ツーリング日和17(第19話)ツーリング計画

 アリスがツーリングまでしてるって聞いて徳永君がビックリしてた。アリスがバイクに乗っているのは知ってたんだ。オフィス加納に通ってる時はバイクだったからね。でもあれは買い物用ぐらいだと思っていたんだって。

 まあそうだろうな。市内を走るだけなら、都心部を除けばバイクは便利だ。都心部だって便利と言いたいけど、都心部になるとバイクの駐禁がうるさいし、クルマと違って駐輪場がほとんどないから行きにくい。

 それでもスクーターじゃなくダックスだったのは気になってたそう。買い物だけを考えるとダックスみたいなタイプのバイクは、スクーターに対して利便性は落ちるからね。だって荷物が載らないもの。それでも原付二種だから、ちょっとしたこだわりぐらいに思ってたそうだけど、

「ふぇ、それはなんてディープな」

 アリスが初めてお泊り付きのロングツーリングに出かけたのは対馬壱岐だ。そのためにフェリーを乗り継いで行ったよ。

「九州ならやまなみハイウェイとかミルクロードとか」

 みんな同じこと言うんだから。あれはね、仕事だから行ったの。

「なるほど。シナリオハンティングだったのか」

 そういうこと。あのツーリングは元寇映画の参考にすごくなってくれたし、マスツーしてくれた、コトリさんやユッキーさんのお蔭でとっても楽しかった。

「また行くつもり」

 もちよ。あれからだって湯村温泉まで行ったのだから。

「じゃあボクもバイクを買うからマスツーしようよ」

 それは嬉しいけど、ちょっと無理があるな。アリスのダックスは小型だから下道オンリーのツーリングになっちゃうのよ。

「だったらボクも小型を買って」

 そんなもの出来るはずがないじゃないの。小型は小さいのがメリットだし、このサイズだからアリスも乗れるのはある。だけどね非力なのよ。アリスが乗っても峠道になるとヒーコラ状態になるんだもの。

 この辺は人によって意見は変わるけど、小型で近郊の日帰りツーリングぐらいならまだしも、ロングツーリングは無理があるとする人も多いんだ。振動も多いし、高速も自動車専用道も走れないのもあるけど、個人的に大きいのはやっぱり非力だ。

 ツーリングで走りたいところって絶景ロードじゃない。この絶景ロードって高いとこにあるのが多いのよ。そこまで上がるのに小型じゃ苦戦しすぎるものね。そりゃ、根性出せば上がれるけど、それこその難行苦行になるもの。

 たとえばさ、徳永君がアリスと同じダックスを買うとするじゃない。同じダックスが徳永君を乗せて走るんだよ。そんなものカメになるしかないじゃない、六甲山トンネルだって登れるか疑問じゃないの。

「そんなに変わるかな」

 変るわい。自分の体を鏡で見たことが無いのか。家に体重計は無いのか。余裕でアリス二人分の体重ぐらいあるんだぞ。徳永君が一人乗るだけでタンデム状態になっちゃうでしょうが!

「そ、そうなるよな。じゃあ、少しダイエットして」

 無駄な努力の極みだ。アリス並なんて目指したら栄養失調で餓死するぞ。

「それだったらボクが中型なり、大型にしたら済む話だ」

 だ か ら、アリスのダックスは高速も自動車専用道も走れないんだって。一緒にマスツーなんか出来るはずないじゃないの。

「ボクが下道を走ればすべて解決だ」

 どこまで本気なのかと思っていたら、ある夜に野太いエキーゾスト音が響いたんだよね。そしたらスマホに徳永君から電話があって見に来て欲しい言うから行ったんだけど、なんてデカいバイクなんだ。これはハーレーじゃない。

「これが手頃なサイズだと思って・・・」

 て、手頃って、ロードキングのそれもスペシャルだよね。全長なんか二四八センチもあって。ホイールベースだけでアリスのダックスぐらいあるんだもの。エンジンなんか一八六八ccってなんだよそれ、そこまで行けばクルマだぞ。

 車体重量なんて三六六キロだ。ダックスの三倍以上じゃないか。誰が見たって化物サイズだろうが。こんな化物バイクをホイホイ扱える人間なんて・・・ここにいるか。徳永君なら片手ででヒョイと持ち上げられそうだもの。

「片手はいくらなんでもだ。ボクでも両手を使わないとシンドイよ」

 出来るんかい! でもホントに出来そうで怖い。前にアリスのダックスを片手でヒョイと持ち上げて、

「小型って本当に軽いのですね」

 あのね、小型、小型って言うけど百キロ越えてるのですけど。ともあれ、そこまで徳永君が本気だからプランの検討に入ったんだ。ツーリングと言えば信州とか、飛騨も候補に挙がったけど却下だ。下道ツーリングだぞ。アリスを殺す気か。だから北海道なんて無理に決まってるじゃないの。舞鶴に行くだけでもどれだけ大変か。

「じゃあ、阿蘇は」

 うっ、行きたい。

「でも四国で祖谷温泉も良いな」

 これも捨てがたい。でもさぁ、フェリーを利用するのは大賛成だけど、フェリーの発着時刻にクセが強すぎるのは学習した。コトリさんたちも阿蘇は西のツーリングの聖地だけど、泊りと絡めるとプランが組みにくいって言ってたもの。うん、たしかにそうだ。

 そうなると四国の祖谷温泉だけど、ここって思っているより近いって言ってたよな。難点はピストンになってしまう点だけど、コトリさんたちはピストンにしていないのに驚かされるよ。だって高知まで行って、四国カルスト回ってオレンジフェリーって、どれだけ走ってるかってぐらいだもの。

 アリスはまだまだツーリング初心者だし、徳永君も久しぶりバイクのはず。本格的なツーリングも初めてじゃないかな。なら旅程的に無理が無い四国の方が良さそうな気がするけど、もうちょっと手頃と言うか近場にしようよ。

「近場と言うと?」

 今回のツーリングはタダのツーリングじゃない。ツーリングって言うから別物に聞こえちゃうけど、やってることは恋人同士の初旅行だ。それも恋人関係にはあるものの、まだやっていない状態なんだ。そうなるとと目指すものは一つしかない。

 それを考慮すると余裕を持って宿に着きたい。それこそコトリさんたち流のチュックイン開始時刻を狙う早着きだ。ドタバタの遅着きは論外だよな。ツーリングの疲れを温泉で癒し、美味しいものを食べて一戦交える段取りが必要だ。

 なんかもうドキドキしてきたけど、アリスはベッドに挑む。試練であり、運命のベッドに挑むのは決めている。そのためにここまでお膳立てしてくれてるんだ。そういう意味では迷いはないけどお願いがある。

「なにかな」

 もう名前で呼んで。

「えっ、その、あの・・・」

 だからお願い。

「わかった。アリスさん」

 さんはいらない。アリスも健一って呼ぶから。

「じゃあ、ア、アリス」

 良く出来ました。えっ、ちょっと待って、いきなり、そりゃ、良いけど・・・

「アリス、愛してる」

 あのねぇ、そうされたら口が塞がれて答えられないじゃないの。アリスだって愛してる。この夜から二人の関係は名前呼びになれた。