エミの青春:温泉権バトル

 社長が地主の息子、現地主に呼び出されたって連絡があったんや。ユッキーは即答で、

 「シノブちゃん。留守は任せた」

 おいおい、本業をって思たけど、コトリも行くで。北六甲クラブに着いて社長の軽ワゴンで地主の家に向かったんやが、

 「ここだったんだ」

 なんでも江戸時代は庄屋だったそうや。北六甲クラブに行くときに見えるから、家だけは知ってる。蔵が三つもあって門構えも厳めしいお屋敷。

 なんか客間みたいなところに通されて、しばらくしたら現れた。歳の頃は五十後半ってところで、かなりのデブ。そのうえ脂ぎってるし、頭は可哀想にかなり後退しとる。

 「小林さん、こちらの方は?」
 「顧問弁護士の木村です」

 ほほう、かなりどころやない上から目線や。ありゃ、小作人かなんかでも見てる感じがするわ。まあそれでも、客間に上げてもらっとるだけマシか。

 「弁護士? この若さでか」

 バッジと身分証明書見せたった。それでも疑いよったから弁護士事務所まで電話しよった。不機嫌そうやったけど、認めなしゃ~ないみたいな顔しとった。

 「小林さん、出てってくれるか」

 小林社長が慌てて、

 「ちょっと待ってくださいよ、いきなり言われても・・・」

 ここから来たか。ストレートな奴や。ユッキーが話を引き取って、

 「お断りします」
 「オレは小林さんに言うてるんや」
 「わたしは小林社長の代理人です」

 うるさそうに、

 「あそこはうちの土地や。欲しい時に返してもうて何が悪い」
 「借りているのは北六甲クラブです。あなたがいかに望もうが、こちらの同意なしで追い出すことは出来ません」
 「なんやと」
 「ご不満ならば裁判所なりどこでも訴えてみてください。笑い者になるだけです」

 ここは突っついても無駄やで。そしたらこんなこと言いだしたんや。

 「それやったら、地代を上げさせてもらう。あんなタダみたいなのは変更できるんや」

 中途半端な法律知識やな。

 「借地契約書には特約がございます」
 「なんや」
 「地代は増額しないとなっております」
 「なんやて」
 「後でご確認されれば宜しいかと」

 地主は契約書を持ちだして見取ったけど、書いてあるんやそれが。小林社長に聞いたことがあるんやけど、前の地主さんは息子をあんまり信用しとらへんかったみたいや。そやからわざわざ入れたそうや。ちなみにやけど五十年契約や。


 この程度やったら軽いもんやねんけど、地主は本音を出して来よった。

 「小林さんとこで出た温泉やけど、あれはワシのもんや」
 「どういうことですか」
 「当たり前やろ、あそこはワシの土地やから、温泉が出ればワシのもんや」

 出たか。温泉の所有権は複雑なんや。温泉権って言い方をするんやけど、それほど明確なもんやなくて、

 ・温泉湧出箇所が存在する地盤の土地所有権
 ・湧出箇所で温泉を採取・利用・処分するための設備に対する採取設備所有権
 ・湯口において直接湯を採取し管理する権利(湯口権・源泉権)
 ・引湯しまた分湯・配湯を受けて利用する権利(引湯権・分湯権等)

 これぐらいに分けて考えるんや。これも土地所有者が自分で掘ったもんやったら、話はシンプルやねんけど、ここの土地所有者は地主やねん。そやから、小林社長が主張できるんはとりあえず湯口権とか源泉権になるんよね。

 基本は他人の土地でも掘ったもんが湯口権も源泉権も握るんやが、その場合は土地所有者に権利設定を受けとかなアカンねんけんど、この辺の手続きやったんはユッキーや。どないしたんやろ、

 「小林さんはワシに無断で温泉掘ったから、出たもんはワシのもんになる」
 「そ、それは・・・」

 ここでユッキーが、

 「わたしがお答えします」

 ユッキーが言うには、小林社長が温泉を掘削するにあたり、地主の了解を得ているとしとるわ。

 「そんなもん、どこに証拠がある」
 「証拠はありませんが、証人ならいます」
 「誰や」
 「宝仙寺の住職です」

 小林社長が温泉を掘る話は、宝仙寺の住職から泡泉の伝説を聞いたんがキッカケやが、この時に先代の地主さんも同席しとったらしい。その時に小林社長はわざわざこの冗談みたいな話に証人まで立ててるんや。

 「口頭の約束であっても法的な権利は発生します。ですので無断掘削にはあたりません」

 地主は宝仙寺に電話しとったけど、

 「こんなもんグルで口裏合わせたに決まっとる」
 「そこまで仰られるなら、これをお聞きください」

 えっ、その時の録音あるんかいな。確かに前の地主さんは温泉出てきたら、小林社長のもんやと言うてるし、宝仙寺の住職さんも証人になるって言うてるわ。

 「それでも無断や。温泉審議会の許可取ってないやないか」

 ここも厳しいとこやけど、

 「あれは井戸を目的として掘ったものです」
 「それやったら、自然湧出になるぞ」
 「いいえ、あれは掘削によって湧出したものです。温泉法第三条の現在の解釈は、温泉湧出を目的としない掘削に許可は不要となっております」

 なるほど、ユッキーも考えたな。あそこは温泉どころか井戸掘っても水が出えへんとこで有名やねん。そこを掘る事で温泉の湧出を期待しとったは無理があるとしたんや。それにやで掘った、掘ったいうても十二メートルの、それも小林社長の手掘りや。誰がどう見ても井戸掘りやもんな。

 まあ掘ってなくとも温泉出たかもしれへんけど、現実は掘った穴から温泉湧いてるもんな。あれを自然湧出とするのは無理がテンコモリやろ。ユッキーの論理構成は、

 ・地主の口頭了解が証人付きである
 ・掘ったのは手掘りの井戸やから温泉審議会の許可は不要
 ・小林社長が掘った穴から温泉が湧いてきたから、小林社長に温泉権がある

 だいたいこんな感じやろ、

 「さらに源泉には立て看板が明示されています」

 あれやな、

 「さらに入浴設備を整えています」

 バスタブにお湯流し込んでる奴か。そこにも泡泉温泉北六甲の湯の手書き看板付け取ったな。温泉権には明認し得べき公示方法てのがいるんやけど、

 ・保健所の温泉台帳への記載
 ・温泉組合の温泉台帳への記載
 ・湧出施設への看板(立て札,擁護建物への表示)
 ・湧出口及び採湯場その他温泉擁護建物の所有権保存登記
 ・引湯施設・浴槽の設置,旅館営業

 これぐらいが具体的に求められてるんやけど、ほぼ満たしてるもんな。これも意外と思われるかもしれへんけど、立札とか看板は強力やねん。地主は顔を真っ赤にしとるわ。

 「ゴチャゴチャ、屁理屈ばっかり、こねやがって。ワシの土地から出たらワシのもんに決まっとる」
 「ご不満がございましたら、裁判所でお会いしましょう」
 「なにをエラそうに、小娘は黙っとれ」
 「あまり言葉が強くなりますと、問題が生じますわよ」

 地主の奴、訴えるかな。でも勝てるとは思えんわ。こんな裁判引き受ける弁護士なんかおるんかいな。あの業界やったら着手料に目がくらんで、おるかもしれんけど、ロクなもんやないやろ。不機嫌の塊になった地主に、

 「覚えてろ」

 玄関で捨て台詞吐かれたけど、三十階に帰った後。

 「ユッキー、よう録音があったな」
 「あれ、宝仙寺の住職さんが録音してたのよ。証人になるには、それぐらい必要だからって」

 それやったら、訴訟起されても対抗できるやろ。そやけど、できたら訴訟は避けたいもんな。ユッキーの奴、身分証明書まで偽造して木村由紀恵になっとったからな。弁護士事務所だって、きっちり根回ししとったし。

 「あのクソ地主が訴訟起したら、エレギオンHD弁護団を総動員して叩き潰してやるわ」

 そこまで・・・やるやろな。ユッキーの事だから、あの地主の息の根を止めるまでやりかねへん。ユッキーに温泉で絡まん方がエエってアドバイスしてやりたいぐらいや。ちょっと前もどこぞの市長が絡んで、エライ目に遭うとったし。