ツーリング日和10(第26話)ステディ杉田

「まずやけど杉田さんはレースに来るし、六花にはまず勝てん」

 そう言ってたけど。

「あそこまで未練タラタラやねんで、来んわけないやろ。レースやって負けたらまた一緒になれる条件を受けんはずないやろが」

 それはそうだけど、だったらわざと負けたの。

「いやレースはガチやった。杉田さんは必勝の戦術で挑んどったからな。あれこそステディ杉田の真骨頂やろ」

 そんなことコトリも言ってたのよね。わざと六花の後ろに付いて、六花のマシンを消耗させ、六花のクセを見抜いて最後に追い越す戦術だって。でも追い越せなかった。

「杉田さんが勝てるチャンスは一つだけや。それは六花がミスを起こすこと。最後までミスをせんかったから六花が勝ったんや。あれがステディ杉田の限界、レーサーと言うか勝負師としての杉田さんの限界や」

 コトリが言うには杉田さんが六花を抜くには、六花が踏み入れていたヤバイ領域のさらに上に踏み込まないと無理だって。

「そこには踏み込まんのがステディ杉田や。イチかバチかの優勝を狙うのやのうて、確実に二位のポイントをゲットするねん。シリーズ・トータルで見たら上位に来るからステディやけど、一発勝負には弱い。そやからファクトリーも伸び代があらへんと見て契約せんかってんや」

 加えて、本家のステディ・エディーに較べたらステディのレベルが低すぎるんだって。

「全日本クラスのステディが世界に通用するか! そやから殿崎が採用されたんや。ファクトリーの判断は正しいと思うわ。十勝みたいな一発勝負でも杉田さんはステディからよう踏み出せんかったからな」

 あのレースはそう見るのか。

「そやから言うたやんか。短小包茎のインポ野郎って」

 いや短小包茎とは言ってたけどインポ野郎はなかったよ。でもそこまで酷評しなくとも、

「杉田さんには根本的なとこで自信の裏付けがあらへんねん。土壇場になると半歩引いてまうねんよ。そこでの小成を良しとしてまう感じや。そやからステディ杉田の短小包茎インポ野郎や」

 でもさぁ、でもさぁ、そこで博打を打てる人の方が少ないと思うよ。

「そうや、サラリーマンとか公務員員やったらそれで十分やねん。そやけどやってるのはモトブロガーやで。ビビッて仕事しとったら、すぐに落ちぶれるわ」

 そういうことか。人気商売は人気がある者がすべて攫っていく世界。だから成功者は巨額の報酬を手にする事が出来る。逆に人気が出なければ消え去るしかなくなる。さらに大変なのは人気を維持すること。

 人気を維持するのに必要なのは攻める姿勢だよね。守りに入って人気を維持できた人なんて見たことも聞いたこともないもの。

「それだけやない。人気商売は、その座を狙う新規参入が無尽蔵にあるねんよ。そういう連中は上の連中を叩き落とすためにガンガン攻めて来るわ。捨て身の特攻ぐらい平気でやらかしよる」

 ビジネスでも攻める姿勢は必要だけど、場合によっては守りに回ることもある。だけど人気商売に守りはなく、常に攻撃は最大の防御で突っ走り続けるしかないのか。言われてみればそうだけど、大変な商売だ。

「そやけど、そやけどや。杉田さんはモトブロガーの厳しい世界を勝ち抜いて来とるやないか。それもトップやのうてカリスマやで。それに慢心してへんのはエエとしても、なんであないに自信があらへんのや」

 コトリの言う自信って、

「カリスマ・モトブロガーとしての自信や。四耐プロジェクトを見てみいや。杉田さんが声かけただけで、あんだけのスタッフが集まってるんやで。どれだけの人気やと思うとるねんよ」

 昨日のパーティのスタッフの反応に驚かされたもの。杉田さんが四耐企画を中断しても脱落者はゼロだし、再び六花が加わり、鈴鹿の本番に再スタートすると聞いて泣いて喜んでたもの。それこそ抱き合って号泣してたのもいたものね。

「あれが杉田さんの人気や。人も羨むカリスマ・モトブロガーの真価や。なんでそう思わへんのや」

 それって、

「どっちが上やと思う?」

 えっと、えっと、こんなもの次元が違い過ぎて比べられないよ。

「意見が分かれるぐらいの地位やんか。それも差なんてあらへんぐらいのもんや。誰に恥じる必要があるねん。好きな女がおったら奪いに行かんかい。それが堂々と出来るのがカリスマやろが」

 なるほど。モトブロガーどころかユーチューバー界でもトップグループにいるのだから、杉田さんでも及ばないとなると誰も六花に手を出せなくなくなるのか。

「杉田さんはレーサーや。レーサーやから、六花の走りのメッセージの意味がわかるはずや。六花は杉田さんに認めてもらうために、捨て身の走りを見せつけたんや」

 そこまでして勝って、杉田さんの心をつかむためか。でもどうなんだろう。

「あの走りのメッセージがわからん短小包茎インポ野郎やったらゴミ箱に捨てたらエエ。コトリも旅の仲間とは思わん。勝手に小そうなって暮らしとけ」

 コトリは杉田さんを信じてるよ。信じてるからこそ帯広の豚丼屋からエレギオンHDの月夜野うさぎ社長になったんだよ。わたしもそういうところがあるけど、コトリも人の短すぎる一生に深く関わりたくない部分はあるのよね。

 いくら関わってもすぐに死んでいなくなるもの。それを繰り返し過ぎたものね。でもね、どこかで関わりたい思いも残ってる。残ってるから三十階の仲間だとか、ツーリングで出来た旅の仲間は大切にするのよ。

 コトリがこれだけ手間ヒマかけたのだから、必ず上手く行くはず。コトリが無駄な投資をするのなんか見たことないもの。

「当たり前や。とにかく死なへんねんから、食うための商売は重要や」

 食うための商売を維持するのが、神であるわたしたちの仕事みたいなもの。それはともかく杉田さんは四耐を走ってくれるよね。

「加藤さんが言う通り、杉田さんはスプリント・レースよりエンデュランスが合うてるわ。耐久レースは長いから攻める部分と守る部分は必要やんか」

 攻めっぱなしの走りを続けたらマシンが持たないよねぇ。

「そういうこっちゃ。二人でガンガン攻めまくったらタイヤがもたん。勝負に出る時と、力を溜める時期が必要なんが耐久レースや」

 そうみれば杉田さんと六花は良いコンビ。

「ああ、マシントラブルがあらへんかったら、エエとこ行きそうな気がするわ」

 だけどこればっかりは水物なのがレースなんだよね。とにかく初参加だから経験の蓄積がないもの。

「経験はこれから積めるやんか。サポートは今年だけやないで」

 あははは、言葉が間違ってるよ。宣伝は今年限りじゃないってことでしょ。

「そういうこっちゃ。こんな美味しい宣伝材料を手放すもんか」

 でもさぁ、でもさぁ、本業はこれぐらいにしようよ。

「いや、これぐらい商売しとかんとミサキちゃんが怖いやんか」

 それはある。ミサキちゃんもシノブちゃんも、笑って休みを認めてくれたけど、コトリと二人そろっての休みとなると負担は大きいものね。

「それもあるけど、ツーリングに行くたびにトラブル起こるし、その処理費用もバカにならん」

 トラブルと言うか出会いは楽しみだけど、費用かかるし、

「処理するのはミサキちゃんやもんな」

 だから頭が上がらなくなる。ガッチリ儲けさせてもらおう。