ツーリング日和20(第22話)花見

 楽しい夜の食事だったけど、あははは、なんにも起こらなかった。バーで飲んで電車で帰っただけ。あれからも何回か行ったけど、メシ食って、酒飲んで、楽しいおしゃべりをしてサヨナラだ。

 二人の間の距離こそ縮まったけど、ハグやキスどころか手さえつないでない。マナミだってバツイチとはいえ独身だから手ぐらいつないだって良いじゃないの。じゃあ、瞬さんに恋愛感情が無いかと言えば、これがわかんないのよね。

 ああやって誘ってるから好意はあるのは間違いない。嫌いな相手を誰が誘うかって話だ。問題は好意の質だ。ライクなのかラブなのかがさっぱりわからん。でもここの見切りは重要なんだ。

 ラブならこっちから突撃するのもありだ。そうやって最後の一線を突破する戦術だ。だけどね、ライクだったら自爆になりかねない。だってそうでしょ、恋愛感情のない相手に突撃されたって断るしかないじゃない。

 じゃあだけど、突撃して断られたらどうなるかって話だ。男女の関係って微妙と言うか、繊細な部分があるのよ。ここを恋愛感情がなければ友情で、あれば愛情って言えなくもないけど、今まで友情と思ってた相手に恋愛感情があるとわかれば元には戻れないところはあると思ってる。

 これって逆の立場ならすぐわかるでしょ。ただの男友達と思っていたのに、実は恋愛感情があるってわかったら、お付き合いを断ってもシコリが絶対に残るもの。男だって、断られたからっていきなり友情に戻れるはずないじゃない。

 とりあえず瞬さんと過ごす時間は楽しいし、瞬さんだって楽しいからマナミを誘ってるはずだ。ここまでは良いのだけど、ラブとライクの見極めをしくじったらすべてを失ってしまう。そうなのよ、たとえライクであってもこの関係は手放したくない。

 それに今はライクであっても、どこかでラブに変わるか可能性があるのが女と男だ。突撃するのはラブと見切れた時のみだ。ヘタレと言われようが今はそうする。待つのだって恋では重要な時間だ。


 そうこうしているうちに春が来た。ツーリングシーズンの再開だ。まだ肌寒いけど、春と言えばお花見だろう。花見も名所はたくさんあるけど、とりあえず吉野は遠い、遠すぎる。あんなとこに行こうと思えば大阪を乗り越え、奈良の南の方まで行かないとならないじゃない。

 同様の理由で京都もパスだ。清水寺なんてバイクで行ってどうするんだの世界だもの。他の京都市内の桜の名所も同上だ。バイク乗りなら、バイク乗りに相応しいお花見をするべきだけど、具体的にどこだと言われたら困るな。

 条件としたら桜が綺麗なのはもちろんだけど、そこが混雑してない方が良いな。混雑してるところはクルマで行っても大変だけど、バイクならなおさらの時がありそうじゃないの。だってだって、バイクを停めようと思っても駐車場が受け付けてくれるかどうかは、それこそ行って見ないとわかんないものね。だからと言って路駐はできたらしたくない。

 あれこれ頭を捻って考えてはみたけど思いつかないな。だってだよ、さらにモンキーでツーリングに行って楽しいが入るものね。そうこうしてるうちに桜の季節は終わって行く。これはおかしいか。桜前線が北上して神戸の桜が終わりそうだぐらいだよ。

 そうしてたら瞬さんからやっとツーリングのお誘いがあったんだ。どこに行くのだろうと思ってたのだけど、

「黒井です」

 それってどこだ。なんか腹黒そうな地名だな。どうするのかと思ってたらいきなり六甲山トンネルだ。でもそうだよな、桜前線は北上してるから北に行かないとないもの。六甲山トンネルから六甲北有料道路を走り抜けたら三田だ。フラワータウンを通り抜け国道一七六号に入ったところで、

「モーニングにしましょう」

 コメダだ。この辺で休憩は欲しいものね。トーストとコーヒーを楽しんで出発。篠山には行かないのか、

「篠山城の桜も見事ですが、人も多いですからね」

 篠山より北を走るのは初めてなんだよな。トンネルがあるけど鐘ケ坂トンネルっていうのか。そこを抜けたら下りになって街に入って来たけど、

「柏原です」

 そう言われたってピンと来ないんだよ。市街地を抜けて行くと大きめのロードサイド店が並んでいるような交差点で、

「右に曲がります」

 右って福知山、春日ってなってるけど福知山って京都だよな。春日はさっぱりわからないけどね。それと水分かれ公園ってなんだ。そもそも水が分かれるってなんなんだ。

「分水嶺のことですよ」

 なるほどって言いたいけど、分水嶺ってなんなんだ。そしたらまたトンネルがあっていきなり田舎に出たぞ。それでもこの辺の桜は満開みたいだ。しばらく走って、

「左に曲がります」

 この信号か。この辺が春日ってところみたいだけど、黒井はどこなんだ。橋があるけど・・・なんて桜並木だよ。川の両岸に桜が植えられていて、それが川の方に垂れ下がってアーチみたいになってるとでも言えば良いのかな。

「この辺に停めさせてもらいましょう」

 そうさせてもらおう。路駐はマナーとして良くないと思うけど、花見のお客さんは少ないな。というか、近所の人だけじゃないのか。こんなに見事な桜並木なのに見に来る人はホントに少なそうだ。でもこれは立派だよ。こんなものが神戸にあれば、

「バーベキューでもしてるかもです」

 それはすぐに禁止になると思うけど、屋台の一つぐらいは出るだろ。お花見を楽しんだら腹減った。

「道の駅があります」

 こんなところにあるんだ。バイクで少し走ると、あったけどおばあちゃんの里って名前か。人気があるみたいで広い駐車場が満車に近いじゃない。さてどこにバイクを停めるかだけど、

「あそこに並んで停めてますから、そうしましょう」

 広めの通路の片側にずらっと停めてるところだな。そこから歩いて行ったのだけど正式の駐輪場もあった。あったけど、

「屋根もありますけど、これだけでは・・・」

 あれじゃあ、五台も停められないよ。いつもながらのバイクへの扱いだ。駐車スペースに停めたって良いのだろうけど、ここがバイク乗りの微妙な心理と良識はあると思う。空いてるところなら迷わずそうするけど、混んでるところなら駐車スペースはなんとなくクルマ優先なんだよな。

 理想は駐輪場だけど、これがどこでもあるものじゃない、あってもどこにあるかわかりにくいことが殆どだ。というかさ、この道の駅の駐車場もこれだけ広いのに駐輪場はあれだけだもの。

 バイク乗りなんて例外的だって考えてるのが丸わかりなのよね。今さらって話だけどね。それよりこの辺の名物ってなんだろ。丹波だから黒豆はあると思うけどこっちにしよう。

「丹波赤鶏からあげ定食」

 ツーリングは腹が減るんだよ。瞬さんが教えてくれたのだけど、桜並木があった川が黒井川で、後ろの山に黒井城ってのがあるんだって。そのお城に黒井弾正って人が頑張ってて、明智光秀が攻めてきた時にも何度か撃退したらしい。たぶん郷土の英雄ってことになってるはずだ。だからここを黒井って呼ぶし、JRも黒井駅になってるらしいけど、どうして春日とも呼ぶんだよ。

「ここはもう一人歴史的有名人が生まれたところなのです」

 春日局ってどこかで聞いたことがあるぞ。誰だっけ。

「三代将軍家光の乳母で、大奥で権勢を揮った女性です」

 その女がここで生まれてるのか。だからここは春日町になっているで良さそうだ。

「今は丹波市ですけどね」

 丹波市って鐘ケ坂トンネルを越えてここまで全部そうだって言うの。

「いえいえ、ここから京都府に入るまですべて丹波市です」

 それって広すぎだろうが。ま、宍粟市もそんな感じだったけど、そこまで広域合併してまで市になりたいのかな。それでもこの辺だって少子高齢化してるだろうから、それぐらいしないと生き残れないのかも。

「ところで次のツーリングですけど武田尾に行こうと思ってるのですけど」

 武田尾は聞いたことあるぞ。あそこは温泉があったはずだけど、他には廃線敷のハイキングコースもあったはず。だったらハイキングでもするのかな。

「あそこの温泉は・・・」

 瞬さんは子どもの時に家族旅行で来たことがあるのか。

「行ったのだけは覚えているのですが、他は何も覚えていません。ですが妙に訪れたくなったのです」

 そうだそうだ、瞬さんのお父さんは中学の時に亡くなられているから、瞬さんにとって家族そろっての楽しい頃の思い出なんだろうな。そうでなくても子どもの時の思い出は懐かしくなる時はあるもの。

 マナミもそんなところに行ったもの。温泉じゃないけど東条湖。あそこは子どもの時に何回か連れて行ってもらったんだ。遊覧船も乗ったことあるし、遊園地のループコースターだって乗ったことがある。

「東条湖ならきよみずスポーツガーデンも行かれたのじゃないですか」

 もちろん行ったよ。夏はプールで冬はスケートだ。だけど無くなっちゃったんだよね。東条湖だって遊覧船の乗り場があるあたりは寂れてて廃墟みたいだったもの。それでも東条湖ランドはおもちゃ王国で頑張っていたのは嬉しかったな。その武田尾ってまだ温泉はあるの。

「あります。今だって温泉旅館は営業しています」

 そうなんだ。瞬さんのノスタルジックツーリングみたいなものだろ。もちろんご一緒させてもらうよ。