ツーリング日和19(第15話)明石に

 バイクツーリングはフルオープンでするものだから気候の影響は直撃する。夏はオーブンで照り焼きになりそうなぐらい暑いし、冬は冷凍食品になりそうなぐらい寒いってこと。それでも夏でも冬でもツーリングを敢行するバイク乗りはいるけどヘタレのボクには無理だ。

 それでも通勤には使うけど長時間走行なんてとてもとてもだ。だいぶ秋も深まってきたから年内も後何回ツーリングに出かけるかって感じになってる。だからじゃないけど北に足を伸ばすツーリングはお休みにした。いつものコンビニの駐車場で待ってると赤いダックスがやってきて、

「おはよう」

 北は寒さが強くなってるから今日は南へのツーリング。これもバイクが来てからずっと狙っていたアワイチ。アワイチとは淡路一周の略で似たものなら琵琶湖一周のビワイチ、小豆島一周のマメイチもあって、そっちもいつの日にかと狙ってる。

 アワイチも、もともとはサイクリストから出てきた言葉だけど、自転車が走れるならバイクも走れるからバイク乗りにも人気のツーリングコースになってるんだ。アワイチをするにはとにもかくにも淡路島に渡らないといけないのだけど小型バイクじゃ明石大橋は通れない。

 だから船になるのだけど、本州から淡路に渡れるフェリーは一本しかないんだよ。もうちょっと言えば四国から淡路に渡れるフェリーになると一本も無いんだよな。

「明石大橋が出来る前はあれだけあったのにね」

 覚えているのが悲しいけど、明石や須磨、神戸からもあったし、大阪からもあったもの。前回のツーリングで明石のジェノバラインの乗り場に立ち寄ったのは今日のアワイチのためだ。

「山麓バイパスで行くの?」

 いや今日は浜国道で行く。これは国道四十三号から国道二号を使うルート。この道は渋滞の名所だけど、休日のこの時間帯ならだいじょうぶのはず。それと国道二号は須磨あたりからシーサイドロードになるから、信号こそ多いけどそれなりに快適のはずなんだ。

「走ってみると神戸も広いね」

 神戸の南北は狭いけど東西は長いんだよな。三宮から兵庫区、長田区と抜けて行くのだけど地図の感覚より長い気がする。さすがに空いてるから快調だ。

「やっと阪神高速が終わるみたい」

 若宮ランプのとこだな。ここから阪神高速は北側にルートを取るからな。

「須磨の水族館は工事中だ」

 こりゃ、工事の規模は大きいな。その前の水族館には何度か来たことがあって、

「玄関に入ると大水槽があって、イルカのショーもあったし、ラッコもいたよね」

 小学校の社会見学コースにもなっていたけどデートスポットの一つでもあったもの。須磨の浜を過ぎると須磨浦公園があり、

「海だ、海だ」

 神戸は港町だし、海は近いのだけど、海を見るのは案外大変なんだ。中突堤とかハーバーランドにでも行けば見えるけど、他のところは海岸線沿いにビッシリ建物が並んでるからな。そんなことを思っているうちに塩屋だ。

「塩屋異人館倶楽部って覚えてる」

 あれは洋館のフレンチだったはず。

「あの頃ってこの辺にオシャレな店があったよね」

 チサさんも行ってたのか。ワニ料理の店もあったはず。

「不味くはなかったけど一度食べたら十分だったかな」

 ボクもそんな感じだった。そんなことを話しているうちに見えて来たのが明石大橋。渡れないのがコンチクショウだけど近くで見ると壮観だ。

「この辺だったよね、ウェザーリポート」

 また懐かしい店の名前を。カフェってことになるのだろうけど、当時の若者が競って集まっていた店だったもの。

「オープンデッキに、世界一長いカウンター」

 それって前期の頃の方だろ。ウェザーリポートも前期と後期があって、前期はコンテナをくっつけて出来てた様な気がする。あの素っ気なさが良かったのだけど、

「建て替えた方は豪華だったよね。駐車場から木の階段を登って二階から入ってたはず」

 あれは当時全盛を極めていたカフェバースタイルだと思うけど、

「無くなったのね」

 明石大橋が出来る頃に閉店したらしい。大震災もあったから関係していたかもしれないけど、

「震災で無くなってしまった店も多いよね」

 震災はあの頃の神戸を知る人間に取っては記憶の断層みたいなところがあるかもしれないな。震災で一遍に無くなってしまった気がするもの。

「キングスアームスって行ったことがある?」

 あるよ。フラワー通りにあった英国風パブだろ。建物も洋館風で本格的だった気がする。あそこの名物と言えば。

「ローストビーフ。初めてローストビーフってのを食べたのよ」

 ボクもそう。でっかい肉の塊が出てきて。こんなに食べれるんだと思ったら、

「チサもそうだったんだ。あそこから薄く切り分けられるのも初めて知ったもの。でもさぁ、もっと大人になったら通ってみたいと思ってた」

 そんなことを話しているうちにやっと明石だ。

「ここまで神戸なんだ」

 走ってるとそんな感じになるものな。やがて明石市街に入って来たけど、明石も変わってるから注意しておかないと。だからこそ前回のツーリングの時に下見までしておいたんだ。

「次の信号を左に曲がるぞ」
「あそこね」

 ジェノバラインの乗り場は地図で見てると海岸沿いの道を右折すれば行けるように見えるけど、実際に走るとその道は右折出来るようなものじゃなく、一つ手前の信号を右折し、本町通から左折して行くことになる。

 下見の甲斐もあってジェノバラインの乗り場に無事到着。ここは徒歩の乗客乗り場とバクの乗り場が分かれてる。距離にして三十メートルぐらいかな。乗り場は工事用のポールとコーンバーで仕切られてるけどバイクは着いた順に並べて置けば良さそうだ。券売機でチケットを買って後はフェリーが来るのを待つだけ。

「へぇ、こうなってるんだ」

 ボクも乗り場の中に初めて入ったからわかったようなものだけど、徒歩客の乗り場とバイク用の乗り場は屋根で繋がってる。時間もあるから見に行くと、

「こっちはトイレも受付みたいなのもあるじゃない」

 ついでに言えば四方が壁に囲まれてるからエアコンも効いてくれるはず。バイク用の乗り場は吹き曝しだもの。夏とか冬はここで待つのがメインなんだろう。

「タコのプレス焼きは残念だったね」

 今回のツーリングのモデルはある動画を参考にしてる。動画の人もモンキーに乗ってたからちょうど良いと思ったんだ。チサさんも見ていてタコのプレス焼きは食べたそうだった。もちろんボクもだ。

 ところが計画を練っているうちに動画の人がどういうスケジュールで走っていたかがわかってきたぐらい。動画の人が住んでいるのは大阪、それも南大阪でよさそうだ。これはその人の他の動画を見ればわかる。

「だから九時半になるはずよね」

 休日のフェリーダイヤは一時間に一本で、それも七時半、八時半、九時半って感じになってるんだ。南大阪から明石まで来ようと思えば、いくら休日の朝でも二時間以上はかかるはず。そうなると家を七時ぐらいに出発したはずだ。

「フェリーも駆け込みだったから九時二十分を回ったぐらいに着いたはずよ」

 フェリーは十五分程度だから岩屋から東浦の道の駅まで走ってタコのプレス焼きを食べたことになるだけど、

「あの店って十時開店なのよね」

 そういうこと。動画の人は淡路が初めてじゃなさそうだから、十時開店のタコのプレス焼きを狙って食べに行ったはずだと思う。

「帰りもだいたいわかるものね」

 アワイチはバイクならだいたいだけど五時間ぐらいで走れるみたいだけど、十時に岩屋をスタートしたら十五時ぐらいに戻って来れるぐらいになるはず。だけど乗り遅れてる。

「岩屋のフェリーは十四時、十五時、十六時だものね」

 十五時に乗り遅れたから十六時になったはずだけど。

「帰り道は難儀したんだと思うよ」

 ボクもそう思う。動画ではアワイチツーリングの素晴らしさを伝えてくれてるし、ボクもそれを見てアワイチをしたいと思ったけど、一方で行き帰りのシンドサをこぼしてたんだ。休日でもその時刻に明石から南大阪を下道で目指したら辛そうだもの。