ツーリング日和20(第12話)福住

 ちょっとだけときめいた蕎麦屋だったけどもう会えないだろうな。まずだけどあの男が次に目指すのは九分九厘篠山だ。ここからならそうなるはずだ。だから再会を目指して篠山に向かうのはありだけど、まず篠山で再会できるかはある。

 そんなに大きな街ではないけど、それなりの規模はあるからね。それに再会したって既婚者ならアウトだ。不倫とか略奪愛は趣味じぇねえ。ぐたぐた考えずにもともとの目的地に行こう。今日は篠山じゃなくて福住だからね。

 最近は古い街並みに人気が出てるじゃない。昔から有名なのは飛騨高山とか、馬籠とか妻籠だけど、それ以外も売り出しているところがあるんだよ。福住もその一つかな。ここも宿場町で昔の風情が楽しめるってなってるんだ。

 篠山市街を遠くに見ながら東に東に走ってく。思ってたより遠いな。ナビで十二キロぐらいなんだけどな。突き当たったら右に曲がって、なんか案内が出てるぞ。伝統的建築物保存地区は左となってるから、ローソンがある信号を左に曲がったら良さそうだ。

 えっとえっと、右側に見えてるのが福住の宿場町のはずだから、どこかから右に入らないといけないはずだけど、ここを右に入れってなってるから曲がってみよう。左側にえらい年代物の倉庫みたいなものがあるけど農協の倉庫って書いてあるな。

 どっかにバイクを停めたいのだけど、こんな案内板があるぐらいだから駐車場もセットになってるはず。そりゃ、バイクだし、モンキーだからどこでも停めれるようなものだけど、出来れば駐車場なり駐輪場が良いんだよね。

 突き当たったところが宿場町を通る道のはずだけど、なんにも案内が無いな。とりあえず左に曲がってみるか。古い家もあるけど、新しい家も混じってるな。それはともかく停めるところをどうしようか。

 おっ、あそこにえらいクラシックな郵便ポストがあるじゃないか。それも茶色の板塀の前ってイイじゃない。あそこにモンキー並べて撮ったら絵になるぞ。インスタやってないけどインスタ映えするはず。

 写真の前にスマホのナビを確認しておこう。ここが福住の宿場町なのは間違いないはずだけど、そのどの辺なのか、バイクをどの辺に駐車できるかさっぱりわからないんだよね。でもさぁ、スマホって思うんだけど昼間の明るいところって見にくいんだよね。えっと、えっと、現在地は・・・

「どうされました」

 また声をかけられたけど、この声ってもしかして・・・やっぱりそうだ。あの男も福住に来てたんだ。駐車場を探してるって答えたんだけど、

「だったらこの裏ですよ」

 ホントだ。黄色のモンキーの隣に停めさせてもらって、

「一緒に行きましょうか」

 行く行く。このままホテルだって行きます。男は下調べもしっかりしていたみたいで、

「中心地と言うか、見どころは西側みたいです」

 福住って宿場町だけど、篠山から近いのよね。

「篠山から三里ってところでしょうか」

 おいおい里ってなんだよ。昔の距離のことのはずだけど、たしか一里は四キロぐらいだったはず。篠山から十二キロぐらいだから合ってるのは合ってるみたいだけど、

「よくご存じですね。だから篠山から三時間ぐらいになります」

 はぁ、どういう計算でなぜわかる。一里が四キロなのは間違いじゃないそうだけど、長さは地形によって変わるって初耳だ。そりゃ、昔の事だから長い距離を正確に測るのは難しいとは思うけど、

「あれって成人男性が一日で歩ける距離を十里としたものなのです」

 だったら昔の人は一日に四十キロも歩いていたと言うのかよ。

「それはあくまでも平地でのことです。たとえば東海道なら・・・」

 江戸から京都まで五十三次じゃない。これは宿場町のことだから五十三日かかると思ってた。だって江戸から京都だぞ。二か月ぐらいはかかるはずじゃない。でも実際は二週間ぐらいだったらしい。でもって江戸から東京まで五百キロぐらいだそうだから、えっと、えっと、

「一日に三十キロ強ぐらいになります」

 ただこれはあくまでも現代の距離換算だから、里でいうと百二十四里八丁ってえらい細かいな。

「だいたい九里ぐらいになります」

 十里になっていないのは、その日の歩いた都合の宿場町の関係があったり、どこだったかな、橋が無いから人足に背負ってもらう川があったり、

「海路もありますからね」

 桑名で焼き蛤を食べるやつだ。それに二週間も歩くのだから、早めに休憩にして休んだ日だってあったはず。

「他には日の長さもあると思います」

 なるほど! 冬は夜明けが遅くて、日が落ちるのが早いものね。なるほどホントに十里も歩いてたんだ。だから篠山から三時間ってことになるのか。それはわかったけど、だったら篠山から近すぎるじゃないの。

「この辺は様々なのですが、城下町と宿場町は別のことがあります」

 江戸時代と言えば天下泰平みたいなものだけど、それでも他国からの来訪者には警戒してたのか。あれだな、公儀隠密がその大名の陰謀を暴くってやつだろ。

「薩摩飛脚なんてそうでしょう」

 飛脚って江戸時代の郵便屋さんのことだよね。

「薩摩はとくに厳しくて他国からの侵入者はシャットアウト状態だったそうです」

 そこをかいくぐって侵入に成功したらお手柄だけど、見つかれば捕まってスパイとして首を切られたっていうの。

「だから行ったきりで帰らない人の事を薩摩飛脚と呼ばれるようになったそうですよ」

 この男は本物だ。歴史に詳しい人は単なる歴史オタクの場合もあるけど、知識人の教養と言うらしいからね。

「いえいえ単なる歴史好きで歴史オタクです」

 本物の歴史オタクが自分でオタクって言うはずがない。そんな話をしていると福住の中心街に入って来たみたいだ。だいぶ感じが良くなってきてるけど、

「そう簡単に高山になりませんよ」

 だよね。だってここはちゃんと人が住んでるし、住んでたら建て替えだってするよ。高山クラスに仕上げるには時間と投資と規制が必要なはず。もっとも行ったことないけどね。それでもこれはこれで悪くないし、来て見るだけの価値はあると思う。

「良かったらお茶でもしませんか」

 来たぁ、お茶への誘いだ。もちろんOKだ。ここも古民家だけど薪焼きピザとジェラートの店なのか。お蕎麦を食べたばっかりだからピザはもう良いけどジェラートは楽しみだ。なににしようかな。自家製ゆずジュースに無添加ジェラートにしてみよう。

 そこから待望のおしゃべりタイムだ。なにより確認したいのは既婚者かどうかだ。既婚者ならそこで話が終わりだものね。でもどうやって切り出そうか。エエイ、ここはストレート勝負だ。

「今日はお一人みたいですが、奥様は?」

 さてなんと答える。さあ、さあ、さあだ。

「バツイチじゃありませんが、今は一人身です」

 えっ、どういうことだ。結論は独身で良いと思うけど、

「もう亡くなって五年になります」

 なるほど離婚じゃなくて死別だからバツイチじゃないのか。だったらお子さんは、

「出来なかったですね」

 奥さんとは死別してコブも無しか。これでなんとかスタートラインに立てたぞ。ただそこからの話はマナミの想像を超えると言うか、そんな世界が本当にあるんだみたいなものだった。