エミの青春:女神の計画

 ユッキーの温泉好きも、ここまで来るとビョーキやな。

 「どうしてよ。自然湧出のしかも炭酸泉だよ。わたしの温泉を持つのがずっと夢だったのよ」
 「ユッキーのやない、小林社長の温泉や」

 それにしても温泉はお湯を入浴施設に売るなり、自前で入浴施設とか旅館作らんとカネにならんねんけど、

 「そこが問題ね。共同事業にしようか。十億円も出せばそれなりの施設が出来るはず」
 「反対やな。そんなんしたら、小林社長の温泉やのうてユッキーの温泉になってまうやないか」
 「それでイイじゃない。温泉名は泡泉温泉でしかたないけど、入浴施設はユッキーの館にできるし、お風呂だってユッキーの湯にできるじゃない」
 「アカンて」

 なにがユッキーの館にユッキーの湯じゃ。そんな趣味の悪い名前にしたら、客が逃げてまうで。ネーミンライツにしても程があるやろ。ほいでも小林社長が作るいうても、入浴施設になると建設費用が平米三十万円、什器が平米五万円ぐらいになる。千平米ぐらいのもんでも三億五千万にぐらいになるんよね。

 「小林社長が調達できるわけないじゃないの」
 「そこが問題やけど」
 「問題のすべてよ、だからユッキーの湯を作るとして・・・」

 まだこだわるか! ホンマ、温泉になると氷の女帝が温泉小娘になってまうんやから。でもや、切実な問題やねん。地震で住居兼クラブハウスは全壊や。テント張って頑張っとるたけど、いつまでもあれではどうしようもあらへん。

 出てきた温泉使ってゼニ儲けもしたいけやろけど、その前にやらなあかんことがあるし、その前にが出来るゼニすらあらへんもんな。ユッキーが出せば話は簡単かもしれんが、小林社長がそんなもん受け取るとは思われへん。

 「ユッキー、ちょっと問題を整理するで、小林社長のとこに必要なもんやけど、

 ・小林社長家族が住める家
 ・クラブハウス
 ・レストラン
 ・入浴施設

 これぐらいやろ」
 「そうなるね」
 「そやったら考え方をガラッと変えてもたらどうやろか」

 まともな入浴施設を三億五千万で作ろうと思うから無理があると思うんや。そりゃ、出せるんやったら出したらエエけど、ここはゼニがない前提で考えなアカン。

 「なるほど、家を作るのね」
 「そうや、デッカイ家を作ると考えたら安なるで」

 入浴施設は坪単価で言うたら百万や。これが家になったら三十万ぐらいから可能やんか。建坪が百坪なら三千万ぐらいで作れる可能性が出て来るやんか。

 「そっか、そっか、一階をクラブハウスとレストラン、お風呂にして、二階を住居にするのね」
 「入浴施設いうても、広めの風呂が二つになるけど、これは目を瞑るぐらいや」

 そしたらユッキーはじっと考えて、

 「池を作ればいいのよ」
 「庭なんかいるか」
 「そうじゃなくて露天風呂」
 「それエエかもしれん」

 小さ目な風呂二ついうても、脱衣場もいるから建坪が百坪じゃ苦しいのはある。これを露天風呂にしてしまえば、屋内設備は脱衣場だけで済むもんな。

 「それとだよ、あの湯温ならかけ流しに出来るよ。ボイラー設備も小規模のもので済むはず。それにあれだけ湧いてるからポンプもいらないし」

 露天風呂にも屋根要るけど、洗い場ぐらいに付けといたら十分やもんな。そうなると頑張ったら五千万ぐらいで出来るかもしれへん。一人五百円で一日平均百人として千八百万ぐらいの売り上げになるから返済するのも無理がないで。問題はホンマに五千万で作れるかどうかやけど。

 「出来るかもしれないじゃなくて、そうするのよ。恐怖の交渉家の名前が泣くわよ」

 わかった、わかった、なんとか頑張って見る。

 「でも五千万だよ。どうやって集めるの」
 「そこでアイデアがある。クラウド・ファウンディング使うんや」

 クラウド・ファウンディングも類型があって、

 ・寄附型
 ・投資型
 ・購入型

 こうあるんやけど、

 「寄附型にするの?」
 「いや購入型にしとく」

 購入型言うても出資額に応じて無料入湯券を何枚か配る程度やけど、

 「なるほど宣伝ね」
 「そういうこっちゃ」

 それでもユッキーは不安そうに、

 「集まるかしら」
 「集まらんでもユッキーが出資すりゃ、エエだけやんか」
 「そういうことか!」

 話を詰めて小林社長のとこに持って行ったんや。

 「五千万でここまで出来るんでっか」

 でも心配なのはやはりゼニ。

 「そのクラウドなんちゃらは集まるんでっか」
 「まあ、見とき」

 まずは写真や。難しい写真で、施設があらへんから、湯だけで魅力をアピールする必要があるねんよ。アカネさんに相談したら、

 「タケシの時にお世話になったからやったげる」

 見たコトリの方がビックリしたわ。どこをどう考えたら、こんな写真が思い浮かぶものかと感心した。すぐにでも入りたなったもんな。HPはコトリが作ったで。本音のところはどれだけ集まるか不安やってんよ。

 そやから、エレギオン・グループにも、こそっと宣伝しといた。後は足らん分をユッキーに出してもらうプランやってんけど、集まった、集まった。レストランの常連さんや、エミさんの学園の友だち、校友会まで動いてくれてた。例のセレクト・ファイブがだいぶ頑張ったらしい。

 お蔭でコトリもユッキーも横並びぐらいの出資で済んでくれた。別にケチッた訳やないけど、目立たずに済んで良かったぐらいや。こうなったらコトリの交渉がカギになってくる。どこに作ってもらうかやけど、

 「コトリさん、広次郎のとこにしたってくれへんか」

 小林社長の弟さんのやってる工務店やそうやけど、気が乗らへんかってん。だってやで、五千万で作ってもらうには、ムチャクチャ無理があるからやねん。どっちかいわんでも、手出したら赤字必至の仕事やもんな。でも顔ぐらい出しとかな悪いから行ってんけど、

 「兄貴のとこの仕事やったらウチ以外にさせるもんでっか」

 一番下の弟の康三郎さんなんか、設計の構想図見ながら、

 「どうせだったら、脱衣場も母屋から・・・」

 社長の広次郎さんも、

 「風呂は岩風呂で譲れんな」
 「当然やろ。ヒノキ風呂ぐらいしたいとこやけど、露店やから岩風呂やな」

 おいおい、五千万だぞ、五千万。

 「レストラン狭ないか」
 「あそこは敷地だけはいくらでもあるし」
 「任せたぞ康三郎」
 「腕が鳴るで」

 ええんかいなって、さすがのコトリも思てもた。さすがに不安になって来て、

 「五千万やけどわかっとるんか」

 そしたら怒鳴られた、

 「わかっとらいでかい。あの兄貴が集めた五千万がどんだけのもんか、あんたこそわかっとるんかい。全部兄貴の血と肉で出来てる五千万や。それもらうんやで、こっちかって命張って仕事するに決まってるやろ」

 おおこわ。そしたら知らんうちに職人さんたちも集まって来てて、

 「エミちゃんとこやろ」
 「ワシ給料いらん」
 「ワシもや」
 「オレかっているかい」

 そこにエミちゃんまで帰って来て、

 「エミちゃん、ゴッツイの作ったるで」
 「社長令嬢に相応しい家にしたるで」
 「期待しといてや」

 なんの話かわかるはずもないエミちゃんは面喰らっとったわ。これは任せといて良さそうや。そやそや、これも言うとかなアカンよな。

 「出来るだけ早く作るのもあるで」

 そしたらまた怒鳴られた。

 「言われんでもわかっとるわい」

 エエ気分の連中や。そこまでわかって、やってくれるんやったら、コトリも協力したらんとな。ユッキーかって反対せえへんやろ。