エミの青春:温泉だ

 エミも地震以来初めてクラブに行ったんだけど、お父ちゃん頑張ってた。厩舎の横のテントを広げて行って、仮設事務所と、仮設レストランまで作ってたし、ヒビが入っていた馬場も全部埋めて使えるようになってたもの。

 温泉だけど濛々と湯気が上がってた。これも噴き出した頃は周りが水浸しだったそうだけど、広次郎叔父ちゃんも手伝ってくれて、それなりに排水できるところまで整備されてた。そこに例の三人組がやって来たんだけど、ユッキーさんの顔色が変わってた。お湯に走り寄り、

 「温泉には間違いないけど、えっ、まさか、いや、これは・・・」

 ユッキー社長は匂いを嗅いだり、泉質を確かめたりして、

 「これは、まさか、いや、たぶん間違いない・・・」

 ガラスのコップを持って来てさせて、湯を入れて、

 「見て」

 コップにはまるでサイダーのような泡がブクブクと、

 「この温度で、ここまで泡が出るのは他にないかもしれない」
 「ユッキー、なんやねんこれ」
 「炭酸泉よ」

 温泉も泉質があるそうだけど、その中でも希少とされてるのが炭酸泉で、日本でも五ヶ所しかないんだって。あのお湯があれば炭酸煎餅が焼けるとか。

 「有名なのは大分の長湯温泉だけど、泡の量は比べ物にならないわ」

 ともかく温泉が出たんだけど、

 「小林社長、温泉の登録手続きは」
 「バタバタしてて、まだやけど」
 「さっさと、やらなきゃ」
 「でもどうやったら良いものやら」

 普通は温泉を掘るには温泉審議会に温泉掘削許可を取るところから始めないといけないんだって。

 「でもそれは大深度の時だけよ。手掘りで井戸掘るのに許可なんかいらないよ。でもね、温泉権はややこしいのよ。私に任せてくれる?」

 お父ちゃんはユッキーさんに任せるって言ったけど、

 「費用は?」
 「後で請求する」
 「いるんでっか」
 「あたり前よ」

 そこから指示が出て、

 「まず温泉名が必要だけど」
 「それやったら泡泉温泉や」
 「なにそれ?」

 お父ちゃんが泡泉寺の話をすると、

 「それは売りになるわよ。じゃあ、泡泉温泉って書いた立て看板を作って立てといて」

 なにか意味があるのかな。

 「そこのお風呂だけど」

 壊れた浴室から引っ張り出したバスタブだけど。

 「ここも、そうね、ブルーシートで構わないから屋根付けて。北六甲の湯ぐらい書いて看板付けといて」

 まず県立健康生活科学研究所のお湯を持ちこんで温泉の分析させる手配をさせながら、

 「ここは借地だから温泉権を取るのは大変なのよ」

 お父ちゃんは宝仙寺の住職さんと地主の岡田さんでのやり取りを話すと。

 「それはラッキー、確認しとく。後はわたしがなんとかする」

 そんな時に訃報が、

 「えっ、岡田さんが・・・」

 地震とは関係ないんだけど、岡田さんは体調崩してて入院してたんだ。それが亡くなちゃったんだって。お父さんは大慌てで葬式に出かける用意をしてた。

 「あなた、跡を継がれるのは・・・」
 「そやなぁ」

 地主さんの息子さんは大学を出て大阪で暮らしてるんだけど、あんまり評判は良くないみたい。岡田さんもボヤイてたもの。

 『あの放蕩息子が・・・』

 これが口癖だったものね。一応就職してるんだけど、遊びまくって借金まで作って、時々帰ってきてカネをせびっていたみたい。それも結構な額だったみたいで、

 『アイツで岡田の家も終わるかもしれん』

 ここまで言ってたもの。通夜にはお父ちゃんとお母ちゃんが行ったんだけど、わざわざ呼び出されて、

 『親父とオレは違うからな』

 そりゃ、冷やかに言われたんだって。帰って来てからお父ちゃんとお母ちゃんが暗い顔して相談してたんだ。

 「ここの経営の基盤は地代の安さやからな」
 「そうよね。これを上げられたらお手上げよ」

 温泉権で走り回ってくれているユッキーさんにも相談したみたいだけど。

 「そっか、とりあえず借地契約書見せて」

 それからニッコリ笑って、

 「なんとか出来るよ。でも、これはガチの喧嘩になるかもしれないから・・・」

 なにやら契約書みたいなものを持って来て、

 「これにサインして」
 「これって・・・」
 「わたしを信用して」

 どうなっちゃうんだろう。