ツーリング日和19(第10話)名前呼び

 なんだかんだで四回目のツーリングだ。いつものコンビニ駐車場で待ち合わせて、

「新神戸トンネル経由でね」

 まずは三田でモーニングだ。

「あれ、アロハカフェじゃないの」

 あそこでも良かったのだけど、

「上高地あずさ珈琲?」

 こっちも気になってたんだ。外観はこっちの方がオシャレで御坂さん向きかもって。

「ちょっと割高か」

 コーヒーとトーストだけで六百円だからね。

「そっちでも良いけどアーモンドトーストにしてみる」

 ボクはりんごバタートーストにしてみた。

「ここはコメダやアロハカフェとは路線が違うね」

 ボクもそう思った。だってアーモンドやりんごバタートーストなら八百円になるし、お勧めになると食事だけで千円にもなる。モーニングしたら高すぎる。

「優雅なモーニングとか、ブランチ向けかもね」

 今日はボクの当初のツーリングプランの北に向かうの一環のものにしてる。とにもかくにも国道一七六号を北上だ。

「篠山はパスだね」

 もっと北を目指したいからね。国道一七六号は篠山口駅の西側を走って北上するのだけど、やがて篠山から鐘ケ坂峠に差し掛かることになる。

「聞いたことあるよ。日本一低い分水嶺」

 それは覚え間違いだよ。ここから近いけど、谷中中央分水界って言って南側が加古川で北側が由良川になってるところだ。

「加古川の源流ってそんなところだったのか」

 鐘ケ坂峠も今はトンネルが出来てるけど、

「でも下るのね」

 国道一七六号を北上しているとさして登った感じはないけど、トンネルを出ると峠道を下る感じだものな。

「あれもバブル遺産?」

 だろうな。作りからしたらドライブインと言うよりホテルの感じもあるけど、

「まさかまさかの結婚式場とか」

 こんなところでと思わなくもないけどどうなんだろう。

「ディスカウントスーパーまであったみたいだね」

 ジャパンの看板が残ってるものな。よくわからないけどトンネル開通を当て込んでの観光開発みたいなのが行われたのだろうけど、今は廃墟になってる感じがする。

「素直に道の駅でも作っておけば良かったのに」

 御意だ。この辺にあったら一休みしたいもの。この峠道を下ったところが柏原になり、さらに北上すれば氷上になる。

「あれってショッピングセンターよね」

 ゆめタウンっていうらしいけど、かなりの規模だからこの辺の中心地みたいな感じで良いはず。あそこにはホールまであって、だいぶ前に講演会を聞きに来たことがあるもの。

「バイクで来たの」

 電車だよ。今日はゆめタウンの手前の信号を右折する。この信号は左折すれば国道一七五号になる。

「国道一七五号ってここまで伸びてるんだ」

 ボクもツーリングを始めて知ったようなものだけどね。右折すると国道一七六号なんだけど春日町、市島町と抜けて、

「そう説明したいのはわかるけど、柏原から市島町まで全部丹波市だよ」

 わかってるわい。わかってるけど、丹波市じゃ広すぎてどこを走っているかわからないじゃないか。市町村が合併する理由はあれこれあるのだろうけど、あまりに広い合併は道を覚えるときに不便なだけだ。

「それわかる。立杭焼の今田町だって丹波篠山市だものね」

 今田町と言えば田園学校だけど御坂さんも行ったのかな。

「行った、行った、五年と六年に行ったよ」

 屋根がテント張りのバンガローみたいなところだったけど、

「前に川があって泳いだよね。今でもあるのかな」

 前に調べたことがあるけど無くなってた。市島町から塩津峠を越えると、

「京都府だ! 初めてチサのダックスが他の県に踏み込んだぞ」

 京都は県じゃなくて府だけど、まあいっか。気持ちはわかるし、ボクのモンキーもそうだ。峠道を下ると、やったぞ福知山だ。迷わずに着けた。高架が見えてきて、

「九号線に乗るの」

 天橋立に向かうのならそうだけど、今日は直進して福知山市外に行く。郊外型の店が軒を並べていて結構な街じゃないか。福知山城公園駐車場の案内表示があるから左折だな。

「お城が見える♪」

 あれがそうか。走って行くと鉄筋製の太鼓橋があるからここが福知山城への正面入り口になるはずだけど、あったあった駐車場だ。えっ、こっちに来るなってか。どうもこの門みたいなあたりに停めておいてくれみたいだ。

 それでも駐車場が無料なのはありがたい。小型バイクでも駐車場なり駐輪場になるべく停めたいと思うけど、小型バイクにまで駐車料金が発生するとどこかモヤモヤするところはあるもの。その辺はクルマだってあるのだろうけどサイズが違い過ぎるじゃないか。


 福知山城の見学をしながら歩いてるのだけど、福知山城の前身は横山城とはなっている、掻き上げ城らしいから中世の小城ぐらいだったのじゃないのかな。それを丹波を平定した明智光秀が現在の福知山城の規模に大改修したのか。大改修というより築城で良いと思う。

 もっともこれだけの大城郭を築きながら光秀は福知山城を根拠地にしてないのだよ。光秀の本拠地と言えばまずは近江の坂本城だし、丹波攻略の時の策源地も亀山城のはずだ。だから福知山城には城代として明智秀満がいたのか。

「明智秀満って左馬助光春でしょ」

 歴史研究もあれこれ進むのはありがたいけど、定着した名前まで変わるのは嬉しくないところはある。

「公式の文書とかの署名を史実にするのはわかるけど、名前とか呼び名なんてコロコロ変わることも多いから、当時にどれが広く使われていたなんてわかんないと思うのよ」

 それは一理あると思うな。これは欧米流の文化との相違だけど、相手を呼ぶときに本名を使うのをなるべく避けようとするのはあるものな。

「ちょっと違うと思うよ。欧米流だって目上の人をファーストネームで呼んだりしないはずよ。日本が違うのは同格でもファーストネームを避けることじゃないかな」

 鋭いな。洋画でもそうだよ。相手を友だちと認めたらファーストネームで呼び合おうとするシーンは良く出てくるもの。それだけじゃなく相手との親密さをアピールするために、

『これからはトムと呼んでくれ』

 こんなのを何度も見てる。

「だからもうチサって呼んでよ」

 はぁ? そんなもの畏れ多くて呼べるわけがないだろうが。自分を誰だと思ってるんだ。

「高校の時もみんなそう呼んでたよ」

 そ、それは親しい友だちだったからだろうが。

「二人のツーリングももう四回目だよ。これで親しくなっていないとでも言うつもり?」

 うぅぅぅ、この歳じゃなくても男と女の二人きりで四回もツーリングをすれば知り合いの範疇を越えているかもしれないけど、名前呼びをする関係にはまだ遠いはず。それも女性を名前呼びするのは違った意味が含まれて来るじゃないか。

「あらどんな意味なの。教えてほしいな」

 どんな意味って、あの、その、男と女が互いに名前呼びする関係と言うのはな・・・言わなくてもわかるだろ。

「それって、チサが高校の時に逆ハレムをやってたとでも言いたいの?」

 そんな訳ないだろうが。高校時代と今を同じにするな。

「それって唐櫃のホテルで頑張らない限りチサとは呼べないって意味なのかしら」

 あんな寂れたラブホでどうして頑張らないといけないのだよ。

「じゃあ、どこならOKなの?」

 話がどこかおかしいぞ。そりゃ、そういう関係になれば自然に名前呼びになるだろうけど、名前呼びをするためにホテルに行くのはおかしいだろうが。こういうのを手段が目的化してるって言うんだよ。それにだぞ、ホテルで頑張らなくても・・・

「そうだよ、親しくなればチサと呼べるはず。チサと呼ぶことがホテルに繋がるかもしれないけど、繋がらなくても親しさの段階が上がったから呼んでも問題ないもの。それぐらい親しい友だちにもうなってるじゃない」

 ホテルはとりあえず離れてくれ。

「そんなにチサと頑張るのは嫌なのか。バツイチのオバサンだものね」

 だから少し離れてくれ。ホテルで頑張る話が出るたびにどれだけドキドキさせられることか。