エミの青春:ビビる話

 地震から小林家の運命はガラガラ変わってる気がするんだ。クラブハウスにもしてた母屋が全壊しときには、さすがにお先真っ暗って思ったもの。ところが温泉が湧いてきて、入浴施設を作るためのクラウド・ファウンディングが順調に集まって、なんと温泉付のクラブハウス兼住居が新築中なのよ。

 「エミちゃん期待してや」
 「腕によりをかけてエエもん作ったるで」
 「シンデレラ城や」

 職人さんたちも気合入りまくってるし、叔父ちゃんもそう。それだけじゃなくて、小林工務店に大きな仕事が舞い込んできたの。なんでもエレギオン・グループ関係の仕事だそうだけど、そっちも張り切ってる感じかな。そんな時に叔父ちゃんたちが、なにか深刻そうに話をしてたの。

 「前に立花さんが来たやんか。そん時は気づかんかってんけど、兄貴のとこで木村さんを見た時にアッと思たんや」
 「でもありうるか?」
 「それでもやけど、エレギオン・グループの仕事かって、よう考えたらうちに突然舞い込んで来たんは不自然や」
 「う~ん、かなりどころでないぐらい美味しいのはそうやけど」

 なんの話だろう。

 「康三郎は会ったことあるんやろ」
 「会ったいうても、チラッとだけやで」

 康三郎叔父ちゃんは小林工務店の設計だけじゃなく、他からの依頼も多いんだよね。新進気鋭の売れっ子ってところかな。設計士だから落成式に呼ばれたりするんだけど。

 「実際に見たらどんな感じやった」
 「見たらビックリするで。歳知らんかったら、どう見たってオレより若い。というか、エミちゃんの方が近いぐらいや」
 「ホンマにそうなんか」

 誰の事だろう。

 「それでもやで。なんで兄貴のクラブの会員なんかやってるんやろ」
 「そこなんよな。甲陵の会員、それも社交クラブの方の正会員のはずやもんな」

 まさかユッキーさんとかコトリさんのこと?

 「そやけど、あの馬は凄いなんてものやないそうや」
 「兄貴なんかVIP扱うみたいに世話しとったし、馬なんかわからんオレでもモノが違うのはわかるわ」

 シノブさんが馬買った時に、会社勤めで買えるかって話が出て来たのよね。馬だってピンキリだから会社勤めでも買えると言えば買えるけど、お父ちゃんはいくら掘り出し物でも、ちょっとやそっとで買える馬じゃないって頑張ったのよね。そしたらコトリさんが、

 『騙したようで悪かったけど・・・』

 実は学生の時からベンチャーやってて、実はユッキーさんが社長で、コトリさんが副社長で、シノブさんが専務って話してくれたんだ。

 「兄貴がいうとったけど、あの馬をまともに買ったら軽く億らしいで」

 これもお父ちゃんから聞いたけど、テンペートはセルフランセだけど、セルフランセは馬による能力のばらつきが大きいんだって。だからセルフランセの登録は血統だけじゃダメで、能力検定までされるらしいのよ。だから登録されたセルフランセはそれだけでも高価らしいだけど、

 『セルフランセかどうかなんかやない、馬術用の馬で、これだけの馬を二度と見ることないかもしれへん。神崎愛梨のメイウインド以上やと思う』

 それぐらいの馬。エミも乗馬クラブの娘だから馬に乗れるし、馬の普段の運動のために乗ってみたのだけど、跨っただけで物が違うのがすぐにわかったぐらい。だから億も一本じゃ、全然無理だってお父ちゃんも言ってたものね。

 「康三郎。兄貴のとこの仕事やけど、よっぽど気合入れんとアカンって意味やと思てるねん」
 「広次郎兄ちゃんも、そう見てるんか。エレギオン・グループとセットで予算を考えろって意味やろな」
 「そうや。もしホンマに氷の女帝が動いとったら、ちょっとでもエエ加減な事をしたら・・・」
 「うちの工務店は吹き飛ぶな」

 聞いてるとエレギオンHDの小山社長って怖ろしい人みたいで、それはそれは厳しい人みたいなのよ。氷のような信賞必罰で、たしかにちゃんとやれば評価もキチンとするけど、ちょっとでも手を抜こうものならまさに容赦無しって感じかな。

 エレギオンHDといえば世界一のHDとも呼ばれてるし、エレギオン・グループには有名企業がいっぱいあるんだけど、そんな社長さんたちが小山社長の前では小娘のようになっちゃうらしいのよね。

 伝説みたいなものだけど、睨まれただけで失禁しちゃうぐらい怖くて、提案とかでもちょっとでも不備なところがあると必ず見つけ出すんだって。

 「月夜野副社長も同じぐらい怖いって話やもんな」

 月夜野副社長はニコリともしない小山社長と対照的に、いつもニコニコしてるそうだけど、見た目に騙されたらエライ目に遭うんだって。

 「とにかく稀代の策士っていわれるぐらいや」

 これも伝説みたいなものだけど、エレギオン・グループで不祥事が起った事があるんだって。そうなれば綱紀粛正ってことなって、グループ企業に計画書を出させたそうなのよ。それを読んだ月夜野副社長は、

 『こんな計画を読まされるとは思わんかった。私と社長を舐め過ぎちゃうか。こんなもの小学生の反省文と変わらんやんか。そんなことやから、今回みたいな事が起るのは、ようわかったわ。来週までに性根入れてまともなもん持って来い!』

 いつもニコニコしてるものだから、かえって小山社長より怖かったって言われてるぐらい。

 「広次郎兄ちゃん。ひょっとしてオレたち、トンデモナイ仕事をやってるんやないやろか」
 「康三郎もそう思うか。なんか寒気してきた。オレは材料の見直しやるから、康三郎は設計の見直しやってくれるか」
 「わかった。もしホンマに小山社長や月夜野副社長が噛んどったら、ちょっとでも手抜きや不備があったら何がおこるかわからん」

 そこで呼ばれて聞かれたんだけど、たしかにコトリさんはいつもニコニコ楽しい人だけど、ユッキーさんだって可愛い人だよ。それも食べちゃいたいぐらい可愛いんだよ。どこをどうしたら、あんなに可愛いユッキーさんが怖い人になるのかな。

 「でも一緒やねん」
 「なにと」
 「十一年前と」

 なんの話かと思ったら、エランの宇宙船騒動。小山社長は地球全権代表になってエラン代表と渡り合ったんだって。

 「あん時は日本中、いや世界中の人間がテレビにかじりついてたんや。そやから小山社長の顔は覚えてるんやが・・・」

 十一年前って、だったら小山社長は今いくつっていうのよ。

 「たしか、えっと、七十、いや八十近いはずや」

 ありえるわけないでしょ。ユッキーさんは誰がどう見たって二十歳過ぎよ。他人の空似に決まってるじゃない。