ツーリング日和15(第6話)日向湖

 えっと、この道ってレインボーラインに向かう道だよね。

「ああそうや。そやけど今日はレインボーラインに入らんで直進する」

 ここだ、ここだ、左に曲がればレインボーラインの料金所だけど今日は直進だ。とは言うもののすぐに突き当りで、

「右に行くで」

 日向湖の東側の方に行くのか。それはわかるけど、完全に一車線の道というか、ここまでになると路地サイズだよ。でも日向湖が見えて来た。これって湖畔が岸壁になっていて漁船が泊ってるから漁港だよね。

「そうみたいや、日向湖は・・・」

 室町時代までは淡水湖だったのか。だから日向湖の北側の日向浦に面したところに漁村があったんだって。

「今かって漁港はあるで」

 ところが浜が侵食されて使いにくくなったから、日向湖に入れる運河を掘ったそう。そのために淡水湖から海水湖に変わってしまっている。

「今やったら環境破壊で大問題になるで」

 運河を掘ったのは淡水湖を海水湖に変えるためでなく、穏やかな水面の港を求めるためだって。日向湖の周囲は平地が少ないから、母屋の道向かいに舟屋を建てるスタイルになったそうだけど、

「家の前に舟のガレージがある感じや」

 伊根の舟屋は舟のガレージの上に住居があったけど、

「伊根より土地の条件が良かったからやろな」

 ただしそういう風景は伊根と違って少なくなっていってるみたいだ。これは漁船が木造からFRP製になったかららしくて、木造だったら海から上げてやらないと傷みが早かったらしいのだけど、

「FRP製やったら浮かべっぱなしでOKや」

 だから舟屋はなくなっていったのだけど、

「道の両側に家が建ち並ぶ風景がその名残やそうや」

 でもってここが、

「今日の宿や」

 旅館って書いてあるけど民宿だよね。玄関を入ると綺麗に掃除してある。まだ建てて新しいのか清潔感が女の子には嬉しいな。部屋は二階か。こりゃ普通の民家の座敷だけど民宿だものね。窓からは、

「日向湖が一望や」

 一望は言い過ぎとしても対岸まで見えて晴れ晴れする気持ちになれる。とりあえず風呂だけど、

「こういうサービスがあるのは嬉しいな」

 カラフルな浴衣が選べるのか。女性客にも手を広げたいのだろうけど、そういう姿勢の宿は好感を持てるよ。こういう宿って得てして男性客に傾きすぎてることがあるんだよね。それが悪いとは言わないけど、

「女性客への気遣いが保証されてるようなもんやからな」

 ここが浴室か。民宿だから広さはこんなものだろうけど、湯船が檜なのは豪勢だ。

「しかも温泉や」

 美浜町が町おこしで掘削した温泉を引いてるそう。そうそうややこしいのだけど三方五湖のうちで日向湖と久々湖の南側を除く部分は若狭町じゃなくて美浜町なんだよね。そんなことはともかく、こんなところで温泉とは嬉しいよ。ツーリングの疲れを癒すのに温泉は最高だもの。ついでにもっと美人になっておこう。

「基本は釣り宿みたいや」

 釣り船も持っているみたいで、ここに泊って翌朝に船釣りに出かけるぐらいかな。宿の前に泊ってる船がそうかもしれない。それだけじゃなく漁師町だから海鮮料理目当てのお客さんも多いんだって。これは期待できそう。

 風呂からあがって外をちょっとブラブラ。なんにもないとこだねぇ。こんなところに観光客用の店があるほうがおかしいか。今日の宿だけど二階が宿泊客用で一階はお食事処兼宴会場みたいな感じらしい。

 こういうところだから近所の冠婚葬祭の宴会も受け持っているのかもしれないね。部屋に戻ってノンビリしてたら食事の準備が出来たからって呼ばれた。今日の泊りは二組みたいで、

「御一緒でも宜しいですか」

 構わないとしといた。そりゃ、旅の出会いは欲しいもの。広間に入ると、もう一組って若いカップルか。

「ちょっと翳あるな」

 カップルでの旅行だからウキウキ気分が溢れていてもおかしくないのに、どうにも暗いんだよね。喧嘩でもしたのかな。それでもせっかく同じ宿に泊ったのだから、

「そうや、YAEHせんと」

 それは違うでしょうが。こういう時の声かけはコトリの担当だ。

「あのな。エエ男が一人の時はコトリを押しのけてでもやるやろうが」

 当たり前よ。他人の彼氏を奪うほど、

「男に困ってるやろ」

 コトリもでしょうが、一度ぐらい結婚してみろだ。

「言うてはならんことを」

 単なる事実の指摘だ。わたしは結婚もしたことあるし、子どもだって産んだことがあるんだからね。

「うるさいわ。今に見てろ」

 見せれるものならトットと見せて欲しいよ。ちょっと渋られたけどさすがはコトリで同席に持ち込んでくれた。とにもかくにも、

『カンパ~イ』

 ツーリングの後、さらに湯上りのビールは格別だ。さて料理だけど、これぞ海の幸って感じだ。

「こんな新鮮で美味しい若狭の魚は歴代の天皇はんでも食べてへんで」

 ひやぁ、歴史的比喩が豪快だ。でもそうだよね。初代の神武天皇が食べたのは日向の魚だし、大和に移って来てもせいぜい難波宮で大阪湾の魚を食べたぐらいだもの。後は奈良にしろ、京都にしろ海なし県だから、新鮮と言っても、

「それこそ塩鯖や」

 明治天皇の時に東京に行ってしまったから、江戸前の魚だものね。唯一可能性があるのが、

「継体天皇やけど越前や。敦賀の魚は知っとっても若狭の新鮮な魚は知らんはずや」

 そう思いながら食べると贅沢してる気になるし、美味しさもアップだ。こういう肴に合うのは、

「早瀬浦や」

 お隣の久々子湖にある蔵元だそう。和食なら日本酒はなんでも合うけど、一番合うのは地酒の気がする。この辺は気分もあるけど、

「メシを美味くするのに気分はなにより大事や」

 美味いと思ったら余計に美味しくなるのが料理だと思う。カップルもお酒が入って少しほぐれてくれた。お酒ってこういう時に偉大だよ。

「酒は百薬の長やからな」

 命を削るカンナでもあるけどね。