらい許されるだろ。

 でもこうなってしまっては仕方がない。こんなものはトットと見せてサッサと別れてしまうのが徳永君のためだ。アリスみたいなハズレ女を愛していると言ってくれたのは本音では嬉しかったけど、アリスはそう言ってくれた思い出だけで十分だ。


 作戦はシンプルかつ効果的なものにした。徳永君をアリスの部屋に招待したんだ。電話口でも徳永君が嬉しそうなのは伝わった。そりゃ、そうだろう。交際相手の部屋に招待される意味は一つしかない。もっと交際を深めたいの意思表示しかないもの。

 ここもぶっちゃけOKサインと受け取られたはずだ。アラサー同士だからそっちを考えない男はいないと思う。もちろん必ずそうなるわけじゃないけど、部屋を訪れるステップがそこにつながるぐらいは女だってそう考える。

『ピンポン』

 さすがのアリスもドアを開ける前に感傷的になったよ。開けてしまえば二人の友情は終わるってね。あんな告白さえなければ、きっと良い異性の友だちでいられたと思うと心が傷んだもの。

「いらっしゃい」

 アリスはすべてをあきらめた。このまま徳永君が帰ってもおかしくない。それも踵を返して帰ると言うより、裸足で逃げ出すに近いはず。

「こ、これは・・・」

 そう言うよね。言わない方が不思議だ。イイよ帰って。上がってもらうにもスペースなんてないもの。アリスの部屋は汚部屋であり、ゴミ屋敷でもある。足の踏み場どころか、床に何層も積み重なったゴミか何か得体のしれないものに覆い尽くされ、埋め尽くされている。アリスだって部屋を歩けば、どこかしらで、

『メキッ』

 とか、

『バキッ』

 こんな音がしょっちゅうするぐらい。ゴミの間のわずかなスペースでアリスは仕事をして寝てるだけの部屋なんだ。見たらわかるでしょ、アリスはね、こんなダラ女なんだよ。こんなアリスに夢とか憧れを持つのが間違ってるんだ。じゃあ、これでサヨナラね。

「しばらく通わせてもらいます」

 はぁ、今なんて言ったの。こんな部屋に何をしに通うって言うのよ。

「さすがに一日や二日でなんとかなるものじゃないですからね」

 えっ、この汚部屋を、このゴミ屋敷を何とかする気だと言うの。信じられないけど徳永君は言葉通り翌日から毎日通って来てくれて、猛然と片付けと掃除をしてくれたのを見て茫然とさせられた。

 アリスの部屋はアパートではあるけど2LDKで一人暮らしにしては広いのよ。その代わりかなり年季も入ってるから家賃も安いのがメリットだ。ボロアパートよりマシ程度かな。でも広さがあると言うのが、ここまでアリスが暮らせてこれた原動力になっている。

 だってさ、居間が二つもあるからそこに荷物を詰め込めるじゃない。もっとも、とっくの昔に開かずの間状態になってるけどね。寝室にしていた時代もあったけど、ベッドはリビングに運び込んでる。

 引っ越しも考えたことはあったけど、しなかったのはゴミ屋敷だったのが原因でもある。そりゃ、引っ越しをしようと思えば荷物を片付けないと行けないけど、考えただけで途方もない暴挙としか思えないじゃない。

 そんな汚部屋、ゴミ屋敷の片づけと掃除だから、徳永君はなんとなんとトラックで来たぐらい。部屋とトラックを何度も何度も往復して、トラックが一杯になったら帰るの繰り返しだった。

 一週間ぐらいしたら見違えるようになっていた。だってリビングの床が見えて、床がフローリングだったのをこれで思い出したぐらいだった。開かずの間だって開くようになって、ベッドはそっちに引っ越して寝室が復活してくれた。

 浴室も酷かった。浴室ってそれなりに掃除をしていてもカビが生えるじゃない、そのカビが生え広がって床も壁も天井も覆い尽くし、黒い浴室になってからね。それを根こそぎ磨き落としてくれたんだけど、明るいクリーム色になって、まるで他所の家の浴室じゃないかと思ったぐらい。

 リビングに隣接してキッチンもあったんだ。ここもとっくの昔に炊事を放棄して、なんでもかんでも物を突っ込み埋もれてしまっていたのよね。それも徳永君は発掘してくれただけでなく、コンロやグリル、シンク回りまでピカピカに磨き上げてくれたんのよ。

「これは買い直しますね」

 鍋やフライパンの類も発掘してくれたけど、もう赤錆でボロボロ状態だったんだ。包丁だってそう。そしたら買い直してくれただけじゃなくて、あれこれ買い込んで来てくれて、

「部屋で御飯が作れます」

 へぇ、料理も出来るんだ。もっとも男の手料理だから野菜炒めとかの類かと思ってたんだけど、包丁の捌きも堂に入ってるように見えた。

「お待たせ」

 テーブルに並べられた品数にまず驚いた。あんな短時間に何品作ってるんだよ。それもどれも本格的にしか見えないじゃないの。お味はどうかと思ったけど、まさに舌から電流が走ったんじゃないかと思ったもの。

 これは辛いって意味じゃないよ。美味しいの。まるでどこかのレストランじゃないかと思うほど美味しいのよ。よく女が男を落とすのに手料理を振舞うってあるじゃない、それで男の胃袋を掴もうとするのだけど、アリスの胃袋も掴まれてしまったのがはっきり分かったもの。

 徳永君の奮闘で汚部屋が綺麗な部屋になっちゃったんだよ。でもね、でもね、アリスの部屋はそんなに甘い部屋じゃない。徳永君だって仕事があるから毎日来れる訳じゃない。映画のロケの時なんか、かなりの長期出張になってたもの。

 徳永君が来ないと汚部屋化、ゴミ屋敷化のベクトルは速やか、かつ強力に進むんだ。他人事みたいに言ってるどアリスが諸悪の原因だ。久しぶりに来てくれた徳永君は驚きも呆れもせず、

「なるほど、これぐらいの期間でこうなるのか」

 嫌な顔ひとつせず、まるで当たり前のように片付けと掃除をしてくれるのよ、こんなものどう感謝しろって言うのよ。それ以前にここまでしてくれる人がいるのが信じられないじゃない、手際よく片付けてくれた後に、

「やっぱり一緒に住んだ方が良いよ。そうすればもっと綺麗にしてあげられるし、まともな食事だって作ってあげられる」

 汚部屋の主であるアリスと同棲しないかの提案だよ。

「それがアリスのためになる」

 それは間違ってるよ。アリスの『ため』じゃなく、アリスの『ためだけ』だ。でも同棲するとなるとやらなきゃならない事がある。それを済ませないと同棲なんて出来ないもの。