ツーリング日和20(第14話)金鑵城

 ありえないと思っていた連絡が秋野先生からあったのには腰が抜けるほどビックリした。誰かの悪戯だと思ったもの。内容はマスツーへのお誘いだ。どうしようか悩んだけど、どう考えたって乗らない手はないだろ。

 待ち合わせをしたのだけど、本当に来てくれるのかドキドキしながら言ったもの。ドキドキし過ぎて一時間前に行ってしまった。早く行ったからって、早く会えるわけじゃないけど、秋野先生相手に遅刻は論外だろ。秋野先生は待ち合わせ時刻の十五分前に来てくれたのだけど、

「お待たせして申し訳ありません」

 そんな事なんかない。まだ待ち合わせ時刻の十五分も前だし、早く来たのはこっちの勝手だ。今日のマスツーだけどインカムも仕込んでる。出発前に調整して、

「調子は良さそうですね」

 バッチリだ。今日行くのは金鑵城らしいけど、聞いたことがないな。

「どうしても仕事がらみになるので申し訳ありません」

 いえいえトンデモございませんだ。秋野先生の仕事にお付き合いできるだけでも光栄だもの。それと歴史だって嫌いじゃない。歴女じゃないけど興味はある。嫌いなのは歴史のテストだ。

 どうやって行くのかと思ったけどまずは新神戸トンネルか。箕谷から呑吐ダムの湖畔の道を走り抜けて御坂だ。信号のところに御坂神社があるけど行ったことはない。そこから三木の方に向かうのだけど、志染中学の先の信号で右折か。

 この信号のところにうどん屋があるのだけど、あそこって美味しいのかな。だいぶ前からあるけどお世辞にも綺麗とか、立派な店じゃないのだけど潰れてないものな。もちろん行ったことはない。

 この道はネスタリゾートの前を通るのだけど、ここは行ったことがある。あそこはマナミの時に成人式の会場だったんだ。でも不便だったな。だってクルマじゃないと行けないじゃない。

 それにあの頃はグリーンピアだったけど、スポーツレジャー施設みたいなところじゃない。あんなとこに晴れ着で行ってどうするのかと思ったもの。この辺は当時の幹事と言うか実行委員の考えがあったみたいで、

『普段着で参加しよう』

 あの頃は成人式が華美すぎるって声があったのよね。それに実行委員が乗っかったのか、市の意向があったのかはわからないけどとにかくここが成人式会場だったんだ。だけどさぁ、成人式の晴れ着って見栄とは言い切れない部分があると思うんだよ。

 北九州市とかはそうかもしれないけど、この辺だったら大人の晴れ着と言うか正装を整えるって意義もあると思うんだよね。男子のスーツなんてそうだろ。女子の着物は微妙なところもあるけど、あれだって結婚式とかの正装に使う事だってあるじゃない。

 そりゃ、そのたびにレンタルにすれば良いようなものだし、成人式だってレンタルで参加してるのはいるけど、日本人なら振袖の一枚ぐらい持っていたって良いと思う。まあ、着るのが大変だから普通は実家のタンスの肥やしになるのは否定しないけどね。

「そういう機会でもないと着る事もありませんよね」

 そういうこと。成人式だってある種の伝統行事だし、その時には晴れ着なのが風習だと思ってる。済んだことだからもう良いけどね。さてとネスタリゾートを過ぎたら突き当たって左か。

 星陽中学が見えて来たけど廃校になったのに驚いた。少子化の影響なんだろうけど、統合先が三木中だそうなんだ。あんなとこまでどうやって通うんだろうな。バスもあるけど不便だし、自転車で通うにも結構な距離だもの。

 豊地の交差点に出て来たけど、えっ、左に行くの? てっきり右に曲がって桃坂ぐらいからだと思ってた。となると三木まで出るのかな。そう思ってたら八雲神社のところに入るのかよ。金鑵城ってそんなところにあるのかな。

 この道は丘越えのワインディングだ。丘を越えたらまた左に行くのか。もうどこ走ってるかわかんないよ。えっ、こっちに入るのか。なんかゴルフ場があるぞ。ゴルフはやらないから良くわからないけど、なんかややこしいな。

 と思ってたら国道一七五号バイパスだ。それも越えるのか。小野の市役所があってイオンがあるってことはあの辺だ。これも通り過ぎてまた田んぼの道になったけど、この調子なら前に見える山と言うか丘に行きそうだ。

 やっぱりそうなったけど、丘を登るとここは知ってるぞ。子どもの頃にブドウ狩りに来たことあったはず。てなことを思ってたら加西市だ、

「右に入ります」

 えっ、こんなとこ。夢の森公園ってなってるけど、今日行くのは城跡のはずなんだけどなぁ。でも入ったのは公園の駐車場。ちゃんと自動販売機もあってトイレも整備してあるよ。でも城跡はどこだ。

「あそこです」

 あれなの。木の柵みたいなのが見えるけど、あれが城跡だって。お城ってさ、石垣があって、白い壁があって、櫓があってじゃないの。歩いていくと空堀みたいなのに橋がかかってるけど、

「ここは城跡と言っても中世の山城ですから」

 なんかお城っていうより、そうだな、西部劇に出てくるような砦って感じだ。でもよく整備されていて、

「見晴らしも良いでしょう」

 うん、これは一望って感じだ。当時の物見櫓みたいなものも復元されていた。そっか、そっか、こういう感じからマナミも知っているお城に発達していったかもだ。ここには土塁も残ってるけど、これが石垣になり、木の柵が壁になり、掘っ立て柱の物見櫓が白壁の櫓、さらに天守閣になったのかもしれない。

 秋野先生も興味深そうにあれこれ見て回ってるのだけど、どうも一番興味があるのがこの城の名前みたいなんだ。えらい難しい漢字なんだけどあれは、

『かなつるべじょう』

 こう読むんだよ。そいでもって、

『つるべ = 釣瓶』

 これで良いみたいだ。これにちなんだ井戸の復元みたいなものもあるもの。金釣瓶っていうぐらいだから黄金の釣瓶でもあったのかな。

「秀吉でもそこまでしないと思います」

 それもそうだ。秋野先生がいうには、金属の桶を使っていたんじゃなかと考えてるみたい。当時の井戸から水を汲み上げる方法は時代劇で見たことがある。たしか上から水桶を放り込んで、ロープで引っ張り上げてたはずだ。

「ここもそうだったと考えていますが、その水桶が金属製だったはずです」

 まずだけど当時は金属製の水桶なんてなかったはずだけど、鋳物だから技術的には作れたはずだとしてた。だけど、

「金属と言っても鉄か青銅ぐらいでしょうから水に強いと言えないかと」

 鉄なら錆びるだろうし、青銅なら・・・どうなるんだろう。どっちにしても水桶に使うには贅沢品だったのは理解した。そもそも重そうだものね。それでも使っていたから城の名前になったのだろうけど、

「そこも妙だと思いませんか」

 城の名前の由来はあれこれあるだろうけど、戦争の拠点みたいなところじゃない。だったら金釣瓶ってしたからには、なんらかの軍事的とか政治的なアピールの意味があると考えるのか。でもさぁ、水桶を金属製にしたって強そうな感じなんてないじゃないの。

 それが武器になるわけじゃないし、金属製だからって井戸水の汲み上げ効率が良くなると思えないよ。防御兵器と考えても何に使うって言うのよ。

「その通りだと思います。だからまず考えたのは富力のアピールです」

 富力って経済力とか、ぶっちゃけお金持ちアピールだよね。なるほど、他では使うなんて考えもしない金属製の水桶を使うぐらいリッチだってアピールか。それも無いとは言えないけど無理あるな。

「もう一つは武力の誇示と言うか、戦功の宣伝ぐらいです」

 なんだそれって思ったけど、戦利品の活用って意味か。たとえばだけど、どこかの城を攻め取った時に、その城に金属製の桶があったとするじゃない。その存在が有名だったとして、それを奪い取って井戸の水汲みに使ってるぐらいか。

 でもさぁ、でもさぁ、それだったらそれで、それにまつわるお話がセットであるはずよ。だってだって、その金属製の水桶が有名じゃないとならないじゃない。それとそれを持ってる大名が強いとか、大きいとかだよ。そこに勝って、奪い取ったからこそ名前が轟くはずじゃないの。そんな話はあるのかな。

「見つかりませんでした」

 この辺はそういう話と言うか伝承が消えてしまった可能性もあるとしてた。どうみたって大名とか言っても小さそうだし、元の城主は滅ばされたってなってるからね。なんだかんだと言って残ったのが金鑵城の名前だけみたいだもの。

 でも話として面白かった。そういう目の付けどころもあるのかって思ったもの。言われてみれば不思議な城の名前だもの。そんな名前になったのはなんらかのドラマがあるはずだよね。

「歴史はですね、わからないところの方が多いですし、わからないところをあれこれ考えるのが楽しいと思っています。それを事実として立証しようとするのが専門家ですが、あれこれと勝手な想像を膨らませるのが歴史オタクです」

 上手いこと言うな。学校での授業が詰まらなかったのはまさにそこの気がする。だって歴史なんて考えるものじゃなくて、覚えるだけの教科だったじゃない。過去の歴史を知るという意味では嫌いじゃなかったけど、テストになったら暗記量の競い合いだけだったもの。

「どんな教科でも基礎知識は丸暗記になりますが、高校ぐらいまででしたら丸暗記しかしならないですよね」

 その通りだ。勉強自体が嫌いだったのは置いとかせてもらうけど。歴史だってこういう応用部分があれば楽しいじゃない。

「マナミさんも嫌いじゃなくて嬉しいです」

 わぁ~い、褒められちゃった。