ツーリング日和17(第6話)寄り道ツーリング

 朝風呂を頂いて部屋で朝食。旅館の朝食って美味しいのよね。ここは七時から始まるのだけど七時半には、

「行くで」

 早出なんだよね。早出と言えばあの二人のメイクも実に手早い。コトリさんなんて顔洗ってるだけじゃないかと思うほど。

「アリスも変わらんやんか」

 これでもそれなりにやってるんだぞ。そう言えば今朝のメイクは妙だった。妙と言うか化粧乗りがすっごく良かったんだよ。さすがは温泉だと思ったもの。さて今日は来た道を帰るのかと思ったら、湯村温泉から北上して浜坂に出たんだ。なるほどね、ここまで来てるのに日本海を見ずに帰るのはおかしいか。

「そういうこっちゃ。それに但馬漁火ラインも走りたいやろ」

 それ聞いたことがある。山陰海岸ジオパークを楽しめるツーリングコースのはず。ひゃぁ、左手に日本海を見ながらのシーサイドコースだ。こういうところが壱岐ならまだしも、対馬には殆どなかったものね。

 快調に走り抜けたけど、ここは走らないとツーリングに来た意味が無いと思う。二時間もしないうちに見えて来たのが円山川。ここから円山川に沿って南に下れば豊岡だけど、

「寄り道や」

 そこから南に下らず東に。久美浜湾の小天橋を渡り、さらに丹後半島を一周だ。時刻的にはそろそろ出るぞ、

「コトリ、腹減った」

 アリスもだ。

「お前ら餓鬼か」

 それよりここって、

「そうや伊根や」

 伊根と言えば舟屋だけど、一階が車庫ならぬ舟を泊めておけるようになってる作りで有名。連れていかれたのは舟屋の一角にある食堂。なるほど、ここから伊根湾と舟屋が眺められるのか。ここも来たかったところなんだよ。

「遊覧船は彼氏と乗ってな」
「お楽しみに置いといてあげる」

 ほっとけ。湯村がすき焼きメインだったから、海鮮が楽しいな。食事が終わると南に下り、

「天橋立を渡るで」

 そんなとこバイクで走れるの。

「小型なら走れるのよ」
「原付のメリットや」

 天橋立も実は初めてなんだ。なるほどここが日本三景の一つなのか。でもさぁ、ここって天橋立にいても単なる松並木のある海岸線なのよね。だから山の上から見る股のぞきが有名なはずだけど。

「傘松公園からや」
「桜の季節が良いと思うよ。彼氏と行っておいで」

 うるさいわ。お前らだって彼氏とツーリングやってみろ。

「それはコトリが悪い」
「ユッキーやろが」

 どっちが悪いか果てしもない責任の擦りつけ合いをしなが、福知山、篠山、三田へとひた走り、三田からは六甲北有料道路。唐櫃から一般道に入ったところでバイクを停めたのだけど、この道って六甲山トンネルに向かう道だよな。

 六甲山トンネルを抜けたら神戸市街に入っちゃうけど、まだ大事な用事を済ませていない。今回のツーリングの旅費の精算もまだだし、対馬壱岐での旅費もそうだ。そのつもりで銀行から下ろして持って来てるんだから。

「そやったな。対馬壱岐の時はコンペの活躍を祈ってにしたけど」
「今回はグランプリ獲得のお祝いだ」

 だから、奢られっ放しは趣味じゃないんだってば。

「ほならな」
「また行こうね」

 こらぁ、人の話を聞け。ダメだ、逃げちまいやがった。どうしてあんなに速く、こんな急な坂を登れるのよ。アリスのダックスちゃんなんか二速でウンコラセなんだぞ。あっと言う間に見えなくなっちゃったじゃない。せめて連絡先ぐらい教えてよ。


 アリスはトコトコと自分のアパートに戻ったんだけど、やっぱり不思議過ぎる人たちだ。まずバイク女子なのは間違いない。今回だって一泊だったけど、どれだけ回ったんだの話になるものね。今日だって朝は日本海を見てたのに、気が付けば瀬戸内海まで帰って来てるじゃない。

 それとツーリングコースもアリスのために組んでくれた気がする。二人の様子から、初めて訪れたのは神子畑選鉱場だけだった気がする。他のところはアリスのために回ってくれたとしか思えないもの。

 生野銀山、関宮ループ橋、湯村温泉、但馬漁火ライン、余部鉄橋、伊根半島、伊根の舟屋、天橋立・・・あははは旅物のサスペンスドラマの舞台に出来そうじゃない。旅物のサスペンスドラマは、サスペンス部分はもちろんだけど、名所めぐりの要素も大事なんだ。

 この辺のバランスはシリアス度によって変わって来るけど、最近のトレンドは名所めぐりを楽しむ部分にやや寄ってるかな。そうだな、本来は観光旅行に来ているはずの探偵役が、旅先で思わぬ事件に巻き込まれるぐらいの設定だ。

 ここに地元の伝承とか、伝説を絡めて謎解きをして行くぐらいの味付けが好まれてる。そういう点で生野銀山と神子畑選鉱場にまつわる因縁話はおもしろそうだ。ああいうところって、悲しいけど悲惨な事故が付き物だものね。なければ作れば良いだけだし。

 だけどね、この旅行気分でサスペンスのシナリオは手強いのよね。だってだって、サスペンスだから誰か死ぬじゃない。それもそれなりの知り合いが死ぬから事件に巻き込まれる訳じゃない。のんびり観光旅行しながら事件の謎解きをさせるのはどこかに無理がある。

 それを言えば、素人が事件の捜査じみたことをさせるのも設定として日本じゃ無理がある。日本にはシャーロック・ホームズみたいな刑事事件の捜査をする探偵なんていないもの。日本にだって探偵はいるけど、やってるのは、

『浮気調査』

 素行調査や人探しなんかもあるだろうけど、直接事件の捜査なんてやってると思えないもの。そりゃ、素人が捜査をしたって良いかもしれないけど、話を聞けるとは思えないし、捜査の成果があっても警察がまともに取り合ってくれるとも思えないじゃない。

 そういう点では東野圭吾はさすがだ。そうガレリオシリーズ。科学者としての興味だけで、難解な事件の謎解きを無理やり警察に協力させられるだものね。畑違いの天才を探偵役にする設定はおもしろ過ぎた。

 だからじゃないけど、サスペンスだけど人殺しが入らない謎解き物の構想を温めてるんだ。それだったら旅行を満喫しながら探偵ごっこが出来るじゃない。もっともだけど、人が死なないサスペンスは食いつきが宜しくない。

 それはともかく、引き出しを増やしておくのは大事なんだ。こういう引き出しが一つでも多い方が良いシナリオを書ける秘訣だと思ってる。それはわかってるけどアリスの弱点でもある。

 コトリさんたちに言われちゃったけど、シナリオを書く以外は干物女化してるのは認めざるを得ないところがある。つうか、シナリオの負担が巨大すぎて、それこそ引きこもりのニート状態になってしまってる。もちろんニートじゃないよ、ちゃんとシナリオで稼いでるからね。

 ただし実態はIT土方ならぬ、シナリオ土方だ。アリスクラスは数こなしてナンボだから、とにかく数書かないとオマンマの食い上げになるってこと。でもね、でもね、まだ女はあきらめていないのは本音だ。

 だってだって、女の幸せを経験したいじゃない。そういう経験がシナリオに活きるのよ。恋愛物のシナリオを書くと言うのにアラサー干物女で打ち止めって悲しすぎる。あれだけ言われたんだから、ラブラブツーリング、いやツーリングじゃなくともデート旅行で行ってやる。