エミの青春:温泉長者の夢

 お父ちゃんがユッキーさんと何か話し込んでる。

 「・・・無理よ」
 「いや、温泉は掘ればどこでも出る可能性があるって聞いたことがある」
 「それはウソじゃないけど・・・」

 昔からの温泉は、それこそ自然にお湯が湧いてるところだけど、最近の温泉は新たに掘削して掘り出したものがほとんどなんだって、

 「あれはね、一〇〇メートル掘ったら、二~三度ぐらい水温が上がるのよ。地表での水温を一〇度としたら、千メートルぐらいなれば、三〇~四〇度ぐらいになるのよね。温泉法では二五度以上の湧き水があったら温泉になるからなのよ」

 つまり途轍もない深井戸を掘って水が出れば温泉になる寸法らしい。

 「それでもね、どこを掘ってもそうなる訳じゃないの。掘る前にちゃんと調査してから掘るのよ」

 ユッキーさんは妙に温泉に詳しいな。

 「その調査費用ってどれぐらいでっか」
 「五百万ぐらい」

 お父ちゃんが黙り込んじゃった。

 「掘る費用だってかかるのよ。一メートル掘るのに十万ぐらいかかるから、千メートルになったら一億円よ」
 「い、い、一億円」

 お父ちゃんの目が完全に泳いでる。

 「調査費かけて掘ったって、出ない時は出ないし、出ても十分な湯量がないこともあるのよ」
 「そうなったら?」
 「一億円がパーってこと。それぐらい温泉を掘るってリスキーってこと」

 さらにユッキーさんは、温泉が出ただけではおカネにならないって付け加えてた。温泉をおカネに換えるには入浴施設を作って、そこで入浴料をもらって初めておカネになるって。そりゃ、そうよね、お湯が売れるわけじゃないもの。

 「あれも健康ランドみたいなものを作ったりしたら、すぐに億単位になっちゃうよ」
 「お、お、億・・・」

 ユッキーさんの説明は具体的で、そんな深井戸から温泉が地表まで上がって来るはずもないから、汲み上げのためのポンプ施設が必要だし、お湯を温め直すボイラー施設も必要だって。

 収入は入浴料を五百円として、一日の平均入浴客を五百人としても、売り上げで九千万ぐらいだから、初期投資を回収するのに五~六年ぐらいかかるだろうって。入浴客が少なければ収入も減るし、少なすぎると温泉抱えて破産するって。

 「だいたいだよ、そんな博打みたいなものに何億円も用意できるんだったら、クラブハウスももっと立派な物に出来るし、屋内馬場だって作り直せるじゃない」

 ごもっとも。

 「そないに温泉って出にくいもんでっか」
 「当たり前よ。だから値打ちがあるんじゃない。社長がその辺を穿り返した程度で出て来るんだったら、日本中温泉だらけになっちゃうよ」

 そりゃ、そうだ。お父ちゃんも打ちのめされたって感じだった。エミもユッキーさんの言葉を思い返してるけど、どこにも間違いとかウソはないものね。温泉長者の夢は消えちゃったと思ったけど、しばらくしてまたユッキーさんと話し込んでる。

 「・・・温泉長者の計画は少し縮小する」
 「どれぐらい」
 「井戸掘って水道代の節約をする」

 聞いてるエミがずっこけた。それって少し縮小じゃなくて、根本的な変更じゃない。

 「井戸もおカネかかるよ」
 「どれぐらい」
 「十メートル掘るのに二十万円ぐらいかな」
 「に、に、二十万」

 あのね、前は温泉掘るのに億単位の話をしてたのに、二十万で絶句してどうするのよ。

 「でも無駄になる可能性が高いよ。この辺って水が出ないんでしょ」

 そうだった、そうだった。

 「条件が良ければ五メートルぐらいでも出るそうだけど、ここじゃ出ない可能性が高すぎるじゃない」

 これでお父ちゃんもあきらめるかと思ったけど、

 「井戸掘るで」
 「でも二十万」
 「手掘りで掘るし、ちゃんと考えてある」

 お父ちゃんの計画は十五メートルらしいけど、

 「まずユンボで五メートルぐらい掘ってもうて、そこから十メートル掘る計画や」

 見せてもらったけど、塩ビのパイプの先に細工したもの見せられて、

 「これ穴に突っ込んで、水入れてガシャガシャやるんや。そうしたら土や砂利が中に入ってくれて掘れるって寸法や」

 常連の建設会社の社長さんにユンボは頼み込んだみたいだけど、来たのはミニ・ユンボ。穴は掘ってくれけど、お父ちゃんの背丈より浅いぐらい。

 「サービスで出来るのはここまでや」

 あははは、そうかもね。それでもお父ちゃんは挫けずに掘ってたけど、

 「なんも出えへん」

 手掘りの限界で十二メートルぐらいでギブアップ。埋めるかと思ったけど、塩ビのパイプをつないで穴はそのままにしてた。

 「こんなもんでも記念や」

 しばらく続いた温泉長者計画もこれでジ・エンド。世の中甘くないよね。