ツーリング日和17(第20話)篠山

 ツーリングに出発したアリスにまず立ち塞がる難関は六甲山だ。これを越えないと始まらないのだけど、ここは新神戸トンネル一択だ。新神戸トンネルは阪神高速に移管されたのだけど、今でも原付二種は走れるんだよ。

「原付はウソみたいに安いな」

 五十円だからね。つうか、それぐらいだったらタダにしろだ。それでも快調に走り抜けたら箕谷だ。ここからだけど東に走る。通称有馬街道で、その名の通り有馬温泉に行ける道だ。もっともこの道は古くから渋滞の名所で、

「阪神高速が出来てだいぶマシになったそうだけど・・・」

 ここは耐えないとしようがない。それでも十分ほどで唐櫃に。ここから六甲北有料道路に乗る。ここも小型で走れる有料道路で、

「小型は二十円なんだ・・・」

 三田まで走っても三十円だからね。湯村へのツーリングの時に覚えた。三田からは下道だけど目指せ篠山だ。到着は予定通りに十一時過ぎぐらいになりそう。篠山は湯村ツーリングの時に近くを通ったけど行くのは初めて。

 篠山ってクルマがあればまだしもなんだけど、電車で行くとなれば大変なんだ。尼崎からJR宝塚線に乗り換えたら篠山口駅までは行けるのだけど、そこから市街地まで遠いのよ。

「明治の時の鉄道反対運動の名残りらしいけど」

 そんな話は聞いたことはあるけど、クルマがないと手軽には行きにくい感じかな。その代わりじゃないだろうけど、都市開発があまりされず古い町並みが残されているのが魅力かな。だから丹波の小京都とも呼ばれることがあると聞いたことがある。

「関西人に小京都と言われてもね」

 小京都の意味するところは、古い街並みや景観がどこか京都を思わすようなところがあるぐらいだけど、関西人は本物の京都を知ってるんだよね。それも一度訪れたことがあるレベルじゃない。

 京都はね、さすがなのよ。いや、これだって関西人は必ずしもそう思っていないところがあって、あれぐらいは普通ぐらいに思ってるところは確実にあるのよね。そういう基準で小京都を見てしまうと、

「どうしたって、京都と較べるのは無理があり過ぎるになりますよね」

 わざわざ比較に京都を持ちだして来るなぐらいかな。ここも誤解しないで欲しいのだけど、だから小京都を名乗る街に価値がないのじゃない。京都と較べるのじゃなくて、そこはそこで良いところぐらいにして欲しいぐらいだ。

「関西人は京都や奈良を古都とか、お寺や神社の基準としてるものな」

 どうしてもね。あれが日本で最高水準のものだって知るのは、それ以外のところを知ってからだもの。健一は鎌倉は行ったことがあるの?

「あるよ。たしかに立派だし良かったけど・・・」

 狭苦しいのか。その点は京都も奈良も盆地だから似たようなものの気もするけど、

「もっと狭い谷間って感じがした。鎌倉に較べれば京都なんてどれだけ広いか」

 そのうち連れて行ってね。

「もちろんだ」

 バイクじゃ無理だけどね。さて三田からは国道一七六号を北上。ここも混んでるな。この辺は仕方がない。コトリさんたちは国道を回避できる県道もあると言ってたけど、そこまで健一に望むのは酷だもの。

「もうすぐ右に曲がるみたいだ」

 道は山間に入って来てるけど、国道三七二号で亀岡に行く道だな。この信号を右折で良さそうだ、へぇ、丹波篠山が日本遺産でユネスコ創造都市だって看板が出てるけど。日本遺産はともかくユネスコ創造都市ってどういうことだ。

「さぁ?」

 健一に聞くだけ無駄か。こっちの道の方が空いてるかな。国道三七二号はデカンショ街道とも呼ばれるけど、別に道沿いでデカンショ踊りをやってない。当たり前か。盆地になっていてのどかな田園地帯だな。道も直線的だから篠山のバイパスみたいな道なんだろうな。

「篠山は左に曲がるとになってるけど・・・」

 あの信号だよな。

「その次みたいだ」

 こっちの信号のない方なのか。この道も走りやすいけど、橋を渡って、次の信号は真っすぐ見たいだ。これは街らしくなってきたぞ。左側に見えているのは川にしたら大きいからお城の濠かも。

「次の四つ角を左に曲がってみる」

 濠ぞいに行くって事だな。それっぽくなってきたけど、

「次の四つ角も左に曲がってみる」

 正面に古そうな門が見えるところの四つ角だな。あっちにクルマが停まってるところがあるから、

「ここを右だ」

 駐車場に行くのか。だろうな。アリスのダックスならまだしも健一の化物ハーレーを路駐したら顰蹙だものね。えっ、バイクは無料とは嬉しいね。まずは篠山城だ。立派な石垣が残ってるけど、あの高石垣の上が本丸のはず。

 石垣の間の石畳を登って行くと小さな門があり、その右側に立派な建物がある。これは大書院ってなってるな。篠山城には天守台こそあるけど天守閣はなくて、その代わりに大書院が篠山城のシンボルみたいになってたらしい。

 大書院は明治の廃城の時にも壊されずに移築されたそうだけど、残念ながら焼失していて、これは再建したものだそう。中も見られるから入ったけど、

「これは御殿だね」

 時代劇に出てきそうだよ。篠山城は関が原の後に、大坂城対策と西国支配のために天下普請で作られたとなってるな。どうしてこんなところが要衝だったんだろう。

「う~ん、山陰から京都を結ぶ道じゃないかな」

 健一にコトリさんの代役は無理か。というか、あれだけすらすら出る方が異常だ。本丸の石垣の上から風景を楽しんで街探索に。ここはオシャレな洋館だけど、

「大正ロマン館ってなってるな」

 なかは土産物売り場とレストランがあるみたいだけど、もともとは篠山町役場として作られたのか。こんな立派なものをよく作ったものだ。それはそうと、そろそろお腹も空いて来たけど、ここのレストランでランチとか。

「ここでも良いと思うけど、前に行ったことがある店があるから」

 大正ロマン館からすぐのところにあるのが二階町通り。ここは現在の篠山の中心街らしくて、観光客も多くて活気がある感じ。さて篠山の名物と言えば丹波の松茸だ。

「いやいや、さすがに松茸は無理がある」

 高いものね。だったら丹波栗とか丹波の黒豆とか。

「メインで食べるには寂しくないか」

 健一に連れて来られたのは大衆食堂みたいなところだけど、

「ここも昔は一年中、牡丹鍋が食べられたんだけど・・・」

 なるほど猪か。牡丹鍋は十一月から三月になってるから無理だけど、しし肉とろろ丼がお勧めだって。他にもうどんやそば、焼き飯にカレーライスにトンカツ、ハムエッグまであるけど観光客なら猪肉だよね。

「地元の人の店でもあると思う」

 観光客なら猪肉に飛びつくと思うけど、地元の人なら他のものがあるほうが嬉しいものね。そもそも猪肉は高いもの。店内はテーブル席と小上がりの座敷で、壁にメニューの短冊みたいなものがすらっと感じで貼ってあるのが大衆食堂ぽくて気楽だ。

 猪肉も初めてなんだ。たしか猪を家畜化したのが豚のはずだから、似ているのかな。ど~れ、バクッ。これは豚肉とは違う。もっと固いと言うか、歯応えがある、味も豚じゃない、牛肉でもない。これはこれで美味しい。

 それと猪もジビエだから生臭さがあるかと思っていたけど無いじゃない。だからあれだけ牡丹鍋が持て囃されるのかも。

「ボクも聞いただけの話だけど・・・」

 かつての猪肉は生臭かったんだって。生臭さを取るために川の水にさらしたりもしていたそう。そこまでやっても生臭さが残るから、牡丹鍋は濃い味噌鍋で、山椒もしっかり入れたものだそうなんだ。

 これが猪の解体とか保存技術が良くなって、今のような生臭さが取れたものになり、こんな猪肉の丼でも食べれるようになったのだとか。それはともかく丹波篠山で猪肉を食べれたのはグッドだ。

「旅行で名物料理を食べるのは楽しみだものね」

 そう思う。だって、せっかくそこまで出かけてるのに、ファミレスでサービスランチは悲し過ぎるじゃない。