ツーリング日和10(第13話)YZFの女

 コトリも言ってたけど屈斜路湖畔には温泉もあってホテルや旅館も点在するけど、あるのは畑ばっかり。摩周湖や阿寒湖と合わせて大観光地になるだけの要素は十分にあるはずなのに、いわゆる温泉街がないのよね。

「ここや」

 へぇ、妙にオシャレじゃない。なんとなく教会を思わすような木造の三階建。三階建てと言っても三階部分は六角形の塔みたいで、宿の部分は二階までかな。中はロッジ風なのか。部屋に案内してもらったけど、

「じゃあ、コトリらはロフト使うから」

 四人部屋でロフトがあるスタイルだね。有名モト・ブロガーをロフトで寝させるわけにもいかないものね。というか、ロフトで寝るのは楽しそう。お風呂はそれでもかけ流しの温泉だ。

 食事は宿の作りから洋風かと思ってたら和風じゃない。メインは鹿の炙り焼なのか。野趣があって良いじゃない。とにもかくにも、

「カンパ~イ」

 今日も良く走ったよ。杉田さんたちの話を聞くと、これでもかってぐらい天気に祟られていたみたいで、やっとまともな北海道の風景が撮れたと喜んでた。あの二人なら、天気が良くないなら、良くないで面白い動画を作っちゃうだろうけど、

「そりゃ、予算がもったいないから作りまっけど、そもそもツーリングがおもろないでっしゃろ」

 そうよね。雨と霧の中のツーリングばっかりじゃ、疲れるばっかりだものね。

「やっと晴れた納沙布岬で、晴れの女神を見つけて飛びあがりましてん」

 あははは、晴れの女神なんて言われたのは初めてだ。でも悪い気はしないよ。マスツーしている限りいつもツーリング日和だよ。でもさぁ、ちょっと気になったのだけど、

「ああ、そうやった。あれはタマタマやあらへんやろ」

 道の駅スワンで杉田さんたちと合流したのだけど、あのYZFR6は釧路にも、摩周湖にもいた。

「それだけやないで。美幌峠で引き返しよった」

 釧路から釧路湿原、摩周湖、屈斜路湖と一緒だったのはコースからして偶然かもしれないけど、美幌峠から引っ返して屈斜路湖に戻るのは不自然だもの。そしたら杉田さんたちは顔を見合わせて、

「気づかれましたか・・・」

 杉田さんたちのツーリングをずっと付けてるってストーカーみたいなものか。やっぱり人気あるものね。だって摩周湖でも、美幌峠でも見つけられて、声かけられて、サインまでしてたもの。

「コトリさんたちとマスツーにしたら、あきらめると思ったのですが・・・」

 それもマスツーにした理由か。YZFは女性ライダーだ。どっちのストーカーだろう。

「そりゃ杉田でっせ」

 杉田さんは東京の一流大学を卒業し、そこから一流企業に入った人。世間がいう人も羨む勝ち組のコチコチのエリートコースを歩んでいたんだよね。それが、

「人には向き不向きがあります」

 仕事を辞めてレースに熱中し、モトブロガーを兼業するようになったぐらい。だけど阿蘇で初めて会った頃はまだドロップアウト意識の卑屈さが残ってたかな。それが今では無くなってる。

 よく地位が人を作るって言うけど、杉田さんもそんな気がする。自信が内に満ち溢れてるって言えば良いかもね。杉田さんは背も高くて、顔は・・・甘いアイドル顔じゃないけど、凛々しいとすれば良いのかな。いや自信がついて凛々しくなったとした方が正しいはず。

 もちろんレーサーもやってるし四耐を目指すぐらいだから体も鍛えていて、引き締まっていて、見た目以上に逞しいはず。それでいてカリスマ・モトブロガーだからストーカーの一人や二人出てこない方がおかしいよ。

「そういうたら独身やろ」

 そうだった、そうだった。別に結婚が人生の目標じゃないけど、さぞモテるはずなのに浮いた話を聞かないな。隠れてやってるのか。

「あらへんと思いまっせ。杉田がモテるのは仰る通りでっけど、女嫌いやないかと思うぐらいですわ」
「おいおい、勝手に決めつけるな。彼女だって欲しいし、いつかは結婚したいと思っている」
「スタッフ公募の時でもや・・・」

 杉田さんは四耐参戦プロジェクトをユーチューブでやってるけど、ライダーやピットクルーも公募で集めてるんだよね。そうやって番組を盛り上げる手段でもあるけど、

「あんなに可愛い娘を全部落としてもたやないか」
「当たり前だ。バイクは顔で走るのじゃなく腕で走るのだ」

 加藤さんもオーディションの審査に参加していたそうだけど、番組を盛り上げるために一人か二人ぐらいはアイドルみたいなポジションの女の子を採用しようと提言したそうなんだ。これも趣旨としてはわかるよ。でも頑として杉田さんは認めなかったのか。

「杉田の四耐参戦はマジなのは知っとりま。そやから可愛い言うても実力のある娘でっせ。あんなんするから付きまとわれるんや」

 えっ、じゃあ、YZFの女はその時の、

「そうでんがな。顔も、スタイルも、腕も余裕で合格やのに杉田は却下しよったんや」

 たしかにYZFの女はすらっとした美人だった。

「四耐はペアで走る。だがセッティングは一つだ。体格、ライディングスタイルが近い方が望ましい。だから彼女は不合格だ」

 なるほど! マシンのセッティングはレースの大きな部分を占めるけど、四耐は交代で走るから、二入分のセッティングをどうするかもあるんだ。二人の体格、ライディング・スタイルがあまりに違えば、どちらかに合わせればもう片方は乗りにくくなるものね。

「それはそうやけど、そこまでのペアなんかあんまりおらんで。走行会で一番やったのは六花やないか」

 YZFの女の名前は六花なのか。

「乗っているのはYZFだ」
「マシン決めたのは走行会の後やないか」

 うん! どうも話の流れがおかしいぞ。四耐参戦プロジェクトがあってライダーを募集したのだけど、六花が一番速かったんだよね。加藤さんはその実力と六花の美貌も合わせて、プロジェクトのアイドル的な存在にしようと考え提案してるのは事実だ。

 番組演出としては加藤さんの意見は正しいよ。やっぱり女、それも美人が入る方が華があるし、それがライダーだったらなおさらじゃない。ついでに誰かと恋話でも出てくればサイドストーリーとして使えるかもしれないもの。

 無理やり実力もない女を演出のためだけに入れようとしたのなら、杉田さんが反対するのはわかるけど実力もあるじゃない。反対する方がおかしいじゃない。杉田さんは不合格の理由を並べたけど説得力に欠けてるよ。

 杉田さんが反対する理由は一つしかない。六花とチームを組みたくないんだ。それも感情的な理由しか考えられない。そうなると杉田さんは六花を前から知っている事になる。そうじゃないと話がおかしい。

「加藤、すんだ事だ」
「済んでへんと思うで」

 杉田さんがこの話の続きを嫌がったから、明日のツーリングの話になったけど、

「エエで、そっちは仕事やろ」

 屈斜路湖から阿寒湖は鉄板だけど、杉田さんたちは雨と霧のツーリングで撮れなかった分の穴埋めを狙っているで良さそう。昨日のだけじゃ寂しいものね。なるほど、なるほど、そんなところにツーリングスポットがあるのか。さすがは本職だよ。

「ユッキーもそれでエエか」

 もちろんだよ。心配なのは道だけど杉田さんがいるから安心だ。

「どういう意味や」
「そのままよ」

 明日も楽しいツーリングになりそう。