ツーリング日和6(第8話)平館不老不死温泉

 寒風山から能代抜けてしばらくしたら、ガチのシーサイドロードや。

「岩の色が違うね」

 男鹿半島の時はよくあるグレーとか黒っぽい岩やったけど、岩手に入ってくる赤いな。それにしても信号のあらへん道や。信号があらへんのは嬉しいけど、家もあらへんわ。陸奥に入った感じかもしれんな。

「ユッキー、今回は我慢してな」
「なに言ってるのよ、本家に行くんだから、そっちの方が良いに決まってるじゃない」

 秋田に五時着は今日のプランを難しくした部分は多かったんや。朝飯もそうやったし、男鹿半島の遊覧船の時刻もそうや。なによりユッキーの夢やった黄金崎不老不死温泉がどうにも行きにくいもんになってもた。

 あれはコトリも行きたかった。露天風呂やねんけど、海岸に温泉が湧いて、そこに露天風呂があるんよ。海が荒れたら入られへんけど、温泉好きやったら憧れの温泉の一つやもんな。無理したら泊まれんこともなかったけど、この先の予定との兼ね合いもあって今回は涙を呑んでパスや。

「だ か ら、二択なら絶対本家だって」

 これはユッキーが知っとってんけど、不老不死温泉は一つやのうて二つやねん。それも黄金崎が分家で、さらに本家が平館にあってんよ。黄金崎の不老不死温泉は本家の弟さんが開いたんやて。

「本家は津軽最古の温泉よ」

 江戸時代から記録にあるそうや。もっと前からあったはずやが、残念ながら記録にあらへんねん。どうしてもその辺はしゃ~ないとこがある。あれが黄金崎不老不死温泉やな。

「また来れるよ」
「そやな」

 寒風山展望台を出てからは、ひたすら走るツーリングやねんけど、立ち寄って見るところ言うより、走りながら見れる風景なんもあるねん。そやけど見ときたいもんはある。あれやろ十三湖や。

「十三湊だよね」

 今は見る影もあらへんけど、ここは古代から栄えてた湊やねん。北方貿易も盛んやったはずで、大陸とも交易もあったはずやねん。この辺は古代から安東氏の勢力が強かったけど、その力の源泉の一つやったと思うてる。今の十三湖も大きいけど、かつての十三湊は砂嘴に囲まれた天然の良港やったはずやねん。

「栄枯盛衰よね。兵庫津も今は見る影もないもの」

 十三湊は戦国時代の初期に安東氏が南部氏に滅ぼされてから急速に衰微したとなっとるけど、それでも江戸時代は北前貿易の中継地点として健在やってん。松前を目指す北前船は、十三湊で最後の風待ちをして津軽海峡に挑んだんや。

「河口港の宿命かもね」

 それはな。十三湖に流れ込む川は土砂を堆積させてくんよ。そうなればだんだん浅くなってまう。江戸期の兵庫津でさえ、佐比江、須佐江はそうなってもた。でもそれだけやないはずやねん。

 船の商いは単純化したら、出発する港で商品買い込んで、着いた港で売りさばくや。江戸前航路なんか典型的や。北前航路なんか上方から積み込んだ荷物を松前で売った利益で昆布やらニシンを買い込んで大阪で売り払うて巨利を博してた。

 もちろん当時のこっちゃから、風待ちとかあって、目的地の以外の港に寄るけど、寄ったからには商品を売りたいし、場合によっては買い込むもあるねん。どうせ寄るんやったっら、購買力がある港に寄るんよ。

 十三湊は古代から室町時代ぐらいまで寄る価値のある港やったはずやねん。寄れば商品が売れるし、買い込むものもあったんはずやねん。それが失われてもたんやろな。

「かつて栄えた湊にそのパターン多いものね」

 十三湖はかつての面影を偲ぶのも難しいぐらいやから、ここまで来たら目指すのは、

「♪ごらんあれが竜飛岬、北のはずれと」

 そうや竜飛岬や。今走っとるのはオレンジラインともミサイル道路とも呼ばれとるそうやけど、

「そう言えば風車が多かったけど関係あるのかな」

 ないと思う。さて道の駅こまりを越えたから、

「竜泊ラインって書いてあるけど、竜は竜飛岬だろうけど泊ってどういう意味」

 小泊町から竜飛岬を結ぶラインって意味やけど、小泊町って竜飛岬の半分ぐらい占めるんよ。竜泊ラインもほとんどが小泊町や。そやけど全国的な知名度は竜飛岬の方が段違いつうか、小泊なんて誰もしらんわ。

 ああいうネーミングはもめるんよ。会社合併もそうやし、市町村合併でもそうや。たかだか道の駅のネーミングさえある。強引に二つ三つ並べて寿限無寿限無みたいになってもとるところもある。竜泊ラインもそういう妥協の産物やないかと思うてる。

「ちょっと時間押してるさかい、飛ばすで」
「らじゃだけど、オレンジラインはどうして飛ばさなかったの」

 ネズミ捕りが多いらしいんや。この竜泊ラインもさすがの峠のワインディングや。いかにも山登ってますみたいな道やもんな。いきなり三連ヘアピンで、この二連ヘアピンも強烈やな。そろそろ山の頂上近づいてるはずやのにまた三連かよ。

「あそこの展望台は?」
「時間押してるからパスや」

 この辺からは尾根道みたいやな。

「こんなところに立派なホテルがあるんだ」

 ホンマや。ここで結婚式とか挙げるんやろか。

「コトリには関係ないけどね」
「ほっとけ」

 ホテルを過ぎたら灯台が見えて来たから、あそこやな。

「階段国道ってあるんだ。そういえば便所国道もあったよね」

 便所国道は酷道一四〇号のこっちゃけど、半分ぐらい都市伝説や。灯台までもうちょっとやと思たのに、回り込むんか。やっと駐車場か。ここから歩きやな。

「向こうに見えるのは北海道だね。よっしゃ本州最北端を制覇だ」
「ボケかましてどうする。本州最北端は下北半島やろが」

 いつかは北海道を走らんとな。後は宿に向かうだけや。あじさいロードもあるけど、ここは海岸線にしょ。山の中より津軽海峡の海を見ながら走る方が気持ちエエはずや。それにしても綺麗な海や。

 この辺になると陸奥湾になって外ヶ浜か。戦国時代ぐらいまで、ここまでが天下やってんよな。そりゃ天下を指す言葉で、

『東は奥州外浜、西は鎮西鬼界島』

 こうしとったぐらいや。それはともかくこの辺のはずやけど、湯の沢温泉とは書いてあっても不老不死温泉の案内があらへんやんか。

「ちょっとストップ」
「どうしたの」

 う~ん、さっきの信号のはずや。湯の沢温泉ってこれか。健康ランドみたいなもんみたいやな。ナビやったらもう少し先のはずやが、それらしいのはあらへんな。えっと、えっと、

「ちょっとストップ」
「また。温泉宿なんかなかったよ」

 いやあれのはずや。引き返してみると二人で茫然と立ち尽くす感じになってもたんや。ユッキーでさえ、

「公民館とか集会所じゃないの」
「でっかい木の看板に薄れてるけど不老不死温泉って書いてあるで」
「ホントだ。たしかにそう読める」

 こりゃ、ディープを越えとるかもしれん。場所は街はずれぐらいは言えるけど、道向かいにあるのは倉庫か。近くに民家はパラパラ見えるもんな。建物かってユッキーが公民館と言いたい気持ちはようわかる。歴史の重みを見事に感じさせてくれへん。ここまでの宿は初めてかもしれん。

「なに言ってるの。ここが不老不死温泉の本家だよ」

 中に入ったら旅館やった。当たり前か。旅館の女将はコトリたちが神戸からバイクでやって来たのに驚いて、

「わざわざ大阪がら、あった小さぇバイクでいらっしゃったのだが」

 ここまで来れば大阪も神戸も一緒になるのがおもろかったけど、愛想は悪ないわ。

「本家でしゃべっても、黄金崎があんき有名だはんで、口コミでも勘違いされる方多ぇ」

 そやと思う。下調べの時でも露天風呂がなんたらの口コミが多かったもんな。そうやねん平館の口コミサイトのはずやのに、黄金崎のコメントがゴッソリやったもんな。なにはともあれ風呂や。浴室は平凡やったけど、

「お湯は気持ちイイじゃない」

 毎分百リットルのかけ流しとは豪勢やな。弱アルカリ泉やそうやけど、悪くない。温泉はどうしても色付き、匂い付きのを珍重してまうとこがあるけど、無色透明のが劣るわけやない。今日の疲れが解きほぐされる感じがしたで。

 風呂を上がれば夕食や。ここもお食事処システムで、テーブルと小上がりの座敷で居酒屋みたいな感じのとこや。さてどんなもんが出て来るかと思ててんけど、

「これは美味しいよ」
「魚のモノがちゃうで」

 帆立、雲丹、鮑、烏賊、蛸、真鯛、小女子、油目、鰈・・・とはなかなかやし、新鮮でこれはいけるわ。嬉しい不意打ちや。

「こった田舎だはんで、こぃぐらいすか楽すんでもらえるものがね」

 陸奥湾に面した漁港やから新鮮な魚が手に入るのはそうやろうけど、それでもの料理やで。陸奥湾ってこんなに美味しい魚がとれるんや。

「関西まで出回らないものね」

 今まで知らんかったんが口惜しいわ。そういう発見があるのが旅やけどな。こんな宿もエエかもしれん。黄金崎は人気もあるけど・・・

「コトリ、黄金崎と較べるのは意味ないよ。ここには歴史と由緒ある名湯があって、美味しい食事と温かいおもてなしがあるじゃない。他に見るとこある?」

 一本取られたな。さすが筋金入りの温泉小娘や。泊まってもいない黄金崎と較べるのは意味なさすぎる。それでもこれで秘湯やったらな。

「なに言ってるの。ここと肩を並べる秘湯なんて滅多にないよ。この情報社会になっても、こんなに情報が乏しい温泉ってそうはないよ。それもだよ、こんなに素晴らしい宿なのによ」

 おもろい見方やけど同意や。これまでも一軒宿の秘湯も行ったけど、あれは情報サイトに秘湯って紹介されてたし、関連情報も多かったんや。言い方は悪いけどネットで取り上げられた時点で人知れぬ秘湯と言えへんかもしれん。

 平館は場所こそ街外れ程度やけど、この温泉の情報はホンマに乏しいんよ。情報社会の秘湯って言えるわ。

「こういう体験が出来るのが旅の楽しみね」

 その通りや。ここに泊まれて良かったで。