ツーリング日和12(第7話)ドカとの再会

 島後の北部のメインスポットがローソク島。海上にあるのだけど本当にローソクみたいな形をしてるのよ。ここには遊覧船も出てるけど、

「夕日をバックにするとローソクに灯がともるように見えるインスタスポットや」

 見たかったけど、こんなところで夕日を見てたら西郷に戻れなくなるから、ローソク島展望台でお茶を濁させてもらった。白鳥崎展望台、浄土が浦、黒島展望台と足早に訪れて、西郷を目指した。

 隠岐のツーリングは快適だ。こんなところだから殆ど信号もないしクルマも少ないからね。とくに今回は山越えの道を走らなかったからかもしれない。見える風景は、そうだね日本の原風景で良いのじゃない。

 平地があれば田んぼになってるし、山は森が深い。海岸線は荒々しい岩が景観を作り上げてるけど、きついワインディングの連続で困るって程のものじゃない。

「バイクもそうやけど、クルマで来るのも少ないんやろ」

 そんな気がする。京阪神からでも近いとは言えないものね。隠岐も見どころが多いけど、

「出雲まで来たら他の観光地が優先されるやろ」

 この辺はクルマで観光するにも、バイクでツーリングするにも名所がたくさんあるからね。たとえば程度でも、松江、宍道湖、出雲大社、大山、蒜山・・・この辺だって一日で回るには手に余るところがあるぐらいだもの。その辺をまず終わらせて次かと言えば、

「そうでもあらへんわ」

 さらに西へ流れて萩とか津和野とか、秋吉台や秋芳洞に向かうものね。言い方は悪いけど中国地方の他の観光地をすべて回って、その次ぐらいに位置してしまうのが隠岐かもしれない。

「あれやろな。出雲まででもエエ加減遠いのに、そこからさらに二時間半のフェリーやからな」

 フェリーを使う旅はテンション高めるけど、その二時間半があればあれこれ観光できるというのはわかるのよね。だって移動時間だけなら大阪から東京に行けてしまうもの。ついでに言えばフェリーは片道だけじゃなく往復だ。

「こんなん較べるようなもんやあらへんけど・・・」

 隠岐空港から伊丹までなら一時間かからないよね。羽田からだって出雲空港経由になるけど三時間半なのよ。

「それとやけど目玉の見どころがあらへん」

 これも誤解されそうだけど見どころは多いのよ。だけど、死ぬまでに一度は見ておきたいクラスの有名なスポットはないのよ。人はね、見どころにもブランドが欲しいのよ。島後ならローソク島があるけど、

「言うたら悪いが自慢にならん」

 知る人ぞ知る過ぎるかな。ローソク島を見るために、ここまでの手間ひまをかけたいかになるぐらいのお話だ。それだったら松江城とか、出雲大社が優先度が桁が二つぐらい高い。

「最後はファミリー向きやないな。子どもやったら退屈するわ」

 大人と子どもは感性も楽しみ方も別なのよね。端的には海と奇岩が織りなす絶景を見ても、子どもなら、

『海と岩だけやん』

 こう感じてしまうぐらい。この辺は大人だって差は大きいけど、大人と子どもの感性の差はもっともっと大きいもの。子ども目線で興奮させてくれるものがどれだけあるかは考え込んでしまうかな。

「そやけどツーリングやったら聖地認定してもエエ気がする」

 同意。とにかく走っていて気持ちが良い。移り変わる景色は目を楽しませてくれるし、信号がなく、クルマの少ない道は走っていて快適そのもの。観光スポットもガラガラだからバイク乗りにしたらそれも嬉しいのよね。

 隠岐の観光を貶してるように聞こえるけど、観光客は来てるはずなのよ。そうじゃなければ西郷だけであれだけの立派なホテルがあるはずがない。

「宿泊客数はおおよそ十万人ぐらいや」

 季節変動はあるはずだけど一か月に一万人弱程度か。なんとも微妙なところだ。月に一万人は多そうにも見えるけど一日平均にしたら三百人ぐらいだものね。もちろん週末とか連休に偏るだろうし、言うまでもなく冬は少ないはず。

 そんなことをコトリと話しているうちに西郷に戻ってきた。島後一周ツーリングの完成だ。さて今日の宿は、

「ここや」

 コトリだねぇ。やっぱりホテルを選ばずに民宿か。これは昭和の建築だろうな。あの頃のチープさが外壁に出てるもの。中も・・・あははは、なかなかの貫禄じゃない。いかにも昭和の民宿って感じがプンプンしてる。

 ちゃんと掃除してあるのは好感持てるけど、こういう建物っていくら掃除しても綺麗というか清潔感が出にくいのよね。廊下もウグイス張りだ。お風呂もなかなだね。このドアのガタピシ感がなんともだ。

「これも風情やろ」

 この世はすべて値段なりの部分はある。こういうことでも、

『値段の割には・・・』

 これを求めるのは人情だけど、それを設備に求めてしまう勘違いもこの世には多いのよね。こういう宿の最大の売りは、

「安いこっちゃ」

 まずこのメリットを最大限に感じなくっちゃいけないのよ。設備の充実が欲しいならカネ払えだ。そうだねこの三倍ぐらい払えばデラックス・ホテルに泊まれるはずだよ。そこなら豪華な設備にありつけるんだよ。

「メリットの感じ方やろな」

 こういう宿は家族経営で人手も少ないところが多いのよ。フロントだって常時いるわけじゃない。宿に入って声をかけたって、なかなか出てこない事だってある。その分の人件費を安くあげてるのが宿代の安さにつながってるってこと。

「そやけど生き残ってるとこは安かろう、悪かろうじゃあらへんで」

 いくら安くても、悪かろうだけじゃ潰れるよ。なにを頑張ってるかだけどサービスだよ。このサービスだって勘違いしてるのは多くて、

「コンシェルジェとちゃうからな」

 こういう宿の方が宿が客を選ぶのだよ。前提はね、値段なりの設備に納得していること。そこに不満を言う客など二度と来ないから、宿だってそれなりの塩対応にしてしまうんだよね。

「こういう宿のサービスは気分一つで天と地ほど変わるからな。マニュアルでガチガチのとことは根本的にちゃう」

 上手く使えば料金外のサービスが『好意』であれこれ出て来るってこと。あくまでも『好意』だから、気に入らない客には何も出てこないってこと。

「その辺の機微を勘違いしとるんが多いわ」

 さてだけど、ここも夕食はお食事処。そう言えばだけど、いたよね。

「ああ、まさかやった。こんな宿にあのドカが泊ってるとはな」

 隠岐ツーリングをするのなら、西郷で泊まって翌朝のフェリーに乗るのが定番だけど、ドカにこの民宿は合わないよ。

「それは言い過ぎやけど意外やった」

 今日の泊りはわたしたちを含めて二組だからお食事処で会うはず。食事に呼ばれて行ってみるとドカの女がいた。まさかと思ったけど女のソロツーなのか。女がソロツーしたってなんにも悪くないのだけど、いくら日本の治安が良いと言ってもやっぱりね。

 お食事処と言っても座敷に座卓を置いてるだけだから隣合わせだ。やっぱり気になるけどサングラスとスカーフを取ったドカの女って・・・コトリが如才なく声をかけてくれた。

「ソロツーですか」
「ええ、そちろは女二人のマスツーですか?」

 コトリも感づいたみたいだ。これは驚かされる。まさかこんなところ、それもこんな宿で会うなんてね。さてここからどうするかだ。サングラスもスカーフも変装だろうし、ホテルを避けたのも意味があるとすれば気づかないフリがベターなのかもしれない。コトリはどうする、

「今日は三人だけやから御一緒しましょうや」

 なるほど同じ食卓を囲もうってことね。バイク乗りなら不自然な流れじゃないもの。さて今日の夕食だけど、

「さすがやな」

 これはこれでなかなかじゃない。ドカンとタイの尾頭付きの塩焼きがあって、ヒオウギ貝にサザエ、白ミル貝とは嬉しいよ。

「これはアメフラシやって」

 隠岐ではベコと呼ばれてて普通に食べるそう。

「岩ガキもたまらんな」

 隠岐にも地酒があって隠岐誉っていうのだけど食事によく合ってるよ。お酒も入ったところで、

「朝のフェリーに乗ってられまへんでしたか」

 切り出して行ったか。

「目立ちますものね」
「ドカも目立ちましたけど、それよりあなたがもっとでっせ」

 さてどう反応するかだ。知らん顔するのだったら、あえて触れてあげない方が良いはず。そりゃ、人にはあれこれ浮世の事情があるもの。でも応えてくれそうな気がする。だって隠岐に女一人、それもソロツーは不自然過ぎる。そんな事を考えていたら、ドカの女は面白そうに笑って、

「まだ覚えてもらっているとは光栄です」