ツーリング日和10(第12話)釧路から屈斜路湖

 根室からまず目指すのは道東最大の街である釧路。国道四十四号を西に、西に。北海道の広さがよくわかるよ。とにかく百四十キロぐらいあるんだもの。厚岸湖も横目で見ながら通過して十一時を回る頃にようやく釧路市内に。コトリ、

「腹減ったやろ」

 コトリもだろうが。釧路って言われてもイメージが湧かないけど、なにか名物料理があるのかな。

「釧路ラーメン、ザンギ、さんまんまにスパカツやな」

 なるほどね。でもザンギって北海道の鶏からのことじゃない。

「そやねんけど釧路発祥とされてるねん」

 そうなんだ。スパカツって、

「スパゲッティの上にトンカツのせてミートソースをかけたもんや」

 どれも美味しそうだけど、なに食べるの。

「北海道民のトレンド、スープカレーや」

 はぁ、そんなものがトレンドなんだ。札幌が発祥だそうだけど、どこかの番組風に言えば全道民熱愛グルメみたいなものだそう。そう言われたら食べてみたいじゃない。関西ではあんまりないものね。

 店は杉田さんや加藤さんが行ったことのある店にするみたい。というか、選べるほど店があるんだね。店に入ってメニューは・・・あれこれ取り合わせが出来るみたい。スープにはノーマルとスパイシーハーブがあって、辛さも五段階あるのか。こういう時は、

「スパイシーハーブの辛口でノボスペシャル。ライスはLで」

 出て来たスープカレーだけど、カレーライスじゃないな。ライスにかけても良いのだろうけど、スープカレーをオカズにしてライスを食べる感じだ。スープカレーに入っているのもカレーの具じゃなくて、トッピングで良いと思う。

 具材も大きいし煮込まれてもいない。オーダーに合わせてトッピングとして取り揃えらえて、そこにカレーが掛けられてるんだもの。とりあえず今食べてるのは、ベーコンステーキにレッグチキン、後はカボチャ、人参、インゲン、ミルフィーユキャベツに茹で卵だね。

「野菜がちゃうな」

 野菜も本場だものね。コトリと杉田さんたちが次の行き先の検討中。

「釧路市湿原展望台は遠回り過ぎるけど、コッタロ湿原展望台はどや」
「コッタロに行くには道が砂利道になりますし、往復にもなってしまいます」
「そやけど五キロほどやんか。サルボの往復時間考えたら早いぐらいちゃうか」

 今日の最初の観光の目玉は釧路湿原。日本一の大湿原なんだけど、見ようと思えば小高いところに上がらないと見えないのよね。そりゃ、道路からだって見えるだろうけど、大湿原の広さを堪能するなら、出来るだけ広く見えた方が良いものね。そうだそうだカヌー体験とかは、

「時間があらへん。あらへんから、どの展望台にするかを考えとるんやないか」

 サルボ展望台は道路沿いに駐車場もあって便利そうだし、サルルン展望台もセットで回れるらしいけど、サルボに行くだけで片道十五分なんだって。サルルンはさらに八百メートルぐらい離れてるんだって。それに対してコッタロ展望台は砂利の脇道だけど、道からも近くて、

「砂利道いうても往復二十キロぐらいやんか。三十分ぐらいで走れるはずや」

 コトリも時間効率だけで選んでるのではなく、

「ではコッタロに。あそこはお勧めです」

 釧路湿原の展望台も見えるものが変わるし、どこで見たって素晴らしいそうだけど、どこか一か所となるとコトリはコッタロに行きたいみたい。スープカレーの店から三十分もかからず国道三九一号で塘路湖に到着。

「コッタロ湿原の方に向かいます」

 あははは狭いね。北海道以外なら県道ならぬ険道だろうけど、北海道は道道だからなんて呼ぶのだろう。それと踏み切りだ! 北海道で踏切渡るのは珍しいだよね。ちゃんと遮断機まで付いてるよ。

 踏切越えたらすぐに砂利道に変わったけど、前から観光バスが来たから走れそうだ。思ったほど走りにくくないかも。でもツーリングで砂利道走ったのは初めてかもしれない。この辺はクチョロ原野ってなってたけど、なんにもないね。

 こういう道を走った方が釧路湿原を走った思い出になりそう。十分ほどで到着みたい。クルマが停まってるものね。そしてコトリがこだわった展望台だ。こ、これは、わかる。なんて言えば良いのかな、まさに原始時代の湿原みたいだよ。

 大きくうねる川沿いに小さな森、そして見渡す限りの大湿原。これをコトリは見せたかったんだ。杉田さんたちも撮影に余念がないよ。コッタロ湿原を堪能したら、引き返して国道三九一号を北上して弟子屈町を目指す。

「目指すは霧の無い摩周湖や」

 霧の摩周湖は題名ならロマンチックだけど、観光ならなんにも見えないものね。塘路湖から弟子屈町を過ぎると登りだ。摩周湖は山の上にあるカルデラ湖だものね。あっ、駐車場とレストハウスがあるから展望台だ。

「第三展望台に行きます」

 摩周湖には三つの展望台があるのだけど、一番メジャーなのが第一展望台。ここにはレストハウスもあって観光バスも立ち寄るところなんだ。第三展望台があるなら第二展望台はどこなの。

「第二展望台はあらへんねん。昔はあったのかもしれんし、裏摩周展望台が第二かもしれん」

 道は快適なんだけど、ずっと右手が土手になっていて摩周湖が見えないんだよね。あの土手の向こうにあるはずだけどじれったいな。道路脇に駐車場があるからこの辺が第三展望台のはず。なるほど、こんな駐車場しかないから観光バスが来ないんだな。バイクを停めて土手の階段を上がると、見えた、見えた、あれが摩周湖だ。

「湖の真ん中にあるのがカムイシュ島。湖の向こうに見えるのが摩周岳や」

 摩周岳が湖面に映って壮観。これは晴れているから見えるもの。ついに摩周湖を征服したぞ。第三展望所から下って行くのだけど、

「ワインディングになりますから」

 なってるなんてものじゃない。ガチのヘアピンの連続じゃない。北海道の走り屋の聖地の一つかもしれないね。こんな道は北海道に来て初めてだから逆に嬉しいよ。向うに見える山は火山なの。

「ああ、アトサヌプリや硫黄山とも言うらしいで」

 火山があるってことは温泉も、

「セットみたいなもんやろ」

 そうだよね。摩周湖から川湯温泉を経て屈斜路湖のレークサイドロードに。

「屈斜路湖が最高に綺麗に見えるとこに行くで」

 あら、屈斜路湖を通り抜けてまた峠道に。昇りつめたところに道の駅があり、

「美幌峠や」

 これは雄大。屈斜路湖が一望だし、摩周岳をこえてはるか知床連山まで。

「ユッキー、根性で絶景を言わんようにしとるやろ」

 だって全部絶景なんだもの。それにしても、

「コトリもや。プラン考えとる時に初めて知ったわ。北海道の人に怒られそうや」

 摩周湖、屈斜路湖って、こんなにお隣さんだったんてね。

「ついでに言うたら阿寒湖もご近所さんやもんな」

 関西人だって名前ぐらいは知っている有名な湖が、こんなにご近所さんで並んでるだよ。そのうえだよ釧路湿原だって隣接してるじゃない。こんなものが関西にあれば、

「なんたら三湖って名付けられて、屈斜路湖の湖畔には大温泉街が出来て、別荘地も広がるやろ。摩周湖に登るケーブルカーとかロープーウェイが出来て、アトサヌプリに地獄巡りが作られるんちゃうか」

 そうならない理由が思いつかないぐらい。これに釧路湿原までセットになれば、

「セットにはならん。田んぼになっとるわ」

 ああそうだった。こんな広大な湿原を開墾しない理由がやっぱり思い浮かばないぐらい。

「でもそれ以前があるはずや」

 以前? なんだろ。

「これだけのロケーションやで、でっかい神社とか寺があって門前町として栄えとると思うで」

 ああ言われてみれば。なんとなくあった違和感の理由がやっとわかった気がする。ずっと北海道観光をしてたんだけど、なにかが無いと思ってたのよね。それが寺社巡り。内地の観光地で無いとこを探す方が難しいじゃない。

 北海道の実質的な歴史は明治に開拓使が入ってからのもの。江戸時代は北海道にとって先史時代みたいなものだよ。松前藩の時代は北前船の栄光こそあるけど、今の北海道に連綿として続いていると言えないもの。

 もちろん北海道にもアイヌの古い歴史はあるけど、アイヌの人々は人目を驚かすようなモニュメントを作らなかったのよね。この辺は松前藩時代に搾取され、困窮して数も減ってしまったのもあるはずだよ。

「宿行くで」