ツーリング日和10(第35話)陽だまりツーリング

 もう師走だ。紅葉の季節も過ぎ、木々にはしがみつくような枯れ葉が残るのみ。それでも永遠の旅人を宿命付けられた者に休息はない。今日も愛車と当てもなく走る。

「あそこにすると言うたんはユッキーやろが」

 漂泊の旅人がひと時の安らぎを得るところ。

「神戸から一時間ちゃっとやから我慢せい。今日はそないに寒ないで」

 まあね。覚悟して完全防備で出て来たけど小春日和。暖かすぎて拍子抜けしたかな。

「余裕で陽だまりツーリーングで気持ちエエやんか」

 今日も六甲山トンネルを越えたけど、有野で下りて西へ、西へ、

「そこまで言うほど遠ないで」

 気分じゃないの。丹生山系の北側は丘陵地帯で日本でも屈指のゴルフ場の密集地帯。そのゴルフ場を縫うように走るコースはなかなか気持ち良いのよ。そりゃ、北海道の大平原を突っ走るのと比べると可哀想だけど、隠れたツーリングロードだよ。

「いかにもって日本の風景や。こんなとこまでって感じで田んぼがあるもんな」

 どうしても田んぼに出来ない丘の上にゴルフ場がある感じだもの。まあゴルフ場へのアクセスのために道路が整備されたのはありそうに思うよ。適度なワインディングとアップダウンを繰り返しながら田舎道を快走。鄙びた駅前に着いたから、

「あそこやな」
「らじゃ」

 駅の横手から鉄橋を潜って加古川を渡る。ここも絵に描いたような田園地帯。見えて来た、見えて来た、あの森のところだよ。ここは日銀第六代総裁松尾臣善の別荘だったところなんだ。松尾臣善と言っても誰も覚えていないような人だけど、

「そやな日露戦争の時の日銀総裁で、戦費の調達に尽力したぐらいや」

 日露戦争の戦費調達と言えば高橋是清が有名だけど、松尾臣善は国内で頑張っていたぐらいかな。まあ国内にいたって海外からの戦費が調達されるわけじゃないから、名前は誰も知らないぐらいマイナーなのは仕方ないか。

 松尾臣善は後に男爵になっているから功績もあったんだろうけど、その松尾臣善が別荘として建てたのがこのお屋敷。姫路の郷士の出身らしいけど、どうしてここに別荘を建てたのかな。

「松尾臣善に聞いてくれ」

 あんまり風光明媚とは言いにくいところなのよね。加古川を臨むとぐらいとは言えるけど、どこにでもありそうな風景じゃない。それでも堂々たる明治の建築だよ。別荘と言うより隠居所だったかもしれないけど、今は、

「いらっしゃいませ。皆様、お待ちしています」

 料理旅館になってるんだ。今日はここにお泊り。それにしても壮観と言うか、面白味があるというか。

「これだけバイクが停まっているのは、この店が始まって以来ちゃうか」

 リッター・スーパースポーツに、それさえ小さく見えるロケットにハーレー。250CCが小さく見えますの世界だものね。ただでも小さいわたしとコトリのバイクが隠れてしまいそうなぐらい。こんな料理旅館にわざわざ泊りがけで来る理由は、

「鴨や」

 わたしもだけど、コトリはとくに鴨は好きなんだ。だからフランス出張の時はトゥール・ダルジャンで釣れるぐらい。トゥール・ダルジャンの鴨料理も絶品だけど、

「こっちの方が上や。トゥール・ダルジャンに鍋料理はあらへんからな」

 あったら笑うけど、日本人にはこっちの方が良いかもね。

「ネギがあってこその鴨や」

 神戸も美味しい料理屋さんは多いけど、ほとんどが合鴨。というか鴨料理を売りにしている店が少ないのよね。やはり神戸となれば、神戸ビーフとか瀬戸内海の海鮮が中心になるものね。

 ここも誤解して欲しくないけど合鴨だって美味しいのよ。聞かされずに食べてわかる人なんて殆どいないんじゃないかな。

「合鴨の方がはるかに扱いやすいし、野鴨より美味い場合はなんぼでもある。合鴨にハズレは少ないからな」

 野鴨はジビエだから当たりハズレがあるのよね。言うまでもないけど合鴨の方が格段に安いんだよ。コスパ的には合鴨は優れてるのは間違いない。だけど当たりの野鴨は、

「合鴨を遥かに凌ぐわ」

 コトリとあちこち探し回った末に見つけたのがこのお店。年に一度か二度ぐらい来るかな。もうちょっと来たいのだけど、距離が近い割に交通が便利とは言いにくい。飲むから電車と言いたいのだけど、

「一時間に一本しかあらへんし、一時間半ぐらいかかるもんな」

 バイクやクルマより時間がかかるぐらいだし、こんなところだから夜にタクシーも呼びにくいのよね。

「だから料亭やのうて料理旅館にしとるんやろ」

 そんな気がする。そりゃ、来ようと思えば電車なりバスでも来れるけど、けっこうな高級店じゃない。ゴルフ帰りとかも多いみたいなのよ。この辺にゴルフに来るとなればクルマだものね。

「夜に酒無しで鴨鍋は辛いで」

 夕食に鴨鍋を堪能して翌朝に帰るパターンだよ。今日はクルマじゃなくバイクだけど、同じパターンになってるぐらい。これで温泉でもあれば言うこと無いけど、ボーリングしてまで掘ってくれないだろうな。

「旅館はついでやしな」

 この店はもちろん野鴨だけど、良いのを仕入れてるのよね。鴨の仕入れ先は近くに鴨池って呼ばれるところがあって、そこの鴨の時も多いみたいだけど、無ければ他のところからの良い仕入れルートも持ってるみたい。

「今までにハズレなしやもんな」

 わたしもそう思う。通されたのは大広間だけど、みんな来てるな。

「コトリさん、ユッキーさん遅いですよ」
「目の前に御馳走並べられてお預けは辛いです」
「腹減って目が回りそうや」

 今日はちょっと早いけど旅の仲間の忘年会だよ。とにもかくにも、

「カンパ~イ」

 良く集まってくれたものだよ。宴は盛り上がってくれて嬉しいな。

「今日は経費で落ちるし」

 そういうこと。これはミサキちゃんでもすんなり認めてくれた。いわゆる接待費。その接待相手の杉田さんと六花がビールのお酌に来てくれたから鈴鹿の話になったよ。あの暑かった鈴鹿の話だ。